●リプレイ本文
●左ききさん、こんにちは
ラストホープ、とある兵舎の一室。
どこから持って来たのやら、年季の入っためくり台には一枚だけ紙がかかっていて、そこにはいびつな字で――それは「左ききさんの苦手科目だから」という理由ではなく、アーティスティックに書こうとして見事に失敗したという意味で――「左きき交流会」と書かれている。
そこへ何か言い合いながら向かってくる足音が二人分。
「ね、リュンちゃん、楽しそうでしょ? 行こっ! 行こってゆーか、もうそこだ! あーもう、行くしかないネっ」
「‥‥このヒマ愚兄」
ラウル・カミーユ(
ga7242)に半ば強引に連れてこられたリュイン・カミーユ(
ga3871)が、しぶしぶといった体で部屋のドアをくぐると、「おー、ごくろーさん」と能天気な声が彼らを出迎えた。
そろそろ参加者がそろったと見計らって、シュウはいきなり「開会宣言」と左手を上げた。
「えー、今日は『左きき交流会』へようこそ。今日みんなに来てもらって、オレはかなり感動している。
あー、まあ、なんつか、今日はなんでもいいのでとりあえず楽しくやってくれ。じゃあ、ここに開会をせんげーん」
そして「茶と茶菓子もあるから、遠慮なく食ってくれ」と指し示したのが、柿の種にサキイカとチー鱈、傭兵人形焼、たまたま通りかかって買った鯛焼き。
ちなみに「お茶」というのはすべて支給品。
主催者ならばもうちょっと気をきかせてほしいところだが、いかにパーティーに呼ばれていないかわかろうというものである。
一瞬「げ」となる能力者たちだったが、そこへソツなくさりげなく羽鳥・建(
ga5091)が、手にしていた包みをちょっと掲げてみせた。
「手ぶらでは失礼だと思いましたので、クッキーの詰め合わせをお持ちしました。皆さんでいただきましょう」
「僕も持ってきたヨー!」
とラウルも、マドレーヌやスイートポテト、スパイスクッキー(おもに愛しの妹用)の入ったバスケットをテーブルの上にとん、と置く。
「おー、気がきくね。えーと、多分どっかにちょっといい紅茶も混じってると思うから、テキトーに淹れてくれ」
「ボクも持ってきました♪ ‥‥駄菓子の寄せ集めだけど」
にっこりして高岡・みなと(
gb2800)も続く。
「あ、これ!」
シュウはキャンディーやチョコレートの間から棒状スナック菓子を目ざとく見つけ、表情を輝かせた。
「懐かしいなぁ。お、なんだ? 三色プチスライムBBQ味? なんだこれぇ! 絶対食いてえ!」
「ボク、飲み物はココアがいいんだけど、あるかなぁ?」
「どっかにあるよ。支給された覚えはあるけど、飲んでないし」
それからシュウは、ちらりと窓の外を見て、
「ま、天気もいいし、外に行くってのはどーだ? このへんのイスとテーブル、借りてってさ」
というわけで、日当たりのいい芝生の広場までイスとテーブルを引っ張り出して、小春日和を楽しむこととなった。
●青空の下の左きき
円卓を二つ並べると皆で囲み、お茶会のスタート。
「そーいや、まだ自己紹介してなかったよな。オレは、シュウ。生まれついての左ききで、クラスはファイター。よろしくな!」
シュウは好物の『YO! HAY! 人形焼』から自分のクラスの形をつまみあげて、ぽいっと口に入れる。
時計の針と逆回りに軽く自己紹介を済ませると、初めからユルめだった空気はさらに和やかになった。
「ところで」
と辰巳 空(
ga4698)はシュウの目をじっとのぞきこんだ。
「な、なんスか?」
「寝不足ですか? 目が充血して、どんよりしています。クマもできているようですが」
「え?」
「私はこう見えても医者ですから」
「医者?」
シュウは驚いてほええ、と声を上げ、それから照れたように笑った。
「寝不足はアタリ。オレ、昨日の夜、よく眠れなくて。本当に誰か来るのかなーってさ」
考えなしで行動するワリに心配性なのである。
「そ、それはともかく。今日来てるのは、みんな左ききなのか?」
「僕は右ききです。でも、今は両方使えるように練習中」
美環 響(
gb2863)は両の掌を開き、マジシャンがするように指を滑らかに開いたり閉じたりした。
「今、奇術がマイブームなんだ。両ききだと、便利でしょ」
右手に金色の包み紙のチョコを持って掌に包み、素早く両手を交差させ、再び開いてみると、
「じゃーん」
イチゴ柄のキャンディーになっていた。
「えええ、ナンデ? オレ、なんも見えなかったぞ」
「初歩の初歩だよ」
もう一度同じ動作を繰り返すと、今度は緑色のボンボン。
「わかった! 新技術だな? 物質移転装置をエミタに仕込んだんだろ?」
そんなわけないだろ、と多方向からのツッコミを受けて、シュウはむう、と口を尖らせた。
「我も以前は右ききだった。今は両ききだがな」
「へー。なんでまた?」
問われてリュインは、その理由を淡々と話した。
「十代半ばの頃、通り魔に襲われ右腕の神経をやられ――無論、通り魔はズタボロにしてやったが――かなりの間、右腕が使えなかった。
それで左手での生活をしていたら、右腕が完治した後も両手使える状態になったのだ。癖になったのか、今は左をメインで使う事が多いな」
初めて事情を聞く者は、思わず動きを止めてリュインの話に聞き入っていた。
「そ、壮絶だな‥‥」
「つまり、我が両ききになったのは必要に迫られてのことだ。そこの愚兄は、生来両ききだがな」
「ぐけいって‥‥あんたら兄妹なの? 確かに顔似てると思ってたけど」
「そ。僕ら、仲よし兄妹なのっ♪」
「いや、待て。ということは、ラウルのほうが兄貴なのか? リュインが姉貴なんじゃなくて?」
シュウがニコニコの兄とちょっとふてくされたような妹の顔を見比べていると、ラウルは「ノンノン」と左の人さし指を左右に振った。
「シュウっち、何言ってるのサ? 正真正銘、僕のほうがお兄ちゃんだヨ。とっても頼りになるもん。ねっ、リュンちゃん!」
「フン‥‥」
リュインはぷいとあさっての方を向いてしまった。
「な、仲よくしてくれよな。‥‥で、イスルは?」
問われると、イスル・イェーガー(
gb0925)は好物の甘いものに手を伸ばしつつ、
「‥‥ぼくは‥‥リュインさんとは逆で、左ききだった‥‥」
「左きき『だった』?」
こくり、とうなずいて、
「両ききのほうが便利だからって‥‥父さんが‥‥。‥‥左利き用の銃とかって少ないんだよね‥‥」
「スナイパーなんだな?」
「うん‥‥」
イスルがうなずくと、シュウは「ほれ」とイスルにスナイパーの形の人形焼を手渡した。
「‥‥」
イスルは掌に小さなスナイパーを乗せたままちょっと見つめていたが、隣にいた響に「見て」と示してみせた。
「あ、このヒト、左ききですね」
響の言うとおり、人形焼スナイパーは、型を作り間違えたのか作成者の趣味なのか、左手に銃を構えている。
「‥‥うん‥‥」
左ききでしかもチョコ入りのスナイパーを、イスルはすぐには食べずに立てて置いておいた。
その様子を見て微笑し、みなとはそれから自分の左手に目をやった。
「ボクも、昔は左ききだったんだよ。でも、お父さんに右きき矯正させられちゃって‥‥」
どこか懐かしそうにつぶやいた後、
「で、今は両ききの身」
と両手をぱっと開いて見せる。
榊 紫苑(
ga8258)は話に耳を傾けながらゆっくりとお茶を楽しんでいたいたが、ぽつりと、
「まあ、左きき、というよりは両ききになっている人が多いかもしれませんね」
そういう紫苑も、右手でカップを持っている。
「そうかぁ‥‥。みんな、器用だなぁ」
「器用と言うよりも」
空は「器用」という言葉に小さな引っかかりを覚えてシュウを遮った。
「私の場合は‥‥元々両手ききですが、訓練してさらに高めました」
「訓練したんですか?」
目下両きき目ざして訓練中の響は、興味津々で空に問いかける。
「ええ。‥‥私の実家は道場でしてね。『両きき』は武術家の素質として必要とされ、死ぬ思いで習得したのです。
まあ、これは例外中の例外ですが‥‥。真似しようとしてできる程甘いものでもないのです」
「わあ、すごいんですね」
響は目を丸くして賞賛を述べた。
「武術家か。では、どこからでも攻撃が繰り出せるのか?」
あさってのほうから戻ってきて、リュインが尋ねる。
「ええ。いわゆる『完全両手両脚きき』ですね。つまり‥‥両手で物を書いたり、物を食べたりは当然として、投げ・打ち、両足で蹴ることもできます」
「器用だなぁ」
思わずつぶやくシュウに、空は、
「だから、『器用』じゃないと言っているじゃないですか」
と苦笑まじり。シュウは「あ、ごめん」と頭をかいた。
「我も、両手で物を書くぐらいは朝飯前だぞ」
リュインはどこからか紙とペンを2本を出してきて、さらさらさらりと自分の名前を同時に書いた。
「私だってできますよ」
空もすらすらと同時に名前を書く。
「左右で別々の字も書ける。文字を書き写すのは人の倍近い速さで可能なのだ」
言って、リュインは自分の名前と誰かの名前を同時に書いた。
「私だって‥‥」
「左右で全く別の作業もできる。左でメモを取りながら右では折り紙とかな」
言って、リュインは何ごとか書きつけながら、右ではさかさかと小さな飛行機を折りあげていく。
「‥‥私だって‥‥」
「空。‥‥汝、意外に負けず嫌いだな?」
「あなたこそ」
「やるからには何ごとも負けず嫌いなのだ、我は」
つんとして答えるリュインに、空はクスリと笑みをこぼした。
●左ききは損?
「んじゃ、左ききでソンしたなって経験、ないか?」
と尋ねておいた先から、シュウは「オレなんて、この前さ‥‥」と前の依頼でパートナーに邪魔者扱いされたことをくだくだと話した。話したくて話したくてたまらなかったらしい。
「いきなり『邪魔だ、どけ』なんつってさ。おまえが邪魔だっつーの。あーもう、世界中が左ききだといいのにな!」
「俺も生来の左ききだが‥‥きき手って、そんなに気になるものかな?」
シュウのめちゃくちゃな願いに、わずかに首をひねるのは、ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)。
それを「気になりませんか?」と建は意外そうに問い返す。
「俺は‥‥多少不便を感じますね。握手とか、誰かと手を繋ぐときとか。
書類に記入する時は、右手で書いていますね。左手で書くと、珍しいものがいるような目で見られてしまいますので‥‥」
そこまで言うと、建は少し気まずそうにお茶を一口すすった。
「とにかく、珍しいと思われるのは嫌ですね。‥‥ですので、シュウさんの不便さはよくわかります」
「そうか‥‥俺は左ききという点を意識して悩んだことはない。ボリビアの山村育ちだからかな? 日本とは事情が違うのかもしれない」
ホアキンは穏やかで静かな故郷をちらりと思い浮かべ、微笑しながら言ったが、ふと思い出したように、
「そういえば、駅の自動改札とか、都市の機械は使い手を右ききと想定して作られている。左ききだと使いづらそうだ」
「確かにそうですね」
空はうなずいて会話を引き取り、
「ほかには、左手で物を受けてそのままノーモーションで投げ返すと、大抵の人にびっくりされます‥‥こちらは楽なんですけどね」
「なるほど。そういうこともあるだろうね」
ホアキンも納得の表情でうなずく。
だが、シュウはそれとは別のところで別の考えをめぐらしていた。
「‥‥おい待て、建。今、聞き捨てならんことを言ったな。誰かと手を繋ぐときってどーいうことよ?」
「どういうことって‥‥そういうことです」
「右ききの恋人がいるのか? いるんだな? ちくしょおおおおおぉぉ!」
「もののたとえですよ」
「このヤロー、すましやがってえええ」
「困ったなぁ。たとえだって言ってるのに‥‥」
一人でくやしがっているシュウをよそに、能力者たちは左ききのこうむる不便についてもう少し話を進めていった。
「うーん、さっきイスルも言ってたケド、左ききで困るコト‥‥スナイパーは多いんじゃないカナ?」
「うん‥‥不便なこともあるよね‥‥」
「銃ってほとんど右用に作られてるカラね。弓は銃より融通きくケド、それでも特殊弓になると、やっぱし右構造が多いヨ」
「まあ、ほとんどの武器は右きき用ですよね。左用は、あればいいほうです」
紫苑も紅茶をソーサーに戻してほうっとため息をつく。
「銃もだが爪などもそうだな。左用にカスタマイズとなると、別料金が‥‥」
リュインはどこか苦い調子。
武器の話となると、俄然熱が入ってくる。生死の問題にもなりかねないから当然といえば当然だ。
「へえー、左ききさんってけっこうたいへんなんですね」
響はみんなの話を聞いて、ふむふむとうなずく。
「日用品も『左用』は数が少なく割引も少ないので、経済的ではないな」
リュインの言葉を耳にして、シュウは全員に問いかけてみた。
「だよなー。自分に合わない道具って、みんなはどうしてんの? ハサミとか、切れねーときあるだろ」
「ああ‥‥そういえば、右きき矯正する前は使いにくかったかも」
みなとは無意識に左手でココアをかき混ぜながらつぶやく。
「使える道具がなければ、己の使いやすいよう作りだしてきた」
ホアキンは幼い頃を懐かしく思い起こしながら答え、
「使う道具が全て特注品で、自分で工作をして作ったものも数知れません」
空もそれに続く。
「ううう‥‥苦労してるんだよなぁ、オレたち‥‥」
「苦労というと少し違うが‥‥創意工夫も楽しいだろう?」
さらりと答えるホアキンに、シュウは「同じ左ききでなんでここまで違うんだろう」と思った。
●左きき腕相撲大会!
「えーと、じゃあさ、なんか左きき同士でしかできねーこと、しよーぜ!」
シュウがもちかけると、
「僕、提案がありマース!」
ラウルがびっと手をあげた。
「腕相撲やろーヨ♪」
「うでずもう?」
「腕相撲ってサ、右主体でやるコト多いっしょ? アレって左ききは不利だと思うんだヨネ。なので、今回は左腕で勝負! というのは、どうカナー?」
「確かにそうだなぁ。よーし、やってやろうじゃん!」
「優勝者には、僕から『花火セット』を進呈しマース!」
というわけで、左腕を使っての腕相撲大会が開かれることとなった。
参加者は、ラウル、リュインの兄妹と、イスル、響、シュウの5人。
トーナメント戦で、くじびきの結果、一回戦はラウルと響、リュインとシュウで行い、イスルはシード席。イスルは2回戦でラウルと響の勝者と当たる。
「皆さん、元気ですね? 怪我には注意してください」
紫苑はゆったりと微笑んで、また紅茶に口をつけた。
「よーし、張り切っていこー!」
「力では適いませんが、テクニックで勝負です!」
腕まくりのラウルと、結構真剣な表情の響。
レディーゴーの声とともに、息詰まる熱戦が展開された。
「ムム、なかなかやるナ」
「負けないですよ‥‥!」
少し動いたかと思うとまた相手が持ち直す、こう着状態が続く。2人が高血圧でなくてよかった。
「ふたりとも、頑張れー!」
応援する、みなとの手にも力が入る。
「響、ゴメンヨ!」
ラウルが急にふいっと力を抜き、響が「あっ」となったところで、逆にガツン、と一気に持っていかれてしまった。
「うーん、そんなテクニックが‥‥」
「えへへ。まー、人生経験の差ってところカナー」
ついで、リュインとシュウの一回戦第二試合だが、シュウが(「このねーちゃん、意外と手があったかいなー」)とほんわかとなっている間に一瞬で投げ飛ばされてあっさり終了。
二回戦。
「腕相撲‥‥あんまり力に自信ないんだけどね‥‥タイミングが重要‥‥」
一回戦の様子を観察していたイスルは、自分に言い聞かせるようにつぶやく。
合図があった瞬間に、「えいっ」と力を入れて一瞬で勝負を決めようとしたイスルだったが、ラウルはそれをもちこたえる。
じりじりと時間が経っていくにつれ、じわじわ押し戻され、とうとう、コテン、とイスルの小さな手がテーブルについた。
「あーあ‥‥ラウル、強いなぁ‥‥ぼくも強くなりたい‥‥」
赤くなってしまった手をふるふると振りながら、イスルは首をかしげる。
「ふう‥‥手が痺れてきちゃったヨ」
この間、建がちょこちょこと何か書きつけながら観戦しているのに気づいて、ホアキンはそれを覗き込んだ。
「何を書いているんだ?」
「左腕でどこまで戦えるのか研究です。それに、思わぬ勝負が、小説のネタになるかもしれませんしね」
「小説を書くのか」
「ええ、まあ」
「腕相撲の小説か?」
ホアキンが不思議そうに問うと、建は「さあ、どうでしょう」と少し肩をすくめて微笑し、
「何がネタになるか、わからないものなんです」
「なるほどね」
そして、決勝戦は兄妹対決となった。
「たとえ愛しの妹リュンちゃんでも、手加減はしなーい!」
「フン、手加減など無用。腕を折らんように気をつけろ」
「実際、腕相撲骨折、というのが存在するんですよ」
空の解説に、みなとは「へー、さすがお医者さんですね」と感心した。
「じゃあじゃあ、辰巳さんは外科医なんですか?」
「‥‥傭兵になってから、ですけどね」
ぱきぽき、と指を鳴らして腕を差し出すリュインと、いつものとおりへらりとその手を取るラウル。だがその実、本気であることは掌から伝わる。
(「本気だな‥‥」)
と両者それぞれが感じ取る。
「オレ、今、稲妻が見えたような気が‥‥」
「なんだか空気がピリピリしますね」
「覚醒するんじゃないだろうな」
(「腕力ではリュンちゃんにはかなわない。一瞬で勝負をつける」)
(「愚兄とはいえ、集中力はあなどれん。最初を耐えたら、あとは力で持っていく」)
「死人が出そうだ」
「ボク、知らないですよ」
「主催者さん、がんばって」
「お、オレ? いや、ここはお医者さんに」
「私より‥‥えーと、未来の小説家に」
「いやいや、ここは闘牛士さんに」
「‥‥困ったな」
「勝負!」
ばちり、と火花が飛んだかと思うと、ガクン、とリュインの体が傾いた。
だが拳がテーブルに叩きつけられる音はせず、見ればほんの数センチのところでなんとか踏みとどまっている。
「リュンちゃん、もうあきらめナサイ!」
「ま、負けんぞ‥‥」
「‥‥2人とも、すごいね‥‥」
「オレ、便秘になりそう‥‥」
「どっちもがんばってー!」
ギャラリーがはらはらしながら見守る中、こう着状態はかなり長く続いた。
だが、じっと見つめていると、攻め切れなかったラウルの腕が徐々に押し戻されていることに気づく。
リュインのほとんど返されていた手首が、相手の拳を巻き込むように有利な体勢へと戻ってくる。
「ウーン‥‥」
「我は負けん!」
妹の迫力に押されたのか、ラウルはちょっと「負けちゃうカモ」と思ってしまった。
その次の瞬間。
ばぎいっ
腕相撲の過程で鳴る音とは思えないような音がして、勝負はついた。
「勝者、リュイーン」
勝ち名乗りを受けても、リュインは「当然」といった顔。
「僕の負けだよ‥‥」
ラウルは自分の左手をさすりながらしょんぼりと言ったかと思うと、ぱっと表情を明るくして、花火セットを優勝者に差し出す。
「見事優勝のリュンちゃんには、季節はずれの花火セットをプレゼントー!」
「いらん」
「そ、そんな‥‥」
というわけで、左きき腕相撲大会はリュイン・カミーユの優勝をもって幕を閉じた。
ちなみに、花火セットはシュウにもらわれていった。一人でこっそり楽しむのだろう。多分。
●左ききの日、ばんざーい
腕相撲が終わると、まだ少し残っているお菓子を平らげるべく、能力者たちは再びテーブルについた。
さっきはどちらかというと「左ききの損な部分」について話したので、今度は「左ききの(というか、左手が使える)長所」を話そう、ということにして。
「闘牛のハイライトでは、『ムレタ』という赤いフランネル布を持って牛と対決するんだが‥‥」
淹れ直した紅茶の香りを楽しみながら、ホアキンが口火を切る。
「右手で持つのを『デレチャソ』、左手で持つのを『ナトゥラル』と言い、後者の方が難しく、より美しいとされていた。かなり重いので、左ききの俺は得をしていたな」
「マタドールにも、きき手が関係してくるんですね」
何ごとにも興味津々の響に、ホアキンはうなずいて、
「闘牛士の訓練を経て必要に応じて右手も使い、次第に両利きとなった。現状の基本戦闘スタイルは‥‥左手で片手剣を、右手で銃器を同時に扱う」
「うん、ホアキンはもともと左ききだからいーケド、右ききには困る点ではあると思うんだヨネ。
片手剣+片手銃ってスタイルの人は、自然と右に銃、左に剣となるワケで。そーなると右きき本来の力が出せナイの。この場合は、左ききの方が有利なんじゃないカナーと、僕は思うヨ」
左ききだって立派に戦ってるよ、とラウルが笑えば、リュインは真面目な顔で、
「戦術に関して言えば、右ききが多いのを利用したフェイクや、右ききの者とも立ち位置次第で、限られた空間を広く使えるなど有利な点は多いと思う――邪魔だと一方的に言うは愚か」
「だよな! オレもそう思う」
「思うなら、汝のきき腕がいかせるような立ち位置を取っておけばよかったのだ」
冷たく言い放つリュインだが、右手で茶を飲みつつ、左手でスパイスクッキーを片手でお手玉し、会話が終わると口でキャッチ。器用なものだが、彼女にとっては朝飯前。
「‥‥おまえのねーちゃん、こえーな」
「お姉ちゃんじゃなくて、い・も・う・と」
そのやり取りを聞いていたみなとは笑いながら、
「ボクが思う左ききのいいところは、右腕を怪我してもお箸やスプーン、ペンが持てて使えることだね。小さいとき、右腕骨折しちゃったけど左利きのおかげで不便じゃなかったよ」
「でもよ、みなと。オレは左を骨折したら、右手ではなーんも使えないんだよなー」
「あ、そっか。これは両ききのお話かもしれないね」
「両腕が使えて、悪いことはないよな。そのへん、医者としては、どーなの? メスの二刀流とか?」
問われて空は考え考えしながら答えた。
「元々、スポーツ医学が専門なので、右ききの人にも左ききの人にもそれなりに対応できますし、傭兵になってからは外科も扱うようになったので、助手の目は冷ややかですが、手術の効率は非常にいいですね」
「両手で手術‥‥? 僕、注射嫌い‥‥」
イスルは思わず、チョコレートを口に運ぼうとしていた手を止めた。
響は、その手が右手であることに気づく。
「あ、イスルさんは、食べるときは右手を使うんですね?」
「何で右手‥‥? ‥‥まぁ、昔ちょっとあって‥‥」
「ちょっと?」
「‥‥僕が人をはじめて撃ったのは‥‥左手だったんだ。無意識に、撃ってしまって‥‥もう今では両手でいっぱい撃ってるのに、撃った相手の顔を思い出せない‥‥。でも何でか最初に撃ったあの一発だけが忘れられないんだ‥‥」
「そう、ですか‥‥」
「うん‥‥だから、食べるのは右手‥‥」
イスルのきき手にまつわる思い出話に、お茶会はちょっぴりしんみりとする。
「ねえ、イスルさん」
響は元気づけるようににっこりと笑うと、トランプを持ち出してきた。
「僕は今、両ききの練習中。その成果を見てくれますか?」
「‥‥うん‥‥」
見事な速さと正確さで、響はトランプを華麗にシャッフルする。
右手と左手、どちらもその技はほとんど変わることがない。
「じゃあ、この中から一枚選んで、何を選んだのか覚えておいてください」
「うん。覚えた‥‥」
カードは、スペードのエース。
イスルは促されるままそのカードをもとの束に戻し、響は再びトランプをシャッフルする。
「さて」
すらり、とテーブルの上で見事な扇形にトランプを広げる響。
「イスルさんの選んだカードは、この中にありますか?」
「‥‥」
「よく調べてみてください」
イスルとほかのメンバーたちもカードの間やテーブルの下、響の手元などを調べたが、カードはどこにもない。
「‥‥ない‥‥」
「そうですか?」
響はにっこりして、不思議そうな顔をするイスルの襟元に手をかざすと、くるりと掌を返した。
「ここにある、このカードではありませんか?」
「‥‥わあ‥‥」
スペードのエースが響の手の中にあった。
「おおおおお、スゲー! なんでなんで、どうやんの?」
「見事なものだな」
「美環さん、すごいですね!」
皆にほめられ、響は照れたような表情を見せた。
●また会いましょう
その後、全然恋人のできないシュウの愚痴やら鯛焼きをどの部分から食べる人間はどんな性格か占いやら、だんだんと左ききと関係のない話になっていったが、少しずつ風が冷たくなり、お茶菓子も尽きてきたということで、そろそろお開きということになった。
「左ききは珍しがられるけど、こんなに仲間がいるなんてボク嬉しい! みんな友達! 主催者さんも!」
みなとの明るい声に、「そう言ってもらえると、開いてよかったって思えるよ」とシュウもほっと安堵の表情。
「今日はとても楽しかったです。また開いてくださいね」
と建が言えば、シュウは「本気にしちゃうよ」と涙目。
「結局左だろうが、右だろうが変わりないんですよ‥‥自分がやり易い方で生活すればいいんですから」
紫苑がうまくまとめてくれたので、シュウは言うことがなくなり、「ま、とどのつまりはそういうことになるのかな」と頭をかく。
「じゃ、今日はこれで解散!」
そんなわけで、サビシイ男が勢いで考えた企画は、集まってくれた能力者たちのおかげでサビシイ終わりを迎えずにすんだのであった。
<おしまい>