タイトル:火種マスター:牧いをり

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/02/03 19:45

●オープニング本文


 特に何があったわけではないが、かといって未来にも特に何かが待っているわけではないような気がした。

 九州におけるバグア勢力の活動は活発化してきている。
 このところは「バグア」と口にすることさえはばかられる‥‥そんな雰囲気がある。嘘や冗談ですませられないからだ。

 そのうち、自分の住んでいるこの町もどうにかなってしまうだろう。
 どうにもならなくとも、どうせ明るい未来などもうどこにもない。
 仕事もうまくいかなかった。ITベンチャーとして始まった企業だが、今では軍用製品も扱う。要するに、軍需で事業を拡大したのだ。
 ITのそもそもの始まりを思えば不思議なことではないが、どういうわけかそちらの方面にはセンスも才覚もまるでなかった。
 バグアが活発になればますます会社は忙しくなる。そして自分はますます駄目社員だ。
 武器がなければ人類は負ける。やはり自分に未来はない。

 生きにくい。


 彼はビルの屋上に行ってみることにした。
 彼が勤めるオフィスビルは7階建てだ。飛び降りれば‥‥。

 本気で飛び降りるつもりなのかどうか、彼自身にもわからなかった。
 ただ、なんとなく行ってみた。

 すると、先客がいた。
 長い黒髪を風に遊ばせる女性。

 彼女は振り返って、言った。

「死ぬつもり?」

 そのとき紅い唇の描いた笑みが、やけにはっきりと目に焼きつく。
 彼は少し混乱して、思わず「そうだ」と答えた。

「一人で死ぬことないわ。そうでしょ」

 彼は歌うようなその声をぼんやりと聞いていた。

「ねえ、私の復讐を手伝ってくれない?
 私の両親は親バグアの疑いをかけられ、追い詰められて自殺したの。
 ‥‥殺されたの。人間に」

 この女は嘘をついているのではないか? ‥‥と彼は思った。
 彼女はつらいはずの過去をあまりにも楽しそうに語る。

「簡単なことよ。簡単なこと」


 火をつけるの。


 上空を影がよぎった。
 鳥ではない。
 有翼の乙女たち。

 弾かれたように屋内へ駆け戻る。
 就業時間中だからか、カフェテリアには誰もいない。

 エレベーターを待つ時間が惜しく、階段を走り降りる。
 6階は会議室と役員室、応接室。今の時間、会議はない。
 社長やらなんやらの役員は部屋にいるだろうが、頭になかった。

 彼のフロア、5階に戻ってくると、同僚が冷たい一瞥を投げかけてきた。
 だがそれを気にしている余裕はない。

 キメラだ。

 そう言おうとするが、声が出ない。
 同僚は「何バカみたいに突っ立ってるんだ」と冷笑を浴びせかけてくる。


 火をつけるの。

 一人で死ぬことないわ。

 微笑。


 ‥‥そうじゃない。

「キメラだ!」

 ようやく叫んだとき、凄まじい音を立てて窓ガラスが割れた。
 階上で爆発音、ぞっとするような震動。
 悲鳴。
 ハーピーの羽ばたきが、書類を舞い上がらせる。
 避難が始まる。
 避難、などと言えるものではない。ただ逃げ惑う。

 連絡しなければ。
 連絡を――。


 呼び出し音。
 女性の声。
 必死で状況を告げる。

 電話の向こうの声が、出動を約束した。


「終わったかしら?」


 はっとして振り返る。
 冷たい輝きが閃く。

 異状を察した電話の相手から呼びかけが繰り返されるが、彼にはもう届かなかった。

「よかったわね。願いが叶って」

 ずるりと崩れ落ちる男を見下ろし、女は血塗れた小太刀を手に笑ってつぶやいた。

●参加者一覧

高遠・聖(ga6319
28歳・♂・BM
ハルトマン(ga6603
14歳・♀・JG
ロジャー・ハイマン(ga7073
24歳・♂・GP
夜坂桜(ga7674
25歳・♂・GP
風花 澪(gb1573
15歳・♀・FC
ディッツァー・ライ(gb2224
28歳・♂・AA
立浪 光佑(gb2422
14歳・♂・DF
エル・デイビッド(gb4145
17歳・♂・DG

●リプレイ本文

●到着
 ビルの最上階から上る黒煙が、遠くからでもはっきりと見えた。
 続々と外へ逃れ出てくる社員の顔は恐慌の色に染まり、彼らの流れに逆らってオフィス内に入るだけでもたやすいことではなかった。
 能力者たちは騒然としている受付に一度集まり、短く目顔だけで合図を交わすと、すぐにそれぞれの持ち場に散っていく。
 すでに夜坂桜(ga7674)と風花 澪(gb1573)は屋外の非常階段へと向かっていた。
 高遠・聖(ga6319)と立浪 光佑(gb2422)は西側の、ハルトマン(ga6603)とディッツァー・ライ(gb2224)は東側の階段から上のフロアを目指し、ロジャー・ハイマン(ga7073)とエル・デイビッド(gb4145)は1階に留まり避難者を護衛・誘導する。

「外に出たら直ぐにビルから離れてください、焦らないで!」
 ロジャーは敵襲を警戒しつつ、声を限りに叫ぶ。
「注意して、ゆっくりと出てください」
 エルも同様に、戸口へ殺到する社員を落ち着かせ外へと誘導するが、心中にはいいようのない胸騒ぎを覚えていた。
(「‥‥変な感じがするな‥‥心がざわざわするって言うか‥‥」)
 だがそのとき、エルの思考は階段のほうから何かを叫ぶ声に遮られた。
「どうしました?」
 駆け寄ってみれば、ブラウスを血に染めた女性が同僚に抱えられるようにして降りてくる。ぐったりとして顔にも血の気はない。
「ろ、ロジャーさん!」
 エルは慌ててロジャーを呼んだ。これまで何度も救助に携わってきたロジャーは、顔色一つ変えずに的確に指示を出す。
 人波を避けて、わずかなスペースに女性を寝かせる。肩口から脇腹にかけて大きな裂傷。
(「重い‥‥・有り合わせの物じゃキツイね、これは」)
 ロジャーは救急セットで素早く応急手当てを施す。
「外へ。なるべく静かに」
「はい!」
 エルに短く指示し、自らは再び誘導に戻る。

 避難はまだ長引きそうだった。

●非常階段
「人命救助なんて柄にもないこと引き受けちゃったかなー‥‥まぁやるからにはちゃんとこなすけどっ」
 澪は彼女が「リィセス」と呼ぶ大鎌を背負い、階上を見上げていた。
「まだ降りてきますね」
 同じく螺旋を描く非常階段を見上げ、桜がつぶやく。
 階段は2人が同時に通るには狭く、降りてくる社員の脇を通り抜けて上がるのはたやすいことではなさそうだ。
「手すりの上でも移動する?」
 澪が悪戯っぽく言って、桜は微苦笑を浮かべた。
「‥‥いずれにしても、行くしかありませんね」
 その間にも降りてくる社員たちを、外で待つ救護班のほうへ誘導する。
「はーい、あっちですよー。ちゃんと指示に従ってねー♪ 勝手に動かれて死んでも面倒見きれないから」
 塊になって降りてきた避難者が地上に着くのを待ち、混み具合が一段落したと見ると、2人は階上を目指した。

●簡単なこと
「私が何を考えているか、当ててみて」
 その頃バグアの女は、窓際に立たせた社員に問いかけていた。
 デスクに腰かけた黒衣の女は、端の男に銃を向けて答えを促す。が、怯えきった社員は声もない。
「残念ね。時間切れ」
 乾いた銃声。
「次の人」
「こ、こんなことして、いったい何に‥‥」
「どんなことにも理由が必要?」
 次の銃声。

「答えは簡単。退屈だなって思ってたの。‥‥正義の味方はいつ来るのかしら。これじゃみんな死んじゃうわね」
 女はデスクから降り、窓の外の様子をうかがった。

「上からは来ないのね‥‥じゃあ、降りていってあげるわ」

●西
 西側階段担当の聖と光佑は、社員が少しでも安心するよう自分たちの到着を知らせながら走った。
「俺達は傭兵だ。皆さんの救助に派遣された。安心して避難を」
 聖の力強い声に、社員たちの顔にも安堵の色が差す。
 光佑もショットガンの銃口を上に掲げるようにして持ち、能力者の到着を知らせた。
「下には他の仲間もいるし、邪魔なんでさっさと逃げてくださいよ」
 彼らの声を聞き、姿を見た社員たちは動揺から回復すると階下へと急ぎ、彼らとすれ違って聖と光佑はさらに上を目指す。

 2度目の踊り場に到着したとき、頭上で鈍い衝撃音。
 2人はちらと顔を見合わせて、フロアへ駆け込む。
 中にはハーピーが2体。先ほどの音はデスクが倒れた音だったのか、部屋は荒れ放題だ。
「キメラ発見。2体。3階だ。ここは俺たちで引き受ける」
 聖は無線機で仲間に連絡。
 その間に、光佑は接近戦にもちこむべくキメラとの距離を詰める。
「焼き鳥にしてやるよ」
 一太刀斬りつけると、傷口から体液を噴き出させながらもハーピーは舞い上がり、鋭い鉤爪で光佑を狙う。爪の一撃を受けながらも、光佑はキメラが再び宙に戻る前に、片翼を斬り落とさんばかりの一撃を加える。
 怒りに任せてまっすぐ体当たりをしかけてくるハーピーに、『両断剣』で止めを刺した。

 一方、連絡を終えるや、聖は『瞬速縮地』を発動し地を蹴っていた。もう一体のキメラが逃げ遅れている社員を襲うのが目に入ったからだ。間に割って入り、『獣突』でキメラを弾き飛ばして社員から遠ざける。
「大丈夫か!?」
 振り返った先で、男性が首元を抑えていた。
 場所が場所だけに、手当てするべきか一瞬迷った。
 直後、キメラの爪が一直線に目を狙って襲ってくる。
 反射的にかばった腕に激痛、血が滴る。
「離れろ!」
 怪我人に叫ぶと、再度体勢を整えようとしているハーピーを斬る。反撃を受けながらも確実にダメージを与えてゆき、敵の息の根を止めるまでにそう時間はかからなかった。

 キメラの絶命を確かめ、次の行動が決まると、光佑は無線機を手に取る。
「3階キメラ殲滅。重傷者が一人。応急処置の後、高遠さんが連れて降りる。俺は上に向かう」

●東
 ハルトマンとディッツァーは、聖からの最初の通信を受けて、3階では止まらずさらに上へと駆け上がった。
 4階が見えたところで、そのさらに上の階段から悲鳴、誰かふっ飛ばされてきて壁に激突し、ずるりと床に伸びる。
「な、なんだ?」
 先を走っていたディッツァーが駆け寄るより先に、階段の影から黒衣の女が姿を現した。
「あら」
 女は能力者2人の姿を見とめると目を細めて笑み、逃げてくる社員の間をすり抜けて4階フロアに入っていく。
 2人もその後に続き、4階フロアへ。

 室内にはキメラが一体フロア中を舞っては社員を襲い、その真中で女が微笑んでいた。
「早くしたら? 待っててあげる」

「あの人は?」
「強化人間だ。一度会ったことがある。‥‥どこまでもなめたマネしやがるぜ!」
 怒りで顔色を変え、ディッツァーは吐き捨てるように言った
「仕方ありません。早くキメラを倒すのです」
 ハルトマンの声に、ディッツァーはひとつ息を吐いて自らを落ち着かせる。
「俺がキメラを足止めする。避難誘導を頼む」
「了解なのです」
 ハルトマンはM−121ガトリング砲を宙にいるハーピーに向けた。フロアにはまだ人がいるため、前方への射撃は難しい。標的が飛んでいてくれたほうがありがたかった。『強弾撃』を発動、凄まじい銃撃でキメラを引き裂く。
 ハーピーは2人を見つけると、こちら目がけて大きく羽ばたいて襲いかかってきた。
「その翼も、この狭さでは活かし切れまい。地の利は、俺たちだッ!」
 キメラを迎えうち、ディッツァーは翼を狙って斬撃を放った。
 ハルトマンはその間に「皆さん、急がずあせらず逃げてくださいなのです〜」と誘導を始める。
 羽根を飛び散らせながらハーピーは鉤爪で掴みかかり、ディッツァーの肩口を掠める。だが、再び舞い上がろうとして大きくバランスを崩した。ディッツァーはその隙を逃さずに太刀を浴びせかけ、キメラの息の根を止めた。

●5階
 東の2人が4階フロアに到着したのとほぼ同じ頃。
 非常階段を上ってきた澪と桜は、5階の非常口の扉が半開きになっており、そこに人影があるのを見とめた。
「男かぁ」
 澪は彼が軽傷であることを確認し、戸口でおざなりに手当てすると「はい、逃げて」と適当に逃す。
 手当ての間、男性は部屋にまだキメラがいることを告げたため、2人はフロアに入った。
「いたっ!」
「一体‥‥のようですね」
 オフィスの床は犠牲者の血で変色している。ハーピーは、明らかに息をしていない人間の上で羽根を休めていた。
 銃を構えようとする桜の足元、何かが動いた。
「大丈夫ですか?」
 桜は、最後の力を振り絞って腕を伸ばす女性を助け起こす。
「あ、びっじーん。そっち、ヨロシクね♪」
 澪が笑顔を残しキメラへと向き直ると、キメラも彼女を見た。
 にっと笑うや、フリージアとScarletで続けざまにハーピーを撃つ。被弾しながらも飛び上がるのを見ると、澪は広げた翼をさらに撃った。
 奇声を上げて宙から突っ込んでくるハーピーの爪を横とびに交わしながら、大鎌に持ち替える。迫ってくる爪をリィセスの柄でかろうじて受け止めるが、キメラはそのまま全身の力で押してくる。
 澪も負けじと押し返すが、力比べの均衡を桜の援護射撃が破った。
 その一瞬後、キメラは澪を見失っていた。
「おーしまいっ」
 リィセスでの『流し斬り』がキメラをばっさりと斬り捨てた。

 桜が状況を無線で連絡しようとしたところ、ハルトマンから通信が入る。

『4階、キメラ一体撃退です。避難は完了なのです。‥‥強化人間と遭遇なのです』
「‥‥了解。5階より上は‥‥もうできることはありません。援護に向かいます」
 続いて、光佑の声。
『了解。俺も4階に行く』

●1階
 1階の2人は、ハルトマンの通信に答えている余裕がなかった。
 光佑からの通信の後、エルは階段を上がり、2階付近で聖から託された怪我人を外の救護班まで運んだ。聖は息つく間もなく上へと折り返していった。
 その後、避難者の数は少なくなり1階は落ち着いてきていた。そろそろ上階へ援護に行くべきかと考え始めたとき、窓を破ってハーピーが飛び込んできたのだ。

「早く逃げてください!」
 ロジャーは盾を構えて社員とキメラの間に割り込み、キメラの初撃を防ぐ。
 キメラは盾を避けて社員を狙おうとするが、ロジャーはすかさず盾を手放し、ナイフを投擲して牽制。
 逃れて軌道を変えたキメラを追って、エルが攻撃をしかける。
「任せます!」
 ロジャーはそのまま避難誘導を続け、エルは機械剣とリューココリネで翼を狙う。切り払い、羽を壁に縫いとめようと次の一撃をくりだす。間一髪のところでハーピーは突きを逃れ、その勢いで体ごとぶつかってくる。
「くっ」
 渾身の体当たりを受けて押し戻され、さらに爪が襲ってくる。
 エルは衝撃に備えたが、声を上げたのはキメラのほうだった。見れば、ロジャーのナイフがキメラの脚に突き立っている。
「早く!」
「ありがとうございます!」
 体勢を立て直すとエルは『竜の角』を発動、さらに知覚を研ぎ澄まして攻撃を加えていく。
「‥‥入ってこなきゃ、空で逝けたかもしれないのにね」
 最後の一撃を振り下ろすと、エルは動かなくなった翼を見つめてつぶやいた。

●戦闘
 女と対峙すると、ディッツァーは彼女のほうに簪を投げ渡した。
「以前貰った簪の礼だ。借りを作ったままでいるのは性に合わん」
 鵺は長い髪を無造作に巻き上げると、受け取ったばかりの簪を挿した。
「似合う?」
 そして、小太刀をすらりと抜き放つ。
 ディッツァーは獅子刀 牙嵐を、ハルトマンはイグニートを構える。

「『男子三日会わざれば刮目して見よ』だ、以前の俺と思うな!」
「ふふ‥‥じゃあ、これからは毎日会ってくれるの?」
「やかましいっ!」
 斬撃が唸りを上げ、鵺は後方に跳び退る。
「槍はあんまり使ったことが無いので手加減できないかも知れないのです!」
 その着地を狙って、ハルトマンが一気に接近、短く持った槍を器用に捌き、鵺の攻撃を封じる。
「避けているだけなのです!?」
 ハルトマンの言葉に答えるように、小太刀が槍の穂先を受け止め跳ね上げた。
 距離を詰める鵺に、ディッツァーが斬りかかる。わずかな手ごたえ。鵺は身をひねりながら後方へかわす。
「そんなに大きな刀、危ないわ」
 肩口に手をやって傷を確かめ、鵺はにいっと笑った。

 そこへ、西側から光佑が入ってくる。間をおかずに東から桜と澪。

 小太刀を提げている女を見て、澪はとりあえず挨拶した。
「はじめましてー、風花澪でーすっ。以後お見知りおきを?」
「ミオ‥‥可愛い子ね。私は、鵺」
「あっそう。覚えておく価値、ある?」
 笑みを絶やさないまま澪はリィセスを構える。
「さあ。あなたに任せるわ」

 一触即発の雰囲気に、桜の温和な声がするりと滑り込んだ。
「お久しぶりですね」
「久しぶり‥‥桜」
「光栄ですね」
 桜の穏やかな笑顔はそこまでだった。『疾風脚』を使い、エクリュの爪で積極的に接近戦をしかける。高速で繰り広げられる超接近戦に、他の能力者たちは割って入ることができない。
 爪が敵の皮膚を裂いて血に染まるたび、桜の動きのキレが増す。戦闘に酔い、楽しみ始める。
 切り結びながら、鵺は桜の瞳を覗き込んで笑った。
「楽しい? あなたのそんな顔、好きだわ」
 一連の攻防が終わると、鵺は窓際へと逃れる。
「逃すかっ」
 光佑がショットガンで狙撃しようとしたところへ、何かが彼を目がけて飛んできた。
「!」
 思わず跳ね除けると、それはすでにこと切れている社員。

「私も、あなたたちに返すものがあるの」

 鵺は窓枠に足をかけ、手榴弾のピンを抜く。

●問い
 階上の爆発音に、ロジャーとエルは顔を見合わせた。
「なんでしょうか?」
「行ってみたほうがいいかもしれない」

 走り出そうとしたとき、ガシャン、と割れたガラスを踏む音に、2人は窓のほうを振り向いた。

「まだいたのね」
 うそぶく女は全身傷だらけだったが、しっかりとした足取りで歩いている。どう見ても会社員ではない。
「このビル、燃やしたかったけれど、仕方ないわ」
「バグアか?」
 身構えつつロジャーが問うと、女は「そうよ」と短く答えた。
「それなら、容赦はしない。俺は、人が理不尽に死ぬってのがこの世でいちばん嫌いでね」
「そう。なら、私はあなたの敵ね」
 エルも武器を構え、油断なく女に問いかけた。
「‥‥君は何でそっちにいるの?」
 降りてくるはずの仲間を待つ時間稼ぎでもあったが、同時に彼の好奇心からの問いでもあった。
 彼の問いに、女は首をかしげた。
「あなたは、どうしてそこにいるの? 答えはそんなに変わらない。そんな気がするわ」
 奇妙に茫漠とした目で女は銃口を上げ、何を狙うでもなく乱射、再び窓を抜けて外へ出ていった。

●祈り
 爆音の後に4階にたどりついた聖は、仲間たちに手当てを施すこととなった。
 爆発の瞬間、全員が間一髪で部屋を転がり出ていたが、無傷の者は一人もいなかった。
 キメラの殲滅が報告されると、改めて生存者の確認が始まる。

 いつまでこんなことが続くのだろうか。

 桜は無残な姿を晒しているビルを見上げ、犠牲者に黙祷を捧げるのだった。