●リプレイ本文
●夜を待つ
「すみません、今日はよろしくお願いします!!」
黒一点、巽 拓朗(
gb1143)が元気に送った挨拶に対し、3人の女性は割合静かな挨拶を返した。
井戸の底から大蛇が這い出てきたという村。
豊かな緑に囲まれた村は思いのほか静かで、風光明媚と言うほどまでではないにしても、森林浴を楽しんだりただひたすらのんびりしたりするにはよさそう。
いかにものほほんと平和そうな村のように見える。
「大蛇のキメラ‥‥。どれほどのものなのかしら‥‥」
相良風子(
gb1425)がぽつりとつぶやく。
「ああ。あんたは、今回が初任務だったな」
ぶっきらぼうな口調で、時枝・悠(
ga8810)が口を開く。
悠の言うとおり、風子は今回が初任務であった。
「大丈夫っすよ。一人じゃないっす。俺たちがいますから」
「そうですよ。‥‥といっても、相良さん、とても落ち着いていらっしゃるようですね」
風子のほうを少し覗き込むようにして、J.D(
gb1533)は穏やかな笑顔を見せた。
「ええ‥‥そうだといいんだけど」
自分がどのぐらい戦えるのか。
自信はあるが、不安がないわけではない。
不必要に神経質になったりはしないが、常に冷静に動けるのか、こればかりはやってみなければわからない。
「あーあ、それにしても蛇ってなぁ。蛇はホントなら神様の化身のはずっすよ。それなのに‥‥」
「‥‥私も蛇は嫌いではないが、キメラとなれば話は別だ。
それも、ヤギを呑むような奴だからな。下手をすると痛い目を見る」
淡々と言った悠が、ふと足を止めた。
村の入り口で、村人がずらりと並んで4人を待ち受けている。
やや圧倒されながら村に入ると、村人たちはもろ手を挙げて喜び、さっそく集会所らしき建物に招き入れられた。
そこでひとしきり説明‥‥というよりは訴えを聞いたが、村人のおびえ方が予想以上だったこと以外には、特に新たな情報はなかった。
キメラは昼間はほとんど活動していないという話なので、夜の退治を考えていることと、そのために必要になりそうなランタンを借り受けた。
能力者たちが来て安心したのか、村人たちは訴えたいことだけ訴えると三々五々家や畑に戻っていった。
4人はそのままそこに残り、キメラを撃つべく夜を待つ。
●確認を
「作戦の確認をしておきましょう」
J.Dが提案し、他の三人はうなずいた。
「まず、一応ランタンを設置しておきましょう。なるべく、キメラの通ってくる道からは遠ざけて」
「了解だ」
「そんで、相良さんが前に立ち、俺たちは物陰に潜んでキメラの到来を待つ。
相良さん、大丈夫っすね?」
風子は拓朗の確認に深くうなずく。
「私はスコーピオンでキメラを迎撃、敵の注意をこちらに引きつける」
「私たちは少し離れて待機だ。逃げられたら元も子もない。他の三人で退路を塞ぐ」
「ばっちりやっつけましょう!」
「楽しみね‥‥くす‥‥」
「? なんか言ったっすか? J.Dさん?」
「いいえ‥‥何も」
拓朗はそうっすか、としばらく首を傾げていたが、ややあって窓の外を見ながらぽつりと誰にともなくつぶやいた。
「それにしてもねー。やっぱ、自然のあるところは都会よりも涼しいっす。
俺、なんてか、ちょっと‥‥ここに来てみて、俺、故郷を思い出したっていうか‥‥」
答えは、なかった。
拓朗自身、答えを待つよりも自らの思いにしばし身をゆだねていた。
故郷――その言葉は、能力者たちに何を想起させるのだろうか。
●蛇の道は‥‥
やがて日も暮れ、夜の闇が村をすっぽりと覆い隠した。
月明かりと、ぽつりぽつりと置かれたランタンはあるが、やはり視界良好とは言いがたい。
「村人に犠牲者が出る前に片付けましょう」
J.Dの言葉に4人は顔を見合わせひとつうなずくと、それぞれの持ち場へと散った。
ただ待つ時間というのは長い。
特に、こんなにも穏やかな夜に、緊張状態を保ち続けるのはなかなか難しい。
どこからか響いてくるカエルや虫の声‥‥。
全く静かな夜だった。
本当にこんな平和そのものの村にキメラなんて出るのだろうか。
あるいは、今夜は出ないつもりでは? と少しずつ疑念が湧いてきたころ。
ケロケロいっていたカエルの声がはたりと止んだ。
かわりに、ズズッ‥‥ズッ‥‥と何か引きずるような異様な音が近づいてくる。
闇の奥から這い寄ってくる巨大な影に、それぞれがそれぞれの持ち場で瞠目した。
長さはもちろん、胴回りが半端ではない。這い寄る音もずるりずるりと重々しい。
遠いランタンの橙色の灯を浴びて、暗褐色の体の表面がてらりと光を反射する。ところどころにある楕円形の斑紋が、不気味な力を誇示しているかのようだ。
しゅるしゅると赤い舌で闇を探りながら進んでくる蛇行の様子からしても、若い、力の強い蛇であることが見て取れる。
(「やはり大きい。締め付けられようものなら‥‥あまり想像はしたくないな」)
蛇型キメラがゆるゆると進んでいくのを見て、悠は愛用の武器の柄を握り締めた。
一度そっと閉じて再び見開いた左眼は青から黄色に染まり、瞳孔が山羊のような横長型に変化している。
(「‥‥遠慮無く油断無く容赦無く、迅速に確実に片付けるとしよう」)
(「うわッ‥‥でかっ!!」 )
拓朗は想像以上の大きさに驚いたが、すぐに気を取り直して刀を音もなく抜き放つ。
黒い瞳の色が青く変わる。覚醒を自覚し、今ならすべてがクリアに判断できる。その感覚がある。
(「うわぁ‥‥大きい、ですね‥‥。――くす‥‥狩り甲斐ありそう‥‥」)
冷たく微笑んで、J.Dは「フリージア」の銃身をそっと撫でた。
穏やかな少女から、冷酷な人格への回帰。それがJ.Dの覚醒だった。
家畜小屋へと続く道をふさぐように立つ風子も、すでに敵の姿を視界に捉えている。
「来たわね‥‥」
スコーピオンを構え、ターゲットが射程に入ってくるのを待つ。
蛇は視力の弱いものが多いというが、キメラであればそれにも期待できまい。
実際、まぶたのない爬虫類の黒光りする目は、しっかりと目前の獲物を捉えていた。
呼吸を整え、初戦闘の開始のタイミングを計る。
(「‥‥もう少し‥‥‥‥今!」)
一瞬にして覚醒が起こり、青い髪と黒の瞳が深紅と化し、全身も淡い深紅に包まれる。
スコーピオンが火を噴いて、戦いの始まりを告げた。
射程距離内とはいえ確実に命中させるのには十分な近さではなく、光量も不十分だったが、相手が地を這っているためにアタリはつけやすい。
「ほら! こっちよ!」
いくらかは被弾したようで、蛇型キメラは怒ったように突然速度を増して近づいてきた。
風子を敵と認め、一気に距離を詰めてくる。
こうなればぐずぐずはしていられない。
風子がスコーピオンを投げ捨て抜刀したのと、待機していた3人が躍り出たのがほぼ同時。
キメラが巨大な頭をもたげた瞬間、側面からの衝撃にびくりと首を振る。
喉もと辺りに、J.Dの「フリージア」から放たれた弾丸が命中したのだ。
「ふふっ‥‥今からあなたは狩られる側。逃げないでね‥‥」
それでもキメラは自分が最初に見つけた獲物――風子を諦めてはいなかった。
限界まで口を開いて襲いかかってくるキメラの牙を、風子はかろうじて受け止める。が、腕にきしむような痛みが走る。力では勝てそうもない。
「くっ‥‥!」
「今度はこっちだ!」
別の方向から拓朗が斬りつけ、風子はなんとか蛇を押し戻し大顎から逃れた。
「叩き返す。井戸の底よりなお下へ!」
背後から悠が「月詠」と「クロムブレイド」を交互に素早く繰り出し、『二段撃』をお見舞いする。
蛇型キメラは鱗を切り裂かれ傷口から体液を噴き出しながら、巨体を大きくうねらせた。
全方向から立て続けに攻撃を食らって、キメラは猛り狂って闇雲に暴れだし、頭が家畜小屋を直撃してその入り口が大破してしまった。
中から、「メエェ」とヤギのおびえた声がいくつも聞こえてくる。
4人は一瞬ひやりとしたが、キメラは自分を傷つけた能力者たちをいちばんに始末すべき敵と認識していたらしく、再び彼らのほうを向き直ろうとする。
その際に大きく振れた丸太のような尾が、拓朗目がけて飛んできた。
「ぐっ」
わずかによけそこない、尾の先に脇腹を払われた。一瞬息が詰まり、拓朗はバランスを崩す。
拓朗へ目を向けた大蛇に、背後から素早く回り込んだJ.Dが持ち替えた「蛇剋」で攻撃し、再びキメラの気をそらす。
素早くバランスを立て直した拓朗は、『紅蓮衝撃』を発動した。体から炎のような赤いオーラをほとばしらせて思い切り蛇に斬りかかる。
背骨まで達した手ごたえが刀を伝わってきて、キメラの体は大きくかしいだ。
「しつこい!」
叫ぶ悠の一撃と風子の『豪破斬撃』が腹を割き、とうとう鎌首をもたげる力を失い地に戻る。それでもなおも威嚇音を発するキメラの頭部に、J.Dの『急所突き』が深々と突き刺さった。
「けっこうがんばったわね‥‥」
J.Dの冷ややかな笑みが、キメラへのはなむけとなった。
●後始末
「相良さん、初任務無事終了おめでとうございます」
にっこりと笑うJ.D。
キメラがぴくりとも動かなくなった時点で、4人とも覚醒が解けていた。
「ありがとう」
風子はさすがにややほっとした表情を見せ、スコーピオンを拾い上げた。
「小屋、壊れちゃったけど」
ちょっと肩をすくめて見せる。
「ヤギさんは無事だったし、怒らないと思うけど‥‥いや、きっと怒らないっす。多分」
「謝っておくしかないな‥‥」
4人は借り物のランタンを集めてくると、再び道に長々と横たわっている不気味なキメラの死骸を見下ろした。
「それにしても、この大蛇一体どこから来たのかしらね‥‥」
風子が首をかしげる。
「さあ。いつのまにか井戸の底にいたんだろう?」
「井戸がどこかにつながっているのかもしれないですね」
「どこかって‥‥どこっすか‥‥」
それからまじまじと蛇を見つめて、拓朗は首をひねる。
「つーか、この蛇、どうします?」
「始末までは頼まれていないけれど」
風子は困惑気味に答えた。
「食べちゃうとか、どうっすかね?」
拓朗は冗談で言ったつもりだったが、3人の顔から血の気がすうっと引いた。
「“ソレ”を食べる気は無い。断じて無い」
断固拒否、と悠が力を込めて言い、女性陣はうなずいた。
「巽君が食べれば? どうぞ」
「食べないっすよ、自分は!!」
「蛇酒、というのもありますよ」
「俺は日本酒党っすから!」
結局始末は村人が引き受けてくれることとなったが(改めて見る蛇の大きさに度肝を抜かれたのか、家畜小屋のことは二の次になっていた)、彼らがそのキメラを摂取してたん白源としたかどうかは定かでない。