タイトル:悪魔の鏡マスター:牧いをり

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/08/18 02:37

●オープニング本文


「やっぱり、帰ろ」
「大丈夫だって」
「でも‥‥」
「怖がりなんだ?」
「だって‥‥」


 打ち捨てられて久しいことが遠目にもわかる、古い荒れた洋館を前にしてナナコの足は止まってしまった。
 辺りをぐるりと見回してみたが、敷地は思いのほか広く、隣家と呼べそうなものまではかなりの距離がある。

 ナナコはこんなところへ来てしまったことを後悔していた。


 午前0時にこの洋館にある鏡の前に立つと、悪魔が現れて願い事を叶えてくれる――。
 そんな噂が、いつのころからかナナコの友人の間でまことしやかにささやかれるようになっていた。

 なかでもミカは、その噂に一種異常なほどの興味を示した。
 もともとミカはオカルト好きで、霊や悪魔が会話に出てくることも珍しくはなかったから、ナナコは別に驚きはしなかった。
 だが、中にはミカの熱中ぶりを気味悪がったり馬鹿にする者もあった。
 からかわれ、嘘つき呼ばわりされるにいたって、ミカは真っ赤になって怒り、「明日、証拠を持ってきてやる」と大見得を切ったのだ。


 それなら一人で確かめてきてくれればいいのだが、一人では証明にならないとミカに説き伏せられ、ナナコは半ば強引に洋館探索につきあわされることになってしまった。
 もちろん、ナナコも「悪魔の鏡」に興味がなかったわけではない。願い事を叶えてくれるだろうとは思わないが、そういった非科学的な存在についてあれこれと空想するのは嫌いではないからだ。
 だが、いざ洋館を目前にしてみると、たとえミカと気まずくなっても断っておくほうがよかったのではないか‥‥とじわじわと後悔の念が湧いてくる。

 日付が変わるまであと半時間ほど。
 ほんの少し住宅地から離れただけなのに、この暗さはなんだろう?
 都会の夜しか知らないナナコには、闇自体が恐ろしい魔物のように思えて仕方なかった。


「‥‥だって‥‥」
「だって、何よ」
「きっと、鍵がかかってるよ。それに、本当に鏡があるかどうかもわからないんでしょ?」
「あるわよ。もう確かめたもの」

 本当だろうか?
 ミカが啖呵を切ったのは今朝のことだ。今日までにすでに確かめてあったというのか?

 友だちの言葉を信じられないまま、ひきずられるようにナナコは洋館の敷地に足を踏み入れた。


 門はナナコの期待に反して、錆びついた不快な音を上げながらもあっさりと開いた。

 まるで何かに招かれているみたい。
 なにかとても嫌な感じがする。

 おそるおそる懐中電灯で照らすと、洋館の扉が向こうに見えた。
 門からポーチまでの小道をすっかり隠してしまうほどぼうぼうと夏草が生えている。荒れ放題の庭から今にも何かが飛び出してきそうで、ナナコは逃げ帰りたくなった。しかし、ミカの手はしっかりと、痛いほどに強くナナコの腕を掴んでいる。

 草を踏み分け歩く自分たちの足音が異常に大きく聞こえる。
 心臓の鼓動も静まらないどころかいよいよ激しくなる。ナナコはぎゅっと胸の辺りを押さえた。

 怖い。
 怖い怖い怖い。
 怖い。帰りたい。早く帰りたい。
 こんな時間に家を抜け出してきたことをどれだけ叱られてもいいから、とにかく家に帰りたい。


 ナナコは扉に鍵がかかっていることを心の底から願ったが、あろうことかすでに扉は開いていた。

「‥‥開いてる。ね、開いてる!」

 叫ぶミカの声はヒステリックで、ナナコは洋館に対するものとは別の恐怖を覚えた。

「やっぱりやめよう‥‥。おかしいよ。誰か入り込んでるかもしれない」
「大丈夫よ。スプレーもスタンガンもあるんだから」
「ね、ミカ。もう帰ろ。みんなには、鏡はあったよって言えばいいじゃない」
「あいつらが信じると思う? ちゃんと悪魔の証拠写真を撮って帰って、目の前につきつけてやるんだから」
「悪魔なんていないよ!」
 ナナコが叫ぶと、ミカはぎっと憎々しげにナナコをにらみつけ、吐き捨てるように言った。
「そんなに嫌なら、帰れば?」

 ミカは乱暴に腕を振り払い、真っ暗闇で何にも見えない洋館の中へ駆け込んでいった。
 立ちすくむナナコの目の前で、ミカの華奢な背中が扉の向こうの闇へとすうっと吸い込まれていく。

「だ‥‥ダメだよ、ミカ!」

 はっと我に返り、ナナコも後を追う。


 入ったところはだだっ広いホールだった。
 ついさっき入ったばかりのはずなのに、ミカの手にする灯りはどこにも見えない。
 懐中電灯の灯りは頼りなく、うろうろとさまよわせてみてもミカの背中には行き当たらない。
 焦ってぐるぐると見回す。じっとしていると今にも背後から何か覆いかぶさってきそうで怖いのだ。

「ミカ? どこ? 返事して!」

 半ばヤケになって大声で叫ぶと、上のほうから声がしたような気がした。

「二階なの?」

 二階へと続く馬蹄形階段を急いで駆け上がると、ドアが等間隔に3つ並んでいる。その真ん中のいちばん大きな二枚扉の、片方だけが内側に開いていた。

「ミカ?」

 そっとのぞきこみ、ライトを巡らせてみる。
 部屋の中央で、ぎらりと何かが光った。
 はっと息を呑んだが、その正体がわかってほっと息をつく。

 鏡だ。
 大きな楕円形の鏡が壁にかかっていて、それが光を反射したようだ。

「本当にあったんだね? ミカ?」

 それでもナナコはまだ部屋に入り込まず、入り口でさらにライトを巡らせて中の様子をうかがった。
 なんとなく異臭がするし、ナナコの中の何かが「警戒を怠るな」とシグナルを出し続けている。

 部屋の隅のほうで別の光にぶつかった。

 懐中電灯の光の中に浮かび上がる物をよく見てみて、ナナコの心臓は止まりそうになった。

 それは、こちらを見ていた。
 異様な光を放つ二つの目が、こちらをじっと見据えていた。

 ミカではない。‥‥人間の顔ですら、ない。

「あ‥‥ぁ‥‥」

 喉がからからで、声も出ない。
 それなのに、目をそらすことができなかった。

 口元を赤く染め、黒い翼を持つ、醜悪な、それ。


 ‥‥悪魔。


 その言葉が頭に浮かんだとたんナナコは絶叫し、部屋を飛び出て転がるように階段を駆け下りていた。
 ライトも投げ捨てて、ただひたすら出口を目指した。
 出口が近づいてきても、先ほどの光景が目に焼きついて離れない。


 真っ赤な口元。

 あれは、血?

 誰の血?
 誰の?

 誰?

●参加者一覧

木花咲耶(ga5139
24歳・♀・FT
九条院つばめ(ga6530
16歳・♀・AA
鷺宮・涼香(ga8192
20歳・♀・DF
紅 アリカ(ga8708
24歳・♀・AA
桜塚杜 菊花(ga8970
26歳・♀・EL
巽 拓朗(gb1143
22歳・♂・FT
乾 才牙(gb1878
20歳・♂・DG
綾瀬欄華(gb2145
18歳・♀・SN

●リプレイ本文

●洋館
 日中にもかかわらず、件の洋館の周囲は陰鬱な空気に包まれている。
 能力者たちは、少女捜索と、キメラの疑いのある「悪魔」退治のために洋館へと足を踏み入れた。

 扉を抜けると広いホールに出る。住民が去ってどのぐらいになるのか見当もつかないほどの荒れ具合に加え、もともと小さい窓は汚れきって館の中は暗い。

「うー、すっごい出そうっすね、ここ。なんか寒いし」
 やや腰が引け気味の巽 拓朗(gb1143)は、そろりとホールを見回す。
「出るって幽霊がですか?」
 振り返りながら、九条院つばめ(ga6530)が問いかける。
「あああ、だめっすよ、そんなふうに口に出すと、呼んじゃうから!」
「大丈夫ですよ、巽様。出るとすれば、悪魔型キメラ。キメラなら対処の仕方はいくらでもあるはずですわ」
 木花咲耶(ga5139)は落ち着いた微笑を浮かべて言う。
「私もキメラの仕業だと思う。ミカさんを一刻も早く、助け出さなきゃ」
 2階のほうへも目を配りながら、鷺宮・涼香(ga8192)は静かに、しかし強い思いを込めて言った。
「そ、そうっすよね!」
 ようやくシャンと腰の伸びかけた拓朗の背中を、突如何かがすうっと撫でていった。
「ひいいいっ!?」
 ぎょっとなって振り返ると、すでにリンドヴルムを装着している乾 才牙(gb1878)が立っている。
「あ、すみません‥‥背中に『異物』が視えたので、払っておきました」
「いっ異物?」
「‥‥蜘蛛のように見えました。‥‥けっこう大きな」
 盲目であるために対象を視覚で捉えているわけではない才牙にかわって、紅 アリカ(ga8708)が答える。
「あ、ああ、そ、そうっすか。すまねっす‥‥」
 バクバクしている胸を押さえながら、拓朗はなんとかそう述べた。

「大丈夫?」
 桜塚杜 菊花(ga8970)は、傍らの綾瀬欄華(gb2145)に声をかけた。
 友人の欄華は今回が初任務。彼女が先ほどからほとんど口を開かないので少し心配だったのだ。
「え、う、うん」
「初任務だけどそんなに緊張しなくても大丈夫だよ、皆ついてるしね♪」
「‥‥そうだよね。私の力が少しでも役立つなら、がんばらないと」
 欄華は童顔のせいで年より幼く見える顔でちょっと笑んで見せ、菊花も「その意気、その意気」と笑顔を返した。

 能力者たちは灯りで照らし、ホールには何もいないことを確認すると、二手に別れて洋館を捜索することとなった。

●1階
 A班の咲耶、アリカ、拓朗、欄華は1階の捜索に回った。
 最も近いドアを開けてみると、向こうにはホールの外側をなぞるように廊下が伸びていた。
 細い廊下の突き当りにはドアが見え、廊下自体はそこから直角に折れて屋敷の内部のほうへと進んでいる。

 ドアには鍵はかかっていなかった。身構えて入ってみたが、淀んだ空気に迎えられただけで何かが潜んでいるような気配はない。
 部屋には気になるような物は特に見当たらず、4人は部屋を出、奥に伸びる廊下を進むことにした。

 今度は廊下の突き当たりに大きなドアがひとつ、側面にドアが二つ見える。
 側面にある部屋のうち、ひとつはガランとして薄ら寒いのに対して、もうひとつにはこれでもかというほどに物が詰め込まれており、足の踏み場もない。どちらの部屋も等しく不気味だったが、それだけだった。

 能力者たちは、突き当りの大きな扉の前に立った。

「こちら側の廊下と繋がっているのは、後はこのドアだけですわね」
 咲耶は頑丈そうな木の扉に手を置き、つぶやいた。
 その脇で、拓朗はてのひらに「人」と書いて飲み込む仕草をしながら、「あー、こわぐね、こわぐねぞ‥‥」とお国言葉でぶつぶつ唱えている。
 アリカは、それは人前に出てアガっているときにするおまじないなのではないかと思ったが、黙っていた。
「開けますよ‥‥」
 欄華はゆっくりと両開きの扉を向こう側へ押す。

 油断なく部屋に滑り込んだ4人は思わず息を呑んだ。

●2階
 一方、B班のつばめ、涼香、菊花、才牙は、ぐるりと緩やかに上へと続く階段を登り、2階を目指した。
 壁には絵が掛けられているが、汚れて真っ黒になっていたり、切り裂かれていたりして、何が描かれているのかわかるものはひとつもない。

 階段を登りきると、ドアが3つ並んでいた。
 中央のものがいちばん大きく、片方が開いたままになっている。

「さぁて、鬼が出るか蛇が出るか‥‥って悪魔だったわね。どこかしら〜楽しみね♪」
 言いながら、菊花はドアを見比べた。
 つばめはいちばん手前のドアに向かいかけていたが、「真ん中のドアから調べるのはどうでしょうか」との才牙の声に振り返った。
「何か感じますか?」
「いえ、理由は特にないんですが‥‥」
 確かに、「ようこそ」とばかりに開いているのも不審ではある。
 4人は中央の部屋を最初に調べることにした。

●1階〜救出
「これって‥‥」
 入った部屋はサロンのようになっていて、これまでの小部屋とは違って広く奥行きもある。
 古めかしい家具が埃をかぶっていたが、彼らを驚かせたのは、床に散らばっている骨だった。どれも人間のものよりは小さいようだが、はっきりとはわからない。

「あれは?」
 咲耶が部屋の隅のほうに灯りを向けると、カソコソいう音とともにそこにうずくまっていた影が蠢いた。
 キメラか、とメンバーの間に緊張が走る。
 武器を構えて間合いを詰めていく‥‥と、一抱えほどありそうな甲虫がわらわらとドアの前に群がっていた。
「虫、みたいっすね」
 これが例の「悪魔」なのだろうか? 確かに気持ちのいいものではないが‥‥。
 半信半疑のまま、それでも拓朗が剣を振り下ろしてみると、確かにFFが発生する。
「‥‥どちらにしても、倒さなければならないようね」
 アリカの声とともに4人は攻撃を開始、ほどなくその殲滅に成功した。

 なぜ甲虫がドアの前に集まっていたのか不思議に思った4人は、キメラの死骸をのけた後、再び扉の前に立った。

「入ってますか‥‥?」
 とんとん、とノックし、拓朗がおそるおそる尋ねるが、返事はない。
 開けてみようと試みてみたが、ドアは動かない。
 鍵はかかっていないのだが、向こう側に障害物が置かれているようだ。
 しかし、それも大して重いものではなく、拓朗が体重をかけて押すと、ドアの向こうでずず、と音がして隙間は広がり始める。

 隙間が靴の先が入りそうなほどになったとき、ドアの向こうから金切り声が聞こえた。
 女性の声。何か叫んでいるようだが、内容までは聞き取れない。
「ミカさんですね? 怖がらないで。あなたを助けに来たのですよ!」
「ミカさん、落ち着いて!」
 咲耶と欄華が隙間から声をかけたが、ドアの向こうの少女は叫び続ける。
「操られてるのかもしれないっす」
「‥‥でも、開けなければどうしようもないわ」
 無表情のままのアリカも、声には緊張をはらんでいた。

 拓朗は皆と顔を見合わせひとつうなずくと、タイミングを計って一気にドアを押し開けた。

「いやあああああ!」

 小さな息の詰まりそうな部屋には、怯えきって壁に背をつけて座り込んでいる少女が一人。
 4人は素早く部屋を灯りで照らしたが、少女がドアの前に移動させたらしい書き物机と背の低い棚のほかに、めぼしい物もない。
 少女はもう動くこともできないのか、ただ震え続けるだけで攻撃してくる様子もない。

「ミカさんね? もう大丈夫よ」
 欄華がそっと近づき、震えているミカのそばにかがんだ。
「怖かったんだよね」
 髪をなでると、少女の体から力が抜けた。そして、緊張の糸が切れたのか、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。

 ミカは、洋館に入ると、真正面に見えた扉を開けてサロンに駆け入ったという。
 部屋を歩くうちに虫キメラに遭遇し、階上からナナコのものらしき絶叫が聞こえ、夢中で奥の部屋に逃げ込み震えていたらしい。
 憔悴しきってはいるが大きな傷もなく、治療の必要はなさそうだった。

 アリカはB班に報告しようと無線を使ったが、応答はない。
「‥‥答えないわ。キメラに遭遇したのかもしれない」
「戻りましょう!」

●2階〜戦闘
 中央の開け放しの扉をくぐってすぐに、全員が部屋にこもる異臭に気づいた。
 生臭いような、腐ったような‥‥そして獣のような、不愉快なにおいが入り混じっている。

 入ってすぐ、正面の壁に大きな鏡がかかっているのが見えた。
 光を反射した鏡にまず気を取られたが、はっとそこから視線を落とすと、異形のものの頭部が見えた。
 背を丸めていたそれは、新たな獲物の来訪を知ると、のっそりと立ち上がる。

 長い角をいただく頭部は山羊、2メートルはあろうかという体の下半身は獣のそれであり、足には蹄がある。
 だが、異様な輝きを放つ双眸には草食動物の優しい愛らしさはなく、邪悪な知性を感じさせた。
 ばさりと背の翼を大きく広げると、闇が広がったかのように影が差した。

「当たり、だったわね」
 涼香が「悪魔」をにらむ瞳は、覚醒のために真紅に輝いている。
 前衛に進み出るつばめの腕にも、覚醒を示す幾何学模様が浮かび上がる。

 だが、4人が布陣を整えるより早く、「悪魔」は開いた掌から光弾を生み出し能力者に目がけて投げつけてきた。
「あつっ」
 光の弾は、つばめの腕に当たって肌に赤い跡を残す。
「もうっ! 許さないんだから!」
 気合一閃、獣毛に覆われた脚に斬りつけると、FFの展開を確認する。
 つばめは獣の苦悶の声を頭上に聞きながら、さっと離れて間合いを取り、仲間に声をかけた。
「ミカさんを探して!」

 才牙は後衛で部屋の様子を素早く探っていた。
 覚醒によって、部屋の中にある物の輪郭だけがはっきりと見えているが、少女のいそうな雰囲気はない。
「いないようです!」
 ‥‥少なくとも、命を持って活動している少女はいない。才牙はそう判断して叫んだ。

 その間にも、キメラは次のエネルギー弾を口から放っていた。
 先ほどの物とは違い暗く闇を思わせるその弾が、涼香を襲った。
「あっ!」
 瞬間、衝撃があった。痛みというにはあまりにも鈍いが、限りなくそれに近い不快な感覚が体に広がり、思わず動きを止める。

 攻勢に出ようとするキメラに向けて、白髪紅目に変化した菊花がすかさずスコーピオンの狙いをつける。
「さぁ悪魔、踊り狂ってもらおうかしら?」
 唇に妖艶な笑みを浮かべ、思い切り銃弾を浴びせかけた。傷から体液を噴き出し翼を破られながら、キメラは怒りに瞳をぎらつかせた。
 キメラがよろめく隙に、体勢を立て直した涼香は一気に間合いを詰めると『流し斬り』を発動し、キメラの側面に回り込んで深く肉を断つ。
 才牙も攻撃に加わり『竜の爪』を発動して斬りつけると、悪魔は再びエネルギー弾を放ってきた。だが狙い定まらず、むやみに部屋を破壊するだけだ。
「このあたしの手に掛かる事に感謝なさい!」
 菊花が冷ややかな笑みを絶やさぬまま、銃を放つ。
 そして、つばめの渾身の『ソニックブーム』が悪魔を吹っ飛ばし、戦闘は終わりを告げた。

●合流
 ミカを救出したA班がホールまで駆け戻るとほぼ同時に、B班の面々が2階中央のドアを抜けてくるところだった。
 両班は報告しあい、ひとまずミカを病院に送った。

 その後、屋敷内を捜索し、キメラや不審物がないことを確認すると、鏡のある部屋に集合する。

「改めて見ると古臭い鏡ね」
 菊花は鏡の前に立ってじっと眺めた。
「この鏡の噂はどこから出たのでしょうか。まるで人をおびき寄せるために作られたような‥‥」
 咲耶も、慎重に鏡を調べながらつぶやく。
「‥‥こういう物があるから、いつまでたっても犠牲者は減らないのよ。災いの元は断つべきよ」
 アリカは銃を構えかけたが、「あ、ちょっと」という拓朗の声に止められた。
「明日でもいいっすか? 俺、ちょっと試したいことが‥‥」
「あたしも! 悪魔が憑いているのか、検証してみたいから!」
 菊花も拓朗に続く。
 相談の結果、「実験」後に鏡は未来研究所に持ち込まれることとなった。

 部屋から出る前に、才牙はもう一度鏡のあるほうを視た。
 本当に悪魔が現れて願いを叶えてくれるとしたら。目が見えるようになったら。そんなことを考えた。
 だが、才牙は首を振った。
 目が開かれたら、そこにはどんな世界が広がっているのか。鏡にはどんな人間が映っているのか。
 全てが見えるようになることが、少し怖かったのかもしれない。
 そして、仲間を追って彼も洋館を出た。

●午前零時
 昼間でも薄気味悪かったのに、夜となると真っ暗でほとんど何も見えずますます気味が悪い。
 菊花と拓朗は鏡を持参し、合わせ鏡を試してみることにした。
「さ〜て、ワクワクするわね!」
「そ、そうっすか? 俺、ちょっと腹が‥‥」
「ここまで来て何言ってんのよ。ちゃんと見届けなきゃ♪」
 やはり腰の引け気味の拓朗を、菊花は引きずるように鏡のある部屋へ連れて行った。

「3、2、1‥‥0!」

 2人は鏡を見たが、壁の鏡の中にも持参した手鏡の中にも、物理現象以上のものは現れていない。
「普通の鏡だったみたいっす」
「呪文がいるのかしら?」
 ほっとする拓朗の横で、菊花はしきりに首をひねる。

 菊花は拓朗の鏡をひょいと覗き込んで、「あ」と言った。
「えっ?」
「見て見て、13番目の巽の後ろ‥‥」
 そこでわざとらしく息を呑む。
「えええ?」
「あっ、近づいてきてる! う、後ろ!」
「ひっ!」
「‥‥嘘だって。これ、ただの鏡みたいね。ま、一応研究所に運んでおこうか」

 というわけで、拓朗にとっては鏡に興味を持ったことを後悔する夜となった。

●見舞い
 解決の翌日、能力者たちは連れ立ってナナコの見舞いに向かった。
 ナナコは病室のベッドに横たわったまま、ぼんやりと天井を眺めていた。

「もう聞いたと思うけれど、ミカさんは無事だったわよ」
 涼香は優しく語りかけた。
「私‥‥逃げた‥‥ミカ、許してくれない」
「そんなことはありませんよ。ミカさんも謝っていましたわ」
 咲耶は、ミカを助けたときの様子を聞かせた。
「ミカさんは、あなたの声を聞いてもどうすることもできず、とても後悔していたみたいです」
「ミカさんもナナコさんのことが心配だったんだよ」
 あのときのミカの様子を思い浮かべながら、欄華が言う。
「焦らないで。きっとまた元通りに戻るから‥‥ね?」
 微笑みかける涼香に、ナナコはわずかにうなずいたように見えた。

 その時、病室のドアが開いてつばめが入ってきた。
「こんにちは、ナナコさん。ミカさんが来てくれたよ」
 その後ろには、まだ疲れた顔をしてはいるものの、ミカが立っている。
 つばめがそっとミカの背を押すと、ミカはためらいながらもナナコのほうへ歩き出した。

「私たちは帰るね‥‥。お大事に」
 能力者たちは病室を後にした。
 ドアを閉める間際、少女たちの笑い声とも泣き声ともつかない、無事を喜び合う声が耳に届いた。