タイトル:【煌と朔】必要マスター:牧いをり

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/09/02 21:36

●オープニング本文


 兄さん、「生きる」とはなんだ?

 他の生物の命を奪うことか?
 暴力に暴力で応えて、何が生まれる?

 ――この戦いは、本当に必要なのか?


 弟‥‥朔(さく)は絶望していた。
 きれいな言葉を並べることの空しさに傷つきながら、自分の選択は誤りだと薄々気づきながら、それでも朔はぶつけずにいられなかったのだ。

 俺には朔を納得させるだけの言葉も力もなかった。
 それどころか、俺は朔に‥‥恐怖さえ感じた。


 そして、朔は失踪した。
 バグアにつく、と言い残して。

 具体的な考えがあってのことなのか、それが本心なのかさえ、俺は知らない。
 ただ‥‥。

 弟の命と人類の未来と、どちらが大切なのか?

 その答えはまだ出ていない。
 その決断を迫られる時が来るとしたら――きっとどちらを選んでも後悔するだろう。


*****


 依頼を受けて向かった先、東南アジアの某村落で待っていたのは、蒼月煌(あおつき あきら)にとっては今最も会いたくない種類のキメラだった。

 四つ足の獣の体――大型犬を一回り大きくしたような体からは二股に分かれた首が伸びており、一方には獰猛な肉食獣の頭、そしてもう一方にはまるで冗談のように人間の頭がついている。
 その顔が「本物」で、首をすげかえられたものなのか、あるいは何らかの細胞を培養して得られたものなのか、そんなことは知る由もないし想像したくもない。
 いずれにせよ、これといった信仰を持たない煌のような人間でも「冒涜的」と形容したくなるような姿をしている。生理的な嫌悪を催させるのだ。

「バグアの美的感覚には恐れ入る」
 傭兵仲間のヴィクトールが吐き捨てるように言った。
 彼とは何度か戦場で一緒になり、今ではLHでも顔を合わせれば飲み食いをする仲だ。
 普段は無口で憎らしいほど冷静なヴィクトールが、珍しく不快感をあらわにしているのを見て煌は少し驚いた。
 ヴィクトールは北フランスの出身と聞いているが、信仰する神について話をしたことはなかったし、キメラの姿について感想を述べたのも今日が初めてだ。
 ‥‥とはいえ、そもそもキメラとは人間に恐怖を与えるための存在。
 そう考えれば、バグアのセンスは決して悪くないと言えるかもしれない。


 犬の体に乗っている人間の顔は、まだ若かった。
 何の表情も作っておらず、瞳は何を見ているのかどんよりと曇ってはいるが、それはやはり少年の顔。

 そして、どこか弟に似ていた。

 顔形が、ではない。
 その得体の知れない虚無。哀しみとも憐れみともつかない思いを喚起するうつろな表情。


 ――この戦いは、本当に必要なのか?


「逃がすな、煌!」

 ヴィクトールの声に打たれ、煌ははっと我に返った。
 だが時既に遅く、キメラの体当たりをまともに喰らって体が宙に浮いていた。
 あっと思う間もなく肩口に激痛が走り、次の瞬間には腰から地面に叩きつけられる。

 双頭のキメラは煌の背後で別のキメラと戦っていた仲間を傷つけながら、いずこへかと走り去っていく。他のキメラも何匹かその後を追っていった。

「すまない――」
「疲れているのか? 集中できていない」
「なんでもない」

 ヴィクトールの灰青の目がまっすぐに煌を見た。

「煌‥‥死ぬぞ」

 ヴィクトールの言うとおりだ。
 戦闘中に考え事をするなどこれまで一度もなかったが、それがいかに危険なことか‥‥そして、いかに迷惑なことか、今身をもって知った。

 煌は目をそらした。

「早くみんなの手当てを」


*****


応援要請

 キメラの全滅に失敗、数匹が逃走。
 村の被害は比較的少なく、修復・救護等の必要はない。
 なお、先発の能力者たちのうち、傷の浅い者は応援の到着を待ってキメラ討伐に加わる。

●参加者一覧

須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
リュイン・グンベ(ga3871
23歳・♀・PN
シーク・パロット(ga6306
22歳・♂・FT
朔月(gb1440
13歳・♀・BM
風花 澪(gb1573
15歳・♀・FC
乾 才牙(gb1878
20歳・♂・DG
しのぶ(gb1907
16歳・♀・HD
高橋 優(gb2216
13歳・♂・DG

●リプレイ本文

●顔合わせ
「‥‥またお前達か。ま、今回もよろしくだし」
 顔合わせの際、見知った人物を見つけて高橋 優(gb2216)はため息をついた。
 一人はしのぶ(gb1907)で、もう一人は風花 澪(gb1573)である。
「今回もしっかりやりなさいよ? ユウちゃん!」
「変な呼び方はしないでほしいし‥‥」
 しのぶの明るい声に優はむっとして見せるが、横から澪が「優ちゃんって呼ぶのはやめてあげない♪」と笑いかける。
 しのぶは続いて、顔見知りの須佐 武流(ga1461)に声をかけた。
「須佐さん、今回もよろしくね!!」
「ああ、よろしくな」
 挨拶が終わるのを見計らって、リュイン・カミーユ(ga3871)が口を開いた。
「先の傭兵の後始末、きっちり終わらせてやろう」
 その言葉に、能力者達は改めて気を引き締めた。

●村にて
 応援要請に応じて駆けつけた8人を迎えたのは、先発隊のうちの2人だった。他は治療や修復に当たっているという。
 2人はそれぞれ名乗り、事の次第についてはヴィクトールから簡潔に説明があった。
 その間中、もう一人のほうは心ここにあらずといった風であることが、朔月(gb1440)の目に留まった。
「そっちの奴、やる気あるのか? 依頼主の為に動けないというなら、今すぐにここから立ち去りなさい!」
 叱咤を受けて煌ははっとなり、「俺は――」と何か言いかけた。
「後にしろ、煌」
 ヴィクトールはそちらも見ずに煌を止め、
「‥‥ともかく、逃げたキメラは3体。近くの森の方へ向かった」
「3体も逃したなんて、それがプロ?」
 鼻で笑うように言う優の言葉に、煌は蒼白になっていた。
「申し開きのしようもないが、それも後にしてくれ。今はキメラ殲滅が最優先だ。‥‥キメラが逃げた先だが、北東方向にある水場へ逃れた可能性が高い。その辺りで見かけたという村人の話を聞いて、俺たちが派遣された」
「でも、村に戻ってくる可能性もゼロじゃないのです」
 シーク・パロット(ga6306)の意見に、ヴィクトールもうなずく。
「追撃するか防衛に徹するか、決めてほしい。俺たちはそっちの決定に従う」
 相談の結果、追撃は即刻行われ、キメラの再来を考慮してシークと先発の2人は村に残ることとなった。

●追撃
 7人は3班に分かれ、互いを視界に納めていられる距離を保ちながら森に分け入った。
 不気味に静まり返った森は、陽光は木々に遮られて薄暗く、丈高く伸びた草木のせいで視界は思いのほか悪い。
 他班の物音と姿を意識しながらキメラのそれをも探るのは容易ではなかったが、水場の方角へと進むうちに乾 才牙(gb1878)がふと足を止めた。
「‥‥何か、聞こえたような」
 生まれつき視覚の閉ざされた彼の感覚を信じ、同じ班のリュインと朔月は辺りをいっそう念入りに探す。
 すると、柔らかな土の上に大型の獣のものと思われる足跡を発見した。
「大きいな」
「キメラのものかもね」
「皆さんに呼びかけたほうが?」
 才牙が言い終わらないうちに、斜め前方からザザッと草の乱れる音がし、それに混じって獣の唸り声と仲間の叫び声が上がった。


 襲撃は丁度、しのぶが武流に「視界が悪い」とこぼした直後だった。
 真紅のリンドヴルムの脇腹にいきなり重い衝撃を受けて、しのぶは悲鳴を上げてしりもちをつく。
「きゃあっ」
「しのぶ!」
 振り向いた武流の背後から、二匹目のキメラの足音が迫ってくる。
 再びそちらを向いたときには、獣はすでに武流に襲いかかろうと地を蹴っていた。
「くっ」
 反射的に大きく跳び退って致命の一撃は避けたが、爪の掠めた腕から鮮血が滲む。だが、武流は気にした風もなく、金のオーラを纏った姿でにっと笑んだ。
「かかってきな。力の差ってのを‥‥見せてやるよ!」
 そして、キメラの肩越しに澪と優が近づいてくる姿を認めると、全力を込めてキメラに蹴りを入れた。大きく後ろへ蹴り飛ばされたキメラはすぐに体勢を立て直したが、そこへ澪と優が追いついてくる。
 武流はそちらのキメラは2人に任せ、しのぶの方を振り返り、瞬天速で一気に距離を詰め、しのぶが押し返そうともがいているキメラの脇を蹴り上げて引き離す。
「大丈夫か?」
「ありがとうございますっ」
 しのぶは素早く立ち上がり、草叢に隠れたキメラの影に向かいライフルを構えた。
 竜の瞳を使って目的をはっきり捉えると、迷わずライフルをぶっ放す。
「この! 当れーー!!」
 確実に被弾しているが、キメラは草叢を縫うようにジグザグに近づいてくる。
 2人はキメラが飛び出してくる瞬間を神経を研ぎ澄まして待ち、目前の草が音を立てて分かれ大きな影が跳ぶのと同時、竜の爪を発動してしのぶが「全力全壊ー!!」と銃弾を浴びせ、鮮血を飛び散らせ落ちるように着地した獣の顎を、武流の急所突きを乗せた蹴りが捉える。
 さらに武流は空中に跳躍し、鮮やかな飛び蹴りを放つ。そのままキメラの背を踏み台にもう一度跳躍、空中で反転して再び飛び蹴りを喰らわせると、ゴギリ、と首の骨の折れる音がして、獣はしばしの痙攣の後、完全に動かなくなった。


 もう一体のキメラは、攻撃対象を新たに現れた澪と優に切り替えていた。
「見ーつけたっ♪ これが最後の鬼ごっこだよ」
 楽しそうに笑いながら、澪はキメラに刹那を向ける。
「ボク達は迷ってない。お前らを絶命するまで痛めつける。生き残れると思うなよ」
 優は万が一の誤射を避けてエンリルを構え、容赦なくキメラに斬りつけた。回り込んだ澪は豪破斬撃でキメラの肩を砕きさらに流し斬りで脇腹を裂くが、キメラは怯むことなく体当たりを喰らわせ、澪を背後へ吹っ飛ばした。
「生意気っ!」
 さらに牙をむいて跳びかかるキメラと澪の間に、バックラーを構えた優が割り込んでくる。
「‥‥ボクが受けた方が効率的だろう。さっさとトドメをさすし」
「優ちゃん、サンキュ!」
 優の影からするりと抜け出た澪が、再度の流し斬りで獣の首を刎ね上げる。血を引いて飛んだ獣の頭は、地に落ちてごろりと転がった。
「とどめ、ね」
 澪は無造作にキメラの心臓に刀を突き立てた。


 他の2班が戦闘を開始した頃、3人班は草を分けた先に広がっていた水場に最後の一体を発見し、しばしの間そのキメラと対峙していた。
 双頭のキメラは、獣の目はぎらぎらと凶悪な色を湛えていたが、人頭の方は焦点の定まらない淀んだ目をしていた。
「確かいたよな‥‥どこかの国の神様に姿が似たような奴がさ」
 つぶやきながら、朔月は自分より大きな翠澪の弓を引き絞る。
「悪趣味な造形は早めに片付けたいのでな――散れ」
 眼光鋭く、リュインは瞬天速を発動、距離を詰める勢いで刹那の爪での蹴撃を人頭にお見舞いするのとほぼ同時、朔月が急所突きを発動して放った矢がキメラの前足に突き立った。
 リュインは着地と同時に斬首を狙ったが、獣の首の牙が間近に迫ってくる。とっさに刀で牙を受け流し、追ってきた爪にわずかに皮膚を裂かれながらも、大きく地を蹴って再び距離を取った。

 そのとき、獣の首の上にある人間の顔が、がっと目を見開いた。
 その双眸は獣のそれとは比べ物にならないほど禍々しい赤い輝きを帯びて、明らかな殺意をみなぎらせている。不気味なほど青白かった顔に血の色が戻り、だらしなく垂れていた口角がぐっと釣りあがった。

「危ない!」
 遠距離攻撃が頭をよぎった才牙ははっとなって、思わずリュインの前に飛び出した。
 キメラの吐き出した炎の弾が才牙のリンドヴルムの装甲を焦がす。
「させないっ!」
 二撃目に入ろうとしていた人頭に向かって、朔月が急所突きを乗せて矢を放つ。
 矢はキメラの首の付け根辺りに刺さり、キメラは攻撃動作を止めたかに見えたが、退くことなく一番近くにいた才牙に飛びかかった。
 才牙は全身の力を振り絞ってキメラの巨体を組みとめる。横からリュインが、電光石火の剣捌きでキメラの獣の首を刎ね飛ばした。
「?!」
 だが、キメラの圧力は減じるどころかさらに増して、才牙は思わずその場に膝をつく。

 才牙の頭上にある、人の顔の形をしている黒い輪郭は、ゆらゆらと揺れた後、地を這うような長く尾を引く不気味な声を上げた。
 表情は見えないが、それは笑っているように思えた。

●防衛班
 追撃班が森でキメラと遭遇している頃、シークとヴィクトールは村の真中にある家の屋根に上って周囲を見渡していた。煌は村からは出ていないが、森に近い方をうろついている。
「あの人、大丈夫なのですか」
 シークはその姿を目で追いながら、隣のヴィクトールに訊いた。
「ん?」
「覇気がないのです。一緒に戦うとき、困るのです」
「まあね」
「覚悟無く戦場に出られると迷惑なのです。そんなだと、煌さんを守って誰かが死ぬのです」
「その通りだよ、まったく」
 ヴィクトールは空を見上げて呟いた。
「でもまあ、誰だって紙一重だよ。うまく切り替えられているうちはいいが、それができなくて死ぬ奴だっている」
 シークもつられたように空を見上げていたが、ふと村の方へ視線を下ろした。
「あ‥‥」
 煌の動きがおかしい。
「森に向かってるようなのです」
「あの馬鹿‥‥」

●首
「跳ね除けろ!」
 リュインの声に、才牙は我に返ってキメラを押し戻した。
 飛びのく獣の着地点を狙って朔月が矢を射かける。
 獣を追い詰めている感触が3人にはあったが、急に横手から草を分ける音がして、思わずそちらを見た。
 キメラは新しく現れた敵、煌を見とめるや、この場で最も恐怖しており、倒すにたやすい相手と見て取ったのか体の向きを変えた。
「ちっ」
 舌打ちして、リュインはキメラの向かう先に割って入り、低姿勢からのダッシュで足を払う。よろけたキメラの首を狙い、下段から思い切り鬼蛍をはね上げた。
「終わりだ」

「ブラヴォー、Coup de foudre(クー・ド・フードル)」
 煌を追ってきたヴィクトールの呟きが聞こえ、リュインは眉をひそめてそちらを見た。
 ヴィクトールの言葉は、字義通りには稲妻の一撃とか一閃、といった意味だが、転じて一目ぼれの意もある。
 だが、ヴィクトールはすでに地の一点に視線を移していた。


 高く宙に飛んだはずの首は、地に落ちて転がりもせず生えたように立っていた。
 その目を大きく見開き、血塗れの口を哄笑の形に開いたまま。

●煌
 村に戻る間、全員が無言だった。
 帰り着くや、全員の前で煌はキメラを取り逃した件と先刻の単独行動の理由を求められた。
 だが、彼の述べる「理由」や、弟の件も、激しい戦いを幾度も潜り抜けてきた能力者たちにとっては必ずしも納得のいくものではなかった。

「‥‥自分がどういう存在か。それを理解してほしいし。迷いながら戦えば邪魔になるだけだし」
「戦場で呆けるなど‥‥その侭ではいつか死ぬぞ、汝も仲間も。戦わないなら戦場へ出るな」
 優は興味のない様子で言い放ち、リュインもそれに続いた。
「気になるなら走ればいいのです。草の根分けても探すのです。人は死ぬまで後悔するべきなのです。その覚悟なしに生きられる時代じゃないのです」
 言いながらシークは煌の目を探ったが、煌はうつむいたままだ。

「で? あんたはどうしたいんだよ。‥‥弟追っかけて向こうに行きたければ、行けばいい。だがその選択を取るなら、俺がここで倒す」
 武流は煌を正面から見据えた。
「そうしないならば、戦え! それしかねぇだろ、俺たちにはよぉ!? 弟ぶん殴ってでも引きずってでも連れて帰れよ!! 取り戻せよ、テメェの力で!」
 胸倉を掴み上げても煌は煮え切らない態度のままで、武流はカッとなり思わず煌を殴り飛ばした。
 切れた唇を拭う煌の前に、不機嫌な顔をした澪が抜き身の刹那を携えて立つ。

「これから先もそんな気持ちでいるんだったら、今ここで殺してあげよっか? あなたが死ぬのは構わない。でも、他の人にも迷惑かかるの、わかんない? だったらここで殺しとくほうがいいでしょ。また弟に会いたいなら戦い続けるしかないんじゃない? まぁそれは僕の知ったことじゃないけど」
 そして刀の切っ先を喉もとに突きつけ、

「どうする? 死ぬ? 傭兵やめるってのもありだけどね」

 怒りから来るものか、生きようとする本能から来るものか、煌の目に覚醒を思わせる赤い輝きが差した。
 緊張が走ったが、ヴィクトールが「頭冷やして来い」と静かながら有無を言わさぬ調子で言いつけると、煌は部屋を出て行った。

 その背中を見送ると、ヴィクトールは煙草に火をつけた。
「ま、誰もが誰も、あんたたちみたいに強くないってことだよ。正しいかどうか、わかっていてもうまく判断できないこともある。あいつの弟、血がつながってないらしいし、いろいろあるんだろ。
 誰だってそれぞれの思いを抱えて戦ってるが、それを力にする奴もいれば、逆に押しつぶされる奴もいる。それだけだ。‥‥そんな奴と戦場に立つ羽目になっても、そいつの運だよ」
 ちょっと笑って、ふう、と煙を吐き出した。


 煌は小屋から少し離れた所、樹下に佇んでいた。
 そこへ、しのぶが「大丈夫?」と声をかけた。後ろには才牙の姿もある。
「弟さんのこと、大変だね。でも私としては、悩むくらいなら体動かすほうが性に合ってるけどね」
 元気娘らしく大きくウインクすると、煌もかすかに笑って見せた。
「俺もそうだったんだけどね。‥‥みんなが言っていることが正しいのはわかる。でも、頭でだけだ。心まで落ちてこない。体が動かない」
「ふうん‥‥」

 木の後ろからそっと朔月が姿を現して並んだ。
「人間は獣を倒す為なら容赦なく残忍になれるが‥‥どうして、誰も獣の事を理解してやろうとしないんだろうね?」
「あんたはビーストマンか。じゃあ、いろいろ考えることもあるんだろうな」
「まあね」
「弟について言えば、あいつはキメラを倒すことが悪いと思っているわけじゃない。むしろ当然だと思っていたはずだ。‥‥だけど、空しくなったんだろうな」
「空しい?」
「あいつ、生きてるのが嫌になったんじゃないか?‥‥そんな気がする」

 しばらく沈黙が続いたが、才牙が静かに口を開いた。
「俺にも兄弟がいるので、弟さんが心配な気持ちはわかりますよ」
「弟か?」
「兄です。双子の。‥‥二卵性ですけどね」
「双子‥‥」
「弟さんには弟さんの考えがあってのことでしょう。でも、彼が道から逸れたのであれば、貴方が弟さんを止めなさい」
「‥‥」
「兄弟が出来る事はそれ位しかありません。それに、兄弟だからこそ出来る事でもありますから」


 戻ってきた煌は、一人ひとりに謝罪を述べ、それから全員の目をしっかりと見返して礼を述べた。それは、たとえ厳しくとも彼を無視することなく言葉をくれた能力者たちへの、彼の偽らざる思いだった。
 煌は結局どの道を選んだのかを口にすることはなかったが、頬にはぎこちないながらもわずかな笑みを浮かべ、目の奥には先ほどまでとは違う強さが秘められていた。


<了>