●リプレイ本文
●傭兵さん
「巨大クラゲとか‥‥あまり‥‥近づきたくない‥‥けど‥‥。そうも言ってられない‥‥か‥‥。被害が‥‥出る前に‥‥消えてもらわないと‥‥」
幡多野 克(
ga0444)はぶつぶつとつぶやいていた。その隣でふう、とため息をつくのはディッツァー・ライ(
gb2224)。
「‥‥やれやれ、この夏唯一の海がクラゲとのバカンスとは‥‥泣けてくるぜ」
申し訳ない。
能力者たちは現場に到着したが、彼らが「巨大クラゲ」と聞いて想像していたものは見当たらなかった。
首をかしげつつ波打ち際に近づこうとすると、後ろから「すみません」と声がする。
「私が電話した者です。碓氷幸と申します。一応、演歌歌手やってます。どうぞよろしく」
「演歌歌手‥‥」
傭兵アイドルの常夜ケイ(
ga4803)の目がキラリと光る。
「はい。といっても、全然売れてへんけど。そ、それより‥‥クラゲは、疲れたんかしらんけど、そこでへたばってます」
幸の指さす先には、確かに白いものがもやりと浮かんでいる。
「あの‥‥」
幸は8人をしげしげと見た後、
「傭兵さん、ですよね?」
「そうですが」
答えながら、(「あまり運がなさそうな方ですわね‥‥」)というのが、木花咲耶(
ga5139)が幸に対して持った第一印象だった。
「あ、すみません。私、傭兵さんっていうたら、なんやこう、ムキムキで不精ヒゲでむさ苦しい兄ちゃんばっかりなんやろって思ってて。こんなキレイな人たちやなんて思わへんかったから。女の人もおるし。みんなめっちゃ美人やし」
幸は彼女が「女性と判断した能力者たち」をまぶしそうなまなざしで見た。
その視線と出会って、サルファ(
ga9419)はなんとなくイヤな予感を覚える。
「あの、俺は男ですが」
「えっ、ほんまですか? すすす、すみません! ‥‥ほ、ほんなら私、どっかそのへんで応援してますから! ほんま、すみません!」
●作戦開始
まさかふやけきっているはずもないだろうとは思ったが、8人がそろそろと近づいていくと、はたしてクラゲは思い出したかのようにぐうっとカサを持ち上げた。
「いつの時代のSFだよ‥‥」
サルファは巨大クラゲを見上げて思わずつぶやく。
「クラゲ、ですか。初めて見ますね‥‥。骨もないのにどうやって立っているのでしょうか?」
「晩夏の風物詩とは言え、ね。迷惑ですよ」
シン・ブラウ・シュッツ(
gb2155)のツッコミにもフェイス(
gb2501)の迷惑扱い発言にもめげず、クラゲはふるふると触手を試し振りしている。
クラゲのやる気はいまいち不明だが、8人はすぐさまそれぞれの持ち場に散り、臨戦態勢に入った。
ケイとサルファが囮として触手を引きつけ、右翼から克とリヴァル・クロウ(
gb2337)、左翼から咲耶とディッツァーが攻撃、囮役の後方援護は、シンとフェイスが受け持つ――というのが能力者たちの作戦である。
●夫婦舟
まずは、ケイがクラゲの正面に立ちはだかった。
「あたしはビキニが見えそうな限界ミニスカ制服でド演歌を歌う『演ドル』のケイ」
そして、くるりと幸のほうを振り返り、
「演歌は勢い! 見てらっしゃい」
再びクラゲのほうを向き直ると、「あたしの歌で逝け〜!」と宣戦布告して、コブシをきかせて新曲『夫婦舟』を歌い始めた。
銃後の守りと世間は言うが
血飛沫、花咲くこの渡世
惚れたはれたじゃ生きては行けぬ
俺がバッサリ斬捨てて
お前が寄り添い銃を撃つ
護る物ありゃ怖くは無いさ
嗚呼ぁ〜夫婦舟〜♪
(「な、なんや、あの人‥‥輝いてる! それに、夫婦の強い絆がようわかる。伝わってくる!」)
幸は戦場で歌いだすというケイの行動に度肝を抜かれたが、歌のほうにもそれに劣らず驚かされていた。
「一度は結んだ赤い糸、そう簡単に切れるかい」
力強い台詞とともに、クラゲをS−01で狙う。
「アンタはうちの命綱、どうぞ舫っておくれやす」
数発打ち込むと、クラゲはケイを敵と見定め、大きく触手を振り上げる。
ぶうん、とうなりを上げて飛んでくる触手を、ケイはとんと大きく後方に跳んでかわすと、膝を突いた姿勢のまま最後の言葉までしっかりと歌いきった。
「ああ、死んでも離さん! しっかりついて来い」
ざぱん、と弾けるひと際大きな波飛沫。
幸はハラハラしながらその様子を見守っていたが、
(「ぷ、プロや‥‥あの状況で歌いきったで、あの人‥‥」)
再び走り出すケイの背中にほとんど神々しさにも近いものを感じていた。
●クラゲはクラゲ
ケイがクラゲの第一撃をかわしたところへ、サルファが両断剣とソニックブームを同時に発動する。
「まずは一発‥‥! コレでっ!!」
まっすぐに飛んだ衝撃波がクラゲの口腕を切り裂いた。
クラゲキメラは正面側の3本の触手をしならせ、猛スピードで振り下ろしてなおもケイの動きを追う。
瞬速縮地を使ってかわすケイだが、着地した先に左側死角からクラゲの触手が迫ってきた。腰の落ちた体勢は半端なうえに足元の砂は緩く、地を蹴って避ける余裕はない。
衝撃を覚悟して身を硬くした瞬間、視界が翳った。
「っ!?――大丈夫か?」
その声にケイが見たのは、十字架の形の大剣、クルシフィクスを構えるサルファの背中。
礼を言おうとしたとき、サルファの手から剣が離れた。攻撃を受け止める際、わずかだが触手が手首に触れ、激しい痛みのせいで力が抜けたのだ。
触手は剣の柄の部分を器用に巻き取り、天に振り上げる‥‥が、それで攻撃する知恵はないらしく、遠くへ投げ飛ばしてしまった。
なおも2人を狙う他の2本の攻撃を阻止すべく、後衛のスナイパーたちが狙い撃つ。
「こちらは撃ち落とす! 右側に集中しろ!」
S−01の引鉄を引くシンの声に、「了解」と短く答えてフェイスは2丁のフォルトゥナを構える。2発ずつ撃ったところで、フェイスは雷属性のフォルトゥナのみに弾丸を込めた。
一方、右翼。
正面側の2本をさらに援護しようとしていた触手の横に回り、リヴァルは再生能力を確かめるべく触手に傷をつけた。それほど大きな傷ではなかったが、すぐに閉じてしまう様子はない。本体に目をやっても、最初にサルファが切り裂いた傷はまだ口を開けたままだ。リヴァルは再生能力があるとしてもそれほど厄介なものではないと判断した。
「再生能力は問題になるほどでもない!」
仲間に周知し、再び刀を構える。
彼が傷をつけた触手と、海側右手にいた触手がリヴァルを敵と認め大きくうねった。
「接近して攻撃する‥‥触手を頼む」
「了解したっ」
触手の注意が正面方向に向いているのを見て取ると、克は波打ち際に対して水平に近い角度から間合いを詰めた。その体が赤いオーラに包まれる。紅蓮衝撃を発動した克の一撃が、本体を袈裟切りに切り下ろし、大きな打撃を与える。
リヴァルは振り下ろされてきた触手に斬りつけるが、触手は刀を巻き込むように絡みつき、手元まで先を伸ばしてこようとする。一秒でも長く触手の動きをとどめておくために、リヴァルは豪力発現を使い刀をもぎ取られまいと力を込め続ける。
「左から突っ込む、援護は頼んだぞ!」
左翼では、ディッツァーが、サルファの剣を巻き上げた触手が振りあがった隙に接近し、本体を叩こうとしていた。
「小手! 面! 胴ォォォォッ‥‥って、胴どこだっ!?」
小手もどこだかわかりづらいが、とにかく斬りつけると、半透明の口腕はたいした手ごたえもなく大きく裂ける。
だが、さらに蛍火を振り上げるディッツァーを、斬られてももぞもぞ蠢くだけだった口腕が突如しなって意外な力で跳ね飛ばした。
「いってえぇ!」
「これを喰らいなさい」
後退したディッツァーを背後から狙う触手を、ソニックブームに豪破斬撃を乗せた咲耶の一閃が直撃した。触手は中ほどで断ち切られ、砂上に落ちたものもクラゲに残されたほうも動きを止めた。
だが、間髪おかずに左奥の触手が復讐を狙って襲いかかってくる。
「盾で受けとめるのも汚わらしいですわ!」
咲耶は舞を思わせる優雅な動きでその一撃を避けた。
「くそっ! ウネウネうざってぇんだこの‥‥この‥‥ク、クラゲ野郎!!」
あまりいい比喩が浮かばず、そのまま素直にののしってしまったディッツァーは、逆ギレ気味で先手必勝のスキルを使い、さらに流し斬りを叩き込んで溜飲を下げた。
再び正面。
武器を取られたサルファが素早く血桜を抜き放つその頭上で、フェイスの強弾撃を発動して撃った弾丸が触手を捕らえ撃ち落とす。
左から伸びてきたもう一方の攻撃を、ケイがイアリスであしらいながら横に跳んでかわす。伸びきった触手を逃さず、サルファは両断剣で斬り落とした。
立て続けに2本の触手を失ったクラゲの隙をついて、シンは影撃ちを発動する。S−01から放たれた弾丸は、クラゲの本体に吸い込まれるように命中した。
「有効性確認。そこから切り崩す!」
ケイは右翼でリヴァルとクラゲの力が拮抗しているのを見ると、瞬速縮地で一気に近づく。
「斬りますっ」
全身の力を込めて触手を斬り落とすと、リヴァルは疲労と痛みのために大きく息をついた。
「すまない」
その間にも両翼からの本体への攻撃は続いており、ほどなくクラゲは口腕の支えを失ってぐにゃりと海にくずおれた。
触手は波間を動き続けているが、こうなればほぼ危険はない。
「さて。そろそろご退場願いましょうか」
フェイスが急所突きで狙い、ディッツァーはスパークマシンで追い討ちをかける。
「これで海の藻屑になりなさい」
最後は咲耶の紅蓮衝撃が炸裂し、クラゲの息の根を止めたのだった。
●はつこひ
戦闘が終わると、幸が興奮気味で駆け寄ってきた。
「す、すごい! 私、初めて傭兵さんが戦ってるとこ見ましたけど、びっくりしたわぁ」
そして、ほ、と息をついて、ケイのほうを見、
「それやし、歌もよかった‥‥ぐっと来ました」
「歌は心だからね。貴女もがんばって」
にっこりするケイ。
「はい! がんばって歌います」
「碓氷さん‥‥演歌歌手‥‥? 歳‥‥俺と同じくらいに‥‥見えるけど‥‥すごいな‥‥。歌‥‥聞いてみたい‥‥」
「は、はいっ!?」
無表情だが実は興味津々の克が言うと、幸はなぜかひっくり返った声で答えた。
「ほ、ほな、ちょっとだけ」
幸は持ち歌をうたいだしたが、しばらくしてふいっと口をつぐんでしまった。
「どうかした?‥‥俺には歌の知識はないけど、普通にいい歌だと思うよ?」
サルファが尋ねると、幸は微笑して謝意を示し、
「すみません‥‥ちょっと悩んでて。なんやこう、歌に心が入らへんで。恋の歌うたおうにも、恋なんかしたことないし。それに、どこか出かけていって歌おうとしたら、そのたんびに変なキメラ出てきてお客さん逃げてまうし」
と悩みを話し始めた。
「演歌は経験が物をいいますので、恋とか哀愁など経験してなければ薄っぺらなものでしかありません。
向いてないとは言っておりません。経験した事で歌えばいいのですよ。バグアの遭遇により沢山の人々が不幸にあっています。そういった心に傷を負った人々に勇気を与えてくれるような歌を歌ってはいかがでしょうか」
咲耶のアドバイスに、幸はうなずいて顔を上げた。
「そうか‥‥私、私にないもんばっかり歌おうとしてたから、うまくいかへんかったのかな。キメラには散々えらいめに‥‥ってほどでもないけど‥‥でも、みんなを励ましたいんはほんまです!」
「自分の思いというのは他人という媒体を挟むことで伝わりにくくなる。君が自分の思いを伝えたいのであれば他人の詩ではなく自分の詩で伝えるのも手段だ」
リヴァルの言葉に幸は(「確かに」)と心中うなずく。
「最後にひとつ。自分が戦う状況で泣いていては失うだけだ、覚悟を決めろ。以上だ」
言い方こそ素っ気なかったが、その真剣な声の響きに幸は感動して「はい」と答えた。
「聴いたことのある声だと思えば。さっきの歌、本部の休憩室で誰かがかけてましたね」
幸の喉を気遣ってさりげなく風下に回り、任務後の一服を楽しんでいたフェイスが、ふと思い出したように言った。
「ほ、ほんまですか?」
「傭兵だって音楽を聴きますから」
「そら、そうですよね‥‥そらそうか‥‥歌で傭兵さんの応援もできるかも」
皆からのアドバイスを必死で聞いている幸の耳に、シンのつぶやきが届く。
「歌、というのは‥‥突き詰めて言えば表現の技法ですよね?」
「は、はい。そうやと思います」
「演歌はコブシによって日本人特有の細やかな感情の違いを表現するものだったと思います。幸君は‥‥もっとストレートな表現、たとえばロックのような表現のほうが得意のような気がします」
「私にロック歌え言うんですか? か、簡単に演歌捨てられるんやったら、こんな悩んだりしません!」
幸が大声で言うと、シンは表情を緩め、
「あなただけの歌がある、と言いたいのです。従来の演歌ではなく、あなただけの演歌を目指したらいいのでは?」
「‥‥私だけの‥‥?」
「そうだよ。貴女は形式で喉を縛ってる。そんなんじゃ、聴いてくれる人に届かない」
シンとケイの言葉に、幸は「はい」とうなずいた。
そこへディッツァーが大きな声で、
「うだうだと悩む前に、頭空っぽにして思いっきり歌ってみろ。むしろ皆で思いっきり歌ってみるか?」
「みんなで?」
ディッツァーは皆の顔を見回してみたが、あまり乗り気でないようなので、仕方なく、
あおいーうみー うかぶしまー
ら、らすほぷ〜らすほぷ〜われらーがーLH−
などと適当に歌うと、
「いややわ、お兄さん! 傭兵さんって意外とおもろいなぁ」
幸はぱっと顔を明るくしてけらけらと笑った。
「さて、じゃあそろそろ」
「あ、皆さん、このたびはどうもありがとうございました。アドバイスまでしてもろて」
「またの御縁は‥‥ない方がいいかな? では、お元気で」
フェイスの言葉に、幸ははっとなった。
(「そ、そうや‥‥ここでお別れしたら、もう二度と会われへんかもしれへん‥‥」)
立ち去ろうとしている能力者たちの背中のひとつに追いすがると、
「す、すみません!」
「な‥‥何か‥‥?」
ドキドキと激しい鼓動を感じながら、幸は振り返るその人を見つめる。
そして――。
「い‥‥一生の思い出に、そのシシマイで噛んでもろてもいいですかっ!?」
「‥‥はあ‥‥」
白い砂浜。飛び散るクラゲの足。
シシマイの君に初恋の切なさを知った演歌歌手・碓氷幸、19歳の晩夏であった。