タイトル:レアリィ・エアリィマスター:間宮邦彦

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/11/05 11:30

●オープニング本文


 近頃、カンパネラの学生たちの間で頻繁に交わされる噂があった。
 曰く、それを見た者は幸せになれる。
 真偽の程は定かではなく、実際に見た者の存在でさえ不確かであったが、何故か何時の間にか、その噂は誰もが知るところまで浸透していた。
 『それ』とはどうやらキメラであるらしい、と噂されていたが無論のこと確証など欠片もない。
 少しでも幸運な出来事が起きた者には、『それ』を見たんじゃないかと周りが詰め寄り、問われた者も思わず「そういえばあれかな」と答えるケースが多く、噂は拡大しながらも余計に輪郭を曖昧にしていく、という様相を呈していた。

 そんな折。

 カンパネラ学園の地下研究施設、とある一室。
「主任、また勝手に研究用キメラを放したりしました?」
「なによ藪から棒に。してないわよ」
 ごく自然に否定しながら、内心で「今のところは」と付け足す、主任と呼ばれた小柄な若い女性。
 羽住秋桜理(はずみしおり)はデータを打ち込む手を止めて、首を傾げる研究員へと問い掛けた。
「また表でキメラが暴れてるの?」
「暴れてはいないんですけど、噂になってるんですよ」
「どんな?」
「そのキメラを見たら幸運なことが起きる、とからしいです」
 秋桜理は眉を顰め、いかにも馬鹿にした視線を送る。
「んな非科学的な‥‥偶然に決まってるじゃない。見ただけで幸せになれるって、どんな理屈よ」
「同感です。けど、結構な規模の噂になってるんですよ。捕まえようって話も、随分と持ち上がってるみたいで」
「ふーん」
 あからさまに無関心な反応を返し、秋桜理はディスプレイへと目を戻して入力作業へと戻るのだった。

 ところが数日後──

「捕まえるわよ」
「なんですか、藪から棒に」
 唐突に声を掛けられた研究員は、持っていた試験管を慎重に戻して、声の主へと振り返った。
 部屋の出入り口で、主任の秋桜理が腰に手を当てて立っている。今日も相変わらずの小柄っぷりだ。
「捕まえるって、なにをですか」
「キメラよ、幸運を呼ぶっていう」
「‥‥どういう風の吹き回しですか?」
 怪訝そうに眉を顰め、研究員は秋桜理の頭を見下ろす。
「‥‥取り合えずあんた、座りなさい。見下されてるみたいで腹が立つわ」
 理不尽な言い掛かりに、彼は文句の一つも言わずに従う。
「幸運云々の真偽は措いくとして、そのキメラがなんなのか気になったわけよ」
 はぁ、と生返事を返す研究員。
「で、色々情報を集めて回ったんだけど、これ、多分キメラじゃないわね」
「というと?」
「あんたはアメリカ出身だから知らないでしょうけど、日本じゃ割と有名な『ツチノコ』っていう、所謂UMAの一種よ。まぁ全然違う可能性もあるんだけどさ。ていうかツチノコを見たら幸運になるなんて、聞いたことないし」
 再び生返事をする研究員。日本人でも知っている世代は割と限られているだろうから、当然の反応と言える。
「それで、なんでまたそんなものを捕まえようと?」
 その問い掛けは言外に「そんな暇はない」という意思も含まれていたのだが、知ってか知らずか秋桜理は表情一つ変えずに言葉を続ける。
「UMAよ? キメラ研究者としては確かめたくなって当然でしょう」
「え? いやそんなことは」
「当・然・でしょう?」
「‥‥はい」
 眼鏡の向こうの、にこりともしない目が妙に怖かった。
「そうよね。じゃあこれ」
 秋桜理は手にしていた紙を研究員へと差し出す。
「これは?」
「見ればわかるでしょ。ツチノコの資料よ」
「なんで僕が?」
「なんの知識もなしに捕まえられるの?」
「‥‥え、僕が?」
「そうよ、あんたが捕まえるの。私は忙しいの。じゃ、頼んだわよ」
 そう言って、連絡事項は全て済んだとばかりに踵を返す研究室主任の羽住秋桜理。
 取り残された研究員──エリック・デューレンは渡された資料を手に、立ち去る上司の背中を呆然と見つめるしかなかった。
「どうしろと‥‥」
 途方に暮れた呟きは、誰に届くこともなく、溶けて消えた。

 そして再び数日後。

 金髪碧眼、長身痩躯で若くて二枚目、しかも眼鏡付きというハイスペックだけど、ある意味没個性的な白衣の男性が、広場で道行く学生達に声を掛けて回っていた。
「実はとある研究対象の捕獲を手伝って欲しくて‥‥いや、それが『なに』かは、協力を引き受けてもらってからじゃないと、ちょっと話せないんですが‥‥それでその、報酬というのも、大した額は払えなくてですね‥‥」
 とまぁ、なんだか妙に歯切れの悪い調子であるから、協力取り付けの成果は芳しくない。
 普段、限られた人間やデータ類としか会話していないエリックは、活力に溢れた能力者たちを前にすっかり尻込みしているのだった。

●参加者一覧

石動 小夜子(ga0121
20歳・♀・PN
木場・純平(ga3277
36歳・♂・PN
レア・デュラン(ga6212
12歳・♀・SN
新井田 銀菜(gb1376
22歳・♀・ST
鍋島 瑞葉(gb1881
18歳・♀・HD
最上 空(gb3976
10歳・♀・EP
マルセル・ライスター(gb4909
15歳・♂・HD
南桐 由(gb8174
19歳・♀・FC

●リプレイ本文

 一同は図書館に来ていた。
 テーブルを囲み、『ツチノコ?』の想像図を描いているのだ。
 最初に目撃情報の聞き込みや文献からの情報収集を行った所、『形状』が問題となった。
 ツチノコの資料はあるが、探しているのは『見たら幸せになれる生き物』である。ベースはツチノコかもしれないが、その他の目撃情報も無視はできない。
 なので、捕獲すべき対象の輪郭を明確にすべく、集めた情報を元に絵を描くことにしたのだ。
 レア・デュラン(ga6212)お手製のサンドイッチを皆で美味しく頬張りながら、一同は紙と向かい合っている。
 ちなみにレアはツチノコの予備知識が零で、
「つちのこ? つ、土‥‥竜? も、もぐらさんでしょうか?」
 と言って、周囲を和ませたのであった。可愛すぎるにも程がある。

 サンドイッチを食べ終わる頃には、大体描き終わっていた。
 個々が得た情報に差異があるから、想像図が一致しないのは当然だ。異なる部分を統合することで、共通の『形状』を導き出すことが目的である。
 しかし。
「これはなんだ‥‥?」
 木場・純平(ga3277)はその絵の見る方向を色々と変えてみたが、結局よく解らなかった。
 多分絵なのだろう。‥‥いや、絵なのか?
 答えを求めるように新井田 銀菜(gb1376)を見ると──彼女は明後日の方向を向いていた。
「ツチノコ‥‥懐かしいですよね。私も話題になってる時は探しに行った事ありますよ〜」
「懐かしいのは同感だが‥‥」
 にこにこと笑顔で、そんな事を話し出す。しかしその目は遠くを見ており、横顔が「何も聞かないで」と物語っていた。
 続いてもう一枚。絵として成立しているが、意図の読めないものだった。
「これは、チクワ‥‥ですか?」
 石動 小夜子(ga0121)の問い掛けに、「お、お腹が空いてて‥‥」と答える鍋島 瑞葉(gb1881)。
 答えになっていない。
「‥‥こっちのは?」
 絵を描き終えてからはずっと立て札作りに勤しんでいた南桐 由(gb8174)が、丸められた紙に気付いた。
 手に取り広げてみると、
「あ、それはっ」
 瑞葉の慌てようからして、彼女が描いたものなのだろう。
 そこには幼稚園児並の画力で、ツチノコのきぐるみを着た女の子がスポットライトを浴びている絵が描いてあった。しかもその着ぐるみは、いかにもアイドルっぽいフリフリの衣装を身に纏っているのだ。
 そして紙の端っこに、『謎のアイドル 槌・野子』の文字。
「──っ!?」
 絵から目を逸らして、肩を震わせる由。
 彼女の手から零れた絵が、瑞葉の手から逃げるようにひらりと滑り、全員の目の届く場所へ。
 レアが、紅茶を噴き出しそうになって口を押さえた。
 他の面々も、予想外の不意打ちに悶絶している。
「忘れましょう!」
 皆、瑞葉の気持ちを汲みたいところだったが、残念ながらしばらくは立ち直れなかった。

 落ち着いたところで他の絵だが、マルセル・ライスター(gb4909)は独自の見解を示していた。
「俺としては、そんなに大きくなくてすばしっこい‥‥そして何より、『見た者は幸せになれる』というのがポイントだと思いますっ。そういえば、白い動物は幸運を呼ぶという話を聞いたことがあります。きっと、白くて、ふわふわした生き物ですよっ!」
 彼が描いた絵は、オコジョだった。
「でも案外、普通の猫だったりするかもしれませんね」
 噂とは尾鰭がつくものだから、そういう可能性もあるだろう。
 但し問題なのは、外見が普通の生き物だった場合、探しようがない点である。
 まぁそこを判断するのは依頼人だろう。

 そうこうしている内に、最上 空(gb3976)が漸く描き終えた。
 生き物一匹を描くにしては随分と時間がかかったようだが‥‥
「ふふふ‥‥謎は全て解けました! 空の集めた情報によると、ツチノコはこんな姿です!」
 バン! と効果音がつきそうな勢いで、絵を掲げる空。
 集まる視線──訪れる沈黙──浮かぶ疑問符──そして感想。
「‥‥何が描いてあるんだ?」と純平。
「地獄絵図?」と由。
「魑魅魍魎?」と小夜子。
 実に的確な感想だった。
 しかし空は「やれやれ」とでも言いたげな表情で首を振る。
「空の類稀な美術センスを理解出来る人が居ないとは、嘆かわしい事ですね。まぁ良いでしょう、どこぞの偉い人も言っていました。『考えるな感じろ!』と。なので、感じて下さい! 目に見える物が全てではありませんから!」
「今必要なのは視覚情報だがな」
 純平が正論で切り替えし、空以外の全員が首肯した。
 そこへ、皆から頼まれた物の調達からエリックが帰ってきた。誘き寄せるための飲食物や罠の為の材料など、それらを各自に配りながら、彼は状況を訊ねる。
 沈黙が降りた。
「順調ですっ」
 その沈黙を、銀菜のにこやかな声が破った。
「そ、そうですか? なんか今──」
「ところでエリック、そんな没個性じゃ‥‥美男美女が多いここだと埋もれちゃうよ。せめて、耳をプチ整形してエルフ耳にするか‥‥眼鏡を外すと性格が激変するとか、荒々しい性格の相方を見つけるとか‥‥」
 訝しげなエリックに詰め寄る由。延々とダメ出しを受ける内に、エリックは抱いた疑問も忘れてしまうのだった。

    ※    ※    ※   

 入念な下調べを終えた一行は、遂に幻の珍獣を求めて秘境へと旅立った。
 果たして其処で待つ生物は? ツチノコは本当にいるのだろうか!

 エリックに導かれ、現場を訪れた探検隊。
 一見すると平凡な施設だが、その内部は長らく放置された為にジャングルと化している。
 そこに挑む勇敢なメンバーを紹介しよう!

 瑞葉はAUKVを身に着け、焼きスルメと日本酒の瓶をその手に持つ。
 マルセルはライ麦パンのサンドウィッチ、胡桃とクランベリーのスコーン、そして紅茶を持参。
 由は多種多様な立て札を抱えている。
 空は大量の菓子類と大人買いしたメロンパン。
 レアはギリースーツに身を包み、弾倉無しのアサルトライフル。
 純平は厳つい身体に迷彩服。
 小夜子は記録用カメラと、犬猫用の肉と魚。
 銀菜はお日様のような笑顔。

 正に死角無し!
 完全無欠な探検隊は、噂の未確認生物を捕獲すべく、綿密な作戦の元に行動を開始した!

 ちゃらちゃーちゃらちゃーちゃらちゃーちゃらちゃーちゃらちゃー

「ま、迷った‥‥」
 泣きそうになりながら、マルセルはぽつりと呟いた。
 無線機で連絡を試みたが、どういうわけか繋がらないのだ。
 これが秘境の洗礼だろうかッ。
 探検隊は単独班とチーム班に分かれ、マルセルはチーム班と共に歩いていたのに、気付けばはぐれていた。
 まさか、ここが迷いの森だとでも言うのだろうか!? それとも、未知の生物の仕業なのか!?
 動揺を抑えながら、マルセルは歩き続ける。
 誰かに会えることを信じ、生い茂る草を掻き分けて拓けた場所へと踏み込んだ時だった!
 バチン! という音ともに足に激痛が走‥‥らなかった。能力者だから当然である。
 しかし、驚きは隠せなかった。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
 小心者の本領発揮。絶叫を迸らせて慌てるマルセル。
 結果、足を挟んでいた鼠捕りは無事に外れたが、動き回った際に色々ぶつけて、悲しい感じに汚れてしまっていた。
 涙目をこらえながら、それでもめげずに彼は進んだ。
 心を落ち着かせようと、喋りながら周囲を観察する。
「もし見つけたとしても、無理に追い立てたら怖がると思うから、まずは警戒心を解いてあげよう。出入り口は封鎖してるんだしね‥‥」
 とそこへ、彼の頭に美しい色彩の小鳥が舞い降りてきた。
 なるほど、相手の警戒心を解くことにかけては屈指かもしれない。
 小鳥にスコーンを分け与えながら、マルセルは仲間とツチノコの姿を求めて、更なる奥地へと進むのであった。

 一見すると、その叢には誰もいなかった。
 しかし目を凝らして見れば、ほんの僅かな違和感に気付く。
 それこそが、ギリースーツ姿のレアだ。
「つ、ついに探検隊は前人未到の秘境の奥地に‥‥」
 誰にともなく呟くレア。ちょっと寂しくなったのかもしれない。
 気配を押し殺し、彼女はひたすらにツチノコの訪れを待った。
「あっ、蛇‥‥ま、まぁ、咬まないですよね?」
 目の前を、しゅるしゅると通り過ぎる蛇。
 流石は秘境だ。こんな危険な生物が、当然のように生息している!
 その時、遠くから人の悲鳴が聞こえた気がした。
(「な、なんと隊員が原住民の罠にかかってしまった〜」)
 本当にその時、マルセルが丁度罠に掛かっていたのだが、偶然である。
 そして今度は、彼女の目の前に何かが現れた!
 その生き物は体長は三十センチほどで、茶色の短い体毛、もきゅっとした口、つぶらな瞳、ちょこっと飛び出た耳、それで歩けるのか疑問なくらい小さな足。
 なんという不可思議な姿! とてもこの世の物とは思えない!
「な、なにこのかわいい生き物‥‥」
 レアが呆気に取られて呟くと、その生き物は「キュルキュル」と鳴いた。あまりの愛らしさに思わず身をよじったところ、その不思議な生き物はちっちゃな足をちょこまかと動かして、去って行ってしまった。
 しばらくの間、レアは呆然とその方向を見つめていたが、やがて、
「──ふっふん、ふんふんふーん‥‥CMのあとに続くのです‥‥」
 と呟くのだった。

 空は実に手際よく罠を設置していた。
 この日の為に、通信講座で『簡単な罠の仕掛けた〜超初級編・猿でも三日で習得!』を受講していたのだ。
 罠は、餌に食い付くとロープが体に巻き付き、樹に吊られるタイプの仕掛けだ。
 こんな物を用意されては、どんな獲物だって一網打尽だろう。恐ろしい発想力である。
 彼女は早速餌となるお菓子を置き、離れた場所で見張りを始めた。
 待っている間、何もしないわけではない。自己管理は探検隊の義務だ。
 彼女は栄養補給の為に、買い込んでおいたメロンパンを食べ始めた。次々と、次々と平らげる。
 糖分は頭脳労働に必要とされているから、正に打ってつけだろう。丁度頭を働かせたばかりであるから、大量に食べてしまうのも無理はない。足りなくなるのも頷ける。
 購買のメロンパンを買い占めるほどの量がなくなってしまうのも当然だ。
 それほどまでに探検隊の任務は、隊員に過酷を強いるのである!
 やがて空は、手持ち無沙汰になってしまった。
 ‥‥甘味中枢が疼く。
 だが手元には甘い物がない。罠用の予備のお菓子も食べてしまった。
 今や、罠に設置したお菓子しか残っていない。
 罠に設置したお菓子しか、残っていない。
 ──空の視線が吸い寄せられた。

 数秒後──罠にかかって樹に吊るされた空の姿が、そこにはあった。


 何かある度に忙しなく立て札を出していた由が、ふと動きを止めた。
 さっとカメラを向けて小夜子が訊ねると、
「‥‥美味しい事が起きた気配が‥‥」
 由は無意識に『窮地に陥った隊員! その運命やいかに!?』の立て札を出した。
「南桐さんっ、不吉な札はやめてくださいっ」
 文字が赤いだけに、一層不気味である。
 そんな銀菜の抗議に由は、
「‥‥なんとなく、こうした方がいいような気がして」
 と答えるのだった。
 さておき一行は、瑞葉を先頭に捜索を続けていた。
 色々と見慣れない物が目に付くが、これと言った収穫もない状態だった。
 最初の内は珍しい物を見つける度に、小夜子が「我々は遂に重要な手がかりを掴んだ」と解説を入れ、銀菜もそれに乗る形で「また一歩近付きましたねっ」と盛り上がっていたのだが、如何せん飽きていた。
 蒸し暑い中で動き回っていたこともあり、一行は少し休憩を取る為に水場の近くで腰を落ち着けた。
「中々見つかりませんね」
 水辺からはやや離れた場所で休む瑞葉が、残念そうに零す。
「我々カンパネラ探検隊の名誉にかけて、発見したいところですね」
「カンパネラ探検隊、かっこいいですね! ぜひ頑張って見つけましょうっ」
 小夜子の何気ない一言だったが、思いの外、銀菜は気に入ったようでグッと手を握って目を輝かせていた。
『と、その時だった!』
 由が突然、立て札を掲げた。
「ど、どうしたんですかっ?」
 慌てる銀菜。
「‥‥なんとなく、定番かなと思って」
 淡々と答える由。
 身構えに力が入った分だけ、一気に脱力する銀菜であった。

 ──と、その時だった!

 がさっと叢が音を発てた。
 瑞葉は視線をそちらへと向けた。殆ど無意識に。
 そして呟いた言葉が──「ツチ‥‥ノコ?」
 潰したビール瓶のような身体は、正しくツチノコに見えた。
 即座に立ち上がる瑞葉。
(「見るだけで幸せになれるなら‥‥捕まえたら‥‥ウフ、ウフフフ‥‥グッバイ、不幸ライフ!」)
 緩む頬が止まらない。
 瑞葉の挙動に気付き、ツチノコは叢へと戻った。
 瞬間、瑞葉のAUKVの脚部がスパークする。『竜の翼』の発動だった。
 数メートルの距離など刹那で消滅し、ツチノコに簡単に追いついたかと思いきや──その姿が見当たらない。
「そんなっ」
 慌てて地面に視線を巡らせると、小さな穴に気が付いた。丁度先程のツチノコが潜り込めそうな大きさだ。
 状況的に、そこへ逃げ込んだとしか考えられなかった。
「見失ってしまいました‥‥」
 がっくりと膝をついて項垂れる瑞葉。夢見た一瞬が、反動となって押し寄せてきた。
 思わず悔し涙すら浮かべる彼女の元へ、パタパタと仲間が走り寄って来る。
 そこへ、「お、いたいた」との声が降ってきた。

 純平は仲間の姿を見つけ、軽く手を上げた。
 何故か地面に跪いている瑞葉に驚きながらも、手にした『戦利品』を掲げて見せる。
「ツチノコとは違うが、変な生き物を捕まえたんだが」
 それは体長三十センチほどの茶色い塊──要するに、レアが見ていた生き物だった。
 あまりに珍妙な見た目だったので、思わず捕まえてしまったのだ。
 どうする、と聞こうとして、純平はぎょっとした。
 女性陣の目が、きらきらと輝いていたからだ。
『か、かわいいっ!』
 見事なハモリが、秘境の中に響き渡った──

 取り合えずということで一旦戻った一行。
 エリックに伺いを立ててみると、
「もうこれでいいでしょう。とにかく何か持っていかないと、只じゃ済まないので‥‥」
 と結構いい加減なことを言うので、探索は切り上げる運びとなった。
 探索隊にも尊い犠牲が出ていたので、賢明な判断と言える。
 既に陽射しは大きく傾き、地上を茜色に染めていた。
 夕日を眺めながら、小夜子は感慨深げに口を開く。
「ツチノコに後一歩という所まで辿り着いたものの、捕獲は出来なかった」
 レアが微笑みながら、後に続けた。
「こ、今回の探検は残念ながら失敗に終わった‥‥しかし、挑戦はまだまだ続くのです‥‥」
 そして最後に、銀菜がぽつりと呟いた。
「あの子、持って帰りたかったです‥‥」

 余談──

 捕獲した例の生き物を秋桜理はえらく気に入ったらしく、ペットとして飼っている、とのこと。