●リプレイ本文
「にゃんこー! モフモフさせれ〜!」
入店するなり、猫耳のリュウナ・セルフィン(
gb4746)は猫部屋へ突入した。
部屋の隅っこに集まって丸くなっている猫たち。
「にゃんこー!」
目を輝かせ、走り寄るリュウナ。
が、猫たちの中に混じる異質な存在に気付いて、足を止めた。
よく見ればそれは、竜の着ぐるみ姿の大槻 大慈(
gb2013)なのだが、
「なんか変なのがいるにゃり!」
と言ってリュウナは、大人しくてデブい猫のティグルを持ち上げて、大慈の顔の上に「てぃっ」と乗せた。
待つこと数十秒。
「──ぶはっ! 苦しっ!」
跳ね起きる大慈。
驚いた猫たちが一斉に散らばる。
そこへ、遅れて入ってきた最上 空(
gb3976)が驚いた声で呼びかけた。
「大慈? いつから居たんですか?」
「お、空。おはよっ。えーっと、朝から?」
大慈は笑いながら答える。
朝からとはつまり、開店前からだった。
開店時刻が判らなかったので早く来たのだが、それがあまりに早すぎたのだ。
掃除をしに出てきた芹乃に発見され、外で待たせるわけにはいかないと、店内に入れてもらったのである。
「まったく、相変わらずですね」
事情を聞いて呆れる空に、まぁね、と何故か誇らしげに胸を張る大慈だった。
店内は和やかな賑やかさに満たされていた。
お客さんが来てくれるか不安だった芹乃もほっとしている。
「今日は来てくれてありがとう」
ねこみみふーどをかぶった新井田 銀菜(
gb1376)の前に紅茶を置き、芹乃は微笑みながら礼を言った。
「いえいえそんな、こちらこそありがとうです」
にぱっと笑顔を返す銀菜。
彼女は紅茶を静かに味わうと、皆の様子を硝子越しに眺め始めた。
この猫カフェでは、喫茶フロアと猫部屋が硝子戸と硝子窓で仕切られていた。
つまり、お茶を飲みながら猫を観察できるのだ。
硝子戸の下部には猫用の出入り口もついており、猫が喫茶フロアに営業に訪れることも珍しくない。
勿論、喫茶フロアへ猫を連れてくることも可能だ。
猫部屋では、皆がお目当ての猫を思い切り可愛がっていた。
クールな美貌にネコミミカチューシャと肉球手袋を装備というギャップが素敵な巳乃木 沙耶(
gb6323)は、思わず二頭身になってしまうほど弛緩していた。
──え!?
驚いた銀菜は慌てて視線を戻すが、宝に甘噛みされて喜んでいる沙耶は、断じて二頭身ではない。
しばらく見つ続けても、特に変化は無かった。
沙耶は甘噛みを堪能しながら、
「癒されますね‥‥」
とうっとり呟いたり、ティグルに猫じゃらしを振って釣ろうとしていたりするだけだ。
その内、こちらの視線に気付いた沙耶は、微笑みながら小首を傾げた。
銀菜は身振りで「なんでない」と答えて、曖昧に微笑み返す。
錯覚と判断することにして、今度は虎耳ヘアバンドと尻尾を付けた天道 桃華(
gb0097)へと視線を移した。
その瞬間、沙耶が再び二頭身になったことに、銀菜は気付かない。
桃華は四つん這いで「にゃーにゃー、猫耳美少女ですよー♪」と言いながら、ティグルへにじり寄っているところだった。
怒ると蹴りを繰り出すと聞いたので、戦いを挑むのだ。
「伊達にキメラと毎日戦ってないわよ〜?」
と言い放つと、がばっと襲い掛かった。
抵抗しないティグルをあっさりと寝転がし、桃華はお腹をわしゃわしゃと撫で回し始める。
しばらくは大人しかったティグルだが、やがて「いい加減にしろー」とばかりに桃華の腕に抱きついて蹴りを繰り出してきた。
「ふふっ、この程度の蹴りであたしがやられると思ったら大間違いよ♪」
むしろ能力者には気持ち良いくらいだ。
「ずっとあたしのターン! このままナデナデしてモフり倒すわ♪」
向こうから腕にしがみ付いているのだから、やりたい放題である。
蹴りをもらえなくて残念そうだった沙耶も、ここぞとばかりにモフりに参加した。
銀菜は苦笑を浮かべ、ティグルちゃんがんばっ、と胸中で声援を送るのだった。
次に彼女が見やったのは、新条 拓那(
ga1294)と石動 小夜子(
ga0121)のらぶらぶかっぷるだ。
腹毛が白い虎猫柄のツナギに、耳つきフードとグローブという完全装備の拓那は老猫の息吹を、猫耳をつけた小夜子は抱っこ好きの鈴鳴をそれぞれ愛でていた。
しかしなんというか、すっかり二人の世界である。
入店からずっと、何故か硬い表情の拓那。気になった小夜子が訊ねると、
「いや、面白くないわけじゃないよ。むしろ逆。可愛すぎて、あんまり締まらない顔になってもまずいし」
とか言っちゃって。
「そんな拓那さんも見てみたいです」
とか言っちゃって!
途端、拓那は猫と小夜子のどっちにデレたんだか判らない蕩けた笑顔で、より一層に息吹を愛で始めた。
「‥‥でもあれだなぁ、猫耳くらいでよかったかもね」
周囲を見渡してから自らの格好を見て、照れくさそうに笑う拓那。
本人的には、ちょっとやりすぎたと思っているようだ。
「そんなことないです。とてもかわいらしいですよ」
そう言って小夜子は、鈴鳴を撫でていた手で、今度は拓那の頭を撫でた。
ちょっと驚いた拓那だが、猫を撫でるような小夜子の手つきに、目を細めて身を委ねる。
なんという桃色空間。
とその時、
「へくちっ、へくちっ」
「なんだ、風邪か?」
突然くしゃみをした空を、大慈が意外そうな顔で見た。
「いえ、ちょっとアレルギーが」
「なんのアレルギーだ?」
「らぶらぶアレルギーです」
一瞬の沈黙の後、全体的には納得した空気が流れ、当人たちは赤面して慌てていた。
「一定値を超えない限りは大丈夫ですので、お気遣いなく」
さりげなくフォローを入れる空であった。
その空はと言えば、ねこみみふーどにキャットワンピース、今は脱いでいるがキャットブーツに加えてメイド服という、なんとも心くすぐる格好で、アビシニアンのむっちょんと渋さ漂う顔の涼白の肉球をぷにりまくっていた。
甘える仕草は可愛いのに「な゛ー」と汚い鳴き声のむっちょん。
貫禄ある表情で、何をされても為すがままの涼白。
ギャップのある二匹の魅力と肉球の感触に、空はめろめろだ。
とは言え、彼女に取って甘味の欲求に勝るものはない。
「──む、そろそろ甘味成分が必要ですね‥‥」
ということで、喫茶フロアへ。しっかりむっちょんを抱きながら。
「リュウナは何か食べないんですか?」
「リュウナはモフモフ出来ればそれで良いなり!」
振り返って訊くと、即答だ。
リュウナは空いてる猫を片っ端からモフってプニり回っている。
もはや彼女の目には猫以外映っていないのだろう。
皆が猫と戯れる様子を堪能した銀菜は、ふむ、と小首を傾げた。
自分の格好が、ちょっとインパクト不足だったかな、と思ったのだ。
まぁ大慈の格好はいつもの事として、拓那と空は完全装備である。
ねこみみふーどでも恥ずかしかったが、もっと頑張っても良かったかなとぼんやり思う銀菜であった。
そこへ、むっちょんを抱えた空とやや頬の緩んだ沙耶がやって来た。
「ストロベリーワッフルとコーヒーをブラックで。あと猫餌をお願いします」と空。
「私は紅茶とプレーンワッフルを」と沙耶。
続いて、腕にティグルをしがみつかせた桃華と、息吹を連れた拓那、琥珀を抱いた小夜子も合流する。
「あたしはワッフル全種類一個ずつ! それと猫缶もね♪」と桃華。
「俺は紅茶とスコーン。それに猫のおやつを」
「私は紅茶とサンドイッチセットをお願いします」
拓那と小夜子も続けて注文し、席に着く。
喫茶フロアが一気に賑やかになった。
「新井田さんは猫と遊ばないのですか?」
膝の上で琥珀を撫でながら、ちょっと不思議そうに訊ねる小夜子。
「この紅茶を飲み終わったら、行くつもりですよー」
銀菜はほわほわとした笑顔で答える。
「そうですか。ぜひ堪能してきて下さいね」
この二人の会話は、なんだか平和である。
拓那が何故か父親みたいな顔で、何度も頷いていた。
「桃華さん、ティグルちゃん、借りてもいいかしら」
未だにしがみ付いたまま、思い出したように蹴りを続けているティグル。既に怒っているからではなく、じゃれているだけだった。沙耶にはそれが堪らなく羨ましいようだ。
「もっちろん♪」
腕ごと差し出されたティグルをちょっと引っ張ると、さして抵抗もなく桃華から離れた。きょとんとした表情を見せるティグル。そこに腕を押し付けるところん、と転がってがしっ、と掴まり、げしげしと蹴りを始めた。
沙耶はすっごく満足そうである。
「すいません、角砂糖の追加お願いします」
「ちょ、空ちゃん、何個入れた?」
驚く拓那に、空は事も無げに「十五個ですけど」と答える。
「アダルティーな空はブラックコーヒーも嗜むのですよ」
拓那はツッコミどころを見失っていた。
「‥‥ん? どうしたですか、そんなに空のこと見つめて。あ、ネコ空に萌えたのでしたら、愛でてくれても構いませんよ?」
「いや、それは遠慮しとくよ」
はははは‥‥と乾いた笑いで誤魔化す。まぁ小夜子の手前、賢明な判断だろう。
そうこうしている内に、人間のおやつと猫のおやつが出揃った。
「ワッフルワッフル♪」
とご機嫌な様子で噛り付く桃華。
蹴り疲れて休憩中のティグルの前に、猫缶を開けた皿を置いてあげた。
小夜子にすっかりと懐いた琥珀は、彼女の膝の上で、彼女の手から直接エサを貰っている。
なんとも羨ましい。
その隣では、拓那がジャーキーにかぶりついている息吹の背中を優しく撫でていた。ツボを心得た手つきらしく、息吹は随分と気持ち良さそうだ。
「さて、それじゃ私も、猫ちゃんたちと遊んできます〜」
猫エサを手に、席を立つ銀菜。
談笑する皆に見送られ、猫部屋へと入る。
中では相変わらずリュウナが猫たちをモフりまくり、ついでに大慈をもモフっていた。
大慈も猫モードで、「ごろごろ〜」と言いながら擦り寄っている。
その光景に、銀菜はくすりと笑った。
ざっと部屋の中を見回すと、暇そうにしている白猫の天に目が止まる。
「天ちゃーん、おいでー」
ちょっと離れた所にしゃがみ込んで、ジャーキーをピコピコ振る。
すると天は目を輝かせ、「んなっ」と鳴いて素早く駆け寄ってきた。
銀菜の元まで来て、揺れるジャーキーに食らい付こうとするが、
「ふふふーっ そう簡単には譲らないのですよっ」
にやりとしながら、ひょいっと避ける。
噛み付きが空振りに終わった天はきょとんとした後、「なによーよこしなさいよー」と言わんばかりに、ジャーキーを持つ銀菜の手を目掛けて猫パンチを繰り出してきた。
たしったしっと肉球が当たる感触が、実に気持ち良い。
しばしそれを堪能してから、銀菜はジャーキーを食べさせてあげた。
夢中になって食らい付く天。
あっという間に平らげたので、もう一本あげる。
そうしてすっかり気を許したのを見計らって、銀菜は「えぃっ」と捕まえた。
「ふふふ〜。それ、もふもふもふもふ‥‥」
巧みなもふもふの手つきに、天も夢見心地で身を委ねている。
そのままもふり続けていると、不意に何かが頭の上に乗せられた。
背後からこっそり近付いてきた大慈が、涼白を銀菜の頭に置いたのである。
「ジャーキーってちょっとうまそうに見えるよな」
「大慈くんは、何か食べないんですか?」
「んー。まぁいいや。猫と戯れてたいしなっ」
そう言うなり、涼白を再び持ち上げると、一緒にごろーんと寝転がった。
為すがままなのをいいことに、頬ずりしたりちゅーしたりと、やりたい放題だ。
別に涼白も嫌がっているわけではないので、実に微笑ましい。
「リュウナにもプニらせるなりー!」
どーん、と大慈に体当たりをかまして、リュウナは涼白の後ろ足の肉球をぷにり始めた。
上から下から愛でられて、涼白も大変である。
ちょっと苦笑を浮かべながら、銀菜もゆったりとした手つきで、天を撫で続けた。
そうしてしばらく三人で猫と戯れていると、喫茶フロアにいた皆が猫部屋に入ってきた。
誰かが言ったわけではないのだが、なんとなく車座になる一同。
各々、お気に入りの猫を愛でながら、他愛もない話に興じる。
そして何十分かが過ぎた頃、
「なんだかちょっと眠くなりましたね」
欠伸を噛み殺しながら、沙耶が膝の上の宝をゆるゆると撫でる。
「ニャンコと一緒に寝たいなり!」
涼白の前足を持って、びろーんと持ち上げるリュウナ。
「猫に囲まれて寝ると、気持ちいいぜ〜」
頷きながらしみじみと呟く大慈。経験者は語る、というやつだ。
「名案があるわ♪」
そう言って立ち上がった桃華は、猫部屋を出て行った。
なんだろう、と首を傾げる一同。
素直に待っていると、
「この季節の、コタツのヌクヌクの誘惑に耐えられるかしら♪」
との台詞と共に、『こたつむり』を装備した桃華が現れた。
「おぉ、伝説の‥‥」と慄く大慈。
猫たちの目の色も明らかに変わった、ような気がする。
「にゃーにゃー、一緒に寝るわよー♪」
和んでいた猫たちが、一斉に立ち上がった。
「ほーら、ほーら、中に潜り込んでも良いのよー♪」
誘うように寝転がる桃華の元へ、猫たちが次々と吸い込まれて行く。
「ぬっくぬくにしてあげる〜♪」
「にゃー! ずるいなり! リュウナも一緒に寝たいなり!」
どーん、と桃華に体当たりをかますリュウナ。
「俺もだー!」
と桃華の元へ転がる大慈。
「もういっそ、皆でお昼寝しよっか」
呆れたような、微笑ましいような表情で拓那が提案すると、
「では、私は拓那さんの隣で‥‥」
そっと彼の服の裾をつまむ小夜子。
「喜んで」
やわらかな笑みを浮かべて、拓那もそれに答えた。
「‥‥ったくもう、あの二人は‥‥毛布ありますか?」
くしゃみを発動させようかとも思ったが、今回は見逃してあげることにして、空は芹乃へと問い掛けた。
ほどなくして、必要な分の毛布が配られる。
猫たちも遊び疲れたりおやつでお腹が満たされたりで、すっかりお昼寝モードだ。
『こたつむり』を装備した桃華を中心に、猫と人間たちが丸くなっての雑魚寝。
「おやすみなさーい」
楽しそうな銀菜の声に、皆も口々に応じて、静かに目を閉じた。
その様子をカウンターから見ていた芹乃は、緩みきった頬を戻せなくなっていた。
「こんなに堪能してくれた人たちは初めてだなぁ」
嬉しそうに呟いたところで、彼女は『はっ』と思い出す。
「そうだそうだ。記念品があるんだった」
店の奥に引っ込んで、可愛らしいラッピングを施した包みを持ってくる。
それらを抱えた芹乃は、皆を起こさないように注意しながら、それぞれの枕元へと包みを置いていった。
「大した物じゃないけど、もらってね」
そっと囁くと、鈴鳴が耳をぴくりとさせ、薄目を開けてきょろきょろした。
やがて何事もないと判断したのか、ぽてっと頭を下ろし、再びまどろみの中に溶けて行った──