●リプレイ本文
「北北西の方角にハーモニウムと思しき少女を確認。α班は戦闘準備を」
ウラキ(
gb4922)が無線で全員に通達した。
連絡を終えると、彼はすぐに梯子を降りた。
β班として、オルカ・スパイホップ(
gc1882)と共に住民の避難誘導に当たる為だ。
村一番の高所から双眼鏡で監視をしていた甲斐があり、フィディエルの到達までは猶予がある。
それに加え、事前に村長と避難方針を計画していたお陰で、誘導は容易だった。
住民の協力も得て、村唯一の避難シェルターたる教会の地下室へ。
「慌てないでね〜。まだ大丈夫だよ〜」
オルカは住民達の不安を払うように、笑顔で皆を元気づける。
完了の目処が立った辺りで、ウラキは村長に無線機を渡した。
「良いと言うまで、シェルターの扉は開くな。万が一の時は、すぐに駆けつける」
そう告げると、オルカに後の事を任せ、α班と合流する為に走った。
任されたオルカは、住民が一通り地下室に入った所で人数を確認。
点呼を取った村長の大丈夫という答えを聞いて、ほっと胸を撫で下ろした。
「よかった〜。僕が外で護衛してるから、安心しててね〜っ」
最後に会心の笑みを浮かべて、オルカは重い鉄扉を閉めた。
内側から施錠される音も確認。
「さて、と」
身体をほぐしながら、オルカは呟く。
「報告書を読んだ限りだと二人組だけど、どうして今回は一人なんだろ〜。こないだの戦闘の無理が祟って、死んじゃったのかな?」
ぐっと腕を伸ばし、空を見上げる。
晴れていた空には、いつの間にか暗灰色の雲が広がっていた。
「雨‥‥降るかも?」
(ウラキさんが先んじて発見してくれたのは僥倖でしたね)
綿貫 衛司(
ga0056)は大きく迂回しながら、フィディエルの後方に回り込んでいた。
発見時の方角と距離、彼女の歩速を計算し、慎重に足を進める。
彼女の正面には一人だけ。
麻宮 光(
ga9696)が、まずは一人でフィディエルを迎える。
四人で一塊になっていては、見つかるなり逃げられるだろう。
身を潜める策もあったが、光が彼女の注意を引きつけるならば、退路を断つ意味では大差ない。
(寝返りは期待できそうにないですから、説得は難しいとは思いますが)
それよりも彼は、フィディエルの兵士としての成長に興味を持っていた。
短絡的に襲撃するだけだった彼女が策を弄するようになったのは、傭兵を相手してからだ。
(敵であることが、少々惜しいですね)
そう。敵なのだ。
その認識を、胸に刻む。
萩野 樹(
gb4907)は『パイドロス』の中で、微かな不安を感じていた。
ハーモニウムと初めて戦う彼は、今までとは違う印象の敵に戸惑いを覚えていたのだ。
丘陵の影に身を潜め、敵である少女の訪れを待つ。
光がいる地点まで距離は少々あるが、走輪走行で駆けつければ遅れることはない。
(上手く戦えるかな)
掌を開閉しながら、胸中で呟く。
「それでも、戦わないと」
迷っていても仕方がない。
(俺ができる事を、しないと)
強く拳を握り、樹は静かに決意をした。
樹と対になる位置取りの岩陰に身を潜める風代 律子(
ga7966)。
彼女は強い想いを胸に、この地に赴いていた。
少女がこれ以上の業を重ねるのを止める為に。
己の信念を心に据えて、その時を待つ。
そして、邂逅の時──
「やあ。久しぶり」
歩哨所として設置した天幕から外に出て、光はフィディエルに声を掛けた。
馬鹿正直に正面に突っ立っていては、見つかった瞬間に逃げられてしまう可能性もあるから、当然と言えば当然だ。
彼女は完全に油断していたようで、面食らった表情で咄嗟に飛び退いていた。
衛司の張った天幕が巧みに隠蔽されており、パッと見には気付かない設営だったのも効果的だったのだろう。
少女は無骨な拳銃を抜き、即座に発砲する。
迷いも遅滞もない、人を殺すことに躊躇いなど微塵もない動きだ。
しかしそれ位の洗礼は予測済みだったのか、光は未覚醒のまま弾道を先読みして避けた。
「待った。話を聞いて欲しい」
少女は構わず引き金を引くが、当たらない。
そこでようやく、彼女は攻撃の手を止めた。
「──君は、この間の能力者か」
今日の第一声は、どうやら少年的な人格らしい。
警戒心を剥き出しに、少女は周囲を見やる。
「一人‥‥なわけないですよね」
「今は一人だ。仲間は他の場所にいる」
嘘は吐いていないが、全てを語ったわけでもない。
どちらも裏切らないぎりぎりのライン。
「ふぅん‥‥言っとっけど、和解とか考えてるなら、無駄よ」
「俺はそうは思わない」
鼻で笑って小馬鹿にしたのに対して断言を返され、さしものフィディエルも微かに怯んだ。
「何を世迷言を──
「今まで戦ってきたバグアの中にも、話の通じた奴はいた。おまえ達には『仲間を思いやる』心がある。俺達だって仲間を失えば悲しむし、好き好んで失いたいと思う奴もいない。できる事なら互いが傷つけあわずに、戦わずに済む方法を探したいんだ」
「無駄だって──
「人間全部を信用する事は難しいだろう。だからまずは、俺を信用して欲しい。その為に俺は、君を信用する。腹の底から。君達とは、きっと解り合えるから」
敢えて彼女の言葉を遮り、被せ、光は強く強く、言葉を紡いだ。
吐き出すように、訴えかけるように。
そこには真摯な想いしかない。
彼自身の良心と信念の命ずるままに。
しかし──溜め息。
腹の底から信用すると言った彼に返されたのは、心の底から呆れ返った溜め息だった。
「‥‥馬鹿じゃないの?」
眉間に皺を寄せて、フィディエルは言う。
「あんたそれ、私達に死ねって言ってるのと同じだって気づいてる?」
「どういう意味だ?」
「強化人間である私達が人間の手に堕ちたら、メンテ受けられずに死ぬってことよ。ノアとAgだって多分そろそろよ? よくそれで解り合おうとか言えるわね。片腹痛いわよ。侵略者と原住民が和解しようってだけでも噴飯ものだっていうのにさ。大体、何の手土産もなしに交渉しようとか、おかしいんじゃないの? 信用して欲しいならノアとAgを連れてきなさいよ。でもどうせ無理でしょ?」
全てを静かに受け止めてから、光はゆっくりと口を開いた。
「確かに無理だ‥‥でも違う。解り合うことはできる」
「──もういい、死ね」
感情の消えた瞳で、フィディエルは地面を蹴った。
だが、直後にもう一度地面を蹴り、無理やりに方向転換をした。
光への攻撃を遮ったのは、横からの律子の斬撃だった。
「久しぶりね、強い相手からは逃げるだけの弱虫さん」
「っ!」
自覚があるだけに、返す言葉もない。
悔しそうに歯噛みし、フィディエルは退路を探す。
しかし、遅かった。
彼女が光と話している間に、包囲は完成していたのだ。
樹と衛司が、適度な距離を取って武器を構えている。
「こういうことですか‥‥」
睨みつける少女の視線から目を逸らさず、しかし光は否定も肯定もしなかった。
無言で覚醒し、武器を構える。
彼もやるべき事を、見失ってなどいない。
(‥‥なんとかして逃げないと‥‥村に入って、人質でも取る‥‥?)
「村人達を襲いたいの?」
フィディエルの目線を察し、律子が言った。
「じゃ、こちらは貴女のお友達を探しだして始末させてもらうわね。貴女がやってきた事なんだから別にいいわよね? どうせ貴女の友達なんて生きている価値もない存在なんだから」
「てめぇ!」
「逃げたければ逃げなさい、貴女だけは生かしてあげるから。その代わり、貴女の友達は全員始末させてもらうけれど。それが嫌なら私を殺す事ね」
「あぁそう‥‥見なさいよ」
後半の言葉は、光へ。
「あなたの仲間ですら、この有様じゃない。よくもこんなので解り合えるなんて言えたわね。笑っちゃうわよ」
それは、どこか悲しそうにも見える、眼差しと声だった。
「フィディエル、俺は──」
「煩い!! 死ね!!」
飛びかかる。
今度こそ。
『光』を、殺そうと。
その瞬間──
フィディエルの右の太股を、一発の銃弾が貫いた。
痛みと衝撃にぐらつく身体を辛うじて支え、左足で思い切り飛び退く。
だがその先には樹が回り込み、『カデンサ』を突き出していた。
『竜の爪』と『竜の息』で強化された一撃が、少女の脇腹を抉る。
引き裂かれたワンピースと、鮮血が宙に舞った。
倒れそうになりながらも、フィディエルは引き金を引こうとした。
けれどその寸前で銃身が叩っ斬られた。
刀を振り下ろしたのは、衛司。
握りしめた『驟雨』を柄を回転させ、もうひと太刀お見舞いする。
仰け反って躱すフィディエル。
ブリッジしそうなほどの姿勢から足を跳ね上げ、衛司の腕を蹴ろうとするが、今度は軸足を撃ち抜かれた。
倒れるも、すぐに身体を転がして傭兵たちからは距離を取る。
勢いで包囲を脱せないかとも考えたが、衛司が巧みに退路を断つ位置に立ちはだかっていた。
舌打ちし、両足から血を流しながらも膝立ちになり、彼女は見えない狙撃手を睨みつけた。
無論、居場所などわからないから銃弾が来たであろう方向を勘で見たに過ぎない。
二度の射撃で正確にフィディエルの機動力を削ったのは、『アンチシペイターライフル』を手にしたウラキだ。
「狙手は‥‥蛇のように静かに‥‥敏速であれ‥‥」
サプレッサーにより、銃声すらしない。
不可避の一撃。
「蛆虫共が、寄って集って鬱陶しい!」
「貴女が憎しみを捨てないのなら‥‥私だけを憎みなさい。そして私を殺しなさい。気が済むまで相手をしてあげるわ」
口汚い罵りに、律子は正面から呼びかける。
「出来るならやってんだよ!!」
激昂するフィディエル。
その時、ポツリ──と、雨粒が落ちてきた。
雨か、と思う間もなく、一気に降り注ぐ水滴。
それはグリーンランドには珍しい大雨だった。
無論、雨が突然降り出したくらいで気が逸れる彼らではない。
膝立ちのフィディエルに追撃をかけようと、四人は連携を維持しながら攻め立てる。
だがそこで、異変が起きた。
最初に察知したのは衛司だ。
彼女の背中に注意を払っていた衛司は、虹色の翅が微細ながらも激しく震動していることに気づいた。
何かが起きる。
そう思い、『先手必勝』を発動させて、『天地撃』を使った渾身のひと太刀を振り下ろす。
避けられる間合いではなかった。
にも関わらず、『驟雨』の切っ先は少女を叩き伏せることはなかった。
雨粒が、刀を受け止めていた。
衛司の刀だけではない。
律子の小太刀も、樹の槍も。
雨粒が盾となり、少女を守っていた。
「‥‥私の名前の由来を、教えて上げるわ」
ゆらりと立ち上がり、彼女は言った。
「『フィディエル』ってのは、スコットランドの邪悪な水の妖精のことよ──!」
水滴が弾丸となり、傭兵たちを襲った。
一発一発は軽くとも、それは避けようのない攻撃だった。
無論、雨粒全てが武器ではない。
少女の周囲から撃ち出される水滴のみだが、それでも事実上の全方位だ。
傭兵たちは少女に圧され始めた。
しかしこの場において、唯一、樹だけは前に進んだ。
AUKVが彼の全身を隈なく守っているからだ。
「甘く見るな──!」
果敢に繰り出した一撃は、意外にも防がれることなく少女に届いた。
辛うじて身を躱すフィディエル。
その一瞬、水滴の弾丸が止まる。
この機を逃すまいと、律子は『疾風脚』で少女に迫った。
と、眼前に現れる水の槍。
やられると思うより先に、律子は『回転舞』を発動し、空中に『刺した』ナイフを支点に、水の槍を紙一重で回避した。
千切れた髪が一房、地面に落ちる。
頬を伝う血は、すぐに雨で洗い流された。
連携がほつれたのは、ほんの僅かな間隙のみ。
でもフィディエルは見逃さなかった。
豪雨の弾丸を撒き散らしながら、傭兵たちの包囲を突破する。
「しまった──!」
少女の背中に向けて引き金を引いた衛司だが、銃弾は全て水の盾に遮られてしまった。
村に到達したフィディエルは、周囲に素早く視線を巡らせる。
覚悟はしていたが、やはり住民の姿はない。
だが振り切れる相手ではない以上、人質を取るしか方法がなかった。
「何処に居る──!?」
焦る彼女に、
「此処にいるよ〜」
応える声。
土砂降りの中でその少年は、二振りの刀を両手に、少女の前に立ちはだかった。
「いっくよ〜!」
互いに問答無用なのは承知の上。
泥濘に怯むこともなく、オルカは全速力で地面を疾る!
「馬鹿が!」
繰り出される雨粒の弾丸。
初見のはずのオルカは、しかし難なく回避する。
無線で知らされていたお陰だ。
だが、厄介なのは全方位で攻防をカバーできることで、意識を逸らさなければ彼の攻撃が届くことも、またない。
「甘いのよ!」
(──お前がな)
胸中で呟き、引き金を引いたのは、ウラキだ。
雨で塞がる視界をものともせず、彼の弾丸は再び少女の足を貫いた。
ただでさえ無理をしていた少女の足に、それは決定打を与える一撃だった。
認識していない方向からの攻撃は、防御できないらしい。
崩折れる少女に、オルカは遠慮することなく『二連撃』を叩き込んだ。
ワンピースが裂け、白磁の肌に無残な傷跡がつくが、知った事ではない。
それでも尚、彼女は抵抗の意思を見せた。
範囲を広げた水滴のマシンガンが、オルカの全身を叩く。
「痛いけど──へっちゃらだ!」
顔の前で腕を交差させて地面を蹴り、再度少女に飛びかかる。
「これで、倒れろ〜!」
あらん限りの力を込めて、オルカは『二連撃』で少女に斬りつけた。
水の盾を切り裂いて、刃が肩から腰へと、少女を切り裂く。
倒れるフィディエルを見下ろすオルカ。
「そこまでにしてくれ!」
そこに、光の叫びにも似た声が届いた。
駆け寄った光は、少女の傷を見て息を飲んだ。
咄嗟に彼女を抱え上げ、近くの民家へと運びこむ。
ベッドを無断で借りることを内心で侘びながら、光は彼女の治療に当たった。
その最中、
「‥‥馬鹿ね‥‥‥‥でも、ありがとうと‥‥言っておくわ‥‥」
それは、フィディエルが初めて浮かべる、人間への笑顔だった。
「喋るな」
動揺を押し殺し、光は治療に集中する。
集まった仲間たちは、その様子を無言で見つめていた。
「‥‥捕獲成功、ですかね」
複雑な心境で、樹が呟く。
「どうですかね‥‥」
衛司は迷っていた。
彼女の行動に腑に落ちない点があったからだ。
(まさか、ね)
深手を負わされた上、捕獲されてしまえばFFは無力化される。
最早、あの少女に打つ手はないはずだ。
「これで、彼女の憎しみの連鎖も終わるかしらね‥‥」
「どうかな〜」
沈痛な面持ちの律子に、オルカも複雑な表情で答える。
「だが、役目は果たした」
ウラキの言葉に、皆が頷いた。
降りしきる雨は、いつ止むとも知れぬ程に激しさを増していた。
空は、彼らの心中を表すかのように、暗く重たい灰色だった──