タイトル:【JFB】TrainingGrowingマスター:間宮邦彦

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/12/10 04:54

●オープニング本文


 歓声。響動(どよめ)き。嫉妬。羨望。口笛。拍手。
 それらを一身に浴びるのは、端正な顔立ちだがどことなくヘタレ感が漂う青年、有村 海月(gz0361)だ。

 以前、カジノで身包み剥がされるまで大負けした彼だったが、今日は違った。
 ルーレットの卓に着いている彼の前には、大量のチップが山積みになっているのだ。
 しかも彼に取っては幸運なことに、悪友たちがとっくに帰っているお陰で、無謀な勝負を囃し立てられることもない。
 かくして海月青年はこの日、思わぬあぶく銭を手に入れて、ほくほく顔で帰路に就いたのだった。

 さて、後日。
 懐が潤ったからと言って、傭兵としての仕事を怠る考えは、彼にはなかった。
 勤労だとか使命感に燃えている──のならば格好はつくのだが、とある理由でひたすらに貯金をしている為だ。
 カジノでの臨時収入も、殆どを貯金に回した。
 しかし全く使わないというのもすっきりしない。
 そこで使い道を思案している次第だった。

「どうせなら意義ある投資がしたいなー」
 馴染みの喫茶店の窓際の席で、海月はテーブルに頬杖をつきながら硝子越しに外を眺めていた。
 ギャンブルで得た金をまたギャンブルに回すというのも面白味がない。
 ならばやはり、ここは傭兵が本分である身としては装備を新調するのがベストだろうか。
「でも装備が良くなっても実力が伴わないしなぁ‥‥」
 悲しい独り言だった。
「それならいっそ、腕の立つ傭兵でも雇って、鍛えてもらったら?」
 そう提案したのは、コーヒーのおかわりを注ぎに来たウェイトレスだ。
 可愛らしい顔立ちながらも小生意気さを匂わせる目付きの少女は、右手でコーヒーを注ぎながら、左手ではバイオレット色の髪の毛の先をくるくると指で弄んでいる。
「ふーむ‥‥なるほど‥‥いいかもしれないね」
 腕組みをして椅子に深く座り直し、短い思案の後、海月は二、三度頷いた。
「あら、採用?」
「うん。ありがと」
 意外そうなウェイトレスに、海月は微笑みかけた。
 ウェイトレスはにっこりと微笑み返すと、すっと手を差し出す。
「‥‥ん? 握手?」
 きょとん、として握り返そうとする海月の手を、彼女はぺちんと叩いた。
「んなわけないでしょ。アイディア料よ、アイディア料」
「なんだよそれ‥‥」
「ギブ・アンド・テイク。基本でしょ?」
「ぬぅ‥‥なんという金の亡者‥‥」
「相変わらずしみったれた性格ねぇ」
 海月が渋々取り出した紙幣を、ウェイトレスはしなやかな手つきで取り上げた。
「毎度あり。っていうか、男ならもっと気風の良いところ見せてよね。そんなだからその年齢でドーt」
「だぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁ!!」
「──うっるさいわねぇ‥‥いきなりなによ」
「なによじゃないよ! 何言ってくれちゃってるの!?」
「事実じゃない」
「事実ならなんでも口にしていいってわけじゃないんだぞ!? っていうかなんで知ってんだよ!」
「いや、てきとーに言っただけなんだけど」
「なんだよそれぇぇぇぇぇぇぇ!!」
 頭を抱えながら絶叫して蹲る海月を一瞥して、ウェイトレスはカウンターに戻った。
 マスターが咎めるような視線を向けてきたが、彼女は知らん顔だ。
(──あー‥‥今日も暇ねー‥‥)
 少女の気紛れな暇潰しに因って、一人の青年の心が深く傷ついた、晩秋の昼下がりであった。

 翌日。 
「──はい。承りました。明日から公開されますので、連絡をお待ち下さい」
 申請された依頼を受理したオペレーターは、依頼人に丁寧にお辞儀をする。
 頭を上げた時には、立ち去る依頼人の背中が目に映った。
 自動ドアを潜って完全に出て行くまで見送ってから、彼女は依頼内容に目を落とす。
「自分を鍛えてくれって依頼も、珍しいわねぇ‥‥かわいい顔して、Mなのかしら」
 お姉さん、ご明察である。

●参加者一覧

アグレアーブル(ga0095
21歳・♀・PN
鳴神 伊織(ga0421
22歳・♀・AA
弓亜 石榴(ga0468
19歳・♀・GP
ベーオウルフ(ga3640
25歳・♂・PN
最上 空(gb3976
10歳・♀・EP
エメルト・ヴェンツェル(gc4185
25歳・♂・DF

●リプレイ本文

「自らの鍛錬を自分から申し出るとは、見上げた根性です!」
 顔合わせをするなり、エメルト・ヴェンツェル(gc4185)は有村 海月(gz0361)の手をがしっと掴んで言った。
「自分でお役に立てるかどうかは分かりませんが、力の限りご助力しましょう!」
「ありがとうございます!」
 青年の熱心な言葉に、海月は嬉しそうに手を握り返す。
 それから、集まってくれた他の先輩傭兵たちにも深々とお辞儀をした。
「今日はよろしくお願いします!」
 初めて会う人達ばかりだが、海月の目には皆一様に頼もしく映る──の、かな?
「ふふふっ、ヘタレで優柔不断なドMが居ると聞き、面白そうなので弄りに‥‥いえ、鍛えに来ましたよ!」
 言い直した上で言い切ったのは最上 空(gb3976)だ。
 台詞もアレだが、服装がまたアレである。
 ねこみみふーどにメイド服、キャットブーツに巨大注射器。
 傭兵としてではないナニカを鍛えられそうだ。
 海月に一抹の不安が過ぎったのを察したのか、弓亜 石榴(ga0468)が、
「ダイジョーブ! 任せて、海月君!」
 自信たっぷりの顔で豊満な胸をぽよんと叩き、
「私も実戦経験は浅いケド、出来る限りのコトを教えてあ・げ・る」
 ぽっと頬を赤く染めた。
 ‥‥一体、何を教えるつもりなのかと。

 さて、肝心の訓練の方だが。
 まず、場所はカンパネラ学園が選ばれた。
 地下に訓練施設がある上、何かと融通が利くのでうってつけだろう。
 次に今日一日の訓練スケジュール。
 午前は海月の能力を確認する為のテストや、基礎トレーニングを行う。
 午後は模擬戦を実施し、その後は反省会、という段取りだ。

 ちなみに訓練に際して、海月はフリル付きメイド服に着替えさせられていた。
「戦闘は何時ドコで起きるか判んない‥‥もしかしたら女装中に巻き込まれる事だってあるかも知れないでしょ?」
 という石榴の言い分によるものだが、そんな状況がないとも言い切れないのがこの世の中である。
 故に海月も固辞し切れず、着る羽目になっていた。
 元が華奢であるから全く似合わないということもないし、第一、女装する能力者もそれほど珍しくはない。
 ‥‥つくづく、能力者というのは不思議な人達と言えよう。
「成長記録は空がバッチリ撮影しますので、大爆笑シーン‥‥では無く、格好良い所を見せて下さいね!」
 カメラ片手に声を弾ませ、メイド服姿の海月を嬉々として映す空もまた、つくづく不思議な女の子である。


 午前の部。
 まずは鳴神 伊織(ga0421)が海月に指示をし、体力測定を始めた。
 持久力、器用さ、俊敏性、反射神経、判断能力、柔軟性等を彼女なりの視点で評価し、ボードに書き込んでいく。
 終盤になるに連れて海月が疲れた顔を見せると、伊織は少々冷ややかに、
「真面目に取り組めないようであれば、止めてもいいですよ? 別にこちらが強制する事でもありませんので」
 と告げた。
 途端、海月は元気を取り戻して測定に励む。
 どうやら冷たい態度に喜んだらしい。

 伊織の次はベーオウルフ(ga3640)が、各種百回ずつの筋トレを海月に命じた。
 筋肉がつきにくい体質とは言え、体作りは基礎中の基礎である。
 本来、能力者であれば楽々とこなせる回数だが‥‥
 ベーオウルフは海月の怠け癖に気づいた。
 疲れ出すと楽をしようとするのがよくわかる。
 ドMらしいが、自分を虐める方面には傾いていないようだ。
 ならば。
 筋トレを終えて疲れた表情を浮かべる海月に、ベーオウルフは人数分の飲み物を買ってくるように命じた。
「但し五分以内に戻ってこい。出来なかったら‥‥解っているな?」
 睨みを利かせると、海月は怯んだ表情を浮かべた。
「準備はいいな? スタート!」
 戸惑いながらも号令と同時に覚醒し、海月は全速力で走った。
 翻ったスカートの下に、『猛クマ注意』と荒々しい書体で書かれたトランクスが見えたが、誰も言及はしない。
 ちなみに履かせたのは、当然石榴だ。

 ──五分数秒後。

 両手にジュースを抱えて戻ってきた海月に、ベーオウルフは、
「遅い!」
 と一喝。
 悲痛な声を上げて膝を付き、天を仰ぐ海月に、
「惜しかったな。午後を楽しみにしていろ」
 そう告げて、彼はにやりと笑った。 


 午後の模擬戦に備えて、一同は休憩を挟んだ。
 主に海月の為である。
 伊織、ベーオウルフ、エメルト、アグレアーブル(ga0095)の四人は、測定した海月の運動能力を元に、模擬戦の内容を話し合っていた。
 あーでもないこーでもないと意見を交わし合う様子を、海月は壁に寄りかかって座りながら聞いている。
 とそこへ、石榴がバナナと蜂蜜を手にやってきた。
「おつかれさまー。差し入れだよー♪」
「うわ、ありがとうございますっ」
 大喜びで受け取ろうとする海月に、しかし石榴は素直には渡さなかった。
 不思議そうな顔をする彼の目の前で、石榴はバナナの皮を向いてそこに蜂蜜を垂らす。
「食べさせてあげる♪ ささ、あーんって口をあけてー」
「はいぃ!?」
「ほら早くー」
 見目麗しき美少女に甘い声で催促されては、海月如きに抗えるはずもない。
 素直に口を開けて間抜け面を晒す海月に、石榴は笑いを堪えながらバナナを食べさせた。
 そして悪戯にバナナを動かしながら、海月が困惑する様子を赤裸々に実況する。
 しかし残念ながらその内容は、公にするには破廉恥すぎたので自粛せざるを得ない。
 石榴、恐ろしい子‥‥!

 そんな一連のやりとりを、しっかりとカメラに収めている美幼女が一人。
 海月がバナナを食べ終わり、一息ついているタイミングを見計らうと、空はとあるロボットを解き放った。
「あぁー、大変です! 暴走したロボットが休憩中で油断している海月の元に、っと棒読みで空は解説を入れてみます」
 半球体のボディからうねうねと蠢くアームを二本伸ばし、三本指の機械の手が海月に襲いかかった。
「なにこれ!?」
 後退る海月。
 だがスカートの裾を掴まれて反動でつんのめる。
 バランスを崩したその隙に、ロボットの手が驚くべきスピードとテクニックで海月をひんむき、半裸にした所で今度はくすぐり始めた。
「ちょ! やめ! ぃははははははははっ!!」
 涙を流して顔を真赤にし、張り裂けんばかりに笑い声を上げて身悶えする海月。
 それをばっちりとフレームに収め、
「ロボットに陵辱されるヘタレ男‥‥新しいですね」
 空は満足そうに頷くのだった。


「必殺技ね」
 午後の訓練を始める前に、アグレアーブルはきゅぴーんと目を光らせ、海月に告げた。
「必殺技、ですか? なるほど‥‥」
 顎に手を当て、海月は真剣な面持ちで考え込む。
 乗り気な海月に、アグレアーブルは助言を続けた。
「大事なのは初撃。これを確実に当てて、怯ませた所に、次は致命打を狙う」
「ふむふむ」
「スキルは何を使えるの? 好みもあれば聞かせて」
「えーっと‥‥」
 話を聞きながら、アグレアーブルはスキルの組み合わせを検討した。
 結果、彼女が提案したのは、『円閃』と『二連撃』の組み合わせだ。
 非力気味な海月にはうってつけと言えるだろう。
「あとは、かっこいい技名とか考えて、叫べばいいんじゃないかしら」
 海月は喜んでその案を受け入れ、早速名前に悩み始めた。
 そんな海月を見ながら、それにしてもと、思う。
(‥‥顔はいいのに、残念な人)
 実に的確な評価である。

 模擬戦を始めるに当たって、石榴は海月に更なるオプションを追加した。
 ネコミミと、語尾に「にゃん」を付けることだ。
 海月に取っては羞恥の極みだったが、なんやかんやと言いくるめられてしまう辺りが、彼の情け無さを顕著にする。
 そして石榴は空と一緒に、カメラを構えて撮影に興じるのだった。

 模擬戦はまず、一対一で組まれた。
 エメルト、伊織、ベーオウルフの順で指導に当たる。

 一番手のエメルトは最初は受けに回り、海月に攻めさせた。
 攻撃が単調にならないようにとの指摘や、狙いが甘いことなどを叱咤する。
 海月が攻め疲れた所で攻守を交代。
 エメルトは力強い攻撃を立て続けに繰り出し、一気呵成に攻めた。
 非力な海月は最初こそ辛うじて防いでいたものの、あっと言う間に防御を崩されて痛打を貰う。
 鈍い悲鳴を上げてあっさりと膝を付く海月を、
「大丈夫ですか?」
 平時とは違う、淡々とした口調でエメルトは慮った。
 けれど海月は、へらりと笑顔を見せる。
「あはは、平気です。痛いのは嫌いじゃないんで。にゃん」
「ははは‥‥」
 そういえばドMだった事を思い出しつつ、手を貸して立ち上がらせる。
 そして海月が忘れない内にと、今の手合わせで感じたことを伝えた。
 エメルトからの的確な助言に、海月は成程と何度も大きく頷いた。

 二番手の伊織は、逃げ回るのが得意な海月の長所を伸ばす狙いだった。
 開始と同時に海月よりも早く踏み込み、連撃を繰り出す。
 最初は速度を抑え気味にし、徐々に回転数を上げ、海月を次第に追い詰めていく。
 海月が防げるぎりぎりの一線を見極めると、後はその速度を維持して攻め続けた。
 チアガール姿の石榴が応援するも、海月はやがて刀を弾かれた。
「ま、参りました‥‥にゃん‥‥」
 海月は音を上げると共にへたり込む。
 汗が噴き出している海月とは対照的に、伊織は汗ひとつかいていない。
 彼女の周囲を取り巻く淡い蒼の光が、涼し気な表情を際立たせていた。
「集中力、特に冷静さが足りませんね」
「はい‥‥」
 項垂れる海月。
 集中を欠いた理由は、石榴が声援に混じえて、
「あ! ミニスカサンタの女の子だ!」
 とか、
「あんな所に親子連れの猫行列が!」
 などと言っていたことにも起因するのだが、その程度で乱れる集中力に問題があるだろう。
 課題がまたひとつ、浮き彫りになった。

 三番手のベーオウルフは、【OR】ドラゴニックスケイルを身につけて海月に向かい合った。
 凶悪な外見に怯む海月に、
「どうした? キメラだと思って全力で来い」
 そうけしかける。
 床に四肢をつけて野獣のような構えを撮るその姿は、凄まじい圧力を海月に与えた。
 午前中に言われたことを思い出し、海月は唾を飲み込む。
 戦慄しながらも、しかし何処か楽しげなのは、やはり彼がMだからだろうか。
 模擬戦の内容は、完全に一方的な展開だった。
 技で立ち向かう海月を、ベーオウルフは圧倒的な力でねじ伏せる。
 その繰り返しは海月が立てなくなるまで続けられた。
「お前には気迫が足りん」
 大の字に寝転がる海月は、全身で酸素を貪りながら「‥‥はい!」と返事を搾り出した。

 海月を一旦休ませていると、姿をくらませていたアグレアーブルが戻ってきた。
 ──檻に入れられた、二体のキメラを連れて。
 どうせなら実戦に近い方が良いだろうとのことで、研究用に捕獲されていた物で余っていたのを借りてきたのだ。
 それ自体は海月も歓迎する所なのだが、彼の表情は青ざめていた。
 何故なら、キメラの外見が彼の大嫌いな苺と茸に類似していたからである。
「『こういうの』好きだって聞いたから」
 淡々と言うアグレアーブルに、海月は全力で首を振った。
 アグレアーブル、無視。
「今日は、頑張ったから、ご褒美」
 檻の鍵を外し、
「存分に、戦って?」
 海月の方へとキメラをけしかけた。

 阿鼻叫喚とは正にこのことだろう。
 そう思えるくらいに海月の取り乱しようは酷かった。
 今日教わったことは何処へやら。
 泣いて喚いて叫んで逃げ惑いながら武器を振り回すだけ。
 とても能力者とは思えない惨めさだ。
「噂通りのヘタレ臭に、ドM属性最高ですね‥‥癒されます」
 などと空はご満悦の様子だったが。
「これは重症ですね‥‥」
 伊織が呆れた調子で嘆息するのも無理からぬことだった。
 結局埒が明かなかったので、キメラは傭兵達が捕獲し直して返却した。
 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった海月の顔を、石榴と空の二人はばっちりとカメラに収めるのだった。

 その後は、海月が落ち着きを取り戻した所で、一対多、多対多などの組み合わせで模擬戦を行った。
 状況に応じた動き方が出来るか、自らの役割を理解できるかを焦点に、何度も繰り返す。
 団体戦に於いての海月は、比較的可もなく不可もなくだった。
「難があるとすれば、指示されれば迅速だが自主性に任せると鈍い、という点だな」
 腕組みをしたベーオウルフが告げる。
「瞬間瞬間に個々の判断も重要になる戦場では、致命的になる可能性もあります」
 伊織は海月に手拭いを手渡しながら言った。
 二人からの丁寧な指摘に、しかし海月は汗を拭いながら、
「うーん‥‥でも自信がないので‥‥優秀な人に従う方が確実ですし‥‥」
 と控えめな口調ながらも異を唱えた。
 その言葉を聞き、アグレアーブルは少し目を細める。
「もしかして、自分が死ぬ筈ない、って思ってる?」
 淡々とした問いかけ。
 海月は一瞬ぞくりとしたが、気のせいか? と思い直して首を傾げ、
「正直、ちょっと想像し難いですね」
 そう答えた。
 次の瞬間、アグレアーブルの赤い髪が膝の辺りまで伸び、瞳が金色に光った。
 そして、先手必勝──高速機動。
 虚を突かれた上にスキルの効果も加わり、海月は殆ど反応できなかった。
 アグレアーブルは海月を押し倒し、馬乗りになる。
 手は首にかけられていた。
 綺麗な爪が海月の喉に食い込む。
「──ギリギリの方が、楽しめるわよ?」
「‥‥はい」
 唾を飲み込んだ喉が波打つ。
 その時の海月の目に宿る光は、恐怖でも怒りでもなく。
 陶酔だった。


 海月が自身の甘さをしっかりと反省した所で、締めとして反省会が開かれた。
 車座に座り、時計回りに感想を述べていく。
 まずはエメルト。
「軟弱な肉体、脆弱な精神は元より、力技への対処が特に問題ですね」
 次に空。
「海月は、休憩時でも周囲を警戒することを学ばねばなりませんね!」
 続いてベーオウルフ。
「筋自体は悪くない。だが非力だな。今後の方針としては、筋力を鍛えながら、バランス感覚も鍛えるように」
 四番目に伊織。
「精神面の脆さが際立ちますね。まずは傭兵としての自覚をしっかりと持つのが良いかと」
 ラス前にアグレアーブル。
「危機感が足りないのと、えむの主張は程々にした方がいいわよ?」
 最後に石榴。
「もっとエロく!」
「いやいやいやいや!」
 思わず立ち上がりかけながらツッコむ海月。
「まあそれはそれとして‥‥了解です! しっかりとメモりました!」
 パタン、と手帳を閉じると、海月は居住まいを正した。
 そして床に手をつき、すっと頭を下げる。
「この経験を確かな糧に、一人前を目指して頑張ります! 今日は一日、本当にありがとうございました!」

■有村海月の簡易成長記録
 各能力が微量に成長。
 精神面がやや成長。
 戦闘時の立ち回り方を学習。
 ヘタレ度が上昇。
 どM属性が大きく成長。
 女装に僅かな興味の芽生え

 ‥‥続く。