●リプレイ本文
──ふっ。と短く息を吐き出し、百地・悠季(
ga8270)は全力で脚を振り抜いた。
強烈な蹴撃を受けたキメラは、鮮血の尾を引きながら吹き飛ぶ。
悠季はすかさず追撃し、ラサータを振り下ろした。
三本の超圧縮レーザーを杭の如く打ち込まれたキメラは、もがくように数度の痙攣をしたが、やがて動きを止め‥‥静かになった。
ふぅ、と息を吐く。
とそこで、先程までキメラの下敷きになっていた野宮 音子(gz0303)が、感謝の声を掛けてきた。
微笑みで応えた後、
「これでお終い、ご苦労様ねえ」
と告げる。
そんな悠季の笑顔に釣られたのか、音子はへにゃりと、頬を綻ばせた。
山林を出た所で仲間と合流し、労いの言葉を交わし合う中で、
「‥‥ん。怪我は無い?」
最上 憐(
gb0002)が音子を気遣った。
照れ笑いを浮かべながら「大丈夫」と音子は答える。
「今なら。大量に。消毒液とか。掛けられるよ?」
「いやいやいや! 大丈夫だから!」
「‥‥ん。わかった。でも。音子。勘が。鈍ってるね。今度。皆で。スパルタ特訓とか。必要かも?」
「うっ‥‥! そ、それは確かに‥‥」
痛い所を突かれ、思わずたじろぐ。
「えと、音子さんもモコモコブーツ履けば完璧だったと思うのですっ」
見兼ねたヨグ=ニグラス(
gb1949)のフォローに、音子は一瞬顔を輝かせるが、
「まあ、準備も含めて実力の内ですけどね」
終夜・無月(
ga3084)にさらっと現実を突きつけられて、瞬時に沈められるのであった。
能力も戦果も段違いの相手に言われてしまえば、反論の余地もない。
「まあそれはそれとして」
ぽん、と軽く手を打ち合わせ、
「宿に戻りましょうか」
皆を促したのは、風月 明菜(
gb3685)だ。
異を唱える者がいるはずもなく、一同は彼らを待つ温泉へと足を向けた。
宿に着くと、新井田 銀菜(
gb1376)も丁度戻ってきた所だった。
「瓦礫の片づけお疲れ様でしたっ」
にぱーっと笑顔で、ヨグが声をかける。
「はいっ。おとーさんに頑張ってもらいましたっ」
大切そうに親機械γを撫でて、銀菜もほわわっと微笑む。
素手で運ぶには大きすぎる瓦礫等は、親機械γで細かくした次第だ。
地味ながらも根気のいる作業であったが、可愛らしいお嬢さんが摩訶不思議な機械と怪力を駆使しながら瓦礫の山を撤去する様は、いつの間にか見物人が出来て何故か温泉まんじゅうが売られるほどだった。
「じゃあ、お腹も空いたけど、やっぱりまずは温泉で汗を流すのが先だよねっ」
ぐっと拳を握って力説したのは、誰あろう音子だ。
「音子ー?」
ジト目で彼女を見る悠季。
「な、なに!? べ、別に変なことなんてこれっぽっちも考えてないよ!? ほんとだよ!?」
この人は『語るに落ちる』という言葉を学習した方がいいとだろう。
「まあお食事の時間までは余裕がありますし、各自で好きな時間に入りましょう」
銀菜がしどろもどろな音子に助け舟を出し、取り敢えず場は収まった。
さっきからフォローされてばかりの音子である。
いい年して大丈夫なんだろうか。
ともあれ、何をするにしてもまずは着替えということで、七人は部屋へと戻ることにした。
◇
しゅるる、と、衣擦れの音。
皆に先んじて一足早く温泉に入り、そして既に上がった者が一名。
浴衣に包まれ、湯上りで赤く上気した肌が艶かしい光沢を放っている。
しっとりと濡れた銀の髪が、ルーズにはだけられた浴衣の胸元に一房落ちる。
「ふぅ‥‥こんなにゆっくりしたのはいつ以来でしょうか‥‥」
色々な事情を考慮して多少急いで入ったとは言え、常に戦場に身を置く立場にしてみれば当然の感想だった。
髪を乾かすためにドライヤーを使おうと、洗面台の方へと向かう。
とそこへ、軽快な歌が聞こえてきた。
「ふんふんふーんっ。おっ風呂ーおっ風呂ー露っ天風呂ー♪」
『男湯』の暖簾をくぐって脱衣所に入ってきたのは、ヨグだった。
しかし脱衣所に居たのは、パッと見、美しい女性。
「し、失礼しましたぁぁぁぁぁぁぁ!?」
頭の中に大量の疑問符を発生させながら、ヨグは物凄い勢いで引き返した。
「‥‥ちょっと、のんびりしすぎましたか‥‥」
言いながらも、さして気にした様子もなく呟いたのは、無月だった。
今の彼の姿形は、女性である。
無月は就寝時以外は、習慣として常時覚醒している。
かと言って女湯に入るのは倫理的に問題があり、さりとて男湯に堂々と入るのも憚られる。
故に、先に入ってさっさと上がってしまえばいいと考えたのだが‥‥。
しかしこういう場合、ヨグの役得と言って良いのだろうか?
判断の難しい所である。
さて。一方、女湯の方では。
五人が一緒に入る形になっていた。
断じて音子がせがんだ訳では無い。
「極・楽・浄・土!!」
断じて、せがんだ訳では無い。
「目隠しが必要かしらね‥‥」
至極真っ当な心配をする悠季に、
「non!!」
断固拒否の音子。
「なんでフランス語なんでしょう?」
明菜の尤もな疑問に、
「‥‥ん。それは。音子が。バカだから」
憐があっさりと回答する。
「まあまあ。変なことしない内は、大目に見てあげましょう」
「さすが銀菜ちゃん!」
ささっと銀菜の後ろに回り、悠季に向けて舌を出す音子。
悠季は頭を押さえる仕草をして、深々と溜め息を吐いた。
「はぁ‥‥まあいいわ。それより、さっさと身体を洗っちゃいましょう」
どうせいざとなると日和るのが音子だ。
実際、皆で背中を流し合う段階になると、途端に縮こまる有様だった。
「どうしたの? 音子。もっと力入れてもいいのよ?」
「えっ!? う、うん‥‥」
悠季が促しても、背中を擦るスポンジの感触は控え目なままだ。
その音子の背中を洗う憐は、
「‥‥ん。音子。何か。ちょっと。筋肉。落ちた?」
と首を傾げた。
「え? うーん‥‥どうかなぁ」
「‥‥触って。確かめさせて。貰おうかな」
「えっ!?」
するするっと、憐の小さな手が音子の脇腹から下っ腹の辺りをなぞる。
「ひぁっ」
「‥‥ん。贅肉」
もにん、と憐の指が肉を摘んだ。
「やめてーっ!」
割と本気な、音子の悲鳴。
「楽しそうですねー」
にこにこと笑いつつ、ごしごしとマイペースに明菜の背中を擦る銀菜。
「たまにはこういうのもいいですよね」
憐が音子をいじり倒しているので手持ち無沙汰になりつつ、心地良さそうに『はぅ』と息を吐く明菜。
実に平和な光景であった。
◇
女性陣がお風呂を上がって一休みした頃、折良く食事の時間と相成った。
ずらっと並べられたお膳と、各種飲料。
「未成年は禁酒よ」
どーん、という効果音が付きそうな迫力で、しっかりと先制の釘を差したのは悠季だ。
未成年たちに酒を勧めようとしていた音子は、出鼻を挫かれた格好で『ぐぬぬ』と呻く。
「ったくあんたは‥‥お酌ぐらいしてあげるから、こっちに来なさい」
それはどちらかというと監視という意味合いの方が大きそうなお誘いであったが、解っていても断れるほど音子の意思は強くない。
「ご一緒させてもらってもいいです?」
「あら、勿論よ」
伺う無月を、悠季は当然とばかりに歓迎する。
意図したかどうかは定かではないが、二人で音子を挟む格好で座った。
「なんか‥‥両手に花だけど、薔薇というかなんというか‥‥」
音子は微妙に複雑そうだ。
そんな思考に陥る音子とは関係なく、純粋(?)な少年少女たちは眼前に並ぶ食事に注目している。
「‥‥ん。さすが。海の宿。魚介類。海鮮料理が。盛り沢山」
憐は満足そうに何度も頷き、
「美味しそうですね〜。あ、これ大好物なんですっ」
銀菜も目を輝かせている。
「これは‥‥憐さんに奪われないように気を付けなければっ」
ずずずっと、気持ち程度に膳をずらすヨグだが、うん、まあ、無駄な抵抗なんじゃないかな。
「‥‥ん。活け作り。刺身。鍋。アッチには。マグロのカブト焼きも。ある。豪華だね」
いたいけな少年の心を知ってか知らずか、憐は何から食べようか迷うように視線を彷徨わせている。
「せっかくですから、心行くまで楽しんで食べたいですね」
とは明菜の言葉で、正しい意味で心行くまで楽しむには、若干の不安材料が含まれている気もするが‥‥果たして。
で。
「ネコちゃん! 帯! 帯!」
「ふふふ‥‥いいじゃないですか、多少はだけたところで」
「終夜さん、変なこと言わないで下さいっ」
「ちょっと飲ませる量を間違えちゃったわね‥‥」
「百地さん! そっち押さえて下さいっ」
「あっ、ちょっ、憐さんそれボクのカニですよっ」
「‥‥ん。カニ? 何処?」
「あんな肉厚なカニの身が一瞬で‥‥!?」
「あの、最上さん、よかったら、そちらのとこれ、少しだけ取り換えっこしていただけませんか?」
「‥‥ん。オッケー」
「ボクの時は即却下だったのにー!」
「ヨグくん〜おねぃさんが慰めてあげるよぉぅ〜」
「わわっ、音子さん!?」
「ネコちゃん! 年頃の男の子にそんなしなだれかかったらダメですっ!」
「音子さん、もっと色っぽくいきましょう」
「無月さんに言われたらやるしかないなぁ〜」
「だ、誰か助けてー!」
「‥‥美味しいわね、この赤貝のお刺身」
「百地さん! 逃避しないで下さいーっ!」
後に、貸切で本当に良かったと、誰もが思ったとかなんとか。
◇
──軽快な音が、弾むようなリズムで繰り返されていた。
それを何処か頭の遠い所から聞く感覚で、ぼんやりと意識をたゆたわせる。
時折、少年の声で「うわー!」や「また負けたー!」という嘆きも混じっている。
「‥‥あ、目が覚めました?」
音子が意識を覚醒させると、視線の真上に銀菜の顔があった。
「あ、あれ‥‥?」
驚きつつ身体を起こそうとするが、その肩を銀菜がそっと押し留める。
「もう少し休んでていいですよ」
どうやら、ベンチに座る銀菜の膝枕のお世話になってるらしいと把握し、音子は素直に甘えることにした。
視線を移すと、台を挟んで無月とヨグがピンポン玉を打ち合っている。
ここは卓球場らしい。
「卓球の音だったのかぁ」
その呟きが聞こえたのだろう。
「‥‥ん。音子。起きたなら。卓球やれば? そして。ポイント取られる度に。一枚。服を脱ぐとか」
憐が淡々とした口調の中に悪戯っぽさを潜ませて、提案してきた。
「いやぁ、流石に遠慮しとくよぉ」
はしゃぎ過ぎを自覚したのだろう。恥ずかしそうに音子は断った。
卓球の勝負は、どうやら無月が圧勝を繰り返しているらしく、ヨグが心折れた様子でくずおれている。
「うぅ‥‥長いものに巻かれよ戦法、失敗でした‥‥」
「ありがとうございます。良い勝負でしたよ」
そう言って無月は微笑んだが、本心にも関わらず、社交辞令にしか受け取れない悲しさがある。
「‥‥ヨグさん、ボクと勝負しましょうか?」
見兼ねたのだろう。明菜がおずおずと申し出た。
「お願いします! ふふふ! 負けた分のジュースを取り返させてもらいます!」
無月と相対していた時の弱気は何処へやら。
一転して強気な態度になるヨグであった。
「‥‥ん。それじゃ私は。お土産売り場を。少し。偵察。そして。味見。運が悪いと。饅頭とかが。壊滅するかも」
「それは美味しい方がいいのか程々な方がいいのか、判断に迷いますね‥‥」
たらりと一筋、汗を流す銀菜。
どちらとも取れる無言の視線を残し、憐は卓球場を後にした。
料理が美味しかったのだ。土産物も当然‥‥あとはもう、語る必要もないだろう。
それからしばらくの間、銀菜と音子は他愛のない言葉を交わしながら、ヨグと明菜の試合を観戦していた。
音子が声のトーンを変えたのは、選手二人が自販機の方へ行った時だった。
「‥‥銀菜ちゃん」
「‥‥どうしました?」
「‥‥んー‥‥」
言い淀んだ後の、長い沈黙。
見上げると音子と、見下ろす銀菜。
音子の唇は何度も言葉を紡ぎかけ、そして止めた。
「‥‥んーん。なんでもないや」
「‥‥はい」
微笑む音子に、微笑み返す銀菜。
「そろそろ戻ろうか」
言うなり身体を起き上がらせ、音子は立ち上がった。
酔いもすっかり冷めたようで、足取りも確かだ。
「そうですね。戻りましょう」
◇
ぼちぼち就寝も視野に入れる時間帯だったが、寝るのを惜しんだのか、特に申し合わせたわけでもなく、大部屋に七人は集まっていた。
卓球で汗をかいた者はもうひとっ風呂浴びてきたので、まだその温度が残っている様子だ。
窓側では、無月と音子が日本酒を嗜みながら、月を見上げている。
絵になる‥‥と言うには、少々音子の方に品が足りないか。
ともあれ、他の皆も思い思いに歓談していた、そんな折、
「‥‥ん。議題。音子は。ちょっと。筋肉が。落ちて。贅肉が。付いたかもに。関して」
憐が唐突に音子に矛先を差し向けた。
「確かに。傭兵にして少々頼りないですね」
無月がすかさず援護射撃をする。実戦同様、隙がない。
「うっ‥‥ぐっ‥‥」
「ボクの方が強そうに見えますよね! ね! 明菜さん!」
更にヨグが追撃。
同意を求められた明菜は、
「‥‥え? あ、ごめんなさい。なんですか?」
かくり、と船を漕いだ所で、はっと目を覚ました。
実際普通に眠かっただけなのだが、それが絶妙の間だった為、ヨグの追撃を見事に不発に終わらせる格好となった。
「あはははは!」
ここぞとばかりに腹を抱えて音子が笑う。
「う〜!」
ヨグはこれで引き下がってなるものかと思ったのだろう。
「ふ、ふふ‥‥知ってますよ‥‥音子さん、お化けが苦手ですよね?」
「‥‥え?」
「この宿の近くの話しなんですが──」
「やだー! あーあーきこえなーい!」
耳を塞いで声を上げる音子と、そんな彼女に怪談話を聞かせようとするヨグ。
すると無月が気配を消して音子の背後に忍び寄り、耳を塞ぐ手を外させた。
「うにゃぁ!?」
「ナイスです!」
「いやぁーだぁー!」
とても二十代半ばとは思えない反応である。
やれやれ、と言いたげな表情で、しかし悠季は生暖かくその様子を見守り、騒々しいにも関わらず、明菜はいつの間にか布団に潜り込んでいて、銀菜は──
静かに、部屋を後にしていた。
少し離れた場所にある、自分の一人部屋と戻ったのだ。
パタン、と扉を閉めて、
──本当は、皆と一緒の部屋がよかったのですが‥‥こんな顔、見せられ、ませんよ、ね。
彼女はぽつりと、胸の中で呟いた。
かくして、旅館の夜は賑々しくも、何処か哀愁を帯びた気配を含みながら、ゆっくりと更けていった。
ちなみにその後、音子に怪談話を聞かせたヨグは、彼女を驚かせようとこっそり廊下に待機していたのだが‥‥
結局、怖がらせ過ぎたせいで音子は布団に引きこもり、部屋から出ることはなかった。
無論、ヨグも途中で諦めて部屋に戻ったのだが、彼は一人部屋である。
──翌朝、眼の下にできた隈を、ヨグは必死に隠す羽目になるのであった。