●リプレイ本文
●エルドラドの置かれている立場
「さて、まずはここからですね」
事前に調べておいたシカゴ名士の屋敷の一つを眺め、綾野 断真(
ga6621)は愛車のジーザリオを止める。
「それではいくとしようか」
ラストホープからの名産品を片手にUNKNOWN(
ga4276)がスーツ姿のキョーコ・クルック(
ga4770)をつれて断真のジーザリオから降りた。
「健闘を祈りますよ。さすがにジープでは体裁悪いでしょうから終わり次第連絡してください。その間にいろいろ雑務してきますから」
「吉報を待つがいい」
ボルサリーノを被りなおしたUNKNOWNは断真に不敵に笑いかけるとキョーコをつれて屋敷の中へと入っていく。
手入れされた庭、輝く食台‥‥贅沢を絵にしたような屋敷の中に仕立てのいいスーツを着た男がいた。
「アポイトメントの受理感謝するよ。私は”五大湖で最後までシカゴ解放諦めなかった男”だ」
帽子を取り、最低限の礼儀でUNKNOWNは挨拶をする。
名士の方は値踏みするような目でUNKNOWNを眺めると軽く顎で座れと示した。
ソファーに腰掛ける前にキョーコが菓子折りとコーヒー、そして事前にまとめたエルドラドの現状資料をだす。
「エルドラドは建国時の遺恨からUPCにも援助を受けられないでいますが、現在バグアとは一切関係ない国です。それにエルドラドを作ったのは大人達であって子供たちに罪はありません。どうかエルドラドの子供達の為に力をお貸しいただけないでしょうか?」
「いきなり直球の要望をだしてきたね」
名士の男はキョーコの説明を聞きながらも葉巻を咥え、火をつけた。
「彼らはまだ平和な国を諦めていない――私もシカゴ解放と同じ様に諦めん」
UNKNOWNの煙草に火をつけて名士をじっと見つめる。
「事情もわかる、理念もわかる‥‥だが、世間ではエルドラドを国として認めていないものを公に認めることはできない」
名士から出された答えは否定だ。
「どうかエルドラドの子供達の為にお願いします」
難色を示した名士に大してキョーコは土下座をするが、UNKNOWNはそのまま部屋を後にしようと歩いた。
「認めることはできないが、否定するつもりもない。施設の貸し出し許可はだせないが、ビラ配りなどは自己責任でやってくれ」
名士はUNKNOWNの背中に向かって言葉を投げかける。
「ありがとうございます」
キョーコは去り行くUNKNOWNに変わって礼をすると一歩踏み出した。
●浮かべるビジョンは‥‥
「まさか、取材まで受けてくれるとは‥‥」
演説を行うにあたって挨拶をとある出版社を訪れた木場・純平(
ga3277)だったが、ついでに記者まで連れてきている。
「えっと、変ではないでしょうか?」
急な取材といわれて、困りながらユイリーはアンジェラ・ディック(
gb3967)に不安げな視線を向けた。
「元軍人としてではなく1人の手伝える立場の有志であるアンジェラ・ディックとして保障するわよ。大丈夫」
アンジェラはユイリーへ指を立てて太鼓判を押す。
「それでは取材を始めさせてもらってもよろしいでしょうか? まずは、学校建設について意見の方を」
公園のベンチという場所で記者がユイリーにマイクを向けた。
「今のエルドラドには子供達や老人達がメインです。子供達は今働くことが当然となり、学ぶことができていません。知ることは間違いを減らすことになります」
エルドラドの歴史の中で、何も知らずに流れるままに過ごしてきた子達に不安をユイリーは抱いている。
「間違いを間違いといえる、与えられる情報を判断するためにも教育は必要なんです。エルドラドは今、バグアとは何のかかわりもありませんが、その事実を知らなければ皆さんは信じることはできないですよね?」
否定ではなく、仕方のない現状をそのままユイリーは訴えた。
「確かに、私達はUPCを信じるしかできない人間の方が多いです。貴方達のことを全て学んだわけではありませんから」
記者はユイリーの言葉を受け止める。
「だから、私はお互いを知り合え、分かり合える学校にしたいんです」
ユイリーの力強い声を聞いた水理 和奏(
ga1500)は自分の過去を浮かべ思いにふけた。
(「僕は学校が嫌いだけれど、ユイリーさんのいう学校ができるなら‥‥」)
一歩はなれた場所でわかなはぎゅっと自分の体を抱きしめる。
いろんないじめを受け、学校というもの自体が嫌いなわかなだった。
だからこそ好きになれるような学校を作って欲しい。
「もちろん学校には避難所としての役目もあり、制服などによる国内の工業需要になることもあわせての考えです」
ユイリーはそのまま学校建設への強い意欲を記者に話し続けた。
●演説一日目
「下準備に時間‥‥かかりました」
終夜・無月(
ga3084)は三島玲奈(
ga3848)と共に演説周りをする5箇所の調査をしたが結局他の人の準備やチラシ配りなどを終えると1日が終わっていた。
滞在時間は5日だったが、結局演説で回れるのは1日1箇所の計4箇所が限界となる。
そして、今日がその一日目だった。
「そろそろ時間だね。ユイリーがんばって、私達が守るから」
「‥‥そう、ですね」
三島の言葉にユイリーは素直に頷けない。
緊張なのか、それとも別のことなのかは一緒にいたベルディット=カミリア(gz0016)にも判断がつかなかった。
大勢の人が集まりだす時間帯だというのに、人の集まりはそれほど多くない。
それでもユイリーは無月から借りたマイクを片手に木箱の台の上に立ち、一礼をした。
「皆さん、私はエルドラドの代表、ユイリー・ソノヴァビッチです。今日は皆さんにお願いがあってこのシカゴへとやってきました‥‥」
断真に言われたようにできる限り前を向き、メモを少し見ては顔を上げてユイリーは演説をはじめる。
「お時間宜しければ‥‥聞いて行って下さいませんか?‥‥」
演説の間も無月は通りかかる人へと声をかけ、チラシだけでも渡していった。
そんな流れで二回ほど行ったが、募金などはまばらという結果で初日は終了する。
●演説二日目
「今度はここか、朝の時間が一番多いってのも大変だね」
キョーコが二日目の場所、オフィス街近くの公園に持ち出してきた写真を貼ったパネルをたてていく。
写真にはクリスマスを楽しむ子供達の姿が映っていた。
朝も早い時間、ユイリーもまだ疲れの取れない顔をしながらも訂正を施した原稿を読み直している。
「無月殿が聞き込んだ感じだと、ここが一番エルドラドに対して否定的なようだから、警戒だけは十分に」
アンジェラの言葉に能力者達は頷き、準備を整えた。
その言葉どおり、演説に集まる人は両手で数えるくらいしかいない。
少し離れた場所にいる純平も肩を竦めた。
「それでも‥‥やめるわけにはいきません」
ユイリーは自らに言い聞かせるようにして木箱の壇上へ立った。
「私は‥‥」
「バグアの犬め! 俺達をよくも裏切ってくれたな!」
「また俺達を巻き込んで自分は傭兵に守られてのうのうと高みの見物か? ふざけるな!」
挨拶を始める前から、罵声が飛んでくる。
「ずうずうしいことは百も承知です‥‥一年前、このシカゴから私の人生は変わりました。エルドラドはバグアにもUPCにも属さない国として立ち上がっていたんです」
罵声にしり込みしそうになるも、ユイリーは踏みとどまって演説を続けた。
「しかし、結果的には世界の人に理解されないまま国は崩壊してしまいました。ですから、私は理解してもらおうとこうして来ているんです」
ひゅんと演説を続けるユイリーに向かって何かが飛ぶ。
三島がレイシールドを掲げて飛び出してそれを受け止めた。
レイシールドにぶつかったのは銃弾ではなく、生卵である。
「ほら、みろ! あんたはちゃんと守られているからそういうことがいえるんだ!」
卵を投げたであろう男は吐き捨てるようにいうと、その場から去っていった。
公園から一人去り、二人去り、そして誰もいなくなる。
「夕方に‥‥賭けましょうか」
ユイリーはぎこちない笑顔を能力者達に向けた。
●その夜の出来事
「世間のイメージはそう簡単にかえられないようだねぇ」
夕方に行った二回目の演説の時、騒ぎで壊されたパネルをホテルの一室で修繕しつつベルディットは紫煙を吐く。
この地区での募金は0だった。
「難しいのはわかりきっていたことだ‥‥交渉相手と連絡が付かないのはいささか残念だ」
UNKNOWNもまた自分の高級煙草をふかす。
「もっと別の方向を模索しなよ。また、あんた勝手に道具とか買うつもりじゃなかっただろうね?」
「さすが、赤いのだ。察しがいいな」
「一ついっておくが、エルドラドで何が育ちどんな道具がいるかもわからんのに勝手にモノを送ってユイリーが喜ぶと思うのかい? 機械を買っても使う人手はどうするのさ」
ベルディットの少し棘のある言い方にUNKNOWNは反論しようとしたが、理解もできるため押し黙った。
「それに、これからあの子に国を任せていくんだろ? 買い付け交渉とかもできるようにしなきゃならないのなら甘やかせるのも親心としてどうかとあたいは思うよ」
「‥‥そういう考え方もあるか。では、支援ではなく対等な相手として彼女をみるとしようか」
少し考えたUNKNOWNはそのまま部屋を後にした。
●演説三日目
「この地区は比較的安全なようだな」
「うん、きっと募金も上手くいくよ♪」
この日、2回目の演説というのに大勢集まってくる様子をみて、純平もわかなも人集めに安堵する。
前日の夕方の演説は大きな暴動があり、総出で取り押さえに回っていた。
「楽しい学校建設のためにご協力お願いします」
セーラ服姿のわかなは手製のパンフレットを訪れた人に配る。
演説の前から、多くの人が集まりユイリーを取り囲んで話をしていた。
「ほら、ユイリー時間だから早くやらなきゃ、話の続きはあとでね」
キョーコにせかされてユイリーは壇上に立って語りだす。
三日目となる今回は声の通りもよく、見渡せる位置にいる純平の下まで声が届いていた。
(「一番いい結果になりそうだな」)
『シカゴも大変な状況であることはわかっています。そのために一年前、私は解放署名運動をこの地でしました。でも、まったく支援のない国だってあるんです。自分達が選んだ道だからと思うかもしれませんが、少しでもいいんです。私達に希望を抱かせてください』
ユイリーが演説を締めくくると共に礼をする。
断真が拍手を送りだすまでもなく、多くの拍手がユイリーに向けられた。
「子供達にいい学校を提供するために募金頼むよ」
拍手の中、キョーコが募金箱を手に呼びかけると次々と手持ちの少ない金ながらいれていく人がいる。
暖かい空気が夕方の公園に生み出された。
しかし、その空気が一つの音で砕ける。
「ユイリーさん!」
ベンチに座ろうとしたユイリーが地面に倒れこんでいた。
断真が駆け寄り、顔色を確認するがとても青い。
「ほら、救急車呼ぶから応急手当してな!」
ベルディットが携帯電話を片手に駆け込み、現場は騒然とした。
●演説最終日
翌日、ユイリーの代わりに壇上に立ったのは三島だった。
無月から借り受けたマイクを持ち、一礼をする。
『私は三島玲奈です。ユイリーさんの代わりに皆さんにお話をしたいと思います』
十数人程度集まっている公園に三島の声が響いた。
『私は政治とか難しい話は判らないけど、親バグアだろうが何だろうが子供に罪は無いと思うよ。だから、学校建設に協力してほしい』
『子供にも多少罪がある? うん、そういうなら善悪を勉強する場所が必要だよね? 違うかい? そこの貴方』
ユイリーの視線が話を聞いている一人の男性に向けられる。
男性の方はどう反応したらいいのか困ったような表情だ。
『ここにあるコーヒー。今は占領下のタンザニア国境にある最高峰がキリマンジャロで高温多雨で珈琲が良く育つ場所で取れた貴重な豆だよ。こういう地理も勉強しないと判らない』
もってきたキリマンジャロ・コーヒーを手にして三島は話を続ける。
『将来、エルドラドの子供から優秀な能力者が出てシカゴ開放に貢献してくれるかも知れない。でも、シカゴの地理を知らなきゃそれも出来ないだろう』
『私たち、若者には無限の可能性がありる。エルドラドだのシカゴだの小さい視点はよしませんか?』
『回りまわって、シカゴの子供たちの為、地球の子供たちの為、そして大人の皆さんを支えてくれる若い人たちの為になるんだ』
『だから皆さん、協力してください。お願いします』
三島が礼をして締めくくるとアンジェラがさりげなく拍手を送った。
呼応するかのように一人、二人と拍手がおき最終日の演説はいい形で締めくくられる。
シカゴでの四日間の募金総額は100万Cだった。
能力者達もそれぞれが寄付を行い、学校が2つは建てれるほどの資金が集まる。
主導者ユイリーが慣れない演説まわりで倒れたことを除けば十二分の成功といえる結果だった。
●契約
「ユイリーすまない」
病院のベッドで横になっているユイリーを訪ねたUNKNOWNの第一声は謝罪だった。
「私の方こそ、せっかく‥‥手伝ってもらったのに、こんなことで」
UNKNOWNの謝罪にユイリーは目を伏せて首を振る。
か細い腕に栄養剤の点滴がうたれている。医師の判断は過労と睡眠不足とのことだ。
募金を成功することばかりにこだわり、ユイリー自身のことを気遣ってやれなかったことをUNKOWNは悔やむ。
「募金も十分に集まった。学校建設は十分できるだろう」
「よかった‥‥わかってもらえて」
後悔を悟られないように変えた話題にユイリーは喜び、微笑んだ。
「それともうひとつ。君と契約をしたい」
UNKNOWNがユイリーの前に出したのはアタッシュケース。
中には詰めれるだけ詰めた金が入っている。
「けい‥‥やく?」
「そう、この中の金は寄付でも、善意でもない。私達の未来への投資だ」
唖然とするユイリーにUNKNOWNは契約書をだした。
「エルドラドをいい国にしてほしい」
「わかりました」
ユイリーは体を起こし、契約書へとサインをする。
黄金郷の改革はこの日、この時から始まった。