●リプレイ本文
●いんたーみっしょん
「暑さで倒れでもしやがったら、大変でありやがるですから」
アイベックス・エンタテイメントのブースに去年のコミック・レザレクションで配られたスタッフジャンパーを羽織ったシーヴ・フェルセン(
ga5638)がカートを引いてブースの方へと搬入を始める。
「おはようございます、今日はスタッフとしてがんばらさせて貰います」
眼鏡をかけ、ツインテール姿の水無月 春奈(
gb4000)が準備を進めるシーヴや他のアイベックス・エンタテイメントのスタッフへ恭しく頭を下げ、差し入れの飲み物をスタッフへ手渡す。
「ありがとうございます‥‥それにしても、この雰囲気はまさに戦場ですね。昔、軍に所属していましたから避難誘導とかは得意ですよ」
クッキーを受け取った有志スタッフの一人、クラーク・エアハルト(
ga4961)はクッキーを受け取りながら微笑む。
「本当の戦場じゃありませんし、参加者は一般人ですから銃とか武器とか持ちださないでくださいね? 無いとは思いますけど‥‥見つかったら出入り禁止になりますから」
クラークの言葉を冗談と受け取ったか、ライディ・王(gz0023)は笑いながら打ち合わせに戻っていく。
今回は多くのアイドルがイベントに参加することになるため、各自のポジションの把握やDVD−BOX、CDの数合わせなどやることが一杯あるのだ。
「ライディ大変そうでありやがるですね。少しでもシーヴが頑張って負担を減らせたらと思うです」
忙しく動き回る恋人の背中を眺めていたシーヴだったが、荷を降ろすとフロアガイドポールでもって整理列を確保した。
去年と比べ出入り口に近い場所でのブースであり、最悪屋外への行列も考えなければならない。
「おうおう、皆元気にやっとりゃぁか? 去年よりも人が来ると思うでよ、気合入れて夏を乗り越えるがね」
シーヴの思案時間を断ち切るようにアイベックス・エンタテイメント社長の米田時雄がいつものアロハスタイルでブースの方へを足を運んできた。
傍らにはALPからの脱退届けを出したソフィリア・エクセル(
gb4220)の姿もある。
一身上の都合ということで出したソフィリアだったが、一言お詫びを言いたい人がいるとのことで米田が計らいの元、開場前にきているのだ。
「ヴェロニクさんにはすみません‥‥折角Duoを一緒にやってもらったのですが、私はALPから脱退することにいたしましたの」
「えー、ソフィリアさん、脱退されちゃうんですか? ‥‥寂しくなります」
ソフィリアが一言伝えたい相手であったヴェロニク・ヴァルタン(
gb2488)は驚きと共にしゅんと小さくなる。
「出会いがれば別れもありゃあて。おみゃあさんにもまだまだ可能性はあるからそれを俺は発掘していきたーよ」
米田がヴェロニクを元気付けるかのように肩を叩くとにっと笑った。
「はい‥‥でも、これから再編成をするという話もマネージャーさんから聞きましたけど‥‥」
「それです、それ! そのことでウチの胸がしくしく痛むのです」
ヴェロニクの質問に割り込む形で常夜ケイ(
ga4803)が割り込んでくる。
個人活動では歌を多く歌ってきているがIMPとしての仕事は中々つかめておらず、リストラされないか不安だった。
「詳しい話はステージのときにお客さんにもわかるように説明すりゃあて、まずはやれることを手伝って欲しいがね」
米田は二人にウィンクを返すと企業ブースの一角に設けられたイベントステージへと足を向ける。
「はい、わかりました! 体力には自信ありますからリハーサルの準備でも手伝いますよ!」
先の見えない不安はあるにせよ、今は目の前の仕事を片付けようとヴェロニクは自らを鼓舞して準備を進めるのだった。
●売り出し始め
「アイベックスエンタテイメントのブースはこちらでーす。ライブ映像なども封入されたDVD−BOXも販売されています。先日リリースされたALPの合宿行進曲もありますので見て行ってくださーい」
夕凪 春花(
ga3152)が薄手の生地で作られたサンタ服で『真夏のサンタ』というイメージで売り子をはじめている。
事前にアイドルの売り込み時間を宣伝していたこともあり、長い行列が出来ていた。
「CDお買い上げありがと。あ、サインとかは後だから今回は頼んでもかかないよ‥‥かかないったらかかないんだからねっ!」
販売スタッフとしてなのか普段着のままのジーラ(
ga0077)がツンデレ気味に訪れたファンの相手をする。
ファンには盛況であり、ジーラにツンデレられたいファンの列が長くなった。
「あっつい中ありがとねー、今日は湖春と呼んじゃダメだぞー。他の子たちの列にも並んでよー」
ジーラのようにファンとの交流を楽しむのは他にもいるようであり、葵 コハル(
ga3897)もファンを茶化すようにしながら盛り上げる。
男の子っぽい格好の多いコハルだが、今日はホルターネックのノースリーブにタイトスカートと女性らしい姿だ。
並びたくないと早めにと思って出てきた漸 王零(
ga2930)と王 憐華(
ga4039)だったが、上の上をいくヲタクに先を越され仕方なくならんで昼前にはなんとか購入にいたった。
「早めに会場に並んでもこんなに行列なんて‥‥予想していませんでした」
巫女服のような衣装な上、人ごみにもまれ着崩れた憐華の姿は扇情的である。
「次は‥‥早く来るか‥‥知り合いのスタッフに融通してもらえないか頼んでみるようにしようか?」
王零は憐華の手を繋ぎながらも、扇情的な姿に視線が集まるのを感じ守るように抱き寄せた。
「うぅ、酷い人ごみでした‥‥」
一方、ブースの外では行列を乗り越え、DVD−BOXとCDを一通り買い揃えたイリアス・ニーベルング(
ga6358)は正月の出来事を思い返していた。
「あの時も凄かったですし、ライブで由稀さんの歌を聴いてもいましたけど‥‥由稀さんの成果に触れたことってあまり無かったかも‥‥」
イリアスは大事そうにCDを手にとり『鷹代 由稀(
ga1601)』の名前を確認する。
大切な恋人としての姿ではなく、イリアスと出会う前の由稀の姿がそこにあった。
「ライブの時間が来ますね‥‥」
時計を確認したイリアスは並んでいるときに受け取った整理券を握り締めてライブを行うステージへと足を向ける。
大好きな人の晴れ舞台を心に刻むために‥‥。
●お約束っ!
『御来場の皆さん、こんにちは。もうまもなくIMP、そしてALPのライブが始まります。そこで始まる前に少し私にお付き合いしていただきますようお願いします!』
カンパネラ学生服の上に「IMPスタッフジャンパー」を着て更にサングラスに麦藁帽子という変った格好の司会者がステージ上で説明を始める。
整理券はあっという間に配りきられ、狭いスペースにぎっしりと人が詰まっている。
「大丈夫、きっとできるよ」
一瞬、人の多さに固まった司会者に向かって田中 アヤ(
gb3437)が袖から応援の声を飛ばした。
『まずはここはコミック・レザレクションの会場です。萌えの抗争はご法度でお願いします。あと、長物の所持や周囲の迷惑なるような応援の仕方もご遠慮ください』
「大きな旗を持っていないのはそのためだったんですね‥‥勉強になります」
セシル シルメリア(
gb4275)は事前に集めていた情報との違いに驚きながらも感心し、メモを取る。
「うぅ、ここまでフル装備なのは私たちだけみたいですよー」
「昭和応援団風って‥‥いろいろ間違っている気がするよ‥‥けど、ボクがんばるよ」
男が大多数を占めている中、司会者の説明を静かに聞きながらシェリー・クロフィード(
gb3701)と水理 和奏(
ga1500)はセシルの両サイドでヲタクのお兄さんに揉まれながら頑張っていた。
お揃いのはっぴにハチマキとビニール製の小さな旗をもった3人は古典ファンのコスプレといっても過言ではない。
周りをヲタクさんは可愛い二次元少女の書かれた袋に同人誌やら抱き枕カバーなどを詰め込み、汗をタオルで拭いて静かに時を待っていた。
『はい、次は拍手の練習ですよー。はい、拍手ー!』
司会者が手を回すと拍手が一斉におこり、セシル達も一歩遅れながら拍手に乗る。
『皆元気ですねー。これならアイドルさんを迎えることもできますね! それじゃあ、お待ちかねのアイドルの登場ですよ』
前説による会場の温め終えた司会者がサングラスと麦藁帽子を宙に投げ捨てた。
『司会はALPの椎野 のぞみ(
ga8736)がお送りしました! それでは開演です! 緋霧さん、風雪さん、神楽ちゃん、この後は宜しくね!!!』
夏の太陽に負けない輝かしい笑顔をのぞみは見せ袖へと下がる。
よいよ、暑い夏がはじまるのだった。
●オンステージ
『皆さんこんにちは、司会の風雪 時雨(
gb3678)です。よろしくお願いしますね‥‥にしても、皆さんの熱気がすごいです。コミレザとはここまでのものでしたか』
『のぞみん、前説ありがとう。どうも、新人体会系アイドルの沖田 神楽(
gb4254)っすよろしく!』
時雨の隣では寒色系のキャミソール、デニムスカート、サンダルというラフなスタイルで神楽がALPファンらの相手をする。
『人数でいきましても昨年のライブよりも人数が増えています。狭い会場で申し訳ありませんが短い間楽しんでいただけたらと思います』
ALPである二人を立てるように一歩下がりつつ緋霧 絢(
ga3668)がまとめポジションに立った。
『よーっし、折角これだけの人数がいるんだから一回やってみるよ。盛り上がってる?』
大人数を前に初のライブ参加でありながらも物怖じげない神楽がマイクを向けると野太い声7:可憐な声3の割合の歓声が返ってくる。
『声が小さいよ、もう一回っ!』
更に大きな声が返ってきて神楽は笑顔を浮かべた。
『そのへんにしませんとお客さんも疲れてしまいますよ‥‥まずは実力派ユニット『Come Across』の『Walkers〜旅人〜』と『To you』です』
神楽の大胆な行動力に圧倒されながらも時雨は落ち着きを見せるように組まれている曲を紹介する。
二人の名前がでただけでファンが盛り上がった。
『みんな知ってると思うけど‥‥あたしは今日、IMPを卒業します。デビューから1年と7ヶ月‥‥本当にあっという間だったわ』
紹介された白いタキシードのような姿の由稀が嵐 一人(
gb1968)の演奏するイントロの間に軽く挨拶をまぜはじめる。
『私は由稀さんに出会えてよかったです。今は由稀さんのパートナーとしてふさわしいかどうかそれだけが心残りです』
白い露出の高いアイドル衣装に身を包んだ加賀 弓(
ga8749)が別れを惜しみながらも本心を吐露した。
『何をいってんのよ、答えは一つ‥‥ありがとう。まずは元気に飛ばすわよ!』
由稀は弓をハグすると二曲続けて歌いきる。
『二人ともありがとうございます。由稀さんにはこの後にもソロパートがありますのでそちらに期待してください。次は新人ユニットの登場です』
『ALPでも歌に力を入れているユニットだね。Fate・May・Noirよろしく』
盛り上がりもそのままに次のユニットへステージは移った。
『DIVAです、宜しくお願いします』
終夜・朔(
ga9003)が出だしの挨拶を行うと、フェイト・グラスベル(
gb5417)と舞 冥華(
gb4521)が後に続く。
『皆さんこんにちは〜、ちゃんと水分取ってるー!?』
フェイトの呼びかけにあわせて掲げられたのはコミックレザレクション内で販売されているミネラルウォーターだ。
二次元少女のイラストが描かれているのはもはや言うまでもない。
『ん、冥華、こんなにおーきなところで歌うのはじめて。でも、Noirが新しい歌を作詞してくれたし、ふぇいとも参加できたから3人一緒に新曲のおひろめができる。ん、ちょっとたのしみ』
最後に続く冥華のたどたどしい挨拶に会場が和んだ。
先日CDが発売され、各自の顔も売れだしたこともありすでに会場の一角ではDIVAファンのまとまりが出来ている。
『Noirの作った新曲、聴いてくださいなの‥‥』
ぺこりとお辞儀をし、足を慣らして色違いで揃いの衣装を着た3人はピアノ伴奏に合わせて歌い始める。
「生ライブってーのは、こういう演出でも楽しませねーとな♪」
伴奏と共に簡易照明から青いレーザーをテト・シュタイナー(
gb5138)が飛ばし、演出に花を添えた。
♪〜〜
〜夏の夜の夢〜歌:DIVA 作詞作曲:Noir
夜の帳が下りる頃
貴方と私の夢の始まり
蛍の光に導かれ
出会い結ぶ手と手合わせ
語り尽くせぬこの想い
どうか覚めないで夏の夜の夢
夢の終わりが来る頃
どうしてこんなに切ないの
線香花火の火と共に
貴方の温もりも消え行く
伝え切れぬこの想い
どうか覚めないで夏の夜の夢
どうか覚めないで夏の夜の夢
〜〜♪
歌詞の端々で互いに手を合わせたり、胸に手を持っていくなどする振り付けをまぜ一段と完成度の高まった歌を3人は披露する。
本場のライブ会場さながら大きな歓声が沸きあがり、ステージの盛り上がりは加速していくのだった。
●一息しつつ
「あ、えっと‥‥午後からサイン会がありますから‥‥今日も暑いですけど、お体に気をつけて午後からもお越しくださいね」
整理券が配りきられ、商品を買いながらも残念そうなファンに向けて春奈は慰めるように声をかける。
ライブが盛り上がっているのと昼食時のため、客足はピークを過ぎて少なくなっていた。
「盛り上がっているね〜由稀とソフィリアの送別にはいい感じかな?」
「本当ですね。でも、できることなら他も見回りたかったです‥‥一度来て見たかった場所ではあるので‥‥」
コハルが春奈の隣で椅子に座りブースから見えるライブの様子を眺めている。
「屋外の行列もはけましたし、少し休憩してもいいかもしれませんね」
列の整理を行い、予想したトラブルもなくすんでいることにクラークは息をつきながら和奏から差し入れしてもらってコーヒーを飲み始めた。
「そうですね、皆さんも一服してください」
ライディが搬入しておいたクーラーボックスから飲み物を取り出し、売り子をしているアイドルやスタッフ、応援にきた傭兵らに配る。
「ありがとうです。去年も暑かったですが、今年も暑いです‥‥」
ライブ会場の警備を一回りしてきたシーヴも飲み物を受け取りのどの奥へ流し込んだ。
会場の温度、湿度は共に高く飲み物がいくつあっても足りないほどである。
「そういえばライディさんは結婚式ありがとうございました‥‥それで、シーヴさんとどうなんです?」
クラークの一言にライディは飲み物を盛大に吹いた。
霧雨のように広がる粒の量が動揺の度合いを示しているのはいうまでもない。
「ああ、汚いですよ‥‥」
春奈がタオルを出して周囲を拭いていった。
「どうといわれましても‥‥普通に交際させていただいてます、あ‥‥婚約はしましたけど」
自分を吹きながらライディは照れつつもクラークに答える。
聞かされているシーヴは真っ赤だ。
「自分の方もレオノーラさんと幸せですよ。男性アイドルグループってないんですか? 入りたいわけじゃないのですが気になって」
「えっと、ちゃんとあるんですよ‥‥ただ、男性アイドルの皆さんの活動が活発でなくて。マネージャーの僕の問題なのかもしれませんけれど」
ライディは苦笑する。
事実男性アイドルユニットはあるのだが活動が女性アイドル達に比べて大人しい傾向にあり、盛り上げるべきかどうか悩んでいる部分ではあるのだ。
「そうですか‥‥ありがとうございます。シーヴさんを幸せにしてあげてくださいね?」
「ええ、それは‥‥必ず。今でも十分幸せですけどね」
笑顔を向けるクラークにしっかりとライディが答えたとき、真っ赤になっていたシーヴが急に倒れる。
「え、し、シーヴ!?」
「熱中症でしょうか? オアツイのもいいですけれど、ほどほどにしないといけませんよ」
倒れたシーヴに春奈が手早く脇の下などに保冷材をタオルに巻いてはさみ、応急処置を施すのだった。
●ステージ2
『世界一【IMP】で曲を作っているケイちゃんです。事務所のお仕事では活躍できていないので、見知らぬ人も多いかもしれませんが私は元気です』
ソロパートの出だしはケイが飾る。
IMPとしての活躍も長いので、密かなファンは付いているらしく挨拶に「覚えてるよー」などという声援が帰ってきた。
『少なくても知っている人がいると嬉しいです。猫が爪を研ぐように譜面を書いているあたしの歌を聞いてください!』
ケイが手を天に高く突き上げるようなポーズをとると、バックに控えている嵐がギターを鳴らす。
♪〜〜
空と海の間、光の輪が踊る
柔らかな朝消えそうな月
冷たい雨が心の傷に気づいたら
乾いたシャツ、恋の泣き言置去りにして行く
止まるよ届くと信じて
白い雲のペガサス
風の蹄が掛けていく
エモーションは流れている
忘れていた人の涙乾いたわ
私はソーブライト
〜〜♪
朔のように頭から猫耳を出し、リズムに合わせて腰を振るなどアクティヴに動きをケイは観客に魅せた。
久しぶりのライブでもあり、また歌うことが好きだという自らの意思を伝えようと頑張っている。
『続いてもIMPから加賀弓さんの登場です』
絢が紹介すると共に、白い衣装の弓が再びステージの上に上がった。
『パートナーの由稀さんが卒業されますが、心配をかけないためにもソロを一曲歌います‥‥皆さん、聞いてください、加賀弓で『傍にいて‥‥』』
―傍にいて‥‥―
♪〜〜
君のいない世界は寂しくて とても辛いから
ずっと私の傍にいて 幸せにしてね
貴方がいればそれだけで 幸せになれるから
ずっと私と共にいてずっとずっと愛してください
君のいない時間は空しくて 貴方を探しに出る
一緒にいるだけでいいから いなくならないで
旅立つ貴方を追いかけて 帰って来ないと涙する
貴方の事を愛していると ただそれだけを伝えたかった
もういない貴方に贈る たった一つの私の想いを
〜〜♪
「何人か知っている方もいますが普段とはまったく違いますね〜〜〜なんだか見ているこっちがときめいてしまいそうです‥‥これがアイドルの力なのでしょうか‥‥」
客席では夫である王零にしがみつきながらライブを眺めている憐華はステージの上で輝くアイドル達を見て心を躍らせた。
隣を見上げれば渋い顔をしていた王零の表情が柔らかな物へと変っている。
(「アイドルが零の心を楽しませているのかしら? 私があそこに立ったら零はどうみてくれるのでしょう?」)
小さな疑問が心にふっと浮かんだが、憐華はまずステージを楽しむことにした。
『続きましては本来はユニットですが今回はソロで登場BreakBit’sのアヤさんです』
『こんにちわーBBのアヤです! 皆楽しんでるかー!? 相方いないけどきにするな! あたしがんばるから!』
ツナギをベースにした衣装に身を包んだアヤがステージに上がり、相方不在のままでも元気を出している。
後ろにはヴェロニクやフェイト達がバックダンス要員として控え、準備をしていた。
『つーわけで! 聞いてください! BreakBit’sで『Wish』!』
アヤの一声に嵐が持ち替えたアコースティックギターが軽快な伴奏を響かせミディアムリズムなヒップホップが生まれる。
誰からとも無くハンドクラップが起こり、一つの大きなウネリとなった。
「アヤさーん」
小さな旗を両手にもってセシルが精一杯背を伸ばして応援をはじめる。
「セシルお姉さん危ないよ〜」
「めちゃくちゃ目だってるですよー♪ このままアヤちゃんを応援しきるのです」
わかながセシルを支え、シェリーが大きな声を出した。
一歩間違えば迷惑行為になりかねないが、会場全体が乗っている今だからこそできる応援でもある。
〜Wish〜
♪〜〜
言葉の雨降り続く毎日
傘も忘れ濡れ歩くこの道
仲間と出会い笑顔を交わすDelight
全力疾走 坂を駆け上がれ
その先にある景色はdazzling
手を伸ばせ 遠く見えるそれも
飛び上がればきっと掴めるさ
この大空の下 身を寄せ合って
回り逢えた奇跡はきっと素敵
遠く離れた空 星に祈っている
I wish We Wish upon a Star
〜〜♪
『思わず私も手を叩いてしまうほどノリのいい曲でした‥‥』
無表情のままに絢は演奏の感想を述べる。
『アップテンポな曲のあとにはちょっと代わった一曲。新人のテト・シュタイナーで「ジョイフル・ジョイフル」をどうぞ』
神楽の堂々とした司会に乗せてステージは問題なく進んでいった。
『ありふれた歌だけど、俺様の名前を覚えてもらうために歌わせてもらうぜ。新米IMPのテト・シュタイナーだぜ』
賛美歌を歌う人物とはイメージの違う自己紹介に一瞬客席がどよめくが、歌い出された綺麗な歌声に静かになる。
バックコーラスではのぞみと先ほどまでバックダンスを頑張っていたヴェロニクが混ざり、普通のアイドルライブにはない神聖な空気が広がった。
歌い終わるとテトはスカートを摘んでお辞儀をしバックへと下がった。
『和洋折衷といいますか、いろんなジャンルの歌を一気に聴けて嬉しいですね』
ソロパートも終わり、トリに移ろうとしているときに時雨が静かに言葉を漏らす。
『そうですね。このようなライブはIMPの時ではあまり見られませんでしたからIMPALPSとして合体競演しているからこそのイベントだと思います』
絢が纏めをしていると由稀が準備OKのサインをだした。
『それではトリでもう一度登場してもらいます。今日でIMPを卒業される鷹代由稀さんです』
その一声に拍手がおこり、迎えられるように由稀が姿を見せる。
「由稀さーん!」
「姉さーん!」
「姉御ー!」
さまざまな歓声が由稀に向けられ、由稀自身いつになく静かな足取りでステージの中央に立った。
『えーっと、こうして改めて‥‥卒業する時が近づいてくると‥‥一杯あったいいたいことが全部とんでっちゃって‥‥』
零れ落ちる涙を拭き、由稀はステージの上からファンの顔を見ながら言葉を紡ぐ。
その視線の先‥‥観客席の後ろの立ち見場所で自分を見ているイリアスを見つけると笑顔を作った。
イリアスは口を動かし、何かメッセージを使えると微笑むを返してくる。
『月並みかもしれないけど、一言に幾つもの意味を込めて‥‥ありがとう、みんな大好きだよ』
言葉を言い終え、一礼をすると大きな拍手が再び起こり由稀の最後を飾った。
『あたしのラストナンバー『Grant a dream』‥‥聞いてください』
由稀は顔をあげ、最後の曲を歌いだす。
『Grant a dream』〜傍にいるから〜
♪〜〜
気づけば ここまで歩いてた
自分の足で でも 自分の力じゃない
誰かが傍にいてくれた
挫けた時も 踏み出す勇気与えてくれた
居てくれるだけでよかった それだけで前を向けた
人は誰でも一人じゃない 必ず支えてくれる人がいる
だから 今度は私が誰かの傍に
決めた道を 信じて行けるように
夢を叶えられるように
〜〜♪
由稀の歌は今までの自分の活動を振り返り、そしてこれからの自分の目指すものを歌ったものだった。
歌い終われば拍手が起き、口笛さえ響く。
小さなステージの一つのイベントとは思えないほどの熱気が充満していた。
熱気が充満する中、嵐が一歩前に出ながらギターで花束贈呈のための曲を鳴らす。
スタイリッシュグラスで隠された瞳は優しく由稀を見ていた。
『由稀さん、お疲れさまです』
一度舞台袖に戻っていた絢が花束を持ってステージにあがり、由稀に花束を手渡す。
ソフィリアにも花束を渡そうという意見もあったが、当人は勝手に辞めた身分であるからと辞退していた。
『リーダー‥‥ありがとう』
結成当初から付き合いのある絢から手渡された花束をしっかりと抱きとめると由稀は涙交じりの声で礼を返す。
『本当にお疲れ様でした。私もこれから頑張っていきますから応援してくださいね?』
相方である弓は涙を堪え笑顔を向けて由稀の手を握った。
『本来の予定ではありませんが、時間もありますので最後にIMPのデビューシングル『Catch The Hope』にてライブを終了したいと思います』
『オーケー、ラストなんだ皆も歌って先輩を送ってやってくれ!』
時雨が機転を効かせたアドリブを入れると、嵐が賛同するようにマイクに向かって客を煽りギターを鳴らす。
『皆‥‥本当にありがとう』
『ほーら、皆も歌って!』
アヤが客席を更にあおり、合唱による歌で生ライブは締めくくられたのだった。
●楽屋にて
ステージの裏にある楽屋ではステージ上で労えなかったソフィリアへ花束の贈呈がひそやかに行われている。
「ソフィリアさんも改めてお疲れさまです」
一度だけデュオを組んだヴェロニクから花束を手渡され、ソフィリアは困りながらも嬉しさに頬を緩ませた。
「辞める理由ってなんなのかな? これからステージで一緒にやれると思って楽しみにしていたのに」
のぞみが飲み物を飲みながらソフィリアに詰め寄る。
「アイドルよりも恋人を選んだ結果ですわ」
ソフィリアはのぞみの耳元へそっと囁きを返した。
「あまり一緒になれなかったのは残念でなりませんが、お疲れ様でした」
ライディをはじめとしたアイベックス・エンタテイメントの専属スタッフが売り子を短時間だけ引き受けてくれたために挨拶にこれた春花が握手をしながら労う。
「お二人にこれを‥‥こういうものしかできなかったのですが」
春奈も手作りクッキーをもって楽屋を訪れ由稀とソフィリアに手渡した。
「二人とも本当にお疲れさま。‥‥まぁ会えなくなるわけじゃないし、また何時でも会えるからお別れの言葉はなしでね」
ジーラからも労われ、五ヶ月という短い活動だったにもかかわらず、脱退に対してこんなにも優しくしてくれるメンバーにソフィリアは思わず涙を流す。
「二人にはこれを‥‥色紙です。時間を見つけて書きましたのでもっていってください」
絢が由稀とソフィリアに色紙を渡し、もう一つ由稀に『黒いファン』という人からの花束を手渡した。
メッセージカードがささっており、『希望をありがとう』と振られている。
「皆さん、こんなソフィに優しくしていただきありがとうございます。喜怒哀楽を共にできたことを感謝しますわ」
『これからもよろしくお願いします by風雪時雨』
『何もできなくてごめんね‥‥お疲れ様。またね! by田中アヤ』
『お疲れ様でした。今後の活躍に期待致します by緋霧絢』
『新しい道に幸せが訪れる事を祈ります by葵コハル』
『脱退しても傭兵活動頑張って欲しいの by朔』
『ん、おつかれさま。つぎの夢もがんばれ by舞冥華』
などと書かれた色紙を受け取ったソフィリアはお辞儀をして感謝するのだった。
●IMPALPSとは
ライブが終わってアイドル達が舞台裏にさがったあと、解散はされずに米田がステージに上がる。
『皆さん、今しばらくお話をお聞きください。重大発表がありますので‥‥とはいいましても、鷹代由稀さんの卒業に比べれば些細なことかもしれません』
アロハではなくスーツに銀縁眼鏡とやり手のビジネスマンさながらの姿でアイベックス・エンタテイメント社長の米田時雄は話をはじめた。
『今回のライブはIMPALPS(インパルス)と名を撃ち、ALPとIMPによる合同イベントという名目を打ちました。これは今後IMPとALPの活動体勢を変更することを主に置いたものとなります』
『彼、彼女らの活躍は皆さんの心を射止めると共に多くの物事をなしえてきました。しかし、規模が大きくなってくると共に目指すものの違いというものが明確に出始め、また得意分野の差も目立つようになりました』
『IMPとALPで請ける仕事の分野をわけ、再編成を行います。だからといってアイドルを首にするということはありません。アイドル達から卒業なり脱退なりを求められたときには応じます。好きで続けるものだと思いますから‥‥』
「楽屋にはどうにもいけそうにないな‥‥どうした?」
王零は動きづらい人ごみの中、話を聞いている憐華を見た。
『アイドルになれるかどうかは歌や踊りも必要かもしれませんが、最終的には本人の気持ちしだいだと私は思っています。そんなアイドル達が自分たちのやりたいことで成長できるようにとの再編成としています。一気に一新していくわけではなくアイドル達の希望で仕事を選び、そしてそこから学んでいってもらいたいと思います』
「気持ちしだい‥‥ですか‥‥」
米田の言葉を反芻した憐華は王零をじーっと見上げる。
『IMPは今までどおり、歌や踊り、雑誌モデルや演劇などの路線で仕事を行い、ALPはCMや商品プロモーション、イベントへの出張などを重視していく予定となっています』
『新規募集は落ちついてからとなりますが、チャンスは作っていきます。皆様、これからもアイベックス・エンタテイメントとIMP、ALPを宜しくお願いします』
米田が発表を終えると王零は自分を見つめる憐華に声をかけようと口をあけた。
だが、先に憐華が声を発する。
「ねェ‥‥零‥‥もし私がアイドルになりたいといったらどうする?」
王零のあけた口は塞がらなくなった‥‥。
●握手とサイン会
「ゆっくり前にお進み下さい」
「列はみ出さないように5人横一列で並んでゆっくりと進んでください」
「すみません、列は崩さないでくださいね‥‥一人ずつ横に流れていきますから一通り握手とサインは行われますので慌てずに指示に従ってください」
熱中症から復帰したシーヴとクラーク、春奈が午前中に並んでいたときよりも激しくうねる列を抑えてサインと握手会を遂行する。
テトやジーラをはじめに春花や神楽などが並んでブースの端から端まで続く長い列となって一人ずつリレーのように流していく形でイベントは進んだ。
「アヤちゃん! よかったですよー! CDにサインもお願いします!」
終わりの近いほうになっているアヤの場所ではぶんぶんと両手でシェイクハンドをするシェリーがいた。
もはや熱狂的なヲタク少女といっても過言ではなかった。
「サインはするから、手を離してくれる? ごめんね次がつかえているから‥‥」
嬉しい反面、予想外の勢いにアヤが困り顔でシェリーに頼み込む。
「ごめんなさいです‥‥そして、ありがとうですよー」
慌てて手を離したシェリーは直筆サインの描かれたCDを受け取った。
「すごかったのですー。今回で引退されるそうでとても残念なのですよー」
隣の由稀の場所ではセシルが子供のように目を輝かせて握手をしている。
セシルは今日由稀のライブを見れたことを嬉しく思っていた。
そして、それ以上にアイドルへの憧れが強くなっているのも事実で‥‥。
「ありがとう、でもこれはあたしが決めたことだから‥‥ごめんね、先に進んでくれるかな?」
感動に固まっているセシルへ由稀が優しく語りながら後ろに詰まっているヲタクの視線を交させた。
「セシルお姉さんも握手とか出来てよかったねっ!」
列から出きたセシルをわかなが抱きついて出迎える。
わかなにとってセシルは母親のような優しい存在に感じていた。
「はい、よかったです。今日は本当にライブを見に来れてよかったです」
わかなの気持ちを知ってか知らずかセシルはわかなをぎゅっと抱きしめる。
それだけでわかな自身も今日ここに一緒にこれてよかったと思うのだった。
●祭りも終わり
「ライディ、お疲れです」
「シーヴは体調はいいの? 無理して片付けまで手伝わなくても休んでいればよかったのに‥‥」
ぴとっと冷たく冷えた飲料を頬に当てられたライディは少し疲れた顔でシーヴを見上げる。
「疲れた顔で言われても困るです。少しは休まなきゃダメです」
今日一日打ち合わせからスタッフとの折り合いなどにはしっていた恋人をシーヴは心配していた。
コミレザも無事終わり、人がある程度はけてからステージの片付けなどがはじまっている。
「最後の片付けまでしっかりしねーとな、俺様のやれることはすくねえから」
テトをはじめにアイドル達も数人手伝ってもいた。
無論、ステージから降りてしまえば彼女達も一人の傭兵であるから、仕事をキッチリこなそうというのだろう。
もしくはステージの終わりを惜しんでいるからなのかもしれない。
「すまいるを渡せて、お客喜んでくれてよかった」
「よかったよねー。お土産のDVD−BOXも1つずつ買えたし、マネージャーに感謝です」
冥華とフェイトのドラグーンコンビは自分たちの人気の上昇を感じていた。
「由稀姐は手を繋いで仲良く帰ってったし、あたし達も打ち上げとかしたいなー。シャチョーそれくらいいいでしょ?」
片付けをしていたコハルが米田に健康的な色気を見せながら詰め寄る。
「見つかってしまったならしゃーにゃーて、今夜は焼肉食べ放題だでよ。これからも宜しく頼むでよ」
米田はコハルの頭をわしわしすると、明るく笑うのだった。