●リプレイ本文
●トモグイ
スペインはイベリア半島。
長閑な山間にある牧場で事件は起こっていた。
宅配業者の男からの証言を聞いた傭兵は各々の思いで現場に駆けつける。
「イベリコ豚を食べる、イベリコ豚型キメラか。想像するだけで、随分とシュールな光景だ。製造元の悪い冗談としか思えんな‥‥」
「それでもトヲちゃん食べるんだよネ?」
煉条トヲイ(
ga0236)の呟きにラウル・カミーユ(
ga7242)がちょっと遠慮したいといった顔で尋ねる。
「勿論だ、フードファイターの名前にかけてな」
答えは簡潔にそして、力強く返ってきた。
「‥‥ん。そのキメラ。私が食べる。目標。一匹。丸齧り」
「食べて良いと言うがキメラはおいしいのか‥‥?」
「‥‥ん。美味しいのもいる。今回のキメラ。イベリコ豚。食べている。きっと美味しい」
話を一緒に聞いていた神棟星嵐(
gc1022)は丸齧り発言をした自分よりも小さな先輩能力者の最上 憐 (
gb0002)に問いかければサムズアップで返事がくる。
「そうか‥‥キメラというのも奥が深いな」
「あんまり、そういう深みに入らなくてもいいと思うヨー。さて、到着だネ」
柵を飛び越え、到着したラウルは瞳と髪をダークグレーに染めて洋弓「アルファル」を構えた。
一見すると何もいない牧場だが、明らかに飼育小屋のほうからブモブモと豚の鳴き声が聞こえてくる。
「本物かどうかわかりませんが識別のために小石を持っておきましょう。こういう見紛うキメラはとても厄介ですから‥‥」
鳴神 伊織(
ga0421)が鬼蛍「常世」を片手に牧場内に落ちていた小石を拾うと仲間にも注意を呼びかけた。
静かに足を運びながら飼育小屋の中を覗くと豚が豚を食べている。
言葉では聞いていたが、現物を目の当たりにするといい物ではなかった。
鼻を血で真っ赤に染めながら、柔らかい内臓を中心に味わうように摘んでいるもの、頭から丸呑みしているものなど4頭の豚が血や残骸の散らばった飼育小屋で食事を終えようとしている。
「話は聞いていたが、どういう仕組みだ、アレ‥‥」
初めての依頼で遭遇したキメラの不気味な姿に赤月 腕(
gc2839)は出発前から食べていたアップルパイを思わず落としてしまった。
各々が武器を取って構えること赤月への答えとして示された。
「酢豚や叉焼とか考えていましたが‥‥流石に食欲失せますね。ここは一気に片付けましょう」
五十嵐 八九十(
gb7911)が覚醒し、<限界突破>を使って飼育小屋の中へと飛び込む。
左手の腕から頬にかけて青い幾何学模様を浮かべ、食事中のキメラの前に五十嵐は肉薄した。
「んが絶望する番だ!」
その五十嵐を追うようにバディを組んだ守原有希(
ga8582)も追随するように飛び込んでいく。
ブギャーと大きく鳴き声を上げた丸々と太った黒豚達はワニのような口を開けて、新たな獲物に涎をたらすのだった。
●分断戦線
「‥‥ん。口元に。注目。行儀が。悪いの。見つけた」
イベリコ豚キメラの中から、食べられしまった老人の衣類がのこぎりのような歯についている一頭を憐は見つけた。
飛び込んだ二人を追いかけて、憐は星嵐と共に接近戦を挑んだ。
AU−KV「ミカエル」を装着した星嵐は右手に雲隠、左手にエクラタンという刀と洋剣の二刀流でいち早くキメラへと近づく。
脚部の走輪が回転し、小屋の足元に散らばる物を蹴散らしながら星嵐の身体をキメラの真正面へと向かわせた。
『人を丸呑みする敵にお目にかかるのは初めてか‥‥これで最後になってほしいところだが』
ギザギザの歯を見せ、大きく口をあける豚キメラの頭部を雲隠で斬りつける。
鮮血が飛び、ミカエルの装甲に赤いラインを走らせた。
「‥‥ん。イベリコ豚。楽しみ。凄く楽しみ。今から。もう。お腹が。鳴いている。コレで終わり。ばいばい」
一瞬止まった動きを逃さず、憐は側面に回りこんで刃渡りが身長の半分ほどもある大鎌「ハーメルン」を<急所突き>を使っていい気に首を刈るように振り切る。
柄の部分がバセットホルンとなっているハーメルンが鎮魂歌を奏でるように悲しい音色を鳴らした。
ドシャッと首が落ちてイベリコ豚キメラが沈黙する。
『すごい‥‥一撃なんて、驚きだ』
星嵐は目の前で痙攣を続ける豚キメラの胴体を眺めながら唖然とした。
「その手は食わない! これを受けろ!」
目にも見えない脚力で噛み付きを避けた五十嵐は踏みとどまった足に力を込めて前に進み直す。
砂錐の爪が取り付けられた足で豚キメラの全高にあわせた<急所突き>による頭部へミドルキックを放った。
さらに、ニーズヘッグファングによる突きを食らわせて追い込んでいく。
大きな体型をしたキメラは中々倒れなかった。
「なら、わが技を試すときば」
五十嵐のラッシュを耐えきったキメラに向かって有希が蝉時雨と蛍火の二刀流で技を仕掛ける。
<二段撃>を応用し、蝉時雨の一太刀を五十嵐の作った傷に重ね、さらに蛍火の峰打ちの一撃を重ねた、重当ての斬撃版「咬龍刃」だ。
(「く‥‥強い一撃だば、その分わの負担が大きくなるとか‥‥」)
しかし、敵に与えるダメージよりも腕や武器に与える負担の方が大きいように有希は感じた。
元々連続攻撃をする技であるため、直接的に与える方が有効なのである。
くらい込んだ頭部から蝉時雨を抜くと、<流し斬り>を使った相手の側面を狙った両手の斬撃を繰り出して一体を沈めた。
「逃げたの追いかけるよ、トヲちゃん」
「言われるまでも無い」
怒涛の戦闘の中、本能的に危機を察知したのか小屋から二体ほど飛び出していく。
矢の刺さった一体をラウルとトヲイは追いかけた。
短い足をバタバタさせて走る姿は滑稽にも見えるが、その本質はキメラであり人に害をなすものである。
「どんぐりの木へ向かっているようだな、それだけは防ぐぞ」
トヲイは草の生い茂る牧場の敷地を走り、豚キメラへと駆け寄った。
金属の爪であるシュナイザーで斬りつけては動きを鈍らせようと動く。
「足は短すぎて狙い難いっ! ケド‥‥脂肪の鎧があっても、顔や腹は弱いハズ」
後ろから弓を引いて狙いを定めていたラウルが<即射>と<強弾撃>をあわせて、豚キメラの腹や顔に連続で矢を放った。
トヲイが一歩下がって矢が刺さるのを見届けると豚キメラは倒れない。
しかし、ふらつきながらも豚キメラは手前のトヲイに牙を剥いた。
「――さて、良い加減に飽きて来た。そろそろフィニッシュと行こうか?」
<豪破斬撃>のスキルを乗せたシュナイザーが豚キメラの頭部に刺さる。
動かなくなったことを確認した二人はハイタッチを交わし、解体作業に入り始めた。
初依頼の赤月が気兼ねなく戦えるように、伊織は豚キメラと対峙している。
体力はさほど高くなく、隙さえ作れれば問題なく相手のできる程度だ。
それでも、やはり普通のイベリコ豚と見間違う姿というだけで一般人の脅威なのだろうと伊織は感じている。
「次のタイミングで放ってください」
4班に分けての分断作戦が上手く運び、気兼ねなく戦っている伊織はウリエルを横に凪いで豚キメラの眼を潰し、射線をあけた。
視線で合図を流すと長弓を引いて弾頭矢を番えて準備をしていた赤月が矢を射る。
『アタレ』と覚醒変化のために話せなくなった赤月が唇の動かして願った。
頭部に直撃した矢が破裂し、<急所突き>と<影撃ち>を兼ねた一撃がイベリコ豚キメラを倒しきる。
「それほど強い相手ではありませんでしたか‥‥お見事です」
蛍火を構えて準備をしていた伊織は頭部が吹き飛んでころんと横に倒れたキメラを一瞥すると鞘に収めて赤月を労った。
赤月も首を縦に振り依頼の完了にほっとした息を漏らす。
「さて、まだ肉は使える部分もありますし料理をしましょうか‥‥赤月さんは食べられますか?」
「いや‥‥ここ以外で人を食った可能性があるならくわん」
「無いともいいきれませんからね‥‥では料理の方を手伝ってください」
「わかった」
伊織が肉包丁に得物を持ち替えながら尋ねると、赤月は覚醒を解いて答えた。
●まずは勝利の宴を
割烹着に身を包んだ伊織やキメラを使って豚の角煮を作ろうとする赤月が飼育小屋の一角にある調理場で料理をはじめている。
朝食の残りがあったりとまだ生活の香りがしていた調理場で能力者達は料理を続けた。
「では、いってくるとす。今回ば料理よりもこちらの方が大事やけん‥‥」
豚キメラの腹を裂いてでてきた遺体や遺品をまとめた有希が調理場の声をかける。
被害のでなかったどんぐりの木、豚が大半食われてしまったが建物としては十分使える飼育小屋、そして広い牧場‥‥。
主がいなくなっても残ったものが、まだあるのだからこれを老人の遺族である息子さん達に有希は伝えようとしていた。
「ん‥‥。いってらっしゃい。私は丸焼き。している」
牧場の片隅では憐が火をおこして遺品を取り出した豚の残りを焼いている。
首は切り落としたが、残った部分は香ばしい匂いが漂ってきた。
「タフ‥‥というかなんというか‥‥」
丸焼きをじーっと指を咥えながらみている憐に大して星嵐はその食欲に唖然となるしかない。
「まずは依頼完遂を祝って酒盛りしましょう‥‥。有希さんが麓の町へ説明に行って帰ってくるまで時間はあるでしょうから」
五十嵐が日本酒の一升瓶を片手に星嵐の元へやってきた。
「ああ、そうだな。大規模作戦への景気付けだ」
星嵐も持ってきたコスケンコルヴァとウォッカを広げて準備を整える。
「はーい、豚キメラのトマト煮とこっちはキメラを食べない人用も兼ねて用意したトマトと玉葱のサラダデス」
「待っていた。フードファイターの称号を持つ者として、食べずに帰る訳には行くまい‥‥」
料理を待っていたトヲイはラウルからトマト煮を受け取った。
「じゃあ、皆おつかれー」
シャンパンをついで乾杯の音頭をラウルがとりささやかな勝利の宴が催される。
「‥‥ん。今まで。食べた。キメラの中で。三本の指に。入る」
丸焼きにしたキメラを食べながら憐は指を3つ当ててキメラの味に舌鼓をうった。
次々に運ばれてくるキメラ料理をトヲイと共に片付け、またキメラを食べないラウル達も酒盛りを楽しむ。
今日も生き延びたことに感謝をして、次の大きな闘いに向けて決意を改めるために‥‥。
●弔い‥‥そして
牧場から離れた共同墓地に作られた墓標にコップを置いた五十嵐が酒を注いでる。
「遅くなって御免なさい、お酒を飲まれるかどうかは分かりませんが、どうぞ受け取ってください」
日本酒を注ぎながら、五十嵐はなんの罪もなく食べられてしまった老人を有希に呼んできて貰った家族と共に弔った。
「助けられなかったのが残念だが‥‥無事に弔えてよかった」
星嵐も墓に両手を合わせて祈る。
遺族である息子は牧場を売り払うことにしたようだが、傭兵達が介入することではなかった。
「どんぐりの木などの財産はのこっとるとです。できることなら農園の豚を食べたかったとす」
有希は少し残念に思いながらも遺族の決定を飲み込みながら、失われたものを悔やむ。
今回だけではない、世界中どこでも今日のようなことが起こっている。
救えるもの、救えないものがある。
少しでも多くに幸せのために能力者たちは戦うことを新たに決めるのだった。