●リプレイ本文
●和の心でおめかし
「磨理那さんの浴衣いいわね。紫陽花によくあっているわ」
「山羊も久しぶりじゃの。今宵の祭りは楽しむのがよいのじゃ」
金箔の散りばめられた豪華な浴衣「金銀砂子」を着たシュブニグラス(
ga9903)が軽く平良・磨理那(gz0056)へ挨拶をする。
エスコートを鋼に任せるのもあるが、浴衣の貸し出しやら着付やらで磨理那が急がしそうだったからでもある。
「うわぁ、向日葵の浴衣とっても可愛いの。着付けてもらってありがとうなの。ユウはユウだよ」
ユウ・ターナー(
gc2715)はトレードマークだったパンクでロリータな衣装から明るい向日葵模様の浴衣に着付けてもらうとクルクルと回ってよろこんだ。
「異国人は慣れておらぬ格好じゃからの。しかしよく似合っているのじゃ髪形はそのままでもよいじゃろう」
「ありがとうなの。磨理那さまは沖那おニーちゃんの保護者なんだよね?」
「そうじゃの‥‥じゃが、積もる話になるので後じゃな。隣に沖那もいるので見せてくるとよいのじゃ」
磨理那がユウを見送ると次の着付けを手伝う。
「浴衣‥‥膝丈くらいがいいの‥‥」
「本来はそういうものではないのじゃがの‥‥りくえすとに答えて丈を調整するかの」
ノエル・クエミレート(
gc3573)は真紅の浴衣を左手で取ると磨理那に見せた。
少々困惑した磨理那ではあるが、この日ばかりは多少のことは無礼講とピンでとめたりして丈を調整しノエルに着せる。
スパッツを器用にはいて見せて、おかしな所がないかノエルは自分を確認する。
「あ‥‥ノエルさん‥‥浴衣にあってるですね‥‥っ」
リリナ(
gc2236)は桜の花びらが舞い散る浴衣に扇型のかんざしを挿しながら、何故かヘルメットをかぶった姿でノエルのスタイルを褒めた。
「ありがとう‥‥」
「それじゃあ、さっそく行きましょう。美味しいお酒が私達を待っているわ」
京都に来る前に酒飲みとして意気投合したハーモニー(
gc3384)が黒地の浴衣姿でノエルの手をとると外へとでた。
「京都にくるのは久しぶりだな。紫陽花祭りは駆け出しの頃に来て以来だから約2年ぶりか‥‥」
「そんな昔にも来ていたんだ‥‥」
麻宮 光(
ga9696)が懐かしそうに目を細めていると星月 歩(
gb9056)は不安そうに見上げながら袖をひっぱった。
楽しみな紫陽花祭りだが、光との埋められない距離が時間となって存在していることが恐れのように思える。
「アニキ、きてたんだ。隣にいるのは歩? 化粧もしているし、和服だから一瞬気付かなかった‥‥」
そんな二人をみつけた山戸・沖那(gz0217)が声をかけた。
「沖那も久しぶりだな。磨理那が結婚したそうじゃないか、時の流れとは恐ろしいな」
「今日は結納で挙式は来月らしい。まぁ、ほぼ結婚できまりみたいなもんだけどさ」
沖那は藍色の甚平をきて団扇で自分を扇ぎながら周りを見まわした。
着替え終わった男女が出発までの時間を雑談しながら過ごしている。
「皆のもの準備はできたかの?」
「この度はまことにおめでとうございます、磨理那様。その浴衣とってもお似合いですよ」
磨理那が着付部屋から出てくると金魚の浴衣を着た南十星(
gc1722)が傍によって頭を下げ祝辞と共に浴衣を褒める。
「そうだったの、磨理那さん結婚おめでとうなの。先こされてちょっと悔しいの」
『おめでとう‥‥磨理那さんの場合はちょっと特殊だと思うよ。うん』
乙(
ga8272)も南十星に習ってお祝いの言葉を手に持ったテディベアの癸と共に述べる。
「南十星も乙も遠路はるばるご苦労じゃったの」
「磨理那様がお呼びと有らば即参上です」
磨理那が労えば南十星は嬉しそうに顔をほころばせて答えた。
「では、皆のもの祭りに出発じゃ。遅れるでないぞ」
磨理那が座敷から庭におり、そのまま裏口から屋敷の外へと先導していく。
ぞろぞろと人がでていくなか、沖那がため息を漏らしつつそわそわと周りを見回した。
「‥‥来てないか」
約束の待ち人の姿が見えなかったため、移動しようとすると、茂みがざわつきそこから流月 翔子(
gb8970)が顔をみせた。
「しょこ‥‥何やってんだよ」
「いや〜、実家がこっちだったから捕まっちゃってね〜。流鏑馬にもでろって言われたけど逃げてきたとこなの」
「あ‥‥そ‥‥」
突然の訪問に驚くも、更に続く言葉に驚きを通り越して呆れが沖那の顔に浮かぶ。
「で、ちょっと服も汚れちゃたから〜浴衣貸して?」
「吾平のじいさんに頼んでおくからそこで待ってろ。こっちは用事あるんだからな」
にっこりと笑顔で訴えた翔子に沖那は大きくため息をつくと屋敷で留守番をする老中を呼びにいくのだった。
●奉納流鏑馬
「この方がしっくりくるかな」
流鏑馬用に用意されたサムライの衣装に身を包んだ緑(
gc0562)は眼鏡をはずして覚醒をする。
磨理那に見せるための祝いの一矢は終わって、特別に組まれた能力者による流鏑馬が急遽組まれたのだ。
見物席は大勢並んでいるが、その最前列にいる浴衣姿のラナ・ヴェクサー(
gc1748)を見つけると軽く手を振る。
「この騎射を八百万の神々に帰依し奉り、祝いとしよう」
ヘイル(
gc4085)は衣装を身につけ、礼儀正しく挨拶すると緑より先に駆け出す。
3町の距離を馬が走り三本の矢を的に縫い付けた。
緑もその後に駆けさせて見事に命中させる。
三本の矢が次々と刺さり、客席が湧いた。
「馬のような速い物に乗って弓を射るとは、羨ましい」
客席では薄緑色の浴衣を着たネイ・ジュピター(
gc4209)がぽつりと言葉を漏らす。
「来年はネイもやってみるか? おい、腕。がんばれよ〜」
「がんば〜」
「こいつは負けられないな‥‥腹ごなしも終わったのでいかせて貰うぞ」
桃のタルトを食べ終えた赤月 腕(
gc2839)はネイの隣にいるネオ・グランデ(
gc2626)とオルカ・スパイホップ(
gc1882)からの声援をうけると馬に跨った。
それだけで馬が荒れるも強引に制しながら走りストン、ストン、ストンとすべての的を何とか射抜く。
「今のは中々だったネ。僕は乗馬の経験もあるし、スナイパーだからパフォーマンスを込めちゃうヨ。まりにゃん見てる〜?」
ラウル・カミーユ(
ga7242)が手を振ると、座敷席から様子を見ていた磨理那も手を振り替えした。
磨理那の傍に玖堂 暁恒(
ga6985)が近づき声をかける。
「これからは、『奥方様』と呼んだ方が‥‥良いか?」
ニヤニヤとからかい混じりに磨理那の旦那となる渡辺鋼を値踏みするように眺めた。
「まだ、式をあげていませんのでそれからで。演舞がはじまりますよ」
鋼に促がされて視線を戻すとラウルが走り出して矢を射る。
二本の矢を一気に番えて一つの的に2本ずつ3回をしかりと当てた。
「おお! これはすごいのじゃ、らうるよくったのじゃ!」
座って眺めていた磨理那も立ち上がって拍手を送る。
「いぇーい、やったよ。まりにゃん」
拍手を受けたラウルは弓を持つ手をぐるぐる回して答えると馬を走らせて次のソウマ(
gc0505)に場所を譲った。
「我がキョウ運に敵無し。この加護を貴方にも捧げましょう」
三本の矢を掲げてソウマが口上を述べると、馬を走らせる。
矢を一気に放つが的からずれてしまい、当たらないかと誰もが思った。
しかし、突風が起こりその矢は的へとナナメではあるが刺さる。
「運も実力のうちじゃの。皆のもの、今回の飛び入りした武士(もののふ)達に拍手を贈るのじゃ」
磨理那が全員の成功を見届けると能力者に向けて労いの言葉を述べると大きな拍手が5人に贈られたのだった。
●鬼と人と
祭り開始の演目である流鏑馬が終わると、観客は各々で祭りを楽しむために移動していく。
磨理那と鋼も神主へ挨拶をしようと移動をはじめたとき、覚醒して殺気をだした鬼非鬼 つー(
gb0847)が鋼の前に立ちはだかった。
「これ、つー! 主は何をするつもりじゃ」
「下がってください、磨理那さん。我が一族は渡辺の血筋。ここで退いては茨木童子を狩ったご先祖様が悲しむというものです」
睨みを返した鋼は合気道をやるような構えをとる。
(「なるほど気になる名前ではあったが、そういうことか‥‥」)
つーは一人納得すると覚醒をといて笑顔を向けた。
「やぁ、磨理那さん。おめでとう。そちらははじめまして、鬼のつーだ。宜しくな、色々と」
最後のほうは鋼を値踏みするように見て手持ちの徳利から酒を煽る。
「話は以前から磨理那さんから伺っています。能力者ではない身ではありますが、磨理那さんを京都を守るものとして尽力をつくしますよ」
構えをといた鋼も笑顔をみせながらつーに挨拶を返した。
「じゃ、またぬー」
「何をしにきたんじゃあやつは‥‥」
鋼からの挨拶を受け取るとつーはさっさとその場を後にする。
後姿を見届けた磨理那は頭の上にハテナマークを浮かべて首をかしげ続けるのだった。
●紫陽花を見ながら‥‥
祭りがはじまり、昼間からでもいろんな出店が3500株はあろうかという紫陽花の園に出ている。
「いらっしゃいませ〜本日限定オープンカフェの子狐屋ですよ〜」
前日から準備をしていた矢神小雪(
gb3650)は覚醒のオーラで狐耳と尻尾をだしながら元気に客を呼び寄せていた。
「じゃあ‥‥紫陽花饅頭」
沁(
gc1071)が雅楽が始まるまでの時間つぶしとばかりに購入する。
子狐屋では他にも紫芋タルトなど周囲の紫陽花にあわせたチョイスは祭りに訪れた人々の心を掴んでいる。
「へぇ、予想以上だねぇ、こいつはぁ‥‥フムン。他人の育てた花を見るのも悪くないなぁ」
一方、レインウォーカー(
gc2524)は紫陽花を眺めながらいつも浮かべる嘲笑ではなく柔らかい笑みを浮かべた。
その横を百地・悠季(
ga8270)とアルヴァイム(
ga5051)夫婦が通り過ぎ、軽い休憩とばかりにベンチに座る。
アルヴァイムは明治や大正を意識した書生の格好をしており、難しい書物に目を通していた。
「ねぇ‥‥そんなに『お父さん』って呼ばれたいの?」
書物の中身を覗き込んだ浴衣姿の悠季は『マリッジブルー』や『マタニティブルー』に関する記述を見つけてくすりと笑う。
「警護についても全部京都の自警団とかがやってくれるわけだから、もう少し私のことを気遣ってくれてもいいんじゃない?」
平良家の結納について調べたものの既に終わっており、さらには祭りの警戒本部に尋ねても任せて欲しいといわれて銃の所持などを逆に規制された。
キメラの事件が殆どなく、治安のいい京都市内では逆に能力者が武装して歩く方が物騒に見えるのは仕方のない事だった。
「確かに‥‥悠季を気遣っているようでいつもの癖がでたかもしれないな」
アルヴァイムは本を閉じると悠季の手をそっと握った。
●雅楽の音色に身をゆだね
揃いの和服を纏った男達が木製の笛や和琴で音色を奏で独特の歌を口にしながら6人の舞手が踊りを見せている。
雅楽といっても音楽だけではなく舞とのセットで扱われる物もあるのだ。
「‥‥変わった音楽‥‥? ですね‥‥舞いも不思議です」
「何だかとんちきな音色ですわね‥‥」
セシリア・ディールス(
ga0475)とロジー・ビィ(
ga1031)は雅楽を聴きながら不思議な気分を感じている。
東洋のクラシックではないかと事前に話を聞いていたが、目の前にあるものはその言葉だけでは足りなかった。
「でも、不思議と心が落ち着きますわ」
「はい‥‥綺麗な紫陽花も見れましたし‥‥きてよかったです」
紫陽花模様の浴衣を着たセシリアは黒地に真っ赤な金魚が描かれた浴衣にうちわとピコピコハンマーというかわったコーディネイトをしているロジーに同意する。
「伊織さん、雅楽って不思議なものなのですねっ!」
セシリア達だけでなく、セシル シルメリア(
gb4275)にとっても雅楽は好奇心をくすぐられるものだった。
「余り聞く機会はありませんので楽しんでもらえればと思います」
同行者の鳴神 伊織(
ga0421)は嬉しそうなセシルをみると顔を僅かに緩ませる。
楽しい姿がみれるのであれば京都まで足を運んだ甲斐があるというものだ。
「お、伊織ではないか。久しぶりじゃの?」
「平良さんもお久しぶりです‥‥それとおめでとうございます」
演目が終わったとき、磨理那に挨拶をされた伊織は振り返りながら頭を下げて祝いの言葉を述べる。
「もう何度といわれておるのじゃが、ありがとうなのじゃ」
磨理那は頬を軽く赤くしながら伊織に答えた。
照れくさくも祝われることは素直に嬉しいらしい。
「磨理那さんがお世話になっているようで、私が渡辺鋼と申します。よろしくお願いします」
隣にいた鋼が伊織とセシルに会釈をしていると、その姿を見つけた風羽・シン(
ga8190)が近づいてきた。
「人ごみで中々見つけられなかったな‥‥磨理那も鋼もおめでとうだ。そういえば仁宇を見かけなかったか?」
「姉上かや? 妾は見ていないのじゃ。あとで天羽の君も含めて会う約束をしているのでその時間を教えておくのじゃ」
「そいつは助かる。あの押しかけ弟子が何を悩んでいるのか聞いておこうと思ってな」
シンは磨理那に時間を聞くと時間つぶしのために離れていく。
「じゃあ、伊織さん足湯に行きましょう足湯!」
「そうですね。ですが、足湯は最後にしてまずは出店を楽しみましょう‥‥では、平良さん失礼します」
シンが去っていくとセシルが伊織の腕を引きながら出店のある通りへ引っ張っていくのだった。
●Nice Shoot
大きなイベントが二つも終われば出店の賑わいも好調になってくる。
金魚すくいや射的などは特に多くの人が詰めかけていた。
勿論能力者達もその中に入っているのはいうまでもない。
「緑君、何かこういうイベントでの、オススメって知っている?」
人ごみの中、浴衣に着替え終わった緑と手を繋いで歩いていたラナは少し赤くなった顔を見られないように俯きつつ尋ねた。
チョコバナナや綿飴など海外のフェスティバルではあまり見られない食べ物を味わった後ということもあり視線は遊ぶところを探している。
「オススメですか‥‥そうですね、お祭りならではの出店が多いですから、射的で勝負しましょうか?」
「勝負‥‥では、負けた人は勝者に一回、何か願いを叶えるで?」
「いいですよ、それで行きましょう」
緑はラナの申し出を受けると射的屋にはいった。
コルク銃を使って景品を倒すもので、『覚醒禁止』という張り紙がでかでかと張られているのが目立っている。
コルク銃を構える緑の眼は真剣そのもので、ラナはチラリと眺めながらますます顔を赤くした。
それでも勝ちたいので、一度深呼吸をしてラナはコルクを放つ。
「狙い撃ちますっ!」
上の辺りを狙ってバランスを崩させて、舞妓のフィギュアをラナは落とした。
「やりました、落とせましたよ」
「俺も‥‥」
嬉しそうに笑うラナを見た緑は動きを止める。
緑が思わず動きを止めてしまうほど、金魚の浴衣にサングラスのないラナの顔は輝いていた。
そして、座標のずれた弾が空しく的を抜けて転がり落ちる。
その後も残りの弾を撃ちつくすまでやったものの緑は調子が出ずに負けてしまった。
「では、私からの願いは『このお祭りの中で一回、私を吃驚させるサプライズを下さい』です」
クルッと回りながらラナは上目遣いで緑を見る。
「分かりました‥‥取っておきを用意しておきますよ」
緑は微笑みと共に答えるとラナの手をとって出店廻りを再開した。
「ねぇねぇ、沖那おにーちゃんも翔子おねーちゃんも一緒に射的やろうよ♪」
「これは挑まなければなりませんね。その挑戦受けてたっちゃいますよ」
「俺、射撃苦手なんだけどな‥‥」
ユウがリンゴ飴を食べ終えると翔子と沖那の手を引っ張って緑達と入れ替わるように射的屋へと入る。
三人は一列に並んでコルク銃を構えた。
遊びとはいえ真剣になるところは能力者といえども年頃の男女である。
パパンと一斉に音が鳴り、キャラメルの箱や小さな置物などそれぞれが落とした。
「おにーちゃんやるねー☆」
「先輩としてそこそこ見せてやらないとな」
「これは大物を落として見せるのが大先輩としての義務ってやつですよね〜」
互いに景品を落としたことを褒めつつも、闘志をより燃やした3人は大きな獲物を落とそうと構える。
「そこです。流月弓術奥義っ!」
「ちょっと、しょこ‥‥奥義ってやばくないか?」
機先をとったのは翔子だが、不穏な言葉に沖那が汗をたらした。
翔子が気合と共に放ったコルクが招き猫を壊し、更にはじけ飛んで次々と物を崩しだす。
「わわ、翔子おねーちゃんすごいの♪」
「馬鹿ッ! これやばいぞ、逃げろっ!」
インクレディブルマシーンのように次々と災難の起こる射的の的を見て喜んでいたユウの腕を掴むと沖那はその場から逃げ出した。勿論、後で捕まって怒られたのだが、それもまた、3人にとっては良い思い出として心に残ったのだった。
●足湯でゆったり
「こういうのもいいものだな」
「はい、ここ数ヶ月はゆっくり出来なかったので嬉しいです」
足から染み込む温かさに光と歩はホッとしながら檜で作られた浅い湯船に足をつけている。
歩は人ごみから抜けた今もぎゅっと光の腕を組んで離れなかった。
「暖かいです」
それは光の温もりなのか、それとも湯なのか直接口にはしない。
「さて、仁宇さんはどこかしら‥‥まだ会えてないのよね‥‥」
シュブニグラスは足湯に浸かりながら髪をかきあげて扇で自らを仰いだ。
「お‥‥こんなところに‥‥いた‥‥のか」
「奇遇ね? 磨理那さんの警護についていたんじゃないの?」
「あれだ‥‥少しくらい‥‥二人きりにな‥‥」
髪を優美にかきあげるシュブニグラスの姿に一瞬固まった暁恒だが、いつもの無表情を作りながら足湯に浸かる。
磨理那の傍には鋼もいることもあって、居心地が少し悪くなって足湯で休むことに暁恒はしていた。
そこで思っても見なかった人物に出会えたのは幸運だろう。
「確かに少し妬けちゃうかもしれないわね」
「おや、シュブニグラス殿ではないか、暁恒殿も久しぶりですな」
「私のオアシス‥‥見つかったわ」
シュブニグラスの隣に白川仁宇が姿を見せて足湯に浸かった。
すぐさまシュブニグラスは仁宇の隣に移動するとぎゅっと抱きしめる。
「しゅ、シュブニグラス殿!?」
顔を真っ赤にして慌てる仁宇を見た暁恒はため息を漏らすのだった。
●迷子のお姫様
日も沈みかけ、祭りが盛り上がってくると人が増え、人が増えれば迷子も増える。
そんなこんなでソウマは持ち前のキョウ運により若い華に囲まれていた。
「つまり、僕にとっては不運にも君達にとっては幸運にもこうして出会えた訳だね。ご両親が迎えに来るまで、僕達も祭を楽しもうか」
「なにそれー、ださいー」
「お兄ちゃん気持ち悪いー」
気取って話すソウマだったが、相手が何分若すぎた。
「やれやれ‥‥あと10年は必要だったかな?」
迷子センターの主となり掛けているソウマは嘆息しつつも夢や希望を持っている少女達の姿を微笑ましく眺めている。
「すみません‥‥道をお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
祭りのスタッフと勘違いしたのかミリハナク(
gc4008)がソウマに声を掛けてくる。
「僕に答えれることでしたらどうぞ、貴女にとっての不運は僕にとっての幸運といえましょう」
ウィンクをしながらミリハナクへソウマが答えた。
「日本には面白い食べ物が多いと聞いていますの。けれど、どこで売っているのかよくわからないのですわ」
日中は動けなかったために案内をしてもらえず、また増えている人ごみに道が分からなくなってしまったのである。
「確か地図が‥‥はいどうぞ」
受け取っていた自分の地図をソウマはミリハナクへ差し出し笑顔を浮かべた。
「ありがとうございますの。それではよい祭りを」
ゴシックドレスのスカートを摘んでお辞儀をするとミリハナクは地図を見ながら屋台のある紫陽花園に向かって歩いていく。
「あっ、ママだー。それじゃあね、お兄ちゃん」
迎えに来た親を見つけた少女の一人がソウマに手を振りながら母親へ寄り添う。
「親子っていいものですね。あの笑顔を見たら、怒る気もなくします。でも、悪くない気分です」
誰に言う訳でもなく呟くと、残りの迷子達に向かって時間つぶしの武勇伝を聞かせはじめるソウマであった。
「あれ‥‥ここはどこでしょう?」
浴衣姿の人が多いなか、作業用ヘルメットをかぶって目立つはずのリリナは人ごみにぽつりと立っている。
周囲はリリナより背の高い人々がごった返していて、視界が塞がれかけていた。
「おい‥‥人が射的をやっている間に流されるとはどうなっている」
甘い桃の香りの方へリリナが振り向くと、そこには景品を両手に抱えた腕がいる。
濃紺の浴衣に着替えてからリリナと共に射的屋にいっていたのだ。
「腕さ〜ん。よかった‥‥です。知り合いがいなくて‥‥不安でした‥‥」
少し涙目になったリリナに腕は景品のお菓子やら置物などを渡す。
「俺も油断していた‥‥子狐屋の方へいくぞ。動かない方が安全そうだ」
「はい‥‥わかり、はわわわっ」
景品を受け取り同意を示そうとしたリリナの体がふわっと浮き上がった。
両手の開いた腕がリリナをお姫様抱っこをしたのである。
「これならもうはぐれないだろう」
リリナの反応などお構いなしに腕は人ごみの中お姫様抱っこで子狐屋へと向かうのだった。
●大宴会中
「地酒‥‥美味しいの‥‥」
「おじさん追加ねー!」
「ちょっと、そろそろ勘弁してくれないかい? 他の客に配るものがなくなっちまうよ」
店の前の椅子に座ってグビグビと顔色を変えないで酒を飲むノエルとハーモニーに流石の店の親父も困った顔を浮かべていた。
「はいはい、ちょっと君たちその辺ね。この祭りは能力者限定って訳じゃないんだ。人の迷惑になるほど飲むのはダメだぞ」
そんな二人を非武装によるボランティアとしてトラブルシューターを買って出た和泉 恭也(
gc3978)がとめる。
「む‥‥まだ全部飲み倒してないの‥‥」
「はいはーい、そんな時はオープンカフェ、子狐屋に来てください。お酒もありますし、飲み放題で提供しますよ〜」
残念そうに膨れ始めるノエルを小雪が自分の店へと誘導しながら和泉へウィンクを送った。
「助かった‥‥代金はまた後で払う」
同行していたヘイルもハーモニーと共に子狐屋へと場所を変えていく。
到着するや否やノエルとハーモニーは日本酒とお好み焼きを頼んで席についた。
「相変わらずの酒好きだな、お前はぁ。ボクも一杯貰うとしようかぁ‥‥飲みすぎて他の奴に迷惑をかけるなよぉ」
先に子狐屋に来ていたレインウォーカーがノエルに忠告をする。
「手遅れだな‥‥さっきトラブルがあったばかりさ」
「ヘイルも大変だなぁ‥‥財布の方は大丈夫かぁ?」
レインウォーカーは目の前に座ったヘイルへ声を投げかけた。
「ま、何とかなるだろう、それに楽しそうに飲んでいる二人は可愛いからな」
ヘイルは肘を突いて二人を微笑ましそうな目で眺めつつ答える。
「なんだ、ココは知り合いばかりが集まっているのか?」
「そのようですね。折角ですから休んでいきましょうか」
ネオとネイもタイミングよく現れ、子狐屋の空いている席へと座った。
ビールとから揚げをネオが頼み、ネイは紫芋のフルーツタルトとオレンジジュースを頼む。
「ご注文ありがとうございま〜す。サービスしつつも稼がせていただきますよー」
小雪は張り切って料理を作ったりお酒を用意したりと一人で切り盛りに励むのだった。
●真剣勝負
「やぁ、また会ったね」
鋼と磨理那が二人で出店を回っているとつーが酒を片手に尋ねてくる。
「会いましたね。今度は何のようですか?」
明らかに警戒の意志をみせる鋼が磨理那の前に一歩進んだ。
「どうだい、一つ勝負というこうじゃないか?」
つーはそういいながら金魚すくいの店を指差す。
「乗りましょう。人間は鬼に負けないというところを見せてあげなくてはなりませんからね」
口調は丁寧ながらも明らかに鋼はつーに敵意を出して勝負にのった。
「鋼殿だけでは不公平じゃからの。妾も参加するのじゃ、金魚すくいは父上から極意を教えてもらったので自信あるぞ?」
浴衣の腕を捲くった磨理那はしゃがみ込んで真剣に金魚を目で追いかける。
「三人別々で、一番少ない人が奢りで参りましょう」
「賭けがあったほうがもりあがるからな、問題ない」
磨理那を挟むようにつ−と鋼も座りこみ一斉に構えた。
●人というもの
「お、指輪ちゃんと填めてるのか。ま、何のかんの言ったところで、まだ年頃の娘だからな。その程度のお洒落したって罰は当たるめぇ」
「あ‥‥これは‥‥その、師匠が始めて下さった贈り物でありますからな」
水色の浴衣に桃色の巾着を提げた仁宇と紫陽花のそので待ち合わせたシンは自分の上げた指輪をつけていることを確認すると笑う。
仁宇は照れて赤くなった顔を恥ずかしそうに俯かせて呟く。
「じゃ、とりあえず歩くか」
「余り時間はありませんがそれで‥‥よろしければ‥‥」
シンは相談のことは口にせずに仁宇と一緒に出店めぐりを始めた。
「小さいけれどぬいぐるみ手に入れれましたよ、やりました!」
くじ引きの店ではオルカが念願のパンダのぬいぐるみをゲットして喜びを口にする。
公言はしていないもののぬいぐるみ集めが趣味なのだ。
「あら、セシリアは投げ輪の景品が気になりますの? あたしに任せてくださいませっ☆」
投げ輪エリアではセシリアが気にしている新選組の人形を目掛けてロジーが輪を投げている。
「スナイパーが射的は流石に自重。でも金魚すくいは自重しないヨ。だって金魚を救うんだもん」
金魚すくいではラウルが必死に元気のいい赤い金魚をモナカで出来たお玉ですくっていた。
「皆、楽しそうでよいですな」
楽しむ傭兵達を眺めていた仁宇は緊張がほぐれたのか優しい笑みを浮かべる。
「祭りだからな‥‥戦争ばかりじゃ心が荒むってもんだ」
一歩下がってついてくる仁宇の様子を見ながらシンは竹薮の方へと歩みを進めた。
「それで悩みってのは何だ? いってみろ」
「ああ‥‥その、師匠は女の魅力とは何だと思うのでしょうか? 磨理那殿も結納が決まったのですが、仁宇には恋もなければ見合いの話もなくて‥‥」
少し悲しそうな顔をした仁宇はぽつり」ぽつりと悩みを吐露する。
「お前について言えば‥‥まー、思い込みは激しいわ、無駄に責任感強いわ、冗談が通じねーわ、融通利かないトコはあるわ、どーでもいい事でウジウジ悩やむわと割かし欠点だらけだ」
「うむむ‥‥」
はっきりと欠点を責めるシンの言葉に仁宇は言葉を失っていた。
「だが‥‥でも、ま。嫌いじゃないぞ、お前のその何事も真正面から向き合うトコはな」
「ありがとうございます‥‥師匠」
シンは仁宇の頭をワシャワシャと撫で、仁宇もその優しさにいつもの笑顔を浮かべる。
そのとき、ザワザワっと竹薮が鳴り、中から沁が超機械「雷遁」をもって姿を見せた。
仁宇ははっと気付くと勢いよく離れ、そしてこける。
「何を‥‥やっているんだ‥‥?」
「それはこっちの台詞だ」
仁宇の行動を疑問に思って首を傾げる沁にシンは突っ込みをいれた。
●終わりの一歩手前
「癒されます〜」
「本当に気持ちいいですね」
セシルと伊織は足湯に入り、そこから見える紫陽花の園を楽しむ。
日も沈み、ちょうちんの明かりで照らされる足湯場は幻想的な空間となっていた。
「ああ〜極楽極楽」
「一杯食べて歩いたからな‥‥普段酷使している分労わってやらないと」
ネオとネイも足湯につかり今日の疲れをいやしている。
「もうすぐ花火の時間ね‥‥ココからでも見れるみたいだからゆっくりしていきましょう?」
「そうだな‥‥何事もなかったか」
足湯には悠季とアルヴァイムも浸かっていて、今日一日を思い返していた。
ボーンと花火があがりだすと、セシルと伊織は先に聞いていたスポットへ移動をはじめる。
「うわー、綺麗だなー花火‥‥あ、まりにゃんは改めてこんばんわだヨ。ユイノーおめでとうね? ソッチの人が相手さんかな?」
「うむ‥‥まさか妾が驕ることになるとは不覚じゃ」
「こんばんわ‥‥渡辺鋼です。磨理那さんは本当に慕われていますね。今日は特にそう感じましたよ」
しょぼくれた磨理那の隣に鋼が足をつけて座った。
「ええ、磨理那様を慕うものは多いですよ。私もその一人です」
磨理那を挟むように鋼の反対に南十星が座る。
「鋼殿、もし貴方が磨理那様を泣かせるような事があったら、私は地の果てからでも飛んできますので、お忘れなきよう」
南十星の視線は鋼に向けられ、優しい微笑みの中に強い意志がみえていた。
「ええ、わかってますよ」
「そうだ、僕もね。婚約したんだよ? お互い幸せにならないとね! お祝いに僕のとった金魚あげるヨ。世話できないから可愛そうだよネ」
鋼が南十星に答えているとラウルが磨理那に金魚を渡す。
「婚約で噂の小さなレディね。貴方の未来に祝福あらんことをハグさせていただきますね?」
金魚を受け取ったとき、後ろからミリハナクが磨理那を抱きしめた。
「あ、磨理那様こんなところにいた〜。武神祭お疲れさまでしたよ〜」
慕われていることを示すように磨理那の回り再び人が集まりだす。
次の花火がドーンとなり、夏の京都に大輪の花を咲かせた。
●華の下で思いを告げる
花火が見えるちょっとした丘、京都の市民の一部で人気のスポットに緑とラナはいた。
「綺麗ですね‥‥初めて、本物を見ました‥‥」
「実は俺も初めて見るんです、記憶を失う以前に見たことがあるかは定かではありませんが‥‥」
綺麗な花火を二人は見上げる。
ふいに、ラナが緑の方を見ながら口を開いた。
「これが私をびっくりさせるサプライズですか?」
「いえ‥‥本当は別にあるんです。ラナさん、俺はあなたが好きです、これからもあなたの傍にいさせてもらえませんか?」
「そ、傍にって結婚とかはまだ早いですよ」
真剣な緑の言葉にラナは思わず慌てて目の前で手を振る。
「だめですか?」
「わ、私だって緑君のことは‥‥色々意識しているわよ。友達とは違う‥‥特別なあなたとして、これからもよろしくおねがいします‥‥ね」
ラナが顔を赤くしながら緑に寄り添うと緑はラナの体をそっと抱きしめた。
「2年か‥‥もう2年なんだな。強くなって依頼も受けているけど昔から世界情勢は変わっているように思えない‥‥」
花火を見ながら、光は二年前のことを思い返す。
傭兵になって日も立ってない時に沖那と出会い、祭りを楽しんだ仲間とのこと‥‥。
長いようで短い月日の中、自分が行っていることが結果として見えないことにジレンマを感じていた。
「お兄ちゃんは最近危険な依頼にいっているから心配だよ」
そんな光の腕に歩はぎゅっとに抱きついて悲しそうな瞳でみあげる。
「大丈夫だ‥‥こうして平和に花火があげたりできるようになったりしている場所もあるんだからな。たまには楽しもう」
心配させてしまったと感じた光は歩の頭を撫でて安心させるように答えた。
「私もがんばるから一緒にがんばろうね」
優しくしてくれる光に対して歩は背伸びをしながら頬にキスをする。
自分の知らない時間に負けないほどの出会ってから8ヶ月分の思いを込めた口付けを歩は送ったのだった。
「わぁっ! おっきな花火っ! 綺麗だね〜。此処が沖那おにーちゃんの故郷なんだよね? 良い所‥‥」
「んー、ちょっと違うかな? 京都市じゃなくて、あっちの方にある丹後って土地が故郷なんだよ」
花火を沖那のオススメの場所で眺めながらユウは飛び跳ねて喜ぶ。
沖那が指差した方は山があるがそれを越えた先に故郷があると知ってユウは興味がわいた。
「沖那? 久しぶりね‥‥最近顔を見せてくれないので心配をしたけれど、元気に暮らしている?」
濃紺の浴衣に髪を纏め上げた姿の天羽ノ君が沖那を見つけて近づく。
「お袋‥‥どうしてここが‥‥あ、お嬢だな‥‥」
「ええ、きっと貴方ならここだろうって。そちらのお嬢さんは?」
「ユウはユウだよ。もしかして沖那おにーちゃんのおかーさん?」
悪態をつく沖那だったが、どこか嬉しそうだった。
「俺の後輩‥‥。こっちが俺の生みの親の天羽ノ君」
「アマハノキミ? 不思議な名前なの〜。うわ、また大きな花火!」
花咲く光りを見上げてユウは目を輝かせる。
「ユウの故郷には花火はないけど、いつか沖那おにーちゃんにも見てもらいたいな」
「まぁ、そういう仲だったのかしら? 私はお邪魔してしまったようですね」
「いや、お袋違うから! 勘違いするな、離れていくなよ!」
ユウの言葉に何か勘違いしたのか天羽ノ君は慈愛に満ちた目でみると沖那の静止も聞かずにゆっくりと二人から離れていった。
●最後の事件、そしてはじまり
「この人痴漢なの。さて、どうしようかな。祭りで浮かれるのは別に構わないけど、他人に迷惑はかけてはいけないね。」
ドスンという大きな物音と共にフランケンシュタイナーをノエルが決めて取り押さえた。
覚醒しているため、一般人であれば即死ものである。
「ノエルもちょっとまて、覚醒して技をかけたら一般人は死んでいるぞ」
花火をノエルとハーモニーと眺めて、露店でかった紫陽花を模したストラップを渡していたヘイルは目の前で起きたことに一瞬戸惑ったがすぐに現実に戻った。
「大丈夫か? 救急車を呼んだ方が」
甚平をきている赤い髪の少年の肩に手を置いてヘイルは症状を確認しようとしたとき、少年は平気そうに立ち上がって首を鳴らす。
「いい投げだったなぁ‥‥ワザワザ山を降りてきたかいがあるってもんだ」
少年の顔は山戸沖那そっくりだが、幼くまた邪な笑みがへばりついていて雰囲気は別人だった。
「今ので平気‥‥まさかバグア!」
ハーモニーが思わず口にすると物々しい雰囲気と共に少年を能力者たちが囲む。
「こいつぁ手厚い歓迎だなぁ。だが、何もしねぇよ。山城の代表として祝いの言葉を送りにきただけだぜ」
クククと笑い少年の眼は駆けつけてきた磨理那へと向けられた。
「おめでとうさん、京都市の姫君よ。だが、これからは油断しないことだ。これから山城は京都府制圧に乗り出すぜ」
「沖那‥‥ではないが、何者じゃ名前を名乗るのが礼儀じゃろう」
「ふむぅ‥‥そうだなぁ、朱色の貂。朱貂(しゅてん)と名乗っておこうか」
ニヤニヤとした笑みを崩さず紅い動物の毛皮を手に取った少年は名乗る。
「それじゃあ、楽しみにしてろよ。この街から俺が支配する」
そういい残すと朱貂は姿を消した。
「シュテンと名乗りおったか。山城といえば大江山のあるところ‥‥これは急いで対策を立てねばならぬ」
磨理那は『ある鬼』の伝承を思い出すと急いで帰路につく。
楽しい祭りの終わりにはそぐわない大きな動きが起こったのだった。