●リプレイ本文
●下準備
「七市 一信(
gb5015)、みてのとおりのもんさね 今日は、よろしく頼むね」
「ぱ、ぱんだ‥‥」
初老の団長は七市の姿をみると開口一発に見たままを答える。
「あ、これでも能力者だから大丈夫。着ぐるみ担当らしいからよろしく頼む‥‥」
フォローをするように山戸・沖那(gz0217)が団長に声をかけた。
「BGMとかはこっちで用意するんで、その辺は安心してくれ。本当にメインキャストしか出来ないのが心ぐるしくはあるけどよ」
ヤナギ・エリューナク(
gb5107)が自前の楽器であるベースやブルーハープを持ち込みながら挨拶を交わす。
今回集まった能力者は沖那を含めて5人だ。
「人数は少ないが、その分しっかりした演技でカバーするさ。女形が板についてきたのが少し悲しいが‥‥」
「それも一つの才能さ。今日は天帝役をやらせてもらう金城ヘクト(
gb0701)さ」
「宵藍(
gb4961)だ」
最後の二人が挨拶を終えると、団長は咳払い一つして5人を見る。
「今日はよろしくお願いします。チョイ役などは私どもの方で人手は用意しますから」
団長は深く頭を下げ5人の若き俳優を迎え入れるのだった。
●開幕
ブザーが鳴って幕があがる。
ざわついた子供達の声が静かになり、ステージへと向けられた。
ステージ端、スポットライトがあたるとそこに本のつるされた笹がある。
その笹を食べにやってきたパンダが本を発見すると手と足を伸ばして倒れそうになりながらも本を手にとって転がるも客席から笑いがこぼれた。
本をパラパラとめくるとパンダは本を読み始める。
『む? たー‥‥七夕物語‥‥遠い遠い昔、在る所に布織の才女、織姫と牛追いの青年、夏彦がおりました』
そこまで読むとスポットライトが消えて、パンダが闇に消えると共にステージがゆっくりと明るくなった。
明るくなったステージでは織姫が機織をしている。
「今日も綺麗な織物つくらなくちゃ」
織姫として色白のメイクを施され、女性と見まごうような宵藍が歌を口ずさんでいた。
歌が終わると一度暗転し、再び明かりが灯ると夏彦となったヤナギが牛を連れてステージへでてくる。
仕事の鼻歌でも歌いながら夏彦がステージの中ほどまで行くと、落ちていたハンカチを拾い上げた。
「これは綺麗なハンカチだ。落としたのはどなただろう?」
薄桃色のハンカチを子供たちに見せるようにステージの前ほどまで来て演技を続ける。
そうしていると、反対の袖からおろおろと周囲をみる織姫がステージに出てきた。
二人の視線が自然と合う。
キラリラーンと分かりやすい効果音がなり、間を置いてから二人は近づいて手を取り合った。
「‥‥キミの名は?」
「私は織姫といいます。あの‥‥貴方のお名前は?」
織姫の瞳は夏彦をじっと見上げ、少し潤んでさえもいる。
「夏彦だ」
夏彦も自らの名乗りを織姫の瞳を見つめ返しながら答えると、牛がモーと鳴いた。
「これ、お返しておく。俺は仕事があるからこれで‥‥」
ハンカチを織姫に返すと夏彦は後ろ髪引かれながらも牛に引っ張られるようにステージから去っていく。
「‥‥夏彦様」
織姫はステージの真ん中でハンカチをぎゅっと握り締めながらそっと呟た。
すると再びステージが暗転し、スポットライトと共にパンダが最初に出てきた位置へと姿を見せる。
『夏彦と織姫はすぐに恋におちました。そして一生懸命働いて仕事を終わらせ、二人で会う時間を作ったのです』
準備を整える幕間の処理を兼ねてパンダはゆっくりした口調でナレーションを行った。
●序幕
機織の音が終わるとステージが夜の背景にかわっていてしっとりしたBGMが流れた。
暗めのステージに二人が椅子に座って上を見上げながら寄り添っている。
「夏彦様に会えると思うと、機織も一層頑張れますわ」
織姫は夏彦の隣で幸せそうに微笑みを浮かべた。
「俺も織姫のために牛追いの仕事を一生懸命やっている」
夏彦はとりだしたブルーハープを奏で、リズムに乗せて愛を語る。
ミュージカルのような演出に子供達の視線は釘付けである。
一通りの歌を終えると、夏彦は織姫の手をとりじっと瞳を見つめた。
織姫も見つめ返すと夏彦は言葉をつむぐ。
「結婚してくれ、織姫」
「嬉しい‥‥それではお父様にお許しをいただきにまいりましょう」
織姫が頬を染めながら手を握り返して答えるとステージが暗転した。
雄雄しいBGMと共にスポットライトがステージ上を駆け巡ったかと思うと一箇所に集まりそこに天帝の姿が現れる。
「夏彦お前のような男ならば、織姫を任せられそうだな」
ヒゲをつけて豪華な衣装を纏ったヘクトが話をはじめるとステージが明るくなり3人がそろった。
「お父様!」
「天帝様‥‥織姫さんとの結婚をお許しください」
夏彦は手を離して天帝の隣へ膝を突いて座り、頭を下げる。
「私からもお願いします。夏彦様のような方を私は追い求めていたのです」
「織姫も独り立ちは出来ているのだしな? では、二人の婚約を認めてやろう」
天帝は優しい声色で二人の結婚を認めた。
「織姫!」
「夏彦様!」
二人は抱き合い舞を踊るように喜びを現し、明るいBGMに合わせてステージの上を動きまわる。
一周回って再び天帝の下へ辿りつくと、天帝は低い声で釘を刺す。
「但し、二人とも仕事を疎かにするようならば許しはしないぞ、良いな?」
「はい、ありがとうございます天帝様」
「もちろんですわ、夏彦様のために今まで以上に機織に励みますわ」
二人は抱き合いながらも天帝を見上げ、しっかりと答えるのだった。
そこでステージは暗転し、再びステージ袖にスポットライトと共にパンダが浮かぶ。
『天帝は二人の結婚を許しました。ですが結婚した二人はいつも一緒に居るために働く事をやめてしまったのです それをみた天帝は‥‥』
ゆっくりとした口調のナレーションで序幕がしめられた。
●破幕
ステージが明るくなるとベッドの上でべったりとくっついている夏彦と織姫の姿がステージの中央に見えた。
「機を織るより、夏彦様と一緒にいたいの‥‥はい、あーん」
織姫は団子を夏彦に食べさせながらしなだれかかっている。
「あーん、織姫のお団子は美味しいな。機織よりも俺のために団子やごはんを作ってくれないか?」
「もちろんよ、私は夏彦様のためなら何だってするもの」
腰に手を回して織姫を抱き寄せ夏彦は織姫に触れるか触れないかくらいに顔を近づけて愛の言葉をつむいだ。
ブルーハープではなくベースでもって、シックなテンポのリズムを刻んで歌えば同じ歌でも印象が変わる。
夏彦役であるヤナギらしい演出だ。
そのリズムに合わせて踊る織姫もどこか艶かしく緩やかな舞が色っぽさを強くさせる。
子供向けにしては少し刺激の強い演出かもしれないが、ステージを見る子供達は緊張した面持ちで様子を見守っていた。
織姫と夏彦は天帝との約束を破って遊びほうけているのだから‥‥。
歌が終わると共にモーと牛が寂しそうに啼いた。
「もう、気分壊れるぜ。大人しくしていろよ」
夏彦が牛に近づくと牛の中から天帝ががでてくる。
「やはり、こうなってしまったか‥‥夏彦お前には失望したよ。民の苦情を聞きつけ、牛になってきてみればこの有様とは」
天帝が低い声で怒りを通り越した呆れを示すと、夏彦は尻餅をついて倒れ、織姫はわなわなと震えはじめた。
「て、天帝様‥‥あの、これは!」
弁解をしようと夏彦だが、天帝は手を突き出して気合の一拍と共に転がす。
雷のような効果音が響くと夏彦が這いつくばった。
「問答無用。約束を私はしたはずだ。仕事をするようにと‥‥」
這いつくばる夏彦、そして織姫に視線を移しながら天帝は言葉を続ける。
「私についてきなさい、織姫。自業自得なのだぞ、このままでは織姫も駄目になってしまう」
織姫の傍までいくと、強引に腕を掴んで天帝はステージの端へと引きずっていった。
いやいやとする織姫は夏彦に向かって手を伸ばす。
「夏彦さまぁぁぁぁっ!」
「織姫ぇぇぇえっっ!」
夏彦も立ち上がって織姫を追いかけようとするがそこへ青い布を持った黒子達がステージの奥から出てきて二人の間に川を作った。
「罰として二人には、離れた場所で働いて貰うとしよう」
天帝が締めくくるとステージが再び暗くなる。
物語もクライマックスへと進もうとしていた。
●急幕
休憩を挟み、暗いステージでは青い布に隔たれた織姫と夏彦をスポットライトが照らす。
仕事が手につかないのは変わらないが、お互いの心は雲ってしまっていた。
織姫だけにスポットライトがあたり、涙を流しながら機を織る姿がクローズアップされる。
「あの日、夏彦様にあうまではこんな気持ちで機を織ったことはないのに‥‥何をしていても思うのはあの人のことばかり‥‥」
涙が機に落ち、そのまま折られていくため出来上がった着物は悲しみに彩られていた。
次に夏彦のみにスポットライトが照らされ牛に逃げられてしまう姿をさらす。
「道を歩く度にあの日のハンカチを思い出してしまう。失敗ばかりだ‥‥どうしたらいいんだ」
織姫と会えなくなったのは自分たちの怠慢が原因であることも反省しているが、夏彦は悩み苦しんでいた。
一度スポットライトが消えると、中央の布の上に立つ天帝にスポットライトが集中する。
「織姫の織物の色から明るさが消えてしまった‥‥夏彦の仕事ぶりも失敗続きと聞く。やはり‥‥どうしらいいものか」
天帝は蓄えた髭を撫でながらしばらく考えた。
「例外を認めてしまうのは民のため良くはないが、結婚を許したのはこの私だ‥‥私も鬼ではないのだ。それに会える事が仕事の励みにもなるだろ」
一人頷き、自分に半ば言い聞かせるように天帝は呟くと両手を広げて大きく声をあげる。
「カササギよ二人のために橋を架けて欲しい。毎年その日だけに現れる橋を‥‥」
台詞が言い終わると共にスポットライトが消え、パンダの七市がナレーションを差し込んだ。
『天帝から橋をつくる許可をもらったカササギは早速二人のために橋を作り始めました。そして、7月7日。カササギは二人を橋の元へ呼び寄せました』
ステージが明るくなると、中央の青い布の上には緩やかに弧を描いた橋が架かっている。
小柄なカササギの沖那が織姫と夏彦の手を引いてステージ中央の橋まで連れていった。
「織姫! 会いたかった! 今日だけは特別‥‥この日の為に仕事も頑張れそうだ」
「夏彦様‥‥私も今日という日のためにこれから励もうと思います」
二人は橋の中央で抱きしめあい、お互い真面目に働こうと誓いあう。
そんな二人を祝福するようにカササギが拍手をすると会場の子供たちも拍手を二人に贈った。
「カササギよ‥‥ありがとう」
織姫が目元を拭いながら最後に呟くと幕が下りていった。
すると、幕の中から笹と本を持ったパンダが出てくる。
『こうして二人はこの七夕の日、二人で会うことが出来るようになったのです。めでたしめでたし』
本を閉じるとパンダは再び幕の中へ戻るのだった。
●最後のサプライズ
「皆、お疲れ。殆ど裏方だったけど楽しかったぜ」
カササギの衣装を脱ぎながら沖那が声をかけていく。
「子供たちも喜んでくれたみたいだし、5人でも何とかなってよかったね」
七市はパンダ姿のまま笹を本当か冗談か食べつつ満足そうに頷いた。
「俺は何か女形が板についてきて少し複雑だが‥‥喜んでもらえたのならいいだろうが、ヤナギやりすぎじゃないのか?」
メイクを落としながら宵藍がジト目でヤナギを見る。
「段々本当の女に見えてきたからな、それなりにホンキの演技をさせてもらっただけさ」
ヤナギはジト目をさらりとかわし沖那の肩を掴んだ。
「それと本日の主役はこいつだからな? ハッピーバースデー、沖那」
言い終わるとヘクトが祝いの定番曲を持っている楽器で鳴らす。
「水臭いさ、誕生日くらい祝わせて欲しいさ」
「皆‥‥あ、ありがとう」
突然のことにびっくりしていた沖那だが、嬉しさと気恥ずかしさにそっぽを向いた。
団長さんが用意してくれたケーキを皆で食べ、舞台の成功を皆で祝う。
仲間と過ごす大切な誕生日を沖那は楽しんだのだった。