●リプレイ本文
●京都の今
1月23日、京都の町並みは賑わいを見せていた。
朱貂と名乗ったバグア一味との戦いから、街の傷はいえていないが暗い顔をする人々は誰一人としてなく、今日という日を祝っている。
「何かあるのでしょうか?」
高速移動艇で流されるがままに乗ってきたむらさめ(
gc6617)は盛り上がる人々の雰囲気を眺めながら、不思議な盛り上がりに首を傾げた。
傭兵とはバグアと戦うためのものだと聞かされていたので、その仕事とあれば戦闘だと思ったのだが、様子が違う。
すると、目の前から緋沼 京夜(
ga6138)が苦い顔をしながら歩いてくる。
漂う雰囲気は喜びというものが感じられず、祝いムードのある街中から浮いていた。
「すみません、確か能力者の方‥‥ですよね? 自分はグラップラーのむらさめといいます。初めての仕事できたんですけど、何があるんですか?」
しかし、一緒に高速移動艇でやってきたのを見ていたむらさめは遠慮しがちではあるが、緋沼へと声をかける。
「初仕事か‥‥俺はエースアサルトの緋沼京夜だ。今日はここで京都の代表者が挙式を行うからな。あっちの下鴨神社で披露宴をやるから、いって来いよ」
「ありがとうございます、緋沼さんはいかれないのですか?」
義手である右手で神社を指差した緋沼にむらさめは丁寧に頭を下げつつ聞いた。
「披露宴には参加しない‥‥血臭を持ち込みたくはないんでね」
薄く笑うと緋沼は手を振りむらさめと別れる。
緋沼の背中はどこか寂しげな感じにむらさめには見えた。
●祝いの儀
「磨理那さまっ、おめでとうなんだよっ! 幸せになってね☆」
「このたびの結婚の儀まことにおめでとう御座います。磨理那様とてもお美しいですよ」
挙式も終わり、披露宴がはじまるとユウ・ターナー(
gc2715)と南 十星(
gc1722)が平良・磨理那(gz0056)に挨拶をする。
白無垢姿の磨理那は幼さよりも品のよさがいつもより強くでていて、南の言葉どおり『可愛い』より『美しい』と言えた。
「二人ともありがとうなのじゃ」
ユウから手渡された手作りの和風ブーケを受け取り、磨理那は微笑みを浮かべる。
「花束の先を越されてしまったわね。私からも花束よ」
ぎこちない笑みを浮かべた百地・悠季(
ga8270)が色とりどりの花のまとまった花束を渡した。
白のヒヤシンス、ビバーナム・ティナス、桃色と紫と白のスミレに金鳳花と縁起のいい花言葉を取り合わせた花束である。
「パレードコースで人手が足らないところがあればいってくれ、手伝おう」
「気持ちはありがたいのじゃが、できる限り京都のもので守っていけるようにならねば何時までも真の復興にはならんのじゃ。それにこちらよりも自分の伴侶を大切にするべきじゃろ?」
気分の優れなさそうな悠季の傍らに立つアルヴァイム(
ga5051)に向けて磨理那は伝えた。
自立をして、自分達で立ち直ってこそ強い街になるというのが磨理那の考え方である。
あくまでも能力者は傭兵であり、一時的な処方箋でしかないのだ。
「せめて、私だけでも警護をさせてはいけませんでしょうか? パレードで何があるとも限りませんから」
十星が磨理那に子犬のような目で食い下がると、磨理那は苦笑を浮かべながら頷く。
「仕方ないの。そちは妾の騎士じゃ。パレードのときだけじゃぞ?」
「ははっ!」
南が嬉しそうに肩膝をついて頭を下げていると、入れ替わるように玖堂 暁恒(
ga6985)が磨理那の前にでてくる。
「『比翼連理』をイメージして作らせて貰った‥‥姫さん達に合わせて、下鴨神社の連理の賢木がモチーフだな」
連理の枝に止まるつがいの鳥を、練り切りでレリーフ状にした物を二人に出しつつ玖堂はククッ笑った。
髪型をオールバックに整え、スーツを着てきた彼に一瞬気づかなかったが、最後の笑いで気づいた磨理那はレリーフの練り切りを受け取る。
「ただ、練り切りだからな、かなり重い‥‥大した物じゃ無くて悪いがせめてもの祝い品だ‥‥ああ、無理に二人で食わなくても良いからな?」
「すごく気持ちの篭った贈り物じゃ、食べるのが勿体くらいじゃの。鋼殿」
「そうですね。ありがとうございます‥‥朱貂との戦いも皆さんがいてこそ勝てました。ここからが私達、民の上に立つものの戦いです」
磨理那に話を振られた新郎の鋼は決意の火の灯った瞳を玖堂に向け、静かに誓いを立てた。
京都市の代表として、この式典より正式になる二人には先行く課題が山積みである。
元の古都にするには時間がかかるかもしれないが、乗り越えられるる決意と熱意を二人は持っているのは能力者達もわかっていた。
ふいに宴席の真ん中に向かって煌びやかな装飾、舞の衣装をきて女性にしか見えない終夜・無月(
ga3084)がシャランと鈴を鳴らしながらでてくる。
漂わせる雰囲気は神秘的で美しく、本物の巫女と見間違うほどだ。
「御二人の末長き幸せとこの都の安寧を願いまして‥‥」
シャランと鈴を鳴らしゆっくりとした動きで無月は舞い始める。
婚礼の祝いの舞と魂鎮めの舞として神楽が新郎新婦にも内緒のサプライズとして演じられた。
「これは見事じゃの」
「はい」
無月の舞に磨理那はころころと鈴の音のような声を上げて笑う。
笑顔をチラリとみた無月はますます洗練された動きで舞を続けるのだった。
●宴席に花咲く
無月の舞が終わると、披露宴もやや砕けた雰囲気となり皆が打ち解けてしゃべり始める。
「‥‥しっかし目出度い事とは言え、12で輿入れたぁ、ほんとに今は21世紀なのか疑問になりそうだわ。‥‥ま、本人達が納得してんのなら、口出す義理じゃないけどな」
「京都市は古くからの慣わしの強い地域ですからな。特に平安の趣を残しているのですぞ、ささ、一献どうぞ」
風羽・シン(
ga8190)は隣に座る白川・仁宇から酌を受けつつ、新郎側の親類に挨拶周りをする磨理那を眺めていた。
出てくる会席料理は鯛をはじめ目出度いものずくしではあるが、作法には無礼講とあって皆気ままに食べている。
しかし、シンは日本古くの作法に習って食べていた。
「師匠、作法ができていますな」
「‥‥流派の跡取り息子が無作法など許されないって、無理矢理お袋に叩き込まれてな。‥‥ある意味、剣の修行より苛酷だったわ」
感心する仁宇にシンが答えていると狙っていたかのようにシュブニグラス(
ga9903)がシンに酌をする仁宇へ話を切り出す。
「仁宇さん、朱貂討伐の時は完全に詰めが甘かったわ。ごめんなさいね」
「そのようなことござりません。仁宇は仁宇のするべきことをしたまでですぞ。それにほら、体もこの通りですからな?」
両手を広げて元気のよさをアピールする仁宇の頭にシンの拳骨が落ちた。
「バカ弟子が、俺の悪いところまで真似をしなくていい。生きていたからいいものを‥‥」
「能力者でなければ即死でありましたな。いやはや、便利なものでありますな」
拳骨を叩き込まれ、少し涙目になりながらも仁宇はうんうんと頷く。
「そう、なら良かったわ」
仁宇の明るい姿を見たシュブニグラスは少し安心したように微笑みを見せた。
「それで、あちらはああいう関係だったの? すごく微笑ましいけれど‥‥」
「そのようですな。仁宇はしりませんでしたが」
「俺も初めてだな‥‥」
3人の視線が向かっているのは着物姿でなれない化粧までしている篠原・育美(
gb8735)と山戸・沖那(gz0217)の二人である。
「沖那はこういう形であうのは初めてかな‥‥この間は本当にすまなかった」
育美のいうこの間とは昨年の6月のことだ。
紫陽花祭で会う約束をしていたのだが、育美とは会えずに出てきたのは『朱貂』と名前を変えた双子の兄弟だったのである。
「いいよ、もう気にしてねーし」
「着物なんて着るの初めてだ‥‥変じゃないか?」
「変じゃないし‥‥」
育美が上目遣いで尋ねるものの沖那はそっぽを向いて答えるだけだ。
「なら、こっちを見てくれてもいいだろ?」
「べ、別にいいだろ。いつもと違う雰囲気で、こっちだって緊張してるんだよ!」
不安げに呟く育美に沖那は思わず大きな声で訂正する。
視線が一気に集中し、二人は同じように縮こまった。
「微笑ましいですな」
「微笑ましいな」
「微笑ましいわね」
二人を眺める3人は同じ言葉を同時に呟き、食事を楽しむ。
結局、披露宴の最後まで育美と沖那はそれ以上話すことはなかった‥‥。
●二人だけの時間
「エスコートとフォローを宜しくよ、『お父さん』」
「もう少し稼がんといかんかね、『お母さん』?」
金鳳花を一輪、悠季がアルヴァイムの胸ポケットにさすとどちらからともなく微笑む。
パレードの喧騒が遠くになったことを確認した悠季とアルヴァイムは人の少ないポイントをゆっくりと歩きだした。
披露宴の間下がっていた調子も取り戻し、悠季はコートを羽織って寒くないようにしながらアルヴァイムも逆腕を抱く。
歩調はいつもよりもゆっくりと、景色と人の流れ、匂いなどを楽しむのもオツなものだ。
「少し冷えるな、これも付けた方がいい」
しばらく歩くと、アルヴァイムは手荷物からマフラーを取り出して悠季の首に巻く。
歩いている最中も悠季の転倒を気遣ったり、腹部へ衝撃がないように人ごみを極端に避けるなど、気遣いをしてくれていた。
その細かすぎるとも言える気遣いに悠季は思わず苦笑を浮かべてしまう。
「変なことをしているか?」
「ううん、アルの気遣いが面白くて‥‥昔といってもまだそれほど経ってないのにすっかり『お父さん』なんだなって」
「そうだな‥‥戦闘狂を自称していたが、そうでもなかったようだ」
恋人から、夫婦へ、二人は確実に進み、今は新たな命を授かって父母へと成ろうとしていた。
「今日結婚したあの二人も、いずれ私達みたいになるのね」
「14歳でも妊娠、出産は可能だから意外と早いかもしれないな」
ふむと、口元を押さえて考えるアルヴァイムの姿に悠季はプッと吹き出す。
「本当に貴方は変わったわ。変わらないのはそのしっかり考えて優しくしてくれるところ」
ぎゅっと悠季はアルヴァイムの手を握りしめて頭を預けた。
「手に届く未来まであと少し‥‥それから先が大変だけど」
「まあ、その頃迄には世界も落ち着くと良いんだがね‥‥とりあえず、少し休憩していこうか。あと3分ほどで茶店に着く」
「ええ、任せるわ。『お父さん』」
未来にはまだ届かないけれど、今届く暖かさをしっかりと握りしめて悠季は答える。
アルヴァイムはそっと手を握り返し悠季をエスコートするのだった。
●出店をぶらりと
「沖那おにーちゃんのママ! こんにちは、なのv 夏祭り以来だねッ☆」
「あら、ユウさんでしたか? 隣にいるのは確か緋沼さんですよね?」
出店を見ながら歩くユウと緋沼は沖那の母である天羽ノ君と出会う。
彼女は二人の顔を確認しながら優美に微笑んで尋ねた。
披露宴も終わり、パレードで人が多少空いている間に回ろうと考えていたのは二人だけではなかったらしい。
「ママも‥‥朱貂の一件で気落ちしてない? ユウ‥‥心配だよ‥‥」
緋沼は軽く会釈だけして答えるが、ユウは微笑む天羽ノ君に近づいて見上げた。
「そうですね。気落ちをしていないといえば嘘になります。夫もあの子もバグアの手に周り、そして沖那と戦うことになってしまったのですから‥‥」
先ほどまでの微笑みは消えうせ、虚ろともいえる顔で天羽ノ君は空を仰ぐ。
澄み渡る青い空がただ広がるが雲がいくつもあり、まるで彼女の心を表しているようだ。
緋沼は何もいわずに天羽ノ君と同じように空を仰ぐ‥‥。
「こんなところで暗い顔をしていてはいけませんね。私も土地を預かる身ですから、磨理那さんのように強くありませんとね」
天羽ノ君が苦笑を浮かべていると、沖那が駆けてきた。
「ちょっとお袋、案内して欲しいって言った傍から離れるなよ」
「あ、沖那おにーちゃん☆」
沖那を見つけたユウはパタパタと駆け寄ると元気よく挨拶をする。
「あのね‥‥沖那おにーちゃん‥‥ユウ、いつでも沖那おにーちゃんの傍に居るよ」
兎のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめてユウは沖那にだけ聞こえる声でそっと伝えた。
「ねね、京夜おにーちゃんも沖那のママも一緒に回ろうよ! 皆でいた方がきっと楽しいよ!」
「そうしたいのですけれど‥‥」
ユウが元気よく提案をした後に困ったように動いた天羽ノ君の視線で、ユウは沖那の後ろにいた人物に気がつく。
手を握って沖那と一緒にいたのは育美だった。
「あ‥‥」
姿を確認したとたんにユウは緋沼の影に隠れてしまう。
不安げとも寂しげとも取れる顔で沖那と育美をユウは見る。
「山戸と一緒にいくなら、私も混ぜて欲しいんだが‥‥」
「え、えっとやっぱりユウは京夜おにーちゃんと一緒にいくの! じゃあね」
慌ててユウは京夜の袖をひっぱり、出店の通りを走っていくのだった。
●新夫婦の行進
「まりなさまーおめでとうございまーす」
「お似合いですよー」
ギャラリーから声に答えるよう牛車にのった磨理那と鋼が手を振っている。
「おめでとう。綺麗よ。せっかくだから年に一度パレードしたらどうかしら?」
磨理那達が近づいた頃を見計らってシュブニグラスが声をかけた。
「考えておくのじゃー!」
両手を口に添えて、磨理那がシュブニグラスの問いかけに答える。
大人らしい白無垢姿とは真逆の可愛らしい仕草にシュブニグラスのハートは撃ちぬかれた。
「ああっ、素敵よ!」
パシャパシャとその姿をファインダーにしっかり納めるシュブニグラス。
「あんた‥‥好きだな‥‥」
写真を撮っているシュブニグラスの背後に玖堂が近づいた。
黄昏ていたのだが、手持ち無沙汰にパレードを見に来たのである。
「記者だもの、当然よ」
「そうか‥‥」
楽しそうに写真を撮り、それに自信を持つシュブニグラスの姿を玖堂は頬をわずかに緩めて見守った。
***
「しっ、師匠! さすがにこれは恥ずかしすぎますぞっ!」
「暴れると落ちるぞ。それにお前一人抱え上げた程度で疲れる程ヤワな鍛え方してねぇよ。大人しく妹分の晴れ姿、眼に焼き付けとけ」
腿の当たりをシンが抱きかかえて持ち上げられた仁宇は顔を真っ赤にして両手を振る。
その仕草が磨理那を呼んでいると思われたのか牛車が寄ってきた。
「姉上も祝辞ありがとうなのじゃ」
「よぉ、まだまだ予断を許さない状況だが‥‥ま、今日は折角の慶事だ。しっかり楽しんどくんだな」
「勿論です。きっと、心から楽しめるのは今日くらいでしょうからね。後はちゃんとできるまでは我慢の日々でしょう」
磨理那と鋼を見上げてシンがニヤリと笑えば鋼は自信を持った視線で答える。
「師匠! 早くおろしてくだされ! 恥ずかしいです!」
抱きかかえられたことに恥ずかしさを感じていた仁宇が両手を振り、体を捻って暴れていると磨理那が意味ありげに笑った。
「仲良きことじゃの‥‥風羽よ。姉上に妙な真似をしたら妾が許さぬからな? 覚悟しておくのじゃぞ」
「馬鹿弟子と師匠に何があるっていうんだよ」
「ささ、磨理那様。時間もありますから次へ参りましょう」
シンが毒づいていると、南が牛を引いて、パレードのコースへと戻っていく。
護衛ついでの従者役として、彼はパレードに参列していた。
元々から仕えていたのではないかと思えるほどに良く馴染んでいる。
「さて、姫さんにも挨拶したし‥‥次はゆっくり出店でも回るか?」
ストンと仁宇を降ろしたシンは何も無かったかのように振舞ってきた。
「もう少し、師匠は女心というものを理解すべきだと仁宇は思うのですぞ。故に、出店ではしかとおごってもらいます故に御覚悟を!」
恥ずかしさなのか照れなのか赤い顔をした仁宇はシンにそれだけ言い放つとスタスタと歩き出す。
やれやれと肩を竦めたシンはその後ろについていくのだった。
●勇気をだして
出店を回り、食べたり射的をしてきた沖那と育美は二人で磨理那の屋敷に来ている。
静かなところがいいという育美の要望で沖那がAU−KVを走らせ、案内したのだ。
「この間の祭りのことだが‥‥一応近くまではきてたんだ‥‥だけど足が止まってしまった‥‥そこまでは期待で胸がいっぱいだったのにな‥‥」
待ち合わせの場所であった磨理那の屋敷の柱をなでつつ育美はポツポツと語りだす。
「私はあまりああいう経験少なかったから怖くなったんだと思う‥‥」
「もう良いよ‥‥過ぎたことだし、あの後それどころじゃなくなったし」
育美の頭を軽く撫でて沖那は奥へと連れ出した。
髪に挿した簪が落ちないように空いている手で支えて育美は沖那がひっぱる手をきゅっと握る。
茂みを抜けて出たのは視界の広がる京都の町が見える丘だった。
「ここから見える景色をさ、先輩に見せたかったんだ」
「そうか‥‥綺麗な街‥‥だな」
「朱貂が来る前はもっと綺麗だったけど‥‥大分壊れてるのも分かるよ」
二人は隣り合いながらもお互いの顔を見ずに話し続けた。
「じゃあ、私も今日来た約束を果たさないとな」
寂しそうな顔をしている沖那をみた育美はごそごそと瓶牛乳を出して沖那へと渡す。
「乾杯だ。初牛乳」
「そうだった‥‥じゃあ、乾杯」
カツンと瓶同士をぶつけて二人は牛乳を飲みあった。
「沖那が無事生きて帰ってきてくれたとき‥‥嬉しかった‥‥こうやって2人で飲んでる牛乳が一番だから」
一口付けた育美は沖那を潤んだ瞳で見つめてゴクリとつばを飲む。
「私は不器用だし、周りの女の子のように可愛くはなれない‥‥それでも良いかな?」
はじめは育美の言葉にきょとんとしていた沖那だが、気づいたのか顔を赤くして視線を一度そらした後、戻した。
「俺の方こそ、半人前だし‥‥まだまだ、頼りないけど‥‥俺は先輩が好き‥‥だから‥‥」
それだけいうと、沖那は軽くちょっと触れる程度のキスをする。
「初めては‥‥牛乳の味」
この日、初めて育美は嬉しそうに微笑んだ。
●鎮魂の楽曲
「ありがとう‥‥お前達の切り開いてくれた道のおかげで、最後まで戦い抜く事ができた。お前達の想いは忘れない。いつかこの街じゃなく、この星から追い出してみせる‥‥」
日暮れ近く、緋沼は供え物の酒をおき、線香を墓標に焚いた。
緋沼の表情は新たな誓いに強い意志を滾らせている。
「皆のお陰でもう朱貂は居ないよ‥‥だから。ゆっくり眠って‥‥」
共に来ていたユウもモヤモヤした気持ちを晴らすように静かに眠ってもらうように祈りを捧げた。
「それまでは出来るだけ土産話を作っておかないといけないわね」
背後からかけられた声に緋沼とユウが振り返ると、シュブニグラスが立っていた。
明るい表情ではなく、暗く沈んだ顔からは兵士の死を悔やんでいることが伺える。
「朱貂討伐お疲れ様でした、皆さん無事に帰ってこれて本当によかったです。そして、こうして帰れなかった人たちもいることを忘れないようにしないといけませんね」
パレードを終えた南もここに討伐に参加した能力者が集まっていると聞き、やってきていた。
花を一輪供え、両手を合わせて祈る。
楽しいことばかりではない、生き延びれたのは犠牲があってこそであることをここに来て南はしっかりと感じていた。
「そうだな‥‥ユウ、ハーモニカを頼めるか?」
緋沼は弔いに来てくれた仲間達の姿にフッと口を緩めてユウへ視線を向けた。
「うん、ユウ‥‥がんばるね?」
元気さを抑え、静かにハーモニカを吹き始める。
散っていった戦士たちへの鎮魂歌。
犠牲の上に成り立った平和、そして自分達の命‥‥。
そのことを改めて感じさせるような心にしみる曲だった。