●リプレイ本文
●心と体の準備
「‥‥なんのかんの言って、戻らざるを得ない街か」
黒木敬介(
gc5024)は雨の中、紫陽花園現地で蛇の目傘を差して相手を待つ。
京都の街、それも依頼主の屋敷が知っている山の付近とあっていきづらかったのだ。
もう一つ、雨の中でしょんぼりする人影がある。
「あー、憂鬱だよ、これも全部雨のせいだー!」
浴衣を着ながらも空に向かって瑞姫・イェーガー(
ga9347)は叫んだ。
雨傘で濡れてはいないものの、今でも涙で顔が濡れそうである。
「もうボクの黒髪は戻ってこないんだな、自慢だったのに」
上を見たかと思えば、今度は下を見て瑞姫はつぶやいた。
水溜りに写るのは一昔前とは似ても似つかない自分の姿である。
「お待たせ‥‥」
瑞姫は声の方向に思わず振り向くが、そこでは白地に桜の花びらが舞い散る美麗な浴衣をきて、いつもつけている眼帯をはずした葵 宙華(
ga4067)が黒木と会っていた。
「畜生、雨なんか嫌いだー」
鬱屈した瑞姫の気持ちを表すかのように京都の空はどんより曇り、しとしとと雨が降る。
***
一方、その依頼主である平良・磨理那(gz0067)の屋敷では浴衣に着替えるために多数の能力者が集まっていた。
「はっろ〜磨理那ちゃんお久しぶりー♪ 遅くなっちゃったけど結婚おめでとうございます。あとは世継ぎの誕生で京都の未来は安泰ですにゃ〜」
出会いがしらに主に抱きついてきたのは葵 コハル(
ga3897)である。
抱きごこちを確かめたあと、ニシシと笑って着替えの広間へと入っていった。
「やれやれ、元気なやつじゃのぉ‥‥」
梅雨が来ているというのに小春な女子(おなご)だと磨理那は呟く。
「浴衣も久々でありやがるですね。よく似合ってやがるです」 シーヴ・王(
ga5638)が夫であるライディ・王(gz0023)の着付けを手伝い終わって出てきた。
「おお、しーぶも着付けができるようになったのぅ。うむ、仲睦まじくてよいことじゃ」
二人の姿に磨理那は満足げにうなずき、他の着替えが必要なものに浴衣の貸し出しをして広間へと案内していく。
「折角貸してくれるんやし、みんなで着てみよなー」「菘さん! 朝顔のコレも、牡丹のコレも良いですね。選ぶの迷っちゃいますね♪」「恋さんも着ましょう。かわいくなりますよ♪」 お次に現れたのは姦しい3人娘‥‥いや、正確には騒がしいのは高日 菘(
ga8906)と柚紀 美音(
gb8029)の2名で、最後の一人である恋・サンダーソン(
gc7095)は二人の勢いに押されていた。
「着方しらねーし。いい」
「大丈夫、着付けならやってあげるから」
「そうですよ、きっとこの朝顔なんて似合いますよ!」「‥‥ちょ、オマエらなんで楽しそーなんだよ!」 笑顔でずずいっとよってくる二人にさすがの恋も引き気味であったが、抵抗むなしく着せ替え人形にされるために広間へと引きずられていく。
「おーきーな、あーそーぼ」
「ここは俺んちじゃないから、そういう呼び方やめてくれよ、恥ずかしい」
「相変わらずモテておるのぅ、沖那」
向日葵模様のある浴衣姿の篠原・育美(
gb8735)が迎えにくると、山戸・沖那(gz0217)はシックな紺色の浴衣で姿を見せた。
「沖那に磨理那、二人とも元気そうだな」
「アニキに歩か。そっちも元気そうだな」
沖那と似たような言葉を掛け合った相手は麻宮 光(
ga9696)である。
彼の傍らには以前より大人っぽい雰囲気をまとう星川 歩(
gb9056)がまるで恋人のようにいた。
「今日はお兄ちゃんが誘ってくれたんですよ?」
「うむ、よきことじゃ。男がこういうところでは『りぃど』せぬとのぅ? 」
磨理那はころころと笑いつつ、二人にも浴衣を用意する。 雨の日の情緒ある祭りが始まろうとしていた。
●水も滴るいいカップル?
「マスターの浴衣、渋いね。惚れた! ‥‥あっ! もぅ、惚れてた!」
「これは着流しというんだ。紫陽花をバックにするレティアも良く映えるな」
Letia Bar(
ga6313)と國盛(
gc4513)は互いの晴れ姿をみて、褒めあう。
外見上兄妹か親子に思われる二人だが、立派な恋人同士だ。
ひとつの傘を二人で使い、雨の降る紫陽花庭園に向かって歩いていく。
「おや。こんにちは。マスター、レティアさん。逢い引きですか?」
「こんにち‥‥ちょっ、それ、ちょっと待って!?」
真っ赤になりながら、Letiaが挨拶をしてきた立花 零次(
gc6227)に返事とはいえない突っ込みをした。
大人っぽく挨拶をして決めてやろうと思っていたLetiaの目論見はもろくも崩れ去ったのである。
「逢引といえば逢引だな」
「ま、マスターまでっ!?」
雨が当たっていたらそのまま蒸発しそうなほど真っ赤になったLetiaを國盛は優しく抱き寄せた。
「デートのお邪魔になってはいけませんから、これで」
番傘浴衣の零次が離れようとしたとき、黄色いスポーツカーが3人の横を通り過ぎて水しぶきをかける。
『京都の道はまっすぐでいいなー』と思って走っていた片山 琢磨(
gc5322)による偶然の産物だった。
***
「セシルさん大丈夫?」
「はい、兎々(
ga7859)さんが防いでくれましたから」
紫と青の浴衣をきて、紫陽花のような彩を見せる二人は水しぶきを防いだ傘の中で微笑みあう。
兎々にとっては恋人のセシル・ディル(
gc6964)との初デートのため、リードをするために事前に穴場を調べたりと気合を入れてきた。
これくらいのエスコートは当然である。
傘をさして濡れないように寄り添い、庭園内の比較的人の少ない穴場を二人は歩いた。
「不思議な空間ね‥‥濡れて光を放つ優しい緑は、兎々さんの瞳の色みたいね」
髪をアップにまとめているセシルの姿は普段の落ち着いた雰囲気とマッチしていて綺麗である。
「綺麗なお庭だね。紫陽花もとっても綺麗。ぁ、なんかあの紫陽花の青セシルさんの瞳ににてる気がするー」
二人して同じことを言ってしまったことに気づき、お互い顔を見合わせてくすりと笑った。
***
紫陽花の園を寄り添って歩く男女がもう一組。
ただ、甘い意味で寄り添っているわけではなく、片手が不自由な緋沼 京夜(
ga6138)が隣のユウ・ターナー(
gc2715)が雨に濡れないよう気を使っているのである。
「京夜おにーちゃん! あっちにも綺麗な紫陽花があるよ!」
ユウはツインテールを揺らし、浴衣を和ゴス風に着こなして湿気漂う雨の中をはしゃいでいた。
「俺一人じゃ息抜きできなかったから、助かったな‥‥」
楽しむユウの姿に京夜の無愛想な顔がやや緩む。
「京夜おにーちゃんどうしたの?」
「ん‥‥まぁ、色々あったからな。少しだけ休んでもいいかと思っただけ‥‥さ。その浴衣にあってるぞ」
「そう? ありがとーだよ♪」
京夜は話をそらすようにユウの頭を撫でて褒めた。
●アイドルの休日?
「あー‥‥たまにはいいなぁ、こーいうのも‥‥って、傘も差さずに何やってんだよ。ヤナギ」
「ああ、ちょいと昔を思い出してたんだよ」
濡れるヤナギ・エリューナク(
gb5107)に傘を傾けたのはテト・シュタイナー(
gb5138)である。
傭兵家業にアイドルの仕事と二足の草鞋で疲れた体を休めようとしていたテトにとって、同じ事務所のアイドル仲間が風邪を煩わせそうなのは見過ごせなかった。
ちなみに、テトは黒地の浴衣でヤナギは紺地に白い絣がかかった風情ある浴衣にウォレットチェーンとタバコといった姿である。
「お、テト姉さん、どうだ‥‥似合ってるか」
二人を見つけたこれまたアイドル仲間のエイラ・リトヴァク(
gb9458)がテトと同じ黒地の浴衣姿で傘をさしながら近づいてきてはくるりと回ってみせた。
「エイラじゃねぇかよ。おう、似合ってるな、ヤナギもそう思うだろ?」
「ああ、似合ってるぜ?」
暗かったヤナギの顔にもニヤリと笑うだけの余裕がでてくる。
「おーい、ヤナギーん」
「待ち合わせの相手が来たみたいだな、そゆことなんでよろしくな」
「問題だけは起こすなよ、じゃあ、エイラに傘貸してもらうとするか」
遠くから声をかけられたヤナギが手を軽く上げて答えると、テトは持っていた傘を押し付けるように渡した。
テトと一緒の傘に入りつつその場から離れるエイラはちらちらと後ろを見る。
「あたしだって‥‥ったくどこがいけねぇのかな‥‥」
エイラのつぶやきは雨音に消えるほどとても小さなものだった。
●雨の日に鬼来る
「紫陽花の花言葉の一つは『移り気』でしたかね‥‥土壌のphによって赤にも青にも変わっていく‥‥まるで人の心の様ですね‥‥」
一人傘をさして歩いていた住吉(
gc6879)は紫陽花をサイエンティストなりの視点で興味深げに眺めている。
「やぁ、一年ぶりだな、磨理那さん」
「おい‥‥今日の姫さんの傘もちは俺だ‥‥」
住吉の背後では玖堂 暁恒(
ga6985)の傘にはいって歩く、磨理那とその夫でもある鋼。
そして、鬼を名乗る鬼非鬼 つー(
gb0847)の姿があった。
「鋼殿だけではなくて、もう一人邪魔者がいるのか」
「挙式に顔を出さなかった鬼がよく言うものじゃの」
玖堂を無視して話を続けるつーに磨理那は半目で睨みあげる様に言い放つ。
「せっかくのハレの日に鬼がいたら縁起でもないだろう?」
「御陰様で式は滞りなく終えれました。ありがとうございます」
酒を飲みつつ答えるつーに鋼が皮肉めいた言葉を返した。
「ガキの喧嘩かよ‥‥」
ぼそっとつぶやいた玖堂の指摘は的を射ている。
「それに、今の方がよっぽど魅力的さ。人のものほど欲しくなるってね」
口元だけゆがめて笑う顔は人のものとは思えない程にゆがんでいた。
「はいはい、そこまでー。なんといいますかー、せっかくのお祭りなのに楽しまないのは損じゃありません?」
言い合いを聞いていた住吉が間に入って場を取り持つ。
「皆さんに質問です。私達がもし人類という土壌ではなく、バグアという土壌で育っていたなら‥‥はたしてどんな花を咲かせたのでしょうか?」
住吉の突然の問いかけに誰も答えることができずに黙ってしまった。
「‥‥あー、何と言いますか‥‥私にはシリアス系の台詞は似合いませんね〜‥‥」
てへっと可愛く笑ってごまかす住吉であった。
●茶店で一息
「雨はあんまり好きじゃねぇですが、こういうのは『フゼイガアル』って言いやがるんですかね」
「そうだね。日本人の心というやつなのかな? 雨でも景色を楽しむって不思議な感覚だよ」
紫陽花庭園を歩き、茶店についたシーヴとライディはお茶とお団子をいただきつつ小休止をしている。
茶屋の屋根に落ちていく雨の音が心地よいリズムを作り出していて、一息入れるにはよかった。
「おお、ライディ。奥さんとデート中か? あんま邪魔しちゃわりぃからな。手短に言うが。‥‥何時も、有難うな」
落ち着いていたライディの前にテトとエイラがやってくる。
テトは出会って早々、少し顔を背けて恥ずかしいそうにお礼の言葉を口にした。
「へっ?」
思わず飲んでいたお茶でむせそうになるのを抑えたライディが気のない返事をする。
「アンタのお陰で、俺様達はアイドルとして活動する事ができるんだ。まだ大変な事は続くだろうけど‥‥これからも、宜しく頼むぜ」
じゃあと手を振っておとなしく去るかと思いきや、テトは顔を赤くして猛ダッシュしていった。
「ライディは人気でありやがるですね」
くすりとシーヴは微笑み、「少しやけるです」と付け加える。
そして、静かになったときを見計らって話を変えた。
「移り気とかイマイチな花言葉の多い紫陽花ですが、『家族の結びつき』や『強い愛情』っつーのもありやがるんですよ?」
「家族の結びつきや、強い愛情‥‥」
シーヴの言葉を歩が反芻する。
席は離れているものの、印象的な言葉だから気に留めたのだ。
歩の正面でお茶を飲む光は雨の中の先を見ているようで、シーヴの言葉を気にしていない。
「せっかくお休みする為に来たのに浮かない顔してたらもっと疲れちゃうよ?」
微笑みかけながら歩は光の頬を身を乗り出して突っついた。
「せっかく息抜きに来ているのにこんなんじゃダメだな、俺」
「さっきのシーヴさんの話を聞いてました? 紫陽花には『家族の結びつき』という花言葉もあるんだって」
「家族の結びつきか、いい言葉だな」
少しは気がほぐれたのか光が頬を緩ませる。
どうせなら、「移り気」してほしいと思う歩だが、言葉を飲み込み楽しい会話を自分からがんばって提供していた。
「マネージャーもあっちも楽しそうだなー」
なんだかんだでテトにおいてかれてしまったエイラは雨宿りついでに茶店の席を探していると傘をさしてカタツムリとしゃべる瑞姫を見つける。
「ねぇ、かたつむりさん‥‥どうしたら、いいのかな。ぼくなにかしたいのにひとりになっちゃたただすすむだけなのにまよってばっかになっちゃってさー。こんなのぼくじゃないよ‥‥」
「何やってんだよ、瑞姫」
「うわぁー。だれにもいわないで、たまにこころがこどもになってるとこ」 エイラに見つかるとあせりだす瑞姫。
両手を合わせて祈ると、エイラは瑞姫の傘の中に入った。
「黙っておいてやるから傘に入れてくれよ、あたしもカップル見るのがつらくってよ。あたしだってあたしのやりたいことをしてるだけだってのによ」
弱い部分を見せてくれたエイラに瑞姫も気を許したのか傘に入れてくれる。
雨の降り方が少しだけ弱くなってきて、晴れ間が近いことを予感させていた。
●静かなる時を二人で
「やっぱり京都といえばお寺だよねー」
「不思議な空間ね。でも楽しいわ」
ちょっと肩を濡らしながらもエスコートを続けた兎々の頑張りにあえて気づかない振りをしつつセシルは兎々に向けて微笑む。
いつもと違う浴衣姿で、頼りがいのあるところを見せてもらい少々惚れ直したくらいだ。
「雨の薫りがするね。紫陽花の色も鮮やかだけど濡れた緑もとっても綺麗」
お寺の中にある食事もできる休憩所で、二人は昼食をとっている。
お弁当は兎々の手作り懐石弁当で、周囲の雰囲気に良くあっていた、
「本当に綺麗ね。今日は一緒にこれてよかったわ」
「まだお礼は早いよ。夜は一緒に蛍をみるんだからね」
「そうね。最後までエスコートよろしくね、兎々さん」
ウィンクを飛ばしてくる兎々の姿は頼もしく、そして愛らしい。
セシルは雨音が静かになる中での食事をステキな恋人共に楽しむのだった。
***
雨の中、傘をささないでいる美女がいたら近づいて声をかけたくなるのが男というものだ。
ただし、相手を見極めないと大変なことになるのだが‥‥。
「死の淵のその先まで付き合う覚悟もないなら手を出すべきではなくってよ‥‥それとも雨の日がわかる身体になりたいのかしら? ならそういう身体にしてあげるのも吝(やぶさか)かではないわ」
折りたたんだ傘をびっとナンパしてきた男の顔に向ける葵の全身は既に雨で濡れていた。
待ち合わせていた黒木も途中でナンパにいくと別れたきりである。
「死の淵の先まで‥‥か」
自ら口にした言葉を思い返して葵は一人の男の姿を思い浮かべた。
最強ともいえるゾディアックのリーダー、その人を‥‥。
「体を温める時は人肌やるのが良いんだよ? 宙華は知っていた?」
いつの間にか隣には黒木がいて、これ以上濡れないように傘を傾けてくれていた。
黒木の優しさに甘えるかのように葵は体を寄せる。
「人肌か‥‥嫌いじゃないわ、啓介の体で暖めて」
黒木の肌にキスをすると、葵は文字通り体を預けた。
雨が降り終わる夕方まで二人は肌を重ねて暖めあう。
それが二人の関係なのだから‥‥。
●夕闇の出店で遊ぼう
「絶対当たらないくじ引き、当たっても倒れそうにない射的、すぐにやぶれる金魚すくい、被ってる店があって迷う食べ物系屋台‥‥祭りの醍醐味だな、うむ」
空は晴れて、夕日が山にかかる頃、育美は活気付く出店通りを眺めて満足げに頷く。
京都市の人々も晴れたときを楽しむかのように集まってきていた。
「人が多いな‥‥先輩、手をつないでくぞ」
「お、おお‥‥」
若干躊躇しながらも育美は沖那の手をぎゅっと握って出店どおりを歩く。
「京夜おにーちゃん! はい、あーんっ!」
「あーん」
しばらくすると、景品を背中に背負うリュックに一杯つめたユウが京夜にたこ焼きをあーんと食べさせているところに二人は出会った。
なんとなく、気まずい。
「見なかった振りしようかな‥‥向こう、気づいてないっぽいし」
ぼそりと沖那が呟いたとき、その視線にユウが気づいた。
「沖那おにーちゃん、今、幸せ? ユウ、それならいいの。また一緒に遊んでね! 京夜おにーちゃん、今度は金魚すくいに行こうよ!」
「あ、ああ‥‥」
一瞬、寂しそうな顔をしたユウだったが、すぐに元気を取り戻して京夜と共にその場から離れていく。
「おい、沖那‥‥私たちもたこ焼き食べるぞ」
「そうするか」
腕を引っ張る育美に流されるように沖那もその場を後にした。
***
「よっしゃ、今日はおねーちゃんが奢ったるでー。一人みっつまで!」
「たこ焼き、ヤキソバ、りんご飴、チョコバナナ、綿飴‥‥きめきれないです‥‥」
「俺は別に、腹とかへってねーしー」
菘に三つまでといわれて屋台を見回しながら悩む美音と奢りはいらないといいつつも漂う甘い香りに視線をキョロキョロさせる恋。
3人の姿は姉妹のようにも見える。
「お? 割と珍しい和風菘さんだ。こんにちは。浴衣姿も素敵ですよ。今日はおでん屋台の出張は無しですか?」
「零次はん、ありがとなー。うちかて休みたい時だってあるんやさかい」
菘がにっこりスマイで答えると零次はくすりと笑い返した。
「そうですね。仲のいいところをお邪魔するわけにはいきませんから、これにて」
会釈をして零次が歩いていくと美音が悩んだ末に1つ目はりんご飴に決めて菘を連れて行く。
「恋さんもどうですか? 甘くて美味しいですよ」
差し出されたりんご飴の香りにクラっとなるが、恋はツンと顔を背けた。
「べ、別にボクはそういう子供っぽいのはいらねーしー」
「子供が何言うとるんや、うちの奢りやし、みんなで食べよか」
半ば強引に菘が恋にリンゴ飴を買い与え、3人そろって甘いリンゴ飴を口につける。
普通のお菓子とは違う不思議な感覚に恋は目をぱちくりさせた。
「う、うめーじゃねーか」
ツンとしたままではあるがモシャモシャとかぶりつく姿は可愛い。
「ふっふっふ、作戦のひとつは完了かな?」
「そうですね」
菘と美音はお互いに小さくささやきあって恋の様子を眺めていた。
「なー菘、アレも食えんのか?」
二つの雑談に気づかない恋は金魚すくいを指差して尋ねる。
「アレは違う! 食べ物やないから! もー、はらぺこさんならチョコバナナでも食べにいこかー」
「ボクはそんなことない! ほら、こっちだこっち!」
仕方ないなぁといった雰囲気をかもしだす菘と美音の手を引っ張って恋は屋台をめぐりまわるのだった。
***
「やーなぎん、ちゃんと顔を隠さなきゃダメだよー。一応有名人なんだからさ」
「それはいいけど、なんで俺がひょっとこな訳?」
ヤナギは誘われた相手であるコハルと共に出店を回っている。
コハルはヤナギと同じ事務所に所属する先輩アイドルで、関西での活動経験が多いので混乱を避けるために白狐の面をつけていた。
「せっかくこっちから誘ったし、先輩としておごってやろうじゃないの‥‥って、あれは玖堂じゃない?」
コハルがお面で顔を半分ほど隠していると、フラフラ歩いている玖堂を見つける。
「よっ、何してるんだよ。同僚がいるのに挨拶もねーとは寂しいんじゃね?」
ヤナギも見つけると方を叩いた。
「おう‥‥」
玖堂の方は気のない返事を返し、ヤナギとコハルの二人を見る。
いつも覇気があるほうではないが、今日に限っては元気が無いようにヤナギとコハルには見えた。
「野暮みたいなんで、挨拶が終わったなら他にいかせてもらうな‥‥」
着流しに髪を下ろした姿でゆらりと歩く姿は他人を引きつけない何かがある。
そのため、それ以上二人は触れることなく遊ぶことにした。
***
雨に濡れる紫陽花も綺麗だったが、花より団子という言葉があるように出店は出店で魅力的な場所である。
「レティアは何がしたい?」
「えっとね、出店いろいろ回りた‥‥い」
「よし、付き合ってやるぞ。ただし、人ごみだから俺の手を放すなよ」
おずおずと見上げながら頼み込むLetiaの手を國盛は握ると引っ張られるように的屋をめぐる。
あっちこっち落ち着き無くフラフラする姿は20歳をすぎている女性とは思えなかった。
「はしゃぎすぎは禁物だぞ?」
苦笑しながらも慈愛に満ちた瞳でLetiaを眺める國盛から注意を受けると、はっとなってモジモジと小さくなる。
「だって、好きなんだもん」
表情をくるくると変えて目を輝かせて喜んだり、照れたりするLetiaの姿に、連れてきてよかったと思う國盛だった。
●蛍の光
夜は涼しい風がふき、蛍の飛ぶ川の草をなでていく。
浴衣姿で歩く人々も最低限の明かりを持って蛍の輝きに目を奪われていた。
「物思へば沢の蛍もわが身よりあくがれいづる魂かとぞ見る‥‥か。私は和泉式部ほどではないし、貴船明神の返歌も要らない」
蛍をみていたつーが磨理那に向かって歌と共に日本酒を差し出す。
「持っていてくれ、磨理那さんが成人するその日まで」
「断るのじゃ。そちは鬼、いつ討伐されるかもわからぬ身じゃろ? なれば、妾の成人を祝うときの献上品とするのが筋じゃろう」
つき返すようにしながら磨理那は力のある瞳で見上げた。。
「あいも変わらず食えないな。だが、そこがいい」
つーが磨理那の反応をいたく気に入っていると、磨理那は筆ペンを出してつーのもってきた日本酒に一筆いれる。
「成人祝いに持ってまいれ、そして妾に酌をする約束をするのじゃ」
一方的な約束の仕方ではあるものの、つーはその約束を受け取った。
***
「水が冷たくて気持ちいー」
川に足をいれつつ蛍を眺める歩は月を見上げて景色の美しさに風情を感じる。
「ちと季節的に早いけど花火とか持ってくればよかったな‥‥」
隣で同じように足をつけている光も今は歩と同じ景色をみていた。
「花火もいいですね。今年の夏もお兄ちゃんと思い出いっぱい作りたいです」
光は楽しそうに笑う歩の顔を見ながら、自分の考えを告げる。
「じゃあ、花火をしに海に行こうか。機会があればだけどな‥‥」
「はい、約束しましょう」
歩が指きりのために小指を立てると、光もその指を絡めて約束をしたのだった。
***
蛍は過ぎ行く魂の存在を知らしめてくれる気がする‥‥。
そんな風に思っていた國盛は着流し姿でも忘れずに身に着けていたドッグタグを握り締めた。
「一緒に来られて良かった‥‥また1つ、想い出が増えたね」
Letiaが小さな声ではじめてみる蛍の姿に目を輝かせながら國盛を見上げてきた。
傍にいてくれる人がいる嬉しさを感じた國盛は思わずLetiaを抱きしめて、唇を重ねる。
はじめは驚いたLetiaもゆったりとその身を任せるのだった。
***
「日本では、蛍は人の魂だと言いやがるらしい‥‥です」
「中国では台湾のほうでしか今では見られないからね‥‥『蛍雪の功』といって油の消費を抑えるために雪の光や蛍の光で勉強した偉い人の話があったりするよ」
手をつないで散策しながら二人は雑談に花を咲かせた。
ふと、ライディは立ち止まりシーヴに話しかける。
「人の魂か‥‥この京都も去年は大変だったんだよね」
「そうでやがるですね。ラストホープもこれから大変になってくるです」
バグアとの戦いが本格化していく中で、ラストホープの一般人に避難勧告がだされていた。
それを聞いていたライディだが、妻であるシーヴの帰ってくる居場所を作るために残ることにしたのである。
「シーヴの居場所でありたいからさ。俺はラストホープに残るよ、だから無事でいてね?」
「それはライディもですよ。来年も二人で、その次は‥‥三人くれぇでまた蛍見れたら、いいですね」
「え、えっと‥‥そう、だね‥‥」
新しい家族について、シーヴは照れながらも話だした。
蛍の光は次世代を生むための光なのだから‥‥。
***
「わー、きれいやなー。蛍って本当に水の綺麗なところしか住まれへんやでー。れんれんが誘ってくれたんはどないな理由があるん?」
「美音も不思議です。恋さんは今日どうして、誘ってくれたのでしょう‥‥?」
お腹も膨れた3人が仲良く手を繋いで歩いているとき、恋を両サイドから挟みこむようにして菘と美音が尋ねた。
「ラストホープに来てすぐは、んなに知り合い増えるとか思ってなかったんだよなー。ドイツもコイツもオヒトヨシばっかであっつー間に増えたけどさ」
蛍をみながら、まるで独り言のように恋が話をはじめると、菘も美音も静かに話を待つ。
「特にオマエらとか、最初っから馴れ馴れしかったっしょー。そっからもよく喋ったっりしだしたんだっけな」
ラストホープに着てからおよそ半年間を振り返り、家族も友人も0からはじまった生活が今では充実していることを嬉しそうに恋は話した。
恋が気がつくと、両サイドの視線はじーっと恋を見て、本音を促してくる。
「あー、何が言ーてーかっつーとだ‥‥オマエらのコト、けっこースキだぞ」
どこに向けていいか悩む顔を俯けることにした恋はポソリとつぶやいた。
「普段からそんくらい素直やとええんやけどなー。なぁ、美音ちゃんー?」
「美音は、お二人とも大切に思ってますよ。キマグレじゃなくて本心が聞きたいですね」
「こ、これはホンネだっつーの!」
「わかってますよ、ありがとうございます」
菘と美音からサンドイッチになるようにハグをされた恋は苦しそうにしながらも、どこか嬉しそうにしている。
3人は手を繋いでそのまま帰路につくのだった。
●二人だけの夜
静かな夜、静かな場所。
そんなところで二人きりになって話をするものたちもいた。
「とっても幻想的だね」
肩を抱き寄せて兎々はセシルに語る。
人の声や足音も聞こえず、蛍の光と風に揺れる草木の音だけが場を支配していた。
「なんだか儚いけれど、強い光‥‥ね‥‥」
肩を抱き寄せられているセシルは蛍の作り出す光の流れを眺める。
しばらく鑑賞していると兎々はセシルを強く正面から抱きしめた。
「今日、セシルさんを抱きしめるって決めてたんだ」
あまりに突然な出来事にセシルは目を見開いて驚くが、すぐに微笑みを浮かべてそっと抱きしめ返す。
「紫陽花よりもセシルさんは鮮やかで、蛍よりも美しい‥‥。大好きだよ」
「‥‥私も兎々さんの事が、大好きよ‥‥」
「ふふ、同じ気持ちだね」
態度と共に言葉で示された想いに兎々も笑みをこぼした。
「‥‥このままずっとこうしていられたら素敵、ね」
「ずっとこうしているよ、蛍の光が東雲に消えるまで、ずっと‥‥」
兎々とセシルは静かに抱きしめ合う。
蛍だけが見るその場所で‥‥。
***
「はやく物騒なことは終わらないもんかのう‥‥18にもなって青春がKV乗りじゃなあ‥‥といって将来のことを特別考えてるわけでも‥‥夢とかわからん」
蛍を見ずに沖那の特別な場所でもある屋敷裏の丘に座って育美は猫のお面を手でいじりだす。
「夢か‥‥俺もわからん。今はやるべきことみたいなのが目の前に並んでるし、やりたかったことというかケジメもつけちゃったしな」
隣に座る沖那も育美と同じように空を見上げてぼやいた。
「難しいことは考えないで、今日はお疲れさん」
「ん‥‥お疲れだ」
育美が持ってきた牛乳で二人は乾杯し、月を眺めながら飲む。
「そうだなー‥‥お嫁さんとかどうだ? 楽できそう」
「げほっ! げほ! いきなり、何言い出すんだよ‥‥心臓に悪い」
ぽつりと何気なく呟いた育美の言葉に沖那は牛乳を噴出してむせた。
「べ、別に特別な意味はないぞ‥‥」
「そんなこといわれても、意識するってば‥‥まだ数年先の話になりそうだけどさ」
沖那は育美よりも背が高く、18歳にみられるが未だ15歳の少年である。
「それまで、思ってくれればいい。私は待てる女だからな」
最後は育美の方から顔を近づけて牛乳味のキスをした。
***
目が覚めると夜だった。
雨の音も無く、肌も雨とは違うもので濡れている。
「もう、こんな時間なのね‥‥」
一糸まとわぬ姿で閨(ねや)を使っていた葵は隣の黒木を起こした。
「宙華は暖まったか?」
「啓介のおかげでね‥‥。あ、蛍‥‥」
予定場所とは違っていたにもかかわらず、少数だが蛍が飛んでいるのを部屋の外に見つけた葵は気だるい体を起こし浴衣を着なおす。
「蛍狩りにいきますか、葵さん」
黒木も浴衣を着て立ち上がった。
夢の時間は終わり、現実を歩く二人。
お互いに都合のいい間柄だからこそ、切り替えができるのだった。
●これからを思い
「故郷か‥‥随分と昔を思い出すもんだな」
涙をいきなりこぼし始めた京夜の頭を精一杯背伸びをしたユウが撫でている。
言葉はあえて発せず、ただ京夜の気持ちを軽くしようと思っての行動だった。
蛍の光に命の灯火を感じたのは京夜だけではない。
「自然ってなぁ、すごいもんだな。やっぱ。――こんな素晴らしい世界を、バグアの奴等に蹂躙させちゃぁ、ならねぇ」
「この景色は、忘れねぇ‥‥あたしらはこういうモンを護るために戦ってんのかもな」
「ボクどんなモノにも立ち向かってみせる。どんななモノにだって」
テトとエイラ、瑞姫は蛍が飛び回る景色を眺め、その後に頭上に浮かぶ赤いバグア恒星を見ると心を決めていた。
同じように空を見上げる能力者達も蛍の光とは違う光を放つ星を眺め、明日からの戦いを決意する。
次なる戦場はアフリカ‥‥大規模作戦の発令はすでに始まっていた。