●リプレイ本文
「今回、貴女の護衛につかせていただく叢雲です。宜しくお願いします」
護衛のためにリーズを迎えに来た叢雲(
ga2494)が、穏やかな物腰で挨拶をする。
「‥‥‥」
「あの、なにか?」
「‥‥いえ、なんでもありません。リーズテイル・エランドです。本社までの護衛、宜しくお願いします」
リーズに一瞬睨みつけられたような気がした叢雲だが、リーズはすぐに挨拶を返す。しかし、その口調はどこか冷たい響きのあるものだった。拒絶されている、そう感じた叢雲だが、その杞憂はすぐに確信に変わった。
「建宮です。短い間ですが、宜しくお願いします」
続いて建宮 潤信(
ga0981)が挨拶と共に、握手を求め手を差し出したのだが。
「エミタ能力者は、常人よりも力が強いのでしょう。そんな力で手を潰されても困ります」
「‥‥いえ、そのようなことはしません。力の加減は出来ているつもりですが」
「ともかく、握手はごめんこうむります。あなたもおっしゃったように、短い間なのですから馴れ合う必要もないでしょう」
「‥‥‥」
無視されるどころか、悪意のある言葉で握手を拒まれてしまう。潤信は、はっきりとした拒絶の言葉を返され、しかたなく手を引っ込めた。
「早く行きましょう」
そう言って、リーズは先に立って歩き出す。潤信はわけがわからないとばかりに、叢雲に肩を竦めるのだった。
研究所の手前で九条院つばめ(
ga6530)と木嗚塚 果守(
ga6017)が、叢雲達が出てくるのを待っていた。止まっている車は二台。一台は叢雲達A班のもので、もう片方がB班だ。まず最初は、A班の車でリーズを護衛する手はずになっている。
「あ、出てきましたよ」
つばめの指差す先、研究所の入口から出てきた叢雲達。先頭を歩いているのはリーズであった。
「車が二台ありますが?」
「一台は移動中の警備に当たります。リーズ博士には‥‥」
「リーズテイルです。会ったばかりで愛称で呼ぶのは失礼ではないですか? エランド‥‥いえ、博士とだけ呼んでくだされば結構です」
「承知しました。それで、博士には移動中、車を交互に乗り換えていただこうと思います」
「なぜ、そんな面倒なことを」
叢雲の説明に、不機嫌さをあからさまにするリーズ。
「なんだありゃ? あんたらなんかしたのか?」
「な、なにか、怒ってるみたいですよね‥‥?」
「さあな」
リーズの様子に、疑問の表情を浮かべて潤信に問う果守。つばめも、オロオロと叢雲とリーズの様子を見守っている。潤信はただ首を横に振って、車の運転席に座った。叢雲に案内されて、車へと乗り込むリーズ。果守は助手席へ、叢雲とつばめも席に座る。
「あ、あの、つばめです! 宜しくお願いします!」
「‥‥‥」
「うう、博士の視線が何だか冷たいような‥‥」
乗り込む際、つばめが緊張した様子で挨拶をするのだが、リーズはちらりと冷たい視線を向けただけだった。結局その後、ろくな会話も無くその日の移動は終了する。
その日の晩、予定地のホテルに宿泊した一行。リーズの近辺警護の一環として、つばめが同じ部屋になることになった。
「このままではダメです。もし何か誤解が生じているのなら、それを取り除く努力をしないと‥‥よし」
リーズに聞こえないように呟いたつばめは、両手をグッと握り締めて、改めてリーズを見つめた。
「私、博士のことを尊敬しています!」
「‥‥は?」
突然の告白に、さすがにリーズも反応を返す。つばめもよく考えずに言ってしまったので、慌てた様子で。
「い、いえ! 自分と歳もそんなに離れてないのに頭もよくて綺麗で素敵だなぁ、とか! 博士の頭のよさが少しでもあれば、傭兵と学業の両立も楽だろうなぁ、とか!」
「は、はぁ‥‥あ、ありがとうございます」
「いえいえ! こちらこそ!」
つばめの様子に、リーズもお世辞で無いことを察したのか、少し呆れながらもお礼を言う。つばめはつばめで、その礼によくわからない返事を返した。
「でもそれは、私が努力をして得たものです。生まれ持った才能なんていうふざけたものではありません」
「え、あの‥‥」
つばめがようやく話が出来そうだと喜んだ矢先に、なにやら雲行きが怪しくなる。
「あなた方のように、『たまたま適正があった』などというだけで、力を手に入れた人達とは違います」
「そ、そんな‥‥」
「努力もせずに得た力で、傭兵などと粋がる前に、もっと学業を努力されてはいかがですか?」
「あ、あう‥‥」
リーズの厳しい言葉に、何も言えなくなるつばめ。もちろん、反論したい気持ちはあったが、リーズの言葉も間違っているわけではないので、言えなかったのである。
「でも一言だけ‥‥。たしかにエミタの力は努力をして得たものではありません。それでも、私達は守りたい人を守るために力を得なければならなかったんです」
「‥‥‥」
つばめの言葉に、何も答えず無視するリーズ。しかしつばめには、リーズが小さく呟いた気がした。
「それは私だって一緒よ‥‥」
「博士、ご一緒させていただきます櫻小路なでしこです。よろしくお願いします」
「アケイディアなのです! 私はみらいのせかいからやってきたのです!」
「こんな子供まで‥‥? よ、よろしくね」
「はい、まかせておいて欲しいのです!」
次の日、B班の車に移ったリーズに、櫻小路・なでしこ(
ga3607)とアケイディア・12(
ga5474)が挨拶をする。リーズはアケイディアの幼さに驚き、少し砕けた口調で挨拶を返した。、
「エランドさんはドローム本社へ向かうのですよね? お若いのにすごいですね」
「別に、凄くなどありません」
運転はレールズ(
ga5293)が行い、助手席には威龍(
ga3859)が座っている。レールズは何気ない口調で話すが、リーズのツンケンした態度は変わりが無い。威龍は下手なことを言って、リーズの機嫌を損ねないよう、会話は他の者に任せるスタンスを取るようであった。
「博士は遺伝子工学を研究されているそうですが、どのような内容なのでしょう?」
「企業秘密です」
「あ、あらぁ〜‥‥」
なでしこが会話を盛り上げようと、リーズの興味のありそうな内容で話しかけようとするが、やはりまともに相手をされていないようで、お手上げ状態。
「博士のすごいアイデアはどんな時に生まれるのですか!」
「あ、アイデア? そ、そうね‥‥とにかく何度も考えて、その中で突然違う考えが出てくるとしか‥‥」
「そ〜なのですか! きっかけとかはないのですか?」
「う〜ん‥‥研究以外でも、見たり聞いたりして、様々な知識を得るとそれがきっかけになってとか」
しかし、元気に手を上げて質問するアケイディアには、さすがに幼い子を邪険に扱うこともできないのか、少し困った様子で受け答えをするようだ。
「研究以外でも見たり聞いたりですか。だったら、俺達のことももっと知って欲しいです」
「別に、十分理解しているつもりですが?」
レールズがリーズに声を掛ける。もちろん、極力波風が立たないよう何気ない口調で言ったのだが、リーズはすぐに喧嘩腰になって返した。業を煮やしたレールズは、自分が思っていることを口に出してしまう。
「能力者もあなたと同じ人間ですよ‥‥殴られたら痛いし悲しい時は泣き、嬉しい時は笑うんです」
「わかっています」
「確かに俺達は0.1%しか存在しない適合者です。ですが、それだけです。俺達の戦場は前線、あなたの戦場は研究室、ある人は放送局や教会‥‥場所は違えど皆等しく頑張っているんです。決して俺達が特別ではないんですよ?」
「それだけ‥‥ですって? 特別ではないですって!? ふざけた事言わないで!!」
「博士?」
レールズの言葉が、逆鱗に触れたのか、リーズは怒りの形相で声をあげる。その様子に、一同は驚きの表情を浮かべる。
「0.1%しかいない存在なら十分特別でしょう! 等しく頑張っている? 馬鹿にしないで! たまたま適合者だったから力を得た人と、努力して努力して出来ることを見つけた人を一緒にしないで! そしてどれほど努力しようと、あなた達の力はあっさりとそれを塗り替える!」
「博士落ち着いてください〜」
「私だって‥‥っ。はぁ‥‥、車を止めてください」
なでしこの静止に、少し落ち着きを取り戻したリーズは、軽く深呼吸をする。
「博士、ですが‥‥」
「言い過ぎました、外の空気を吸って頭を少し冷すだけです」
「わかりました」
ここでどこかへ行かれても困ると思ったレールズだが、リーズの様子と、周囲が荒野だったこともあり、素直に車を止めた。
「‥‥‥」
「はぁ‥‥」
「気にするな、女という生き物は情緒が不安定なものだ」
車を降りて、一人荒野に立つリーズ。その姿を見守りつつ、レールズは深くため息をつく。それに威龍が肩を叩いて言葉を掛けた。
「あら、女に限ったことではありませんよ?」
「そうなのです〜!」
「おっと、やはり俺は無駄口を叩かない方が言いようだな」
その言葉を聞いていた、なでしことアケイディアが抗議するのを、威龍は慌てて口を押さえるのだった。
「今日は申し訳ありません」
「はぁ‥‥いえ、私もあんなことで我を忘れて怒ってしまった自分を反省しています」
宿泊地で、警備についたなでしこが、日中のことを謝罪すると、リーズは大きなため息をついて首を横に振った。
「あら、あなたどうしたの、そんな隅っこで」
「あ、あう、私は空気のように隅で大人しくしているのです」
リーズが部屋の隅に視線を向けると、アケイディアが慌てたように身体をちぢ込ませた。どうやら、リーズが居づらくないようにとの配慮のつもりのようだが。
「日中はあんなに元気だったのに、急にそんな風にされると逆に気になるわ」
「そ、そ〜なのですか‥‥」
「いいから、もっと気楽にしてなさい」
「わかりました!」
リーズの苦笑に、アケイディアは困ったように首をかしげた。その様子に、リーズは自分が座っているベッドの隣を叩いて手招きするのだった。
「でも、博士が私達を嫌っている理由を聞けてよかったですわ。女同士、もっと色々とお話したいところです」
「私も! 私も博士のことを聞きたいのです!」
「‥‥別に嫌っているわけでは。はぁ‥‥ただ、妬ましいと思ってもしかたがないでしょう」
「妬ましい‥‥ですか?」
「私は平凡な一般家庭に育ち、私も平凡な人間でした。ですが、あの異星人の攻撃で両親を失い、それからやつらに対抗するための力を得るため、努力し科学者になったのです。私も守りたい人を守りたかった、そしてそのために多くの努力をしてきました」
「‥‥‥」
「ですが、私がいままで努力し続けて、それでも得られなかった力を、エミタ適合者はあっさりと手に入れてしまった。それを羨ましい、妬ましいと思ってもしかたないでしょう?」
「そう‥‥ですね」
「あなた達は、人類の希望の星かもしれないけれど、私はあなた達を認めることはできない。認めてしまえば、努力の無力を感じてしまうから」
そう言って、リーズはしっかりとした瞳でなでしこ達を見つめた。だが、その表情はどことなくすっきりしたようにも見える。
「ふぅ、言いたいことを言ったらすっきりしたわ。ごめんなさいね、あなた達を本当に嫌ってるわけではないのよ」
「はい、わかっていますよ。博士の気持ちを聞かせてもらえて、とてもよかったです」
「私は私がやれることをする。あなた達には負けないわ」
「私もいっしょなのです! 私はえりーとにはなれないかもしれないけど、私ができることをいっしょうけんめいするのです!」
「そのためにはもっともっと努力しなさい」
「はいです!」
話を終えて、笑みを見せるリーズ。アケイディアが両手を挙げて気合を入れるのを、優しく頭を撫でた。その後は、女同士で色々とおしゃべりをしたのだった。
「あの、これ俺が作ったんですけど、よければ」
「あなたが?」
移動最終日、A班の車に乗ったリーズに、叢雲がクッキーを差し出す。少し驚いたリーズだが、断ることなくそのクッキーを口に運んだ。
「あら‥‥」
「どうですか?」
「まぁまぁじゃない?」
と、言いながらまたクッキーに手を伸ばすリーズ。どうやら、気に入った様子である。昨日までとは違い、なんとなく険が取れた様子に、ホッとする一同。
「あ〜‥‥博士は花とか好きか?」
「何です急に? 嫌いではないですけど」
「いや、話題に‥‥というか、俺の孤児院から送られてきた絵葉書なんだが」
そう言って、果守が見せたのは、小さい子供のタッチで描かれた花壇の花の絵。
「チビ達が育てた花壇の花だそうだ。あんたは花を育てたりはするのか?」
「可愛い絵ね。花は‥‥実験で使ったりはするけど、趣味で育てたりはしないわ」
「そうか」
言いつつも、絵葉書を見るリーズの顔は、優しげな表情だった。それだけで、果守はなんとなく満足してしまった。そのとき突然、潤信が声をあげた。
「‥‥多少手荒な運転になる、女史を頼む」
言うが早いか、潤信はハンドルを切る。そこへ、銃声。急に前を走っていた車が銃撃してきたのだ。
「なんなの!?」
「頭下げてろ!」
突然のことに驚くリーズに、果守はリーズの頭を押さえつける。そこへ再び銃撃、弾が車のガラスを貫通していくのだった。
「敵は、後ろと前二台!」
「前は俺が行こう」
突然の襲撃に、B班も急いで対応し始める。威龍の左目が銀色に輝き、拳に大きな爪を装着すると、窓から車の屋根へと登る。どうやら、そこから前の襲撃車両に乗り移ろうというつもりらしい。
「では、後ろはわたくしが」
そう言って、なでしこは小型小銃を取り出し、後ろの車へと狙いをつける。そして、寸分狂わず、車のタイヤを狙い撃ちし、スピンさせて動きを止めさせた。
「はっ!」
威龍は掛け声と共に、瞬天速で一瞬のうちに襲撃車両に飛び乗ると、上からボンネットを切り裂いてしまう。そして、また一瞬のうちに仲間の車へと乗り移った。まさにあっという間の出来事だったが、一行は無事に護衛の依頼を果たしたことになる。
その後は、何事も無く目的地へと送り届ける叢雲達。
「ま、まぁ、少しは役に立ったということでしょうか」
そう言ったリーズは、まだ襲撃のショックが抜け切れて無い様子だ。
「ともかく、ここまでの護衛ご苦労様でした」
「‥‥今後の活躍を、ささやかながら祈っている」
「あなた達も、せいぜいがんばりなさい」
最初の頃よりは少し険の取れた口調で、一行に礼を言うリーズ。潤信が再び握手を求めると、リーズはその手を取って微笑んだ。
「ようやく、握手してくれたな」
「‥‥! 別に、私はあなた達を認めたわけではないわよ! ただ、礼儀として‥‥」
その握手に、ニヤリと笑った潤信に、リーズは初めて会ったときに自分が言った言葉を思い出し。少し恥ずかしそうに顔を赤らめると、サッと身を翻して走り去ってしまったのだった。