●リプレイ本文
「あぁ〜‥‥イヤだわ‥‥虫気持ち悪い〜‥‥はぁ〜‥‥」
ビートル退治の依頼を受け、現地へと向かう車の中で、聞くものさえも憂鬱にさせるようなため息が響いていた。
「ナレインさん、どうかしましたか? 元気ないですよ〜」
いい加減、見かねたハルカ(
ga0640)が声の主であるナレイン・フェルド(
ga0506)に声を掛ける。ナレインは道中ずっと暗い表情で、ぶつぶつと呟いてはため息をついていた。いい加減何とかしなくては、仲間の士気にも関わりかねないかもしれない。
「ハルカちゃん、聞いてぇ。私は、虫が大キッライなのよ‥‥、何でこんな事に‥‥」
「はぁ‥‥、じゃあなんで、この依頼を受けたんですか?」
「間違えたのよ〜! ビートルって車あるじゃない、あと有名なロックグループとか!」
「ロックグループはともかく、車のほうはたしかカブトムシに似てるからついた愛称じゃなかったでしたっけ?」
「知らなかったのよ〜! 知ってたらこんな依頼受けないわよ」
「はぁ‥‥」
こんなやりとりが、道中何度も行なわれた。ちなみに、ナレインは美しい顔立ちをしているがれっきとした男である。本人は女性として扱って欲しいようだが。
「ねぇねぇ、ナレインさん、虫嫌いなんだ?」
「そうなの‥‥ああ、虫と聞いただけで鳥肌が‥‥」
白鴉(
ga1240)が、興味津々といった様子でナレインに声をかけてきた。ナレインは、悪寒を抑えるように自分の腕を抱きしめて、嫌そうに顔を顰める。
「でも、髪に毛虫がついてるよ?」
「け、毛虫!? い、嫌ぁぁぁ!! 取って! 早く取って!!」
その様子を見ると、白鴉がニヤリと笑みを浮かべて、ナレインの長い髪を指差した。ナレインはその言葉を聞くと、叫び声をあげながら半狂乱のように頭を左右に振った。もちろん、毛虫などはいない。そもそも、現在車に乗っているのに、毛虫が付くことなどありえないのだが、虫嫌いのナレインはそんなことも冷静に判断できないほど混乱していた。
「こら」
「いて!」
ゴチン、と音がして白鴉が頭を押さえる。どうやら、白鐘剣一郎(
ga0184)がゲンコツで頭を叩いたようだ。
「他人の嫌いな物でからかったらダメだろう」
「は〜い‥‥」
「ナレインさん落ち着いて〜、毛虫なんていないですよ〜」
「いやぁ、毛虫ぃ‥‥本当にいない‥‥?」
剣一郎に叱られて、返事を返す白鴉。しかし、あんまり懲りてはいないようだ。ハルカがナレインに声を掛けて、なんとか落ち着かせる。ナレインは完全に涙目になっていた。
「そろそろ着くわ、みんな準備して」
そんな騒ぎを他所に、車を運転していたロッテ・ヴァステル(
ga0066)が全員に声を掛ける。場所は北米の競合地域、以前に壊滅したUPC部隊のキャンプの近くである。
「ナレインさんのためにも、さっさと終わらせてしまいましょうか」
「ふっふっふっ、連携攻撃をしかけてくるキメラとは、実に楽しみだ。だが、この手のやつらは、古来よりパターンさえ掴んでしまえば楽勝と相場が決まっている!」
「7つの甲虫が行う蹂躙行、それも今日限りとさせてもらうとしよう」
水鏡・シメイ(
ga0523)が穏やかな笑みを浮かべながら呟き。メディウス・ボレアリス(
ga0564)は自信満々に頷く。そして、御山・アキラ(
ga0532)は手入れをしていた武器を置くと、感情の抑えた声で呟いたのだった。
「ねぇ‥‥、本当に私が行くの?」
ナレインが暗い表情を浮かべて問う。目標を誘き寄せる囮役となったナレインだが、凄く嫌そうな顔をしていた。
「大丈夫ですよ、ロッテさんも一緒ですから」
「ロッテちゃんお願いね、置いていかないでよ?」
「善処するわ」
「本気で囮にされないか、ちょっと心配ですね」
シメイはナレインを安心させようと笑みを浮かべながら声をかけるが、表情を変えずに短く答えるロッテの様子に、少し心配そうに苦笑した。
「‥‥相手を虫と思わなければ良いのよ‥‥」
「そんなの無理よ〜、あの黒い光沢を見ただけで‥‥ああ!」
「‥‥そろそろ行くわよ」
「あ〜ん! 待ってよロッテちゃ〜ん!」
ロッテの言葉に、ナレインはイヤイヤと首を横に振って悶える。その様子に、少し呆れたような口調で歩き出すロッテに、ナレインが慌てて追いかけるのだった。
「‥‥いた」
囮を開始してからしばらくして、ロッテ達は目標のキメラ達を発見した。それは、遠目から見ると、荒野に並ぶ黒い岩のようにも見える。
「イヤ‥‥気持ち悪いぃ〜!」
「ナレイン‥‥反応しすぎよ」
その姿に、すぐにナレインが反応すると、一瞬のうちに30mほど後ろに下がる。どうやら瞬天速を使ったようだ。そこまでするかと呆れるロッテ。しかも、ナレインの声に気づき、ビートル達が動き出し始めた。
「まったく‥‥。いい? ちゃんと、誘き寄せるために、付かず離れず逃げるのよ。もし今度、勝手に逃げたら‥‥あの虫の群れに投げ込むわよ」
「イヤァ〜、ロッテちゃんが怖い〜!」
覚醒し、蒼い髪、白い瞳へと変わったロッテが、ビートル達を誘き寄せながら、ナレインを睨みつける。その瞳には、かなり本気な様子が見て取れて、ナレインは怯えたように声をあげる。
「案内してあげるわ、地獄の入り口までね‥‥!!」
そして、支給された無線機を取り、仲間に連絡しながら、ロッテはふてぶてしい口調をビートル達に向けるのだった。
「来たぞ」
岩陰に隠れながら、双眼鏡を覗きこんでいたメディウスが、ロッテ達とその後ろを追いかけるビートル達の姿を仲間に伝える。メディウス達はB班として、同じように物陰に隠れたA班と、ビートル達を挟撃する手はずとなっていた。
『こちらも敵を確認した。手はず通り、タイミングを合わせて攻撃を開始する』
剣一郎からの通信。どうやら、双眼鏡を持たないA班も、ビートル達の姿を確認、準備が出来たようだ。
「くっくっくっ、全特急合体といえど、横からの攻撃は弱かろう。我に歯向かう愚かさを思い知るが良い」
楽しそうに含み笑いを溢すメディウス。言葉の端々から、どことなくロボットアニメ臭が漂ってくるのは、勘違いではないようだ。しかも、悪役臭い。
「うへぇ、気持ち悪い虫がいっぱい‥‥あ、しまった!?」
「どうした?」
白鴉はビートル達の姿を見て顔を顰めると、思い出したように声をあげる。それに、アキラが訝しげに問いかける。
「殺虫剤買ってくるのわすれた」
「必要ない。そもそも、キメラに効く殺虫剤は売っていない」
白鴉の答えに、アキラは小さく首を横に振ってサブマシンガンを構える。白鴉もわかっていたが、残念と肩を竦めて苦笑した。
「さぁいくぞ、やつらに人間の英知というものを思い知らせてやる」
「うん、虫の連携と俺達の連携、どっちが強いか勝負!」
メディウスの言葉に、白鴉が答えて、彼らはビートルへ向かって攻撃を開始するのだった。
「軍相手に相当好きに暴れたようだが、それもここまでだ。行くぞ!」
剣一郎の掛け声に、シメイとハルカが頷いて岩陰から飛び出す。縦に並びながらロッテ達を追いかけてきていたビートル達の横を、二班に分かれた剣一郎達が襲撃する。
「‥‥天都神影流『奥義』白怒火!」
紅蓮衝撃を使い、全身を赤いオーラに包みこんだ剣一郎が、水を纏った刀で前から二番目のビートルを突き刺す。その一撃は、ビートルの外骨格の節目を深々と突き刺し、ビートルに致命傷に近いダメージを与える。
突然の襲撃に、一瞬乱れるビートル達。しかし、すぐに剣一郎に狙いを定めると、一斉に襲い掛かってくる。
「せやぁ! 剣一郎さん、大丈夫ですか!」
「大丈夫! 俺が抑える間に止めを!」
そこへ、ハルカが拳に装着した金属の爪で剣一郎を援護する。鋭い爪が、ビートルを一体切り裂く。
「くっくっくっ、脅えろ! 慄け! 自身の実力を引き出せぬまま散って逝け!」
「目標、ビートル。貫通弾の威力を受けろ」
同時に、メディウスとアキラが後方のビートルへと攻撃を行なう。メディウスの持つ銃の形をした特殊な超機械から、ビームのようなものが発射され。アキラの持つサブマシンガンからは、強力な貫通弾が発射されてビートルを撃ち抜いた。
「む、今ひとつ効果の薄いやつがいるな。あれがガードか!」
メディウスの攻撃を受けても、怯まなかったビートルに気づいたメディウス。どうやら、それは抵抗を強化されたビートルのようであった。
「よし、白鴉君、人間シールドだ!」
「了解、って俺って道具かなにかかよ!?」
メディウス達に反撃に出るビートル達に、白鴉が立ちふさがるが、メディウスの台詞に思わずツッコミを入れる。そこへ、ビートル達が一斉に襲い掛かる。どうやら、まだ幼さを残す白鴉を組み易しと判断したようだ。剣一郎を襲っていたビートル達も、目標を白鴉に変更する。
「ちょ! 俺って、大人気!? 痛っ!!」
「やらせるか! 天都神影流、降雷閃っ!」
攻撃の得意なビートル、ヒット、アタック、オーバーの攻撃を耐える白鴉。させじと、剣一郎が豪破斬撃を込めた一撃を繰り出すが、硬いビートルに阻まれてしまう。
「こいつがオメガか! ならば‥‥、ちっ!? 今度は素早いヤツが邪魔を!」
剣一郎はオメガの急所に狙いを定めようとする、しかし別の素早いビートル、スピードがそれを邪魔するように動く。
「スピードは任せて置いてください。はっ!」
そこへ、鷹の目を光らせたシメイが矢を放つ。正確に狙いを付けられた矢は、スピードの関節を打ち抜き、その動きを止める。
「剣一郎さん、こっちは任せます。私は白鴉君を!」
「わかった、こちらはオメガを足止めしておく」
ハルカが瞬天速で一気に間合いを詰め、白鴉の援護に向かう。剣一郎は、動きの止まったスピードに止めを刺すと、オメガの相手を始めた。
「弱っているやつから、確実に倒すわよ」
「ロッテさん! 助かるよ!」
同じく白鴉のフォローに回ったロッテが、剣一郎の最初の一撃を受けて弱っていたオーバーを、足に装着された鋭い爪で蹴り上げ、続けて回し蹴りを叩き込み止めを刺す。そして、白鴉に指示を出しながら、アタックに集中攻撃を行なった。防戦一方だった白鴉も、仲間の救援に助けられ、雷を纏った刀でアタックに流し切りを行なう。ハルカの一撃も加わり、アタックもその動きを止める。
「ガードは、物理攻撃の方が有効だ。アキラ君、頼むぞ」
「了解」
メディウスの指示に、アキラがガードに射撃を集中させる。サブマシンガンから放たれるいくつもの弾丸に、ガードが撃ち抜かれていく。
「その間に、我は白鴉君を回復だ。さぁ、癒しの光を受けて、我に感謝するがいい!」
「ありがとう! って、一方的に俺が感謝するのって、なんか釈然としないよね!」
メディウスの練成治療に感謝する白鴉だが、彼女の盾となっていたことに対してツッコミを入れることを忘れない。
「そういえば、一匹足りなくない!?」
ふと、ハルカが気づいたように言葉を口にする。残りの敵はヒット、オメガ、ガード、インテのはずだが‥‥。
「いました! 後方で待機しているようです!」
「たぶん、やつが司令塔よ。やつを倒せば、こいつらは連携を取れなくなるはず」
いち早く、後方で待機していたインテを見つけたシメイ。ロッテは経験から、インテの役割を把握する。そこへ‥‥。
「えい!」
先ほどまで逃げ惑っていたナレインが、いつのまにかインテに近づき、槍で突き刺した。
「やっぱり、気持ち悪い‥‥できるなら攻撃もしたくないくらい‥‥。でもね、仲間が戦っている時に、私だけ逃げるわけにはいかないのよ!」
槍を受けて、体液を撒き散らすインテに、ナレインが気持ち悪そうに顔を顰めながら。それでも、槍を持つ手に力を込めて、インテにダメージを与え続けた。そこへ、シメイの矢が放たれ、インテに止めを刺すのだった。
「‥‥天都神影流、斬鋼閃」
剣一郎がオメガの急所を突き刺し、そのまま断ち切るように斬り抜く。司令塔を失ったビートル達は、ほどなくして一行に退治された。
「怪我は我達に任せろ。人体のメンテナンスも、我の仕事だからな」
「はぁ‥‥もう、ぜっっっったいに、こんな依頼受けないわよ!」
その後、メディウスとアキラによって、一行は怪我の治療が行なわれ、無事に依頼をこなすことに成功する。ナレインは、戦いが終わるとすっかり気が抜けたように座り込んでしまっていた‥‥。
「仇は取ったからね‥‥」
最後に、一行は壊滅したUPCの部隊のキャンプ跡に立ち寄った。打ち壊されたキャンプ跡を前に、白鴉が報告するように呟く。
「失った命は戻らないけど、せめて安らかに眠ってくださいね」
「貴方達の犠牲を無駄にしないためにも、私達ががんばります」
ハルカとシメイも言葉を紡ぎ。他の者達も、黙祷を捧げる。
「ラ・ソメイユ・ペジーブル‥‥安らかな眠りを‥‥。さて、作戦終了‥‥帰ってシャワーね」
「早く家に帰って、シャワー浴びて‥‥この事、忘れたいわ」
祈りの言葉を口にしたあと、気持ちを切り替えるように、ロッテは帰還の指示を出す。ナレインも、少し涙目になりながら、キャンプ跡に背を向けた。
「敵討ちなどと改まったことをしたつもりは無い‥‥もとよりこの身がバグアを倒すは全て復讐のため」
仲間がその場を後にしたあと。最後まで残っていたアキラが言い捨てるように呟いた。そして、決意を込めた瞳でキャンプ跡を一瞥すると、静かに立ち去るのだった。