●リプレイ本文
南米ジャングル。UPC部隊の失踪が相次ぎ、その原因の調査を依頼された一行は、二つの班に分かれてジャングルの奥地へと進んでいた。
「暑い‥‥ジャングルってなんでこんなに暑いんですかね」
つい最近もジャングルに訪れていた周防 誠(
ga7131)は、うんざりした様子で呟く。熱帯雨林特有の蒸し暑さ、木々に光を遮られた薄暗さに、慣れない者は余計に不快感を感じてしまう。
「そうですね。はい、お水です‥‥水分補給はしっかりしないと」
「すいませんね。それにしても、こんなに広くてごちゃごちゃしてる場所で、失踪の原因を探すのは骨だね」
ペアを組んだ月宮 瑠希(
ga3573)から水筒を受け取り、軽く喉を潤して、誠は改めて周囲のジャングルを見渡す。木々が生い茂り、これといった道も無く、草木が視線を遮り見通しも悪い。いつどこから敵に襲われるともわからず、また一歩間違えば遭難しかねない様子に、誠は小さくため息をついた。
「ジャングルでは、入ってくる情報が多すぎる。音も、光も、物も、匂いも、気配ですら。だから、其処に何かが紛れ込むのは難しくない。まるで、部屋の中で、物を失くした時のよう」
「そいつは凄いですね。どんだけ散らかってるんだか」
「す、周防さん、女性の方にそれは失礼ですよ。す、姿が見えない敵なんて、映画に出てくる敵みたいですね♪」
「そうですね、よく部屋で物が無くなります。でも大抵そういうときは、目の前にあるのに、見過ごしてしまっているのです。少し余裕を持って、広い視点で探せば見つける事ができるかもしれません」
ジャングルの様子を自分の部屋に例えるアグレアーブル(
ga0095)に、誠が呆れたような言葉を口にする。瑠希が慌ててフォローを入れるが、アグレアーブルはあまり気にした様子ではなかった。
「それにしても、入った者が死体も残さず消えるなんて、まるで人食いジャングルだねぇ。バグアも芸が細かいと言うか何と言うか」
誠達のA班と付かず離れずの位置で探索を続けるB班。ツァディ・クラモト(
ga6649)が覇気のない様子で呟く。普段からこんな調子なので、特にやる気がないわけではないのだろう。
「いっそのこと、フレア弾で焼き払った方が‥‥」
「冗談じゃない! 熱帯多雨林、いわゆる熱帯雨林は一度破壊すれば、元には戻らないの! しかも、熱帯雨林は地球の酸素の多くを生産している場所なんだから、失えば大変なことになるのよ。わかる!」
「え、ああ、すいません‥‥」
ツァディの言葉に、メアリー・エッセンバル(
ga0194)が少し怒ったように説明する。彼女は、植物博士と呼ばれるほど草木の知識に富んでおり、また愛していた。メアリーの剣幕に押されて、ツァディは頭を下げた。
「それにしても、ジャングルは初めてだけど、珍しい自生植物が多くて楽しいわね」
「そうですか。でも、気がついたら後ろの誰かが居なくなった‥‥、なんてベタな展開は勘弁です。ってイズミンどうしたの?」
興味深そうに、周囲の草木を観察するメアリーを横目に、ツァディは相方の比良坂 和泉(
ga6549)に声をかける。
「え? あ、俺ですか?」
「そ、和泉だから、イズミン。なんかソワソワして、メアリーから視線を外してるようだけど?」
「い、いえ‥‥。実は俺、女性に慣れてなくて‥‥」
「ああ、そういえばここに来るまでも、なんか落ち着かない様子だったしね」
「は、はい‥‥」
ツァディの言葉に少し慌てた和泉は、恥ずかしそうに女性恐怖症について答える。それを聞いて、ツァディは納得したように頷いた。
「メアリー、化粧っ気は無いけど、美人ですもんね。そういえばメアリー、ここに来る前に会ってた人はなんなの?」
ツァディは思い出したように、来る途中メアリーに声をかけていた北柴のことを聞いた。
「彼? 知り合いよ、準備を色々手伝ってもらったの」
「それだけ? 指輪預かってましたよね?」
「能力向上のためのアームリングを借りただけよ。帰ったらちゃんと返します」
「さいでございますか。てっきり、彼氏かと思ったのに」
「それはないわよ、知識人として尊敬はしてるけど。それに、ちゃんと他に好きな人はいるわ」
「それはそれは‥‥」
メアリーのあっさりした返事に、少し残念そうに肩を竦めるツァディ。横で話を聞いていた和泉は、困ったように周囲を見回しているのだった。
「そろそろ部隊が失踪した地域に入りますよ。皆さん注意してください」
地図と方位磁石を確認していた古河 甚五郎(
ga6412)が全員に注意を促す。
「失踪の原因である罠、ないしキメラを見つけたら。この発信機を取り付けます。そして、取れないように補強します、もちろんこれで!」
UPCに申請して預かった発信機を取り出した甚五郎。そして続けて出したのは、粘着テープ、いわゆるガムテープである。甚五郎はガムテープをいくつにも切り分けると、自分やメアリーの服に貼り付けた。
「ああ、そんなベタベタと」
「大丈夫、跡は残りませんから。きっちりガムテで補強すれば、そう簡単には剥がれることはないですよ」
妙にガムテープに対し自信満々の甚五郎に、仲間達はちょっと呆れるのであった。
「空気が変わった‥‥」
目的の地域についた後、もっとも早く異変に気づいたのはアグレアーブルだった。彼女の直感が、よくはわからないが、今までと何か違うと知らせていた。アグレアーブルはすぐに能力を覚醒し、短く切りそろえられていた赤い髪が長く伸びていく。
「敵ですか?」
「わからない‥‥でも、鳥や虫の鳴き声が聞こえない」
「まいったね、言われるまで気づかなかったよ」
瑠希の問いかけに、小さく首を横に振るアグレアーブル。だが、彼女の言うように、いつのまにか周囲には生き物の気配が感じられなかった。誠もそのことに気づき、神経を研ぎ澄ます。この辺りには、動物達が恐れて近づかない何かがあるというのか。
「とにかく‥‥警戒していきましょう」
近くに居るB班も、どうやら周囲の異変に気づき、警戒を強めたようだ。三人は覚醒しながら、周囲を警戒して進んでいった。そしてそれから少しして、それは突然襲い掛かった。
「!!」
先頭を歩いていたアグレアーブル、その足元から蔦のようなものが、触手のように動き絡み付いてきた。草木に紛れていたために、一瞬対応が遅れ、身体を拘束されるアグレアーブル。瞬天速で離れようとしても、絡みついた蔦が邪魔で身動きが取れない。
「いけない‥‥助けないと。死蝶に魅入られて‥‥逝け」
瑠希は刀に手を掛けると、素早い抜刀で蔦を切り裂き、覚醒し現れた金色のオーラが、蝶の形となって残像のように舞う。そしてアグレアーブルの身が自由になる。
「いったいどこから‥‥、こう木だらけじゃ、特定が難しいね」
誠は、発信機付きの矢を弓につがえながら、蔦の出所を確認するが、周囲には同じような木ばかりで、判別が付かない。
「だったら‥‥!」
再び襲い掛かってくる蔦、それをアグレアーブルは避けるどころか、逆に自分の腕を差し出して絡ませる。そしてそれを思い切り引っ張った。蔦はピンと伸びて、その先にあるものを明確にさせる。
「そこか‥‥当てる!」
蔦の先に照準を合わせると、誠は矢を放った。落ち着いた誠の矢はまっすぐに目標目掛けて飛び、一本の木に突き刺さる。
「夢霧幻流‥‥霞!」
続けて、瑠希が二刀の刀による抜刀術を繰り出し、木に深い傷を与える。しかし‥‥。
「再生!?」
木に付けられた傷は、見る見るうちに治っていき、再び蔦による攻撃が繰り出されてくるのだった。
「A班の様子が!」
蔦に襲われたアグレアーブルに気づいた和泉達は、急いでA班のもとに向かおうとしたが。
「メアリーさんあぶない!」
「ぐっ!?」
甚五郎の声も間に合わず。突然木の上から襲い掛かってきた蔦に、メアリーが絡め取られる。そしてそのまま、首を強い力で締め付けられた。慌てて引き剥がそうとするメアリーだが、首だけでなく両腕も拘束され、簡単にはいかない。
「はっ! 大丈夫ですか?」
「ゴホゴホッ! はい‥‥大丈夫です」
甚五郎が鋭い爪で蔦を切り裂き、解放されたメアリーが酸素を吸い込んで咳き込む。再び繰り出される蔦の攻撃を避けながら、二人は攻撃の主を見極めようとした。
「‥‥あの木! 他の木と比べて、不自然な成長をしている!」
そして、メアリーの植物博士としての勘が、一本の木の不自然さに気づく。一見すればただの木、だが庭師の経験がそれに気づかせた。
「ダメージを与えてみればわかりますよねっと!」
メアリーの指示に、ツァディが銃でその木を狙い打つ。すると、銃弾を受けた傷が、みるみると治っていった。
「通常の植物にはありえない、急激な再生! やはり間違いない、あれはキメラよ!」
「どうやら今回の部隊失踪。こいつらの仕業のようですね。よし、それじゃ発信機をつけるから、蔦の相手をよろしく頼みますよ」
「わかりました!」
その様子に、メアリーが断言する。それを聞いて、甚五郎が取り出した発信機に接着剤を付け始めた。その間、和泉が刀を構えて蔦の相手をする。
「準備OK! 瞬速縮地!」
接着剤を付け終えた甚五郎は、目にも留まらぬ速さでキメラ樹に接近すると、発信機を取り付ける。そして、これまた早業でガムテープでがっちりと×字に補強した。
「これも一緒に食らいなさい!」
ついでに、メアリーはキメラ樹の根元をナイフで切り裂くと、そこに蛍光塗料をぶちまける。水分と共に吸収させ、あとでわかるように色を付けさせる狙いだった。そうして、目標をマーキングすると、素早くその場を退く。すぐに蔦が追いかけてくるが、間合いを取ると届かない様子であった。
「A班の様子は?」
安全を確認した後、アグレアーブル達の心配をするメアリー達。だが、A班も窮地を切り抜けて、安全圏まで間合いを取ったようであった。
「自分達の目的は、退治ではなく調査です。早々にこの情報を持って帰還しましょう」
ツァディの意見に全員が頷き、撤退を始めようとする。
「待って! なにか様子が変だわ!」
しんがりを務めていたメアリーが、キメラ樹の異変に気づく。突然キメラ樹が身を震わせたかと思うと、メアリー達の足元に弾丸のような何かを放ってきた。
「これは‥‥種子!? まずい、蔓系植物は‥‥一度繁殖されると面倒なのよねっ!」
しかし、それは弾丸による直接な攻撃ではなかった。それは植物の種子だったのだ。いち早くそれに気づいたメアリーであったが、種子の成長は早く、一瞬のうちに小型の蔦を伸ばしてくる。
「危ない!」
蔦に襲われるメアリーに、和泉が素早く飛び出してくる。刀で蔦を切り払い、メアリーを庇うが、その蔦もすぐに再生し、今度は和泉に襲い掛かってはその身を拘束する。
「ぬぅぁああああ!」
だが、和泉は豪力発現を使い、一時的に筋力を高めると、無理やり蔦を引き剥がした。
「再生とか面倒なやつですね!」
ツァディの銃のSESが活性化され、弾丸が強く撃ちだされる。それは、蔦の根元に当たり、一瞬蔦を怯ませる。その隙に、メアリー達はその場を退却するのだった。
その後、帰還したメアリー達によって、植物型キメラの存在が報告される。草木の姿で、周囲の森に紛れ込み、近づいてきた獲物を捕食する。失踪した部隊も、このキメラ樹に捕食されたと思われる。そして、キメラ樹は再生能力を持ち、種子によってその数を増やすようであった。
「あなた達の想いは‥‥僕達が背負いますから‥‥安らかに眠ってください」
報告後、瑠希は志半ばに消えていった兵士達を思い、祈りを捧げる。だがしかし、やつらを完全に駆逐しなければ、今後も犠牲者は出るであろう。
「結局、目印になる発信機も、焼け石に水ということですか。このジャングルに、どれほどのキメラ樹が放たれているのかわかりませんからね‥‥」
甚五郎が苦々しげに呟き、一行は再びキメラ樹と対するであろうと予感していた。