●リプレイ本文
「結局、確約を得ることはできなかったか」
現地への出発前、交渉材料としてUPC側によるマサキへの協力を要請した白鐘剣一郎(
ga0184)であったが、返答は「考えておく」というものであった。
「とりあえず行きましょうか」
「それじゃ、あたしはもう少し資料を集めてから行くとするよ」
ともあれ、一行はマサキが滞在しているという孤児院へと向かうことする。ジーン・ロスヴァイセ(
ga4903)だけが残り、説得の材料となるマサキの事件や生い立ちの資料を集めることになった。
「ああ、ここか‥‥」
しばらくして街の外れにある孤児院に着いた一行。見覚えのある場所にカルマ・シュタット(
ga6302)は声を漏らした。どうやら以前に謎のマスクの男を調査した際、情報収集で訪れたことがあったようだ。
「すまない、誰かいないか?」
剣一郎は玄関に立つと声をあげて呼び鈴を鳴らす。少し待つと、人の気配がして玄関のドアが開けられた。
「はい、どちら! ‥‥さまでしょうか?」
ドアを開けたのは16、7歳ぐらいの少女シェリル。彼女は一行の姿を見ると、はっきりとした声がトーンを落とした。見ず知らずの人間が多く来て、警戒しているようだ。
「初めまして。俺は白鐘剣一郎、ULT所属の傭兵だ。マサキという青年がここに保護されていると聞き、伺わせて貰った」
「ULTの傭兵? あ、エミタの‥‥え? マサキさんですか‥‥?」
剣一郎が挨拶をして用件を述べると、シェリルは戸惑った表情を浮かべる。
「この間はどうも。以前に話をお聞きした者ですが、覚えてますか?」
「あ、はい、たしか以前のキメラ騒動の時に助けてくれた謎の人を探していた方ですね? でも、何故マサキさんを‥‥あの人がなにか?」
「UPCが彼に協力を求めています。私たちは何度か彼と会っているので、彼を説得し、護送する依頼を受けました」
「UPCへの協力? 護送って‥‥」
以前に会ったことのあるカルマが挨拶をして警戒を少しでも解こうとし、国谷 真彼(
ga2331)は不安げに問うシェリルに説明をする。
「あの‥‥、マサキさんはいま身体を壊して動けない状態です。できれば後日にして欲しいのですが」
「俺達もあまり時間的余裕が無い。できれば今すぐにでも、彼をUPCに連れて行きたい所だ。それに、彼に拒否権はないはずだ」
「そんな!? それって、逮捕とかそういうのじゃ!!」
「逮捕、拘束というのは違うな。ここに来たのは彼に話を聞かせて貰う為だ。それが支障なく終われば俺たちは引き上げる」
「しかし〜、彼が人類のために地球を取り戻す手伝いをしてくれなかったら、捕縛も仕方ないね〜」
「!!」
とりあえずお引取り願おうとしたシェリルに、デル・サル・ロウ(
ga7097)が事務的に言い放つ。それに驚きと怒りをあらわにするシェリルに、剣一郎が穏便に説得しようとするが、ドクター・ウェスト(
ga0241)ははっきりと捕縛の意志を示した。下手に拒否すれば、逆にマサキの立場を悪くすることを自覚させるためだろう。
「ともかく、今日はマサキさんと話に来たのです。彼にとっても悪くない話ですから、少しだけでも会わせていただけませんか? ほら、私たちはこの通り丸腰ですから」
ウェストの言葉に、驚きの声をあげるシェリル。慌てて真彼が割って入り、敵意が無いことを示しながら、なんとかマサキに会わせてもらうよう説得する。
「‥‥わかりました、でもこんなに大勢で一度に会われるのは」
しぶしぶとマサキと会うことを許可するシェリルだが、一行の人数に難色を示す。結局、会うのは剣一郎、ウェスト、真彼、デルの四人となった。
「ああ、シェリー、お客はなんだった‥‥」
シェリルがドアを開け、マサキは優しい表情を浮かべながら声をかけようとするが、一同の姿に表情を引き締めた。
「あの、マサキさんにお客さんです‥‥」
「わかっている、入ってもらって構わない。みんな、すまないが少しだけ相手ができないみたいだ」
「え〜!」
「ほら、みんな! マサキさんにお客さんなんだから、外で遊んできなさい!」
シェリル言葉に頷き、一同を部屋に招き入れるマサキ。人目見て、彼らが何をしに来たか察したようだ。部屋で遊んでいた子供達は、シェリーに追い出されるように部屋を出て行く。
「あんたも席を外してもらえるか?」
「‥‥私はマサキさんをこの家に置いて世話をしている者です! 私にも話を聞く権利はあると思います!」
部屋に残るシェリルに、デルが出て行ってもらおうとするが、シェリルはガンとした態度で、部屋を出て行かないという強い意思を表す表情を浮かべて首を横に振る。
「シェリー‥‥すまないが、彼らだけにしてくれないか」
「マサキさん‥‥でも‥‥」
「悪い、事情はちゃんとあとで話すから」
「はい‥‥」
だが、シェリルの強い意志も、マサキに言われてはしゅんと沈んでしまう。そして、しぶしぶといった様子で、部屋を出て行った。
「妹が恋をしたらこんな感じかね〜」
「妹‥‥ですか」
「いや、つまらないことを呟いてしまったね〜。聞かなかったことにしてくれてまえ」
そんなシェリルとマサキの様子に、ウェストがポツリと呟く。過去に失った妹と、シェリルの姿を重ねたのかもしれない。それに、似たような境遇の真彼も言葉を漏らし。ウェストは苦笑いを浮かべて首を横に振った。
「早速だが‥‥。UPCに雇われた傭兵のデルというものだ。我々がここに来た理由は述べる必要は無いと思う。君には我々に是非とも協力して貰いたい。協力してもらえれば、これまでの問題行動を不問にし、身の安全も保障する。ひどい怪我をしているようであるが、君が望むなら必要な医療処置を受けられるように掛け合うことも約束しよう。もし自発的に協力が得られない場合は、直ちに拘束しろとの命令も出ている。我々は訓練された能力者だ。その体での逃亡は不可能と考えてもらいたい。猶予は3日。君の持つ情報は我々がバグアに対抗するために不可欠なものだ。良い回答を期待している。」
「俺は‥‥あんたらに抵抗する気はない。だが、協力する気もない。捕まえるなら、さっさと捕まえてくれ」
用件を述べるデルに、そう答えるマサキ。ベッドから身体を起こした様子は、弱っており身動きが取れないようにも見える。抵抗する気が無いというのは本当だろう。
「何故協力しないのかね〜? 力を得て、復讐を遂げることが君の目的ではないのかね〜? 能力者として適正があれば、その体の延命も可能かもしれないし、ジョーンズ君やデューイ君の情報を得ることも出来るだろう〜」
「っ!!」
ウェストに、父や兄の名を出され、一瞬表情を強張らせるマサキだったが、それでも何も答える気はないように顔を背ける。
「何か事情が? 時間がないと言った結果がそれですか? それで諦めるんですか? そして何も残さずに消えていくと」
「‥‥‥」
「‥‥ですが、君は多くの人に出会いすぎました。君がいなくなっても、君がいたという事実は確かに残るんです。時が経ち、忘れることはあっても、無かったことだけにはできません」
力を失い、戦う気力も無くした様子のマサキに、真彼は自分の想いを伝える。今まで感じてきた、彼の痛みや悲しみ。そして、彼が戦わなくても、何も変わらないこと。消えても残り続ける想い。
「取り戻したいもの、護りたいものはもう無いのか?」
「‥‥‥」
「今日のところは帰ります。明日また来ますので、考えておいてください」
剣一郎の問いにも口をつぐむマサキ。真彼達は、その日の説得はその程度にして、部屋をあとにするのだった。
「説得は上手くいっているでしょうか?」
「さあな、マサキってやつも複雑な事情を抱えているみたいだし、簡単にはいかないかもな」
外で待機していた佐伽羅 黎紀(
ga8601)は期待半分不安半分で呟く。それに、須佐 武流(
ga1461)が肩を竦めて首を横に振った。
「それにしても〜、子供達が出てきませんね〜」
「お、どうやら出てきたようだぜ」
少しでも警戒を解こうと、孤児院の子供達と遊ぼうと思った彼ら。しばらく、子供達が出てくるのを待っていると、ようやく子供達が出てくる。声を掛ける黎紀達だったが、様子がおかしい。
「こんにちは、お姉さん達と遊びましょ?」
「あ、このオバサン達、マサキにーちゃんを連れて行こうとしているヤツラの仲間だぜ!」
「お、おば!?」
「俺達でマサキにーちゃんを守るんだ!」
「へっ、元気なガキどもだな」
マサキを守ろうと立ち向かってくる子供達に、武流は軽く相手をしながらニヤリと笑みを浮かべた。
「俺達はマサキ兄ちゃんの知り合いだよ。彼を助けにきたんだ」
「助けに? ほんと!?」
「ああ、彼は悪いヤツラと戦って、怪我をしたんだ。だから、それを治して、また戦えるように俺達の基地に連れて行くんだよ」
その後、しばらくしてカルマが子供達に説明をして和解をする。そして、一緒に遊びながら、マサキは自分達と一緒に行くことが彼のためなんだと伝えた。
「皆さん出てきたようですよ」
「どうやら、まだ説得はできてねえようだな」
外へ出てきた真彼達に気づく黎紀と武流。そして、その日の説得は終わりということになり、一行は孤児院をあとにするのだった。
「母親はバグアの攻撃で死亡。本人や父、兄、そして妹はバグアにさらわれた。そこで、強化手術を受け、マサキだけ逃亡。現在に至る‥‥と、こんなもんだね」
「兄はやはり強化されバグアの手先に。父と妹の行方は不明か」
「以前の彼らの会話から、ジョーンズ君もバグアの手先になっている可能性が高そうだね〜」
孤児院をあとにしたあと、合流したジーンの資料を確認する剣一郎たち。
「正直彼が兄弟と争ってまで復讐をしようとしていたのは、今でも俺は理解できない。ただ、兄弟と争ってまで自身の復讐をしようとしていたことに俺は内心感心していたんだが、腑抜けているのなら正直がっかりだな」
「ともかく、明日はもう少し積極的に話をしてみましょう」
カルマは実際に会った様子を聞いて肩を竦めた。自分に手痛い一撃を加えたマサキの変わりように残念がっているようだ。その後、相談を済ませて、次の日を待ってまた説得へと向かうことにする一行だった。
二日目、これといった成果もなく。一日目と同じく時間が過ぎていく。
「御機嫌よう〜シェリルさん、少しいいですか〜?」
「え、私にですか?」
そんな中、黎紀がシェリルに声をかける。驚くシェリルに、黎紀は柔らかい笑みを浮かべた。
「シェリルさんは、マサキさんのこと好きですよね?」
「ええ!? ちょ、ちょっと待ってください! 私は別に‥‥。マサキさんは、怪我して倒れていたのを助けただけで‥‥ただそれだけの関係です‥‥」
「隠してもシェリルさんの態度を見てればわかりますよ」
「うっ‥‥」
黎紀にマサキに対しての気持ちを聞かれ、顔を真っ赤にするシェリル。
「シェリルさんはこのままでいいんですか?」
「?」
「彼が、このまま何もかも諦めてしまって‥‥。好きだから一緒に居たい気持ちわかります‥‥でも私なら好きだからこそ背中を押します。貴女はどうします?」
「‥‥‥」
黎紀の言葉に、真剣な表情で俯いてしまうシェリル。たぶんマサキはシェリルの想いでなら動くのではないか、黎紀はそう思うのだった。
その夜。
「マサキさん! そんな身体でどこへ行くんですか!」
「これ以上、君達に迷惑は掛けられない‥‥」
「そんな! だ、ダメです!」
寝静まった後に孤児院を抜け出そうとしたマサキ。それに気づいたシェリルが、必至になってマサキを止める。マサキは立つのも苦しそうで、どこかへ行くのも難しそうであった。
「その身体でどこへ行くというんだ」
「あんたは‥‥監視されているというわけか」
「言ったはずだ、逃亡は不可能だと」
そこへ、逃走を予期して監視していたデルが、マサキ達に声を掛ける。苦々しげに笑うマサキに、デルは険しい表情で答えた。
「兄弟を敵に回してまで戦おうとしたあんたの、今までに感じた意志の強さのようなものは俺の気のせいだったのか」
「あれは兄じゃない‥‥もうそんなことはどうでもいいけどな。どのみち、俺は長くない」
カルマの言葉にも、諦めた表情で首を横に振るマサキ。
「まだやることがたくさんあるだろう‥‥。こんなところで腑抜けてる場合じゃねぇだろうが! いいか、テメェの家族の問題で、どれだけの人間が振り回されてるのかわかってるのか!? それがもう死ぬからもう戦いたくねぇだと? フザけてんじゃねぇぞ、おい!」
「や、やめてください! マサキさんが‥‥」
「まだ何も終わっちゃねぇだろうが‥‥どうせ死ぬなら‥‥何もしねぇで逃げながら腑抜けてくたばるんじゃなくて‥‥すべてにカタをつけて‥‥戦ってからにしろ!」
そんなマサキの様子に、激昂したように胸倉を掴み思いのたけをぶつける武流。慌ててシェリルが止めに入るが、武流は険しい表情のままその手を離した。
「ウェスト、国谷などはずっとお前に関わってきた者だ。今のお前でも関係者は増えていくことは忘れるなよ。そして彼女もこの孤児院も‥‥。お前が全てを諦めれば、お前の関わってきた全てが意味を無くす」
「‥‥俺の関わってきた全ての意味‥‥」
デルの言葉、そしていままでの彼らの言葉に苦悩するように表情を険しくするマサキ。それでもまだ答えは出ないようだった。
次の日、マサキのもとにシェリルが訪れる。
「行ってくださいマサキさん」
「え?」
「妹さん、助けるんでしょ?」
「しかし、俺は‥‥」
「何をうじうじしてるのよ! 男らしくない! UPCに行けば身体が治るかも知れないんでしょ? だったら行って、それで妹さんも助ければいいじゃない! あの日、この孤児院を助けてくれたみたいに!」
「‥‥知ってたのか!?」
「あの人たちが来た時からうすうすわかってました! 関係ない私たちまで助けてくれたあなたなんですから、きっと妹さんも助けられます。がんばって!」
「よく‥‥わからない理屈だな。でも‥‥ありがとう」
シェリルの激励に、マサキは苦笑しつつも、素直に感謝の言葉を述べる。不安はある、だが踏ん切りはついた。マサキはまた戦いの場へと赴くことを決める。
「俺の持ってる情報を引き渡そう、だがまた俺が戦えるようにしてくれるのが条件だ」
「わかった。だが、それはあんた次第だ。ともかく、UPCまで俺達が護送する」
「いいだろう」
その後、最後の説得に赴いた一行に、協力することを告げるマサキ。彼の条件を、UPCが飲むかどうかはわからない、だが剣一郎は再度提言してみようと思うのだった。
こうして、マサキはUPCへと向かう。この先に何が待っているか不安はあるが、もう諦めないとマサキは誓うのだった。
「マサキさん! いってらっしゃい!」
「ああ‥‥いってきます!」