●リプレイ本文
一行はトラックの荷台に揺られながら、ペルーの首都リマへと向かっていた。
「どうやら検問のようですよ」
「よし、全員ダンボールの中に隠れるんだ」
「隠れる時はダンボールなのは定番なのかしら」
運転席に座る綾野 断真(
ga6621)が荷台の一行に声を掛ける。マーキュリーの指示で、荷物を装ったダンボールへと隠れる一行に、オリガ(
ga4562)がぽつりと呟いた。そうする間に、トラックは検問を行なっている軍の兵士に止まるように指示を受ける。
「止まれ! 身分証明書を提示せよ!」
「おせわさまです、これでよろしいですか?」
作業服と帽子を被った断真は、肌を浅黒く見せるメイクを行なっており、一見して普通の作業員に見せている。身分証明書もUPCの作った精巧な物なので、よほどのことがない限り疑われることはないだろう。
「‥‥荷台の中身はなんだ?」
「食糧や雑貨、生活物資などですね。これ届物票です」
「中を検めさせてもらうぞ」
それでも一応とばかりに、荷台を調べようとする兵士達。隠れた一行に緊張が走る。
「あ、やべぇ、クシャミ出そう」
「それで見つかったら一生怨みますよ」
白・羅辰(
ga8878)の軽口に、オリガが本気とも取れそうな低い声で注意する。そして兵士が荷台に登ると全員息を潜め、可能な限り気配も隠した。兵士はダンボールの一つを開けて中を確かめる‥‥。
「野菜か‥‥」
一行が隠れていたのは、本物の荷物が詰まれたダンボールの、下の空になっているダンボールの中だった。兵士達は、上だけ調べると荷台を降り、断真に許可を出す。
「よし、行っていいぞ」
「どうも」
そして一行は無事に検問を抜け、リマの街へと入るのだった。
滞在先を決めた一行は、それぞれ情報収集へと出ることになった。その中でリネット・ハウンド(
ga4637)と羅辰は、自分の得意分野である格闘技関連のジムなどを回って情報を集めることになる。
「最近の状況はいかがですか?」
「あまり芳しくないね。こんなご時世だからね、娯楽も制限されてるしね」
リネットの問いに答える地元格闘技プロモーター。誰に聞いても似たような答えで、ペルー国内での格闘技関連は盛り上がりに欠けている様子であった。
「それじゃ、非合法なのではどうだ? ストリートファイトとか、地下格闘場とか、あるだろそういうの。俺たちゃ、そういうのでもいいんだぜ?」
羅辰が強気な表情を見せながら、裏で行なわれているであろう非合法ファイトについて聞くと、プロモーターは呆れた表情で首を横に振った。
「非合法? ああ、やめときな兄ちゃん、命がいくつあっても足りないよ。そんなのに関わったヤツらが、失踪って形でいなくなってるって話だし」
「失踪!? その話、詳しく聞かせてください!」
「お、おぅ、なんでも‥‥」
と、そこでプロモーターの話に気になる言葉が出たリネットが、失踪について詳しく問いかける。プロモーターはその勢いに負けながら、自分の知っていることを話した。
「なるほどね、最近優秀な格闘技者が相次いで失踪してる、か‥‥え? それってどういうことだ?」
話を聞き終え、ジムから出た二人。羅辰は顎を擦りながら、何かを考えるように眉を顰めるが、結局何が重要なのかよくわからなかったようだ。
「はぁ‥‥、もし失踪が誰かによる故意のものだったとしたら、優秀な格闘技者を集めて、何かをしようとしてるってことだと思います。もしかすると、私達の調べているキメラ闘技場に送られているのかもしれません」
「ああ、そうか! じゃあやっぱり、ペルー国内に格闘技者をさらっているヤツラがいるってことだな。そいつらをとっ捕まえれば‥‥」
「あくまで仮定ですけれどね。それに、この広い街でいつ現れるかもわからない人攫いを探すのはさすがに難しいですよ」
羅辰のボケっぷりに小さくため息をつきながら、格闘技者失踪とキメラ闘技場を繋げる推測をしてみるリネット。しかし、この程度の手がかりでは、まだキメラ闘技場を調べるのは難しかった。
「まぁいいか、ともかく俺達は引き続き格闘技関連で情報を集めるか。とりあえず、強者が活躍してそうな非合法のファイト場でも探すかな」
「そうですね、一般のプロモーターではこれ以上の情報も得られそうにありませんし」
二人はその後も、格闘技関連で情報の収集を行なうことにするのだった。
「さすがマーキュリーさんですね、事前に政府高官の出入りする店を調べてあるなんて」
「そうですね、なんとなく別の理由でも期待していた様子でしたが‥‥」
そう言いながら、高官御用達の高級バーへと向かうオリガ。どこかの会社の美人秘書のようにビシッとスーツを着込んでいる。その横を、断真が同じくお洒落なスーツ姿で歩きながら、マーキュリーの残念そうな表情を思い出して苦笑した。
「いらっしゃいませ」
いかにもといった、上流階級向けのバーに入った二人。カウンター席に座ると、バーテンダーに酒を注文する。
「高級バーへ行ったらお酒を飲まないのは逆に違和感あると思いますよ? うん」
そんなことを言いながら、お酒を楽しむオリガ。目的のための手段から、手段のための目的に変わってきているように思える。
「仕事でこの国に来ましたが、初めての土地って不安なんですよね。変な事件とかないですよね?」
「そうなんですか。でも、この国は他の国より安全ですよ。キメラの被害もありませんしね」
「キメラの被害が無い? たしか隣国はバグアの支配地域だったはずですが‥‥」
「ええ、ですが軍が守っていますし。国の偉い方も安全だと言っていますしね」
「そうですか‥‥」
バーテンダーに話を聞く断真だが、どうにも腑に落ちない答えに顔を顰める。そうするうちに、新しい客が店へと入ってきた。
「あれは‥‥」
その客は、マーキュリーによって渡された資料に載っていた、政府高官の男性。どうやら、お供も連れずに一人で来たようだ。オリガと断真は目で合図をし、オリガが高官へと近づいていく。
「おじ様、お一人ですか? よかったらご一緒にいかが?」
「これは、綺麗な娘だな」
「あら、お上手ですね」
そんな会話をしながら、高官と呑み始めるオリガ。
「‥‥ええ、仕事の関係で。あら、もう呑み終わってしまいましたわ」
「そうかそうか。ああ、私とこちらの娘に追加だ。もちろん私のおごりだよ」
「まぁ、ありがとうございます」
アルコールが入ってきて気前の良くなってきた高官の男。オリガは凄いペースでお酒を酌み交わしていく。
「最近面白い見世物がないので退屈しているんです。なにかありませんかしら」
「お? おお‥‥見世物ならいいのがある‥‥ぞ」
いい感じに酔っ払ってきた男に、オリガが目的の話を切り出す。男は少しロレツがおかしくなりながら、話に答えた。
「それはどんな?」
「う、うむ‥‥ここだけの秘密だぞ‥‥キメラと人を戦わせるという‥‥」
「!! どこで見られますか?」
「それは言えない‥‥な。だが、私と一緒なら、今度見せて‥‥あげよう‥‥zzz」
「あら、酔いつぶれてしまいましたわ」
男の話はキメラ闘技場についての内容であった。場所を聞き出そうとするオリガだが、男はそれに答えずに、ついに酔いつぶれてしまう。ちなみに、オリガは男の二倍以上飲んでいるのだが、まだしっかりしているようだ。恐るべし酒豪っぷりである。
「しかたありませんわね。とりあえずこの辺にしておきましょう。お勘定は、こちらの方に」
オリガはカウンターに突っ伏し寝ている高官にお勘定を任せると、一足先に出た断真に続いて店を出て行った。
「具体的な内容、肝心のキメラ闘技場の場所などはこれから政府施設に潜入し情報を集める」
新政府設立後に、新しく出来た特殊機関の施設へ向かった一行。
「たしかに、これは怪しい施設ね。ふふ、マーキュリーさん。あなたと任務を行えて光栄よ。頑張りましょ」
施設の様子に納得したように呟く風代 律子(
ga7966)。施設は高いコンクリート塀に囲まれ、軍の兵士が警備に立っている。まるで刑務所のようであった。そしてここは、オリガが情報を聞き出した政府高官が施設長を務めていた。
「いくぞ」
「けど、まだお昼ですよ。忍び込むには人気の少ない夜のほうがいいんじゃないですか?」
「こういった場所は、夜のほうが警備が厳しいものだ。日中は警備機械を切っている場合が多いからな、人の目さえごまかせればいい」
「なるほど‥‥わかりました、いきましょう。私を一人前に育てて下さいね♪ 隊長さん」
作戦開始の指示に、ナオ・タカナシ(
ga6440)が質問する。それに対するマーキュリーの答えに、戌亥 ユキ(
ga3014)が納得したように頷いた。今回潜入の任にあたるのは、律子、ユキ、御影・朔夜(
ga0240)、ナオの四人。四人はマーキュリーと共に、施設に潜入し目的の情報を探すのだ。
「よしいいぞ、登って来い」
高い塀も能力者であれば難なく登ることができる。見回りの合間を縫って、塀を乗り越えた一行は、素早く庭を抜けて建物へ向かった。建物は意外に小さく、二階建ての役所といった程度の大きさだ。
「ここだ。ここから入るぞ」
そして、通風孔を見つけると、柵を外して中へと侵入した。通風孔はかなりの狭さだが、マーキュリーは難なく中へと入っていく。一行も体格の小さい者が選ばれており、少し苦労したが通風孔へと入ることができた。建物の構造は事前に調査しており、ここまでは作戦通り、塀を乗り越え実に数分の間のことである。
「なるほど、さすがは現役の特殊工作員といったところか」
潜入の手際のよさに、朔夜が感心する。そして、一行はしばらく通風孔を進んだ。
「よし、ここから二手に分かれるぞ。御影、戌亥は俺と共に二階へ。風代とタカナシは、このまま進んで目的の場所へ向かえ」
「了解」
通風孔の途中で、室内へと入ったマーキュリーは、一行に指示を出し二手に分かれた。朔夜とユキは、マーキュリーと共に通風孔を出て二階へと向かうことになる。
「二人はこれに着替えろ」
朔夜達が入った部屋は、更衣室であった。マーキュリーは部屋のロッカーを適当に漁ると、二人に服を渡して指示をする。それは兵士の服であった。朔夜とユキの体格には微妙にサイズが合わないがしかたない。最後に帽子を目深に被って容姿を隠す。もちろん、マーキュリーも事前にペルー軍の軍服を着込んでいた。
「部屋を出たら、堂々としながら進むんだ。下手に警戒するより怪しまれずにすむ」
着替えが済んだ三人は、指示の通り堂々としながら廊下を進む。何度か見回りの兵士とすれ違うが、不思議と怪しまれることはなかった。その様子に、ユキが疑問を口にし朔夜が答える。
「どうしてなんでしょう?」
「マーキュリーの着ている軍服は、士官用の物だ。そして軍人は階級に弱い。一般兵士から見れば、それが知らない顔でも、特殊な任務についている上官が歩いているようにしか見えないだろう。またここのような狭い通路を、カメラを避けながら進むのは難しい。下手に隠れるより、兵士に扮したほうがリスクは少ない」
そうして、二階へと上がった三人は、一つのプレートが張られた部屋へと着いた。そこには、『所長室』と書かれてある。
「いくぞ」
マーキュリーはそう声を掛けると、帽子を目深に被りドアに手をかけた。
「なんだね? ノックもせずに‥‥」
「動くな」
「ひっ!?」
中には男性が一人。所長でる政府高官の男である。マーキュリーは警戒していなかった男に銃を突きつけ、驚いた所を一気に間合いをつめて首筋にナイフを当てる。
「何者だ!? わ、私に何の用があってこんなことを‥‥」
「我々はペルー解放戦線の者だ」
凶器を当てられ、怯える男にマーキュリーが答える。だがそれはでっち上げの組織。
「ぺ、ペルー解放戦線? は、はは‥‥いったい何から解放しようと言うのだね」
「黙れ。死にたくなければ、質問にだけ答えろ。お前はキメラ闘技場について知っているな」
「そ、それは‥‥」
ドスの効いた声で男を脅すマーキュリー。男はすっかり顔を青ざめ、脂汗を流している。
「頻繁に起きている失踪事件と、キメラ闘技場には関連があるな」
「し、知らん‥‥」
「二人とも、部屋の中を探せ。おそらく資料があるはずだ」
男はそれでもシラを切ろうとする。ユキと朔夜は指示を受けて室内を漁り、関連する資料を探した。
「これだ」
朔夜の見つけたものは、コロンビアにあるキメラ闘技場についての概要資料。表向きは闘牛場となっているが、実際はキメラと人間とを戦わせる実験場になっているとある。しかし、肝心の詳しい場所は載っていない。
「これでもまだシラを切るか。なら、お前の首も斬るしかないな」
「う‥‥わ、わかった、話す‥‥」
だが、観念した男の口から、闘技場について語られた。それは事前に手に入れていた情報と同じものであったが、もっとも重要なことがある。
「それで、場所は?」
「‥‥その金庫の中に」
「ありました」
男の説明で、金庫から資料を取り出すユキ。そこには、キメラ闘技場の正確な位置が記されていた。それを確認したマーキュリーは、無線を取り出して律子達と連絡を取った。
「俺だ、こちらは情報を回収した、そちらは?」
「ええ、こちらもここの活動内容についての情報を回収したわ」
無線に応答した律子。彼女とナオは、通風孔を進み人気の無い資料室へとたどり着くと、特殊機関の活動内容について調べた。
「どうやら、ここの者達は、国内の優秀な人材を集めて、『移民者』としてキメラ闘技場に送っているみたい。移民者リストには、失踪者の名前も載っていたわ」
「風代さん、誰かきます」
「わかった、それじゃ私達も脱出するわね」
部屋の外を警戒していたナオの言葉に、律子は無線を切ると再び通風孔へと脱出する。そして、そのまま来た道を戻り施設を脱出した。
「よし、俺達も脱出するぞ」
「うっ!?」
無線を切ると、マーキュリーは男を気絶させ脱出の指示を出す。そこに、ユキが困ったような表情で問う。
「あの、ここの地下に失踪者の人達が捕まっているようですが、助けなくていいんですか?」
「‥‥それは俺達の任務ではない」
「でも‥‥」
「仮に拘束を解いたとしても、兵士に見つかり再び捕まる、下手をすれば射殺されるかもしれない。俺達は何でもできるスーパーマンじゃない、自分のできることをするだけだ」
「はい‥‥」
マーキュリーの言葉に、肩を落として頷くユキ。そして、三人は急いで施設を脱出する。その後、一行は無事にペルーから脱出し、任務を成功させた。