●リプレイ本文
「ふふ、またもとご一緒になりに参りましたよ中尉殿っ」
「は、はぁ‥‥よろしくたのむ」
依頼を受け地下鉄へと向かった一行。鈴葉・シロウ(
ga4772)が同行するアンナ中尉に挨拶をする。アンナは、シロウのどこか怪しげな視線に困ったような表情を浮かべながら挨拶を返した。
「隊列は能力を考えこのように、中尉には中列で照明を持ってもらうことになるがよろしいか?」
「い、いや、私は先頭で諸君らを率いなければ‥‥」
「指揮を取るべき人は真ん中で常に状況を把握して貰う必要がある、と言うわけでこれを持ってて欲しい、懐中電灯だと一方向しか照らせないからな」
「‥‥まぁいいだろう。諸君らの力も拝見したいからな。だが、あくまで私の指揮に従ってもらうぞ」
「それはもちろん」
白鐘剣一郎(
ga0184)が隊列の案を出すが、アンナは少し不服そうに答える。そこへ龍深城・我斬(
ga8283)が言い含めるように言って、ランタンを手渡した。アンナは少し考え、しぶしぶながら納得したように頷いた。
「さて、何が出るのかしら。特に苦手なのとかはないけど、かわいくないのは好きじゃないわね‥‥」
「こういうところには、小さくて何でもかじったりするあの生き物が沢山出てくるんですよね‥‥」
階段から地下鉄へと降りていく一行。徐々に暗闇になっていく中を、ライトをかざしながら進んでいく。アズメリア・カンス(
ga8233)の言葉に、大曽根櫻(
ga0005)が自分の苦手なネズミを思い浮かべて小さくため息をついた。
「地下鉄にキメラってどこから入れたんでしょう? 夜も眠れません‥‥」
そう呟いたのは古河 甚五郎(
ga6412)。そのいでたちはかなり凄いもので、身体中にライトを縫い付け、ガムテープで接着補強してある。特に、頭部には何故か二本のライトを括り付け、浮かび上がる顔がどこかのホラー映画に出てきそうな感じになっていた。
「天井にも気をつけないといけませんね。さすがに、地下鉄だけあってかなり高い天井ですが」
「ライトだけでは心もとないでしょうから、私がスコープで警戒していますね」
オリガ(
ga4562)は警戒するように天井を見上げるが、かつては電車が走っていた場所。人間が歩くとかなり天井は高い位置になる。暗視スコープをつけた水上・未早(
ga0049)が、ライトだけでは見渡せない周囲を警戒しながら、一行は地下線路の先へと進んでいった。
「この辺りで休憩しよう」
しばらく線路を進んだ一行は、アンナの指示で休憩を取ることになった。
「いまは、どのあたりですか?」
「そうだな、だいたい半分を進んだ程度だ」
地図を確認していたアンナに、櫻が問う。暗く長い一本道の地下道は、時間感覚や距離感を失わせる。それに、ジメジメとした淀んだ空気はあまり気分の良いものではないし、暗闇に何がいるかと絶えず緊張する状況は精神的にも疲れさせるようだ。
「疲れたときにはお酒‥‥と言いたいところですがさすがに無理なので、コーヒーでも頂きましょう。任務が終わったらそのまま飲みにいきたいなぁ」
「お酒! いいですね。是非自分もご一緒に」
「あら、いける口ですの?」
「もちろん」
「それは楽しみですね」
事前に淹れておいたコーヒーを魔法瓶から注ぐオリガの言葉に、シロウが反応する。誰かと飲むお酒も好きなオリガは、シロウの申し出に微笑を浮かべ、依頼が終わったら飲みに行く約束をした。シロウは酔った後にキスでもと期待しているようだが、逆に酔い潰されないことを祈ろう。
「一本道とは言え、天井にも張り付いてくるとなると要注意だな」
休憩中も警戒を怠らない剣一郎は、天井にライトを当てながら見回す。そこでふと、アンナの真上から落ちてくる液体のようなものが、キラリと光った。
「さて、そろそろ先へすす‥‥」
「危ない!」
直感的に嫌な予感がした剣一郎は、咄嗟にアンナを掴んで引き寄せた。
「な、なんだ!?」
突然のことに驚くアンナ。だが、彼女の立っていた場所に落ちた水滴が、ジュと音を立てたことに気づき、その意味を悟る。
「酸か!?」
他の者もそのことに気づき、すぐさま戦闘態勢へと入ると天井を見上げる。そして、ライトによって浮かび上がった天井にいたそれは‥‥。1メートル近い体格、色素が薄く内臓が透けて見えるぬめりを帯びた柔らかく長細い身体、頭部と思われる部分には二つの触覚のようなものが伸びたり縮んだりしている。そしてその身体が通った跡は気色の悪いぬめりが残されていた。
「なめ‥‥くじ?」
「なるほど、正体見たりといった所だが」
「ほう、これはまたグロイ代物が‥‥あれ? 中尉さんどうかしました?」
そう、それはいわゆるナメクジと呼ばれる生き物。殻があればカタツムリであったであろう。ともかく、巨大ナメクジが一行のいる場所の天井に張り付いていたのだ。天井を見上げながら呟く剣一郎と我斬だが、ふとアンナの様子がおかしいことに気づく。
「ひっ‥‥いやぁぁぁぁ!!」
悲鳴を上げるアンナ。普段の凛々しい雰囲気など無くなり、恐怖に怯え目に涙を溜めている。
「条件はほぼクリアされたっ」
そんなアンナの様子に、素早く駆け寄るシロウ。その姿はすでに覚醒しシロクマの姿となっている。
「セーフティブランケットとはいきませんが。なに、この自慢の毛並み。ふわもこ具合では羽毛布団にも勝ります。さぁ、どうぞ存分に抱いて心を落ち着かせてください! ‥‥あれ?」
巨大なヌイグルミのような姿で抱きつき、アンナを落ち着かせようとしたシロウ。あわよくばキスもしてしまおうと、下心アリアリだ。しかし、アンナは剣一郎に抱きついており、シロウに見向きもしない。
「馬鹿な! 先を越された!?」
「とりあえずお前の頭の中身をクリアしとけ」
「いたっ!」
驚愕するシロウに、我斬が銃の持ち手の底で頭にツッコミを入れるのだった。
「ナメクジいやぁ〜! ぬるぬるべとべとはいやぁ〜‥‥」
「中尉!! 指揮官が戦闘中に取り乱せば、部下を無駄に死なせる事になるぞ。気をしっかり持て!」
「っ!! す、すまない‥‥」
半狂乱のアンナに、剣一郎が活を入れるように声を掛ける。それに気を取り戻したアンナは、慌てて剣一郎から離れ、少し顔を赤らめた。
「とにかく、ここは危険だ。一度下がるぞ」
そうこうするうちに、巨大ナメクジは天井から酸の粘液を落として攻撃をしてくる。アンナが気を取り戻したことを確認した剣一郎は、すぐに指示を出して巨大ナメクジから離れた。
「天井に張り付き、酸で攻撃してくる‥‥。今回の目標で間違いなさそうね」
未早が眼鏡を外し、確認するように口にする。眼鏡を外した彼女はクールな性格になり、ナメクジの姿にも特に気にした様子は無い。
「それにしてもナメクジか。ここが湿気の多いジメジメとした場所だから出てきたかな」
「ネズミでなかったのは良かったですが、あまり気持ちの良いものでもありませんね」
「ま、あんまり近づいて戦いたい相手じゃねえな」
櫻の言葉に頷く我斬。予想していなかったわけではないが、実際に見るとやはり気持ちの良いものではない。
「天井に張り付いているのも厄介だな。通常の斬撃では届かないか」
「酸も危険だわ。なかなかに厄介そうなキメラね。油断なくいかないと」
地面から天井まで優に10メートル以上はある。天井に張り付いた巨大ナメクジを攻撃するには、近接武器では届きようが無い。剣一郎とアズメリアは見た目以上に厄介な相手に、気を引き締める。
「中尉さん大丈夫ですか?」
「あ、ああ‥‥」
「あれ相手に戦えますか?」
「う、それは‥‥すまない、少し無理そうだ」
「では、下がって照明をお願いしましょうか〜」
甚五郎に声を掛けられ、ビクッと反応を示すアンナ。覚醒し姿を変えた甚五郎は、なんとなくアンナの苦手なものに近いようだ。甚五郎に戦えるかと問われると、申し訳なさそうに首を横に振るアンナ。甚五郎は励ますようになるべく明るい声で、アンナに下がってもらうようお願いするのだった。
「さて、さっさとキメラを倒して、地上で美味しいお酒を頂きたいですね」
「よし、やるぞ」
オリガが少し冗談めかして言うと、剣一郎達は武器を構え反撃に出るのだった。
「‥‥増えてますね」
「ああ‥‥」
態勢を整え反撃に出ようとした一行だが、再び天井にライトを当てると巨大ナメクジの数が増えていた。分裂したわけではないが、周囲から集まって来ているようだ。
「どのみち全滅させるつもりだ、気にすることは無い」
「そうですね、中尉さんが大変そうですが‥‥」
剣一郎の言葉に頷く一行だが、アンナの様子にオリガは苦笑した。ライトを持つ手は振るえ、暗くてわかりづらいが顔面は蒼白、脂汗がダラダラと流れている。立っているので精一杯、逃げ出さないだけマシといったところだろうか。
「ともかく、やつらを天井から引き剥がすわよ」
アズメリアは銃器を構え、天井へ攻撃を開始する。仲間達も射撃を行い、巨大ナメクジへと攻撃した。対するナメクジ達も、口らしき場所から酸を吐き出し、反撃してくる。
「あぶなーい!」
「‥‥‥」
「あっちぃ!」
敵の酸攻撃から未早を庇おうとするシロウだが、未早はサッと攻撃を避け、シロウだけが酸に焼かれてしまう。一応、獣の皮膚で強化しているが痛いものは痛いようだ。
「この体勢、結構辛いな‥‥」
我斬が顔を顰める。暗い空間の中で、顔を上に向け、腕を上げながら銃を撃つ。しかも、落ちてくる酸を避けながら行なわなければならず、通常の戦闘よりかなり大変だ。そのような状況では命中率も落ちてしまい、なかなか決定打を与えることができない。外した銃撃が天井を崩し、パラパラとコンクリートの粉を撒き散らした。
「これならばどうだ。天都神影流、虚空閃!」
剣一郎が天井に向かって刀を振るう。刀は空を切るが、そこから衝撃波が発生し、ナメクジへと命中する。流石にその一撃は効いたのか、攻撃を受けたナメクジがボトリと天井から落ちてきた。
「ひっ!? だ、だめだ‥‥この程度のことに負けては‥‥うぅ‥‥」
地面に落ちたナメクジの様子に、小さく悲鳴をあげるアンナ。なんとか自分に言葉をかけて耐えようとしているようだ。
「おかしいわね。確実に命中しているはずなのに、ダメージが少ないわ」
「銃撃は効果が薄いようですねぇ。しかたありません、ではこれではどうでしょう」
未早が強化した視力で確実に射撃を行なうが、ナメクジに銃弾が命中してもあまりダメージを受けていない様子だった。どうやら、柔らかい身体と粘液で物理攻撃の衝撃を抑えてしまっているようである。そこで甚五郎は、50センチほどの棒状の機械を取り出した。
「それでは、スイッチオン」
スパークマシンと呼ばれるそれを、ナメクジに向けてスイッチを押す甚五郎。機械からは電気のようなものがほとばしり、天井にいるナメクジに命中する。すると、銃撃を受けても落ちてこなかったナメクジが、ボトリボトリと次々に地面に落ちてきた。どうやら、非物理である電撃に痺れて、天井に張り付いていられなくなったようだ。
「おお、効果ありですねぇ」
「よし、一気に止めを刺すぞ」
「ようやく本気が出せる。両断剣!」
甚五郎のおかげで、かなり戦いやすくなった一行。アズメリアは武器を銃器から刀に変え、一気にナメクジに近づくと渾身の一撃で切り裂く。衝撃に強いとはいえ、さすがにその一撃は耐え切れないようで、動きを止めるナメクジ。
「この一刀に力を込めます!」
「‥‥天都神影流、流風閃」
同じく、櫻も刀を構え、その身に赤いオーラを纏わせると急所を狙って突く。剣一郎は、苦し紛れに吐き出された酸を素早く避け、そのままナメクジの真横に移動、そして頭部を切り裂く。
「俺達も援護するぞ」
「ええ、随分狙いやすくなりました」
我斬、オリガも銃で追撃していく。やがて、地面に落ちたナメクジ達は全て動きを止めたのだった。
「ようやく片付いたか」
敵を一掃し一息つく剣一郎達。
「怪我した人、手当てするから見せてみて」
「ありがとうございます! では、感謝のキスを!」
「それだけ元気なら大丈夫ね、ほら」
「ぎゃ〜、そこは傷口!」
アズメリアが救急セットで怪我の治療を行なう。途中、シロウが感謝(?)してキスをしようとするが、傷口を叩かれて悲鳴をあげた。
「大丈夫ですか、中尉さん?」
「ああ、もう大丈夫だ。恥ずかしいところを見せた」
「いえ、誰でも苦手なものはありますよ」
眼鏡を掛けた未早がアンナに優しく声を掛ける。アンナの青ざめていた顔も幾分かマシになったようだ。
「それで、どうしますかこれから」
「‥‥そうだな、まだ残っているキメラ‥‥がいるかもしれないから、一通り最後まで進んでみよう」
櫻の問いに、またさっきのナメクジキメラがでたらと一瞬言いよどむアンナだが、何とか指示を出す。
「それにしても‥‥まるで好きな娘に悪戯をする小学生だな」
剣一郎は、今回の依頼が結果的にアンナを困らせるものだったことから、意図的に仕組まれたことではないかと考え、アンナに聞こえないように呟き苦笑する。おそらく、今頃どこかの誰かがくしゃみをしているかもしれない。
その後、一行は地下鉄を終点まで調査したが、他のキメラと遭遇することは無かった。そして、依頼は達成されたと判断されると、ようやく暗い地下鉄から光ある地上へと出るのだった。