●リプレイ本文
依頼を受けた能力者一行は、急いで現地へと向かった。そして、そこで彼らが見たものは、辺り一帯を覆いつくす黒い霧と、UPC部隊の誘導で避難する人々の姿。その中には、逃げ遅れた家族を探そうとする者とそれを引き止める兵士達の様子もある。
「これは酷い‥‥ですね。しかも、この霧は大気の流れに流動的。中心点を探すのにいささか厄介です」
その様子に、思わず呟いた新居・やすかず(
ga1891)だが、その言葉とは裏腹に内心は冷静に状況の把握を行っていた。
「あの時倒したキメラが‥‥。ボク達がもっとしっかりしていれば‥‥」
「ですねぇ、まさかあの爆発で生き残っていたとは‥‥」
「しかたありませんよ、相手のほうが一枚上手だったということですね。それよりも、今はいち早くこの霧を対処することが先決ですよ」
前回の九尾の狐討伐に参加した柊 理(
ga8731)と古河 甚五郎(
ga6412)は、九尾を倒しきれていなかったことに責任を感じ表情を暗くする。それにシン・ブラウ・シュッツ(
gb2155)がフォローするように声をかけた。実際、今回の件で彼らの前回の不明は無く、言うならばUPCの観測部隊の監視さえ潜り抜けたバグアの巧妙さが一枚上手であったのだろう。
「そうだぜ、済んだ事をグダグダ言っても始まらねぇ。こいつの原因ってやつを見つけ出して、さっさと終わらせようぜ」
「ふっ、貴公は単純でいいな。だが、その意見には賛成だ。この霧、気配だけで気分が悪くなる」
「手前‥‥喧嘩売ってるのか、それとも賛同してるのかどっちかにしろよ。にしてもンな広いエリアから探さんにゃならんのか‥‥目的のブツ見つけるまでにバテちまいそーだな」
今にも飛び出しかねない勢いの武藤 煉(
gb1042)の言葉に、月城 紗夜(
gb6417)が鼻で笑いつつも頷く。その態度に、怒りを通り越して呆れた様子で煉はため息をついた。
「ともかく皆さん、早速この霧に入り、私の興味を満たし‥‥ではなく事件解決のために調査を行いましょうか」
「あー、うん、ちょっと本音が漏れてるけど。気にせず行こうか」
興味深そうに毒霧を眺めていたカンタレラ(
gb9927)の言葉に、世史元 兄(
gc0520)が苦笑を浮かべるも、一行は眼前に広がる黒い霧へと足を踏み入れるのであった。
一行はまず、メンバーを四人ずつ二班に分け同じ地域を別方向から探索し、その四人で二人一組になり少し距離を置いて極力見落としがないようにする作戦に出た。初めは街に最も近い地域であり、被害地域中心点からみて北西に位置する地域からの探索が始まる。
「く‥‥なんだこの身体に纏わりつくような感覚は。触れただけで気分の悪い寒気がするな。気を抜かないように力をコントロールしないと、抜いた瞬間に体力を一気に持っていかれるぞ俺」
A班として黒い霧へと分け入った甚五郎・シン・カンタレラ・兄の四人。彼らが黒い霧に触れた瞬間、全身に寒気のような気だるさを感じる。それは、ジワリジワリと一行の体力を奪っていくようで、兄が言うように一瞬でも気を抜き覚醒が解ければすぐにでも身動きがとれずに倒れてしまうだろうと予想された。実際、覚醒中のエミタ能力者でない者がこの霧に触れれば、数分もしないうちに生命活動は低下し、命の危険となってしまう。もちろんそれは、覚醒が解けた能力者も同じなのだ。
「‥‥へえ、能力者にとっては、こんな感じ、なんですか‥‥ちゃんと調査しておかないと、ですね」
それでも、カンタレラにとっては興味の方が上回るようで、霧の様子や自分の肌で感じることなどつぶさに覚えていようとブツブツと呟く。
「それにしても、この視界の悪さは大変ですねぇ。方角を確かめようにも‥‥方位磁石がこれでは‥‥」
「お互いに声を出し合って位置を見失わないようにしたほうが良さそうですね。霧で視界が悪いですが、捜索で抜けがないように注意しましょう。同時に奇襲も警戒ですね」
毒による体力低下も問題ではあるが、もっと問題なのは視界の悪さであった。濃厚に広がる黒い霧は一行の視界を遮り、酷い所では1メートル先さえも見通せないほど。この状況では真っ直ぐ中心を目指すのも困難なのだが、甚五郎が言うように方位磁石で方角を確かめようにも、霧の影響か磁石が狂って正確な方角を知ることもできない。もちろん無線機も役に立たない。結局は、シンの提案通り、声を出し合いお互いの位置を確認しながら、各々が神経を研ぎ澄まして周囲を注意しなくてはならなかった。
同刻、A班とは別方向から霧の中に進入した煉・やすかず・理・紗夜のB班も、A班と同じように黒い霧に苦しめられながら探索を行っていた。
「別に、不満はねぇんだけどなぁ‥‥二人きりになるんなら、可愛い女の子とか良かったぜ‥‥っ」
「一緒なのが男ですいません。でも、可愛い女の子‥‥ですか」
今回コンビを組んだ煉とやすかず。場を和ませるためか、軽口を吐く煉にやすかずが受け答えをする。だが今回共に参加した二人の女性、隻眼で人間嫌いの紗夜と、物腰丁寧ながらどこかしら妖艶なカンタレラ、どちらも美人とはいえ煉の言う『可愛い女の子』がどちらなのか、やすかずには量りかねた。
「この霧、AU−KVに乗っていてもお構いなしか。やっかいだな‥‥。それに周囲の草木の様子‥‥気分が悪くなる」
二人とは少し離れた場所で探索を行う紗夜は、煉達の聞こえても無視してそう呟く。黒い霧は、AU−KVを身に纏っていてもその身を蝕んでおり、彼女達の周囲の草木は秋の終わりになったかのように枯れ果てていた。
「まるで昔の自分に戻ってしまったかのようです‥‥」
身体に纏わりつく気だるさに、元々能力者になる前は病弱であった理は、過去の自分を思い出して表情を険しくする。そんな彼は、『探査の眼』などのスキルを使い、一つの見落としも無いように周囲を凝視した。それから数分後‥‥。
「っ! みなさん、少し待ってください! 何か奇妙なものがあります」
ある一点を見つめる理が仲間達に声をかけた。その声に立ち止まり、理の示す場所を確認する一行。たしかに、黒い霧の中に微かながら周囲とは違った影が見える。理達は、その影へと向かって慎重に近づいていく。
「これは‥‥石?」
「だが、明らかに異常ではあるな」
やがて、近づいた理達の眼前に石のようなものが現れた。といっても、それは路傍に転がる石ころのようなものではなく、2メートル近い大きさの巨大な石。歩道に突き出すような周囲の様子から見ても、紗夜が言うように明らかにその場所に巨大な石があるのは異常であった。
「霧はこの石から発せられているように感じられます。それに良く見ると、狐の形に見えなくも無いですね」
「とりあえず、怪しいのは片っ端からぶっ壊せばいいだろ! オラッ!」
やがて、やすかずが周囲の霧の流れを確認しつつ答える。そんな中、痺れを切らしたように煉が二刀の小太刀を抜刀し、その石へと斬りかかった。
「っ、硬ぇ! やっぱりおかしいぜこれ!」
しかし、ただの石なら軽く一刀両断するその斬撃を、その石は弾き返した! あまりに硬いものを斬った感覚に顔をしかめ煉が声をあげる。
「早計だな。何が起きるかもわからんのに」
「うっせ! おらおらおらァッ! こんなモン、俺が壊れる前にぶっ壊せばいいだけの話だろうがッ!」
その様子に、少し呆れたように言う紗夜。対して煉は、再度渾身の力を込め、素早い連撃を石に叩き込んだ。
「まあいい、自然を愛す心すら無くなれば、生存するに値しない。回避しない、のなら受防‥‥超機械の方がいいか?」
「それはこちらに任せてください。砲撃を一転に集中し、破壊します」
「ボクは一応周辺の警戒を行いますね」
そんな煉に呆れつつも、紗夜もAU−KVの豪腕にて刀を振るう。やすかずは2メートルを超えるエネルギーキャノンで砲撃を行い、理はいざというときのために周囲の警戒を行った。そうした一斉の攻撃の甲斐あって、謎の石はようやく粉々に砕け散る。結局、謎の石が反撃や回避といった行動をすることは無かった。それでも、とにかく硬いその石を完全に破壊するのに数分の時間がかかったのだった。
「ちっ、ようやくぶっ壊れたか」
「これほどまでに硬いとは、下手なキメラより厄介かもしれませんね」
粉々に地面に砕け散った謎の石のあまりの硬さに舌打ちする煉と苦笑する理。
「ですが、予想通り霧は晴れてきたみたいですよ」
「やはり原因はこの石か」
だが、やすかずの言う通り、先ほどまで満ちていた濃い霧は、瞬く間に霧散していく。紗夜は冷たい瞳で残った石の破片を踏み砕いた。
「皆さん大丈夫ですか?」
「どうやら先を越されたようだな」
「おやぁ? この粉々になった石がこの霧の原因だったわけですか」
「毒素の残存はほとんど無いようですね。といっても、詳しい調査が必要ですけれど」
霧が晴れて周囲が見通せるようになると、やすかず達の攻撃の音を聞きつけ近くまで来ていたA班が駆け寄ってきた。シンと兄がやすかず達に声をかけ、甚五郎とカンタレラは破壊された石と周囲の状況の調査を行った。
「これは、九尾の狐が死んだ後に残ったという殺生石とでもいうのでしょうか‥‥」
「そうかもしれませんねぇ。バグアの凝り性とでも言うのでしょうか」
理達が以前戦った九尾の狐と、今回の謎の石の関連を考え、甚五郎が頷く。
「とにかく、この石が原因であることは間違いないようですね。便宜上、今後はこれを『殺生石』と呼称することにしましょう」
そして、シンの提案に全員が頷き、一行はB班が得た情報を共有すると次の地域へと向かうことにしたのだった。
次に一行が向かったのは、北地域。そこには小さな村があると事前の情報を得ていた一行だったが‥‥。
「‥‥‥」
村へと入った一行は、一瞬言葉を失った。霧に包まれた村で彼らの目にした光景は、なんとも形容のしがたいものであったからだ。
「眠っている‥‥というわけではないですよね、やっぱり」
布団に包まった『それ』を確認しながらシンは呟く。村の中を一軒一軒確かめながら巡る一行は、そこで横になり倒れている村人達を見つけることになる。村人達は苦しんだ様子も無く、安らかな表情でまるで寝ているかのように死んでいた。事実、多くの者が寝所にて横になったまま息を引き取っている。おそらくは、村人が寝静まった真夜中にこの毒霧が発生し、なにもわからないまま生命活動を停止したのだろう。
「苦しんでいない様子だけが、唯一の救いかもしれませんねぇ‥‥」
予期していたとはいえ甚五郎もため息を漏らし、生存者に声をかけるためのメガホンを持った手を、ダラリと力無く下に垂らした。その眠った村の様子は、まるで現実味が薄く、一行に怒りよりも悲しさと寂しさをもたらしていた。
「‥‥たまに、無性になにかにあたりたくなる時、って、ありますよね」
それからしばらくして、カンタレラ達B班が殺生石を発見した。カンタレラはそう呟くと、何度も何度も鉄鞭型超機械を殺生石に振り下ろす。それは、日ごろの鬱憤とやらをぶつけているのか、それとも‥‥。
「何度か別の以来でご一緒した事があったが相変わらず凄く楽しそうに戦うなー、と言いたいところだけど‥‥さすがにこれはな。砕け散れ!」
カンタレラの言葉に苦笑を返そうとする兄だが、結局笑みは浮かばず無表情で刀を振り下ろした。
「硬くても、この貫通弾ならば効果はありですね」
「なんでしょうねぇ、この気持ち。この爪で切り刻んであげたいですねぇ」
シンと甚五郎も、それぞれ得意の得物で殺生石を破壊する。シンは一つずつ効果のある場所を確認しながら貫通弾を撃ち込み、甚五郎は遠心力を利用した『円閃』で切り刻む。やがて、殺生石は砕け散り、村の霧は霧散した。その後、甚五郎が村の様子をUPCに報告、依頼終了後村人を弔うことに決まったのだった。
一行は次に、北東・東・東南・南地域と回っていく。それぞれ、北東地域では枯れ木となった多くの木々に心痛め、東地域では険しい山道に時間を費やし、東南地域では水面に浮かび上がった魚達を発見、南地域では視界の悪さと急斜面の足場の悪さに苦労した。それでも一行は、なんとか無事に各地の殺生石を破壊していく。
「うん? あー大丈夫だよ? コレぐらいすぐに治るから治癒スキルは他の皆に‥‥」
「と言うわりには疲弊しているようですよ。無理はいけません」
途中、カンタレラが仲間達を練成治療で癒す。治療を遠慮する兄だが、他の者達と同じく疲弊しており、カンタレラは気にせず治療した。少しずつとはいえ長時間黒い霧の毒素に晒されれば、さすがの能力者も衰弱してしまうのである。
やがて一行は、毒霧発生地域の中心地点へと向かった。北東地域と同じく枯れ木の森を抜け、そこで一行を待ち構えていたものは、いままでの殺生石よりも一際大きい石と、それを守るかのように集まった小型キメラ達。
「どうやら、これが一番の元凶のようですね」
「ハッ! こいつは壊しがいがあるってもんだぜ!」
「雑魚どもがうようよと」
「邪魔はさせない。今度こそ終わらせなくちゃいけないんだ!」
先にたどり着いたのは直感と探索に長けたB班。それぞれが思いを口にしながら、巨大殺生石とキメラ達に対峙する。
「あら、これは破壊し甲斐のある石ころですわね、ふふふ」
「お、ようやくカンタレラっぽくなったな。俺も全力で行かせて貰おうかな」
「おやおやぁ、邪魔なキメラは吹き飛ばしちゃいましょうね」
「まだ、あと二箇所残ってますので、その分を計算して動いてください」
間を置かずA班の面々も殺生石へとたどり着いた。やはりそれぞれが思いを口にして、攻撃を開始する。そして、ここまでの探索で、一行は十分に霧の中での活動にも慣れていた。今までと違いキメラが守りについていたが、所詮は小型キメラ。今の彼らの敵ではない。カンタレラの練成治療もあり、体力にも余裕があり、一行はキメラを蹴散らして殺生石を攻撃した。
「こいつで止めだ!!」
「これで終わりだ」
そして、煉と紗夜が渾身の一撃を放ち、巨大殺生石は音を立てて崩れ落ちたのであった。その後、一行は残りの西・西南地域の殺生石を破壊し、全ての毒霧を消し去ることに成功した。
「ようやく終わったか、自然の酸素が吸いたいな」
全てが終わり、紗夜がそう呟く。しかし毒霧が消えても、枯れた木々や失った命が戻るわけではなく、この地がかつての自然溢れる環境に戻るには長い年月を要するであろう。
「対処がもっと早く出来たら、は高望みだとは思います。でも‥‥悔しいな」
理が最後に零した言葉、おそらくそれは全員の気持ちと同じだろう。ともあれ、ひとまずの九尾の脅威は去った。そして三回に渡る九尾退治に最も貢献した甚五郎は、『九尾殺しの蜥蜴』と呼ばれることとなる。