●リプレイ本文
「何度見ても、無差別にさらっているようにしか見えないな」
真田 一(
ga0039)は、受け取った資料を眺めながら呟いた。彼が見ているのは、今回の依頼に関係する、キメラにさらわれた人間のリスト。なにかさらわれるのに共通点がないかと調べてみたのだが、特にこれといった情報を得ることはできなかった。
「けひゃひゃひゃ! そんなものを見ても、無駄無駄! そもそも、キメラにさらう人間を選別する知能があるかも疑問だね!」
「無いとも言い切れないが」
「選別というのは、大変難しいのだ。いくつもの情報を集め、該当するものを判断しなければならない。そんなことをキメラにさせるくらいなら、無差別にさらってきて、知能のあるバグア自身で選別したほうがよほど効率的だね」
「そうかもしれないな」
けたたましい笑い声を上げて、ドクター・ウェスト(
ga0241)が人を小ばかにしたような口調で話す。そんなウェストに、一は気にした様子もなく、表情を変えずに答えた。
「そんなことよりも、我輩はキメラに生殖能力があるかに興味がある。もしもキメラに生殖能力があれば、キメラは増え続け、いずれ世界を覆いつくしてしまうかもしれないのだ。今回のキメラは猿だと言うではないか。雌雄の区別があるのか、じっくりと観察せねば」
「別にいいけど、観察に熱中して依頼のこと忘れんなよ」
熱く語るウェストに、興味なさそうに一は、見ていた資料を無造作に車の座席に置いた。
「う‥‥むむむ‥‥はぁ! だめ、全然わからない」
地図と睨めっこしていた戌亥 ユキ(
ga3014)は、諦めたように地図から目を離して空を見上げた。
「キメラがさらった人間をそう遠くまで運ぶわけないから、どこか近場で監禁していると思うんだけど‥‥」
そう思ったユキは、地図を調べて目ぼしい場所に当たりをつけようとしたのだが、場所は廃墟になったビル街。廃墟といっても、多くの建物は人間が住んでいた頃そのままの形を残しており、その中で怪しい建物を見つけようと思っても、無茶でしかなかった。
「目的は身代金‥‥じゃないよね? となるとサンプルとしてかな‥‥。う〜、なんかヤな感じ」
サンプル、そう口にしてユキは背中に寒いものを感じ、ブルっと身震いをする。人間をサンプルにする、なにをされるのかはわからないが、どう考えてもろくでもないことに間違いはなかった。
「どうした、風邪か?」
「え? ああ違いますよ、少し武者ぶるいというやつを」
ユキの様子に、クラウド・ストライフ(
ga4846)が声をかける。ユキはその言葉に苦笑を浮かべ、軽く両手を前にして首を横に振った。
「そうか、ならいいんだが。けど、気をつけろよ、それでなくてもおまえは女なんだから」
「あ、そういうの良くないんですよ。男女差別っていうやつ」
「え、いや、そういうつもりはないんだが‥‥」
クラウドの言葉に、ユキは人差し指を立ててメッと軽く窘めるように言う。クラウドは返された言葉に、少し困ったように頬を掻く。それは純粋にユキのことを心配して掛けた言葉だった。クラウドは、クールを気取っているが、実際は面倒見のいい男なのである。もちろんユキもそのことに気づいており、すぐにニコリと微笑んだ。
「クラウドさんこそ、囮役、大丈夫ですか? 一歩間違えればとても危険ですよ。ミイラ取りがミイラになるなんてことになったら‥‥」
「わかってるよ、でもさらわれた人達を助け出さないといけないだろ。こんなビル街をしらみつぶしに探すなんて無理だ。だったら、キメラに案内させるしかないからな」
「それはそうですけど‥‥」
「大丈夫だ、仲間もついてるしな。だから、追跡のほうは任せる」
「はい、わかってます」
「あの、さ‥‥本当に見失うなんてのはなしだからな」
「あ、やっぱり怖いんですね。任せてください、ちゃんと助け出しますから」
最後にこぼすクラウドの言葉に、クスッと笑みをこぼして、ユキが力強く頷いた。
「さて、情報じゃこの辺であってるはずだが‥‥」
ユーニー・カニンガム(
ga6243)は、廃墟になったビル街を一人で歩いていた。ここは、多くのUPCの偵察隊が被害にあった場所であり、一人で歩くなど危険極まりないのだが、彼は最低限の警戒をしつつも、一人であることに恐怖を感じてはいなかった。
「早く見つけてくれよ、お猿さん」
そう、彼は自分が囮となって、キメラに捕まり。連れ去られるのを追跡役が追いかけて、バグアのアジトを見つけ出そうというのだ。そのためにユーニーは、無防備を装いつつ、付近をうろうろしてキメラが現れるのを待っていた。
「ユーニーさん大丈夫かな‥‥」
その様子を、少し離れた所で見ている月森 花(
ga0053)。ビルの影に隠れ、自分の存在を気取られないようにしながら、ユーニーの周囲を警戒していた。まぁ、はたから見れば、ユーニーを尾行しているようにも見えるが。付近には、いざという時は迎撃もできるように一も待機おり、キメラが現れるのを今か今かと待ち受けていた。
「来た‥‥!」
ビルの中から突然現れたのは、猿型キメラ『オンコット』。オンコットは、ユーニーの前に立ち牙をむき出して威嚇するように唸った。
「ひえー、ばけものだー」
「ユーニーさん、すごく棒読みだよ!」
オンコットの登場に怯えて見せるユーニーだが、なんとなくぎこちない。花はツッコミの声を何とか抑えて、オンコットの様子を警戒する。
「こ、このやろー」
ユーニーは抵抗する演技をしつつ、オンコットを挑発するように大振りで刀を振るう。もちろん、オンコットはそれを軽々と避け、ユーニーに襲い掛かった。そして、オンコットの拳がユーニーへと繰り出される。
「おごっ! これ、マジきつい‥‥かも‥‥」
適度に抵抗して、やられたふりをする予定だったのだが、思いのほかオンコットの攻撃は強く、ユーニーは苦悶の表情を浮かべる。
「うわー、もーだめだー」
それでも、なんとかやられる演技をして、地面に倒れこむユーニー。しかし、そこへオンコットから追撃の一撃が‥‥。
「ギャーーー!」
だが、断末魔の悲鳴をあげたのは、オンコットの方だった。飛び出してきた一が、刀でオンコットを切り裂いたのだ。一の渾身の一撃を受けて、倒れこむオンコット。
「お、おい、予定では俺がさらわれるまで出てこないはずだろ?」
「そ、そうだよ、どうしたの?」
状況を察したユーニーが起き上がり、花もビルの影から慌てて飛び出してきて一に問いただす。覚醒し紅色に輝く一の瞳が、ユーニーを見据えた。
「もう一班のほうで、仲間がオンコットに連れ去られたと連絡があった。俺達は、至急そちらのサポートに向かう」
「まじかよ、俺ってもしかして殴られ損?」
「わかった、それじゃ早く向かおうよ!」
一の説明に、納得した二人は指示に従ってもう一班と合流しようと頷きあうのだった。
時間は少し遡り、クラウド、ユキ、ウェストの三人はもう一班として、オンコットを追跡しアジトを割り出すために、囮作戦を行なっていた。囮役はクラウド、ユキはその追跡役で、ウェストが場合によっての迎撃担当となっていた。
「ようやく現れたか」
しばらく待ち、クラウドの前にオンコットが現れる。やはりユーニーの時と同じように、最初威嚇行動を示したあと襲い掛かってくるオンコット。クラウドは、それに適度に抵抗してから、わざと捕まろうとしていたのだが。
「うわ、当たったら痛そう〜」
ビルの影でその様子を観察していたユキ、オンコットの豪腕から繰り出される攻撃に、顔を顰める。そこへ‥‥。
「え‥‥?」
突然、ビルの屋上から影が飛び降りてきたと思えば、鳩尾を強い力で殴られる。
「うっ‥‥」
錬力節約のために覚醒していなかったのが仇となり、痛みで意識が遠のいてしまうユキ。そのまま、ユキはオンコットの腕に抱えられ連れ去られてしまう。
「クラウド君! あれを見たまえ!」
「!? あれは‥‥ユキ!!」
そのことに気づかずに、目の前のオンコットと対峙していたクラウド。いち早く気づいたウェストが、オンコットに牽制射撃をしながら叫ぶ。ウェストの指差した方には、ビルの屋上をユキを抱えながら走るオンコットの姿が。すぐさま追いかけようとするクラウドに、オンコットが邪魔をするように立ち塞がる。
「ちっ、邪魔をするな。仲間を見失うわけにはいかない、ここは一気に行かせてもらう」
オンコットを睨みつけるクラウドの額から、なにやら紋章のようなものが浮かび上がり、その身体から黒いオーラが発せられる。月詠と蛍火、二刀の刀を構えたクラウドは、特殊能力『先手必勝』の効果を得、神速の踏み込みでオンコットへと切り込んだ。
「うっ‥‥ここは‥‥? そうだ、私、キメラにやられて‥‥痛たた‥‥」
ユキが目覚めると、そこは暗い部屋の中だった。部屋は電気もなく、漆黒の闇、手探りで見つけたドアも、頑丈な鍵が掛かっており開ける事はできなかった。武器も奪われ、ユキはしかたなく床に座り込み、助けが来るのを待つしかなかった。
「早く助けに来てよね‥‥本当に見失うなんてのはなし‥‥ですよ」
何も見えない漆黒の闇は人を不安にさせる。ユキは恐怖を抑え込もうと、自分の膝を抱え込む。そして、時間間隔が狂い、何秒、何分、何時間たったのかもわからなくなったころ、外から物音が聞こえた。
「‥‥! 誰か来る!」
ユキは一瞬、仲間の助けかと思ったが、足音が一人の様子に、警戒を強めた。足音は、極力音を立てないようにしているようであるが、覚醒したユキの感覚にははっきりと聞こえていた。
「あ、そうか、覚醒すれば光るんだった」
ふと、自分の輝く右手を見て、場違いなことを呟くユキ。少しだけ、心の余裕ができたのかもしれない。やがて、足音はユキの部屋の前で立ち止まる。そして、鍵を開ける音。ユキは、いつでも飛び出せる用意をして、扉が開くのを待ち受ける。
「おい、居るか?」
「!!」
扉が開き、人影が現れる。部屋の外は明るく、逆光で相手の容姿は見えない。しかし、その声は聞き覚えの無いもので、仲間でないことは確かだった。ユキは、全力でその相手を突き飛ばし、逃げ出そうとするが。
「おっと‥‥」
「は、放して!」
相手はあっさりとユキの体当たりを受け止めて、そのまま腕を押さえて拘束する。ユキは、抵抗するが覚醒した彼女の力でも振りほどくことはできなかった。
「落ち着け、俺は味方だ」
「えっ!?」
突然の言葉、ユキは驚きと疑いの目を相手に向ける。その相手は、20代後半から30代前半に見える体格の良い男で、迷彩服を着込んでいた。見た目は人間だが、中身までどうかはわからない。ユキは油断せず、その男を睨みつけた。
「そう見つめるな、可愛い娘に見つめられたら、照れるだろう」
「っ!? いいから放して」
「わかったわかった、いきなり逃げ出すのは無しな」
軽口を口にして、ユキを放す男。ユキは、男から目を離さずに問いかける。
「あなたは何者なの?」
「俺はマーキュリー。まぁ、お前等と同業者みたいなもんさ。ここの調査をするために来たんだが、お前が連れ去られるのを見つけて助け出したというわけだ」
「‥‥本当に?」
「嘘ついてどうする? 現に、閉じ込められてたお前を出してやっただろう」
「‥‥‥」
男の口調は軽いものだったが、その目は真剣なものだった。
「ほら、この武器も、お前のだろう?」
「私の弓‥‥あ、ありがとうございます」
そう言ってマーキュリーが差し出したのは、奪われていたはずのユキの弓。ユキはお礼を言ってそれを受け取る。
「信用してくれたか?」
「‥‥はい」
「だったら、さっさとここから出るぞ」
少し警戒を解いたユキは、マーキュリーの指示に従って、建物を脱出することにした。
「この人たちは‥‥?」
脱出の途中、昏倒させられている人間を見つけたユキ。どうやら、この建物を警備している者達のようだが。
「どうやら、この建物は、バグアがキメラ闘技場というやつのために、一時的に人を収容する場所のようだな。こいつらは、その管理を行なうために、バグアに洗脳されて利用されていたやつらだ」
「キメラ闘技場?」
「バグアが、キメラの性能テストをしたり、優秀なヨリシロを選別するために、キメラと人間を戦わせる場所だそうだ」
「どうしてそれを私に」
「お前さん達の調査の目的だろう。可愛い娘には優しくしないとな」
「変な人ですね」
マーキュリーの態度に少し呆れながら、キメラ闘技場について説明を受けるユキ。そして、そのまま無事に建物から脱出した。
「こいつを使わせてもらうぞ」
マーキュリーはユキの照明銃を上空に打ち上げる。どうやら、ユキの仲間達に合図を送ったようだ。
「それじゃ、俺は先に帰る。お前も仲間が来たら、さっさと帰るんだな。ああ、そうそう、今度会ったら一緒にお茶でもしないか? それじゃあな」
「‥‥本当に変な人」
そう言うと、マーキュリーはビルの影へと消えていってしまった。ユキはただその背中を呆れながら眺めるのだった。
「お、あれだ、見つけたね〜」
照明弾が上がった方向を双眼鏡で眺めていたウェストが、ユキの姿を発見する。そして、一達が車を走らせてその場所へと急いだ。
「おい、大丈夫だったか?」
「はい、なんとか‥‥」
クラウドが声をかけると、ユキは苦笑しながら頷いた。本来追跡役であるユキが捕まってしまったのは、失敗であった。ユキを見失ったクラウド達は、マーキュリーの助けがなければ、彼女を見つけることはできなかったかもしれない。
「ここは、敵のテリトリーなのだから、囮役以外が捕まるケースも考えておくべきだったな」
「結局、キメラの性別を確かめる暇もなかったしねぇ」
反省するユーニーと、残念がるウェスト。その後、彼らは建物内部の洗脳された人間達を捕まえてUPCに報告するが、捕まった人達はすでにキメラ闘技場なる場所へ輸送されたあとらしく、救出することはできなかった。