●リプレイ本文
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初夏の青い空に白い雲が浮かび、雲のヴェールの隙間から太陽が覗く昼下がり。
フラワーシャワーの祝福を受けるはずの花嫁は、白いドレスに赤を散らせてバラの前で呆然と座り込んでいた。
花嫁が背を向けて放るはずだったバラのブーケは足元へパステルカラーの花弁を散らし、本来ならば人々の笑顔と明るい声が響いていたであろうこの場所に聞こえるのは、獅子の咆哮と剣戟の音だった。
顔の上半分を隠す白のファントムマスクに、キメラにつき立てられた爪や牙で傷ついた黒いタキシードとマントを身に纏った男は、疲労の色を見せながらも必死に戦っていた。
座り込む花嫁とバラに包まれた幼子を背中に置いて倒れる事など彼には許されなかった。
ついに膝をつき力が抜けてしまいそうになった時、横を複数の影が通り過ぎる。
バイクの排気音をさせながら現れた彼らは、到着してすぐに作戦通りに展開していく。
鋼の鎧を身につけた浅川 聖次(
gb4658)が、濃い水の蒼を髪と瞳に湛えたファブニール(
gb4785)が、飄々とした雰囲気の中に緊張感を漂わせたノーン・エリオン(
gb6445)が、すぐさまライオンキメラと黒いタキシードの男との間に立ちふさがる。
冷める思考に合わせるように瞳の色が赤から青く変わったフィルト=リンク(
gb5706)が、攻撃を寄せ付けない硬さの皮膚に金色の闘気を纏った須佐 武流(
ga1461)が、AU−KVに炎の揺らめきを漂わせた水瀬 深夏(
gb2048)が、ライオンキメラへと向かっていく。
「安心しな! 俺達が来たからには心配いらねぇぜ!」
追い抜きざま水瀬がかけた声は、暗くなりかけていた雰囲気を吹き飛ばすように明るい。
能力者たちの登場は、絶望的な終わりが見えていた状況に射した一筋の光のようだった。
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(「本当に‥‥無粋なことをしてくださいますね‥‥」)
剣に盾を構えAU−KVを装着したフィルトが、冷静な中にも静かな怒りを含ませてライオンキメラの群れへと一気に近づき、複数の個体を相手しながら仲間が揃うまでの間花嫁たちの方へ押されないようつとめる。
銀の細剣で尻尾を払い、龍の彫られた盾は爪を防ぐ。その様はまさに騎士。
護るべきもののある背中は細くとも広く頼もしい。
止まることなく走りこんだ須佐の身体が宙を舞い、つま先に取り付けられた爪がライオンキメラの一匹へ傷をつける。
「面倒だ‥‥お前らまとめてかかって来い」
挑発に乗せられたライオンキメラがひとつ吼えて、須佐をにらむ。
上方に振りかざされた前脚の大きく鋭い鉤爪が、わずかな光を残して弧を描く。
しかしただまっすぐ振り下ろされた筋など予想するまでもなく、獅子の爪は虎の爪にいなされてライオンキメラは地に転がり、ますます苛立った様子で牙を剥きだしにして唸った。
飛び掛るライオンキメラの腹の下へ滑り込む水瀬は、己のすべてを拳に乗せて突き上げる。
大きく開けた口を強制的に閉じさせられたライオンキメラは石畳にのた打ち回り、それを助けるように相手のいない一頭が水瀬に体当たりを仕掛ける。
起き上がるキメラの陰となり、襲い来るキメラへの対応が一瞬遅れる。
牙がまともに水瀬を捉えそうになる瞬間、後方から飛んできたパステルカラーのバラがライオンキメラの鼻先を掠めて、攻撃の勢いが削がれる。
振り返れば黒いタキシードの男が、肩で息をしながらも立ち上がりライオンキメラへと向かってきた。
しかし男の傷はノーンの練成治療で支障がないほどには治っているものの前線で戦えるほどではなく、少し後ろから能力者たちの戦いに若干のフォローをするにとどまった。
「さてと、彼にはもう少し頑張ってもらおうか」
ノーンの言葉は軽いが、振り返り幼子を見る目は真剣そのものだ。
地面に横たわる二人の表情はまだ幸せそうな笑みを浮かべている。
「貴女は下がっていて下さい」
浅川が力なく首を振って動こうとしない花嫁に優しく声をかけ、両親のところへ下がらせる。
人々が祈りを捧げる中、既に幼子の傍らへ膝をついているファブニールとともに三人で処置を始める。
少し伸びた蔦を取り、切断を試みる。
幼子は痛みを感じているのかいないのか、痛がる素振りも見せずに眠ったままだ。
切断されたバラは水の代わりに吸い上げた血液で綺麗な深紅に染まっていたが、本体から切り離されて花弁の先からゆっくりと錆色に変わっていく。
錆色に変わった蔦の先は皮膚に埋もれる様子はなく、刈り取ること自体に問題はなさそうだった。
それを確かめた彼らは気をつけながらも手早くバラを刈り取り、蔦に埋もれて確認できなかった脈を測る。
が、脈が弱いのか確認することが出来ない。
それどころか、持ち上げて判る腕の感触は筋肉の張りではなく細い管状のものが詰まっているような感覚で、子供の腕にはおよそ似つかわしくない筋がところどころに見える。
「こんな、こんなこと! 無事でいてくれ!」
ファブニールの叫びは、状況を目の当たりにした者たち全ての願いだった。
蔦を掻き分けても核になるようなものは見つからず、脈の中心である左胸のあたりから生える蔦が多いことを考えると答えは明確であり、ノーンはその哀しい確信に核をつくつもりで構えていたアーミーナイフを静かにしまうことしかできなかった。
取り付いた核を除く以外にバラキメラを幼子の体内から一気に取り除く術は能力者たちに思い当たるものはなく、今できることと言えばこれ以上の養分を求めた蔦が伸び進まないよう皆から遠ざけることだけだった。
抱えあげるファブニールの腕に蔦が絡み付いてくるが、浅く食い込んだそれを引き抜く痛みなど、他に感じる痛みに比べればたいしたことではなかった。
運ばれる幼子に手を伸ばす花嫁と両親に、包囲を飛び出してライオンキメラが迫る。
「これ以上傷つけることは許しません‥‥っ!」
浅川がAU−KVに淡い光を纏わせながら割り込み、自らの咆哮までも響かせながら深蒼の槍でライオンキメラを前線へと押し戻し、追うように前線へと加わる。
幼子に手が施せない以上、ライオンキメラを倒すことが彼らに残された仕事だった。
バラキメラに対応していた三人が前線へ加わったことで状況が皆に伝わるが、ここでも水瀬が声をかけて重たくなる空気を意識的に浮上させる。
今はライオンキメラへ怒りの矛先を向けて、一刻も早く脅威を遠ざけなければならない。
「くらいやがれっ!」
出力を上げた激熱が放電し、空気を引き裂きながらライオンキメラへ叩き込まれる。
攻撃の強さだけではない重い一撃を受けて、ライオンキメラの一頭がそのまま動かなくなった。
フィルトが構えていた盾を降ろし剣を構えなおして、攻勢に転じる。冷徹な瞳には一片の容赦もない。
隙を的確に突いてはライオンキメラの体力を殺いでいき、動きの鈍ったキメラの眉間目掛けて剣を振り下ろす。
動かなくなったのを確信して残りの個体へ目を向けた先では、身軽に動いた須佐がライオンキメラをかく乱している。
多方向からねじ込まれる爪に翻弄されるキメラは、まともな反撃をすることができないまま地へと伏せ倒れた。
見渡せばもう一頭も仲間の手によって既に倒れており、静かになった広場に誰かが石畳を殴りつける音が響いた。
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結婚式は中止され、代わりに黒い服を着た人々が再び教会に集まる。
キメラに寄生された幼子は小さな棺に納められて、火葬の準備が進められる。
他の人への寄生の可能性が捨てきれず、そのまま埋葬することはできなかった。
万が一に備えるため能力者たちは最後まで立ち会う形となり、黒いタキシードの男からじっくり話を聞き出す時間ができた。
「で、それをばら撒いた奴に心当たりがあるようだが‥‥」
「あの白タキシード何者だ?」
「‥‥あれは、僕の兄です」
今はタキシードを脱いだ彼が言うには、白タキシードの男は行方不明になっていた彼の双子の兄らしい。
そしてこのような形での再会は予想していなかったので驚いている、とも。
兄が行方不明になってからエミタ特性が発見されて能力者となった彼は、実家の花屋を継いで働く傍らこの近辺のキメラ退治をしてきたのだと言う。
姿を消してしまった以上は今兄がどこに居るのかも判らないが、場合によってはどうなっても仕方ないと彼は大きく息を吐いた。
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白いバラを手に取って、仮面の男が口を歪ませる。
「また会いに行くよ‥‥」
翻る白いマントの後ろには、咲き誇る白いバラ。
幼子が摘んだ枝も、既に伸びて新しい花が咲いている。そして近くには、体からバラの生えた猫。
そのバラもじきに紅く染まっていき、夕闇迫る空の下、紅白のバラが風に揺れた。