●リプレイ本文
「選挙者運動か‥‥」
「中立国が存在するって言っても戦略的に無視される位置にあるか、このご時世により余計に軍政が厳しいところばかりなんじゃないですかね‥‥?」
Cerberus(
ga8178)の言葉に、ミンティア・タブレット(
ga6672)が呟く。
「中立国騒動を悪いとは言わんが‥‥」
その言葉に、UNKNOWN(
ga4276)が続けた。
「とにかく、バグアの影が見え隠れするなら‥‥私たちはそれを叩くだけ、ですね」
九条院つばめ(
ga6530)が、明るい笑顔で会話に割り込む。
水理 和奏(
ga1500)にしても、アルベルトの気持ちは解らないではないが、今は、そういう訳にはいかない。
「‥‥勝つしかない、か」
煙草の火を揉み消す、ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)。彼もそうだが、集まった傭兵達は若干、普段と違う格好をしていた。今回、彼等の中には傭兵としての身分を隠して行動する者達も多い。Cerberusからの注意もあったので、皆、傭兵と気取られそうな装備品は外している。
●サヴォ選挙事務所
質素な、それでいて広い事務所の中では、多数のボランティア達が駆け回っていた。絶え間なく電話が鳴り響き、選挙戦も本番に入っている。忙しい事は、傍目にもよく解った。
「ボランティアにですか?」
アルベルト・サヴォの選挙事務所を訪れたつばめと和奏に、男性は手を叩いて喜び、どうぞと事務所の奥へと案内する。幾つかの机が並ぶその奥に、アルベルトの机があった。
(依頼主が不明、異様に高い報酬‥‥なんだかきな臭いですね‥‥)
一人、心の中で反芻するつばめ。
――と、訪れた二人を前に、アルベルトが振り向いた。案内を請け負った男が、つばめの事を紹介する。
「一条院つばきです。宜しく御願いします」
「水理和奏です、はじめまして!」
つばめの方は、エミールに準備させた偽名だ。身分証代わりのパスポートにも、そう記してある。二人の立場は、日本からの留学生。戦乱から逃れるようにセルビアで在住しているが故に、アルベルトに共感を覚えたという立場だ。一応、活動する上で支障の少ない在留資格を準備してある。
「そうですか、助かります。御覧の通り、とても忙し‥‥」
「あ、つばきお姉ちゃん!」
選挙事務所には似つかわしくない、小さな子供の声が響いた。
駆け寄り、つばめに抱きついたのは、愛紗・ブランネル(
ga1001)だ。もちろん、その腕の中にはパンダのはっちーが抱かれているが、今回の愛紗はつばめの妹である。
三人を前に、一通りの挨拶を済ませるアルベルト。
そして和奏は、身分こそ偽ってはいるが、『経験』を偽るつもりは無かった。
過去、フォークランドでのハイジャック事件に遭遇した事、そしてその内実を詳しく話した。その上で、勉強の為に置いてほしいという態度だ。
「なるほど‥‥解りました。構いませんよ」
快くこれをOKするアルベルト。
「おじちゃんって凄いんだね」
「ん?」
愛紗の唐突な言葉に、彼は首を傾げた。
「おっきくなったら、愛紗もギインさんになれるかな?」
「ハハハ、おじさんもね、まだギインさんではないんだよ。そうだなぁ、愛紗ちゃんが皆の為に頑張っていれば、なれるかもしれないね」
そう言って笑う姿は、とても優しげだ。
人気があるというのも頷ける。
「サヴォさん、この件について‥‥」
奥の部屋から、男が一人、顔を出す。今回の依頼の発端となった、ヨリシロと思しき男だ。殆どのヨリシロがそうであるが、パッと見た限り、怪しいところは見受けられない。
書類を手に近寄る秘書を手招きし、アルベルトが紹介する。
「サルデール君だ。私の秘書をしてくれている」
この男が――傭兵達は、小さく唾を飲み込んだ。
●ヴォジョビッチ選挙事務所
一方、こちらはシモン・ヴォジョビッチの選挙事務所。
「コードネームGDと呼んでおいてください」
小さく頭を下げるCerberus。今回、彼の望んだ任務は護衛。能力者が護衛につくとあって嫌がる要人は少ない。要人警護については、知識や経験の面から一歩劣る傭兵もいるかもしれないが、彼等は能力者である。バグアからの暗殺等を警戒すると、やはり、能力者である事が好ましい。そもそも、Cerberus自身はボディーガードの仕事を好んでいる。要人警護には適任と言えなくも無い。
彼は、まじまじとシモンを見た。
精悍な顔付きは役者然とした男前で、映像栄えしそうな二枚目だ。若年層に人気があるというのも、頷ける。
「アシュラ(
ga5522)です。今回手伝いに参りました。宜しくお願いします」
(ネコミミ‥‥?)
ねこみみ‥‥猫耳だ。ネコミミ。そこかしこから、ボソボソと囁く声が聞こえる。シモンなどは、口をポカンと開けて固まっている。
そんな視線を意に介さず、彼女は、奥へと眼をやった。
男と、視線があった。ホアキンだ。今回は、ボリビア出身のルポライター、シモン・モラレスとして事務所を訪れている。ブライトン博士の演説音声を前に、今回の演説草稿の製作に参加している。演説準備に参加する事で、理論が不足しがちなシモンの補佐になれば‥‥と考えての行動だ。
●裏方
漸 王零(
ga2930)とカルマ・シュタット(
ga6302)が、薄暗い部屋で額を衝き合わせている。
彼等二人は、候補者の演説中に質問を投げかける為、綿密な打ち合わせの真っ最中で、その一方、UNKNOWNは紫煙を漂わせながら、エミールが電話を終えるのを待っていた。
「政治システムは興味あるが、政治活動は好きになれんな」
吸い終えた煙草を、灰皿で揉み消す。
「解りました、それでは――悪いけど、買収工作はあかんてさ」
そう言って、申し訳なさそうに肩をすくめるエミール。
「そうかね?」
それでも、UNKNOWNは普段通りの冷静な態度を崩さない。
エミールが説明するには、電話先の依頼主が、買収工作をハイリスクに過ぎると判断したらしい。言い訳のしようもないズブズブの違法であったし、傭兵達が能動的に買収工作を働く事は、許可されなかった。
「地味に動くしか、無いでしょうね‥‥」
ミンティアがキーボードを叩きつつ、振り返りもしないで告げた。
眼帯の彼女は、一日中PCに噛り付いている。本人が自身でそう告げたように、その活動は地味だ。シモン、アルベルト双方の映像や写真を加工してネットで流しつつも、派手になりすぎぬよう、十分に気をつけている。
●ヨリシロ
つばめと和奏の二人は、事務所での忙しい日々を送っていた。
秘書本人の机の中に、自身の詳細な経歴書があったりと、ヨリシロとしての怪しい点は多々見受けられており、一通りの情報は、愛紗が手紙にして運んでいる。
しかし、まだダメだ。何か、決定的な証拠が必要なのだ。
「あれ?」
ふと、和奏は事務所の中を見回す。
「秘書さんは?」
「‥‥妹を迎えに行ってきますっ!!」
つばめの言葉に頷き、二人は事務所を飛び出した。
ててて‥‥と、路地裏を歩く人影がある。
愛紗だ。その腕にはいつもどおり、相棒のはっちーが抱かれている。そしてそのはっちーの洋服ポケットには、サヴォ陣営で集めた情報が手紙として仕込まれている。
「愛紗ちゃん、だったかな?」
突然、声を掛けられた。
「‥‥お手紙を出そうと思ったの」
「私が出してきてあげるよ、ついでがあるから」
そう言い、手を差し出す男性。
愛紗は恐る恐る手紙を差し出した。だがその手紙はダミーの手紙。不審点がある訳は無い。――と、秘書は、愛紗が近づいて来る事に気付いた。
「どうかしたのか?」
「うーん‥‥おじちゃんの顔、何処かで見た事があるんだけど‥‥気のせいかな?」
男の表情が、変わった。
「なっ、何を‥‥」
「愛紗ちゃん!」
声に、男が振り向く。その視線の先には、つばめと和奏の二人が立ちはだかっている。咄嗟に、男は愛紗に手を伸ばす。何を考えていたのかは解らないが、おそらく、人質にとでも考えたのだろう。
問題は、愛紗が能力者であったという事だ。
覚醒してバックステップで距離を取る愛紗。その後ろに、携帯電話を閉じながら、カルマが顔を見せた。飛び退いた愛紗を受け止め、ゆっくりと地に降ろす。
「おのれ‥‥!」
路地の両側から挟まれ、『ヨリシロ』が唸った。
この日、アルベルトの秘書であったサルデールは、ふいに事務所を出たまま、二度と戻っては来なかった。
●演説
ネコミミ‥‥ではなくて、アシュラもまた、シモンの事務所で忙しく働いていた。
だが、コピーや書類作成の仕事そのものは、あまり携わる時間が無かった。連絡をとる事こそ怠らなかったが、その他の仕事については、お茶淹れが忙し過ぎたからだ。
何故かは解らないが、スタッフ達が、皆、すぐにお茶を空けてくる。
ウグイス嬢だってやって構わないとは思っていたが、自ら言い出した訳でも無いのに任されてしまった。
それでも何とか時間を作り、資料作成に手を付ける。
「資料作成の為に、スケジュールを知りたいのですが‥‥」
快諾され、秘書から大まかなスケジュールを書き込んだカレンダーを渡される。
このスケジュールを見る限りでは、近々、市民会館において、両候補を招いた公開討論会があると記されている。
この日がチャンスだ。そう睨んだ彼女は、折を見て携帯を手にした。もちろん、仲間への連絡の為で、裏方に回っているミンティア達は、この情報を元に活動を活発化させる。後は、このメモを愛紗に手渡せば、アルベルト陣営に潜入した傭兵達にも伝わる筈だった。
公開討論会当日。
ヨリシロの事については、事後処理について明確に決めておかなかった事もあり、一番無難な方法で決着を付けた。行方不明‥‥とは言え、この段階では、突然居なくなって帰ってこなくなったという事だ。
一市民として参加しているカルマ。
ちらりと、アルベルトの演台を見る。
公開討論会は激論の渦中にあった。溜息の原因は、野次だった。対するシモン陣営には、多くの賛意や拍手が送られている。
これらは全てUNKNOWNが準備した。つまり、サクラだ。
「それでは、ここで皆様からの質問を募集致したいと思います」
アシュラが挙手を求め、アルベルトとシモンが順番に質問者を指名していく。
王零が、立ち上がった。
立ち上がった王零は一礼をし、自らの立場をきちんと明かした。
あくまで、立ち寄った能力者として、危惧する点についての解答を得たい、という立場である。能力者である彼に対し、俄かに注目が集まる。
「中立国と名乗りを上げるのは良いのですが、それをどうやって認めさせるのですか?」
それだけではない、
指摘され、咳払いするアルベルト。
「まず、私はセルビアが中立地帯となる事を望んではいるが、これを無理に推進する事は望んでおりません。最大の問題は、対バグア戦争という大義名分の下に、政府が国民の生活を抑圧している事です」
野次混じりの拍手が、席から送られる。
王零はそのまま、シモンの方へと眼を向ける。
「――や、バグア撃退後の政治方針はどういったものを考えているのですか?」
軍への協力は従来通りであるが、市民への見返りは、バグアの脅威から守られるという点以外に、彼は答えようが無かった。そもそも協力を強いているのは、バグアの脅威があればこそで、何らかの見返りがあってのものではない。
ただ‥‥
「私自身は、対バグア戦争が終了したら、現在の体制は改められるべきと考えている。元々、この状態はバグアとの戦いが原因なのですから」
シモンの言葉には、先ほどと違って野次は少ない。
続けて、カルマが立ち上がった。
今回の彼は、あくまで一民間人。スーツをパリッと着こなし、手にはコートを掛けている。
「中立宣言による失業率の増加、国内の治安問題などはどうするのか」
「そもそも、戦時体制を維持している現段階こそが、国内経済、治安の悪化を招いています。まずは、その事をご理解頂ければ幸いです」
アルベルトの言葉に礼を述べ、続いて王零へと声を掛けた。
「仮に今中立を宣言したとしてUPCの中立国への反応はどうなるとおもいますか?」
「UPCから侵略する事は無いが、バグア側がそうとは限らない」
問われて、王零が再び立ち上がる。
元々彼等は顔見知りだが、今回ばかりは、その事は慎重に覆い隠している。
「いざ助けを求められても、微妙だが、救援はすると思う。ただ、救援までは時間が掛かってその分被害が大きくなるだろうし、最悪バグア側に占領されてしまうだろうが――」
傭兵からの一言に、会場がやや静まり返った。
アシュラがマイクをとり、最後に演説をして終えていただくと告げた。あまり的確な質問、指摘を投げかける事が出来なかった分、演説で取り戻すしかない。
原稿を手に、シモンが立ち上がる。
その背中を、ホアキンは一人眺めていた。
シモンにはCerberusがぴったりと張り付き、暗殺や妨害が無いよう、眼を光らせている。その姿はSP然としていた。彼自身は、演者としてホアキンを推していたのだが、ホアキンは、あくまでルポライターとしてここに居る。それはできない。
ただ、演説をやるのはシモンであるが、その言葉は、紛れも無くホアキンのものだ。
「我々の街ベオグラードは――」
シモンは、ゆっくりと話し始めた。
「――このような戦略上の要地を、バグアが放っておくでしょうか?」
拳を握り締めるシモン。
「バグア軍の侵攻により、今まさにバルカン半島に戦火が及び、間もなく周辺各国は戦場と化し――」
ここで、ブライトンの演説が再生され、投影機によって映し出される。
忌むべき人類の敵が放つ、傲慢の限りに彩られた言葉だ。
「これはバグア側の指導者にあたる人物の発言です。彼等が人類を対等の存在として扱うことは、決してありません。中立を宣言しても、市民の自由と安全な生活は護れないのです」
そこは役者。
大袈裟な身振り手振りも、スクリーンの中であるかのように、自然だ」
「‥‥戦って勝つしか道はありません」
●開票結果
一通りの行動を終え、傭兵達は部屋に集まっていた。
ミンティアだけは、伏目がちに薄ら笑いを浮かべて、ひたすらキーボードを叩いている。
インターネットの動きはかなり制限されている。ただそれでも、活発な議論の場として利用されている事は間違いなく、ミンティアは依頼の間、ずっと椅子に張り付いていた。
「バレたら終わり。引き際が大事‥‥」
とは言え、それも終り。
投票当日――そして開票。結果は、アルベルトの勝ちだった。だが、選挙は接戦に違いはなく、少なくともアルベルトは、中立化についてあまり言及しなくなっていた。
そして、その方針転換に、傭兵達の働きがあった事だけは、確かだった。