タイトル:【GF】Ask DNAマスター:御神楽

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/05/21 21:44

●オープニング本文


●プロローグ
「まったく、面倒な事になったもんだ‥‥」
 セルビア首都――ベオグラード。
「親父も親父だぜ。こんなタイミングで嫁を探しに行けとは!」
「兄さん、そういう言い方は無いと思うな」
 その言葉に、精悍な男性が立ち上がった。
「おぉ、我が妹よ! 可愛くなったなぁ、えぇ、おい!」
 金髪にベレー帽の女性が、敬礼で応じた。
 歩み寄り、男性はドンドンと背を叩いた。小柄の女性が困ったように顔を背けながらも、嫌がらず、なされるがままにしている。
「それで、兄さん、話って何?」
「おぅ、それよ! 暗殺だ何だって話があって、護衛がてらに呼んだのよ!」
「へ? わ、私正規軍の兵士なのよ、それは‥‥」
「わはは! 気にするな、軍には話を通しておいた。おまえは退役、これで傭兵だ!」
 大仰に笑い、肩をばしりと叩く。
「ちょっ、ちょっと! ねえ兄さんって! 何言ってるの!?」
 驚き、ベレー帽を取り落としそうになりながら、女性は詰め寄った。
「何を怒ってるんだ? 他にも傭兵は呼ぶ。良いから、おまえも護衛兼俺の話相手だ! せっかくなんだ、兄妹水入らずで呑もうや!」
「そんなぁ‥‥」
 部屋に一人、女性が取り残された。


●コッポラ家
 コッポラ家はそもそも、北イタリア、ヴァネツィア市に勢力を持つ。
 初代、アルフレッド・コッポラは極貧の中から身を興し、その勢力を伸張させた。古めかしい、『掟』を重んずる彼等は、しかし、ドンの出自もあって、下層の労働者階級から強い支持を受けている。
 その『仕事』は謎に包まれている。
 武器の密輸や、闇カジノ、その他様々な非合法業務を担っていると言われる。
 ただしその一方で、彼等は様々な反バグア闘争に助力をしており、少なくとも現段階では、事実上――表面上は別としても――当局からの調査は行われていない。
 ベオグラードを訪れていたのは、アンダーボス、いわゆる若頭とでも呼ばれるアルフレッドの長男、ヴィンセント・コッポラだ。
 その理由が嫁探しの東欧旅行だったのは確かだが、ベオグラードまで来たところで情勢が急変。動くに動けなくなってしまったのだ。ベオグラードの問題もそうだが、イタリア自体も危険。本人は戻りたがっているのだが、現段階では、ヴェネツィアに戻るのは難しかった。
 仕方なく彼は、ベオグラードへの逗留を決めたのだが‥‥。
「幹部の一人が暗殺された」
「‥‥え?」
 カフェの一角。
 二人は、背中合わせにボックス席に座り、言葉を交わしていた。
 それぞれ、初老の男性は新聞紙を広げ、対する若者は、ホットケーキを切り刻んでいる。エミール・ブレゴビッチだ。
「情報が漏れている可能性がある。傭兵と連絡をとって、護衛にあたれ」
「護衛に? 誰や?」
「コッポラだ」
 その言葉に、フォークを持つ手が、一瞬止まった。
「コッポラ一族がベオに? 何故?」
「おいっ」
 男が新聞のページをめくりながら、鋭く一言、呟く。
「‥‥失礼さん。俺は何も詮索しとらん。解っとる」
 冷汗を誤魔化して、応じるエミール。
「けど、護衛に傭兵て‥‥」
「護衛ごと、斬殺されていた。相手が能力者か、バグアの可能性がある」
「うっわー‥‥」
 ホットケーキをフォークでいじくり、唸る。
「それと、今回の件で信頼のできる傭兵を探したい」
「ふぅん。あ、それくらいは読めるで。能力者の手駒が欲しなったんやろ?」
「ま、そんなところだ」
 男はそのまま、席を立って出て行った。
 後に残されたエミールは一人、ホットケーキを頬張った。もちろん、コッポラが立ち寄った理由が嫁探しだなんて、そんな事、想像のしようもない。


●依頼
 出された依頼は、表向き、イタリア人大株主の護衛である。
 依頼そのものは、脅迫文が届いたが為に、その護衛にと傭兵を呼び集めた、という体裁をとっている。言わば表向きには、金持ちの道楽、という依頼だ。
 ヴィンセント自身は、事実大株主だ。
 その事に大きな嘘は無いし、株主としての自分を隠してはいない。無論、妹が元兵士の傭兵である事も、隠す理由が無いし、公然の事実。
「つー訳で、契約金はこんなもん」
 口では軽いが、その額面はなかなか悪くない。
 期間はおおよそ三泊四日。
 その頃には、言わば私設軍隊がイタリアから到着する手筈になっているが‥‥ここまでは、警備上の理由、とやらで伏せられており、知らされていない。
 とにかく、約三日、依頼主を守りきればOKだ。

●参加者一覧

如月・由梨(ga1805
21歳・♀・AA
カルマ・シュタット(ga6302
24歳・♂・AA
綾野 断真(ga6621
25歳・♂・SN
風代 律子(ga7966
24歳・♀・PN
ジーン・SB(ga8197
13歳・♀・EP
ジュリエット・リーゲン(ga8384
16歳・♀・EL
蛇穴・シュウ(ga8426
20歳・♀・DF
エレノア・ハーベスト(ga8856
19歳・♀・DF

●リプレイ本文

●傭兵護衛隊
 並んだ傭兵達九名を前にしたヴィンセントは、鷹揚に挨拶して皆を退がらせた。
 ――で、階下のスイートルーム。
「これぞ正しくプロフェッショナルの仕事という物だ!」
 胸を張り、ジーン・SB(ga8197)が笑みを浮かべる。その容貌は、傍目には小学生ぐらいにしか見えない‥‥のだが、これでも歴とした傭兵だ。
「それで、ローテーションですが‥‥」
 再確認をし始める如月・由梨(ga1805)。警備の基本は、休憩時間を挟みつつ、順番に交代していくというものだ。ヴィンセントの暇潰しについても、ある程度考慮してある。案の骨子は如月とエレノア・ハーベスト(ga8856)が組み立てた。ここに、ジーンが夜間の警備等に多少提案を加えたが、基本はそのままである。
 皆はローテーションを確認し直し、警備に入る前の事前準備を始めた。

 支配人に案内された、監視カメラの並ぶ警備員達の部屋。
「ホテルにチェックインしてない人が階段かエレベーターを使用した時に連絡を入れて欲しい」
「事前に連絡を入れてくれれば、対応しやすいからな」
 警備室を訪れていたのは、風代 律子(ga7966)とカルマ・シュタット(ga6302)の二人だ。律子が置いたコーヒーパックを前に、警備員が頷いている。煙草は、警備室が禁煙だからと断られた。
「特に、その人物が何か細長いモノを持っていた場合は、チェックインの有無に関わらずすぐに」
 意図としては、何らかの得物を持っている可能性を警戒しての事だ。

「親バグア派の能力者が潜入している可能性があります」
 その言葉に、ホテルの支配人がぎょっとする。
 真面目な顔で語尾を強めるのは、綾野 断真(ga6621)だ。対する支配人と言えば、その強い姿勢にたじたじで、どうしたものかと口をもごもごさせている。
「私達傭兵でしたら対応できます。従業員を疑うのは心苦しいでしょうが、私達も犠牲者は出したくないんです、お願いします」
 その言葉には、もしもの時はどうする、対応できるのか、という脅しの意味もあった。だが、人的被害を最小限に抑えたいのは、彼自身の本音でもある。
 その言葉に、支配人は折れた。
 支配人に謝意を示す断真。その手には、従業員をリストアップしたファイルがあった。

 一方、あらゆる局面のエキスパートを自称するジーンは、ヴィンセントが泊まっている部屋に入り、探査の眼を発動しつつ、部屋の隅から隅までを調べて回る。
「これで良し、っと‥‥ふふん、完璧だな!」
 ふんぞり返って腕を組む。
 調べていたのは、盗聴器や爆弾等の存在だ。
 実際に何も無かったのかどうかはともかく、一通りは調べた。何も調べないよりは、格段に安心出来るというものだ。
「おう、終ったらしいな」
 ドアを開き、ヴィンセントが姿を現した。
 こげ茶色のスーツに身を包むその姿は、がっしりとした肩幅もあって、かなり様になっている。それに、身のこなしは、それでいてスマートだ。
 ローテーションを組んでいるのは先に述べた通り。現在、ヴィンセント直近の護衛に当っているのはジーンとエレノアの二人。出入り口のドアはカルマが固め、四名が巡回、三名が休息している。


●一日目
 巡回中、断真はゆっくりと歩く。ヴィンセントの部屋は、先ほど確認しておいた。狙撃可能な場所をだ。ホテルは特別高層な訳では無いのだが、周辺に、ホテルと頭を並べる建物は少ない。
 周囲の建物が遮蔽物となる可能性は、考えない方が良さそうだった。
 もっとも、スイートルームの見晴らしが悪いようでは、それはそれで困りそうな気もするが。
「窓の近くに立つとどこからでも狙われますね」
「ま、ホテルから出ないようにする以上、窓には近づかないでもらうのが無難ですね」
 ホールから、蛇穴・シュウ(ga8426)の声が聞こえる。
 火の無い煙草を口にくわえ、ぴょこぴょこと揺らしている。
「これで良し‥‥っと」
 一歩下がり、律子はその台を眺めた。
 置いてあるのは花瓶等を置くための台だが、上に乗せられているのは、花瓶ではなく無線機だった。非常階段近くに無線機を準備し、床にサングラスを置く。もっとも、このサングラスは深夜でもなければ意味は薄く、朝っぱらの今から置いておくつもりは無かった。
『あー、これからベッドメイクが向います』
 ふいに、各自の通信機から声が聞こえた。
 通信を寄越したのは警備室で、見れば、エレベーターが上階へと登ってきている。
 鈴が鳴り、エレベーターからメイドが姿を現す。その行く手を、カルマが遮った。
 待て――と言い、断真が入手した従業員リストをちらりと確認する。顔はあった。名札とも一致している。
「帰って頂いて構いません」
 確認しておいて、カルマは従業員に帰るよう伝えた。面食らう従業員を前に、リスク回避の為と説明する。従業員からは用件を聞いて全て帰らせるというのは、ジーンの案だ。彼女曰く「清掃婦としても私はエキスパートだ!」との事だが、この辺りになってくると、少々怪しかったりもして。

 静から動へ転じる動き。
 舞だ。エレノアが、和服を着ている。これでも彼女は、厳しい祖父に躾けられて育った。舞には心得がある。民謡を中心とした即興の舞が、ふわり、ふわりと終えられる。
 やがて完全に動きを止めてぺこりと頭を下げるエレノアに、ヴィンセントは小さく拍手を送った。
「失礼な事きくようやけど、ヴィンセントはんって結構な資産家なんやろ?」
「んー?」
 エレノアが問い掛ける。
 明らかに暇を持て余していた彼は、舞を見ながらアルコールと洒落込んでいた。今は気分が良いのか、まぁ、そんなもんだな、と返事を寄越す。
「そこでちょっと聞きたいんやけど、本や映画なんかで耳にする政略結婚とか実際にある話? うちなら相手は自分で探したいと思うんやけど」
「そうだなぁ、ま、政治家連中なんかには、時々あるらしいな」
 苦笑いを浮かべつつ、彼は答えた。
「俺なら、嫁さんは自分で探すさ」
 当の本人はベオくんだりまで嫁探しに来ているのだから気楽なもので、政略結婚というような苦労とは無縁なのだ。


●二日目
「そろそろ交代の時間だ」
 ヴィンセントのスイートルーム、カルマが姿を現し、普段と変わらぬ落ち着いた表情で告げた。丁度昼時であったからか、階下で昼食を受け取っての参上だった。
 カルマが姿を現した事で、入替りに巡回へ向おうとするヘンリエッタ。
 その彼女を、ヴィンセントが呼び止めた。
「おいエッタ、ついでだ。昼食でも食おうぜ」
「うぅ〜!」
 ヘンリエッタはベレー帽を握り締め、ばっと振り返った。
「私傭兵にされちゃいましたから! 任務なんで!」
 肩を怒らせ、部屋を去るヘンリエッタ。
 シュウとカルマはその様子をわき目に眺め、部屋を出る彼女を見送った。
「兄弟は可愛く思えるものですよね。俺も弟がいるんですよ」
 ヴィンセントに向き直るカルマ。ついと目配せをし、目配せに応じてシュウが小さく頷いた。後を追い、カルマが続けて部屋を出いく。
「エッタが居なくても困らないだろ。特にはさ」
 残されたシュウへと、愚痴るヴィンセント。
「兄妹水入らずでゆっくりお話をしたいお気持ちは分かりますが‥‥」
 ソファに腰を落ち着け、シュウは酒瓶を手にした。
 掲げるヴィンセントのグラスに並々と注ぎ、その眼を見る。シュウは、自分に魅力があるとは思って居ない。かといって特別芸も無い。出来るのは酌ぐらいなもの。ただ、それでも――
「今は彼女も我々の仲間です。そして、これが傭兵としての初仕事になる訳です。彼女を傭兵の一人として、こちらの段取りに組み込ませて頂く事をお許し願えませんか?」
「ム‥‥」
 怒りを露にするという様子ではないが、どことなく不満そうに、口を歪める。
「まあ、妹さんの初仕事を暖かく見守ると思って頂ければ‥‥ハイ」
「解ったよ。好きにしてくれ」
 グラスを呷り、ヴィンセントはソファにもたれた。もたれておいて、胸ポケットから煙草を取り出し、口にくわえる。それを見たシュウが自身のポケットへ手を突っ込んだ。その動きを見て、ヴィンセントは火が出てくるのを待った――が、待てども待てども、一向に火は出てこない。
 見れば、シュウは身体中をぱたぱたと叩き、やがてその手も止めて向き直る。
「火ぃ、あります?」
「‥‥おい」
 彼の呆れたようなツッコミが、スイートルームに虚しく木霊した。

 勢い余って部屋を飛び出したヘンリエッタ。
 階下のホールに逃げ込み、自販機のジュースを手に、椅子に沈み込んでいた。その表情には、困ったような疲れたような、何ともいえぬ表情が浮かんでいた。
「隣、よろしいでしょうか?」
「わわわっ」
 突然の問いかけに彼女は慌てる。
 見上げると、ジュリエット・リーゲン(ga8384)が、にっこり笑いながら立っていた。
 静かに頷いたのを見て、静かに腰を降ろすジュリエット。照明の明かりに、おでこが少し光った。
「私にも兄が居ますが、18の時に書置きを残して突然家を出ました」
「兄が?」
 ジュリエットは話した。
 世界の紛争地域を転々としている傭兵の兄の事――特に、年に数回手紙を寄越すだけで、電話連絡さえしてこない事。あとそれから――
「二ヶ月程前の事です、久々に来た兄の手紙には‥‥『色々あったが、今は能力者になってラストホープで元気にやってる。父さん達はどうだい?』と!?」
「大変な兄貴持つと苦労するわね。お互い‥‥」
 肩を落とす少女が二人に増えた。
 話相手というか、雰囲気的には慰めてくれそうな感じに登場したジュリエットだが、何だか、二人揃って余計にダウンしてしまう。兄が嫌いではないだけに、余計に対処に困るのだ。
「こんな所にいたのか」
 廊下を抜けて歩み寄るカルマ。
「兄が少し鬱陶しく感じることもあるだろうけど、愛情表現なんだから付き合ってあげな。俺も弟に鬱陶しがられたものさ」
 その肩に手を置き、優しく言い聞かせる。
「うぅ、解ってるわよ」
 流石、カルマは「兄」経験者といったところだろうか。
 ヘンリエッタは相変わらず口を尖らせているものの、そのふくれっ面はさっきとはまるで違う。今の表情は、良い意味で諦めた者の顔だった。


●三日目
「ふふん、私が賭博においてもエキスパートである所を‥‥ぬがーッ!?」
 喚きたてるように頭を抱えるジーン。
「ハハハ! 俺が強すぎるのさ、なぁ!?」
 断真の作ったカクテルをくっと呷り、ヴィンセントが笑う。
 およそ三日、ヴィンセントはホテルを飛び出す事もなく、よく自重した。傭兵達の暇潰しは、概ね成功だったと言って良い。
「おや、もうこんな時間ですね」
「んー?」
 断真の呟きを、ヴィンセントが聞きとめる。時計の針は深夜1時を指しており、ほどよい眠気が瞼を重くさせていた。一通り片付けて寝る準備をしてしまうと、ヴィンセントは護衛の彼等を下がらせ、一人ベッドに潜り込んだ。

 深夜――皆が、寝息を立てている。
 だが傭兵達はそうはいかない。今も、傭兵の半分は眠る事なく、周辺の警戒に当っている。
「こちら律子、氏の周辺には異常なし‥‥」
 無線機へ静かに連絡を入れた。
 彼女の居る空間は狭い。それもそうだ。今彼女が身を潜めているのは、通風管の中。ヴィンセントにはばれぬよう、休憩を兼ねつつも、隠れ潜んで警護に当っている。
「了解。こちらも問題あらへん」
 エミールが答えた。
 無線機の感度に問題はなく、警備状況にも異常は無かった。そうして順繰りに連絡を回していく。皆、それぞれに異常は無い。
「了解。こちら断真。同じく問題は――」
 言いかけて、彼は言葉を続けない。
 非常口の方を睨み、息を潜める。暗闇の中、ドアノブが動いた。
 そっと、拳銃を手にした。
「非常口に動き有り」
 通信機に口を押し当てて呟く。各員からの応答。傭兵達に緊張が走った。
 律子は一人、歯噛みする。
 敵襲の際はヘンリエッタが狙われる可能性に備えるつもりで居たというのに、今、ヴィンセントの近くを離れる訳にはいかない。
 一方、周辺を巡回していた傭兵達は覚醒状態に入り、静かに駆ける。ヘンリエッタとジュリエットがそれぞれ廊下の角に控えたが、ホールを回っていた由梨は距離が遠くて未だ到着できず、ヴィンセントの部屋、ドアの前に待機していたカルマは動くに動けない。
 ――非常階段のドアが、ゆっくりと開いた。
 一歩。踏み出された足がサングラスを踏み鳴らす。
「動かないで下さい!」
 銃を突きつける断真。見覚えの無い顔。従業員達ではない!
 驚きに眼を見張る「敵」が、彼の銃を振り払う。反射的に引かれた引き金が銃声を響かせるが、弾丸は敵を貫かずに絨毯へめり込んだ。
「くっ!」
 銃声を耳にし、由梨は呼笛を吹き鳴らす。
 休息に入っていた傭兵達が、一斉に飛び起きる。敵襲を報せる由梨の呼笛だ。侵入者はどこから――寝ぼけた頭を叩き起こし、それぞれに得物を掴んで駆け出した。
 銃を振り払った敵がナイフを手に断真へと突き出す。二撃、三撃と。
 ナイフの刃が、彼の頬を掠める。
「――ッ!!」
 四度目の攻撃がレイピアに弾かれ、宙を舞う。
「やらせませんわ!」
 レイピアを振るったのはジュリエットの細腕だ。
 繰り出される攻撃に、敵は怯み、飛び退きつつ体勢を立て直す。
 やや遅れてヘンリエッタも駆けつけて刀を抜き放ち、ジュリエットに並ぶ。
 じりと隙を伺う双方。
「こちらです!」
 廊下の向こうから響く由梨の声。
 人の命であれば、どのような人間が相手であれ全力を尽くす。それが彼女の流儀だ。足止めをしている傭兵達の後ろに、飛び起きた傭兵達を連れて現れる。
「チッ」
 小さな舌打ちと共に身を翻す敵。
 追うも、敵は既に夜の闇の中へと飛び込んでいた。釣られて飛び出そうとしたヘンリエッタの肩を、シュウが掴む。ハッとして振り返る彼女を前に、静かに首を振るう。
 静かに、鞘へと収めるヘンリエッタ。
「人間、やったな?」
 ぼそりと、エミールが呟く。
「えぇ、ヨリシロかどうかは解りませんが、バグアではありませんでした」
 銃をホルスターにしまう断真。
「どういう事でしょう‥‥」
 深く溜息をつき、エレノアが呟いた。
 ジュリエットが弾いた筈のナイフは、遂に見付からなかった。

 それからは平和なものだった。
 敵は少数、あっさり引揚げたところから小手調べであったように考えられる一方、傭兵達の厳重な警備に手が出せなかったとも思える。最終的に、犯人が誰であったかは解らずじまいであるが、幹部の暗殺犯と同じ人間であったなら、相当の手だれであったろう。
「じゃーん、お楽しみの報酬♪」
 部屋に並ぶ傭兵達を前に、エミールがトランクを開く。中にはぎっちりとお札が詰まっていた。
 キッチリ十等分されるお札。そのお札は、ヘンリエッタにとって初めての報酬でもあった。