●リプレイ本文
●死と向き合う者達
綺麗に掃除され、埃一つ無い部屋。机の上は整理整頓されており、荷物は鞄の中にコンパクトに纏められていた。
「よし‥‥と」
ナオ・タカナシ(
ga6440)は手紙を前に小さく頷き、封筒を閉じる。
噂に聞く赤い悪魔――その噂に踊らされる訳にはいかない。自身をそう戒めつつも、彼はどうしようもなく不安にかられた。端から見れば、その行動は、死への準備をしているかのようだった。
「そろそろ出撃っすよ」
ドアをノックし、櫛名 タケル(
ga7642)が告げる。
ナオは慌てて立ち上がる。手紙をポケットに、部屋を出た。
かくいうタケルは、作戦の目的は別としても、己の実力を知る為に作戦に参加した。死ぬつもりは無いが、どこまで戦えるのかは、まだ解らない。
ぴかぴかに磨き上げられたバイパー改を前に、近伊 蒔(
ga3161)が満足そうに頷く。
「お前の初陣だな。随分ハードな依頼だけど‥‥一緒に頑張ろうぜ、新しい相棒っ!」
「相手は怪物! 勇気や根性で、己の力量を勘違いして勝てれば苦労しません」
フライトジャケットを羽織ったランドルフ・カーター(
ga3888)が姿を現す。
「解ってるってば」
ランドルフの言葉に口を尖らせる蒔。
「今回の戦いが厳しいものなのは、確かだろうな」
続けて口を挟んだのは、緑川 安則(
ga0157)。
「レッドデビルを撃破できれば御の字だが、今回はデータ収集が目的だ。エース専用のレッドデビル――逆をいえばエースならではの固有の癖というものが見られるかも。上層部はそういうことを期待しているだろう」
「今回は今まで以上にハードな任務です。今後の布石の為にも、必ず成し遂げなければなりませんね」
おっとりとしている櫻小路・なでしこ(
ga3607)だが、その表情は心なしか硬い。
煙草を口にした御影・朔夜(
ga0240)は、一人、心の中で呟く。
(‥‥態の良い噛ませ犬か。全く、『悪評高き狼』が皮肉な話だな)
呟きつつ、煙を吐き出した。
「俺‥‥無事に帰れたらあの子に告白するんだ!」
阿修羅のコックピットで笑う白鴉(
ga1240)だが、操縦桿を握り締める手が微かに震えている。
「映画だと、そういう宣言をすると死んでしまうんですよね」
周防 誠(
ga7131)が、通信画面に顔を出し、にやりとする。白鴉が苦笑した。
そういう誠が目指すのは、データを手にしての生還。それは、如月・由梨(
ga1805)も同じだ。一矢報いたいという想いはあるものの、引き際を誤るようなつもりはない。
「あら?」
滑走路を見やると、ナオがモーリスに歩み寄っていた。差し出されたナオの右手には、一通の手紙。
「手紙を出しておいて頂けますか?」
「‥‥お預かりします。けれど、帰還後に自分でお出しになって下さい」
きょとんとするナオに、モーリスは敬礼を見せた。
微笑み、ナオも敬礼を返した。
●天空の十二人
高度計は、ゆうに50000feetを越えている。エンジンの出力は低下し、操縦系の反応も鈍い。傭兵達は皆、酸素マスクを口に息苦しそうにしている。
ポルトガル=スペイン国境での敵襲は無かった。
キメラが現れないのは当然として、ヘルメットワームも姿を現さず、彼等は静けさの中を進んでいた。敵にこちらの動きを察知されているかどうかは、解らない。
国境を抜け、編隊は徐々に高度を下げていく。
目指すは英国領ジブラルタル。
由梨は、視線を走らせた。
彼等は四班に別れ、俗にアローヘッドと呼ばれる三角形の隊形で飛んでいる。
「きました‥‥!」
最初に気付いたのは、なでしこだった。
雲の隙間を抜けるようにして、キューブワームが姿を現す。心なしか数が少ない。傭兵達12機のナイトフォーゲルに対し、現れたキューブワームは僅かに10体だ。主力が出払っているという情報に間違いは無かったらしい。
「こちらでも確認しました」
口から笑みが消え、セラ・インフィールド(
ga1889)の目が開かれる。
皆、覚醒すると同時に、一斉にブーストを掛けた。その距離が詰まるに従って訪れる激しい頭痛。キューブワームそのものは大した敵ではないが、この場にファームライドが現れれば、それは脅威と化す。
「最優先で叩くぞ!」
時任 絃也(
ga0983)の言葉に、由梨となでしこが頷く。
眼前に固まっていたキューブワーム目掛け、なでしこのアンジェリカが回り込む。
射出された弾頭が、その力を一挙に解放する。試作型G放電装置の攻撃力はさほどではないが、アンジェリカの機体性能は、不足する攻撃力を補って余りある。焼き切れ、崩れるように機能を停止するキューブワーム。
「キューブワーム確認。各個に撃破する」
安則は操縦桿を倒し、ベストポジションへと機体を滑り込ませる。P−115mm滑腔砲がキューブワームを貫いた。彼は敵との距離に応じ、ガドリング砲やスナイパーライフル等、様々な武器を使い分けている。
「ふむ、武装スロットが増えたのはありがたい」
続けて、ナオのホーミングミサイルに、タケルの127mm2連装ロケットが叩き込まれ、数体のキューブワームが吹き飛ぶ。
傭兵達の一斉攻撃を前にその数を減らすキューブワーム。
一方で彼等は、ファームライドの存在を意識していた。定石パターンからいえばその警戒は当然だったろう。皆それぞれ、赤外線モニタやロックオンアラートに留意しつつの戦闘だった。中でも、ワイバーンを駆る朔夜、セラ、誠の三名はIRSTのモニタをじっと睨んでいる。
D−02スナイパーライフルに貫かれ、キューブワームが爆発する。
(どこから来る‥‥?)
誠はIRSTを凝視しながら周囲を見回す。
その反応は一瞬だった。
だが確かに何かの、熱源を捉えた。
「来――」
誠が警告を発しようとした時、白鴉はキューブワームを攻撃しつつもファームライドを警戒し、阿修羅に不規則な機動を繰り返させていた。そして、誠の警告が達するよりも早くロックオンアラートが鳴り響いた。
「間に合えッ!」
大きく息を吸い込む白鴉。吸い込んだ酸素に反応して、パイロットスーツの下では黒蛇がのたうっている。
「避けた? くっ!」
数発の弾丸が装甲を引き裂き、弾丸に続いてソニックブームが阿修羅を大きく揺さぶる。ファームライドが間近を通過したのだ。
ナオの動きは、反射的だった。
「照明弾を使います!」
言い切るよりも早くトリガーを引く。
撃ちこまれた弾頭が白鴉の付近で閃光を放つ。小さな太陽でも現れたかのような閃光が辺りを包んだ。
空間の揺らぎは一瞬だった。
だが――雲には影が残っている。
「見えた!」
辺り一面に弾幕が広がる。タケルやセラの突撃仕様ガトリング砲が火を吹き、ありったけの弾丸を叩き込む。何も無かった空間に、真っ赤な塗料が広がった。ただし、それは一機だけ。光学迷彩の無力化に成功したのは一機だけ――の筈だった。
『『くすくす‥‥当てられちゃったね?』』
その片割れは、自ら姿を現した。
一度姿勢を崩した白鴉を再び編隊に加え、雲をなぞるように飛ぶセラ。最中、IRSTに機影を見る。
彼は眼前の雲へと視線を投げかけた。雲を突っ切って姿を見せる、三機めのファームライド。光学迷彩は、最初から解除していた。
「雲の中にいたか」
安則のS−01が、確認報告と同時にミサイルを吐き出す。
二本のミサイルが煙を吐き出してファームライドを追う。だが、命中率の高いG−01ホーミングミサイルをもってしても、かする気配すら見られない。
「真正面からではダメか?」
その機体に記された、タウラスのエンブレムマーク。
ロックオンアラートは無い。
「くっ!」
一瞬のうちに交錯する、タウラスとセラのワイバーン。一瞬遅れて、パネルに警告表示が踊った。ソードウィングのような攻撃を受け、機体表層に切り裂かれた痕が残されている。
そのまま一直線に上昇するタウラス。
しかしそのタウラスを、一筋の弾丸が掠める。白鴉の阿修羅だ。空薬莢が空に回転する。
『こっちにおいでよ。お前の獲物はここだよ!』
「‥‥」
牡牛座――ダム・ダルは寡黙だった。
コックピットの中で、むっつりと押し黙っている。
『貴方がまだ戦士なら、この勝負受けてくれますよね?』
外部スピーカーから聞こえる、『獲物』だったセラからの挑戦状。
ダム・ダルは静かに、三機を睨んだ。
『まだ』という言葉は、彼にとっては意外なものだった。彼はこれまでずっと戦士として生きてきたし、これから先も、戦士としての己を捨てる筈が無かったのだから。
空中で、ディスタンが重厚な陸戦形態へと変形する。重力に任せ、自由落下していくセラのディスタン。ディスタンの開発コンセプトは闘牛士という。マントこそ無いものの、そのマニュピレーターに握るシールドスピアを振るった。
続けて変形する白鴉の阿修羅に、誠のワイバーン。
変形に気付いたジェミニ達は、その隙を狙おうとしたのだろう。急激なターンを掛けて降下し、彼等に殺到する。
が、一筋の光が空を焼いた。
慌てて、ジェミニが散開する。フェザー砲を放ったのはタウラスだった。
「俺の相手だ‥‥手出しは許さない。良いな?」
「「アハハ、怖ぁい!」」
傭兵達には知る由も無い会話。
ダム・ダルのその瞳は、戦士の静かな輝きに満ちていた。傭兵達と同様に変形し、ゆっくりと降下していく。
「へへ、そのハンティング、しっかり見せてくれよな」
上唇を舐めながら、白鴉は操縦桿を握りなおした。
「四機め、来るぞ!」
IRSTに写った機影を認めて、朔夜は機首を起こした。
――空。
視覚的には影ひとつ無い空間から数多のミサイルが殺到する。
「いかん!」
ランドルフがラージフレアをばら撒く。
ミサイルの吐き出す煙はほつれた糸のように周囲を走る。ラージフレアによって数発はコントロールを失ったものの、焼け石に水だ。だが、無いよりは遥かにマシだったろう。傭兵達が各個に回避行動を取ったものの、数多の爆発――それこそ視界を埋め尽くすほどの爆発の嵐に巻き込まれそうになる。
「ム、どこへ消えた?」
ファームライドの機影が無い。このミサイルに撹乱された今こそ、自分達を狙う好機だった筈だ。
それが、何も仕掛けてこなかった。
「後ろだっ」
語気荒い朔夜。
赤外線画面の中、ファームライドが一直線に駆け抜けていった。
『――古来から、双子は不吉の象徴として扱われた事がありました』
なでしこは金色の瞳を輝かせ、不規則な機動を用いてジェミニに迫る。
『その様な、不当な扱いをされたのではありませんか?』
相手はジェミニ。
賞金首に関する資料によれば、ユーティライネンは双子、一卵性双生児。
双子には、双子を忌み嫌う俗信がある。洋の東西を問わず、ロムルスとレムスから前世の心中説まで。俗信には限りが無い。
『だったら』
『どうする?』
その言葉は肯定でも否定でもなかった。
二人の言葉は冗談のようで、本気のようで、ふわふわと掴み処が無い。
『でしたら――!』
「なでしこ! 危ねぇっ!」
ハッとして、振り向く。
蒔の警告が、寸でのところで命を救った。
遅れて鳴り響くロックオンアラートに続き、ミサイルが装甲を削った。展開していた傭兵達の全て無視して、ファームライドが迫っている。何故かは解らないし、今は考えるべき時ではない。その余裕すらも無い。
「閃光弾を使う!」
絃也の宣言と共に、先程と同じように光が辺りを照らし尽くす。空間がゆらいだものの、それ以上の成果は得られなかった。先程とは違い、周囲には雲などのような、影を落としこむ対象が存在しなかったからだ。
「こそこそしないで出てこーい!」
蒔やランドルフがペイント弾をばらまくが、その機影を捉えられない。
だがその時、爆炎を突き抜けたアンジェリカが、試作G放電装置を放つ。
「このタイミングなら!」
電撃がファームライドを捉えた。揺らぐ空間の中にファームライドが姿を現し、更にはその攻撃に、少なからず動きを乱れさせる。
一方、アンジェリカの計器類はありとあらゆる警告を写し出した。機体はこれ以上もうもたない。
「‥‥申し訳ありません、退却します」
なでしこは唇を噛んだ。
アンジェリカはかなりぐら付いており、戦闘空域を離脱するのがやっとだ。この状態では満足に戦えないどころか、味方の足さえ引っ張りかねなかった。自分のヘルメットさえ、何時の間にかひび割れている。爆発に煽られた拍子に、どこかへぶつけたのかもしれなかった。
煙幕を展開し、ブーストと共にファームライドから距離を取るなでしこ。
ファームライドはアンジェリカを追撃しなかった。
『貴様等‥‥この俺様の姿を見て、無事で済むと思うなよ』
外部音声から響く声。
声の主は、ゾディアック獅子座、ルウェリン・アプ・ハウェルだった。
●あわせ鏡の悪魔
由梨のディアブロを追い掛け回していたジェミニ目掛け、安則はS−01改を突っ込ませる。
ブレス・ノウを発動してライフルを放つが、掠めもしない。それでも、味方を援護する手を休める訳には行かない。その神経を逆なでするように、しつこく食い下がる。
「逃がさん!」
『『うっうー!』』
だが、その攻撃は、本当に神経を逆撫でしていた。反撃の一撃が機体のエンジンを貫くや否や、S−01改が爆炎を噴き上げる。
「雷電がロールアウトしていればまだ戦えたものを‥‥」
どうしようもない現実がそこにあった。
全ての傭兵が最高の機体で戦う事は難しいとは言え、純粋な戦闘能力の差は如何ともし難かった。安則が脱出した直後、ナイトフォーゲルが爆発する。空を飛んだ破片が、彼の身体を掠めていく
「安則さん‥‥!」
のんびりしている時間は無い。
ナオは、マイクロブーストのスイッチを押し込んだ。ワイバーンのエンジンが咆哮を轟かせ、機体がきしむほどの加速を生み出す。
(‥‥捉えた!)
一気に接近し、片割れへ向けてホーミングミサイルを斉射した。
それぞれ、火、水、雷の追加属性が付与されているミサイルだ。
属性に対する耐性を見るためであったが‥‥しかし、当たらない。辛うじて「水」のミサイルが近接信管によって爆発を起こしたが、一瞬機体を揺らしただけで、違いは認められない。
機首を起こし、ワイバーンが反転する。
急激な反転が彼の身体を締め付ける。後を追うジェミニは二機一緒のまま。そのジェミニの後に、絃也のR−01が張り付き、ジェミニの機先を制してガトリング砲で弾幕を張った。続けて、他の傭兵達も次々とファームライドを追随する。
「敵を引き離せそうにありません」
その一言は、作戦変更の必要性を意味する。
「了解だ!」
絃也が応える。事前にナオが提示していた編隊を組む傭兵達。
ナオと由梨の二機が先頭を飛び、ジェミニの後方には、タケル、絃也の二機。編隊の完成と同時に通信回線に乗せられる、タケルの声。
『変だな。連携がウリの筈っすけど、片方が劣ってる‥‥?』
当然、眼前のジェミニにも、その通信は傍受できている筈だ。
『いや、下手な方に合わせてるのか、な?』
タケルはジェミニの動きから眼を離さず、しかし口を休める事もなく言葉を続ける。
『ナオさん、どう思います?』
『それだけじゃありませんよ。双子座は必ず二人で戦っています』
遊びのように散髪的な攻撃を避けつつ、ナオは喋った。
『一人では何も出来ない臆病者です』
『私もそう思います、パイロットの技量的にはずっと劣るのでは?』
覚醒状態にあって交戦的な言葉を並べる由梨。
会話を黙って聞きつつも、絃也も唾を飲み込んだ。慌しい戦闘機動のままで、ジェミニの反応を待つ。
『『くすくす‥‥』』
小さな笑い声。
(何だ?)
タケルは眉をしかめた。
そして彼の眼前で、ジェミニは、その機動を突如として切り替えた。
今までとは、明らかに違う動き。ブーストか、或いは、何かファームライドの特殊な機能か――驚き、阿修羅を跳ねさせる。揺れる視界の中、包囲網から抜けたファームライドが交錯する。
四人全員の通信画面に、二人の顔が同時に写りこむ。
『僕達の見分けもつかないくせにねー?』
『ねー?』
楽しそうでふわふわとした言葉の中に、一方的な拒絶が透けて見えた。
『『僕達は二人で一人。僕達に違いがあるだって? そんな訳無いのに、ね――』』
散開するジェミニ。
「くっ‥‥!」
由梨が突出した。アグレッシブフォースの発動と共に試作G放電を放ち、それに囚われて回避行動を取ったジェミニに対し、短距離高速型AAMを向わせる。
ヒラヒラと宙を舞うジェミニ。数発の爆発が機体を煽ったものの、機体を揺らすだけで、由梨のディアブロは反撃のプロトン砲に翼を貫かれる。
これ以上耐えられそうになかった。
攻撃力や防御力を逆算しようと考えていた絃也は、その様子に舌打ちした。特殊能力等の不確定要素が多ければ、データは不正確になる一方だからだ。いや、それ以前にそろそろ潮時だった。彼等は数も減っていたし、もはや機体がもちそうに無い。
「そろそろ離脱するか?」
「賛成っすね‥‥」
このままでは全滅は必至だった。煙幕が煙を噴き上げる中次々とブーストを発動し、退避行動に移る。
『『逃がさない!』』
その時、ナオには何が起こったのか解らなかった。
ワイバーンの後部が爆発し、錐揉み状に地へと吸い寄せられていく。のみならず、墜落するワイバーンに止めをさそうと接近する。
「くっ、俺が援護します」
機体を滑り込ませるタケル。
127mm2連装ロケット弾ランチャーを皮切りに、ジェミニの片割れへと接近し、ガトリング砲を向ける。弾幕の嵐を抜けるジェミニ。ジェミニの注意はタケルへと向けられたが、それが限界だった。仕返しと言わんばかりの弾幕が拡がり、阿修羅を紙屑のように引き裂いてしまう。
「限界か? となれば――」
インジェクションレバーを掴む。
「逃げるに限るっ」
タケルは、案外冷静な表情をしていた。
椅子ごと機外へと放り出される彼の眼前で、阿修羅が地に体当たりし、爆散した。
●king crimson
レオを追い、更なる加速を続ける朔夜、蒔、ランドルフ。
三機は勢いを殺さず、一斉に攻撃を仕掛けた。UK−10AAMやその他ホーミングミサイルが空に広がり、レオに殺到する。爆発と噴射煙の隙間を、針に糸を通すかの如く正確さで、レオは回避していく。
「ほう?」
コックピット、レオが呟いた。
その攻撃方法は、かつてルウェリン・アプ・ハウェルが用いたものだ。バグアのヘルメットワームに対抗する為の、チームによる飽和攻撃。忘れる筈があろうか。
操縦桿に触れ、反撃に転じようとするレオ。だがそんな彼に、大仰な言葉が突然に飛び込んでくる。
『君の望み、この星の覇王となる事なら、バグア側でにつく事など愚行!』
あまりに突飛なその言葉に、レオは眉を潜め、何事かと耳を傾ける。
『それでは呈の良い手駒だぞ!! どうだ? 私が君の参謀になり、軍事企業もSIVAも協力するぞ!! UPCやバグアなどでなく第3勢力となり、真の覇王となろうではないかッ!!』
その言葉は、事前に録音されたものだった。実際に戦いながら喋ったものではなく、スピーカーから再生されているに過ぎない。心理戦の一助にせんと考えるランドルフは、レオの反応を探りつつも、気を抜かない。敵の反撃も考えられたからだ。
『ふ、ふふふ、うわははははは!』
通信回線に飛び込んできたのは、先程の通信に負けぬぐらい、大仰な笑い声。
(何だ‥‥?)
その言葉から何かを探り出せないか、ランドルフは集中した。
『――ほざくなッ!』
返される、怒号。
通信に割り込む朔夜、通信回線を全面的に開き、戦闘機動の最中に、告げる。
『――ハ、飼い馴らされた「紛い物」の道化か』
ややノイズ混じりであろうとも、確かに届いた。
耳に飛び込んだ言葉に、すっと眼を細めるルウェリン。
『蟲けらが、粋がるなよ!?』
ナイフの切先にも似た鋭い怒号が、青空に広がった。
『‥‥単純莫迦が。技能だけで、人格は獣と変わらないか』
『ふははは! 我を獣と言うか? 蟲けら如き、がッ!!』
にぃと笑みを浮かべた。
迫るレオから吐き出される多量のミサイル。
朔夜を追うレオの後方、ジェミニ戦と同じように蒔とランドルフが追随する。
「反応は上々だが――!」
今は、考察している暇が無い。ランドルフの機体はレオに接近しながら3.2cm高分子レーザー砲の銃口を開き、その機先を制するように撃つ。牽制の為には、命中率の高い攻撃が有用だった。たとえ当たらずとも、敵は少なからず回避に集中せざるをえない。
「くぅ!」
急激なGに歯を食いしばりながらも、蒔も攻撃を続ける。
蒔は、目くらましに放ったロケットランチャーに紛れさせ、短距離高速型AAMを撃ち込む。直撃弾を狙う勢いで攻撃を加え続けるが、寸でのところでレオはかわしていく。その攻撃は、朔夜への攻撃を軽減する為に放ったものであった。
可能な限り、囮となっている朔夜の負担を減らす為にと。
だが――朔夜は違った。
彼は囮のつもりは無かった。
「性能が全てではない――」
ファームライドを撃墜せんと、自身の全てを以って、この戦いに臨んでいた。
だが、しかしそれは――
ブーストとマイクロブーストを同時に発動する朔夜。
突然の攻勢。AAMの嵐を吐き出し、G放電を射出する。レオは攻撃の手を緩め、確かに気を取られた。一直線に突っ込んでくる朔夜の機体に攻撃を加える暇も無かった。すれ違い様のリニア砲は、ファームライドの装甲を掠りもした。一撃離脱戦を狙ったのだ。
「チッ!」
小さく舌打つ、レオ。
その攻撃に、危く一撃を喰らい掛けたのだ――だがその一方で、朔夜の攻撃は味方の編隊を崩してしまった。先頭の囮が欠けたが故に、戦闘は乱戦に突入してしまう。すれ違った朔夜のワイバーンに迫るレオ。今度はもう、僚機による効果的な牽制が期待できなかった。エンジンを貫くプロトン砲の光。爆発を起こし、ワイバーンが跳ね上がる。
(これも、既知感か――?)
真っ逆さまに墜落していく‥‥ふと、デジャヴを感じた。ただ、それっきりだった。それっきりで、彼の意識はプツリと途絶えた。
「朔夜っ!? ここまでか?」
「限界でしょうな!」
蒔の言葉に、ランドルフが頷く。
確保しておいた離脱用の錬力を消費し、一気に離脱せんと加速する。
「またな、変な人!」
残されたミサイルを全てばら撒き、その後ろに続く蒔。だがそれ以上のミサイルが飛び交い、彼女のバイパー改を爆発に巻き込む。已む無く、彼女はインジェクションレバーを引いた。
●戦士の闘い
タウラスは、ゆっくりと大地を踏み締めた。
ファームライドを前に地上に展開するのは、人型のディスタンに、獣のような四足を持つワイバーンと阿修羅。三機を前に間合いを計りながら、タウラスは、槍を構えた。
傭兵達の間に緊張が走る。
先に動いたのはタウラスだった。槍を構え、一直線にセラを狙う。
「来る!」
誠のワイバーンがタウラスの足元を高分子レーザーで焼く。三機がタウラスの足元を狙い、突進を制する。それでも、姿勢を崩しながら槍を一度、強く突き出すタウラス。ディスタンの構えるシールドスピアの表層が、その槍を辛うじて弾いた。
息を呑むセラ。
彼にとっては、傭兵稼業は生きていく為の手段だ。
だからこそ死ぬ覚悟もあるが、無駄に死ぬつもりだって無い。強敵を相手にすれば、冷汗の一筋くらいは、頬を伝う。
後方から飛来した白鴉のライフルに、飛び退くタウラス。
だが再び、地を蹴って彼等へと迫り来る。迫りつつ槍は放り、代わってその手に握られるハンドアックス。対するセラは、攻撃は考えていない。徹底的な防御姿勢を取り、斬撃をシールドで弾き返してみせた。
三撃目、大きく振りかぶっての一撃。
攻撃を受け止めるが、支えきれない。シールドスピアごと腕を叩き伏せられ、セラは姿勢を崩す。ただ、その斬撃は、タウラスにとっても勢いがありすぎた。叩き伏せた勢いそのままに、斧を振り下ろしている。
「今だっ」
二機の間を、一本のワイヤーが飛んだ。
スパークワイヤーがタウラスの腕を絡め取る。この隙をセラは見逃さなかった。絡めとると同時に流される電撃に少しでも動きが止まれば、僚機が攻撃を加えられる――筈だった。
次の瞬間、ディスタンは姿勢を崩していた。
「なっ――!」
タウラスのパワーに負け、絡み付けたワイヤーによって逆に引き寄せられてしまったディスタンの肩を、ハンドアックスが逆さ袈裟に切り裂いた。そのまま、頭部までがひしゃげて弾き飛ばされる。
圧倒的なパワーの差に驚く白鴉。
「うそぉ!?」
周防も牽制の銃口を向けてはいたが、セラとタウラスの機体が密接してしまい、うかつに手を出す訳にいかなかった。切り裂かれたディスタンを払い、タウラスは地を奔る。ダム・ダルの眼は、阿修羅を睨み据えていた。
咄嗟に、コックピット目掛けバルカンを連射する白鴉。
だが、ファームライドの装甲を前にしては、バルカン程度では牽制にしかならなかった。
構わず突進するタウラス。
「阿修羅‥‥お前だって狩られたくねぇだろ、根性だ!」
避けきれない――咄嗟にそう判断した彼は、機体を前のめりに突っ込ませる。ハンドアックスが宙を切った。ツインドリルを展開する阿修羅は、四足のバネを活かし、這い上がるようにファームライドを狙う。
しかし、あと一手が届かない。
頭上から叩き付けられたハンドアックスに、阿修羅は姿勢を崩されてしまう。
それでも、警告の鳴り響く中、白鴉は微かな笑みを見せた。
「熱い抱擁を召し上がれ!」
阿修羅の『尻尾』がスルスルと伸びる。
関節に突き刺さった瞬間、辺りに電撃がほとばしった。常時装備兵装であるサンダーホーンだ。続く攻撃に胴体を寸断される阿修羅だが、彼の攻撃は、確かにタウラスに一矢報いて見せた。
「ふう、告白まで漕ぎ着けそうかな?」
コックピットから顔を出す白鴉。
ディスタンの付近では、肩を抑えたセラが苦痛に顔を歪めていた。
(こうも簡単に‥‥!)
セラは覚醒状態を維持したままワイバーンとタウラスを見上げる。
『ここは自分が引き受けます。離脱して下さい』
誠はタウラスを睨み、ワイバーンの姿勢を低く抑える。
『さぁ、ここからはタイマンといきましょう』
距離を取り、ライフルと高分子レーザーを交互に放ち、時間を稼ごうとする。だが、それだけでいつまでも時間を稼げるものではない。やがて、ライフルの弾丸を避けた勢いに乗って、タウラスが眼前へと迫る。死中に活路あり――誠はワイバーンに地を蹴らせ、正面からの突進勝負を仕掛ける。
いや、仕掛けるかのように見せたのだ。
衝突の瞬間、彼のワイバーンは煙幕を展開するや否や、四本足で跳躍し、ファームライドの頭上をすり抜けた。ブーストを発動すると共に変形し、隙を逃さず離脱を掛ける。
「よし、逃げ切っ――」
空中に飛び上がったワイバーンの羽を、斧が切り裂いていた。
見れば、あのハンドアックスがまるでブーメランか何かのように空中を回転しているではないか。
「まいったね」
つい苦笑して、彼は銀色の右眼を伏せた。
ダム・ダルは、地上に降りてから、遂に一言も発しなかった。
彼にとって言葉は不要だ。戦う事こそが言葉。会話だ。
●三日後、朝
モーリスは、ナオに手紙を手渡した。
ナオは右手を吊り、あちこちが包帯だらけで痛々しかった。皆、彼と同様に大なり小なり怪我を負っている。作戦における撃墜率は、60%を越えたが、それとも帰還率が30%を越えたと言うべきなのか。帰還した蒔は他全員の安否を確認して廻った。死者は出ておらず、まずはホッと胸を撫で下ろしたものだ。ただ――朔夜とは、今現在に至るまで顔を合わせられていなかった。
戦闘空域付近で回収された傭兵達だが、彼のダメージが一番酷かった。
安全な地域へ脱出するなり、彼は手術室に担ぎ込まれた。
生きていたのは紙一重の差で‥‥本当に幸運だったからに過ぎない。
問題の戦闘データそのものは、10枚のディスクが回収された。まずは成功と言って良い。
簡単に解析した限りでは、まず、ファームライドの光学迷彩は赤外線によって発見可能であり、ペイント弾のみならず、通常の攻撃であっても解除が可能かもしれないという事だ。また、光学迷彩の展開については、最初から展開していない機体があった以上、見た目からは解らないデメリットがある可能性は排除できない。
一方、ファームライドには属性による耐性、弱点は見受けられないものの、アンジェリカの試作G放電は、確かにファームライドに一定のダメージを与えていた。
最優先で攻撃される可能性――というより事実最優先に狙われた訳だが、アンジェリカの知覚兵器等であればダメージを与えうるという事実が正確に確認されたのは、特筆に価すべきものだ。
その他にも、細かな収穫は少なくない。
ただ、ゾディアックメンバー固有の癖については、やや不正確だった。
ジェミニ等は行動パターンが子供、有体に言って幼い。挑発に対しても、二機セットではあるが、簡単に反応してしまっている。だがタウラスとなると、挑発と言うよりも決闘の類に応じただけとも見え、単純な挑発に応じるかは不明だ。この辺りの『癖』については、まだ傭兵達の印象に頼らざるを得ないだろう。
課題は残されたが、収穫はゼロではなかった。何より、死人は出なかった。
「しかしま、生き残ったのだから、良しとしようか」
飄々と、誠が告げる。
白鴉が再び苦笑する。告白の件については定かではない。おそらく冗談ではあるけれど。