●リプレイ本文
アルバニア首都、ティラナよりも南、軍の指定した物資集積地に、傭兵達は集まっていた。
駐車場には、四台のトラックが停まり、アルバニア軍の兵士が積荷を点検し、積み込んでいる。
「ちゃんと、スペアタイヤもお願いしますね」
ベレー帽にジャケットを着込み、みづほ(
ga6115)は兵士達と共に歩き回ってスペアタイヤ等を積み入れていた。礼儀正しい物腰を見せつつも、そのしっかりとした体付きからは、彼女が傭兵である事を再確認させる。
その隣では、寿 源次(
ga3427)が片膝で立ち、トラックの足回りを点検していた。物資を必ず届ける為、安全の為、慎重を期しての事だ。
一方、リーゼロッテ・御剣(
ga5669)は水筒を持ち出し、持参した緑茶を淹れていた。
「リーゼロッテさん、お手伝い致しますわ」
そんな彼女の背中に声を掛けたのは、エミリア・リーベル(
ga7258)だ。
「え、うん、有難う。えっと‥‥」
「エミリア・リーベルと申します」
おしとやかに笑う彼女を前に、リーゼロッテは不思議そうに首を傾げる。面識が一方的だったからだ。出発を前に、ほんの一時、のんびりとした空気が流れた。
●出発
曲がりくねった道を、四台のトラックが走り抜ける。
先頭を切るのは幌を被せた軽トラックで、その後方には、一定の間隔を置いて、三台の運送トラックが続いていた。ただし、その速度は決して速いとは言えない。その原因の第一は、道だ。彼等は、バグア側に把握されている可能性が高い主要路を避け、運搬ルートに、森林の中を走る迂回路を選んだ。
山がちな地形に沿って木々が並ぶ。森の中は舗装されていない箇所も多く、近日の天候の影響もあってか、路面状況は決して良いとは言えない。
もっとも、原因はそれだけでは無いのだが‥‥。
凛とした白肌の女性が双眼鏡を覗き込む。
しかし、遠くを見渡せるかと思った双眼鏡だったが、車体が揺れ、木々が視界を過ぎ去る森の中では、思い通りの視界を確保するのは難しかった。彼女、霞澄 セラフィエル(
ga0495)は、小さな溜息と共に、双眼鏡から眼を離す。
隣席から聞こえる、控えめな鼻歌が耳をくすぐる。
「フンフ〜」
鼻歌と共にハンドルを握るのは、リーゼロッテだ。
だがその運転には、リラックスしつつも、どことはなしにぎこちなさが残っている。理由は単純明快で、彼女は、ペーパードライバーなのである。速度が控えめにされているもう一つの原因が、これだった。とは言え、安全運転は若葉マーク最大の武器だ。
続く二台目に搭乗するのは、新条 拓那(
ga1294)とカルマ・シュタット(
ga6302)の二人だ。
カルマがハンドルを握り、拓那は地図を広げ、方位磁石と睨めっこをしている。鉛筆を地図に走らせ、マイクを掴んだ。軍の後ろ盾があるだけに軍用無線だけは各車両に装備されている。
「次の橋越えたら右なっ」
元気な明るい声で、彼は吠えた。
雑音交じりだったから、自然、声が大きくなったのだ。
「村の人は、補給が早く欲しいだろうな」
そんな拓那の様子を見て、カルマが話しかける。
「うん。荷物と一緒に、村を守る人達に希望を届けられると最高だよね」
「あぁ、なんとしても無事に届けないとな」
最後部、四台目のトラックには、二台目のトラックと同じく、雑多な民生品が積まれていた。
「うーん‥‥」
運転席には、残念そうな顔で諫早 清見(
ga4915)が座っている。
彼は、本来であればキメラの生態等の情報を事前に入手し、キメラに備えようとしていた。だが、これらの情報を、正規軍兵士達も殆ど把握していなかった。逆に言えば、だからこそ、地方への物資搬送が滞っているのだとも言えたのかもしれない。
解っている事と言えば、確認されているキメラは昆虫型で数が多いという事ぐらいだ。
「‥‥諫早さん」
小さく溜息を付いた諫早に、助手席に座るエミリアが、静かに、しかし聞こえやすいようハッキリと声を掛けた。
「来ました、キメラです」
その言葉に、諫早はバックミラーへと視線を走らせる。ちらりとではあるが、小さな影が数体、後方から迫っている。
傭兵の経験も浅く、彼女自身、自身が緊張している事を認識している。
だが、その彼女が最初にキメラの接近を察知したのだ。距離は、十二分に開いている。迎撃準備を整えて尚お釣りのある程に。
●森林を抜けて。
「酷い悪路ね。お尻が痛い‥‥」
三台目。武器弾薬を満載したトラックの運転席で、みづほがぼやいた。
「フンガー♪」
助手席には源次が座っている。鼻歌交じりながら、彼も、周囲への警戒は怠っていない。
先頭に響く鼻歌とはまた趣の違う、低く響く鼻歌が、ふと、止んだ。車載無線が鳴り響く。
「‥‥来たか」
最後尾に乗るエミリア達からの連絡だ。
「キメラ?」
「後方から追って来ているようだ」
みづほの疑問符に、源次が答え、その言葉に、彼女は速度を緩めた。
時を同じくして、先頭、二台目のトラックも停車し、距離が詰まってから、彼等の三台目、そして最後尾の四台目が停車する。
「後方からです。数は九‥‥いえ、十!」
助手席を飛び出し、エミリアが叫ぶ。
皆、表情を引き締め、或いは己を鼓舞するように笑みを浮かべ、今来た道へと眼を向ける。
遠方から羽音を響かせる甲虫型の小型キメラ――ブラインドビートルが群れをなし、森林の木々の合間を抜き、トラックへと迫る。
「虫は苦手なんだけどなぁ〜‥‥でも、困ってる人たちが待ってるわ。ちゃっちゃと届けて、現地のお酒で一杯やりましょ♪」
努めて明るく振舞い、リーゼロッテがドローム社製のサブマシンガンを掲げる。
「キメラじゃなくても‥‥虫はやっぱり他の生き物という気がしますね」
相槌を打つように、セラフィエルが苦笑した。彼女は、アルファルと呼ばれる洋弓に矢をつがえ、引き絞る。そして、張り詰められた弦の響きは、一つでは無い。みづほとエミリアもまた、それぞれ和弓と洋弓「リセル」に矢をつがえ、甲虫に狙いを定めている。
甲虫の群れが、生い茂る木々を抜ける。わっと広がる。
群れを出迎えたのは、飛び散るように跳ね回る弾幕だった。
髪と瞳を金色へと変え、リーゼロッテは引き金に力を込める。甲虫は弾丸を表皮で弾きつつも、時折、関節を引き裂かれ、バランスを崩す。
直後、羽音が緩まり、動きの鈍ったブラインドビートルを貫く、矢。
一度や二度は避けられても、避けた甲虫目掛け、エミリアが矢を放つ。幾ら小型で素早くとも、十分な迎撃準備を備えた彼女等の射撃は連携が保たれ、正確であった。
「ッたくもう‥‥ワラワラとわいてきやがってぇ!」
先ほどとは違った鋭い表情を見せ、拓那がツーハンドソードを振るう。
「とっととご退場願いましょうか!」
襲い掛かるブラインドビートル。数任せに矢の隙間を抜くが、飛び出してきた順に、彼の振るう剣に弾き飛ばされる。
「そこだ!」
トドメを、獣が刺した。
その獣は、覚醒状態に置かれた諫早だ。狼――灰色に落ち着きを落とし込んだ毛色をして、狼は瞬速縮地で駆け回り、ブラインドビートルを近付かせない。
ブラインドビートルは数こそ多かったが、固体固体の強さはさほどでも無い。
トラックの荷台に潜り込まんと近付いたものから片っ端に、彼等傭兵達が始末を付けていく。射撃攻撃こそ誤射を警戒して攻撃が鈍ったが、しかしその分、少しでもトラックを離れれば、虫は即座に撃ち落され、息絶える。
ただ‥‥攻撃は、想像以上に弱体だった。
その余裕も活かし、カルマは周囲への警戒を続けていた。
「‥‥‥‥後ろだ!」
突如、叫んだ。
警告に、拓那が翻る。掲げた剣に、重い一撃が叩き込まれた。
木々を薙ぎ、姿を現したのは、巨大な蟷螂だ。その全長は彼の身長に並び、一メートル半にも届こうかという程だ。
蟷螂がもう片方の腕を振り上げた。
「くっ!」
しかし、その動きが止まり、一歩二歩と後ずさる。蟷螂の胸から、矢が一本生えている。みづほだ。続けざまに放つ二の矢が、眼を貫いた。
「うわぁ、まだ動いてる‥‥」
みづほは、黒く染まった腕で矢を引き絞っていた。
彼女が呟き、それにつられ、リーゼロッテは露骨に嫌悪感を示している。
二人の合間を縫い、カルマが跳ぶ。
手に握られているのは、ミルキアと呼ばれる手槍だ。その槍が淡い光を放つ。
「得物を強化した。効果が続いている内に片付けよう」
源次が超機械を構えて告げる。
練成強化を施すと同時に電磁場を作り出し、蟷螂を牽制する。
ぐらつく蟷螂目掛け、カルマが槍を突き出す。急所突きと豪破斬撃を併用した、正確無比な一撃だ。彼の槍が、蟷螂の鎌をすり抜け、紙一重、一直線に首元へと跳ねた。
槍先が、ずぶりと沈む。手応えがあった。
ぐらりと揺れた蟷螂の頭部が、矢に引きずられて弾け飛ぶ。
「村の人達が心待ちにしている物資です、足一本触れさせません」
青白く光るオーラを羽のように纏い、セラフィエルが立っていた。
●アルバニアで朝食を
キメラの攻撃を撃退し、トラックはヴォルスニ村へと到着した。
「毎度、お待たせした。引取りのサインを頂きたい」
メモ用紙をひらりと見せて、源次が小さな笑みを浮かべる。
トラックの到着に顔を出した髭面の民兵達は、大きな歓声をもって彼等を出迎えた。村長のごわごわとした掌が、彼等一人一人の手を取り、思いつく限りの謝意を述べる。
昼過ぎの少し遅い朝食に誘われ、彼等はアルバニアの一般的な料理、オスマントルコ時代の影響の残る、中東的な、それでいてどこか趣の違った――その上で、どちらかと言えば昼食と呼ぶべきボリュームの――料理を楽しんだ。
食事に同席した民兵達の表情は、疲労の色こそ隠せなかったが、希望の色までは失っていない。
それも全ては、今回の補給が円満に成功したからだ。
何処かで誰かが、共に戦っているという事実。
それこそが、彼等競合地域の住人達に対する一番の激励であった。