タイトル:【BH】Go to Sleepマスター:御神楽

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/07/23 00:13

●オープニング本文


●サンプル調査結果
「‥‥ウィルスが、検出されない?」
 報告書を前に、モーリスは眉をひそめた。
「そうです。植物や土、空気といったものからは、ウィルスは検出されませんでした。唯一検出されたのは‥‥」
「この遺体――リビングデッドからだけ、と」
 肯首する研究者を前に、モーリスは首を傾げた。研究者の言によれば、極めて毒性の強いウィルスが、外気等に対して非常に脆弱であるケースは、決して珍しくないと言う。
 同様に考え込んでいるのは、他のUPC仕官も同様だ。
「だが、とにかく、ウィルスのサンプルは回収できたのだな?」
 佐官らしき男が髭を持ち上げ、じろりと睨む。
「それが、遺体の肉片等から取り出したところ、程なくして死滅してしまいました。現状、ウィルスは遺体の破片と共に保存してはおりますが、現段階では何とも‥‥」
「ふぅむ」
 考え込む佐官。
「如何致しますか?」
 前回の依頼で纏められたレポートや写真等の資料を、モーリスはぱらぱらと捲った。
 その様子につられ、佐官も同様に資料を捲る。
「あの環境で生きている少年か‥‥」
 資料を照合した結果、彼が何者であるかの可能性はほぼ絞り込まれた。近隣の戦闘の際に数名の行方不明者が出ている事もあって、少年はあの街の住民である可能性が高く、絞込みは容易だった。
 得られた情報――年齢や性別、背丈等の情報を元に、ほぼ特定済み。候補者達は全員、エミタ適合試験で陰性反応を示している。つまり能力者ではない。
 では、何者だというのか。
「やはり、この少年はヨリシロか?」
「僕には結論を下す権限はありませんが、私見を述べさせて頂くなら‥‥解りません。傭兵達の証言を統合してみた限り、ヨリシロにしては行動に不可解な点が残ります」
「‥‥それが演技である可能性は?」
「排除しきれないと思います」
「ヨリシロである場合も、ある程度は生前の性格や行動が反映されると言う。傭兵達の証言だけで、彼がヨリシロではないと判断する事は出来ない」
 上官は煙草を取り出し、深く一服した。
「悪魔の証明と思うかね?」
「いえ‥‥」
「今回の件、バグアどもの目的も不明だ。となれば、リスク回避を最優先に考えねばならん。違うか」
 モーリスは黙っていた。それは無言の肯定だ。煙草を吸い終わった上官は、やがて受話器に手を伸ばす。電話の向こうの人物へと連絡をとり、かなりの長時間、話し込んでいた。やがて受話器を置き、振り返る。
「作戦が決定した。街は焼き払う」
「えっ?」
「ヨリシロである可能性が示唆された以上、少年を唯一の生存者と看做して救出作戦を展開するのは、リスクが高過ぎる。我々は、既に偵察隊を失った。傭兵達も死者の群れに攻撃を受けた。これが街を出て徘徊しないとも言い切れない」
 佐官は再び煙草を取り出し、口に咥える。
 モーリスがライターを開き、彼の煙草に火を点けた。
「街にその他の生存者が確認できない以上、これ以上状況が悪化するような事態は、避けねばなるまい。とりあえずサンプルは手元にある。あとは未来研に期待するとしよう」
「‥‥」
 上官の決定に意見が無いではない。
 幾つもの懸念が、頭の中でとぐろを巻いている。
 だが、しかし。
 だからと言って真っ向から噛み付くほど、モーリスに気骨は無い。あればきっと、今頃最前線に送られていただろう。かといって出世に熱心な訳でもなかったから、そんな彼の態度こそが、彼に今の傭兵監察官の職を与えているのだ。
「それにな、集落が一つ連絡を絶っているのだぞ? そう何時までも情報を統制できるものでもない。とにかく、だ。爆撃は明後日の夜に行う。これは決定だ。さっそく傭兵を集めてくれ」
「ハ、了解しました‥‥」
 力無く、モーリスは敬礼を返した。


●少年
 雨は降り止んでいない。
 彼は家の中で眠ろうかとも思ったが、友達のジルは家の中に入れない。今の彼にとって、ジルは唯一の友達だ。離れたくない。多少雨に濡れはしても、彼は外で寝た。
 ジルの脇の下にもぐりこみ、友達と一緒に寝た。
 首が三本あっても、こんなに大きくても、火を吐いたりしても、彼にとっては唯一の友達だ。愛犬のジルはもう居なかった。だから彼は、この新しい友達を、かつての友達と同じようにジルと名付けた。
「ジル、あの人達は悪い人達じゃなかったんだよ。今度は、あんな事したら嫌だからね」
 ぽつりと呟くイリヤ。
 その言葉に、ケルベロスはクンと鳴いた。
 彼にはジルという心強い友達も居る。心配ない。暖かい毛皮に包まれて、彼は寝息をたてはじめた。とても疲れていた。
 だけれど。
「‥‥」
 寝息に混じる少年の嗚咽は、雨音にかき消された。


●老人
 眼前に並ぶのはありとあらゆる研究機材に、うず高く詰まれた資料。様々な計器は休むことなく働いていた。
 薄暗い一室で、老人が机を前に笑みを浮かべている。
 その胸に愛と書かれたド派手なTシャツ。肩からは白衣をはおり、古ぼけたマフラーが首にぶら下がっていた。
「ドクター、先のウィルスの件ですが」
「ウィルス? 何の事だ?」
 資料を手に現れた眼鏡の女性を相手に、老人は振り向きもしない。
「ですから、この前実験で偶然発見した‥‥」
「あれか。あれがどうかしたのか」
「実験の報告を‥‥」
「あぁ‥‥構わん、適当に処理しといてくれ。あれは失敗で出来た副産物だ。あんなものに、この私が興味を残していると思うか?」
 ちらりと振り返る老人。
 しかし事も無げに、老人は再び背を向けた。彼の頭脳は、常に未来を求めている。過去を振り返るような情緒なぞ、欠片も持ち合わせていない。それが、例え数週間前の近日であったとしてもだ。
 そう、既に過去の事だ。

 爆撃まで、あと32時間――。

●参加者一覧

相麻 了(ga0224
17歳・♂・DG
小川 有栖(ga0512
14歳・♀・ST
翠の肥満(ga2348
31歳・♂・JG
シャロン・シフェンティ(ga3064
29歳・♂・ST
緑川安則(ga4773
27歳・♂・BM
旭(ga6764
26歳・♂・AA
シェスチ(ga7729
22歳・♂・SN
聖・綾乃(ga7770
16歳・♀・EL
水流 薫(ga8626
15歳・♂・SN
玖珂・円(ga9340
16歳・♀・ST

●リプレイ本文

●モーリス所在テント
「時間はある、情報も少しならある‥‥後悔、したくないんだ‥‥」
 シェスチ(ga7729)が机に手をつき、身を乗り出していた。
 シャロン・シフェンティ(ga3064)や聖・綾乃(ga7770)も同席しており、モーリスは暫し考え込む。車の申請は許可が降りた。だが、生存者や、その他に関する情報開示の許可は降りなかった。
「それぐらいは知る権利があるのでは?」
「基準は必要性の有無だけです。権利と言っても‥‥」
「‥‥もう一度言います。待機期間中に、町に赴く事を許可願いたい」
 とにかく、もう一度調査に赴く許可を、キメラや生存者を保護、捕獲する許可をと求める傭兵達。モーリスは無線機を手に取り、上官である中佐に確認をとったが、ややして首を振った。捕獲のメリットも提示してはみるが、駄目だった。
 シャロンが詰め寄る。
「全てが途中なのに、冗談ではない。私は結果が欲しい。知識が欲しい。不本意な守秘義務を課せられた上に、途中で焼き払う? 冗談ではない」
 強気を崩さず、語気を荒げるシャロン。
「私も貴方ももう踏み込んでいるのです。過程だけで満足して‥‥いえ、出来るのですか?」
 バン、と机が叩かれた。
 叩いたのはモーリスだった。
「街が汚染されたから焼き払うなんて、公にできる訳ないでしょう!? 守秘義務に不満があるのは解ります。しかし、アナタは傭兵です。今更そんな事を言うのはアンフェアですよ」
 彼は、勢いを殺さずに続ける。
「それにね、僕は軍人です。国家公務員です。私事の感情で動ける訳ないじゃないですか」
「くっ‥‥」
 無線機の先で――シャロンは自身の無線機の感度を最大にしていた――この場に居ない傭兵達が肩を落としたその時、モーリスは報告書を一枚取り出して何かを記すと、書類袋へ放り込んだ
 書類袋を手に持ったモーリスが深い溜息をつく。
「んもう‥‥」
 やがて、その手をパッと離して、書類を机にぶちまける。
「わあ、書類袋を落としてしまった〜!」
 ワザとらしい演技で慌ててみせるモーリス。
 その書類の中には、生存者に関するデータも含まれており、報告書には、朝4時からバリケードを見張っているザルツ伍長は職務怠慢気味につき人員入替えの必要あり等と書かれている。
 決して、傭兵達と視線を合わせないモーリス。
 傭兵達は顔を見合わせて頷くと、彼のテントを後にした。


●Go to Sleep
 水流 薫(ga8626)が、前回の報告書を確認していた。
 運転手はシェスチ、緑川安則(ga4773)、翠の肥満(ga2348)の三人。
 彼等の運転するジーザリオは、程なくして封鎖地点に差し掛かった。見張りの兵が停車を促し、安則は素直に従う。
「少し街に用事があってな」
「街へ?」
「念の為、街にキメラがいないか確かめる。キメラがウィルスの媒介者である可能性は否定できないからな」
 傭兵が訪れているのは知っていたし、元々、傭兵というものはある程度自由に動くもの――そう考えた見張りの兵士は、深く追求する事なく、彼等を通した。モーリスの情報どおり、いい加減な兵士だった。
「うまくいかないものね‥‥」
 玖珂・円(ga9340)は元々、必要調査時間から出発時刻を逆算していたが、時間変更は止むを得なかった。


 彼等は三班に分かれて捜索を開始していた。
「少し気になるんだけど‥‥」
 車上、相麻 了(ga0224)が唐突に口を開いた。
「どうかしましたか?」
 後部座席から、小川 有栖(ga0512)が問いかける。
「もし奴等が、人類の手によって作られた物だとしたら‥‥」
「え?」
「あのゾンビ‥‥非能力者がバグアと戦う為の成れの果てだとしたら?」
 唐突な発言に首を傾げる有栖。
 一呼吸置いてから、了は言葉を続けた。
「気になるのはスーパー‥‥そして町には不釣合いな程大きな製薬会社」
 と、そこで車の運転を止め、安則が怪訝そうな顔を向ける。
「製薬会社なんて見当たらないと思うが‥‥」
 ばさりと地図を開いてみせ、反論する。
 彼の言うとおり、街には製薬会社は存在しない。診療所ぐらいはあるが、それだけだ。大規模な製薬施設や研究施設といったものは、表向き見当たらない。
「うーん‥‥」
 言葉に詰まる了。
 助け舟、という訳ではないが、有栖が口を挟む。
「とりあえず、スーパーに向かいましょうか? あの少年も、お腹がすいたらスーパーに向かうかもしれませんし‥‥」
 異論も無く、スーパーへ向かう一行。その途中、了と有栖の二人は可能な限り矢文やビラを辺りへばら撒き、少年に気付いて貰えるように祈った。
 スーパーは、さほどの規模ではなかった。建物同様にあまり大きくない駐車場では、何台かの車がガラス壁に突っ込んでいたり、他の車に衝突したりもしていた。ゆっくりと事故車に歩み寄る有栖。
「これは‥‥」
 黒焦げの遺体に、彼女は思わず口を覆った。
 片や店内へ視線を転じてみれば、店内は今までまさに人々が生活していたかのようだ。足を踏み入れた安則が、床の黒い広がりへ目をやる。血が、真っ黒に乾燥しきっている。
「昔やっていたゲームの世界そのものだな。謎のウィルスに動く死体、そして探索する者達ってね」
 買い物途中で放置されたカートもあった。近場の棚にあった食料品は特に荒らされた様子も無いが、生物は腐敗し始めている。
「状況から推察できる事もあるが‥‥」
 棚を見回す安則と同様に、有栖も棚を見て周る。
「えぇと、これに‥‥」
 有栖の手には食料品。
 彼女はそっと、その食料品を懐に納めた。自身の胸の事もある。あまり沢山隠し持つ事は出来ないだろうが、後でモーリスに送るつもりだった。
「騒がないで、送る時は匿名でね」
 了の笑顔に、綾乃が頷いた。
「――二人とも、ゲームと同じパターンは嫌だろう?」
 安則の言葉に振り向く了。奥の窓からリビングデッドが入り込もうとしている。外へ飛び出した彼等だが、駐車場にも、リビングデットが集まり始めていた。
「邪魔をするな!」
 獣の皮膚を発動して突っ込み、イアリスで敵を貫く安則。
 それでもなお動く敵の脇を駆け抜け、了が有栖を抱えてジーザリオに乗り込むと、安則もジーザリオへ跳び乗った。殲滅する必要は無く、彼等はそのまま店を後にした。


 車を走らせ、道や建物を頭の中へ叩き込むグリーン。
「生存者がいるならショッピングセンターを探すべき‥‥というのは、映画だけか」
 運転中、グリーンは雑貨店へ視線を向けた。
 GA・ロメロやL・フルチなんかのゾンビ映画は好んで見てきた。そのセオリーから言えば雑貨店‥‥とも思うのだが、車道から見る限り、小さな雑貨店はしんと静まり返って人影も無い。
「よければ、役場へ向かえませんか?」
 旭(ga6764)の発案に異論は無かった。
 バグアの手に落ちたとはいえ、爆撃だけ命令されるのはどうにも腑に落ちなかった。モーリスから聞き出すのは難しいと思えたし、事実特別何かを聞き出す事が出来なかった以上、直接調べるしかない。
 役場の駐車場に停車し、彼等は一通りの装備を手に役場へと足を踏み込んだ。
「ふむ」
 グリーンがタイムカードを手にした。何名かのカードが、○月×日9時前後から出勤したままになっていた。
「超過労働だな」
 思わず苦笑するグリーン。
 旭は受付を乗り越えて職場に入ると、書類棚などにそって奥へと歩いていった。ふと、後ろ足に机を蹴ってしまったかと思うと、マウスが揺れてPCが起動した。
「電源が入ってる?」
 視線を走らせると、机の上には町長との立て札。
 旭が画面を確認すると、日記と題されたファイルが開きっぱなしになっていた。日付は、○月×日午前7時13分――この街が連絡を絶った日付の前後だ。
 時刻からして、勤務時間外か何かに書かれたものだろう。
「これは‥‥」
 驚く声に、二人も何事かと画面を覗き込む。
 そこには、行方不明だったイリナ君が無事に帰ってきて喜ばしいといった事や、電話が通じないので修理を頼む予定である事、昨夜から体調が悪い、風邪でもひいたかもしれない等と書かれていた。
 他にも水道や電気等のインフラに関する報告書ファイルもあったが、特別の異常があるとは記されていなかった。
「‥‥関係があるかもしれませんね」
 シャロンが頷き、他の机からDVD−Rを探してきて、旭に手渡した。
 所詮は地方の役場。セキュリティなんて概念は存在せず、書き込みはすぐに開始された。
 書き込みを待つ傍ら、グリーンは電話の受話器を耳にあててみた。応答が無いのは確かだった。
 ふと、彼は顔をあげた。
 廊下に人の腕が落ちていたからだ。
「勘弁願いたいが‥‥」
 嫌な予感がした。
 大当たりだった。
「逃げるぞ!」
 衝撃音がして、ガラスが飛び散る。
 ドアを押し倒して、リビングデッドが現れたのだ。駆け足で二人の下へ戻ると、ちょうどDVDを取り出しているところで、彼等は急いで役所を脱出した。


●霧の朝
 テントの外で、中佐はふと、傭兵達の車が無い事に気付いた。爆撃準備に基地へ戻ったんだろう――彼はそう思いかけて、足を止めた。昨夜の、再調査許可を求めるモーリスの連絡を思い出したのだ。
「まさか‥‥!」
 彼は無線機を手に、早足に歩き始めた。
「私だ。シュピルマン中尉を拘束しろ」


「うっわ‥‥当然だけど、こりゃあひっどい匂いだ、ね」
 薫が、ショットガン20でリビングデッドの頭部が吹き飛ばす。
「ビンゴ」
 予想はほぼ的中。頭部を吹き飛ばすと、リビングデッドは程なくして機能を停止した。
「ああもう! 次から次へとキリがないったらありゃしない‥‥!」
 円がエネルギーガンを構え、苛立ちを露にする。
 彼等は当初、前回イリナと出会った公園に向かった。しかしイリナの姿は無く、代わりに居たのはリビングデッドの群れ。
「君らの知り合いを助けようとしてるんだ‥‥邪魔するなよ!」
 蛇剋を構え、シェスチが飛び出す。
 ジーザリオ周辺の敵を始末して、エンジンを掛け直すと、傭兵達が次々と飛び乗った。数体を跳ね飛ばし、走り出すジーザリオ。書類を見た綾乃の言では、あの少年はイリヤ・シュミットではないかという事で、住所もだいたい覚えてある。
「この状況なら爆撃も仕方ない、かも‥‥でも‥‥複雑です」
「希望が残ってるなら、抗う努力はしないと」
「確かに、自我が残ってるみたいで違和感が残るから、ね」
 綾乃の言葉に応えるシェスチと薫。
「それに、宿主なら彼の血液から血清とか作れる、かも‥‥というより、なんか可哀想な気がして、ね。正直」
「‥‥私は保護には反対よ」
 助手席に座る円が、眼を閉じる。
「様々な可能性が残っていて、危険過ぎるわ。もちろん、殺してしまえ、なんて言うつもりは無いけれど」
「だけど‥‥ちょっと待って」
 シェスチが口を挟みかけたが、彼は、進路上に歩く人影を見付けて、会話を打ち切った。そのまま速度を緩め、歩道へと寄るシェスチ。ジーザリオが近付くと、イリヤはエンジン音に驚き、慌てて振り返った。その手には、インスタントラーメンなどが抱えられていた。
「あなた達は‥‥」
 イリヤが顔を輝かせ、食料品を取り落とした。
 円は、ケルベロスの姿が無い事を不審に思い、周囲を見回す。
(罠? まさかね‥‥)
「イリヤ君です、ね? 良かったら‥‥いや、まぁ良くなくても、一緒に来て欲しい」
「は、はい、イリヤです‥‥けど、その‥‥」
 一緒に来てほしい、との薫の言葉に詰まるイリヤ。
 察した綾乃が、薫の言葉を継いだ。
「ごめんなさい‥‥でも『彼』とは住む世界が違うンです。私達と行きましょう」
「けど、ジルが‥‥」
 薫は、直接ケルベロスを見た訳ではないが、今イリヤが『ジル』と呼んだのが、そのキメラの事だというのは解る。だが、キメラを待つ必要性は‥‥薫は、そっとイリヤの肩に手をおいた。
「こんな所にいると、ジル君も君を心配します、よ」
「‥‥うん、解った」
 シェスチが手を差し出し、車に引き上げる。
 円はあくまで保護には反対だったが、自分一人で強く反対する訳にはいかず、やや不満そうな表情を見せた。皆で他の班へ連絡を入れる中、シェスチは再びアクセルを踏み込んだ。


 ――街郊外。
「それは‥‥!」
 無線機を前に、シェスチは声を張り上げた。
 郊外で彼等を待ち構えていたのは、防疫装備の兵士数名に、UPCからの厳しい通信だった。中佐は、直ちに帰還するよう彼等に要求し、少年の保護も許可しなかったのだ。
 他の傭兵達も無線を代わって抗議の声をあげたものの、事前に考えていた説得材料では、どうしても説得力に欠けた。
『とにかく、保護は認められない!』
 無線機に叫んだ中佐が、別の無線機を手にとった。
「少年を射殺しろ」
 銃を構える数名の兵士。
 命令を耳にせずとも、傭兵達は状況を推察した。綾乃が顔を強張らせ、イリヤの前に立ちはだかる。皆の険しい表情を見、イリヤもまた、不安そうな顔をきょろきょろさせた。
「どきたまえ!」
 兵士に、綾乃は吼え返す。
「何故ですか!? 理由を――」
「ジル!」
 少年の声に、傭兵達は振り返った。
 ケルベロスだ。山の斜面に三つ首を見せ、今まさに駆け下りんとしている。
「中佐! キメラが!」
 後ずさる兵士達。
 皆が武器を構える中、有栖が誰に問いかけるでもなく呟く。
「逃がそうという考えかたは、賛同して頂けないかもしれませんが‥‥」
「あら、私も同意見よ」
 視線を合わせぬまま、円も呟く。
「爆撃もあるし、保護が認められないとなるとね‥‥それに、キメラがいる以上、人が住む方向へは向かわないでしょ」
 円は、彼女自身の判断の故に、有栖は、少年を爆撃対象にも実験体にもしたくないが故に。目的は違えど、結論は同じだった。そして他の傭兵達も、保護許可が降りないとなれば、他に手段が思いつかなかった。
 既に、相談している暇は無い。
 有栖は残ったビラを手渡し、イリヤの背を押す。
「逃げて下さい!」
「けど‥‥」
 一瞬、逡巡したイリヤだが、子供なりに、状況の異様さは理解していたのだろうか。わき目もふらず、ジルへ向けて駆け出した。
「ッ、待て!」
 銃を構える兵士達。
 その銃口を、円が押し下げる。
「あれと戦える?」
 指差す先には、ジルの姿。その言葉に、兵士達は動きを止めた。警戒態勢を解かぬままイリヤを咥えると、ジルは背を向けて駆け戻っていった。
『‥‥傭兵達を拘束しろ!』
 中佐の命令が、無線機から響き渡った。


 傭兵達は一時拘束され、事情聴取の後解放された。役場から回収されたデータ等は押収されてしまったものの、各人の記憶や状況からの判断まで奪うことは不可能だ。
 爆撃は中止となり、契約不履行により報酬は無し。
 始末書は、責任上モーリスが書く事になっている。
 有栖が胸に隠していた食料品は、後日、了が匿名でモーリスへと送った。
 だが、しかし――。