●リプレイ本文
●ハンナ・ハロネン
傭兵達はハンナの事務所を訪れ、彼女を前に並んでいた。
「UPCから連絡は受けています。あなた方が派遣されて来た傭兵達ですね?」
ハンナ・ハロネンは薄い化粧に眼鏡をしており、資料によれば四十代手前。歳相応の落ち着きを見せる、自信に満ちた女性だった。
「えぇ、これがUPCの依頼書です。陸軍のサインも貰ってます。それからこっちが――」
テキパキと書類を差し出す伊佐美 希明(
ga0214)。
それに対し、ハンナの対応は意外と遅い。差し出された書類を精読している為だろう。
「正式な書面のようですね」
「ただ、何故貴女を護衛しなければならないのかは知らされていません」
希明は声のトーンを落とした。
「私達は傭兵ですので、報酬を貰って、依頼を遂行するだけです。ただ、陸軍からという事は‥‥恐らく‥‥」
そこまで聞いたハンナの顔が、一瞬、不機嫌な色を見せる。
しかし、それもすぐに消え、先ほどと変わらぬ笑顔で相手は頷いた。そのままの流れで、傭兵達が順に挨拶をしていく。
「はじめまして。揺籠とお呼び下さい」
ただ、その中でも、揺籠(
ga5583)だけは、少なからず不愉快な心持だった。
彼は元神父。離婚者に不快感を持つのも仕方ない。それに、表面は礼儀正しく応じているのだし、特に問題も無かった。
再び、希明が口を開く。
「護衛期間は一週間です。私とファファル(
ga0729)が室内での護衛につきます。外にも護衛がいますが、盗聴の可能性を考え、仔細は明かせません。それと、これはあくまで可能性に対する護衛です。危険が無いとわかればすぐに解除されると思いますので、それまで、ご辛抱下さい」
「えぇ、解ったわ」
「それから‥‥」
希明の説明を継ぐファファル。
「危険回避の為、一週間程度の間は、弁護士としての新たな依頼は自粛して頂きたい‥‥」
発案者はルフト・サンドマン(
ga7712)だ。
実際に直衛を担う二人から伝えてもらった方が良いだろう、との判断からだったが、しかし、ハンナは、その点だけは断った。
「弁護士としての責任を放棄する訳にはいきません。申し訳ありませんが、その点だけは承服致しかねます」
ハッキリとした物言いに、それ以上要求する訳にもいかない。
ひとまずはそこで引き下がり、傭兵達は直ちに警護体制へと入った。
しかし、エミール・ゲイジ(
ga0181)は立ち止まり、ハンナに顔を向ける。
「ハロネンさん、一つだけ‥‥」
「何でしょうか?」
「貴女にとってジェミニ‥‥いや、ミカとユカは何ですか?」
表情を曇らせるハンナ。
「私に、その質問に答える義務があるのでしょうか? それにどこでそれを‥‥いえ、少し調べれば解る事ですね」
溜息をついて、にっこりとした笑みを向ける。
「ヨリシロにされてしまった以上止むを得ないとはいえ、私も責任の一端を痛感しております」
そう答えて軽く頭を下げると、彼女は自分の机へと向かう。
妙な違和感だけが、エミールの印象に残った。
ルフトと鯨井起太(
ga0984)の二人は、ULTのフィンランド支部に足を運んでいた。スーツを着た男が、二人の前に現れる。真新しい、新品のスーツを着た男だ。
「ヘルシンキ市警のアイロです」
手短に挨拶した男が、書類袋から資料を取り出す。
資料によれば、トーペ氏推定死亡時刻は早朝午前五時。
場所は大通りから彼女のマンションに至る路地で、SES兵器を使用したらしい事以外に犯人の痕跡らしきものはない。従って、動機や協力者、計画の有無も不明。ただ、状況から、遠距離からの狙撃では無さそうだった。
「‥‥今回の事件だけど、一つ聞かせてくれ」
起太が身を乗り出す。
「軍は、犯人に目星をつけているんじゃないのか?」
暗に、ジェミニではないのか、と問いかける起太。
少し迷った刑事が、切り返した。
「これは殺人事件です。従って、我々警察の管轄です。極秘調査としているのは、能力者が犯人だった場合の社会的影響を考慮しての事。軍とは十分に連携していますが、犯人の目星を聞かれましても‥‥」
妙に歯切れの悪いその男。
起太とルフトの二人は、ばつの悪そうな顔を見合わせる。
やがて、一通りの説明を終えた事を確認すると、男は話を切り上げ、仕事があるのでと支部の奥へ引っ込んだ。
●夜半、自宅、窓辺にて
直衛以外の傭兵達は三組に分かれ、三時間交代で庭、門、休憩のそれぞれに班を割り振っていた。時刻は深夜近く。ハンナの仕事が遅くまで続いた為、自宅へ戻ってきたのは、たった今だ。
「やっぱ、こりゃ、色々と裏事情がありそうな雰囲気ビンビンだぜ」
溜息混じりに腕を組むノビル・ラグ(
ga3704)。
自宅での警備を前に、彼はトラップが無いかを確認して廻ってきた。先の事件が狙撃ではないとはいえ、ルフトも狙撃可能な場所を選定してきており、皆の情報を摺り合わせる。あとはノビルの発案により、狙撃に適した場所は一定時間毎に見回る事にした。
「‥‥蛇の道は蛇――ってね? 御同業の仕業っつー可能性があるからな」
地図にチェックを入れるノビル。情報を摺り合わせる際、起太とルフトの二人がULT支部で入手した情報を伝えた事で、会話は、自然と犯人の事へと向かう。
「俺としては、どーしてもミカとユカを連想しちまう」
「犯人、か‥‥やっぱ、ジェミニかなぁ」
ノビルの言葉に繋げ、ぽつりと呟くエミール。
軍はハロネンを護衛しろと依頼を出している。犯人について、ある程度の確信を持っているとしか思えなかった。双眼鏡の倍率を調整しつつ、ノビルは言葉を続ける。
「だろ? 複雑な家庭環境で抑圧された感情が、今、爆発したんだとしたら‥‥?」
「だとすれば‥‥」
起太の言葉に、皆の視線が集まる。
「露骨な護衛をつけた事は、かえってジェミニの感情を逆撫でする結果になるかもな‥‥」
「‥‥本当に、そうなのかな」
今まで黙っていたラシード・アル・ラハル(
ga6190)が、唐突に口を開く。
「ユーティライネン中佐の、事は。調べれば判る事、だもの。ジェミニの縁者を殺そうっていう‥‥別の存在の、可能性もある‥‥よね」
押し黙る一同。
「なに、俺は誰が犯人でも構わないさ。強い奴と戦える可能性があれば、それで良い」
ニッと口端を持ち上げる揺籠。
一方、自宅、室内。
ファファルは家を一通り巡り、カーテンを全て閉め切った。
危険性回避の為、窓には近付かない事や人混みに近付かない事は、既に承諾させてある。彼女はハンナの自室に戻ると、希明と軽く挨拶を交わした。
「今のところは異常なし‥‥だ」
頷く彼女を前に、胸ポケットから煙草を取り出す。
「あぁ、煙草は遠慮して下さい」
「そうか。すまないな」
ハンナの言葉に、彼女は煙草をしまう。
希明の腰掛けるソファーに、ファファルも腰掛けた。ハンナは自分の机でタイプライターを叩いている。暫しの間、タイプライターの機械音だけが部屋に響いていた。
「うーん、エミールと一緒の依頼受けたのに、何か素っ気無い気がするなァ‥‥最近、会話もあまりないし‥‥」
「ふむ?」
希明の言葉に、ファファルは首を傾げる。
彼女はそういった事に特別の興味は無く、何といってコメントしなかった。だが、ファファルが反応できずとも、ハンナが、思いついたように言葉を投げかけてきた。
「男なんて‥‥あまり信じない事ね」
「‥‥え、えぇ、まぁ」
微かに棘を感じる言葉に、希明は言葉を濁す。
エミールに向かって失礼だな、とは思わないでも無かったのだが、ハンナがそれ以上言葉を続ける様子も無かったので、結局、黙って受け流しておいた。
門で待機するラシードとルフト。
「狙うならやはり夜か‥‥?」
「でも‥‥被害者は‥‥早朝に狙われた、んですよね‥‥」
「何時狙ってくるか判らない、と言わざるをえんか‥‥」
腕を組んで唸るルフト。
「おーい、交代だ」
揺籠の声に、二人が振り向く。
「むっ、交代の時間か。紅茶でも飲んで一息入れるか」
「あ‥‥はい‥‥」
紅茶と聞き、ラシードが顔を輝かせる。
二人と交代して、エミールと揺籠が門前に立つ。
「やれやれ‥‥」
今頃は、狙撃可能な候補地をノビルが巡回している筈だ。傭兵達の厳重な警戒もあってか、何者かの襲撃や策動は確認されぬまま、一日、また一日と時は過ぎていった――。
●リアルト
壊れた家族‥‥失くした家族‥‥もやもやとして、よく解らないもの――つらつらと考え事をしながら、ラシードは曲がり角の先を覗き込んだ。
自宅から事務所、人混みや狙撃に格好な場所を避けた新たなルートを利用し始めて五日が経っていた。ラシードはハンナをちらりと見やり、そのまま歩いていく。最前衛はルフト。そのルフトを援護できる位置だ。
また、狙撃の危険性を回避する為、ルートは自然と奥まった場所が多く選ばれた。
もちろん、行き交うのは近所の買い物客やサッカーに興じる子供達等、人影もまばらだ。
「こちら起太。どーぞ」
『よく聞こえるよー』
起太の問いかけに、ノビルの声が響く。
ハンナ及び直衛達の移動に先回りし、起太は常に狙撃に最適な場所を確保して廻っていた。相手の狙撃に対して機先を制する意味もあったが、それだけではない。彼は、襲撃者をジェミニと仮定し、カウンタースナイプを仕掛ける心積もりだった。
前衛をルフトとラシード、カウンター、及び周辺を起太とノビル、直衛がファファルに希明。
自然、エミールと揺籠はハンナ達の後方を警戒していた。
「尾行は無し、っと」
「あと二日だな‥‥」
後ろの気配を探る揺籠の言葉に、エミールが頷く。
一般的なSESの有効範囲は、長くても100m前後。それ以上の射程を発揮する武器は珍しい。各傭兵達が自分達の周辺を警戒していれば、そう簡単に襲撃の隙を与えるものではなかった。
ただ、彼等は、当初のルートを変更して以降、それ以上ルートを変更する事が無かった。だから――
「すいませーん」
転がってきたサッカーボール。子供の声が耳に響く。
ボールへ眼をやるハンナ。エミールとラシードは、声を耳にして、ほぼ同時に振り返った。ジャンパーを羽織り、目深に帽子を被った少年が、ボールを追い掛け飛び出してくる。
帽子は深く、髪の毛や表情はよく解らない。
だが――この状況だけで、十分ではないか。
「いけないっ!」
発せられた、ラシードの警告。
警告に、希明が身を翻す。エミール、続いて揺籠とルフトが覚醒、地を蹴る。少年が、ジャンパーに手をやる。
銃弾が、壁を穿った。
「え?」
「くぅっ!」
希明の肩から、鮮血が飛び散る。
ハンナは無事だった。彼女が身を挺して倒れこみ、辛うじて無傷だ。少年は両手に一丁ずつ拳銃を手にしており、第一撃の命中を確認もせず、銃口を走らせている。
「はっ、楽しませてくれよ!」
その銃口に立ちはだかったのは、揺籠だった。
先手必勝と瞬天速を用い、一気に距離を詰めたのだ。その手にはエクリュの爪が握られている。爪が少年の第二撃を弾き、その兆弾は自身の身体に突き刺さった。
「こやつっ!」
飛び掛かるルフトが月詠を振り下ろす。
少年が拳銃を交差させてこれを受け止めると、軽く地を蹴り、後ろへと引き下がった。あまりの素早い攻防戦に帽子が舞い、その表情が露わになる。
「双子座‥‥か。サラマンカでは世話になったな‥‥」
手配書で見知った顔――ジェミニ。
希明がハンナを助け起こすその前面に、ファファルが立ちはだかる。
「対象を連れて移動しろ!」
「了解!」
自身の肩を庇いつつ、引き下がっていく希明。彼女に、エミール達も合流する。
「‥‥っ」
ジェミニが何かを呟いた。
「そこをどけぇッ!」
「そうはいかん!」
ルフトは一歩を踏み込み、横薙ぎに月詠を払う。
軽やかに宙へ舞うジェミニ。ラシードの握るS−01の銃口が、その動きを追った――もしかすると、犯人がジェミニでなければ良いのにと思っていたのかもしれない。だが、目の前に現れたのはジェミニだ。
空中での彼目掛けて引き金を引くも、ジェミニは壁を蹴り、空中で一回転してそれを避ける。
着地するジェミニが地を蹴り、水平に飛ぶ。
狙いはおそらく、ハンナ。
「‥‥駄目か!」
苛立ちを隠せぬまま、歯噛みする起太。
狙撃しようにも、乱戦状態のまま引き金を引けば、下手をすれば味方にあたってしまう。
「調子に乗るな、阿保ども!」
ファファルがフリージアの二丁拳銃を掲げた。
「うるさいっ!」
しかし、そのマズルフラッシュは、左右に大きく外れて輝いた。ジェミニの二丁拳銃が、彼女の拳銃の腹を叩き、射角を広げていたからだ。二発、三発と互いに引き金を引くが、銃弾は壁を穿つばかりだった。
ファファルの二の腕を銃弾が掠め、彼女は飛びずさる。
「くっ‥‥!」
この戦闘力を前にすれば解る。ゾディアック以外の何者でもない。
そして、ジェミニであるならば――二人居る筈だ。
「どこ行くのさ!」
奇襲は上空からだった。
ジェミニは壁を直角に駆け下りていた。得物は、同じように拳銃か。次々と地を打つ銃弾がハンナへと迫り、希明は辛うじてイアリスで防ぐ。
「痛ったぁい!」
苦痛に顔を歪ませる希明。
一般人を庇いながら完全に防ぎきるのは、無理があった。自分の身体を盾にせねば、ハンナを守る術が無い。それでも容赦なく続いた銃撃が、ふいに途切れる。
揺籠、エミールの二人がS−01を掲げ、銃声を響かせていた。
直線的な動きの最中に跳躍し、そのまま着地するジェミニ。
普段の笑みが見られない。
「邪魔すると‥‥死んじゃうぞぉ?」
「ただ母親の顔を見に来たってんなら、俺は邪魔しねぇよ。けど――」
タイミングを窺いつつ、エミールは砂利を踏みしめる。
「余計なことにしに来たってんなら、何が何でも止める。お前らの為にも、な」
「そうさ。それに、強い奴と戦え――」
「――私が何をしたって言うのよ!」
揺籠が言葉を遮られ、驚いて振り返る。言葉を発したのは、ハンナだった。
「うん。何もしなかったよ」
「ふざけるのもいい加減にして! ミカ、彼方達のせいで――」
「アハハ、ハッズレぇ!」
拳銃を構え、ユカはケラケラと笑う。
ハンナの顔が恐怖に歪んだ。
その瞬間、ユカの頬を銃弾が掠めた。
「女史を早く!」
ノビルだった。周辺から舞い戻った彼がアサルトライフルを構え、引き金を引いていた。一瞬の隙を付き、希明がハンナを担いで駆ける。
「ねぇ‥‥」
「‥‥うん」
直後、交戦中だったミカが飛び上がり、ユカがその後に続く。
「――来た」
起太がここぞとばかり、指に力を込める。直撃――その筈だった。
照準の先で、ジェミニが笑みを魅せる。そして、弾丸が放たれるよりも早く身を翻してみせた。ジェミニの細い四肢が、ビルの屋上でくるりと一回転する。
彼には解らなかったが、彼が狙ったのはミカ。二人はそのまま、連れたってビル群の中に消えていった。