タイトル:【Gemini】リアルトマスター:御神楽

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/08/22 22:49

●オープニング本文


●邸宅
 フィンランド首都、ヘルシンキにて――
「帰ったぞ」
 一人の男が、屋敷の玄関を開いた。
「だ、旦那様! お帰りなさいませ」
 すっかり頭の白くなった老人が、奥から顔を見せる。
「申し訳ありません、旦那様。お戻りを知らせておいて下されば、お出迎えの準備をしておいたのですが‥‥」
「構わん。少し荷物を取りに戻っただけだ。またすぐ出る」
 突然の帰宅に驚きを隠せぬ老人。おそらくは眠っていたのだろう。老人は寝巻きにスリッパという格好だった。暖炉には燃え残った薪がくすぶっているだけで、部屋はやや肌寒い。そんな老人の言葉を軽く受け流し、男は軍用コートを壁に掛けた。
 軍用コートの下は当然のように軍服で、彼は着替えもせず、二階の書斎へ向けまっすぐに歩いて行く。
「あぁ、そうだ。コーヒーだけ入れておいてくれ」
「解りました。すぐに」
 気まずそうに後ろへ付いてきていた老人が何かを言いかけるが、コーヒーの注文に、慌てて階段を駆け下りて行く。男はずかずかと書斎に入ると、本棚を動かし、裏にある金庫に目をやった。
 何重にもロックされた厳重な金庫を開き、中の書類を手に取る。
 たった一束の書類だ。
 金庫の中には他の何も入っておらず、その書類を手にした彼は、今度はアタッシュケースを開いて書類を放り込み、厳重にロックした。机の上には、薄っすらと埃が積もった電話やペン立て。それから、伏せられた写真立て。
 男はアタッシュケースを持ち上げ、用事が無ければ長居は無用と言わんばかり、足早に書斎を後にする。
「旦那様、コーヒーを」
 一階でコーヒーを受け取った彼は、とりあえずソファに腰掛ける。
 老人は暖炉に薪をくべて火を起こそうとしていて、彼は無用だと告げたが、それでも老人は、暖炉に火を灯した。
 留守中の郵便物等を受け取り、軽く目を通し、一通手紙を認める。
「スオムス銀行のこの投資の件だが、現状維持で構わないと伝えてこれを渡しておいてくれ。私は忙しい。資産運用に関しては基本的に信用する、任せると伝えてくれれば良い」
「はい、解りました」
 手紙や封筒の消印を見る限り、優に数か月分はある。一杯のコーヒーを飲みながら、彼は手早く郵便物を確認し続ける。
 その間、老人はずっと何か言いたそうに、彼の隣に立っていた。
「‥‥よし。もう行く」
 呟き、立ち上がった。
 後ろに付き従う老人は彼の肩にコートを掛けてやりながら、遂に口を開いた。
「あの、旦那様‥‥」
 玄関から踏み出し掛けていた彼は、老人の言葉に足を止めた。
「その‥‥」
「‥‥何だ?」
 意を決したように、懐から一枚の紙切れを取り出す老人。
「奥様が、これを‥‥」
 大切そうに差し出された紙を手にし、男は視線を走らせる。その紙切れには、はっきりとした解りやすい文字で、『離婚届』とある。眉ひとつ動かさず、男はじっと紙を見つめていた。女性の部分には、既にハンナ・ユーティライネンのサインが記されている。
 手紙の一枚すらない、離婚届一枚だけが、彼に手渡されたのだ。
「奥様には‥‥せめて、旦那様がお帰りになるまで御待ちをと、せめて一度お二人で話し合ってからと、私からも申し上げたのですが‥‥奥様は‥‥」
「そうか」
 一言だけ答えた彼は、一旦玄関を閉めた。
 心底申し訳なさそうな顔をする老人を一瞥し、男は居間に戻って胸元からペンを取り出すと、何ら躊躇う事なく、自らの名前をサインした。Wilio Juutilainen――ヴィリオ・ユーティライネンと記し、男は書類を老人に手渡す。
「申し訳ありません‥‥申し訳ありません、旦那様‥‥申し訳ありません‥‥」
 涙を浮かべ、何度も何度も詫びる老人。
 無力な老人を責めた所で何にもならなかったし、責める気も無かった。責める必要すら無かった。所詮、形式が事実に追いついただけだ。
「明日、役所へ届けておいてくれ」
「しっ、しかし、旦那様!」
「留守は任せる」
 今度こそ、彼は足を止めずに屋敷を出た。
 呆然とした老人だけが、屋敷に一人、残された。


●ブロークン・バービー・ドール
 ドアをノックする音に、入れと告げる。
「ヴィリオ・ユーティライネン、入ります」
 ドアを開いた彼は敬礼し、アタッシュケースを差し出す。目の前に待ち構える男は、おそらく相当の階級だ――少なくとも将軍クラスの。将軍はアタッシュケースを受け取ると、深く頷き、話を切り出す。
「ご苦労‥‥さてと、君には、予定外の用事がひとつ出来てね」
「何でしょうか?」
 ソファに座るよう促され、腰掛ける中佐。
 将軍は向かいのソファに同じように腰掛け、胸から一枚の写真を取り出す。
「これを見たまえ」
 受け取り、中佐は眉をひそめる。
「トーペか‥‥?」
 女性の名前を呟いて不機嫌そうな表情を見せる中佐を前にし、将軍は溜息をつく。
「君の女だろう?」
「‥‥」
 中佐は、静かに写真を置いた。
 写真の女性には、頭が無かった。顔はあったが、頭は無くなっていた。壁一面に赤い液体が広がっていて、女性はぽかんと口をあけたまま、ぐったりと壁にもたれ掛かっていた。
「君なら解るだろう。これは‥‥」
「犯人はバグア関係者でしょう。銃器で二発。それもおそらく、SESかそれに類するもの。大口径砲でもない銃弾で、頭部を吹き飛ばした‥‥」
「流石だな」
 将軍は鷹揚に頷き、続ける。
「彼女がこんな不審な死を遂げたのだ。次が誰かは、おのずと想像が付く」
 将軍の言葉に、中佐は何も答えなかった。
 煙草を取り出した将軍が、マッチで火を付ける。
 薄っすらとした煙が周囲に立ち上る中、中佐はただ黙って写真を眺めていた。女性だったソレは、20代後半の美しい女――だった。
「君の奥さんに護衛をつける。良いな?」
「‥‥閣下、もう、私に妻はいませんよ」
 将軍の問いかけに、中佐は鋭い目を向けた。

●参加者一覧

エミール・ゲイジ(ga0181
20歳・♂・SN
伊佐美 希明(ga0214
21歳・♀・JG
ファファル(ga0729
21歳・♀・SN
鯨井起太(ga0984
23歳・♂・JG
ノビル・ラグ(ga3704
18歳・♂・JG
揺籠(ga5583
22歳・♂・GP
ラシード・アル・ラハル(ga6190
19歳・♂・JG
ルフト・サンドマン(ga7712
38歳・♂・FT

●リプレイ本文

●ハンナ・ハロネン
 傭兵達はハンナの事務所を訪れ、彼女を前に並んでいた。
「UPCから連絡は受けています。あなた方が派遣されて来た傭兵達ですね?」
 ハンナ・ハロネンは薄い化粧に眼鏡をしており、資料によれば四十代手前。歳相応の落ち着きを見せる、自信に満ちた女性だった。
「えぇ、これがUPCの依頼書です。陸軍のサインも貰ってます。それからこっちが――」
 テキパキと書類を差し出す伊佐美 希明(ga0214)。
 それに対し、ハンナの対応は意外と遅い。差し出された書類を精読している為だろう。
「正式な書面のようですね」
「ただ、何故貴女を護衛しなければならないのかは知らされていません」
 希明は声のトーンを落とした。
「私達は傭兵ですので、報酬を貰って、依頼を遂行するだけです。ただ、陸軍からという事は‥‥恐らく‥‥」
 そこまで聞いたハンナの顔が、一瞬、不機嫌な色を見せる。
 しかし、それもすぐに消え、先ほどと変わらぬ笑顔で相手は頷いた。そのままの流れで、傭兵達が順に挨拶をしていく。
「はじめまして。揺籠とお呼び下さい」
 ただ、その中でも、揺籠(ga5583)だけは、少なからず不愉快な心持だった。
 彼は元神父。離婚者に不快感を持つのも仕方ない。それに、表面は礼儀正しく応じているのだし、特に問題も無かった。
 再び、希明が口を開く。
「護衛期間は一週間です。私とファファル(ga0729)が室内での護衛につきます。外にも護衛がいますが、盗聴の可能性を考え、仔細は明かせません。それと、これはあくまで可能性に対する護衛です。危険が無いとわかればすぐに解除されると思いますので、それまで、ご辛抱下さい」
「えぇ、解ったわ」
「それから‥‥」
 希明の説明を継ぐファファル。
「危険回避の為、一週間程度の間は、弁護士としての新たな依頼は自粛して頂きたい‥‥」
 発案者はルフト・サンドマン(ga7712)だ。
 実際に直衛を担う二人から伝えてもらった方が良いだろう、との判断からだったが、しかし、ハンナは、その点だけは断った。
「弁護士としての責任を放棄する訳にはいきません。申し訳ありませんが、その点だけは承服致しかねます」
 ハッキリとした物言いに、それ以上要求する訳にもいかない。
 ひとまずはそこで引き下がり、傭兵達は直ちに警護体制へと入った。
 しかし、エミール・ゲイジ(ga0181)は立ち止まり、ハンナに顔を向ける。
「ハロネンさん、一つだけ‥‥」
「何でしょうか?」
「貴女にとってジェミニ‥‥いや、ミカとユカは何ですか?」
 表情を曇らせるハンナ。
「私に、その質問に答える義務があるのでしょうか? それにどこでそれを‥‥いえ、少し調べれば解る事ですね」
 溜息をついて、にっこりとした笑みを向ける。
「ヨリシロにされてしまった以上止むを得ないとはいえ、私も責任の一端を痛感しております」
 そう答えて軽く頭を下げると、彼女は自分の机へと向かう。
 妙な違和感だけが、エミールの印象に残った。


 ルフトと鯨井起太(ga0984)の二人は、ULTのフィンランド支部に足を運んでいた。スーツを着た男が、二人の前に現れる。真新しい、新品のスーツを着た男だ。
「ヘルシンキ市警のアイロです」
 手短に挨拶した男が、書類袋から資料を取り出す。
 資料によれば、トーペ氏推定死亡時刻は早朝午前五時。
 場所は大通りから彼女のマンションに至る路地で、SES兵器を使用したらしい事以外に犯人の痕跡らしきものはない。従って、動機や協力者、計画の有無も不明。ただ、状況から、遠距離からの狙撃では無さそうだった。
「‥‥今回の事件だけど、一つ聞かせてくれ」
 起太が身を乗り出す。
「軍は、犯人に目星をつけているんじゃないのか?」
 暗に、ジェミニではないのか、と問いかける起太。
 少し迷った刑事が、切り返した。
「これは殺人事件です。従って、我々警察の管轄です。極秘調査としているのは、能力者が犯人だった場合の社会的影響を考慮しての事。軍とは十分に連携していますが、犯人の目星を聞かれましても‥‥」
 妙に歯切れの悪いその男。
 起太とルフトの二人は、ばつの悪そうな顔を見合わせる。
 やがて、一通りの説明を終えた事を確認すると、男は話を切り上げ、仕事があるのでと支部の奥へ引っ込んだ。


●夜半、自宅、窓辺にて
 直衛以外の傭兵達は三組に分かれ、三時間交代で庭、門、休憩のそれぞれに班を割り振っていた。時刻は深夜近く。ハンナの仕事が遅くまで続いた為、自宅へ戻ってきたのは、たった今だ。
「やっぱ、こりゃ、色々と裏事情がありそうな雰囲気ビンビンだぜ」
 溜息混じりに腕を組むノビル・ラグ(ga3704)。
 自宅での警備を前に、彼はトラップが無いかを確認して廻ってきた。先の事件が狙撃ではないとはいえ、ルフトも狙撃可能な場所を選定してきており、皆の情報を摺り合わせる。あとはノビルの発案により、狙撃に適した場所は一定時間毎に見回る事にした。
「‥‥蛇の道は蛇――ってね? 御同業の仕業っつー可能性があるからな」
 地図にチェックを入れるノビル。情報を摺り合わせる際、起太とルフトの二人がULT支部で入手した情報を伝えた事で、会話は、自然と犯人の事へと向かう。
「俺としては、どーしてもミカとユカを連想しちまう」
「犯人、か‥‥やっぱ、ジェミニかなぁ」
 ノビルの言葉に繋げ、ぽつりと呟くエミール。
 軍はハロネンを護衛しろと依頼を出している。犯人について、ある程度の確信を持っているとしか思えなかった。双眼鏡の倍率を調整しつつ、ノビルは言葉を続ける。
「だろ? 複雑な家庭環境で抑圧された感情が、今、爆発したんだとしたら‥‥?」
「だとすれば‥‥」
 起太の言葉に、皆の視線が集まる。
「露骨な護衛をつけた事は、かえってジェミニの感情を逆撫でする結果になるかもな‥‥」
「‥‥本当に、そうなのかな」
 今まで黙っていたラシード・アル・ラハル(ga6190)が、唐突に口を開く。
「ユーティライネン中佐の、事は。調べれば判る事、だもの。ジェミニの縁者を殺そうっていう‥‥別の存在の、可能性もある‥‥よね」
 押し黙る一同。
「なに、俺は誰が犯人でも構わないさ。強い奴と戦える可能性があれば、それで良い」
 ニッと口端を持ち上げる揺籠。


 一方、自宅、室内。
 ファファルは家を一通り巡り、カーテンを全て閉め切った。
 危険性回避の為、窓には近付かない事や人混みに近付かない事は、既に承諾させてある。彼女はハンナの自室に戻ると、希明と軽く挨拶を交わした。
「今のところは異常なし‥‥だ」
 頷く彼女を前に、胸ポケットから煙草を取り出す。
「あぁ、煙草は遠慮して下さい」
「そうか。すまないな」
 ハンナの言葉に、彼女は煙草をしまう。
 希明の腰掛けるソファーに、ファファルも腰掛けた。ハンナは自分の机でタイプライターを叩いている。暫しの間、タイプライターの機械音だけが部屋に響いていた。
「うーん、エミールと一緒の依頼受けたのに、何か素っ気無い気がするなァ‥‥最近、会話もあまりないし‥‥」
「ふむ?」
 希明の言葉に、ファファルは首を傾げる。
 彼女はそういった事に特別の興味は無く、何といってコメントしなかった。だが、ファファルが反応できずとも、ハンナが、思いついたように言葉を投げかけてきた。
「男なんて‥‥あまり信じない事ね」
「‥‥え、えぇ、まぁ」
 微かに棘を感じる言葉に、希明は言葉を濁す。
 エミールに向かって失礼だな、とは思わないでも無かったのだが、ハンナがそれ以上言葉を続ける様子も無かったので、結局、黙って受け流しておいた。


 門で待機するラシードとルフト。
「狙うならやはり夜か‥‥?」
「でも‥‥被害者は‥‥早朝に狙われた、んですよね‥‥」
「何時狙ってくるか判らない、と言わざるをえんか‥‥」
 腕を組んで唸るルフト。
「おーい、交代だ」
 揺籠の声に、二人が振り向く。
「むっ、交代の時間か。紅茶でも飲んで一息入れるか」
「あ‥‥はい‥‥」
 紅茶と聞き、ラシードが顔を輝かせる。
 二人と交代して、エミールと揺籠が門前に立つ。
「やれやれ‥‥」
 今頃は、狙撃可能な候補地をノビルが巡回している筈だ。傭兵達の厳重な警戒もあってか、何者かの襲撃や策動は確認されぬまま、一日、また一日と時は過ぎていった――。


●リアルト
 壊れた家族‥‥失くした家族‥‥もやもやとして、よく解らないもの――つらつらと考え事をしながら、ラシードは曲がり角の先を覗き込んだ。
 自宅から事務所、人混みや狙撃に格好な場所を避けた新たなルートを利用し始めて五日が経っていた。ラシードはハンナをちらりと見やり、そのまま歩いていく。最前衛はルフト。そのルフトを援護できる位置だ。
 また、狙撃の危険性を回避する為、ルートは自然と奥まった場所が多く選ばれた。
 もちろん、行き交うのは近所の買い物客やサッカーに興じる子供達等、人影もまばらだ。
「こちら起太。どーぞ」
『よく聞こえるよー』
 起太の問いかけに、ノビルの声が響く。
 ハンナ及び直衛達の移動に先回りし、起太は常に狙撃に最適な場所を確保して廻っていた。相手の狙撃に対して機先を制する意味もあったが、それだけではない。彼は、襲撃者をジェミニと仮定し、カウンタースナイプを仕掛ける心積もりだった。
 前衛をルフトとラシード、カウンター、及び周辺を起太とノビル、直衛がファファルに希明。
 自然、エミールと揺籠はハンナ達の後方を警戒していた。
「尾行は無し、っと」
「あと二日だな‥‥」
 後ろの気配を探る揺籠の言葉に、エミールが頷く。
 一般的なSESの有効範囲は、長くても100m前後。それ以上の射程を発揮する武器は珍しい。各傭兵達が自分達の周辺を警戒していれば、そう簡単に襲撃の隙を与えるものではなかった。
 ただ、彼等は、当初のルートを変更して以降、それ以上ルートを変更する事が無かった。だから――
「すいませーん」
 転がってきたサッカーボール。子供の声が耳に響く。
 ボールへ眼をやるハンナ。エミールとラシードは、声を耳にして、ほぼ同時に振り返った。ジャンパーを羽織り、目深に帽子を被った少年が、ボールを追い掛け飛び出してくる。
 帽子は深く、髪の毛や表情はよく解らない。
 だが――この状況だけで、十分ではないか。
「いけないっ!」
 発せられた、ラシードの警告。
 警告に、希明が身を翻す。エミール、続いて揺籠とルフトが覚醒、地を蹴る。少年が、ジャンパーに手をやる。
 銃弾が、壁を穿った。
「え?」
「くぅっ!」
 希明の肩から、鮮血が飛び散る。
 ハンナは無事だった。彼女が身を挺して倒れこみ、辛うじて無傷だ。少年は両手に一丁ずつ拳銃を手にしており、第一撃の命中を確認もせず、銃口を走らせている。
「はっ、楽しませてくれよ!」
 その銃口に立ちはだかったのは、揺籠だった。
 先手必勝と瞬天速を用い、一気に距離を詰めたのだ。その手にはエクリュの爪が握られている。爪が少年の第二撃を弾き、その兆弾は自身の身体に突き刺さった。
「こやつっ!」
 飛び掛かるルフトが月詠を振り下ろす。
 少年が拳銃を交差させてこれを受け止めると、軽く地を蹴り、後ろへと引き下がった。あまりの素早い攻防戦に帽子が舞い、その表情が露わになる。
「双子座‥‥か。サラマンカでは世話になったな‥‥」
 手配書で見知った顔――ジェミニ。
 希明がハンナを助け起こすその前面に、ファファルが立ちはだかる。
「対象を連れて移動しろ!」
「了解!」
 自身の肩を庇いつつ、引き下がっていく希明。彼女に、エミール達も合流する。
「‥‥っ」
 ジェミニが何かを呟いた。
「そこをどけぇッ!」
「そうはいかん!」
 ルフトは一歩を踏み込み、横薙ぎに月詠を払う。
 軽やかに宙へ舞うジェミニ。ラシードの握るS−01の銃口が、その動きを追った――もしかすると、犯人がジェミニでなければ良いのにと思っていたのかもしれない。だが、目の前に現れたのはジェミニだ。
 空中での彼目掛けて引き金を引くも、ジェミニは壁を蹴り、空中で一回転してそれを避ける。
 着地するジェミニが地を蹴り、水平に飛ぶ。
 狙いはおそらく、ハンナ。
「‥‥駄目か!」
 苛立ちを隠せぬまま、歯噛みする起太。
 狙撃しようにも、乱戦状態のまま引き金を引けば、下手をすれば味方にあたってしまう。
「調子に乗るな、阿保ども!」
 ファファルがフリージアの二丁拳銃を掲げた。
「うるさいっ!」
 しかし、そのマズルフラッシュは、左右に大きく外れて輝いた。ジェミニの二丁拳銃が、彼女の拳銃の腹を叩き、射角を広げていたからだ。二発、三発と互いに引き金を引くが、銃弾は壁を穿つばかりだった。
 ファファルの二の腕を銃弾が掠め、彼女は飛びずさる。
「くっ‥‥!」
 この戦闘力を前にすれば解る。ゾディアック以外の何者でもない。
 そして、ジェミニであるならば――二人居る筈だ。


「どこ行くのさ!」
 奇襲は上空からだった。
 ジェミニは壁を直角に駆け下りていた。得物は、同じように拳銃か。次々と地を打つ銃弾がハンナへと迫り、希明は辛うじてイアリスで防ぐ。
「痛ったぁい!」
 苦痛に顔を歪ませる希明。
 一般人を庇いながら完全に防ぎきるのは、無理があった。自分の身体を盾にせねば、ハンナを守る術が無い。それでも容赦なく続いた銃撃が、ふいに途切れる。
 揺籠、エミールの二人がS−01を掲げ、銃声を響かせていた。
 直線的な動きの最中に跳躍し、そのまま着地するジェミニ。
 普段の笑みが見られない。
「邪魔すると‥‥死んじゃうぞぉ?」
「ただ母親の顔を見に来たってんなら、俺は邪魔しねぇよ。けど――」
 タイミングを窺いつつ、エミールは砂利を踏みしめる。
「余計なことにしに来たってんなら、何が何でも止める。お前らの為にも、な」
「そうさ。それに、強い奴と戦え――」
「――私が何をしたって言うのよ!」
 揺籠が言葉を遮られ、驚いて振り返る。言葉を発したのは、ハンナだった。
「うん。何もしなかったよ」
「ふざけるのもいい加減にして! ミカ、彼方達のせいで――」
「アハハ、ハッズレぇ!」
 拳銃を構え、ユカはケラケラと笑う。
 ハンナの顔が恐怖に歪んだ。
 その瞬間、ユカの頬を銃弾が掠めた。
「女史を早く!」
 ノビルだった。周辺から舞い戻った彼がアサルトライフルを構え、引き金を引いていた。一瞬の隙を付き、希明がハンナを担いで駆ける。
「ねぇ‥‥」
「‥‥うん」
 直後、交戦中だったミカが飛び上がり、ユカがその後に続く。
「――来た」
 起太がここぞとばかり、指に力を込める。直撃――その筈だった。
 照準の先で、ジェミニが笑みを魅せる。そして、弾丸が放たれるよりも早く身を翻してみせた。ジェミニの細い四肢が、ビルの屋上でくるりと一回転する。
 彼には解らなかったが、彼が狙ったのはミカ。二人はそのまま、連れたってビル群の中に消えていった。