●リプレイ本文
●会議室にて
UPCの基地、会議室に通された傭兵達の前に、軍人達がぞろぞろと着席する。
皆、渋い顔をし、手元に膨大な資料を広げてから、傭兵達に発言を促した。傍目に見ても、かなり迷いがあるのが見てとれる。
「ではお願いします」
立ち上がり、発言を促すモーリス。
一番端に着席していた水流 薫(
ga8626)が、まず最初に立ち上がった。
「とりあえず、今のまま街ごと吹き飛ばして、根本的解決に? 曖昧なまま爆撃して、もしも拡散したら?」
開口一番の問いかけにも、軍人達は黙っている。
それは解っているのだが、ウィルス以前に、リビングデッドの移動を彼等は懸念していたからだった。こうして包囲して監視するにも限界があったからだ。
「他の方も言いましたが‥‥このままでは解決などしませんよ?」
瞳を上げ、聖・綾乃(
ga7770)が断言する。
「消してしまったら、最後の望みも永遠に失われます」
小柄な彼女が力強く言い放ち、身を乗り出す。
その勢いに、軍人達もやや驚き、口元を固く結んだ。
「それに‥‥彼も‥‥お願いしますっ!」
「今回の事件唯一の手がかりが、イリナさんだと思います」
だが――と、言いかけた軍人の言葉を遮る、赤霧・連(
ga0668)の一言。
「俺も同じ意見です」
続けて、遊馬 琉生(
ga8257)が口を開いた。
「俺は同情や理想論で命を天秤に乗せる男じゃありません。ただ、彼がたまたま抗体を持っていたのかもしれませんし、感染ルートが不明なら、彼が感染していない可能性もあるんじゃないでしょうか」
「それならばこそ、バグアの目的が解らない今は、重要な鍵を握る人物として、イリナを泳がせておくべきと思うわ」
玖珂・円(
ga9340)が厳しい意見を口にする。
「私は、泳がせるより保護するのを推すわ」
椅子に座ったまま、遠石 一千風(
ga3970)が眼をむける。
「バグアの目的については解らない。けれど、この件にバグアが積極的に関わっているように見えない」
むしろ、事故の可能性もあるのではないか――それを耳にして、軍人達が顔を上げた。
まさかそんな事は、皆口々につぶやき、囁きあう。バグアのミスによるものだ、という可能性を、彼等はほぼ完全に排除していた。もちろん、それが正しいか否かは解らないが、検討する必要はあるかもしれなかった。
「バグアは常に私達がどう動くか監視していると思います。今回の事件がバグア実験だったとしたら、まだ結果を得られていない可能性もありますよネ」
赤霧が静かに告げる。
「私は、バグアの目的が未知の病原体による恐怖や絶望を、人類に植え付ける為とも、思います‥‥」
綾乃の言葉に頷く、赤霧。
「むぅ‥‥この少年がヨリシロである可能性については、どう思うかね?」
軍人の一人が、机に身をのりだした。
彼をみやり、赤霧は再び頷いた。
「もちろん、私の考えも机上論ですし、彼がヨリシロや原因である可能性は否定できません。しかし‥‥しかるべき段取りをとって保護すべきと思います。時間を浪費すれば感染が拡大する怖れもありますし、まずはイリナさんの協力が必要では無いでしょうか?」
会議室を沈黙が支配する。
沈黙を破って、誰かが告げる。結論は今日中に出す――軍人達はそう告げて、傭兵達を一度退席させた。
「隔離施設や車両は、無理ですか?」
綾乃の言葉に、モーリスは申し訳無さそうに頷いた。
「えぇ、軍も、完全なものを準備するとの事ですが、今直ぐにとはいきません」
「感染者用の防護服はどうかしら?」
一千風の要望どおり、防護服は準備されたが、これで防げるか現段階では不明だ。モーリスの説明するところによれば、対抗手段が無い故か、軍はかなり思い切りが悪い状態だと言う。
「現段階では、接触だけが限界と思うわ」
円の言葉に、綾乃が残念そうな表情を漏らす。
「それと‥‥」
モーリスに向き直り、勝気な眼を向ける円。
「能力者の素質があるか否か、簡単に調べる手段は無いかしら?」
「‥‥ふむ、それは難しいですね。簡易検査でも、ある程度きちんと検査しなければ結果は出ませんし‥‥」
「そう。なら仕方ないわね」
やれやれ、といった風に溜息をつく。
「とにかく、そうと決まれば急ぎましょうか、ね」
軍のジープへ荷物を積み込む水流。幾つかの物資は彼自身が準備したが、着替えや携行食料は買い込むまでも無く、軍によって準備された。もちろん、これは彼等が使うものではない。接触できた時、イリナへ渡す為のものだ。
彼は機密に触れぬ範囲で簡単に経緯を記した手紙を添え、荷物を一まとめにする。
「あとは‥‥蚊や動物のサンプルをお願いします」
琉生が、小さい瓶を懐から取り出した。
蚊は感染者の血を吸っている可能性もある。以前のサンプルに含まれていなかった事もあり、改めて回収するのに異存は無かった。
●油断
ジープが、街の大通りを走る。
蚊や猫を捕まえた後、彼等はイリナ、そしてケルベロスの所在を探っていた。
「‥‥生活跡から辿るのは、難しそうね」
ハンドルを握ったまま、一千風は溜息を漏らした。
街はゴーストタウンと化している。イリナ以外に生きている人間が確認されていない以上、その痕跡は目立つかと思われたが、同時に街中が空家状態という事もあって、野外で生活している可能性は低そうだった。
「それで、足跡は見つかりそう?」
円が小型の熱源探知機を取り出し、水流に問いかける。
「今のところそれらしいのは無いです、ね」
辺りを見回す水流。
足跡はあるが、おそらくリビングデッドも歩き回っているだろう。となれば、ケルベロスの足跡を探すしかない。
「そっちはどうですか?」
「こっちもまだ反応が無いわ」
綾乃の言葉に、円は首を振った。
熱源探知機は借りられたが、拠点で使っていたような精密なものではない。反応を調べられる距離はあまり広くは無く、どうしても足で稼がねばならない。
「‥‥次は向こうの区画へ行きましょうか」
アクセルを踏み込み、車を走らせる一千風。
ひとまず、傭兵達の要望により、偵察の許可はおりた。だが、それでも現段階で保護というのは難しいかもしれない――そして何より、彼等は一点、重要な問題を見落としていた。
「‥‥ん? 車を停めて下さい」
水流の言葉に、ジープがゆっくりとブレーキを踏む。
彼は道路へ足を下ろし、道路脇の柔らかな土へと歩み寄った。
ケルベロスとしか思えぬ大きな足跡が、そこにあった。しかも、まだ新しい。
「あちらは、公園の方角ですね」
足跡の向かう先へ眼を馳せる綾乃。
「少し待ってちょうだい‥‥熱反応があるわ」
熱源探知機を車の上で作動させ、円は更に詳しい場所を探ろうとする。
その画面を覗き込もうと再びジープへ駆け寄る綾乃。
がさり、と背後で植木が揺れ、ハッとして、彼女は振り返った。
「しまっ――!」
植木を掻き分けて飛び出し、問答無用で彼女に飛び掛るリビングデッド。
彼女は、覚醒と同時に朱凰を抜き放ち、その頭部を叩き潰した。
「くっ‥‥」
「まずいです、ね」
立て続けに響く物音に、水流は思わず、小さく舌を打った。
木々の隙間や家の裏から、次々とリビングデッドが顔を出す。彼等はイリナとケルベロスの存在、捜索に気を取られる余り、リビングデッドへの対策がおろそかになっていた。初歩的なミスだった。
「乗って!」
運転席から声を張り上げる一千風。
地を蹴り、助手席や後部座席へと飛び込むのを確認するよりも早くアクセルを踏み、リビングデッドの包囲網を突っ切った。
●三度立ち塞がるモノ
リビングデッドの壁を迂回し、時には強行突破しながら、彼等は公園の方角へと突き進む。そんな揺れる車内でも、円は熱源の位置を確認し続けた。
「移動はして無いわ。急ぎましょ」
「イリナだと良いんですが、ね」
ショットガンで横合いのリビングデッドを撃ち抜く水流。
行く手行く手に際限なく現れるリビングデッドに辟易もすれば、リロード等のやむを得ぬ事情で隙も生まれる。
「この角で‥‥最後よ!」
一千風のハンドル捌きにアスファルトを滑るジープ。
だが、角を曲がった彼等の前に現れたのは、一軒の家を守るように立ちはだかるケルベロスだった。
突然現れたジープに煽られたかのように、ケルベロスは唸り声をあげた。それと同時に、家の窓が開く。顔を出したのは、疲れ切ったイリナだった。突然現れた傭兵達に驚き、眼を丸くしている。
「イリナ君!」
イリナを見つけ、思わず顔を輝かせる綾乃。
だが、ゆっくりと話している暇は無い。
声にならぬ呻き声と共に次々と姿を現すリビングデッド。そして、イリナと彼等の間には、巨大なケルベロスが立ちはだかっており、その様子は、変わらず敵対的だ。
「とりあえずはこれが精一杯、です」
荷物を車から降ろす水流。
「出きるだけ安全な場所で‥‥待っていて下さいね? ‥‥必ず、必ず迎えに行きます!」
綾乃が声をあげると同時に、一千風はアクセルへ足を乗せ、ギアを変更する。
横目で、彼女はケルベロスを見やった。かなり大型である事は見れば解る。そして、その口端から炎が漏れ出し、ケルベロスは口を振るう。火炎弾が放たれんとしている事は明白だった。
奥歯をかみ締める一千風。
全身に不思議な模様を浮かび上がらせ、ジープを運転する。走るジープ目掛けて放たれた火炎弾が、リビングデッドを数体巻き込んで道路に着弾した。
「最後に一つだけ答えて!」
エネルギーガンを引き抜いた円。
彼女の言葉に、ジルを制止しようとしていたイリナが、振り返る。
「目覚めた時、あなたはどこに!?」
「‥‥森です! 北東の森に!」
その言葉に頷き、円は立ちはだかるリビングデッドの足を止める。イリナへと迫るリビングデッドを、ケルベロスが蹴散らす最中、傭兵達はその隙にケルベロスから距離を取り、街の外まで離脱した。
●そして‥‥
一方、赤霧と琉生の二人は基地に残り、資料調査に当たっていた。
「バグアの技術なら、例えば音波や電波とかが関係していたりしませんかね? キューブワームのような‥‥」
琉生の疑問に答える様に、サンプルウィルスに様々な実験が繰り返された。
だが、周波数や気圧、温度、放射線等による大きな変化は見られず、唯一紫外線で活動が鈍りはしたものの、性質が変わる、と呼べる程の変化は見られなかった。
「ウィルスに関する研究で、何か解った事は無いのです?」
赤霧の質問に、研究員はあまり良い顔をしなかった。
あまり良い結果の出ていない事は、その表情を見れば察する事が出来る。
「まず、死滅原因ですが、嫌気性である可能性が高いですね」
嫌気性を有体に言ってしまえば、酸素が苦手という事で、濃度の高い酸素に晒されると活動が阻害されたり、死滅してしまう。
「ほむ。それなのに、何故こんな一気に感染したんでしょうね」
「それが解らないのです。バグアの新兵器とすれば、我々の知らない性質があるのかもしれませんが‥‥」
言葉を濁し、深いため息をつく研究員。
これ以上彼等を苛めたところで、有益な情報を得られそうには無かった。
「仕方ないですね。私は他の資料に当たります」
「じゃあ、俺は能力者の遺体を確認してきます」
それぞれ、廊下で別れる赤霧と琉生。
琉生はそのまま、事件初期に死亡した能力者の遺体を自分の目で見に行った。
「うっ‥‥」
冷凍保存された遺体を前に思わず息を呑む琉生。
遺体に、何か不審な変化は無いかと担当者を問い質すが、やはり特筆すべき情報は得られない。仕方なく、彼は資料に当たっている赤霧の元へと向かった。
「何か見つかりましたか?」
その問いかけから、遺体の経緯に不審点が無かった事は、赤霧には容易に想像できた。
「こちらも、中々重要そうなものは見つかりませんね」
報告書を幾度か読み直したが、不可解な点は見つからない。
イリナ・シュミットは街周辺で発生した戦闘に巻き込まれ、行方不明になった。戦闘に巻き込まれた死者は十数名。同様に行方不明になった者が他に数名いるものの、誰一人として帰ってきていない。
「戻って来た行方不明者は彼だけ、という事ですね‥‥」
ただ、バグアの動きにはやや不可解なものが見られた。
キメラの出没情報は数多く寄せられていたものの、激しい戦いになったのはその一度だけだったのだ。そして、行方不明――つまり遺体も発見されていない犠牲者が数多く発生している。
(‥‥バグアは何かを目的としていたのでしょうか?)
思案し、きゅっと口元を結ぶ。
その時だ。二人の背後から、唐突に声が掛けられた。
「例のウィルスは、人間体内の物質を変化させるも、ある一定の範囲内でしか生きられない、というものかもしれないわね」
振り返ると、そこには円が立っていた。
「蚊、取ってきました、よ」
水流と一千風も顔を出し、水流が小瓶を振る。
「有難う御座いました」
ぺこりと頭を下げる琉生。
「現状の説明だけでもしてあげたかったけど‥‥うまくいかないものね」
「やっぱり、キメラに妨害されたんですか?」
一千風の溜息交じりの言葉を聞いて、表情を曇らせる琉生。
「考えてみると、逆に、キメラが人を襲う理由は何でしょうね? 人を襲わない‥‥というか、何らかの習慣、習性で行動するキメラもいます」
そのキメラの素体――ベースとなった存在が、彼と何らかの関係を持っていたとすれば、別段不思議でもないのではないか。彼の説明には一定の説得力があった。皆、キメラがイリナを守る理由が、何となく見え始めている。
しかしいずれにせよ、現実としてケルベロスは彼等を敵と見做しており、ただ一人、イリナだけを例外としているのだ。
そして、彼等傭兵達を前にしたケルベロスは、イリナによる制止すら聞き入れない。
「皆さん」
綾乃が現れ、小さく眼を伏せる。
「次の作戦でイリナ君を保護するそうです」
傭兵達が顔を見合わせ、息を呑む。
綾乃の聞いた限り、軍上層部でも意見は割れたようだった。
だが、傭兵達の意見が保護する方向に傾いた事もあり、また、その他の手掛かりも無い以上、今回集められたサンプルや、イリナが目覚めたという森を調査した上で、街へ乗り込む事になる。何より、数回に渡るイリナとの接触結果から、バグアのヨリシロである可能性は低いと考えられた。
幾許かの懸案材料を残しながらも、軍は遂に、事態を打開するにはそれしかないという結論を下したのだった。