タイトル:【Gem】Honestyマスター:御神楽

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/06/02 00:32

●オープニング本文


●子の都合
 バグア某施設。
「解ってるいるんだろ?」
「嘘だ! 違う!」
 部屋の中に、金切り声が響いた。
 ジェミニの片割れが、椅子を蹴って立ち上がっていた。目の前には、立ったまま彼を見やるジャック・レイモンド。
「覚醒のし過ぎだ。もう――」
「絶対に違う!」
 叫びが、木霊する。
「僕達は二人で一人だもの! ユカも僕も、全部同じだもの! それなのに、僕が平気なのに、ユカが、ユカだけがこんな事になる訳無いっ!」
「良いかい。落ち着いて聞――」
「うるさいっ!」
「黙って聞け」
 そのミカの胸に、鋭い蹴りが飛んだ。
 壁に叩き付けられ、言葉が、最後まで続かない。一撃を食らって静かになったミカへ歩み寄り、ゆっくりと、ジャックが腰を降ろす。
「医者に何て言われたか知らないけど。エミタをメンテナンスせず覚醒し続ければ、能力者は遅かれ早かれ、死ぬ」
「けど」
「必ずだ。誰一人例外無く」
 その一言に、ミカは息を呑む。
「エミタは病巣なんだよ。能力者は一種の重病人だ。定期的な治療を受けなければ、短くて一ヶ月。長くとも一年程度で死ぬ」
「だけど、だけど僕は何とも‥‥!」
「ああそうだ。君は何とも無い。で、それ以上偽ってどうする気だい?」
 突き放すような物言いが、ミカに火を点けた。
「うるさい! うるさい、うるさい、うるさい!」
 わなわなと肩を震わせたかと思うと、ミカは薬袋を手にしたまま、ジャックを突き飛ばす。色とりどりのカプセルやら錠剤やらの詰まったシートが、狭い廊下に散らばって転がる。
「僕達は、同じように生きて、同じように戦ってきた!」
 ジャックを殴りつけるかのように、己の右手を突き出すミカ。
「こんなものが! エミタなんかが僕達を区別するまでは! 僕達は――!」
 その拳が力を失って、ゆらゆらと降りていく。
 うな垂れ、唇をかみ締めるミカ。
「僕は、ミカはどうなっても良いのに‥‥せめてユカを、僕を‥‥」
「助かりたいかい?」
「‥‥」
 頷くミカの耳元で、ジャックが囁く。
「なら、強くなるしかないね。覚醒が不要な程に。そうすれば、少なくとも君は、もう少し長生きができる」
「覚醒‥‥しちゃダメなの?」
「もう一人の自分を助ける時間、欲しいんだろ?」
 彼は顔を離すや、薄っすらと笑みを浮かべて、ミカの頭を撫でやった。


●親の都合
 階級章から察するにかなりの将官だ。彼は手にした煙草から細い煙を昇らせる。腰掛ける男へと目を向けた。腰掛けた男の名は、ヴィリオ・ユーティライネン。ジェミニの父親だった男だ。
「申し訳ありません。傭兵の能力を過小評価していました」
「ふむ」
 将官は息を吸い込み、紙の先をちりちりと焦がす。肺を十分に煙で満たしてから、顔を上げた。
「それで‥‥どうするね?」
「私の手で。直接」
「‥‥別の者を任に充てても良いが」
「いえ。自分の手で始末をつけます」
「しかしそれは‥‥」
 渋る将官。
 だが中佐はその表情を変えずに、静かな声でハッキリと告げた。
「私は軍人です。道を踏み誤るつもりはありません」
「そうか」
 何ともやるせない表情で、将官は窓の外を見つめる。
「それで、必要な物と人は?」
「私一人で」
「良し」
 将官は煙草を灰皿ですり潰し、二本目を口にする。
「参謀本部へは私が連絡を入れておく。警備担当へも手を回しておこう。護衛状況の確認に、後で日時を指定してくれ」
「解りました」
「‥‥こんな所か」
 将官が呟くと同時に、立ち上がる中佐。
「待ちたまえ」
「何か?」
 呼び止められて、彼は振り返った。
「君は能力者でありながら、教官としても有能だ。今後も必要な男だ。軍人である以上、その事を忘れずに大局的な判断をして欲しい」
「‥‥ハッ」
 敬礼を返す中佐。
 将官がマッチを擦る。
 灯る火に、表情が照らされた。
「では、失礼します」
 部屋を後にし、廊下を歩く中佐。
 黙ったまま進む彼は、懐から一枚の写真を取り出す。大人が二人に、赤ん坊が二人写った写真だ。数秒、歩きながら写真を見つめてから、両手で写真を刻む。
 そのまま道すがら、くずかごへと放り込んだ。


●第三者の都合
「困ったねぇ」
 UPCの制服を着た男が、煙草の煙をぷかりと浮かべる。
 男は靴下を脱ぎ散らかして、水虫の薬を、親指の周囲へと塗りたくっていた。
「‥‥」
 目の前にはユーリ・マレンコフが黙って立っていた。彼は男からの言葉を待っているが、その男は、彼が普段上司とする、傭兵を管轄する部署の者ではなかった。
「UPCフィンランド、特にヴィリオ中佐には不審がある。これは事実っぽいなぁ」
「‥‥」
「どーぞ」
 促され、口を開くユーリ。
「UPCフィンランドは、ジェミニを排除する事に関しては確かに協力的です。ですがしかし、にも関わらず、ジェミニに関する各種情報は必要以上に秘匿しています」
 能力者としてのジェミニのクラス、エミタ移植に関する経緯、能力者としての戦闘スペック、その他エトセトラ――その傾向を探れば何らかの弱点が見えてくるかもしれぬこれらの情報が、ことごとく秘匿されている。
 やれ正式な申請を出せだの、やれその資料は無いだの、体面こそ取り繕ってはいるが、そんな言葉でどこの誰が納得する。
「お偉いさんの首‥‥二、三個は飛ぶかナァ」
 ポツリと呟く男。
「んで、どこから手を付ける?」
「私見で宜しければ」
「ン」
「まずはハンナ女史の尋問を。彼女は民間人であり、一番ガードが甘いのではないかと愚考致しますが‥‥」
 言い終えたユーリへと、男は目配せすらしない。
「自分だけでやるか?」
「傭兵を」
「陸軍さんは、傭兵をダシにしてるみたいだけど?」
「私自身は、騙して使うより、信頼した方が良いと考えます」
「ふぅん」
 意外そうな顔で、男は、ユーリをまじまじと見やる。
 それからややして、口元ぎりぎりに迫った灰へと視線を落とした。
「‥‥ま、良いか。構わんよ。こっちでも準備、しとくから」
 足の指を動かし、指の間へと目をやる。椅子を回して背を向けた男は、そうしておいて、最後の一言を付け加えた。
「あ。けどさ、君、死んでも事故死って事になるから、そこんとこひとつ、どうか宜しくね」


●インソムニア
 眠れぬ日々が、続いていた。
「ハァ‥‥」
 眼の下に疲れを浮かべて、彼女は深い溜息をついた。
 何故、他人の都合で私の人生を無茶苦茶にされなくてはならない。私には私の人生がある。一人の人間として人生をやり直す為に、せっかくあの男と別れたのに。
 これからなのに。
「そうよ、私が何をしたというのよ‥‥」
 あの二人には、暴力を振るった事さえ無い。
 やはり、ヨリシロだからだ。あの二人に顔は似ていても、中身は別人だと聞いている。その筈だ――無理やりにでも納得しようとして、彼女は眼を伏せる。
「‥‥」
 記憶の片隅をよぎる、二重奏のように重なる泣き声。
(全部あの男のせいよ‥‥)
 今の彼女にとっては、その記憶ですら、憎悪と恐怖の対象にしかならなかった。

●参加者一覧

鯨井起太(ga0984
23歳・♂・JG
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
ラシード・アル・ラハル(ga6190
19歳・♂・JG
鐘依 透(ga6282
22歳・♂・PN
ツァディ・クラモト(ga6649
26歳・♂・JG
風代 律子(ga7966
24歳・♀・PN
佐伽羅 黎紀(ga8601
27歳・♀・AA
クリス・フレイシア(gb2547
22歳・♀・JG

●リプレイ本文

 ヘルシンキの市街地、その一角を、ツァディ・クラモト(ga6649)はぼんやりと歩いていた。
 また、少し離れてラシード・アル・ラハル(ga6190)と鯨井起太(ga0984)の二人も、それぞれに佇んでいた。各種装備品等は服の中等に隠し、あくまで一般人を装って辺りを見回す。
 彼らが意識しているのは、ハンナ・ハロネンの自宅だ。
「‥‥」
 今のところは異常無し。鯨井は、半ば溜息混じりに目を伏せる。
 ジェミニの情報を追う上で、直接の関係者とでも言うべき弁護士が適当な存在である事は確かだが、しかしそれは、情報の秘匿を試みる者にとってもまた同じであった。
 ふと鳴る電子音に、彼は瞼を持ち上げる。
 ポケットの携帯電話を取り出して耳を当てると、その向こうにはクラモトの声があった。
『あー、そっちの様子は』
「今のところは何も動き無し、かな」
『‥‥こっちはあったぜ』
 おやと眉を持ち上げる鯨井。
 クラモトはと言えば、ぼんやりとした表情のままで、携帯を手にしている。
 しかし、彼の視界の隅には、確かな動きを見せる影があった。さっと視線を外すクラモト。
「数は一人‥‥多分、まだ居るだろうな」
 二三のやり取りをして電話を切り、そのままアル・ラハルへと同様に連絡を入れる。
 連絡を受け取った彼もまた、ハロネン弁護士を迎える班へと連絡を入れ、再び辺りを見回した。どの程度の人数が弁護士宅を監視しているのかは解らない。だが少なくとも、ハロネンの動きを関知している事だけは確からしかった。


 家の中、響くチャイムの音に、ハロネンが身体を起こした。
 ソファに沈み込んでいた彼女が玄関ののぞき穴へ目をやると、そこに並んでいるのは四名の軍人だった。
「何か御用かしら?」
 小さく問い掛ける彼女の声に、佐伽羅 黎紀(ga8601)が一歩踏み出す。
「ジェミニやヨリシロの件でお話を伺いたいのですが‥‥」
「‥‥?」
 その言葉に、警戒心を露にするハロネン。
 彼女が話している間にも、鐘依 透(ga6282)と風代 律子(ga7966)の二人は、さり気なく辺りの様子を窺った。事前に仲間から連絡のあった監視員が、家向かいの公園を横切っていく。
(やはり監視されているようね‥‥)
 その動きを目で追う風代。ただ、だからといってその監視員を排除する等のアクションを取る訳ではない。
「何より、機密や身の安全といった問題があります。良ければ軍の施設でお話を伺いたいのですが‥‥」
「‥‥仕方ないわね」
 準備をしてくると言い残し、一度家の中へと戻るハロネン。
 彼女が家へと入ったのを確認して、鐘依は口を開いた。
「やはり、監視くらいは付いていましたね」
「‥‥とりあえず、彼女には黙っておきましょう」
 彼の言葉に応じて、風代が呟く。相手はあくまで一般人。現段階では脅えさせる必要が無いように思えた。佐伽羅はいざという時には命の危険がとも伝えるつもりでは居たが、彼女が同行を承知した以上異論は無い。
 やがて再び顔を見せたハロネンを伴い、車へと乗り込む面々。
 仕事関係か何かで電話を掛けている様子はあったが、現段階では、ハロネンに不審は見られなかった。


●無言の圧力
「‥‥出たな」
 五人の乗った車を目で追って、クラモトがハンドルを握る。
「それじゃ、僕達も追うとしようか」
 同時に、鯨井が懐から地図を取り出す。地図には、事前に何本かに絞っておいた移動経路が記されていた。UPCの施設までは直進せず、途中で何本か無駄な道を走るようになっている。
 彼らは慎重に、先行車両の後ろへと自分達の車を付けた。
「追跡してきてる車があるよ‥‥やっぱり、クロだ」
 それから数分。唐突に、アル・ラハルが呟く。彼の言葉にバックミラーを見やって、クラモトはやれやれと肩をすくめた。
「暇人だな」
「‥‥どうする?」
 鯨井の言葉に振り向く、アル。
「今は、尾行してきてるだけ、だから‥‥手は‥‥出さない方が良いと思う‥‥」
「まぁ、そうだな。このままやり過ごすか‥‥」
 再び肩をすくめるクラモト。
 幾度かの遠回り、迂回路を挟んでなお車は走る。追尾車両は距離も離さずピッタリと後を付けて来る。ただし、相手側にもこちらへの手を出してくる様子は、無い。その様子は、まるで察知されているのを解った上で、あえて監視しているぞと無言の圧力を掛けてきているようにさえ思われた。
「けど、暇ではあっても、乱暴じゃないらしいな‥‥」
 襲撃を警戒しての備えは無駄になるかもしれないが、しかし、襲撃を望んでいる訳でもない。彼はぼんやりと、やる気の無い表情のままハンドルを切った。
後をつける

●資料
 図書館職員からカードを受け取るクリス・フレイシア(gb2547)。
 彼(正確には彼女だ)とUNKNOWN(ga4276)の二人は、情報や手がかりを捜し求め、ハロネンを尋問する班とは別行動を取っていた。
 フレイシアはフィンランドへ入国する際に別ルートを使い、傭兵の身分も隠している。秘匿捜査であり、足の付かないようにする為には、無関係な第三者を装うのが一番確実だ。
「さて、と」
 さっそく、図書館のデータベースへと足を向ける。
 目的は、過去の新聞や雑誌の記事、特に失踪事件や軍関連の記事だ。
 気になる記事を確認しつつ過去へと遡っていくフレイシア。
「‥‥変だな」
 五年近く遡った所で、彼はふと呟いた。
 気になる記事があったのではない。気になる記事が無かったのだ。
 公式の発表によれば、ジェミニはバグアに拉致されたとの事だが、そんな話は、ジェミニとの関連が疑われるような情報は、全くどこにも出てこなかった。
「ジェミニの記事は‥‥やはり、ここからか」
 少なくとも、その名が確認できるようになるのは、ゾディアックが公に姿を現した、およそ08年4月後半からだ。同時に、二人が軍人の息子である事や、あるいはその事実を詰る記事も多少出始める。だがそれまでは、誰一人とてその存在を知らなかったかのように、公の情報が無いのだ。
「『我が国初の適合者見つかる』‥‥『R−01納入される』‥‥む?」
 彼はふと、ひとつの記事に目を止めた。
 『エミタ移植の安全性について』と題されたその記事、写真の一角には、確かにユーティライネン中佐の姿が写っていた。文中では、軍関係者と記者のやり取りが記されており、子供や病人といった、一般的に抵抗力の弱い者への移植にも問題は無いのか、との質問に何の問題も無い事は確認済みだと、関係者が応じている。
 記事の日付は07年10月30日。
 だがここでも、ジェミニの存在は全く話題にはなっていなかったのだ。


●過去
「ン‥‥?」
 バス停へと降り立ったUNKNOWNを、フレイシアが出迎えた。
「やぁ」
「クリス君か。調査の具合は?」
「気になる記事が一点。他には、気になる記事が一切無い、という事くらいだね。親類縁者も大勢居るが‥‥詳しい経歴と、この件への関与があったかどうかまでは解らない。そっちは?」
 歩きつつ、小さな声で答えるフレイシア。
「ふむ‥‥二人の経歴を調べるのには苦労したよ」
 手帳を手に答えるUNKNOWN。ヴィリオとハンナは、軍人と弁護士とは言え、特別な身分にある訳ではなく、探るにも情報が無い。ただ同時に、情報が隠されてはいないという事でもある。
「解った範囲だが‥‥」
 二人とも、特筆すべき経歴があるようには見えない。
 ハロネンは優秀な成績で学業を積み重ねて司法試験に合格し、ユーティライネン中佐はありきたりなスウェーデン系貴族の直系で、軍人の家系として士官学校へ入学している。
 二人の結婚は89年。少なくともバグア飛来前から交際があり、それぞれ25歳と20歳という年齢だ。ジェミニが生まれたのは公式発表と差異は無く、逆算通り1993年。これは、病院にも出生記録が残されている。
「これだけでは、どうにも情報不足だな」
 自らの言葉をかみ締めるように口を結ぶフレイシア。
 二人は、ハロネンが以前住んでいた家――つまり、現在は中佐一人、あるいは執事と二人の住居となっている家の周囲で聞き込みを続けた。
 近隣住民の、両親に対する評価は概ね良好だった。
 ただ、暴力や飲酒等についての証言も特に無いが、両親の不仲については、周囲も大よそ察していたらしい上に、両親への評価とは対照的に、双子の事となると、皆、あまり良い表情を見せなかった。
「おたく達、ブンヤさん?」
「えぇ、まぁ」
 二人を出迎え、コーヒーを淹れる茶店のマスター。
「他人と馴染めなかったって言うのかねぇ。結局、学校には行かないで自宅学習してたみたいだよ」
 コーヒーカップをカウンターに置いて、彼は、客の無い店内をぐるりと見回している。
「まぁ、そんな事ァここじゃ珍しくも無いけど、そうこうしてる内にエミタがどうとか、何時だったかな。一昨年の秋、えぇと、そうだなぁ‥‥」
「何とか思い出せないかね?」
 片眉を持ち上げ、UNKNOWNがマスターへと目をやる。
 マスターは記憶を探るように額をこつこつと叩き、ややして顔を上げた。
「‥‥あぁ、そう! 9月だったな。確か9月頃から屋敷に居る様子が無くなって、それで、去年の4月、突然バグアになって現れたって訳だよ」


●尋問という名の説得
 UPC某施設――
 鯨井は、ここでもハロネンらとは接触せず、部屋の外で見張り役に廻っていた。
 全ての真実を明らかにする為、今はまだ、彼女という貴重な情報源を死なす訳にはいかない。
「すっきりしないな‥‥」
 窓の外を眺めれば、追尾してきた車が時折視界に入る。
 相手は移動中に仕掛けて来なかった。
 だが、だからと言って今仕掛けてこないとも限らないのだ。振り返ってドアをちらりと見やる。今は、ドアの中で尋問‥‥というよりは、説得に近い交渉が続けられていた。
「秘匿された情報や、前回の依頼における不審‥‥それらが結果として、ジェミニとの決着を失敗させ、遅延させています」
 鐘依の言葉を黙って聞くハロネン。
「幼少の頃の事を、お聞かせは頂けませんか?」
 穏便で柔らかな物腰を崩さず、佐伽羅は問い掛ける。
「幼少の二人? そんな話を聞いてどうするの?」
「それが、問題を解決するヒントになるかもしれません」
「アレはヨリシロなのよ? 中身はバグアであって、人間ではないわ。貴方達は、失敗の原因を他に求めているだけではないの?」
 そう言い放つ彼女を、アル・ラハルは黙って眺めていた。
 ハロネンは、不眠症から来る疲れに憔悴しつつも、あくまで非協力的な態度を崩さず、傭兵達の言葉を退ける。
「UPCフィンランドや、ヴィリオ中佐には不審な動きがあるんです。それが――」
「とにかくジェミニさえ居なくなれば、そんな事関係無いでしょう?」
「何故、そう言い切れるのですか?」
 そんなハロネンの言葉に、食い下がる風代。
「それは‥‥」
 ハッとして、ハロネンが口を噤む。
「我々は貴方の身の安全は保障します。ジェミニの事を、話しては下さいませんか?」
「‥‥」
「早く‥‥もう、終わらせたくはないですか‥‥?」
 心底相手を気遣いながら、鐘依は再び彼女へと顔を向けた。
 ハロネンは大きく溜息をつき、遂に肩を落とす。
「‥‥解りました。良いでしょう、それで、何を聞きたいのかしら?」
 やっとのその言葉に、佐伽羅が身を乗り出す。
「過去に、二人のうち一人だけが大怪我をした事はありませんか?」
「いいえ、そういった事は無いわ」
 その他に、フレイシアとUNKNOWNの情報から、4月以前にジェミニ関係の記事が全く無いのは何故かと問い掛けるも、これは、ただの一般人だったのだから当然だとかわされる。また、出生についても、病院に残っっていた何の変哲も無い記録を、彼女は全面的に肯定した。
「では、エミタ移植の経緯についてお聞かせ頂けませんか?」
 続けて、鐘依が問い掛ける。
「‥‥二人に事情を説明した上で、あの男が連れて行って、検査を受けさせ、それからエミタを移植した。それだけの事よ」
「いつの事ですか?」
「‥‥10月。中頃」
 ぼそりと呟くハロネン。
「囮依頼では、ハンナさんに呼ばれて来たような様子でしたが、心当たりは?」
「ヨリシロが何を言ったっていうのよ。それは‥‥」
「教えて下さい。お願いします」
「‥‥知らないわ」
 黙るハロネンが、ややして溜息混じりに答えた。
 やがて、今まで黙ってその様子を眺めていたアル・ラハルが、一歩、静かに彼女の前へと進み出る。
「‥‥確認させて下さい‥‥」
 声に、ハロネンが目を向ける。
「ジェミニを、作り出したのは‥‥フィンランド軍では‥‥?」
「し、知らないわ」
 明らかにぎょっとした表情で、振り返るハロネン。
「‥‥フィンランド軍内部に‥‥バグアと協力する勢力が――」
「私は民間人よ。知らないと言っているでしょう」
 やつれ返った瞳で、眼前の少年を睨んだ。しかし、そうして睨まれた彼もまた、表情を変えぬまま、冷ややかな視線を返している――そんな彼の瞳に映るのは、必死に、何かを取り繕おうとするハロネンの表情だった。
「気味の悪い‥‥そうよ、あの時の二人もそんな目をしていたわ」
「‥‥?」
「どういった言葉を求めているというの。ハッキリ仰いなさい、どんな答えが欲しいのよ! そうよ、あんな薄っ気味の悪い子供を、私にどう――!」
 がたりと椅子を蹴って立ち上がる彼女が、ぐらりと揺れた。
 慌てて机に手を突いて、その身体を支える。
「大丈夫ですか!?」
 駆け寄る佐伽羅。
「だ、大丈夫よ。少し立ちくらんで‥‥」
「不眠症を侮ってはいけません、疲れているんです。一度、医務室でお薬を処方してもらいましょう?」
 そのまま肩を支え、ゆっくりと歩き始める。
「待って、私も行くわ。万が一、という事もあるから」
 続けて立ち上がる風代が、外に待機する鯨井へ連絡を入れる。
 ハロネンとの接触を避けている鯨井とクラモトの二人が、先行して廊下を歩き、一通りの様子を確認し、それから改めて、佐伽羅と風代の二人が廊下へと出る。
「‥‥」
 眼を伏せるようにして、俯いていたアルが小さな、呟くような小さな声を漏らす。
 あの、落ち着き払っているように見せかけようとするばかりの、焦りを滲ませた表情が脳裏に過ぎる。
「彼女は、まだ‥‥まだ何か、嘘をついてる‥‥」
 シンと、部屋が静まり返った。
 結局、誠意を尽くしても、全ての真実を語ろうとはしないのか――やるせないような想いと共に、鐘依は静かに眼を伏せた。


「どうしたものかしらね」
 医務室から出たところで、佐伽羅は深く溜息をついた。
「‥‥我ながら青臭いなとは思うけど、ジェミニを何とかしたいのには変わらないよ」
 努めてポジティブな笑顔を見せて、鯨井がベンチから立ち上がる。
 とにかく今は、と言葉を繋ぎ、腕を組む風代。
「――彼女が落ち着いてからまた話を聞きいて、解った範囲の情報を手繰る、という所かしらね‥‥」