タイトル:西部桜前線異状なしマスター:御神楽

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/04/25 04:20

●オープニング本文


 ひらひらと、花びらが舞う。
 傭兵の多くは、高速艇を利用して依頼地へ直行する。
 ただ、傭兵の中には、諸々の事情から長期間現地に留まるケースも多い。この季節になると、日本人としては、どうしても思い出せずにおけないモノ――桜。
 辺り一面を覆い尽くし、静かに、雨のように降り積もる桜。

 激戦であったが、傭兵達の活躍もあり、キメラの撃退には成功した。
 戦線は安定――という名の膠着状態へ入り、彼等傭兵の仕事は終ったのだ。数日間の寝食を共にした塹壕を離れ、傭兵達は後方のバルセロナへと戻り、あてがわれた宿屋で一夜を過した。
 数日間ぶっ通しの激戦から帰還した貴方は、ぐっすりと眠り、夕方頃に眼をさまし、近所をぶらついていた。
 バルセロナ近郊、ふと視線を転じたその先に、桜は咲き誇っていた。
 視界一面を覆う桜は、どことなく日本の春を感じさせるほどで、ここまでの桜を異国の地で見る事になるだなんて、思いもよらなかった。
 ふらふらと、公園へ足を踏み入れる。高台にあるその公園から眼下を見下ろせば、バルセロナ市街が一望でき、その視界にはサグラダ・ファミリアが混じる。遠くを見れば、海に、カモメも舞う。
 花見――そうだ。花見だ。
 明日、一緒に帰還してきた他の皆と、桜を楽しもう。
 思い立つや否や、貴方は宿へと駆け出していった。

●参加者一覧

煉条トヲイ(ga0236
21歳・♂・AA
鯨井昼寝(ga0488
23歳・♀・PN
御山・アキラ(ga0532
18歳・♀・PN
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
諫早 清見(ga4915
20歳・♂・BM
カルマ・シュタット(ga6302
24歳・♂・AA
綾野 断真(ga6621
25歳・♂・SN
エメラルド・イーグル(ga8650
22歳・♀・EP

●リプレイ本文

●準備
 太陽が顔を出せば、桜もはらはら散っていて。
 とは言っても、この人のざわめきの中には、流石に飛んでこない。
「‥‥ふぅ」
 御山・アキラ(ga0532)は、一人溜息をついた。
 バグアとの戦いは苛烈を極めており、何ヶ月も塹壕を離れられぬ兵士達がいる。もし仮に、自分が同じような立場にあったら――その事を想像すると、思わず溜息が漏れる。ぶっきらぼうに見えて、その心根は優しかった。
「他に、何か必要なものはありますか?」
 バルセロナの市場、両手に荷物を抱えて、綾野 断真(ga6621)が問い掛けた。
 市場には、様々な品物が並んでいた。赤ワイン、フルーツ類に料理の材料、マグノやカバといった当地のアルコール類も手に入った。それにもちろん、パンやパスタなどの主食も十分に買い込んでいる。
 とにかく、市場と言うものは安い。
 新鮮な食材をこれだけ買っても、驚く程の安値で買い揃える事が出来たのだ。
 正直言って、楽しかった。買い物前のうきうきもそのままに、諫早 清見(ga4915)は荷物を持ち上げる。
「他にはないと思うよ」
「そうだな、こんなものだろう」
 UNKNOWN(ga4276)も両手一杯に荷物を抱え、頷く。
「気が付けば、既に桜の季節か‥‥」
 呟き、煉条トヲイ(ga0236)は自身を省みる。
 余裕が無い。荒んでいる。言い方は色々ある。
 ただ、とにかく大切な事は、戦場ばかりを渡り歩いていて、何か、大切なものを落としてきてしまったような気がするのだ。
「最近は目先の事に手一杯で、季節を感じる余裕すら無かったな‥‥」

 一通りの買い出しが済んだ、となれば、次は花見の準備、料理等を仕込む番だ。皆それぞれに料理へと取り掛かる中、清見は、宿屋の主人と会い、午後の花見について伝えていた。身振り手振りを交えた説明に大方納得し、機嫌良く承諾して背を向けた。
 と、その背中に、清見が声を掛ける。
「良かったらご一緒しませんか?」
 もちろん近所の方も、と付け加える清見。その言葉に、主人はにんまりと笑った。
 一方の厨房。
 主人の快諾を得て借り切った厨房からは、料理をする時に聞こえてくる、あの食欲をそそる生活音が響いていた。
「――「ハレ」の気持ちは大事だ」
 一見すると不似合いなエプロン姿は、普段の彼の態度、物腰からだろうか。
 UNKNOWNは、エプロンを翻し、チュロスを作っている。チュロスは星型が棒状に伸びた――ちょうど、マヨネーズ容器から出した感じの生地を油で上げた、スペインで食べられているドーナツ菓子だ。
「この料理は?」
 桃色の髪を揺らし、鯨井昼寝(ga0488)が、厨房を覗き込んだ。
 指差したのは、赤ワインに刻んだフルーツの浮かぶデザートのようなもので、果物も容器も赤ワインで真っ赤に染まり、まるで血のようだ。この見た目に由来して、スペインではサングリアと呼ばれるデザートだ。
 魔法瓶の蓋を閉じ、トヲイが向き直る。
「スペインのフルーツパンチみたいな物だな。すぐに飲める上に簡単だ」
 他にも、酒の肴に最適なピンチョス等もたっぷり作ってある。
 彼から魔法瓶を受け取ると、昼寝はギター片手に、公園へと歩いていった。
「おー、咲いてる咲いてる!」
 満開に咲き誇る桜を前に、思わず感嘆の声が発せられる。
「何が素晴らしいって、場所取りしなくって良いってのが一番ね」
「ランタンの位置はこの辺りで良いだろうか?」
 桜を照らすに最適な位置へランタンをかけて、カルマ・シュタット(ga6302)は、位置を再確認した。良いと思うよ、と応じる昼寝の声。お花見の準備は、極めて順調だ。


●欧州桜前線異状なし
 太陽は昇っていく。正午、桜公園に、傭兵達が集まっていた――と思ったら、傭兵だけにしては人数が多い。誘いに応じた宿屋の主人をはじめ、少しずつ、噂を聞きつけた現地の住民達が集まっていた。
 もちろん、集まった皆もそれぞれに飲食物を持ち寄っているが、こうなると断真の備えが役に立つ。
 子供の参加もあろうかと、しっかり買っておいたジュースだ。
「お疲れ様でした、今回はゆっくりしましょう」
 断真が微笑み、清見と、ここスペインでは法定飲酒年齢が16歳だと聞いたアキラの二人が乾杯に応じる。
 彼等三人は、つい先日まで同じ塹壕戦で銃を取った仲だ。幾つもの苦労を共有した仲で、少なくない仲間意識がある。
 UNKNOWNの奏でるアップテンポのサックスの中、アキラの弁当箱が広げられた。中につめられていたのは、和食。けれども、少しだけ違う。特に、その材料や香りが、豊富な魚介類とニンニクで占められていて、スペイン風にアレンジされていた。
「おいしいです」
「そうか?」
 誰かの褒める声に、アキラが振り向く。
(‥‥ん?)
 スーツ姿に革靴といった出で立ちの女性が、一人もきゅもきゅと口を動かしている。
 がっつく訳でもなく、遠慮するでもなく、何を考えているのか解らない、ちょっとしたポーカーフェイスの女性――いや、傭兵だ。近所からも参加者が居る以上、見ず知らずの人が居るのは確かだが、さて、近所に傭兵がいたという事だろうか。アキラはつい、首を傾げそうになった。
「これ、いかがですか?」
 眼の前の女性は、何かを手のひらに乗せ、差し出した。
 差し出したのは、プリン風のスペイン菓子、クレマカタラーナだ。
 何というか、その差し出す動作もあまりに自然過ぎて、これ以上、眼の前の彼女が何者かを悩んでも仕方ない気がした。
 さて、何時の間にか紛れ込んでいたのは、エメラルド・イーグル(ga8650)だ。花見と言えば、晴天の下で食べる美味しい軽食。花より団子‥‥という訳では無いが、気が向いたから、ふらりと訪れた。
 繰り返すが、彼女が何を考えているのかは解らない。
 正座していつまでも何かを食べている所を見るとそうなのでは――と、そういう風に想像するしかない。
「そちらはおいしいですか?」
 ふと興味が向いて、彼女は断真に近寄った。
「カクテルですよ。これは赤ワインシャンディーガフですね」
 グラスの中に、赤い液体がなみなみと揺れている。ビールやジンジャーエールを加えたカクテルだ。他にもリキュールを利用したチェーリークーラなど、様々な種類がある。それに何より、今回用意したカクテルはアルコールも弱く、ジュースと撹拌するぶん甘口で、誰にでも飲める。
「お酒は?」
 グラスをエメラルドへ向け、カルマが問う。
「いただきます」
 淡々と応じるエメラルドに渡して、自身もグラスを傾けた。
 彼自身は、今まで他の塹壕陣地で戦っていた。桜に対する認識と言えば、日本で有名な花といったところ。花見そのものもに対する期待もあるし、近所の人も呼ぶと聞いて非常に楽しみにしていた。
 そして実際、楽しかった。
「んじゃ、いっちょパーッとはじめましょうか!」
 大きな声が、元気一杯に響き渡る。
 土を蹴り、立ち上がったのは、昼寝だ。
 疲れなんて何のその、一日寝れば回復してると皮算用し、ギターをかき鳴らす。UNKNOWNはサックスに口をつけ、清見も肺を空気で満たす。UNKNOWNなどは、それこそ水の如くグラスを煽っているが、一向に酔う様子も無い。
 昼寝の指が、弦を弾いた。
 それを合図に、演奏が始まる。曲目は、さくらさくら――日本の民謡だ。
「さくら さくら 野山も里も――」
 清見の歌声が重なる中、原曲とは違う、昼寝のアレンジがリズムを躍らせる。昼寝も、根はやはり日本人。桜の花に、どうしようもなく春を感じてしまう。この時期ならではの、軽快と静寂の織り交ぜられたような感情。
 その感情の勢いといったら、ギターを選ぶ必要さえ感じなくなってしまう。
 彼女の情感を察してか、UNKNOWNは、その即興的なアレンジにさえ柔軟に対応してみせる。
 静かに始められた演奏は、やがて、昼寝自身の興に乗せて、テンションを押し上げる。
 ラスゲアード。フラメンコで用いられるようなアップテンポの演奏に、皆笑顔が漏れる。それでもふと、宴の隅へ眼をやると、エメラルドは一人、無表情で座っている。
 しかし、皆が楽しんでいる事はしっている。
 ふと――微笑みが零れた。
 もっとも、彼女にとって何が楽しかったのか、それとも嬉しかったのか、周囲には解らない。ただそれでも、この雰囲気こそが、彼女に笑みを零させたのは間違いない。
「――さくら さくら 花ざかり♪」
 唄い終え、一礼する清見。
 最後にひと掻き弦を響かせ、昼寝が演奏を締める。
 傭兵達という珍客に、現地の人達は惜しみない拍手を送った。


●月夜に桜の雨が降る如く
 軽快な花見が続く中、水面に太陽が沈んでいった。
 茜色の空に、桜が薄っすらと染まる。だがそれも、やがて陽が沈みきると、月に照らされ、様変わりしていく。ほんのりと明かりを照らすランタン。
 花見は、まだ続いていた。
 といっても、小さなお子様は既に帰宅。
 花見会場に残っているのは、彼等傭兵に、現地の大人達だ。
 良い具合にアルコールも入り、笑い声が弾む。
「‥‥」
 夜風に、潮の香りが混じっている。
 見張り櫓に登り、酔い覚ましも兼ねて、一人景色を眺めるカルマ。
「ビショップでも、いかがですか?」
 声に振り返る。グラスを手に、断真が立っていた。一通りの景色を眺めながら、グラスを差し出す。温かいワインを用いた、カクテルだ。
 港町の眺めは、最高だった。
 もっと良い景色くらい、幾らでもあるかもしれない。
 だが、この日常が醸しだす空気は、何物にも代え難い景色を描き出す。この日常こそが、断真にとっては守りたいものなのだ。

 ベンチに座り、アキラが杯を傾けた。
 彼女はただひたすらに、静かにグラスを乾かしていた。皆の準備した軽食も堪能した。酒も、こうして口にしている。断真は日本酒まで準備している。他にも、市場で買ってきたカバやマオウなど、酒の種類には事欠かない。
 昔、両親と花見に行った事があった。
「いずれ、気がかりなく花見のできる日が来れば良いのだがな」
 もう、この世にはいない両親だ。
 それでも、両親と共に楽しんだ花見の事を思い出すと、少しだけではあったが、気分を軽くさせる。表情を優しくさせる。
 腰のメタルナックルに、ふと触れる。こんな時にさえ、武器を手放さぬのは、良い事なのか悪い事なのか――。
 パシャリと何かが光った。
 写真にとられて、アキラはつい、苦笑した。デジカメを手に、トヲイが笑いかける。
 こうして皆と一緒に騒ぎ、楽しむのは、彼をとても落ち着かせる。この落ち着きが、安らぎと呼ぶものなのだろうと、彼はそう想った。
「生きるエネルギーが沸いて来る。これで、明日からも頑張れそうだ‥‥」
「この景色も守ってく為に、また頑張ってこないとね」
 夜桜を見上げて、清見が笑う。
 笑い声を耳に、トヲイは再び、己を省みた。
 忘れていたものは、活力の様なもの、だったのだろうか。
 サックスの響きも絶える事なく、それからもう暫く、彼等はそれぞれに花見を楽しんだ。
 片付けも済ませて、残していくものは何も無い。スペインに限らず、ヨーロッパ、ひいては世界全体で、緊張は高まっている。短い休暇が済めば、傭兵達の多くは、再び戦場へ舞い戻るだろう。
 ぱっと潮風が吹いて、桜の花弁が舞った。