タイトル:トイレと毒ガスマスター:みろる

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/11/26 02:50

●オープニング本文





 洗った手を拭きとろうと岡本は、ポケットからハンカチを取り出した。
 UPC本部内のトイレは今日も、むしろ体内の老廃物を排出するのが申し訳なくなるくらいに清潔に保たれていた。UPC本部の事務職員だからって、就業中だからって、気軽に用を足しになんてこないでよね、とでもいうような突き放した感じすら、する。
 顔を挙げると、大きな鏡が視界に入った。
 そこに自分の顔が映り込んでいる。てっぺんの方で、一体どうしたのですか、誰かに呼ばれているのですか、とでもいうような勢いではねていた髪の毛があったので、手で押さえる。
 目元に目ヤニが付着していたので、指で取って水に流す。こんな白い清潔な空間で目ヤニつけてて何だかすいません、と謝りたい気もしたのだけれど、言うべき相手が誰も居ないので、一人で何かほのかに笑っておくことにした。とか何か、どうでもいい事をやっているとトイレに人が入ってきて、っていうか未来科学研究所の大森だったりしたのだけれど、とにかく彼は、珍しい事に岡本には一瞥もくれず横を通り過ぎて行った。
 思わず、え、とちょっと慌てる。駆けよって肩とか叩きたくなった自分に、ハッとした。続いて、血の気が引く。
 でもここUPCのトイレだし、明らかに未来科学研究所の大森さんとか居るのおかしいしどうすれば、とか何か、若干戸惑って見ていたら、奥の用具入れみたいなところに入って行った大森は、中途半端に騒々しい音を立てて、戻って来たと思ったら、清掃中とか書いた黄色い立て札を持っていた。
 黙って入口に置く。それからいそいそと戻ってくると、物凄い近くに立って「やあ」とか、何か、言った。
「あはい、え?」
 大森と背後の黄色い立て札を交互に見る。「あれ? え何であれ、黄色いの置いたんですか」
「いやわかんない何となく」
「はー」
「ねえねえ岡本君」
「はい」
「抱きしめたりしてもいいかな」
「うんあの何でもいいですけど、顔色悪くないですか、何か」
「んー」
 大森は自分の頬を撫でた。「いや何か死ぬかも知んないから、顔色くらいは悪くなるかも知れない」
「はー」
「一緒に死んでくれる?」
「それは嫌なので断っていいですか」
「じゃあ、抱きしめるのはいいの」
「それも嫌なので断っていいですか」
「いやだってさ、最初からずっとチャックとか全開なもんだから、それって言うのはもしかして、回りくどい誘惑か何かかと思って」
 指で示され、目を向ける。ニットベストの裾から、開いたジッパーがちらりとのぞいている。「あの〜」と言ってさりげなくチャックを上げ、「違います」と顔を挙げた。
「何か毒カエルを使った実験中にね」
「いきなり毒カエルの実験とか口走られても、どうすれば」
「部下がミスしてね、毒性のガスをね、吸っちゃったのよね」
「え」と岡本は驚き、「大森さん、部下なんて居たんですか」と、愕然と呟く。
「岡本君さ、普通こういう時は大丈夫なんですか、とか聞くんだよ」
「はー、大丈夫なんでしょうか、その部下の方達とかは」
「面倒臭いからさっさと逃がしたけど、逃げ遅れた人が一人。逃げてって言ってんのに逃げないんだもん、こっちまで毒ガス吸っちゃったじゃない。でもまあ仕方ないよね、自業自得だよ、仕方ないよ、そういう仕事だもの」
 へらへらと、笑って続ける。「いやもう笑っちゃう。めちゃくちゃ初歩的なミスであえて死ぬとか」
「たぶん、笑いごとではないですよ」
 爆笑し出しそうな気配があったのでそっと窘める。
「そうかしら、凄い可笑しいけど」
「何でもいいですけど、さっさと治療っていうか、解毒した方がいいんじゃないですか、とりあえずその部下の人だけでも」
「解毒剤を作ればいいんだけど、作れないもの、材料足りないから」
「そういう嫌がらせしてるんですか」
「うん、自分は絶対吸わないよね、そしたら」
「大森さんの下なんかで働いて苦労してた上に、毒ガス吸って命が危ないなんて」
「可哀想でしょ」
「はい」
「それこそ材料の調達とか、研究所から能力者の方達にお願いしたりしないんですか。早急に調達するべきじゃないですか」
「そうかなあ」
「いやもうそこでそうかなとか言われたら何も言えないですよ」
「じゃあ、お願いしていい? 材料の調達」
「いや、えー、僕ですか」
「えー、何それ。凄い今、早急にとか調達するべきとか言ってたじゃない」
「外野からはいろいろ言えるけど、関わるのは嫌っていうか」
「人の命とかかかってるし?」
「はい」
「いいね、決めたよ、やっぱり岡本君に頼むよ」
「えー本気で言ってるんですか」ぼそぼそと呟いて、眉根を下げる。「困ります」
「本気だよ、このまま死んだら二人とも検体とかになるからお願いね」
「笑顔で言われても」
「足りない材料は、ある木になる実でね。古い遺跡の中にあるんだ。階段を上がったり降りたり、ちょっと面倒臭いよね。古いから落石とかも注意した方がいいよね。あと、キメラも居るよね、植物型キメラ。汚染された花が人を食ったりするんだよ、これはもう自然の逆襲だよ、怖いよね」
「そんな普通に説明し出されてもまだやるって言ってないですよ」
「しかも、ここがポイントなんだけど、その実はさ、夜にしか実らないんだよ。だから、昼間の内に移動して、木の傍で時間を潰すか、ちょっとキメラが凶暴になっちゃうけど、夜の間に移動するか。まあ、任せるよ」
「自分の命、がんがん簡単に人に預けてますけどその部下の人はいいんですか」
「どきどきだよねー。肺機能が低下して二週間もあれば、死んじゃうんだけど、間に合わなかったら、とか思ってひやひやしてたら、もし万が一助かった時に、次はもう絶対こんな失敗やらないでおこう、とか思うんじゃないの」
「いやその前に研究者辞めちゃうんじゃないですか」
「やめさせるわけないじゃない、ずっと嫌味言い続けるつもりでいるのに」
「嫌味言われるくらいなら逃げてくれた方が良かったって絶対思いますよ」
「それ、いいよね」
「だいたい、その人の失敗に大森さんが付き合うことないですよね」
「キメラを倒す力もない俺は、逃げて助かるより、付き合って一緒に待つ方がいいよ」
「そーですか」
「ま、何でもいいけどさ、ちゃんと能力者の人達が材料調達出来て戻って来たら、まだ生きていいですよ、ってことでさ、宜しく頼むよ」





●参加者一覧

白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
澄野・絣(gb3855
20歳・♀・JG
ソウマ(gc0505
14歳・♂・DG
ジャック・ジェリア(gc0672
25歳・♂・GD
和泉 澪(gc2284
17歳・♀・PN
那月 ケイ(gc4469
24歳・♂・GD
エシック・ランカスター(gc4778
27歳・♂・AA
緋本 せりな(gc5344
17歳・♀・AA

●リプレイ本文



「遺跡とはいえ、だいぶボロボロですね」
 和泉 澪(gc2284)が遺跡の内部を見渡しながら、言った。「どの位放置されていたのでしょうかね」とか、朝会った同僚の髪型が変わっていたら「あ、髪の毛切ったんですね」と聞くのが礼儀、みたいに遺跡の古さについて述べる。それで何となく隣を見てみたら、エシック・ランカスター(gc4778)の記入している遺跡内部の地図が見えて、それはもう進行ルートや分岐、彫像の位置に至るまで、丁寧に記載された地図だったのだけれど、とにかく、こっそりと内心で感心した。
 地図を作るのに意欲的だとか熱心だとかいう雰囲気でもなかったのだけど、与えられた仕事はやりますよ、何せ仕事ですし、みたいな、従容とした雰囲気がある。
 とか何かやってたら、靴の先が地面の突起に躓いた。ひゃ、と短い悲鳴が漏れ、バランスが崩れる。実のところそうなると思ってたんですよくらいの自然さで、方位磁石と地図を握ったままのエシックの両腕が、伸びていた。しっかりと、逞しい腕の感触が澪を支える。
「気をつけて下さいね」と薄くほほ笑んだ顔が、言う。
「それにしても、詳しい情報といって、さほど、目新しい情報は聞けませんでしたね」
 陽の光を浴びる家庭菜園のプチトマトみたいな朗らかな口調で、澄野・絣(gb3855)が、のんびりと言った。
「確かに」と最後尾を、何かとりあえず皆が前に進んでるんで何か歩きます、みたいに歩いていたジャック・ジェリア(gc0672)が呟く。「しかも全然、切羽詰まった感とか、無かったし」とか言って、何か横見たらあったので、しかもちょっと気になったので触ります、みたいに、遺跡の柱に刻まれた模様とかを指でなぞる。「まぁ、とんでもなく広い場所じゃないようだし日数的には十分だとは思うんだが」
 呟いて前を見たら皆がどんどん行ってるので、あ聞いてないですね、みたいに早足で歩く。ポケットから煙草を取り出し、ジッポライターを灯すとオイルの匂いが、鼻孔を突いた。火をつけてふーとか煙を吐き出して、だらだら歩いて、ライターをポケットに押しこんだ。つもりが全然入ってなくて、地面に、ガツンとか、落ちた。隣の絣が、びく、と細い肩を揺らす。
「あ、ごめんね」とか言いながら、拾う。装飾のない裏面に、ぼんやりと背後の様子が映り込んでいた。す、とジャックの表情が、引き締まる。柱の陰に、見るからに柱ではない何かがゆらゆらと動いている様子が、見えた。「それで、何か、後ろに、居るみたいなんだけど」
「ええ」と頷いたのは、絣だった。物陰からの奇襲は想定してたんですよね、とでも言いたげだった。



「全く」
 覚醒状態で、探査の眼を使用するソウマ(gc0505)が、ため息をついた。「毒を扱うならあらかじめ解毒剤を用意しておいて欲しいですね」
 呆れて物も言えないですよ、みたいな冷めた表情で彼はそう言うのだけれど、話を聞きに行ったら大森が居ないとか、頼りない岡本しかいないとか、しかも岡本の話っぷりも何か、要領を得ないとか、そういう諸々に実は意外とそわそわしてましたよねとか、緋本 せりな(gc5344)は知っている。そのためついついそのきりっとした横顔を無意識の内に眺めてしまうのだけれど、そしたらすぐさま、「何ですか」、何で見てるんですか、見てるの知ってますよ、とすっかりばれた。
「いえ、何でもありません」
 むしろ見てませんでした、くらいの勢いで、何事もなかったかのように目を逸らす。「しかし、姉さんから聞いていた通り、癖のある人達でしたね。あの岡本という男も、意外と腹の内が読めないというか」
 うーむと同意とも否定とも取れない呻き声を上げたのは、白鐘剣一郎(ga0184)で、「あんな評判の悪い男が妻と同じ未来研究所に所属しているかと思うと、嫌だな」と苦笑を浮かべていた。誠実と正直と人の良心が服を着て歩いています、とでもいうような雰囲気があり、ただ、何処となく、野性味もあって、軟弱な印象はない。「いずれにせよ時間の余裕はないと見た方が良さそうだな」
「事前の情報によると、この遺跡にあることは確かなようですが」
「やっぱり、比較的広くて、日光が差し込むような場所、とかにありそうですよね」
 それまで黙々と遺跡内部の地図を作成していた那月 ケイ(gc4469)が、顔を挙げ、言った。
「そうだな。やはり月の光の差し込む場所だろうな。あっちの四人と別れてからあらかた捜索してみたが、一階部分に怪しいところはないし、地下へ続く道もないようだ、やはり、ここは屋上に向かうべきだろうな」
「あっちの班は多分、この階段から登ったはずだから」
 ケイが自ら作成した地図を皆に見えるように広げながら、指で示す。「俺達はこっちから、行きましょうかね」腰の辺りから無線機を取り出した。「こちら、B班。どーぞ」
「ま、ここはソウマのキョウ運に期待しようか」
 剣一郎が、微笑を浮かべ、ソウマを、見る。はいはい、みたいに笑みを浮かべていたソウマが、突然ハッとしたように、周囲を見た。「あそこに。キメラですね。三匹発見」
「やり過ごせないか」
「難しそうですね。何せ、通り道ですし」
「そうか」と、剣一郎は肩を竦める。仕方がないな、とでもいうように直刀「月詠」を、抜いた。「ならば、さっさと退治してしまうか?」ずん。覚醒と共に、全身が淡い黄金の輝きに包まれた。敵を認識しました! と言わんばかりに、きい、とキメラが奇声を発する。早速花弁の間から種子を飛ばし、攻撃してきた。
 剣一郎は水色の光沢を放つカイキアスの盾を構え、キメラめがけて走りだして行く。
「援護しまーす」
 おどけた様子で言ったケイが、「練成強化」を発動した。超機械「シャドウオーブ」が仕込まれた右手に左手をそっと添え、掌を控えめに前へと差し出す。剣一郎、ソウマ、せりなの武器が、淡い光を帯びた。
「君では僕を捉えられないよ」
 剣一郎と対になるように走りだしたソウマは、プロテクトシールドを構えながらちょこまかと撹乱するように走り、キメラを撹乱する。狙いが定まらず、おろおろしてますみたいなキメラに、
「植物型キメラね」
 こちらもまた覚醒状態に入ったせりなが、向かう。「面白い」金色のオーラに、腰元まである色素の薄い茶色い髪が舞い上がった。
「もういっちょ、援護ね」
 後方で呟いたケイが、キメラに向け「練成弱体」を発動する。その瞬間を見逃さず、「天都神影流・虚空閃っ」
 剣一郎が、月詠を振り抜いた。飛び出た衝撃派がキメラの花弁を直撃する。
「最後くらいは綺麗に散らせてあげますよ」微笑を浮かべたソウマが、赤い光を纏った超機械「グロウ」を軽快に揺らす。ビビ、ビ、と歪な音がキメラの傍で弾ける。ぱあんと内部が破裂した。細切れになった花弁が、辺りに舞う。その中を走り抜けたせりなが、「さぁ、容赦はしない。緋本の戦闘術、みせてやろう。剣戯緋天流舞!」
 素早く相手の側面に回り込んだかと思うと、水晶のように透き通った刀身のオーラブルーを振り上げ、打ち込んだ。
「これで終いだ。植物に痛覚があるのかは知らないが、潔く逝け!」



「先手必勝」
 絣の宣言が、遺跡内に響いた。「いくわよ!」
 続けて破裂音が、辺りに、響く。美しい銀色の拳銃を構えたエシックが、キメラめがけ銃弾を放った音だった。二匹のキメラの意識がすぐにそれを捉える。ほほ笑みながら、小首を傾げた彼はまた、銃弾を放った。「さて、援護をお願いします」
「了解。とりあえずは敵の行動制限と防御強化主体なんで、攻撃は任せるよ」
 ガトリングガンを構えたジャックが、コピー機のボタンを押すかのように事務的に、引き金を引く。凄まじい勢いで大量の弾丸がキメラの周辺に振って行く。その隙間を縫うように、覚醒状態に入った澪が、目にも止まらぬ速さで駆け抜けて行く。暗い藍色の瞳でキメラを捉えた。「いきますね」と、ぞっとするほど穏やかな口調で、言う。ゆらり、と直刀「隼煌沁紅」を構えた。
 含み笑いを漏らしながら、拳銃をオーラブルーに持ち替えたエシックが、キメラにじわじわと接近していく。飛ばされる種子が、構えたライオットシールドに跳ね返り、散乱した。「もっと、どうぞ」
 キメラはエシックにもう夢中で、飛び回るように回避を続けていた澪はその隙を見逃さなかった。「鳴隼一刀流・隼嶺翔!」
 跳躍した体を、九十度の形に捻ったかと思うとそのまま回転し、目にも止まらぬ渾身の一撃を打ち込む。奇声を発する間もなく潰れたキメラの花弁が、地面を覆った。
「思い通りに動けるとは思わない事ね」
 絣は、腰の右側に吊るした矢筒「雪柳」から、素早く、矢を取り出すと、長弓「桜姫」を構え、弦を引く。ぎりぎり、と耳元で弦が悲鳴にも似た音を上げる。「これでトドメよ!」
 限界まで引き切った弦を、す、と手放した。風を切り裂き、鋭い唸りを上げ、桜色の矢が毒々しいキメラの花弁を切り裂いた。



「あらー」
 とか何か呻いたケイは遺跡の屋上を覆うかのように根を張る大木を見上げ、呆れたように、言った。「こんな場所に生えるなんて、モノ好きな木だねぇ」
「だな」
 煙草の火を揺らしながら、ジャックが頷く。
「ケイさん、ジャックさん、軽食でもどうですか」
 背後から澪の声が言った。
「澪さんが飯盒をお持ちだったんで、白飯付きのグリーンカレーです」
 あれ、何かのCMですか、みたいに、絣がほんわかとほほ笑み、言う。器から立ち昇る白い湯気も相まって、それはとても美味しそうな食べ物に、見えた。
「グリーンカレーはジャックさんから頂きました」
 ぱらぱら、と女子三人が、控えめな拍手を漏らす。
「グリーンカレーに見合うご飯になっていれば良いんですが」
 早速一口、とせりなが、味見をする。「うん、上等上等。我ながら、上手いですね」
「これは、随分と本格的なキャンプになった」
 エシックと共に起こした火の傍に座る、剣一郎が、ほほ笑んだ。「テントはソウマとケイの持ち込みか」
「ええ」と、地図を描く為に用意されていたものの、余ったらしい用紙に何事かを書き込みながら、ソウマが頷く。見れば、エースやスペード等の記号と、数字が書き込まれていた。
「簡易トランプか」
「一勝負どうですか? 夜まで、まだ、時間ありますしね」と、意味深にほほ笑む。
「ああ、御苦労さまです」
 火の前でレッドカレーを受け取ったエシックは、「食後には、甘い物でもどうですか。板チョコなら、持ってますよ」と代わりに出した板チョコを澪に差し出した。
「あ」澪が受け取り、ふわ、とほほ笑む。「頂きます」
「あ。澪さん」
 凄い無表情なんだけど、いや絶対実は甘い物好きですよね、みたいな目でじーっと板チョコを見ていたせりなが、呟く。「チョコ、私も、食べたいです」



 薄闇が辺りを覆っていた。
 ランタンの灯りの中、絣の吹く横笛の音色が、響いている。
 彼女の前で膝を抱えながら座る澪とせりなは、音が止むと暫し茫然とし、それから、はしゃいだ拍手をした。
「凄いですね」
「本当凄いですよね。さっき、同じ班でキメラとの戦闘があったんですけど、絣さんてば弓術も格好良かったんですっ。見惚れちゃいましたよ」
「やめて下さいよ」絣が俯きがちに、手を振る。「私なんて、まだまだですね。もっと多くの人を救えるように、なりたいです」
 うんうん、と無表情に話に聞き入っているせりなは、両腕で自分を抱えるようにし、ぶる、と震える。
「寒いんですか?」
「いえ」と澪を見やり、それから、「まあ」と言葉を濁す。
「良かったら、使いませんか」
 カラフルストールが差し出され、見上げればエシックが立っていた。
「あ」せりなは、ちょっと気まずげにはにかむ。「すいません」
「夜は、冷えますね」
 そっとせりなの方にストールをかけながら、エシックがほほ笑む。とかいう隣で、「また、ソウマさんの独り勝ちかよー」と、悲痛なケイの叫びが漏れた。
「これは、何か、あれじゃないかな」
 もう全然勝つ気とかないです、みたいにゆっくりと煙草の煙を吐き出すジャックが、言う。「災害みたいな、抗えない力なんじゃないかな。勝つとか、無理だよ」
 カードを繰りながら、ふふん、とソウマは微笑する。「僕のことを不落のツキと呼ぶ人もいるんですよ」
「あー王者の気風だ」
「何だろう。何が違うの。どう違うの、え、何なんすか」
「恐らく」
 胡坐の上に頬杖を突きながら、優しいお父さんの風格を漂わせながら剣一郎が、言う。「ケイは完全にソウマに読まれている」
「ずるしたんじゃないんすかー、何か、作った時に細工したとかー」
「僕は、ずるはしません」
 肩とか竦めてさらっとかわしたかと思いきや、「何故なら、する必要がないからです」とかもうがっつり好戦的だった。
「うわー、言っちゃうなー。いやもうこれはあれだよ、俺が勝つまで、やりましょうよ」
「大人げないぞ、ケイ」
 苦笑しながら、ジャックが突っ込む。
「いやいやぜんっぜん聞こえませんねー」
「大丈夫だ、そんなソウマも、寒さには、勝てない」
 剣一郎が、ソウマの足元にある特殊充電式内蔵カイロを指で指し示す。「たまにふと可愛いことするよな、ソウマは」
「なるほど」
 無表情に頷いたソウマが、カードを配る。「次の勝負で、剣一郎さんは、僕にコテンパンにやられてしまうでしょう」



「なるほど、本当にこんな真夜中に実をつけるのだな」
 木を見上げながら、剣一郎が、言った。「念のため採集は軍手を付けてやろう」
 そう言って、皆に軍手を配る。
「そうですね。木を傷付けないよう、なるべく武器は使わず手で採りましょう」
 それを受け取りながら、ケイが言う。
 いち早く木に登ったジャックは、月の光に照らし出された片手に収まる程度の緑の実を、そっと掴んだ。手触りを確かめた後、そっともぎ取る。ぶち、と手の中に重みが乗っかる。「予備の分も確保しておくか」
 木の根元で軍手をはめていたソウマは、ふと、夜空を見上げ呟いた。「ああ、星が綺麗ですね」
 釣られるようにしてせりなは夜空を見上げる。点在する圧倒的な星の数に、「ああ」と思わず感嘆のため息が漏れていた。
「本当に皮肉なくらい綺麗な星空ですね。いつか平和になったら姉さんと一緒にこんな空をみたいものです」
「さて、帰り着くまでもう一仕事だ」
 皆に喝を入れるかのように剣一郎の声が飛ぶ。「夜が明けてからも、まだ、気を抜けないぞ」
「マッピングした結果のメモは、コピーを取りコピーを実と一緒に納品することにしましょうか」
 荷物の整理を初めていたエシックが、言う。「探索ルートと実の所在がはっきりすれば、また必要になったときも調達が容易になるでしょう」
「これでまた一つ」
 採取した手の中の実を眺め、絣が呟いている。「誰かを救うことが出来るんでしょうか」
「ええ。大森さんと部下さんがこの実を待ってますよ」
 隣で澪が、頷いた。