タイトル:ジャンクと環境対策室マスター:みろる

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/12/08 15:49

●オープニング本文



 静まり返った廊下の果てに、その部屋はあった。
 ドローム社本社に勤務して数年になるけれど、そんな部署があることすら、西原は知らなかった。
 今にも消えそうな文字で、見るからに薄っぺらそうな安っぽいドアに「庶務五課」の文字と「環境対策室」の文字がある。
 抱えたダンボール箱を持ち直して、片手でドアノブを捻った。中に、入る。
 のっけから、びっくるするくらいのアルコールの匂いが鼻を突いたので、あれ、ここって場末の立ち飲み屋とか何かでしたっけ? と、戸惑った。
 とりあえず目についた棚にダンボール箱を置く。誰も居ない。移動初日から、誰も居ないなんてどうすれば、とか何か、そわそわする。デスクが三つあったので、そのうちの一つに座り、辺りを見回したり背伸びしたり、とかもう、時間が重い。
 そしたら突然何か、奥に置かれたソファの、裏側からガタ、とか音がしたので、飛び上がりそうなくらい驚いた。弾かれたように立ちあがり、椅子の後ろで身構える。
 うーとか何か、男性の呻き声がした。ソファに、人の手が乗る。黒い、ドレッドヘアーの頭が現れた。重い頭を支えるかのように額を押さえている男の人が、見えた。自分を包む漠然と鬱陶しい物を振り払うかのように、首を振る。暫くすると、男の人は顔を上げた。虚ろな目が、こちらを、見た。目が、合った。
 瞬間、鼻孔に強烈なアルコールの匂いがした。うわ、酒臭、と思わず顔を顰める。
 何か、誰コイツーみたいにじーっとみられていたので、「あのー」と何でかとりあえず一回、背後を見てから「本日、こちらに配属になりました西原と言うんですけど」とか、言ってみることにした。でも、全然反応とかなくて、あ、これはあれですか、無視とかいうやつですか、無視とかいう奴なんですよね、みたいな、凄いシンとした時間が流れた後、「ああ」とか何か、聞こえた。
「え、はい」
 この小さな反応には飛びつくべきだ、と縋りつく重いで反射的に頷く。
「あのあれ何だっけ、製造部から何か、飛ばされてきた人だよね」
「あ、はい」と勢いで頷き「いえ、あの、飛んだりはちょっとできないんですけど」とそこは訂正をした。
「俺、宇部」
 オレ、ウベとか、いきなり良く分からない呪文でも唱えはったのかなあ、くらいに思いながらぼーっと聞き流して、「西原君」と呼ばれたので、はあとか返事したら「俺、宇部」とかもう一回言われて、あーその呪文に対するリアクションとかちょっとどうしたらいいか全然分かんですけど、みたいに愛想笑いしてたら「俺の名前、宇部」とかもう一回、あった。
 とりあえず瞬きとかしてそれからやっと、あ、宇部って名前なんですね、とか気付いたけど、それよりちょっと引っ掛かっていた箇所があった。
「あの、僕はあの、元製造部ではなくて、元営業部でした」
「いきなりこんなこと言ったらあれなんだけど」
「はい」
「どうでもいいよ」
 面倒臭そうに言った宇部が、立ち上がる。身長の高さが目立った。
 がちゃ、とかガツン、とか言わせながら、水垢だらけの「え? 水出るんですか?」みたいな洗面台に頭を突っ込む。
「あのー、すいません宇部さん。それでここでの、仕事っていうのはちなみに、どのような」
「ゴミ漁り、あと、キメラの討伐と捕獲」
 じゃーと水道からの水を浴び、ついでに飲み、ぶるぶる、と首を振る。
「え」
 環境対策とゴミを漁ることは関係があるのか、と悩み、イコールではないかもしれないけど全く遠いというわけでもないかも、と思い至る。
「部署の名前なんて、他人向けなんだからさ。聞こえが良かったらそれでいいんじゃないの。中で何やってるかなんて、分からないんだし」
「仕事って、それだけなんですか」
「まあ、毎日来てれば、そのうち、分かるよ。基本はそれだって思ってればいい」
 見るからに汚そうな、何日洗ってないんですかね、みたいなタオルで顔とか拭きながら、「今日もこれから、ちょっと能力者の人を集めて貰わないといけない案件が一つあるんだけど」と、言う。
「集めて貰わないといけない、というのは、僕が、集めるんでしょうか」
「そうね。ULTに連絡して、とか。俺、そういう書類書いたり、電話したりとか、苦手なんだよね」
「仕事なのに」
「あじゃあ、西原君、あれ? めちゃくちゃ臭い不法投棄場所とか、危険なジャンク広場とか行って、リサイクル資源、見つけてくる? 飛べないのに?」
「やーそうですねー」
 とか途端にいい加減な愛想笑いを浮かべ、「ですよね、飛べないですもんね」とか神妙に頷き、「適材適所とか、ありますしね」とすっかり逃げる。
「実は良いゴミ捨て場を見つけたんだけど、キメラが邪魔でゆっくりと資源の回収が出来ない」
「はー」
「なので能力者の人にキメラ、討伐してきてってお願いして下さい」
「あ、はー」
 とか全然やる気ないですみたいな生返事を返したら、宇部が何か物凄い近くに来た。思わず、後退ろうとしたのだけれど、タオルで頭を固定され動けない。宇部の顔が近付いてきた。ドレッドヘアーの下から覗く顔は、意外と美形だとか驚いている暇もなく、酒臭い。っていうか、タオルが、黴臭い。っていうか何か、獣みたいな匂いで、臭い。
「ねえ、人の話、ちゃんと、聞いてる?」
 これって何ですか、新しい拷問とかですかとか、言いたいけど、言えない。口を開いた時点で嘔吐いてしまいそうだった。「ぎ、聞いでばず」と、必要最低限の肺活量しか使わず、辛うじて、答える。
「どうしたの、眠いの?」
「いえ、ぐ、グザ」
「沼地のゴミ捨て場で、12匹くらいのキメラがうようよしてるの。二メートルくらいのゴミの山が、三つくらい点在してて、その間を人が通るって感じなんだけど。千坪くらいかな。大の大人三人くらいは並んで歩けるし、一応、広い場所もある」
「ず、ずびばぜ、じょ、じょっどはだで」
 宇部の胸元を遠ざけるように、押しだす。細身に見えて、意外としっかりとした胸板にハッとする。
「と、いうような諸々をULTに連絡して、能力者を集めるのが、今日、君がする、仕事。お分かり?」
 何度も首肯し、熱意を伝える。分かってます、分かってますから! どうかこの匂いだけは。と。
「あ、そう」と、やっと宇部が離れていった。タオルと悪臭から解放される。
「どういうわけか悪臭が漂ってるんですが、ちなみにお風呂には何日くらい入ってらっしゃらない」
「ねえねえ、その何か可愛い感じってさ、油断を誘ってるの苛められたいの、どっち?」
「え、二者択一の二者がおかしいですよね」
「あ、そうだ。討伐後には、一応、シャワー室を貸し出しますって付け加えといて。女性とか、やっぱり嫌がる人多いんだよね。臭いし」
「確かに宇部さんは、今の状態では絶対に女性の前とかには、出ない方がいいと思います」



●参加者一覧

山崎・恵太郎(gb1902
20歳・♂・HD
エリノア・ライスター(gb8926
15歳・♀・DG
ソウマ(gc0505
14歳・♂・DG
緋本 かざね(gc4670
15歳・♀・PN
ドゥ・ヤフーリヴァ(gc4751
18歳・♂・DF
安原 小鳥(gc4826
21歳・♀・ER
秋姫・フローズン(gc5849
16歳・♀・JG
Figure(gc6273
28歳・♂・SF

●リプレイ本文




 秋姫・フローズン(gc5849)は皆から何となく遠いような、それでいてはぐれないような、微妙な位置に立ち、様子を窺っていた。
 残る一人の到着を待っていたのだけれど、余りに臭いが酷いので、居なくていいから、やり始めませんか、もうさっさと帰りませんか、とか考えてたら、ふと、声が聞こえた。
「おぉ君、中々面白い感性しているじゃないか」
 秋姫が見ると、金髪の男性が腰を曲げ、覗き込むようにしてドラム缶のような物に話しかけているのが、見えた。
「いや、こちらの君も中々いい」とか何か顎を摘みながら呟いて、まるで美術品を愛でるかのように、ゴミの山を見つめている。何をしているか分からないけれど、凄い不思議だったので、何かちょっとじりじり近づいてみたら、ドラム缶の中とか家電の隙間とかに、焦げ茶色の物体がうごめいているのが、見えた。「あ、き、キメラ」
 彼は、キメラに話しかけている。っていうか、どう見ても、キメラと会話しようとしているようにしか、見えない。
 え?
「なるほどね。私もじめじめは、好きだよ」
 しかも、凄い話しかけてるけど、全然相手にされてないっていうか、むしろ敵発見です! みたいにいきり立っていて、もう全然危険っていうか、いろんな意味で危険だった。
「いや、あ‥危な」
 とか思わず、小さく秋姫が呟いたら、彼がふらーとかこっちを向いた。「美しいものってのは、汚いところで生まれるものだ。私は、この掃き溜めのような場所でどんなスペクタクルと出会うのか、楽しみで仕方がなかったんだ」
「はい、え?」
「Figure(gc6273)だ。遅れて、すまないね。昨晩は遅刻しないようにと歯を磨いてトイレに入って、21時には寝たんだけど。だからといって、間に合うとは限らないのがこの世の常というか、何というか。おっと、危ない」
 とか突然覚醒した彼は、キメラの攻撃を避け、広場の奥へと走り出して行く。あ、どうしようとか、思った。


「うっへぇ、ゴチャゴチャしてやがんなぁ」
 少年みたいに瞳をきらきらさせて、エリノア・ライスター(gb8926)が笑う。とかいう笑顔が、凄い何か眩しい感じがしたので、緋本 かざね(gc4670)もつられて思わず、へらへらした。
「エリっち楽しそうなのですー」
「いやなんか、こういう場所ってアレだよ、秘密基地っぽくて楽しくならねぇ? っていうか、この空洞なんか、まさしく秘密基地っぽくねえ?」
「本当ですー」
 指を差されたのでうっかり何か、顔とか突っ込んでしまい、うぐ、と息を詰まらせる。ありえない匂いがした。ここで出さなければ何時出すんだ、とばかりに、荷物の中から持参したガスマスクを取り出しかと思うと、素早く、装着する。
「よおし、マスク・ド・かざねの出番なのです!」
 しゃきーんとか何か、言ってヒーロー気取りなポーズとか、とってみた。おお、すげえじゃん、とか何か、凄いリアクションとか帰ってくるかな、と思ってエリノアを見たら、意外にうん、とか何か、凄いいい加減に流された。
「とりあえず私も装着しとくか」
 バイク形状だったAU−KVに彼女が跨ると、すぐさま、体を覆うようにアスタロトが変化する
 とか何かやってたら、目の前を凄い勢いで、男子とキメラと、女子が駆け抜けて行った。
「え、何だ、今の」
「キメラに追いかけられてる人を、追いかけてる人、ですかね」
 かざねが唖然と、呟く。そしたら何か、最後尾を走っていた彼女、秋姫が、慌てたように戻って来て、「き、キメラで、す。Figure様が追いかけられてます‥心配、です」とか恥ずかしげに覚醒の変化で赤く変色した両目を伏せ、また走って行った。淡く発光した髪の毛が、きらきら輝く。
 二人は、顔を見合わせた。
「かざね!」
「エリっち!」とか何かとりあえず頷き合っておくことにした。
「さあ! 我らツインテールズの力を見せてやるのですよ!」


「こ、ここは、み、身の不潔さの危険があるね」
 おどおどと、独り言のようにドゥ・ヤフーリヴァ(gc4751)は呟いた。それから何か、「フヒヒ」と意味不明にちょっと笑いながら、隣でフェイスマスクを被ってぼーっと立っている安原 小鳥(gc4826)をちら見する。
「だからその何ていうか。キメラの体当たりだけは、絶対に絶対に避けたいと思ってるんだ。傭兵だろうと、何だろうと、この世の僕には服1着しかないのだから!」
 感極まったようにドゥは拳をぐっと握り締め、芝居ががった仕草で、よし、僕いける、僕はいける、みたいに拳を振る、とかは全部小鳥に向かってやっているアクションなのだけれど、いまいち話を聞いて貰えてないような気がするっていうか、え? 全然ノーリアクですか? 全く聞いてないですか? みたいな感じに、負けた。
「あれ、も、もしかしてき、聞いてないね。フヒヒ」
「にふぉい」
 やっと、小鳥が、何事かを呟いた。マスクの口元がもごもごと動く。今気付いたのだけれど、その口元は異様に膨らんでいる。そういえば先程、ハンカチを詰めているのを、見た。
「にふぉい、ひツイです」
「え? 臭い、キツイです?」
 きっと勢い良くドゥを見た。こく、と頷く。「にふぉい、ひツイです!」
「えあ、うん。いや僕を責められても」
「いふぉぎ、終わらせまひょう‥」
「え? 急ぎ、終わらせましょう?」
 とか何かやってる二人の目の前を、凄い勢いで、男子とキメラと、女子達が駆け抜けて行った。
 あれ、とか顔を見合わせた二人の前に、最後尾を走っていたエリノアが、通り過ぎ様、言う。「キメラが出た! 援軍を呼んでるみたいだぜ。こりゃ広場中のキメラが集まりそうだな」
 楽しそうに言った背後から「酷い悪臭ですよ! 気をつけて!」とかざねが叫んだ。


 一方、山崎・恵太郎(gb1902)とソウマ(gc0505)は、キメラ鬼ごっこみたいな一連の騒動を、いち早く察知し、場所を移動していた。事前に取得した情報から、広場の地理的情報はソウマの頭に入っていて、広い場所には既に目星をつけてあった。
「弱いキメラのようですし、さっさと片付けてしまいしょう」
 覚醒状態で辺りを見回したソウマは、AU−KVを装着する山崎をこっそり一瞥し、目を伏せる。ふん、そうですかみたいな、つんとする猫みたいな顔して、実はその臭いを遮断出来てるくさいAU−KVが羨ましいのだけれど、絶対、言わない。
「環境対策だなんて、エコの時代にぴったりの部署があったんだね」
「まあ、そうですね」
「前線に出てバグアと戦うばかりではなく、目立たないけどこういう資源回収みたいなことも大事な仕事だよね。あれ? ソウマさん?」
 意外ときれい好きというか、散らかってるのは大丈夫でも汚いのは苦手みたいなソウマにとって、この臭いは地獄で、う、っていうかおえ、っていうか、うっかり口元を押さえ蹲りそうになる。けど、山崎に発見されたので、堪えた。
「どうしたの」
「どうもしませんけど。あの、山崎さん、平気なんですか」
「平気? 何が?」
「いえ、においですが」
「ああくさいね」
 ああ臭いねって、全然従容としてますけど嘘ですよね、とか、思う。「でもまあ、独り暮らしの学生寮に住みなれていれば、少々の悪臭くらい気にもならないし、能力者やってれば臭いにも慣れてくる」
 いろんな意味で、え、とか思ったけど、「ソウマさんも平気でしょ別に」とか言われたら「ええ、まあそうですね」と、これはもう要するに、意地だった。
 とか何かやっていたら、辺りが騒がしくなってきた。
「来たね」
 覚醒の影響で、鋭くなっていた目を更に細め、山崎がフェイスカバーを下ろす。獲物を狙う肉食獣のように屈めていた背を更に丸くし、両手を構えるように突き出した。「バーンといってガーンと片づけちゃおうか」
「そうですね」
 腕を組んだ格好のまま、ソウマは背後を振り返った。「こちらからも来たようですよ」
 やはりね、とでも言いたげに不敵に微笑むと、両手を解いて、すぐさま、「先手必勝」を発動した。



「当たって‥!」
 長弓「大水青」を構えた秋姫が、強弾撃を発動する。びゅう、と風を切り裂き勢い良く飛んだ矢が、キメラの体を貫通した。そこで、ぱんぱん、と続けざまに銃声が響いた。追いついた小鳥の小銃WI−01から放たれた銃弾が、清流を思わせる薄緑色の軌道を描きながら、キメラに着弾する。ばちゃあ、と焦げ茶色の体が弾けた。
「お役に立てるよう‥私も、頑張らせて頂きます‥! 秋姫さん、援護しますね」
「あ、はい、ありがとうございます」
 背中合わせで短い会話を交わし、頷き合う。一方は矢を構え、一方は拳銃を構えた。「行きましょう」
「潰れたキメラ、臭すぎるよ! ひ、酷い!」
 見かけはただの杖にしか見えないマジ・クイットを構え、キメラの間近に迫っていたドゥが、疾風を発動し、飛び散ったキメラのねばねばを回避した。「これで体当たりなんかされたら、僕の一着しかない服は果たして」とか何か呟いて、自分の想像があんまりにも怖すぎて可笑しくなってしまったのか、フヒヒとか、小さく笑った。
「最初に言っておく! 私はかーなーりー強ェ!」
 追いついたエリノアが、つんのめる! くらいの勢いで装輪走行を止め、ぴた、と着地する。片手を天に向け突き出した。
「っしゃ、まとめて吹き飛べぇ! 逆巻け疾風ッ、唸れツインドリル! 必殺必中シュツルム・ヴィントォォ!」
 AU−KVの腕と頭部にスパークが走ったかと思うと、超機械トルネードから巨大な竜巻が発生した。ごおおと凄まじい音を立て、キメラを飲みこみ、ぶちびちぐちゃあと一気に潰す。悪臭を撒き散らした。
「こ、こっちには飛ばさないでよ、こっちにだけは飛ばさないでよ、大事な事だから二回言ったよ!」
 点在するキメラと応戦しながら、ドゥが叫ぶ。「盾でも臭くなると困るんだから」
「いやそれは、何とも言えねえ! 手を離れた竜巻については責任は取れねえ!」
「いやいやいやいや」
「汚物は消毒だーっです!」
 かざねが、まるで、二つに分けた自らの髪型と合わせるかのように、二本の機械剣フェアリーテールを交差させ、構える。「フェアリーテール二本でツインテール! 正に私のための装備なのです!」
「さて。それじゃあ、私も」
 Figureが、仕事だからちゃんと働きますよ、みたいに、超機械「扇嵐」をゆら、と動かし、返した。唸りを上げるエリノアの発生させた竜巻の隣に添うようにして、巨大な竜巻が発生する。
「これから奏でられる曲は君達への鎮魂歌」
 超機械「グロウ」を指揮者のように優雅に振るい、ソウマが呟く。「人に危害成す前に疾くと黄泉路へ行くがいい!」
 方々で電磁波が次々と発生する。まるでオーケストラを指揮するかのように、次は君、はい次君ね、と炸裂する花火のように、キメラが散って行く。と。そこで、あ、と自分の頭上に、竜巻へ巻き上げられていた大型の家電製品的な物が、迫っていることに、気付いた。すかさず、グロウで撃破する。ぱああんと弾け、ぱらぱらと残骸が降った。最後にべしゃと何故か腐ったバナナの皮が、落ちてきた。
「ええまあこんなもんですよ」
「呼び込むねー」
 密着状態でレイシールドを構えた山崎が、右へ左へ、上から下へと機械剣を振るいながら呟いた。ミカエルの装輪で行きつ戻りつ、躊躇いも容赦もなくキメラを切り裂いていく。「悪臭の台風からバナナの皮。大変だ」
「ちょ、こんな酷い環境だとは聞いてないのですよぉ」
 先程の気概は何処へやら、嵐から逃げ回るかざねは、もうその時完全に泣いていた。我を失い、慌て過ぎて、ソウマの投げたバナナの皮に滑って、転ぶ。「きゃああああ、なんで、なんでぇ! どうして私のとこに来るのー!?」
「かざね、すまん。わざとじゃないんだ。‥半分くらいは」
「エリっちー!」
「臭いスライムに罪はない、悪いのはバグアだ。悲しい犠牲をこれ以上増やさないために、バグアの殲滅を決意する、なんて展開にはならないだろうけど」
「冷静に言ってないで助けて下さいよー、Figureさーん、うええ」



「よーし運ぶよー」
 電化製品だとかアルミ缶だとかを、AU−KVでせっせと運ぶ山崎の傍らで小鳥と秋姫がガラクタの山を恐る恐る、探っていた。
「それにしても、色々、ありますね」
「楽器とか、あったら拾ってあげたいんですよね。‥ここでは、可哀想ですから‥」
「小鳥様は楽器がお好きなんですね」
「はい」
 ふわ、と微笑み、つられて秋姫もふわりと微笑む。それから、「あ」と、小さな可愛らしい装飾の施された箱を取り上げた。
「かわいい‥箱‥です」
「まあ、本当」
「ふむ。見せて下さい」
 え、とか顔を上げるとソウマが立っていて、失礼とか何か受け取った箱を観察し出した。それから「なるほどこれは」とか何か、芸術家の名前らしきものを口にし、「全盛期の彼の作品に違いありません。いやあさすが、良い仕事をしますね」と、強く頷く。
 続けてハッと何かに気付いたように、箱を秋姫の手へ戻し、ガラクタの山へ手を差し出した。
「こ、これは」
 拾い上げたのは年代物のビクスドールで、「こんな所にこんな物が捨てられているなんて!」と感嘆の悲鳴のような物を叫ぶ。「そしてこれを見つけだしてしまうあたり、やはり、キョウ運の僕なんですね」
 とか、ニヤと唇をつりあげた。また云々と蘊蓄を漏らし始める。
「あれ鑑定士、さ」
「いえ、エクセレンターのソウマです」


 一方、かざねとエリノアもまた別の場所でゴミ漁りをしていた。となりでぶつぶつとかざねが、先程の恨みごとを述べている。
「なんだよかざねー。泣いてんの? いやあれ? 笑ってんの」
「泣いてます! エリっち!」
「わあったわあった。悪かったって」
「だって、ねばねば‥キメラ‥」
「だから帰ったら詫びにいっちょ背中でも流してやるからさ。へへへ」
「背中、ですか?」
「おう、しんぺーすんな。身体洗うのは得意なんだ。いつも兄貴と洗いっこしてっからな」とか凄いマイルドに言われたので、そーなんですかーとか流しかけたけど、いやいやそんなはずはないぞ、とかざねはエリノアを、見た。「え」
「え?」
「いえ、え? お兄さん? あれ、え、二人とも、幾つでしたっけ」
「ん18歳」
「あ、どうしよう。何て言ったいいか分からない」
「なんだよ、何でだよ。兄妹ってそういうもんじゃねーのかよ」
「うん、あのエリっち。何ていうか、他では、言わない方がいいよ」


「はあ、洗い落とすまで兵舎の自室から出られないよ、これ」
 ズボンの裾を悲しそうに見つめながら、ドゥは呟いた。うんまあ、とか何か、隣に立っていたFigureが答える。
「臭い服っていうのも、新しいと言えば新しいよ」
「信じて、いいですか、熟練のメークアップアーティスト」
「まあただ」
「ただ?」
「前衛的過ぎるから人類にはまだ理解して貰えないかも知れない」
「ま、そうですよね」
 結局、そうなりますよね、とドゥはため息をついた。