●リプレイ本文
「それにしても雪山でもないのに遭難する人っているのでありますねー」
美空・桃2(
gb9509)が、呆れているのか、感心しているのか、良く分からない言い方をした。「そのえーっと何でしたっけ、誰でしたっけ」
「岡本か」
無線機の向こうから、答えが聞こえる。
「そんな名前でしたかね。超〜覚えにくいのであります」
「さっきから出てる名前だな、岡本だ」
確かに先程から、無線機を通した会話の中で、岡本を探すには、だとか、そんな話が聞こえている。
実のところ、岡本、と呼ばれている部分は、ことごとく大森だったりするのだけれど、誰も何も言わないし、余りに岡本感がマイルドに浸透しているので、あれ? 実は探されてるのは、岡本さんでした? とか、マルセル・ライスター(
gb4909)は、生えている木に傷をつけながら、そわそわしつつ、でも、何も言わないでいる。
とりえあず、そこ誰がいつ訂正するんだろー、とか何か様子を窺っていたら、ソウマ(
gc0505)が無表情に無線機を掴み通話ボタンを押した。あ、いくの? いくのか、とかマルセルは俄然そわそわして、こっそり息を飲む。
「こちら、B班です。A班どうぞ」とか言ったら、雑音と共に、「ソウマか。A班の國盛(
gc4513)だ」と返答が、ある。
「國盛さん。同じ小隊の仲間として言います」
いけ、とマルセルは益々強く、拳を握りしめた。いけ、ソウマ。全ては君の肩にかかっているんだ、と。
「どうした、改まって」
「実は先程から気になっていたんですが」
「キメラの気配でも、するのか」
「いえあの岡本ではなく、大森です」
よし、言った! とかマルセルはもう興奮したのだけれど、國盛は「ん? 何がだ」とか、意外過ぎる天然ぶりを発揮した。
「いえ、僕達が、探している人です」
暫く、無線機が静かになった。遠く何処かで、虫だか鳥だかの鳴く声がした。何だか、悲しくなった。
「何だ、そうなのか」
「そうなんです」
「どんだけ興味ないんだ、國盛さん」
緋本 せりな(
gc5344)が凄い無表情に無線機を掴み、言う。
「紛らわしいのが、いけない。大森も岡本も、ほぼ、一緒だ。最悪、同一人物だ」
「いえ、同一人物では」
「こんな甚だしく特徴のない名前を俺に覚えろというのは、46歳の俺には、酷な話だよ。だいたい毎日毎日、珈琲店の経営で忙しいんだしだな」
「いえ、興味、ないんですよね?」
「だいたい俺はその、岡本という男がだな」
「いえ、大森です」
「うむ大森。その大森という男が行方不明かどうかということよりだな、美味しいキノコが取れるって言うことを聞いたから、ここに居るんだぞ。だから最悪岡本がだな」
「うんあの大森」
「大森がだな」
「もう一回言っていいかな國盛さん、どんだけ興味ないんだよ」
●
「今、思ったんだが。多分、俺は、実のところ、洗脳されたんだ」
覚醒状態で、探査の眼を使用しながら無線機に向かい言った國盛が、ずっと念仏のようにぶつぶつと「岡本岡本岡本」とか呟いている、未名月 璃々(
gb9751)を指さした。激しい臭いが衣服から立ち昇っている。確か、最初に、煙草のヤニを溶かした水を振りかけた一般の蛇避けですねーとか、何か、微笑んでいるのに人形みたいな能面が言っていた。
「傍でずっと岡本、とか呟いてる奴が居る」
「念仏のように、岡本さんと呟いておけば反応しますかねーとか、思いまして」
「な?」
「いや、な、の意味が分かりませんけれども」
無線の向こうの声が言う。「とにかく、今回は、キノコ狩りではないですから」
とか聞こえたので、え、と漸 王零(
ga2930)は國盛の持つ無線機の方を見た。実のところ、え、そうなの、キノコ狩りじゃないの、とか、絶対口には出さないけれど、相当、驚いていた。
じゃあ我は一体どうしてこんな場所に居るんだ、そうか。キメラの討伐だな。ならキメラ相手に魔剣の試し斬りを。
「人探しですから、お願いしますよ」
え? 人探し?
「アッ、あの、鈴木さんが、イケメン浮浪者に襲われている!」
そこで突然、無線機からマルセルの声が聞こえ、一同は、え、とか一瞬固まる。唐突だったことにも驚いたけれど、内容を理解するのにも、時間がかかった。
「え、鈴木?」とか、誰かがやっと、呟く。
「あ、間違えた! 岡本さんがイケメン浮浪者に」
「いや、もういいよ。グダグダ過ぎるよ。全体的にグダグダ過ぎるよ」
それまで一番、この一件に興味ないです、みたいな顔でキメラの奇襲に注意を払っていた賢木 幸介(
gb5011)がぼそ、と呟く。
「俺なりには、頑張ったんです、せりなさん」
「マルセルさん、落ち込むな」
「悪いが」とか、漸は賢木に、そろそろと近づき、言う。「汝は、人探しだということを、分かっていたのか」
「まあ」若者特有の、照れ臭さを押しこんだような、面倒臭そうな口調で、頷く。「大森って奴、探してんだろ」
「大森とは、誰だ」
「そこからかよ」
●
「絶景絶景」
豪力発現を発動したソウマは、その隆起した筋肉で以て素早く木の上へと登って行くと、枝に足を乗せた格好で、双眼鏡を構えた。「さてさて肝心の大森さんは」
「ソウマ気をつけてね」
マルセルが下からおどおどと頭上を見上げている。「とりあえず俺の上には落ちてこないで」
「大丈夫ですよ。伊達に猫に関する称号は持っていませんから」
「持ってませんから、落ちてこないよね? ね?」
もしかしたら破天荒過ぎる人が身内に居るせいなのか、異様に心配しながら、おどおどとマルセルが、言う。それにしても心配し過ぎだよ、どんだけだよ、とか、せりなは思った。
「周辺の地図は、出来るだけ手に入れていたでありますからねー。上手い具合に、挟撃出来ていると良いのであります」
A班はこっちから、B班こっちから、とか、探索前に指示を出していた、桃2が言う。
未名月が、地形図と周辺気圧、気圧計等で大まかな場所特定を特定してくれたので、桃2はそのデータを元に、二つの班が進み合うことで探査範囲を狭められるように、配置をしていた。「挟み撃ち、であります」
「いや、美空さん。大森さんは撃っちゃ駄目だよ」
「ん?」
とか、木の上のソウマが、呟いた。まるで、辺りの気配を敏感に察知する猫のように、ささと双眼鏡を揺らしたかと思うと「何か嫌な気配がしますね」と、更に呟く。
「キメラか?」
せりなは、オーラブルーとイアリスを腰元から抜き出し、構える。
「俺」
マルセルが辺りを見回しながら、呟く。「映画でこういうの観たことある。ホラ、密林の、やつ」
とか何か言いながら、もそもそとバイク形状だったAU−KVミカエルにまたがると、装着を完了させた。
「今回はヘビだったか。あまり好きなタイプじゃないなぁ」
「キメラさんが出たら丸焦げにしてやるのです」
エネルギーガンをどしんと肩にひっさげた桃2が覚醒状態に入った。額の部分に、アンテナ状の発光体が現れる。「そしてご登場のようでありますよ」
桃2が、前方の方を指さした。ぞろぞろ、とぞろぞろ、と地面を何かが這うような、音が聞こえる。三匹のキメラの姿があった。
「ヘビは意外と美味しいと聞いたけど、どうなのかな? 小骨さえ何とかできれば食べられそうだけど。どれ、私の剣で捌いてみようか」
せりなは二つの剣を交差させ、覚醒状態に、入る。金色のオーラが全身を覆い、瞳が赤く変色した。
ざしゅ、とソウマが、木の上から飛び降り着地してくる。「雑魚にかまっている時間は無いんですよ」不機嫌そうに眼を細め、冷徹な眼差しで、蛇のようなキメラを睨みつけると、超機械「グロウ」を一振りした。「邪魔をされるのは好きではないんです」
強力な電磁波がその場に発生する。更にその後方から、桃2の放った知覚攻撃が炸裂した。「容赦なくぶっ放すです。近隣住民のためにもきっちり駆除しておくのであります」電磁波にねじれ、衝撃に爆発したキメラの体が、辺りに、飛び散る。
「ヘビなんてものは真ん中からぶった切ってしまえばいいんだよ」
二本の剣を交互に繰り出し、せりなは残った一匹に斬りかかった。しかし、する、と攻撃を避けられ、「っと、中々すばしっこい」反対にぐああ、と口を大きく開き、牙をむき出しにしたキメラに襲われそうになる。
「おっと、危ない!」
双剣パイモンを構えたマルセルがそこへすかさず、竜の咆哮を放った。「ドラッヘ・ヴァルカァン!!」
全体にスパークを走らせたミカエルの剣が、キメラを斬る。衝撃がキメラの体を吹き飛ばし、砕く。
「ありがとう。マルセルさんは、意外と、頼りになるね」
「君に何かあったら、君のお姉さんに酷い目に遭わされるからね。でも、意外と、は余計なんじゃあ」
「おっと。まだ、残っていたね」
すっかりもう聞いてないせりなは、両手に持っている武器で素早い二段撃を繰りだした。「面倒臭いキメラだね。だが! 私に死角はないよっ。この素早い連撃を防ぐ術はない。逝け!」
「次の命では、幸せに生きてね。‥‥お休み」
マルセルが、両手を合わせ呟いた。
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「車のタイヤの跡は、どうやらこっちの方みたいだな」
とかいいながら、國盛はもうすっかり、車の轍を見るふりでキノコを探していた。
「三番、と」
漸は、木に進行方向を矢印で示した目印を刻んでいる。
「ところで」
國盛はロープを手に後方をだらだらと歩いている未名月を見る。「お前がここに居ては、アリアドネとテーセウスにはならないんじゃないか」
「いやそう思ったんですが」
黒髪を触りながら、彼女が微笑む。というか、ずっと薄っすらと微笑んでいて、何を考えているのかは、余り、分からない。
「独りで居るところをキメラに襲われても嫌だな、と思いまして」
いやいやいや、とか何か、とりあえず何か言ってやろう、とか思ったのだけれど、そこで、ざらざら、と地面が何かを這うような音が聞こえ、國盛は表情を引き締めた。
同じく漸も、ハッとしたように顔を上げている。
「来たようだな」
「ああ」
二人は素早く覚醒状態に、入る。
漸の左目の周囲に、模様のようなものが浮かび上がった。黒髪が銀色に変化し、逆立つ。黒銀の粒子が体からばっと放出された。
「任せろ。魔剣の切れ味を試すにはちょうどいい」
「もれなく、私の盾、募集中ですー」
ささ、と國盛の背後の木陰に隠れると、未名月はすぱ、と覚醒する。瞳が金色に変色したかと思うと、目の周囲に赤い刺青が浮かぶ。白骨のようにも見えるオーラが、まるで守るかのように、その体を覆った。「練成強化」迫ってくるキメラ三体に向かい、こっそり超機械グロウを一振りする。「そんでもって、練成弱体ですね」
漸の魔剣「ティルフィング」が、淡い光を帯びた。柄の先から剣先にまで施された煌びやかな金色の装飾が、淡い、光を帯びる。しかしその西洋剣には何処か、禍々しい雰囲気もあった。
「心配はいらない。後で料理に使ってやる」
すかさず、振りかぶった魔剣をキメラの胴体へ打ちこんだ。続けざま、横に動かし、内臓をえぐり出すようにして、ずささささと、切り裂いて行く。
「気持ち良さそうだな、それ」
篭手型の超機械ミスティックTを装着した、賢木が拳を突き出しながら、呟く。中心に虹色に煌くトパーズの取りつけられた篭手から、強力な電磁波が発生した。ぐにゃあと裂けそうに歪むキメラに、また、漸の魔剣が炸裂する。
「後始末は、任せろ」
走りだした國盛は、靴に取り付けた爪で残ったキメラを蹴りあげた。すかさず専用グローブに埋め込んだ超機械シャドウオーブを発動させ、攻撃を放つ。無様に開いた口に、黒色のエネルギー弾が飛び込んだ。ぶちゃ、と破裂するかのように、キメラが、散る。
「ふう、終わりましたね」
見れば何時の間にか戻って来ていた未名月が、やはり何を考えているか分からない顔で、ぼーっと微笑んでいた。「ほんと、疲れましたねー」
「いや、何もやってねえだろ」
すかさず、賢木が、呟く。
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パンクした車両を何とかかんとか森から離し、舗装された道路へと移動させた一同は、修理業者を呼んだ。大森にはその対応の為に残って貰うとして、一同は、採ってきたキノコをそそくさと持ち帰り、國盛の営む珈琲店に居た。
「時期が時期だし、それほど期待はしてなかったんだけど」
可愛らしいエプロンをつけたマルセルが、オーブンを覗き込みながら、言う。え、女子? いや、男子だ。しっかりしろ、俺。とか、カウンターにぼーっと肘とかついてるように見えて、賢木は意外と忙しい。
「美味しそうな物をいろいろと見つけられましたからね」
ソウマが満足げに微笑む。
「ソウマのキョウ運が炸裂だったね」
「火山地帯だったんですかね。鉄の多い岩石、木の灰を栄養にした美味しい茸」
未名月が、美味しい物の話をしているのではなく、研究している人みたいな顔で、言う。
「ところでそれは、何を作ってるんだい」
カウンターに座るせりなが、聞く。
「ゼンメルクネーデルと、きのこのホワイトソース添えと、香ばしいホイル焼きを作ります」
「ゼンメルクネーデルって、何?」
「パンで作ったお団子」
「ふうん」
どちらかと言えばいつも、気弱そうな印象の強いマルセルだったが、料理に関しては非凡なようで、てきぱきと鮮やかに作業を進めている。
「折角なら、大森に食べさせれば良かった」
漸が、ぼそ、と呟く。え、毒見的な? キノコの毒見的な? みたいな全員が漸を見た。
「いやまあ、森を彷徨ってたなら、疲れてるだろうし、腹も減っていただろうからな、と」
「その言い方だと確実に、毒見みたいに聞こえたであります」
かいがいしく、スプーンやフォークを並べていた桃2が、すかさず、指摘する。
「でも、野性化してなくて良かったですね」
とか全然喜ばしいことを話している表情ではなく、むしろ皮肉めいた口調で、未名月が言う。
「え、野性化?」
「大森さんです。精神摩耗で、野生化とかしてたら嫌じゃないですか」
「前回は毒、今回は遭難、ま、どれも自業自得ですね」
「でも、ちゃんとしてるのかなあ、大森さん」
口元に指を当て、マルセルが呟く。とかその顔がまた、うっかり女子みたいに可愛くて、いや、違う男子だ、しっかりしろ、俺、と賢木はまた、忙しい。
「研究所の人が至急確認したいことがあるそうですよ、とは言っておいたけど」
「この辺だと電話通じないみたいですし、その友人宅で電話を借りてはどうでしょうとか、マルセルが言ったら、行こうと思ってますけど何か、みたいな顔してたし、あれはきっと行くんじゃないかな」
せりなが言うと、ソウマが頷く。
「ですね。行く気満々だったから、行くんじゃないですかね」
「何はともあれせっかくの一仕事後だ」
珈琲サイフォンを眺めながら、エプロン姿の國盛が、言う。「ま、皆ゆっくりしていってくれ。俺も料理には少し覚えがあるからな。美味しいキノコご飯でも作るつもりだ」