●リプレイ本文
荒廃した街の一角に積み上がるゴミの山を見て、アセリア・グレーデン(
gc0185)が言った。
「早く終わらせて帰りたいですね」
色白の横顔は多少、引き攣っても、いる。「個人的にこういう場所はあまり」
「匂いも、多少、ありますが」
とか、沖田 護(
gc0208)は答えたのだけれど、実のところそんな事より、彼女が背中に背負っている、大剣みたいな斧みたいな巨大なやつが、でかいな、目立つな、と気になっても、いた。しっかりとした武具を装備している為か、動く度に、がしゃがしゃと、派手な音も出ている。
「ゴミ山漁りな。まあ、報酬が高めだから文句は無い。むしろ、バグアの手先のキメラも仕留めて鬱憤晴らしも出来るし、一石二鳥と見るべきだ」
キルス・ナイトローグ(
gc0625)の返事に、なるほどそういう考え方もあるのか、と神妙に頷き、吹き付けて来た風に、ぶる、と身を震わせる。「それにしてもやっぱり少し、冷えますね」
それから、静かな荒廃しきった町だから、余計にそう感じるのかも知れないと、思った。寂しさと寒さは、少し、似ている気がするからだ。
「いやここはまだマシだな」
毒島 咲空(
gc6038)がロマンチズムなんか吹き飛ばせ、っていうかもー完全に吹き飛ばしちゃいました、みたいな、しっかりとした声で言う。「シベリアじゃ−30度を下回ることもある。あの時の冬は、寒かった」
「あ、そうですか」
ですよね、そりゃシベリアと比べられたらね! とか、女子の現実にいつも悲しむ男子みたいな顔をして、沖田は呟く。「何せ、シベリアですもんね」
「そうだ、シベリアを舐めちゃいけない」
「まあ、シベリアは良いとして」
キルスが、そのくだり全然興味ないです、みたいな顔して話を戻す。
「まずはバグアの手先の始末だ」
「ええ」
実は私も全然興味ありませんでした、みたいにアセリアが頷く。「そのためにはまず、キメラを探さなければいけないわけですが」
「誘き出すのか、町を徘徊するのか」
「徘徊してたらそのうち、向こうから寄ってくるかもしれませんね。私の格好なら嫌でも目立つでしょう。必要以上に音も出ますし」
あ、分かってるんですね、自分でそれ言っちゃうんですね、とか、沖田は驚いてアセリアを見る。
「何ですか」
いえ、とか何か顔を伏せて、無線機を取り出す。通話ボタンを押しこんだ。「こちらA班の沖田です。B班側キメラ状況は?」
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「血の臭いと、風呂に入っていない臭いは違う」
無線機から聞こえて来た沖田の声に、月城 紗夜(
gb6417)が応答していた。「風呂は日本の文化」
暫く、無線機の向こう側が静かになった。間を置いてから、「え」と沖田の声が言う。突然何を言い出すんだ、っていうか、あれ、これは本当にB班と繋がってる回線なのか、と戸惑っているようでもあった。
「こんなことを言うと、余計に混乱させるかもしれないんだけど」
緋本 せりな(
gc5344)は、自分の無線機の通話ボタンを押し、会話に入り込んだ。「月城さんが、自分の腕を刀で切って出た血を、辺りに撒き散らしている」
無線機の向こうがまた、静かになった。やっぱり、驚くよね、だって自分の腕とか切っちゃうんだよ、凄い平然と切ってたんだよ、とかせりなは思ったのだけれど、暫くして「ああ、そういうことですか」とか、凄い納得した声が聞こえたので、こっちがえ、と驚いた。「それなら、良くあることですよ」
「え、良くあるの」
「え、良くあるのか」
せりなの声に、國盛(
gc4513)の声が続いた。「そうか、良くあるのか」とか、いやもう何か俺、最近の若い子のすること、分からなくて、歳ってやつなの、みたいな、何とも言えない表情を浮かべる。
「だけど、血の匂いは有効だと、思う」
興味があるのかないのか、ああ血ですね、血が流れてますね、ああ、ゴミですね、ゴミ山がありますね、みたいな、感情の読めない表情で、LEGNA(
gc1842)が呟いた。
懐に刺した日本刀の鞘に右手を預け、特別緊張した面持ちでもなかったけれど、かかってきたらいつでも切りつけるけど、何か、みたいに隙のない雰囲気も、ある。
「そうだ、有効だ。我は無駄なことはしない」
大型ゴミの上に立っていた月城が地面に降り立った。かと思うと、何かを耳に詰め込み、覚醒状態に入る。ぞわと左頬に、黒い蝶のような痣が浮かび上がった。赤く染まった瞳に、白い十字架が、浮かぶ。近くに停めてあったバイクに跨ると、AU−KV「ミカエル」の装着に入った。
「キメラめ。血の匂いに誘き寄せられてのこのこ出てきよったわ」
ずおおおお、とミカエルから、轟くような排気音が出る。
「こちら、B班。キメラ発見。これから、討伐する」
せりなが無線機を掴み、言った。
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「始めましょうか」
遠くから飛び込んでくる二匹のキメラを発見したアセリアが、背中から斧剣「インプレグナー」を抜きながら、言う。
覚醒状態に入った。ずず、と彼女の八重歯が、鋭く伸びた。真紅に染まった瞳から、血のように赤い涙がとめどなく落ち始める。
がちゃん、と斧のようにも見えていたインプレグナーの形態を変えた。巨大な剣が、現れる。「半端に傷を負わせて他に逃げられても鬱陶しい」
「皆さん、援護はきっちりしますので、前に集中お願いしますね」
エネルギーガンを構えた沖田が、同じく覚醒状態に入る。明るい緑色のオーラのような輝きが、まるで、オーロラカーテンのように、彼の周りをゆらゆらと包んだ。「行きますよ」
「八つ当たりを兼ねた鬱憤晴らしだな」
覚醒の影響で、全身に黒い霧のようなもやもやを纏ったキルスが、浅葱色の穂先を持つ大きな槍グラーヴェを一振りすると、脇に挟み込んだ。「覚悟するが良い。鳥頭ども」
そのまま、駆け出したアセリアに続き、だだだだと走り込んでいく。
「なるほど、鳥頭か。うまいこと言うな」
咲空は、覚醒の影響で紫色に変色した髪を揺らしながら、キメラの側面めがけ、同じく走り込んでいく。「是も非も無い。キメラなら、ただ、壊すだけ」
「練成強化!」
沖田の声が飛ぶ。エネルギーガンが、ぐううん、と唸りを上げた。あれ、これ、それ、と視界に入る三つの武器を強化していく。それぞれが淡い光を帯び、攻撃力を増した。
きいい、きいい、と頭上を飛ぶキメラが超音波を次々と口から吐き出し、攻撃を繰りだしてくる。飛び跳ねるようにして辺りを徘徊し、それらを避けると、アセリアは大剣を振りかぶり、キメラの翼部分目掛け飛びかかった。「両断剣!」
赤色の光を帯びた剣が、キメラの翼部分に食い込んだ。肉と骨の硬さが、両手に伝わってくる。押し込むように、剣を振りおろす。
「ぎゃあああ」
片方の羽根をもがれ、バランスを崩したキメラに、キルスが飛び込んでくる。まるでもがくかのように振り回された爪の攻撃を槍で受け止め受け流し、同じく両断剣を発動させると、腹にずさ、と槍を突き刺した。それから、ハッと顔を上げる。残った一匹がすぐ傍まで迫っていた。
「羽根をもがれた鳥頭」
良い気味、ぷ、とでも言いたげに、咲空は疾風を発動させ、さらに迅速を発動し、ぐううんとスピードを増して行く。きいいい、とキメラの口から早速吐き出された超音波の攻撃を避け、両手に構えた超機械「シリンジ」の上下を、くるん、と器用に入れ替えた。「悪いね。私は音よりも速い」
キルスの側面へと迫っていたキメラの側面へと回り込み、その頭部へとシリンジを突き立てた。「脳漿をブチまけろ!」
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「来るか」
覚醒状態に入ったLEGNAが、ゆら、と日本刀「大祓」を抜いた。黒と紫の混じったようなオーラが、その体を包み込んでいる。感情の読めない薄い灰色の瞳で、飛びかかってくるキメラを見つめた。
「今回のは何かと厄介そうなキメラだね。まずはその羽を墜とさせてもらおうか!」
覚醒の影響で紅く変色した瞳でキメラを睨みつけたかと思うと、フォルトゥナ・マヨールーを構えたせりなが、銃弾を放つ。彼女を覆う金色のオーラがその銃声に合わせて、波打つように、揺れた。「ウロチョロと目障りだっ!」
二発の弾丸が、キメラの翼を撃ち抜く。失速しながら着地したキメラに向かい、月城のミカエルが突進して行った。脚部に派手なスパークが生じ、どんどんと速度が増す。直刀「蛍火」を振りかぶると、刃先をキメラの背後へと素早く回り、まるで肉が盛り上がったかのように突き出している羽根へと突き立てた。
ぐ、っと力を込め、一気に振りおろす。ぶち、と筋肉や筋の切れる感触が、ミカエルの起動の振動と共に腕に伝わる。
その隙にせりなは、休む間もなく飛びかかってくるもう一体のキメラへ向かい、ソニックブームを繰りだす。飛んで行く衝撃派を、空中に浮かび避けたキメラが、すぐさま反撃の体制に出る。
「‥‥!」
びゅん、と目にも止まらぬ速さで駆け付けたLEGNAが、せりなとキメラの間に割って入った。鋭い爪を突き出すように繰り出された攻撃を、素早く抜いた剣で受け止める。
「これは、使えるか?」
跳ね返すように敵の攻撃を押し戻し、その辺りに落ちていたらしい何かの部品のようなゴミを遠くへと、投げた。ハッと一瞬、キメラの意識がそちらに取られる。
「今だ!」
「よし」
その隙を見逃さず、拳銃グレビレアを構えた國盛が、素早く、弾丸を放った。だんだんだん、と真紅の銃身から放たれた銃弾が、キメラの翼を撃ち抜く。ばさ、ばさ、と羽ばたくごとに、逆に地上へと降りて行くキメラへ、せりなが飛びかかって行く。素早く相手の側面へと回すとオーラブルーを振りかぶった。
「ふん、翼をもがれてはただの薄気味悪いキメラだな。もっと楽しませてもらいたいものだが、まぁ、さっさとくたばりなよ」
逆方向からキメラへと接近したLEGNAが、体を回転させると、同じく、大祓を振りかぶる。
「ああ、これで終わりだ」
左右から同時に繰り出された、渾身の一撃が、キメラの胴体を交差するように切り裂いた。
「我の方も、終わりだ」
翼を切り裂いた月城の蛍火が、今度は、下段から、上段へとキメラの胴体を切り裂き、後方へと抜けて行く。
●
「それにしても、これはまた壮観なゴミの山だな」
國盛が咥え煙草で、そんな感想を漏らした。「ゴミ漁りは趣味じゃないんだが」
「それにしては凄い、日用品ばっかり、目についてるみたいだけど」
隣に立ったせりなが、すかさず、國盛がより分けたゴミを指さし、指摘してくる。「持ち帰っても、使えないんだよ、分かってるかい?」
「まあ。そうなんだが」
本当は凄い持って帰りたいんです、持って帰ってこの鍋とか特に喫茶店とかで使いたいんです、名残惜しいんです、みたいな目で、國盛がゴミを見つめる。
「よだれが出ている、國盛」
「おまえだって軍手の手に大事に持ってるそれは、何だ」
「これは、別に何ていうか、今拾っただけで」
とかちょっと気まずそうに顔を伏せる。汚れてはいるが美しい装飾の施された小箱が握られていた。「どうやらオルゴールみたいなんだ。とても、良い音が出る」
「欲しいのか」
「貰って帰っても、回収されちゃうんだよね」
そう言って、蓋を開く。
「確かに、きれいな曲だな」
「でも、今この間だけは、いいよね」
「これも、世界の一つの姿か」
荒れた町の様子を見回しながら、沖田が呟く。傭兵になってもうすぐ一年。日本にいた頃には知らなかったこんな風景、とかそんな気分に、暫し、浸る。それから、拾ったゴミ等を眺め、かつての彼らの生活に思いとか、馳せてみた。とかやっていたら何か、がちゃん、がちゃん、と凄い騒がしい音が聞こえて来て、もうすっかりロマンチックな気分が飛んだ。残念な気分で振り返ると、傍で咲空が、凄いワイルドにゴミの山を漁っていた。
「何か良い物が見つかりそうかい、毒島君」
「良い物というわけではないが。ロシアンガスマスクを見つけた」
「ガスマスク?」
そんな物を見つけたからどうなんだ、と思った。実際「そんな物、どうするんですか」と口にも出したのだけれど、全然聞いてない咲空は、遠い目で語りだす。
「あの子はこういうのが好きだったな。今年でもう、12歳か。早いものだ。流石にもう、こういうのは被っていないだろうが。今どうしているのだろうか」
「あの子って」また答えて貰えないのかな、とか思って聞いたら、意外とすぐに返事がきた。「妹だ」
「あ」
「しかし私は良い姉ではなかったな。他人を救うことばかりを考えてきた。本当は、他人よりまず守るべき物があったのに。馬鹿だな」
「まあ」
沖田は寄り添うように、でも全然何も言い表してないような言葉を漏らす。「そういうことって、ありますよね」
「たまには、会いに行ってみるのもいいかも知れないな」
支給された大きなかごのような物を下げ、金属製のハサミで銃の弾丸や装甲等に使えそうな金属類を拾っては、かごの中に放り込んでいく、という作業をしていたキルスは、そこに佇んでいるアセリアに気付き、顔を上げた。
丸く白い、何だか良く分からないゴミをじーっと見つめている。
「おい、どうしたんだ。そのゴミが何か」とか何か言ったら、アセリアがぽそ、と呟いた。
「大福に」
「え」
予想外も甚だしい言葉が聞こえ、キルスは驚く。「何だって?」
「え」
するとアセリアが、驚いたように顔を上げた。何だ、聞かれていたのか、というか、私は今、何を呟いたのだ、とでもいような、呆けた表情をしている。
「いや確か今、大福って」
とか言うと、凄い真面目な顔でじーっとか見つめられ、え、と思う。暫くして、彼女は言った。
「いや言って、ないですよ」
「言ったよな」
「言ってないですよ」
「確かに、大福って言ったよな」
「言ってないです」
「これは、どうだろう」
「電化製品、分解すれば不燃ゴミである」
支給されたゴミ袋にゴミを詰めていた月城が、LEGNAの呟きに、答える。かと思うと、「アルミタブ寄金とか、小学校の時にやったな」とか何か、凄い無表情に呟いた。
「それにしてもこれ、どうやって持って帰るんだ」
「我はAUKVの後ろに乗せて運ぶとかしないからな」
まだ何も言ってないのに、素早く月城が拒絶を示す。それが余りにも拒絶だったので、ただ何となく言っただけだったLEGNAとしては「あ、うん」とか頷くしかない。
「寧ろ、誰かトラック持ってこい」
とか思いっきりこっちを見て言うので、誰かって、あれ、僕に言ってるの、くらいの事は思ったけど、とりあえず何か、ぼーっとか回りを見渡してみて、「トラック、無理」とか、呟いたけど、月城はもう聞いてない。
「やはり、少し、臭うな」
「出たらすぐに風呂に入れるらしいけど」
「ロシアで風呂になると、凍りそうだ。そうだ、岩盤浴はどうだろう?」
「どうだろうと言われても」
「作れ、UPC正規軍」
「だからこっち見て言われてもさ」
とか言ったけど、やっぱり月城はもう聞いてなかった。