●リプレイ本文
「家の中に虫キメラが大量になだれ込んでくるなんて、想像もしたくないな」
山崎・恵太郎(
gb1902)が、覚醒の影響ですっかり猫背になりながら、呟いた。「虫が苦手というわけでもない俺でも、さすがにイヤだ」
よれたカットソーに、ざっくりとしたジャケットを羽織った姿はお洒落だったが、その姿で虫とかこそこそ探していると、泥棒にも見える気がする、とか何か、ルーネ・ミッターナハト(
gc5629)はこっそり、思った。そしたら何か山崎が振り返った。ボディアーマーの、特に厳重に武装された首回りや袖口の辺りを、じろじろと見ている。「虫、やっぱり、嫌なんだね」
「中に飛び込まれないように、ですか」
よっと、とか覚醒状態で豪力発現を発動したソウマ(
gc0505)が、ごてごてとした装飾の施された、古めかしいデザインの鏡台を動かしながら、言う。どちらかと言えば小柄な彼が、大きな鏡台を易々と動かしたりするのは、少し奇妙な光景にも、見えた。
「精神的なダメを受けるのは、視覚だけで、十分ですし」
シグナルミラーを使い、ソウマの作ってくれた隙間を、間接的に確認する。ちろちろと黒い影がそこに動いていたら、とか思うと、ざわと頬の毛が逆立つ気がしたが、そんな影が見当たらず、ほっとする。ほっとするけど、さっさと駆除してしまいたい、という気もあるので、最終的には微妙な気分だった。
「まあ、家をメチャクチャにされたらかわいそうだし、早いところ害虫駆除してあげよう」とか言った山崎が、無言でソウマの方を見やった。
「え、何ですか」
「いや、キョウ運が」
「それにしても研究所の職員って、あんなに螺子が緩んだ方ばかりなのかな?」
ふと思ったので思わず口に出してしまったのだけど、そしたら、すぐさま、ソウマが答えた。
「あの人は、特別、変なんですよ。相手にしない方がいいです」苦い物を食べたみたいに、端整に整った眉を潜める。
「誰のことか、分かるんだ?」
「ここに居た螺子の緩んだ男と言えばあの人くらいしか、思いつきません」
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「くそっ、あの緩み螺子男! なんてことをしてくれたんだっ!」
緋本 せりな(
gc5344)は、二階の部屋を調べる間中ずっと、罵りの言葉を上げていた。それは例えば、虫が潜んでいそうな場所を調べる時だったり、背後から不審な音がした時だったりが特に顕著だったので、もしかしたら、凄いクールに見える彼女も、実はゴキブリ的な物だけはどうしても駄目なんじゃないか、とマルセル・ライスター(
gb4909)は疑っていた。というか、確信していた。
「それにしてもマルセルさん、その格好は、寒く、ないのか」
上半身ばかりそんなに厚着をしても、下半身がそれでは、本末転倒なのではないか、と思っているような目でせりなが言う。
ああこれね、とマルセルはこめかみに指先を当てた。「俺も寒いから長いズボン穿きたいんだけど、妹と母が、長いズボンを穿くと風水的によくないっていうから」
「それは、騙されてるんじゃないのか」
「ところでせりな、虫、怖いの?」
「な、何を言うんだ。怖くないよ」
「ふうん、本当に?」
とか見た目こそ幼い、可愛らしい男子の、くるんとした瞳がせりなを見つめる。心配をしてくれているのか、それとも嫌味なのか、表情を失くした童顔は人形のようで、判断がつかない。
ただの無邪気な子供だと思っていればいいのか、それとも成熟した男性へと変化し始めていると意識すべきなのか、危ういバランスの滲む童顔を見ていると、時々、分からなくなる。
「な、何ていうか。別に、怖くはないよ。ただ、何ていうか、あんなもの、好きな奴なんか居ないじゃないか。だから、ほら、これは終わったら上等な紅茶でも振舞ってもらわないと割に合わないね、とか思ってるだけだよ。お菓子とかも一緒に」
「そうだね、それも、いいね」
柔らかく微笑みながら、マルセルがまた前を向く。せりなは、心なしか安堵する。
「実はさっき、高級そうな茶葉を見かけたんだ。あれは、美味しいよ、きっと」
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「だから、岡本だか大森だかは、要するに佐々木の家に辿りつけたわけだな?」
ゴミ箱を覗き込みながら國盛(
gc4513)が言うと、立花 零次(
gc6227)が「いえですから、大森さんです」とか口を挟み、するとまた國盛が「それで無事解決かと思ったら、今度は、キメラ発生か? その大森だか岡本には何か憑いてるんじゃないのか?」とか、もう全然そいつらの名前覚える気ありません、みたいに、言った。
いやだから大森、とか呟いて、立花は諦めることにする。まあ、と厨房の棚などに目を走らせた。「まあ、でも、避難はさせましたし、大丈夫でしょう。岡本さんも佐々木さんも」と記憶を手繰る表情になり「無事ですし」と続ける。
「ま、とにかく。ゴキブリは敵だ。キメラでなくとも、な」
「やれやれULTはいつから害虫駆除業者になったんだ?」
毒島 咲空(
gc6038)が面倒臭そうに、呟いた。十字架の形状をした超機械を、片手に叩きつけるようにして、出て来たらいつでもやっつけてやる、と準備万端な様子でそこに突っ立っている。ただ、細々と探すのは面倒臭いのか、突っ立ているだけだった。
「虫型キメラな。そういえば、ウチの爺が虫料理とか好きな変人だったな。常々妹が真似したらと、ハラハラしたものだ」
とかいう冷たい顔やら、青い髪やらが、どうしても知り合いに似てるなあ、とか立花は凄い気になっていたので、妹が居るなんていやむしろそうですよね、お姉さんとかですよね? とか思い切りじろじろと見ていたら、「どうした? 私の顔をじっと見て」とすっかり、ばれた。
「いやあの実は」と事情を説明しようとしたら、「まいったな。見惚れたか、私の美貌に。それは仕方ない。許す」とか予想外の言葉が帰ってきて、え、と立花は戸惑う。「あ、いやそうではなくて、あのすいません、毒島さんってもしかして」
「そうなんだよ。とにかく私は昔から、きみのような大人しそうな男に興味をもたれることが多い」
とか人の話全然聞いてない咲空は、無表情にそんな事を言い、腕を組む。「何故かな。そうだな、人間とはあれだな、自分にはない物を求めるものだからな」
「いやあの、毒島さん」
「だが、すまない。私は」
「いやあの、毒島さん、あ、どうしよう、マスター」
どうしよう、アンドロイドの変なスイッチ押しちゃった、助けて、みたいな気分で立花は國盛を振り返る。
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「ルーネさん、そこに隠れてますよ!」
ソウマの鋭い声が飛んだ。指揮棒のような形状の超機械「グロウ」を優雅に振るい、空間を漂うキメラの回りに強力な電磁波を発生させる。その間にもまるで、オーケストラの全ての音を把握する指揮者のごとく、次々と照準を変えて行く。「しかし数が多い。ホント不愉快ですね」
「同感」
最初こそ、ふん虫ですか、そうですか、くらいの表情でキメラとの戦闘に挑んでいたルーネも、上と思ったら左、左と思ったら下、みたいなキメラの動きに次第に翻弄され初めていた。狙いを定め、注射器型の超機械シリンジの押子を押し込む。と思ったら、またぐうんとキメラが角度を変えた。ハッと気付いたら、首元にキメラが迫っている。
まるで人を嘲るように飛び回り、向こうも必死なのだろうが、どうも馬鹿にされているような気分がしないでもない。おまけにあのビジュアルだ、とか思うと段々腹立ってきました、っていうか、むしろ切れました! みたいに、白い頬を真っ赤にさせたルーネが呟く。「潰す‥!」
疾風を発動した。「潰す! あの個体だけは絶っっっ対に!」
黄金色に変化した髪の毛や全身を覆う朧げな光すら、怒りに逆立たせるようにし、猛烈な勢いでだっと一気に駆け出した。
「意外と、熱いんだね、あの子。家具とか、壊さないといいけど」
キメラの攻撃を構えた雲外鏡で防ぎながら、山崎が呟く。鏡のようになった部分に黒光りするキメラが映り込んでいた。
「仕方ないですよ。こんなに数が多いと、僕でも見ているだけで気分が悪くなります」
「自分で発見しておいて?」
ぴきーんと何かをひらめいたかのようなソウマが、ここが、とか呟いて開いたクローゼットの中に、大量のキメラが隠れていたことは、そのキョウ運と無関係ではあるまい、とか思っていたら、いきなりぐい、と手を引かれた。
「おっと、危ない」
ソウマがまるで、盾のように山崎の体を突きだす。目の前に長い脚をした黒光りする奴が迫っていた。咄嗟に竜の爪を発動させ、ゲイルナイフの湾曲した刀身を胴体部に突き指す。そのままくるん、と刃を返すと、迫ってきたもう一匹に反対側の刀身を突き刺した。で、え、何ですかこれ、みたいな表情で背後を振り返ると、「すいません。余りにも気色悪くて」とかソウマがにっこりと天使のように微笑んだ。
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ソニックブームを避けた一匹が、何時の間にか眼前に迫っているのを見て、せりなは思わず、素っ頓狂な悲鳴を上げた。
「ひ、ひぃ!」
どしん、と怖気づくようにその場に尻餅を突くと、すっかり、腰を抜かす。「や、やっぱり、やっぱり駄目だ、ゴキブリだけは!」
傍らに落ちてしまった小型超機械αに手を伸ばすも、キメラの動きが気になって、上手く掴めない。
とかやってたら、キメラがだ、と飛んだ。
「ひー!」
「せりな! 危ない!」
双剣パイモンを振りかぶったマルセルが竜の瞳を発動させ、駆け寄る。短い鎖で繋がった双剣をぱん、ぱん、と交互に繰り出すと、薄気味悪い羽音を出すキメラを打ち落とした。
「せりな!」
「ま、ままま」
「せりな、俺の目を見て。大丈夫だから、ほら、ちゃんと見て」
「ま、ままま」
「よしよし、そう、そしたら息を吸って、はい、ゆっくり、吐いて。俺がフォローするから大丈夫。落ち着いて」
「ま、マルセルさん、すまない。あ、ありがとう」
「俺のことはいいんだ。君に怪我が無くて、よかった」
ふわん、と柔らかい洋菓子のような顔でマルセルが微笑む。せりなは思わず、立派な男子を見るようにマルセルを見上げた。
「えへへ」とか恥ずかしそうに微笑んだマルセルは、それからちょっともじもじとしたかと思うと「俺のこと頼りになるお兄ちゃんって思ってくれていいよ」とか言った。
まあ、そうだねとか何か、社交辞令で答えようとかしたら、「いやむしろ頼りになるお兄ちゃんって思って」とか意外と真剣な顔でマルセルが迫ってきて、「でね、一度でいいから、俺をおにいちゃんって呼んでくれるかい?」とか続けた。真面目過ぎて、えどうしようとかちょっと、引いた。
とかいうのを知ってか知らずか、「だって妹もお兄ちゃんって呼んでくれないし、淋しかったんだもの」とかちょっとトロンとした怪しい目つきになったマルセルが、「だからせりなお願い。一度でいい。お兄ちゃん、って、言って。俺が守って、あげるから」とか更に、危ないことになった。
「え」
あ、やばい。この人若干、ヤバい、とか何か言おうとしたその時、残った一匹がまたぶうんとか飛び出したのをせりなは見逃さない。ハッと顔をまた恐怖に歪めたかと思うと、震える指を勢いよく突きだした。
「マ、マルセルさん! き、来てる来てる! な、何か出してる何か出してる。やばい、やばいよ! はははは、早く!」
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「なんて、普通女性はこういうとき、悲鳴のひとつもあげるべきか?」
アンドロイドみたいに無表情に、超機械ハングドマンを両手で構え突きだした咲空が、どんと強力な電磁波を発生させ、言った。「生憎、そういうのは、よくわからなくてな」
言い終わるが早いか、抜刀・瞬を発動させると、超機械シリンジを懐から取り出し、頭上に迫っていたキメラへ突き刺す。
「キメラ。紛い物の命。生命の輪から外れた、忌むべき、そして悲しい存在」押子を操作すると、ぎゅいいい、と辺りの空間が歪み始めた。「私がバグアの呪縛から救い、神の元に送ってやろう。‥着払いでな」
「喫茶店を営む俺としてもあいつらは天敵だ」
サファイアのように青く煌めく美しい煌槍、サファイアを振り回し、國盛が、酷薄な笑みを浮かべる。「徹底的に殲滅してやろう」
槍の柄で撹乱するようにキメラを突くと、狙いを定め、ずさ、と槍先で腹を突き刺した。軌道に添って残る青い一筋が、幾重にも重なり、彼を取り巻いて行く。
「お二人とも、流石ですね」
厨房内で三角形を描くように立つ三つの点の一つに陣取った立花が、漆黒の粒子に覆われた、長髪のようにも見える髪を揺らし、言った。「お二人が動きやすいように援護はしますからね」
片手に装備するカニの爪のような形をした武器グランキオフォルフェクスを、前方へと繰り出すと、狙いを定めてキメラを挟み込み、じゃきん、と胴体部を切断する。「全く、数だけは多いな、雑魚のくせに」
キメラが、壁から床へ、床から壁へと飛び回り這い回る。常にこちらに攻撃してくる機会を狙っている。咲空は紫に変化した髪を揺らしながら、疾風を発動し、纏わりついてくるキメラを追い払う。チッと舌打ちを漏らした。シリンジを構える。
それより少しばかり早くキメラの尻尾から緑色の粘液が飛び出した。
「危ない!」と槍を突きだしたのは國盛で、フン、と厨房の入り口の扉を前に突きだしたのは咲空だった。ずぶ、と國盛の槍が、キメラもろとも厨房の木製のドアを突き破る。
「あ!」立花が声を上げた。「あらら」と、咲空も他人事みたいな、むしろ、國盛のせいみたいな顔して呟いた。
「いや俺は知らんよ。お前が扉とか閉めてくるからだろうが」
「きみが攻撃してこなければこんなことにはならなかった。私は、自分の身は自分で守れるタイプなんだよ」
「でも、ドアじゃあ、キメラの攻撃防げませんけど」
「何だ。文句があるのか」
とか思い切り、あれそれシリンジでやってくる気ですか、みたいな構え方をした咲空が、言う。
「いえ、文句なんて、ありません」
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「さて。キメラ殲滅依頼は完了しました」
屋敷の外で待機していた佐々木に向かい、ソウマが言った。
「すいません、本当にご迷惑を」
「いえいえ、仕事ですから。しかし虫退治で家の中が少し荒れてしまいました」
殊勝な様子で顎を摘むと、「どうでしょう」と顔を上げる。「この後始末をするのに僕を雇う気はありませんか?」とかにっこりとほほ笑んだ。
「お金は取るんだよね」
山崎が頷く。「ちゃっかりだな。でも、俺も手伝っても、いいよ」
「でもあれ、掃除とかされたら、発見されるんじゃないですか」
立花がこそこそ、と咲空に耳打ちする。
「何がだ」
「え、何がってさっき、咲空さんが空けた穴」
「あれは来る前から開いていた穴だ」
「え?」
「だからあれは来る前から開いていた穴だ。そうだな?」
とかジロと睨まれたら、もう何も言えない。「あ、はい」
「まあ何にせよ」
ルーネが独り言のように、呟いた。「友人も選んで付き合うべき。うん、良い教訓だった」