タイトル:クリスマス的な夜景の夜マスター:みろる

シナリオ形態: イベント
難易度: やや易
参加人数: 25 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/12/31 17:02

●オープニング本文





 身支度を整え、部屋を出ようとドアを開けたところで、人が立っていることに気づき、驚いた。
 しかもそこにあったのが、未来科学研究所の、優秀だけど変人、とかいう大森の顔だったから、驚いた上に、ぞっとした。自宅のドアを開けた途端に、この見たくない顔を見るなんて、さてはこれは、厄日ですね、そうなんですね、と確信する。
「あ、丁度良かった。ねえねえ岡本君。聞いて欲しいことがあるんだけど」
「その前に、大森さん。自宅まで来るのは辞めて貰って良いですか」
 とか、言ったけれど、その前に既に、幼馴染の別荘とかにも押しかけられていたので、今更か、というような気持ちもある。案の定、物凄い興味のなさそうな、どうでも良さそうな表情で「何を今更。俺と岡本君の仲じゃないか」とか、言われた。
「はーそうですねー」とか、とりあえず全然思ってないけど何か頷いた。そうしなければ、いつまでたっても出かけられない気がした。
「それでね。あ。何処かに出かけるとこだった?」
「映画を観に行こうと思ってたんですけど」
 とか自分で答えておいて、そこは別に答えることはなかったな、と気付いた。気付いたけれど、絶望的に遅かった。案の定、「あ、何の映画」とか聞かれて、ですよね、そうなりますよね、と残念な気分になる。
「何だったら一緒に観に行ってあげようか」
「全然頼んでないのに、そんな押しつけがましく言われるなんて、悪夢のようです」
「夢では、ないよ」
「とりあえず何か、今日起きるところからやり直していいですか」
 とか全然聞いてない大森は、「それでね」とか、話を始める。
「俺の友達に、飯田君っていうのが、居るのね」
 岡本はえ、と驚いて声を上げた。人様の自宅に、それもわざわざ休日に訪ねて来たのだから、いくら毎回くだらないな、であるとか迷惑だな、であるとかいう話しかしない大森であっても、何か特別な理由があったんじゃないか、むしろ、あって欲しいなと期待していたのだけれど、出だしからして、友達とか、全然重要でも特別でもなく、いつものくだらない迷惑な話、の予感した。
「え、って何」
「いや、はい、まあ」
 もしかしたらそこから重要な話になる可能性はなくはないので、期待は捨てない事にする。「とりあえず続けてみて下さい」と先を促した。
「結構、美形な男でね、その飯田君って男は」
「はー」
「でも、俺の方が美形だと思うの」
「あ、はー」
「だから岡本君さ、どっちが美形か、決めてくれない?」
 とか言った大森の、認めたくはないけれど美形の顔を、暫く何か、無言で、見つめた。
「え」
「え、ってえ?」
「いや、え。もしかしてそんなくだらない事を言う為に、わざわざ訪ねて来たわけではないですよね?」僕はまだ、希望を捨てなくていいんですよね?
「くだらないかしら」
「くだらないですよ」
「俺にとっては重要だけど」
「大森さん」
「何だろう、岡本君」
「大森さんにとって重要な事は、大抵の人にとって、どうでも良いんですよ」
 とか言ったけど、あーそうですかーみたいな、全然聞いてない顔丸出しの大森は、あんまり表情とか変えないまま、話を続ける。「やっぱりね、ちょっと気難しいところがあるんだよね、彼は。だからさ、その辺りの気難しさが顔に出てて、こう、女性にはモテないんじゃないかな、と思うんだよね」
「だったら、女性に決めて貰った方が」
「それでね、そういう気難しい人を呼び出すには、何か餌が必要だ、とか思って」
「はー」
「夜景の見える、凄い良い高台があるからって、呼び出すことにしたのね。友達とか、連れて来ていいよ、って」
「あ、はー」
「だから、岡本君も、来るよね」
「いや、行かないですよね、普通」
「あの高台」と、大森は場所の名前を口にする。「夜景凄くきれいだから、岡本君と行きたいなあ、とか思ってたんだよね」
 そんな気持ち悪いこと真顔で言われても、と、途方に暮れた。「でもそこって確か、キメラが出ますよね。行きたくないですよ、そんなとこ」
「うんでも、どうしても、どっちが美形か決めて貰いたいから」
「だったら、最悪、UPCとかに連れて来たらいいんじゃないんですか、わざわざそんな場所に行かなくても」
「だって夜景を見るのにいい場所があるよ、って誘ったんだよ。それで向こうも、じゃあ行くって言ったんだよ。あれはもしかしたら誰か誘いたい人が居るのかも知れないな」
「はー」
「だから、UPCだと来ないよ。絶対」
「はー」
「夜景、凄いきれいだし」
「はー」
「一緒に行こうよ。で、俺の方が格好良いよって、そこで言ってよ」
「はー」とか、もう話聞く気とか全然なかったので、反射的に頷いたら、えとか我に返って焦った。「いやいやいや、行きませんって」
「護衛の能力者の人達も雇わないとね。ULTへの申請は今回は俺がやっておくから、心配しないで」
「俄然やる気過ぎて気持ち悪いんですけど」
「岡本君と夜景か」
 まるで研究結果を見る研究者のような顔で、元より彼は研究者なのだけれど、TPOに関わらずそのような顔つきで、「何かが起こるかもな」とか、呟いた。
「いや多分僕、その日、腹痛だとか、風邪だとか、親戚のお葬式とかで、行けないと思うんですよね」
 とかあえて真面目な顔で言ってみたのだけれど、大森はやっぱり全然聞いてなかった。








●参加者一覧

/ 石動 小夜子(ga0121) / 幡多野 克(ga0444) / セシリア・D・篠畑(ga0475) / ロジー・ビィ(ga1031) / 新条 拓那(ga1294) / UNKNOWN(ga4276) / Letia Bar(ga6313) / 御崎 緋音(ga8646) / 紅月・焔(gb1386) / マルセル・ライスター(gb4909) / 日野 竜彦(gb6596) / 柳凪 蓮夢(gb8883) / エリノア・ライスター(gb8926) / 未名月 璃々(gb9751) / 美紅・ラング(gb9880) / ブロンズ(gb9972) / ソウマ(gc0505) / 布野 あすみ(gc0588) / エクリプス・アルフ(gc2636) / 國盛(gc4513) / 毒島 風海(gc4644) / 緋本 かざね(gc4670) / 緋本 せりな(gc5344) / 立花 零次(gc6227) / 蒼 零奈(gc6291

●リプレイ本文





「戦闘に都合の良い場所は」
 柳凪 蓮夢(gb8883)が、双眼鏡を覗きながら言った。「あの辺りだ」
 若干あれこれ、どうしたら、みたいな顔で、でも「あ、うん」とか頷いた布野 あすみ(gc0588)は、上空を飛ぶ黒い奴に目を向ける。あ、夜景デートのはずなのにキメラとか出るんですね、あれ? いいんですよね? 間違ってないんですよね? と確認したくなった。
 でも結構真剣に、「事前に場所はきっちり確認しておいた」とか言ってる、今日もばっちりアルマーニーニのコート姿の彼は格好良いので、何かもうすっかり、負けた。さっさとキメラなんか倒しちゃって、夜景見るぞーとか何かやってたら、車のライトが近付いて来て、止まった。
「克さん」
 立花 零次(gc6227)がファミラーゼの運転席から降り立ち、指をさす。「あそこに、ビーフシチューを投げちゃいましょう」
 助手席から降りた幡多野 克(ga0444)は、うんとか頷きかけて、あれ? 何時の間に名前呼び? とか、思わず立花を振り返った。確かに何度か依頼では一緒になったことあるけど、全然別に距離感とか結構あったし、いや別にいいんだけど、え、何、このタイミングで? ここでいきなり? 車内でも全然会話とか弾んでなかったのに? 今? とか、基本無表情の顔の裏側で、かなりそわそわ、した。でもそこでえ、とか言っても、え? とか聞き返されそうな危うさがあったので、結局「うん」とか言って流しておくことにした。「傭兵は‥キメラ退治がお仕事‥だよね」
「この風景だけ見てると」
 新条 拓那(ga1294)が、普段はどちらかと言えばぼんやりとした表情を引き締め、言った。「サスペンスな夜だよね、何か」
 それから背後に居る石動 小夜子(ga0121)を振り返る。「早いトコ綺麗にして、秘密の穴場にしよっか」
 小夜子は覚醒状態の彼の茶色い瞳が、一緒にこの聖なる夜を過ごそうね、と言っているように見え、嬉しくなる。はい、とか何か、楚々として頷いた。
「意外と簡単に釣られたな」
 普段はわりと眠そうっていうか、常に面倒臭そうっていうか、やっぱり眠そう、みたいなブロンズ(gb9972)が、嘘みたいに目をしゃきんとさせて、言った。覚醒の影響で眠気は一気に冷めているようで、青い瞳は悪いけど全部、見えてるからとでもいうように、カラスの動きを逃さず追っている。
「それじゃ手っ取り早く終わらせますか」
 彼の高ぶる気持ちに答えるかのように、全身を覆う青黒い炎のようなオーラが、その密度と激しさを、増した。
 折角のクリスマスに依頼だなんてついてないとは思ったのだけど、そんな彼の姿を見られただけでも、良かったかな、とか、御崎 緋音(ga8646)はこっそり内心で微笑む。二人でいられるなら、何処だって何時だって関係なく幸せなんだな、と気付いた。
 とかいう一連の女性陣の動きを、機械剣「莫邪宝剣」を構えた紅月・焔(gb1386)はぼーっと見ていた。っていうか、ガスマスクとか被ってる彼の表情は誰にも分からないので、ぼーっと見ているように、傍からは見えた。
 こちらもぼーっと人形みたいに突っ立った未名月 璃々(gb9751)は、あんなにぼーっと突っ立ってるなら、あの体にパンとかくっつけてキメラ誘き寄せちゃえばいいんじゃないですかーとか思ったのだけど、でも本当のところ焔は、ぼーっとなどしてなくて、殺気すら感じさせる目でがっつり女性陣を観察していた。むしろ基本獲物を狙う目というか、丸みを帯びた部分は特に凝視ですよ、凝視。と、変質者極まりない。でも、ガスマスクで、ばれない。ばれないけど、ガスマスクの時点で、えガスマスクが凄いこっち見てるんですけど、と、女性陣から不評なことには、多分余り、頓着していない。
「うん、素晴らしい‥この女性陣の数。まさに百万ドルの夜景に匹敵するネ!」とかもごもご呟いて、グヘヘとか笑い終えるかどうか、という矢先、その人物の様子に気づき、えー! と思わず、内心で絶叫する。
 その人物はまさしく、包帯だらけの人だった。
 絶対こんなとこ来ちゃ駄目だろ、っていうか、いや病院行って下さいよ、みたいな重症を追った体で、松葉杖とか突きながら、でも俄然やる気で超機械「ブラックホール」を握っている。
 焔の視線に気付いたらしい彼女、セシリア・D・篠畑(ga0475)は、「はい、包帯だらけですが、何か?」くらいの無表情で、振り返った。
 何か? な、わけがなかった。
「折角夜景を楽しみに参りましたのに、キメラですって?!」
 隣に立つロジー・ビィ(ga1031)がぴこぴこぴこぴこ、とか赤いプラスチック製のハンマーを手で打ちながら、憤る。
「早急に‥そう、早急に退治してみせましてよっ! セシリア‥行きますわよ‥っ!」
 え、行くの。
「はい。大丈夫だ、問題ない。です」
 あなた、大丈夫なわけがないですよ。
 とか思ってる焔の視線の先で、セシリアが、封を破ったレーションビーフシチューをぶん投げた。松葉杖姿で器用に、ブラックホールを構えると、すかさず、引き金を引く。
 撃ち落とされたキメラに向かい、二刀小太刀「花鳥風月」を構えたロジーが、突進して行った。「セシリアは、あたしが守りましてよ!」
 ソニックブームを発動する。飛び出した衝撃波が、凄まじい勢いで地面の砂を巻き上げた。
「1羽たりとて逃がしませんことよ!」




 一方その頃、UNKNOWN(ga4276)は、ベンチや手摺やテーブルなどを補修に勤しんでいた。
 お気に入りのブルースを口ずさみながら、丁寧に、むしろ優雅に、ペンキの刷毛を動かして行く。手際は良いのに、汚れ一つ体に着けず、壊れかけた椅子をみるみるうちに修復していった。
 とか、ロイヤルブラックの艶無しのフロックコート姿のその男性の挙動を、刃霧零奈(gc6291)は、ものっそ優雅っていうか、ダンディなんですけどあの人、とか思いながら、何か見ていたのだけど、そしたら何か、そこへ一匹のキメラが、あ隙あり! みたいに突進していた。
 していたっていうか、やばい、と思って慌てて覚醒しようかと思ったその矢先、どん、とか鋭い銃声が、辺りに響いた。
 何が起きたのか、零奈には一瞬、分からなかった。
 ただもう、キメラがバタとか死んでいて、UNKNOWNがホルスターに拳銃を仕舞い込んでいるところだった。それから、銀と白蝶貝が台座の、古めかしいタイピンが輝くタイを、黒い革の手袋でそっと撫でたかと思うと、兎皮の唾広の黒帽子を掴み、位置を直す。無言で修復作業に戻った。「さて、ここにも椅子が欲しいかな?」
「師匠〜!」
 零奈は、日野 竜彦(gb6596)と美紅・ラング(gb9880)を振り返る。「あの人、ものっそ渋いー! 何なのあれ、何なのあれ」
 とかテンションガンガンに上がってたら、また、あ隙ありみたいに寄ってきたキメラへの対応が遅れた。と、思ったら軌道を変えたそれは美紅の方へと突進していく。危ないのは、美紅だ。けれど、竜彦の目には、零奈が危なっかしく見えたらしく、「零奈! 危ない!」とか言って、立ちはだかってくれて、嬉しいような複雑なような、甘酸っぱいような照れくさいような、微妙な気分になっていたら、表情一つ変えない美紅が、懐から小銃スカーレットを抜き取り、銃弾を放っていた。
 銃声の後、その場は少し、しんとする。
 何を考えているのか分からない美紅の無表情が、零奈と竜彦を、振り返った。
 見ようによっては、ああそっちを庇うんですよね、たっくんは、と切ながっているようにも、お似合いの二人を祝福しているようにも、実はそのどれでもなくてやっぱり何も考えてないようにも、見えた。
「本日はカラスの駆除なのである」
 ぶっきらぼうな声が言う。
 とかいう三人の事を、マルセル・ライスター(gb4909)は、見ていた。
 こそこそと、でもわくわくと、大きな青い瞳をランランと輝かせ、え何か、あそこ、昼ドラってない? とか、こっそり、思う。微妙な屋敷内の三角関係を盗み見る家政婦、みたいな気分だった。
 むしろ、格好がもう家政婦だった。
 喫茶店を経営する國盛(gc4513)が、露店を出すというので、その準備を手伝っている。自分も友人達に振舞うつもりで手作りのパイなどを焼いて来た。余った食材はキメラ退治に利用しようと思っていたので、先に退治してくるか、とか鞄の中からそれを出そうとしたその時、既に、キメラがもう迫っていた。
 ええええ! と、マルセルは、慌てる。「ちょっ、なんでお、俺をッ、俺の方に!?」
「キンポーン、(※美味しい匂いがするからです)」
 とかいう字幕がマルセルの下に出てたら面白いよねー、とか、Letia Bar(ga6313)がふざけて、言う。それでもしっかり、フォルトゥナ・マヨールーは構えていて、今しもキメラを打ち抜こうと照準を定めている。けれど、泡食ったマルセルは、閃光手榴弾を取り出しピンを抜くとかいう、トリッキーな行動に出て、気付いていないLetiaは危なかった。
 そんなわけで、意外とのんびりいろいろ成り行きを見守っていた國盛が、「危ないぞ」と、傍に駆け寄り、手を引いた。「伏せて、目を潰れ」
 その直後、凄まじい閃光と音が辺りに響く。
「なんか、こーゆー映画観たことあるなー。ホラ、昔の」
 その光が消え去った後に、AU−KV「アスタロト」を装着するエリノア・ライスター(gb8926)の仁王立ちした姿が、浮かんだ。「何だったっけかなー。ま、いいか。よっしゃ、纏めて全部吹き飛べぇえ!」
 超機械トルネードを構えると、あわや兄のマルセルごと吹き飛ばさんとするかのような、凄まじい勢いの竜巻を発生させた。
「え、えええ、エリノアー!」
「おっとワリー。半分はわざとじゃねぇ、許せ」
 半分って! 半分って! とかわめく兄を、ふーんみたいな、従容と眺める妹エリノアに対し、こちらの妹は目元を若干怒りの為か紅潮させ、呻いていた。
「姉さんとの折角の時間を邪魔するクズ共が! そんなに始末されたいか!」
 フォルトゥナ・マヨールーを構える緋本 せりな(gc5344)だ。時折、姉、緋本 かざね(gc4670)の方を気遣うように見やっている。
「むぅ、邪魔くさいキメラですねぇ」
 自身を象徴するかのような双剣ツインテールを構えたかざねが、走りだした。「いくよ! せりなちゃん! 姉妹の力、見せてやるんです! タクティクスA、緋々色金! です!」
 その動きに合わせるように走りだそうとし、え、とせりなは姉を見る。「え、タクティクスとか初めて聞いたんだけど」
「ノリです!」
「いやあしかしでっかい烏ですね」
 毒島 風海(gc4644)が、どっこいしょ、みたいにしゃがみ込みながら、キメラの死体を覗き込んでいた。「この大きさですと、クロウというよりは、レイヴンですね」とか何か呟いたかと思うと、しげしげと眺めた。「鳥の、調理法か」
「え、今、不穏な言葉が聞こえたような気がしたんですが」
 かざねがつつつ、と近づいて来て、言う。ガスマスク風海は、顔を上げた。凄い無表情に、「はは、冗談ですよ。これだけ大型となると、肉食かもしれませんしね。肉が主食の烏は美味くないですああでも、草食性の強い烏はクセも無くて、鳩よりも断然美味いですよ。いやマジで。モツとかもイケますし。皮の処理とか、下拵えがちょっと面倒ですけど、今度ご馳走しますね」とか言われても、不穏な感じしか、しない。
「いやそれはちょっと、私は、要らない、かなあ」
「遠慮しないで下さい、ホント、ただの鶏肉ですから」
 とか言ってる手が、明らかにキメラに伸びてるんですけど! 思いっきり回収しようとしてるんですけど! とか突っ込もうとしたまさにその矢先、ぶおおおん、とバイクの走行音が近付いて来て、どどどどど、と心臓の鼓動を想わせるような音をさせたかと思うと、やがて、止まった。
 跨ったバイクから降りてきた細身の青年は、ヘルメットを取ると、ふうとため息をつきながら、首を振る。赤い手編みのマフラーにフルフェイスマスクとか、何処のライダーですか、と思ったら、エクリプス・アルフ(gc2636)だった。よたよた、とバイクから降り立った人物を振り返り、「ほらほら岡本さん。高台きれいじゃないですか〜」とかのんびり、微笑んでいる。
「あ、岡本さん、やっぱり、来たんですね!」
「拉致って来ちゃいました」
「拉致られて来ちゃいました」
 岡本はヘルメットで乱れてしまった髪の毛を撫でつけながら、困ったように眉根を下げる。「っていうか、脅されて」
「大森さんに?」
「いえ、相合傘」とか何か呟いて視線を彷徨わせたかと思うと、見つけた未名月の姿に、びく、とする。
「とりあえず来ないと、大森さんとの相合傘書いてLH中にバラまかれるとか、言われたんで」
 常にゆったりと微笑む未名月は、そんな作りものめいた表情のまま、面倒臭そうに手をひらひらとさせる。「あーはいはい、そういえば言いましたかねー」とか全然自分の発言に責任持たないですけど、私、みたいに、言った。「まーほら、人間いざとなれば失うものなんてありませんしー」




 その頃克は、今回の依頼主でもある大森の事を、何となく遠くから、眺めていた。
 岡本や大森の事は、何度か彼らからの依頼を受け、仕事を請け負ったことがあるので、名前と顔くらいは知ってはいたけれど、ちゃんと会話した事とかあんまりないので、どんな人達なのか、ほんの少し、興味があった。
 興味はあったけど、近づいたところで、え、誰ですか、であるとか、え、何ですか、であるとか、言われた時に、自分は果たして会話を乗り切れるのだろうか、とかいう不安もあって、何となく、近づけないでいる。とかやってたら、しゅささ、と何かしら、黒い影がその傍を横切った。
 え、何だ? と克は思わず、目を瞬く。でももうかなり陽が落ちてきてるし、もしかしたら目の錯覚かも知れないとか納得しようとした時、また、ささ、と黒い影が視界を横切った。
 曲者? え、忍者?
 実はそれは、がっつり隠密潜行なんかを発動し、大森ら三名の護衛をこっそり密やかに護衛を遂行するソウマ(gc0505)の姿だったのだけれど、それが余りにも密かでこっそりだったので、克の目には、黒猫か黒豹か、スパイか忍者にしか、見えなかった。
 な、何か変な物が憑いてますよ、尾行されてるんじゃないですか、とこれは話しかけるチャンスでもあるぞ、と勢い付き、歩み寄ろうとしたその時。
 ポンと肩を叩かれ、驚いた。
「貴方は、大森さんとどう言った関係なのですか」
「え?」
 振り返ると、不敵な笑みを浮かべる、端整な顔立ちの少年が居る。「僕はソウマ。彼らの護衛をしています。正体不明の者は、護衛対象に指一本触れさせませんよ」
「俺は‥、幡多野‥克、だけど。えっと」とか何か言葉を探し「エース‥アサルト」とか何でクラスとか名乗ったんだ自分、ともう恥ずかしい。
 ふむ。とソウマは、顎に手を当てながら、その猫科動物のような、アーモンド形の瞳で克の事をじろじろと眺め、「分かりました」と頷いた。
「安全が確保されたようなので、任務に戻ります」
 そしてまたしゅ、と薄闇の中に消えて行った。
 え、忍者? 忍者、雇ってます?
 唖然とした表情で、大森らの方を振り返る。そしたら「あー何か喉乾いちゃった。あ、岡本君あれ、珈琲一つ買って二人で分けたりしようか。あのあれ間接キ」
「いや一つを分ける意味とかが分からないんで」
 とか喋ってる大森と岡本のすぐ傍のテーブルへ、そっと珈琲を置くソウマの姿があった。さ、と身を隠す瞬間、克の視線に気づき、ニッと微笑んだかと思うと、軽く、ウィンクなどをして見せる。
「ちょっと‥凄い、かも」
 凄いぞ! 恐るべき、ソウマ!




 グヘヘ。オレサマ、カップル、マルカジリ。
 焔は呟き、自分的ナレーションを頭の中で再生する。さあ、やって参りました紅月 焔の、カップルさまたげ丸呑み企画! カップルの良いとこ、全部俺が盗み見するぜ、っていうあの有名な企画です。今日は四組のカップルが、何も知らずにこちらに夜景を楽しみに来ているようですよ。
 おおっと、UNKNOWNさんがすっかり修復してくれた椅子を持って、あちらで夜景を楽しんでいるのは、新条 拓那、石動 小夜子のお二人ではありませんか。美しい夜景を前に、暫し言葉を失っているようですね。お、何か話し始めたようです。近づいてみましょう。

「これ、昔は結構人が居たところなのかも。キメラも居なくなったしまた賑わいが戻るといいねぇ」
 拓那の言葉に、はい、とか、控えめな女子の見本みたいに小夜子が頷いた。
「素敵な景色を眺めながらゆっくりするのも良い、ですね」
 あの恥ずかしげな感じがたまりませんねー、やばいですねー。どうですか、解説のS木さん、とか全然誰も居ない場所に向かい、焔は呟く。いや焔さん、あれはやっぱりポイント高いですよ、あの首の角度。高得点です。
 そうですかー、おっと、S木さん。彼女が寒そうにしていますよ。ここは新条選手、どう出ますかねー。
 いやそうですねー、やっぱりここはあの技が、おっとその前に。ん? 石動選手が、体を寄せましたね。
「こうすれば、暖かい、ですよね」
 くー。やばいです。S木さん。何ですかあの恥ずかしげな顔。たまらんですよ。さてこの攻撃に対し、新条選手どう出るか。
 あ、出ましたねやっぱり。必殺、マフラー貸しですね。しかも片手分の手袋を貸して、ああ、やりましたね。やっちゃいました。互いの素手は握って暖める。ここまで連続で決めるのは、中々、難しいんですよ。まあでも、新条選手としても、石動選手が身を寄せて来てくれたことで、決めやすくなったんでしょうね。
「これは確かに綺麗だ。頑張った甲斐があったね。あの明かり一つ一つの下で色んな人が生きてるんだな。何だか不思議な気分」
「澄んだ夜空の月も綺麗、ですよね」
 呟いた石動が、そっと、拓那の方を向く。
「拓那さん‥今年一年、ありがとうございました‥。来年もよろしくお願いしますね。出来ればこの先もずっと‥」
 そして。おおっとー、石動選手が瞳を閉じたー?! 明らかに新条選手を待っているぞー。さあ、どうするんだ、新条選手! ここで行かなきゃ、男じゃないぞ! さあ、行け、っていうか、やれ! ちゅうして! ちゅうして!
 じりじり、と焔は思わず身を乗り出した。小夜子の肩に手をかけた拓那が、振り返った。
「きみ、誰? さっきから、凄い、ちょっと迷惑なんですけど」


 さて、続いてのカップルは、ブロンズ、御崎 緋音カップルですね。
 おっとこれは序盤から、かなり会話が弾んでいるようですよ。どうですか、S山さん。
 そうですねー。かなり、今時の若いカップルといった様子でしょうか。
 おっと、楽しそうに会話してたと思ったら、御崎選手が寒そうに震えています。今度は果たしてどんな技が出るのか。
「ちょっと寒いね。そっち行ってもいい?」
「確かに今日はちょっと冷えるな、いいよ、来いよ」
 おおっと! これはまた大技が出ました! 面倒臭そうな顔して頷いたくせに、ブロンズ選手、やります。むしろ、やり過ぎです。自分のコートの中にすっぽり御崎選手を包んだかと思うと、後ろからぎゅーとか抱きしめてしまいました!
「ふふっ、温かい‥こういうの憧れてたんだよね」
 嬉しげに言った緋音が、「あ、そうだ」と自分のポケットから何かを取り出した。はい、とか後手にその小さな小箱を差し出している。
「えっとそんなに大したものじゃないんだけど、これ。メリークリスマス」
 出ましたねー。夜景を見てからのプレゼント交換。なめらかに流れるような動きです。
「綺麗なリングだな、ありがとう」
 緋音の顔越しにサンストーンリングを眺めたブロンズは、それをそっと自分の指にはめ、また、緋音にも見えるように、掲げた。
「じゃあまあ俺からも、これ」
 今度はブロンズが、自分のポケットからプラチナリングを取り出した。「クリスマスくらいは奮発しようかと思ってさ。指、出して」
 彼女の華奢な薬指を掴むと、そこへそっとリングを通した。
「メリークリスマス」抱きしめた耳元に囁くように、呟く。


 こちらのカップルは、どうでしょう。柳凪 蓮夢、布野 あすみカップルですね。
「あー、せっかくなのにちょっと汚れちゃったなぁ。あ、でもさっきは、ありがと、守ってくれて」
「私にとって、大切な人なんだ。そう簡単に、触れさせはしないよ?」
「やだなあ、もう」
 こちらは序盤からすっかり、いちゃいちゃしてますね。あ、柳凪選手、布野選手の頬を指で突っついたりしています。どうですか、K藤さん。あれ? K藤さん?
「LHとかじゃ、こんなに星って見れないよね。なんか、いいな、こういうの」
 あすみは、以前チャペルの前で蓮夢に貰ったパールの指輪を弄りながら、言う。それから蓮夢を振り返った。するとそこに、事の他真面目な蓮夢の顔があって、少し、緊張する。
「どうした、の。急にそんな真面目な、顔して」
 最初こそへらへらとそう言ったけれど、「あすみ」と真剣な彼の声に呼ばれ、どき、と心臓が、はねた。
「えっと、な、何?」
「そろそろ、今の関係を、少し変えてみないかと思ってさ」
「変え、る?」
「そう。恋人から、婚約者に、ね」
「え?」
「結婚しよう、って事さ」
 出ましたー。プロポーズの後に気障に微笑む! どうですか、K藤さん。これは、今回出た中でもかなり、高度な技かと思うのですが。
 そうですね。中々あのように格好良く微笑めないんですよ。肩を竦めて見せたり、他との細かい連動が必要になってくる動きですからね。
 なるほど。さて、では彼女の反応はどうなんでしょう。
「嘘じゃ、ないんだよね」
 おおっと、布野選手唇を震わせた! 感動の、涙だ。
「あたし、これでも待ってたよ。この指輪もらってから、ずっと。たまに、この薬指にはめてみたりしてさ。きっとすぐに、次会った時に、とか、ずっと、ずっと思ってて、思って、て。うん。あたし、蓮夢のお嫁さんに、んっ」
 ぎゃー!
 とうとう出ましたー! K藤さん、K藤さん。
 はいはい、見てますよ。彼女の言葉を、唇で防ぐという伝説の技ですね。フィクションの中では良く見かける行為ですが、いやあ、こんなの実際見れないですよ。クロスカウンターパンチを繰りだすより若干、高度な動体視力と気合いを要求しますからね。


 さて、最後のカップルは。おっと少し、事情が複雑なようですよ。
 日野 竜彦、美紅・ラングのお二人ですね。しかしS村さん。確か日野選手は、刃霧選手と交際している、との情報が入っているのですが。
 どうやら美紅選手が、日野選手に好意を持っているらしい、との情報ですね。
 なるほど。では、深刻な表情で話をしている日野選手にカメラを向けてみましょう。
「俺は、美紅の、兄だ。妹として、本当に、美紅を大事に、思ってる。でも」
 日野はそこで一度物憂げに顔を伏せ、意を決したようにゆっくりと、上げた。「異性としての好意を持つ事はできない」
 言葉を理解しているのかしていないのか、感情の読みとれない表情で日野を見つめていた美紅は、結局何も言わず、ゆら、と顔を、明後日の方へ向けた。つられて日野も、彼女の視線の先を見る。
 零奈が、居た。
「ん〜ものっそ珈琲、美味しいし、夜景も綺麗だよねぇ。疲れも吹っ飛んじゃう」などと笑顔いっぱいで言いながら、珈琲を飲み楽しんでいる。
 その横顔を眩しい、と思い、愛しい、と思った。
「美紅。悪いとは思ってる。でも、例えこれでお互いに一時的に距離が遠くなっても、俺は美紅が大事な相手だからこそ、逃げずに向き合いたいと、思うんだ。分かって、くれるかな?」
 彼女は無表情に、日野を見る。沈黙が続き、やがてポツン、と。
「本日はカラスの駆除なのである」
 顔を伏せた美紅が、ぶっきらぼうに呟いた。「で、あるが」か細く、そんな声が聞こえる。
「それは、建前。義兄のたっくんと刃霧たんのメモリー作りの支援がその主な仕事である」
「美紅‥」
「刃霧たんを、呼んでくる」
 無表情に呟いた美紅は、珈琲を飲む零奈へとだっと駆けだして行く。

「うーメロい! 何だこのメロさは! やばいです、やばいですよS村さん。切なすぎます。良い話過ぎます。俺は、泣いてしまいます! 嘘です!」
 とか何か、目元をぬぐったガスマスク焔の背後で、「誰がS村ですか」とか、女性の声が、聞こえた。それでいきなり、どん、と視界が地面だ、とか思ったら、尻を蹴っ飛ばされたようだった。
「な、何しはりますのん!」
 顔を上げ、振り返ると、こちらもがっつりガスマスクの風海が立っていた。目元を仄暗く光らせたガスマスク二人は、ちょっと何か無言で見詰め合った。
「焔さん」
「何ですか、毒島嬢」
「さっきから見てたら、やたら鬱陶しいんですよ」
「それは可笑しいな。俺は生まれてからこの方、謙虚ではあっても鬱陶しかったことなど一度も」
 とか喋ってる間に、とことこ、と離れていった風海は、ある一定の場所まで歩いて行くと、くる、と焔に向き直り姿勢を正す。
 あ、それ助走? 助走なのね?
「そーんな焔は、どーん。飛び蹴りじゃー、シャー」




 ロジーとセシリアの二人は、露店で受け取った珈琲を片手に、深い藍色の空に浮かぶ大きな月を眺めていた。
 ちらちらと宝石のように輝く星も綺麗なのだけれど、どうしてもロジーはその青白い月に目を奪われてしまう。愛しい人の姿を思い出した。
 彼の黒く柔かい髪や、赤い瞳や、白い頬にどうしてもう一度触れたくて、けれど触れることはできなくて、そのもどかしさは寂しさと、とても、似ている。寒い、と思った。ロジーは自分の体を温めるように、そっとコートの肩を抱きしめる。
「ロジーさん」
 セシリアの、何処か冷たくも聞こえる声が、自分を呼んだ。
「ロジーさん。夜景‥悪くは、ないですね」
 茶色い髪が、夜風の中に揺れている。青い瞳が、こちらを向いた。
「ええ、そうですわね」
 不意に時折、癇癪を起こすかのように蹲る愛しい人への愛情に、胸が締め付けられる。涙が滲みそうになっている自分を、ロジーはやっとその時、認識した。
「どうしたんですか?」
「いえ」
 セシリアの言葉が、手元の珈琲と同じくらい暖かく感じる。「便りが無いのは元気な証等と言ったのは誰なのでしょう。今頃あの方は一体どうしていらっしゃるのか」
 思わず、そんな言葉を漏らす。
 ロジーは何も言わず、表情すら変えず、俯いた。
 基本的に、無口で言葉数も少ない彼女は、何事にも分かりやすい興味は示さないし、とにかくいつでも無表情だったりするのだけれど、時折、不意に。
「きっと、同じ空を見上げていらっしゃるのでは、ないでしょうか」
 そんな強い言葉を、漏らす。
 ロジーは少しだけ顔を伏せると、嬉しいのか悲しいのか、もどかしいのか、良く分からない感情と共にあふれ出て来た涙を、こっそりと指先で拭った。
「次に逢う日には、もっと強いあたしになれていることを祈りますわ」
 彼女と自分。二人は違う強さを持ち、二人は違う脆さを持っている。生き方も生い立ちも違う二人だけれど、誰かを愛しいと思うことができて、同じ敵を腹立たしく思うことができるそのことに、違いはない。
「ロジーさんがそれ以上強くなったら」
 また無表情に言うセシリアが、何かちょっと考えるような間をおいて、結局「大変です」と凄い漠然とした事を言うので、可笑しかった。
「そういえば」
 笑っているロジーを暫くぼんやりと眺めていたセシリアが、ふと思い立ったように、続けた。「飯田さんがいらっしゃると耳にしたのですけれど」
「そうですの?」
「行って、みます?」
 よーしみたいにまた、傍らに置いたピコハンを手にしたロジーは、ぴこぴこぴこ! と、それを連打しながら、言う。
「そうですわね! どうせなら大勢の人と楽しみましてよ!」



 國盛は、露店のカウンターに手を突きながら、夜空を見上げていた。
 珈琲を貰いに来る人の動きも落ち着き、ふと空いた時間に空を見上げたら、殊の外月がきれいで、何か思わず見つめてしまった、とか何か、そんな様子でぼんやり月の白さを眺めている。
 脳の中で、記憶が不意に溢れだし始める。無意識に、ポケットの中のドッグタグを握りしめていた。
 自分を庇い死んでいった先輩の顔がゆらゆら、と揺れる。あの月のところから見降ろされているような錯覚を感じ、緊張するような、悲しいような、申し訳ないような、不思議な気持ちになった。
 息を突き、顔を伏せる。すると、わいわいとするテーブルから少し離れた場所で、一人ポツンと椅子に座るLetiaの姿が、見えた。
 國盛はその姿を暫く眺め、徐に珈琲を入れると、カップを持ち彼女に近づいた。
 無言でそっと、カップを差し出す。
「ああ」と、彼女は我に返ったかのような顔で國盛を振り返った。
「何かちょっと、夜風に当たってぼーとかしてみようかなって思って」
 照れくさそうにカップを受け取りながら、そんな言い訳を言う。
「ぼーっともいいがな」
 國盛はさりげなく彼女の寒そうな肩を抱き寄せた。「Letiaのぼーっとは、淋しそうに見えるんだよ」
「それはね」
 Letiaが困ったような複雑な表情で微笑む。「マスター、重症」
「やっぱりか」
「淋しい人症候群。自分が淋しいから、人も淋しく見えるんだって」
「それが分かるお前も、重症だな」
「やっぱりか」
 ふざけた調子で言ったLetiaが、悪戯っぽく、笑った。



「見てくださーい! この耳あて、可愛いでしょう?」
 せりなちゃんにもらったんですーとか何か言いながら、かざねが、耳あてを触りながらぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
「ほらほら、姉さんそんなにはしゃいでると危ないよ」
 とか、すっかりせりなが、どっちが姉なのか分からない発言をした。
「はーい。お待たせしましたー。マルセル特製、アップフェルシュトゥルーデルです」
 テーブルに、りんごとレーズンをパイで包み焼いた、洋菓子が登場する。
「わーい、美味しそう、美味しそう」
 その声に引き寄せられるようにして立花、エクリプス、克の三人は、ぞろぞろとテーブルに近づいて行く。
「お、旨そうじゃないですかー俺も下さいー」
「フルーツティですか。これは、シナモンやオレンジの皮が入っているのでしょうかね」
「あ、ダディさん、こっち座って下さいー、どうぞどうぞ」
 とかかざねが席を進めてくれたので、じゃあと隣に腰掛けようとしたら、ポンとか肩を叩かれたので、顔を上げる。
「やあどうも」
 とせりなが微笑んでいる。「いつも姉さんがお世話になっているみたいだね」
 でもその目は確実に笑っていない。言うなれば、姉さんに悪い虫が寄ってこないように気をつけないとな、ちなみに言うけど、立花さんも何かした暁には悪い虫リストに入れるから、みたいな目をしていた。
「おー、旨そうじゃねえか」
 パンパンと男まさりに腹の辺りとか叩きながら、エリノアがテーブルに顔を出す。「むっかしから兄貴は、こーゆー、女々しいのは得意なんだよな」
「いや、女々しいが余計」
「ん? お、かざねじゃねえか。アレ? かざね、背伸びたんじゃね?」
「いやエリノア、それ、かざね、ちゃうよ」
 兄、マルセルがおずおず、と言った。
「ん?」
「妹の、せりなだよ」
「おー、妹ー? おー、そうなのかー。いやそんな、けもみみパーカーとか着てっからよ。うっかりかざねかと思っちまったじゃん」
 ああ、とか苦笑したせりなは、けもみみパーカーのけもみみたる部分を弄くりながら、「姉さんに貰ったんだ。しかしこの服は、少し私には可愛すぎないかい?」とか、でも実はまんざらでもないんじゃないの、みたいな顔で、言う。
「ほらせりな。俺の双子の妹のエリノアだよ」
「どうも」
「マルセルさんには凄い世話になってる、とか、ゴキブリから助けて貰った、とか、言ってくれて、いいよ」
 とか調子に乗ってちょっと言ってみたら、「え?」とか凄いどすの聞いた声が言った。
「い、いやあのゴキブリから助け」
「え? 何だろう、全然聞こえない」
「まあ要するに兄貴とは何度か依頼で一緒してるってこったな。ふーん。ま、変な兄貴だろ。馬鹿だしヘタレだしスケベだし変態だし馬鹿だし」
「いやエレノアさん、馬鹿だし、二回言ってますよ」
「でも、悪い奴じゃねぇ。これからもよろしくしてやってくれよ。変なことしたら、遠慮なく殴ってくれていいから」
「いやエリノアさん、せりなちゃんは殴ったりは」
 姉のかざねがすっかり妹を擁護する顔で言ったのだけど、全然聞いてない意外とマイペースなせりなは、「ああそうだ。そうだ」とか何か言って、鞄から瓶を取り出した。「そういえば、ほらこれ、シャンパンを持ってきたんだ。クリスマスには、これだよね」
「あ、せりな、せりな、危ないよ。俺がやってあげようか?」
「あ、大丈夫ですよーマルセルさん。せりなはそういうこときっちり自分で出来ちゃうタイプなんでー」
 とか何か言った瞬間、凄いぎょろ、と大きな瞳で見つめられた。っていうか、え? 睨まれてません?
「フーン? そういうこと言うなら、かざねの分のケーキは無しでいいよね?」
「ええ、何で?!」
「食べたいの」
「食べたい、です」
「じゃあ、食べたいですマルセル様、って言ってみてくれる?」
 とか言う顔は童顔のくせに、すっかりその目がサディストだった。そんな馬鹿な、とかざねは愕然とし、それから、何かちょっとプルプルした。
「あ、寒いの?」
「いえ、怖」
「ごめんね、嘘だよ。かざね見てたら、何かちょっと意地悪したくなるんだ。俺って、お茶目」
「いや、危ないで」
「これ着ていいから」
 さっと、マルセルが自分の上着をかざねにかけた。「これからも、よろしく」
 小さく肩を竦め、そんなことを囁く。何これ、童顔のくせに、ちょっと、格好良い。とか思ってたら「おい馬鹿兄貴。てめー無闇にフラグ建てようとすんじゃねーよ」とかいうエレノアの鋭い声が飛んできた。
「また、ヤンデレに刺されっぞ。ていうか、むしろ私が刺す」
「いや、刺したら駄目ですよ、刺したら」
「ホレ、お前はこっちだ」エレノアがマルセルの手をひき、自分の横に座らせる。「そんで、せりなはそっち!」
 べたべたと兄の腕に体を擦り付けるっていうか、何かを染み込ませようとしてるっていうか、とにかくあれは禁断の云々とかいう奴なんでは、とか思ってるかざねの耳元に、「あの兄弟、危なくないですか」
 ぼそ、と聞こえた。びくっとして振り返ると、風海のガスマスクがあった。っていうか、風海だった。
「あ、風海ちゃん メリーガスマスクー!」
 風海に貰ったぬいぐるみを、ガスマスクの目元にこすりつけるようにして、掲げる。
「メリーガスマースク」
「夜景、きれいだね!」
「うーん。私、これしていると、夜景とかあんまりよく見えないんですよね。いや普段も、あまり見えていないんですけど。いや今はぬいぐるみのせいで前が見えてないんですけど」
「あ、ごめんね」
「うんいいですよ」
「ついつい、嬉しくて」
「ええ、ええ、分かっています。かざねちゃんのことは私、だいたい分かってるんです。マジに友達、略してマジ友ですしね」
 風海ちゃん、とか感極まったように言ったかざねが、そのままの表情で「でも、マジ友って、何」とか、押さえきれなかったのか、言う。
「思えば、かざねちゃんとの出会いがなければ、今の私はいなかったかも知れません。こんなガスマスクな私ですけど、来年も一つ、よろしくお願いしますね」
 それからぶる、と華奢な体を揺らした。「寒ッ。とりあえずアレです。寒いんで、もう帰りませんか? おこたで、こう、馬鹿番組みながら鳥鍋など、いかがです?」
「え、鳥? き、キメラなんじゃあ」
「さー。写真とか一枚どうですかー。私、カメラ持って来てるんでー」
 何時の間にそこに座っていたのか未名月がふらふらとカメラを揺らしながら、微笑んでいる。
「ほんと、たまには、こういうのもいいですねぇ」
 カップから立ち昇る湯気を楽しみながら、アルフが言った。
「うん」
 と隣に座った克が頷く。アップルパイを美味しいのか美味しくないのか良く分からない顔で、でも凄いもぐもぐと、食べた。「仕事だったけど‥せっかくだから‥夜景も楽しんで、いいよね」
「こういう日もないとってことですかね」
 暖かいココアを片手に、立花がのんびりと言う。
「こんな綺麗な夜景。本当は‥大事な人と見れたら、いいんだろうけど‥ね」
「いやあそれを言っちゃあ」
 とか何か言うアルフの傍らで、克は、その黒い影を見る。
「キョウ運の招き猫は気まぐれに禍福を招き寄せる。今回は何を招きよせるのかな」
 ソウマがそこに居た。彼が一体何をするのか、と思っていたら。
「おお」
 ざわざわ、と辺りが騒がしくなった。
「あれ、見て下さい、流星群だ!」
 立花の声が聞こえ、克は慌てて頭上を見上げる。そして思わずぽかん、とした。
 そこには、空を流れる川があった。星の、川だ。
 これ、まさか、彼が?
 ソウマが立っていた場所を見やる。そっちがキョウ運の本命なのか、見つけた四つ葉のクローバーを手に、小柄な彼が、こちらを見て、無邪気に楽しげに微笑んだように、見えた。