タイトル:建築材料と変人の弟マスター:みろる

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/01/16 16:36

●オープニング本文





 気付いたら、書類を束ねていたはずのクリップが無くなっていた。
 確かに何かちょっと、あ、これ俺的に無理かも、この束支えるの無理かも、限界かも、みたいな様子は滲ませていたのだけれど、少しの間だからと強引に押し込んで、廊下を歩いて、でもやっぱりあの小さな奴では無理だったらしく、こちらが廊下を歩いている間に、さりげなく脱落していたようだった。
 さりげなくは本当にさりげなくだったので、どの地点で落ちたのかは、分からない。岡本は、地面を見つめながら、来た道を戻ることにした。
 すると暫く歩いたところでどん、と頭が何かにぶつかった。硬くはなく、それなりに弾力性があり、どちらかと言えば細身の体はちょっと跳ね返る。
 顔を上げた。
 未来科学研究所の優秀だけど変人で、腹立たしいことに美形、の大森が立っていた。
 と、思った。実際、「あ、大森さ」まで、呟いて、でもすぐにあれ、何か違う、と気付く。
 背格好も顔も、とても良く似ているのだけど、何処までいってもあくまで似ている、という範疇で、決して本物だ、と言いきれない違和感がそこにはあった。まず多分、髪の長さが違う。
 岡本の知る大森は、顎元くらいの髪の毛を無造作に伸ばした感じだったけれど、それよりはちょっと短い。でも、カットした、という感じでもなくてやっぱり、何か、違う。とか何か、呆けた顔で暫くじーっと見た。それから、「あのー、すいません」とかとりあえず謝った。
 そしたら何か、何考えてるか良く分かんない顔でじーっとこっちを見下ろしていた彼が、急にがば、とか岡本の体を抱きしめて来た。
 あれ、そういう嫌がらせですか? と、まず、思った。それとも、そういう新しい感じのリアクション的な何かですか? と次に思った。
 体を離した彼は、「君、岡本君でしょ」と、言った。
「えはい、まあ、岡本、ですけど」
「兄貴のこと、知ってるんでしょ」
「いやどうですかねー」
「未来科学研究所に居る、変人の大森」
「あ知ってます」
 苦い物を噛みつぶしたような表情になり、岡本は頷く。知ってます、とか答えてしまったけど、知りません、と言うべきだったっていうか、言いたかった。
「仁志」
「え、いえ、岡本ですけど」
「俺、大森は大森でも、弟の仁志っていうの」
「え」
 するともう嫌な予感しかなかった。「え、弟さん、ですか?」
 大森の弟と名乗る彼は、品定めでもするかのようにじろじろと無表情に岡本を眺め、最終的に「いいね」とか凄い漠然としたことを言った。
「あれ何がですか」
「俺は未来科学研究所に居る、変わった人の弟で、変わってない方の大森仁志。覚えてね」
「僕が覚えないと駄目ですかね」
「覚えておいた方がいいよ。ちょっとこの先、何があるか分かんないから。兄貴呼ぶのにも使えそうだし」
「あれ、何ですか」
「とりあえず今回、俺ね、仕事でここに来たんだけど」
「はー、今回は」
「建築家だから、壊れた建物の修復の為に呼ばれたんだけどさ。ちょっと足りない素材があって。その素材を作るのに使う材料っていうのがまた入手するの難しいから、能力者の人達に頼もうと思ってさ。今丁度、申請しに行こうと思ってたんだよね」
「ああそうですか、それなら、この廊下の先を」
「でもいいや」
「え、いいや?」
「ちょうど良かった。岡本君に会えたし、お願いするね」
 あれこの感じは何だろう、あれこの人はあの傍迷惑としか言いようがない大森ではなく、その弟のはずだったのではなかったかしら、あれではこの兄とまさしく同様のやり取りは何だろう、とか何か、岡本は廊下の先を指さした格好のまま、暫し、茫然とした。それから、「あのー、えーっと仁志さん」と、呼んだ。
「うん何だろう、岡本君」
「いやあの、頼むっていうか、僕では所属部署が違います」
「知ってる」
「あ」
「総務部の内務職員だったよね、確か」
「あ、はい」
 いきなり正解が出たもんで、凄い勢い良く、むしろそれはもう今までに言ったことがないくらいのはい、を言う。この返事の勢いで、相手の意思とか折っちゃえないかなと、期待もしたのだけれど、兄同様、君の返事とか全然相手にしてないから、みたいな大森仁志は、素知らぬ顔で、続ける。「備品管理や福利厚生制度の整備、施設内清掃、防犯対策、情報管理、施設内環境整備、施設内イベントの企画、とか、そういうのが主な仕事だっけ」
「はい何か職業雑誌みたいな説明、ありがとうございます」
「世界各国から集まってくる依頼を選別する専用の部署は他にあるから、その審査部から来た依頼を出力して、ファイリングして、専用端末に入力して、また他の部署へ回すこと、もやってるんだよね」
「はい、やってます」
「それなのに兄貴にいつも、申請とかやらされて、余計な仕事とか増やされてるんだよね」
「はい」
 そうなんです、と岡本は俯く。「そっちの部署に、同期の知り合いがいるもんで」
 すると大森仁志は、「じゃあ、俺の頼みも聞いてくれるよね」と、もう押しつけがましい。「文句は、兄貴に言ってくれたら、いいから」とか言われても、わざわざ文句を言いに大森に会いに行くくらい大森が好きなわけでは全然なかったので、困った。
「いや、え、いやです」
「これ、資料ファイル。見てくれたら分かると思うけど、ここに、素材の採れる場所が書いてあるから」
「あの、嫌です」
「壁材に混ぜる天然石を採って来て欲しいんだけど。写真にあるような白と青の混じったみたいな、これね。行けばたくさんあるはずだから、すぐにわかると思う。貴重で珍しいってこともないんだけど、発掘出来る場所にキメラ生息し出したもんだからさ、市場もてんやわんやで購入しようと思ったらこの建材も随分値上がりしてるし、そうすると予算内に収まらないし、他の建材っていう気分でもないし」
「いや、他の建材にした方が」
「そしたら直接能力者の人に発掘をお願いするっていう方法もあるって言うじゃない。調べてみたらそっちの方が俄然安く上がるし、予算内にも収まるし」
「だったら自分で今申請しに行けばいいんじゃあ」
「山のふもとの森の中にある、発掘所跡地ね。他の石をメインに発掘してた場所だから今はもう誰も使ってない。でもこの石も採れるし、それは心配しないで。広さは、そうね、半径三百メートルくらいかな。使えなくなった発掘機材とかがまだ残ってるらしいから、足場には、気をつけてね。ちなみに、露天掘りだから坑道にもぐることは、ないよ」
「あの、仁志さん」
「うん何だろう岡本君」
「大森家って、人の話、聞かない家系なんですか」
「そんなことないよ、俺は、ちゃんと、聞くタイプだし」
「いやあの、聞いてないですよ、大丈夫ですか」
「じゃあ、よろしくね、岡本君」
 気付けば、手の中にファイルが押し込まれている。クリップを探していたはずが、何なのだろう、この展開は、と岡本は途方に暮れた。






●参加者一覧

幡多野 克(ga0444
24歳・♂・AA
マルセル・ライスター(gb4909
15歳・♂・HD
未名月 璃々(gb9751
16歳・♀・ER
ソウマ(gc0505
14歳・♂・DG
比良坂 瑞希(gc3826
16歳・♂・FC
リズレット・B・九道(gc4816
16歳・♀・JG
緋本 せりな(gc5344
17歳・♀・AA
立花 零次(gc6227
20歳・♂・AA

●リプレイ本文







 盛り上がった石の上に立った比良坂 瑞希(gc3826)が、宣言するように、声を張り上げた。
「キメラを狩る。鍋もおいしくいただく。採掘も完了させる」
 更に続けて、「全部やらなきゃいけねぇのが能力者のつらいトコだな。準備はいいか? 俺はできてる」とか何か言ったところで、視界の隅の大きな物がのっそり、と振り返るのが、見えた。
 それは、兎の着ぐるみを着用しながら、いそいそと辺りの採掘道具を片づけたりしていた立花 零次(gc6227)だったのだけれど、微かにえ? あれ、何ですか? と不審がっているような表情で瑞希を見ていた。
 でも、こんな場所で、そんな明らかに動きにくそうなもふもふの兎の着ぐるみを着ている人に、不審がられることは、なかった。
「何だよ」
 瑞希が乱暴な口調で言うと、「え、いえ」と、立花が目を逸らす。
 でも実のところ、鈴の音みたいな声で喋り、近づいたらふわと良い匂いがしたりする瑞希のことを、すっかり女性だ、と信じ切っていた立花は、え、女ですよね、俺って言ったけど、まさか男ではないですよね、とすっかり裏切られた気分だった。
「だいたい、これから一仕事って時に、その着ぐるみは、何なんだよ」
「はあ、これは何ていうか、知り合いの方に、兎のキメラなら、これを着ていけば、油断させられるんじゃないか、と勧められたので着て来たのですが」
 兎の着ぐるみの口のところから顔とか出してるのに、そんな真剣な顔して真面目なこと言うなんて、と、マルセル・ライスター(gb4909)はその様子を眺め感心していたのだけれど、「しかし、こんなので本当にキメラを油断させることが出来るんでしょうか」とか、彼が言うので、驚いた。
「え、何ですか」
「いや」
 今気付いたんだね、でも、出来るわけがないよ、とはとても残念過ぎて、言ってあげることが出来なかった。
「油断。させられると、いいね」
「はい」
「でも野兎といえば、俺も小さい頃は良くミニチュアダックスとかを連れてね、爺ちゃんと一緒にシュヴァルツヴァルトに狩りに出かけたよ」
 バイク形態のAU−KVに寄りかかったマルセルは、くるんとした瞳を細めのんびりと言う。「兎はね、後ろ足が長く前足が短いから、上りに強くて下りに弱いんだ。だから、斜面の上から下に追い立てるのが、いいかもね」
「兎は可愛いと思うけど‥」
 万が一戦闘になった時の足場を確保するため、採掘機材の片づけに黙々と勤しんでいた幡多野 克(ga0444)が、ポツンと言った。「今回の情報では‥かなり、大きいよね‥。そんなに大きかったら‥どうだろう」
 そういえばここにも、大きな兎がいますね、とでもいうように克は、朽ち果てた機材の残骸なんかを両手で一生懸命機材を運んでる立花を無表情に見たけれど、実のところ、兎の着ぐるみについては全然考えてなくて、何を考えているかといえば、いつ名前呼びを繰りだそうか、とか、そういう事だった。
 それで話とか振るためにねえ、零次さん、とか呼んでみたらいいんじゃないかな、とか思って、口に出そうとしたら、呼ぶ前にもう立花が顔を上げた。
「いえ、基本、散らかった部屋等はそのままに出来ないタイプなので」
 まだ全然何も聞いてないのに、そんな事を言われても、と思った。


「そういえば」
 フードに、やたらともふもふしたくなる兎の耳とかつけたパーカーを来た緋本 せりな(gc5344)が、リズレット・ベイヤール(gc4816)を振り返り、言った。「一緒に仕事をするのは久しぶりだったね、リズレットさん」
 名前を呼ばれるとリズレットは、おどおど顔色を窺うようにして、ちらちらと視線を向けてくる。探査の眼を発動するためか、覚醒状態に入っている彼女の美しい銀髪には、紅い色が混じっていた。
「あ‥はい‥お久しぶり‥なのです」と彼女が、か細い声で、恥ずかしそうに、頷く。
「以前に会ったのは、確か」
「あ、あの‥せりな様‥その‥えっと‥あうぅ‥思い出さないで」
「思い出さないで?」
 何のことだ、と呟き、結局考えたので、当然、思い出してしまった。「ああ、あの、事故の件ね。着替えの時のでしょ。あれはびっくりしたよね。一歩間違えれば、全部見えてるとこだった」
 とか、平然とせりなが言うと、リズレットが小さな悲鳴のような声を漏らし、顔を覆う。「リゼ、恥ずかしい‥」
「まあ、ほら、事故だし。余り引きずらなくていいと思うよ」
「でも‥リゼは‥ズルズルなのです‥」
 とかそんな色っぽい表情で言われたら、何だか凄く危うい言葉を口にしたようにしか、聞こえなかった。
「それにしてもこの石なんですがー」
 ちゃっかり毛糸のマフラーとかで暖かそうな未名月 璃々(gb9751)が、採掘すべき石の映った写真を揺らしながら、言う。
「花崗岩ですかねー」
「恐らく、そうでしょうね」
 事前に情報を収集していたらしいソウマ(gc0505)が、顎を摘んだ格好で、頷く。腕に何か、薄っぺらい雑誌のような物を挟んでいて、機材マニュアルとか、そんな文字が覗いていた。めちゃくちゃクールな表情で、仕事だからやりますけどみたいな事務的な雰囲気が滲む彼は、実のところ、何か珍しい物を掘り出せたら良いなと意外とわくわくしていて、現地にある機材を修理し使用する為にと、マニュアルとか持ち出している辺りでもうやる気満開だった。
「あれですね。御影石、墓石に使うような石ですよねー。墓石は黒御影ですが」
「傍にある山は、火山ですね」
 発掘所周辺の地理を調べ上げていたらしいソウマが言うと、「火山地帯なら、石英も多そうですしー、そう言うのを掘ってたんですかねー」と未名月は、答える。
 しかしその雑談の最中、ふと何かに気付いたように未名月が、ゆらーと顔を右側の方向へ、向けた。



「あーやっぱり出ちゃいましたかー」
 面倒臭いとか面倒臭くないとか、それすらもうどうでも良いです、みたいな口調で言ったかと思うと、未名月はそそくさと、大きな兎、立花の後方へと移動した。「もう、キメラとか呼んでないんでー、皆さーん頑張って下さいねー」
 ゆらゆら、と手を振る。
 ふん、と鼻を鳴らしたソウマが、「隙なんて見せませんよ」と出現したキメラを睨みつけた。篭手型の超機械ミスティックTを構える。篭手の中心に煌く、虹色のトパーズが、陽の光にきらきらと輝いた。「どんなに愛らしい姿をしてようと、僕の邪魔をするのなら容赦はしませんよ」
 出現した五匹のキメラのうち、一体に向かい飛び上がると、空に向け篭手を掲げた。強力な電磁波がキメラの回りに渦巻く。
「しかしこれは確かに、キメラとは言え、攻撃するのは少々気が引けますね」
 超機械「扇嵐」を、もこもこした両手で握る立花は、うっかり赤い瞳に見つめられ、棒立ちになる。「くそう、これはなんてつぶらな瞳なんだ」とか何か言って、でもこっちだって負けてはいないぞ、いやもう目を逸らしたら負けだから見つめ返すぞ、みたいに見つめ返す。とかいうそれがもう、相手の策略だとか分かってないあたりが残念ですねー、とか未名月は、人や獅子、牛や鷲のモチーフで装飾されたケルビムガンをこっそりと背後から構え、「まーつぶらな眼も、潰してしまえば終わりなんですがー」と、引き金を、引いた。
 だん、と短い銃弾の後、放たれた銃弾が、兎の赤い瞳を、撃ち抜いた。
 ハッと立花が我に返ったかのように、体を揺らす。み、未名月さん、とか呟きながら、そろそろ、と背後を振り返った。
「何ですかー」
「何ていうか、意外と。戦えるんですね」
「たまたま当たりましたー。良かったですねー」
「た、たまたま」
「あとはさっさと終わらせてくれるといいですね、皆さんが」


「さあて、兎狩りの時間だ!」
 覚醒の影響で、茶色い髪を白に、赤い瞳を金色に変化させた瑞希が、キメラに向かい走りだしていた。
「いいか? 暴力はTPOをわきまえて振るえ。そして今はその時だ」
 足場の悪さも物ともせず、ぴょんぴょん、と飛び跳ねるようにキメラへ駆け寄ると、脚甲グラスホッパーを装着した足で、キメラの横っ腹を蹴りあげる。ぐあ、とその可愛らしい顔が、鋭い牙をむき出しにした。瑞希は、さっと素早く距離を取ると、すかさず間合いをはかり、またキックを繰り出す。
 その攻撃を、こちらも素早い動きで飛び跳ね裂けたキメラは、丸みを帯びた盾で頑なに身を守りながら佇むリズレットに向かい突進して行った。
「兎さんを殺すことだけは絶対にしたくないのです」
 呟いたリズレットが、銀色の銃身を持つ拳銃スピエガンドを構え、地面へ向け銃弾を放った。進路を遮り、何とかしてこの戦闘の場から逃がすことは出来ないかしら、と思う。しかしその反面、それはではいけない、という気持ちもあった。キメラだといことは分かっているのだけれど、その可愛さを見ていると、自分でも、どうしていいか分からない。
「ああ‥あの柔かそうな毛‥凄くモフモフしたいのです‥。危険と分かっていても‥こんなに可愛いなんて‥うぅ」
「可愛いものに心奪われる、それも分からなくもねぇが」
 リズレットの前に立ちはだかるようにして駆け付けた瑞希が、その巨大な顎をすかさず強烈なキックで蹴り上げた。「それもTPOによるんじゃねえか?」
 そして振り返ると、顔を背けるリズレットの頭を撫でる。「とは言え俺も、平時なら俺ももふってたかも知んねえけどさ」そしてただ、と瞳を鋭くする。「向かってくるならやるしかねえ。俺は、行くぜ」
 ぴくぴくと痙攣を繰り返しているキメラに向かい、とどめの一撃を繰りだす為、走りだした。


 克の目の前ではせりなが、「ほら、人参だよ、いい子だからこっちへおいで」とか何か言いながら、兎刀「忍迅」の「ニンジン」たる部分をゆらゆらさせながら、獰猛で巨大な兎、といった体のキメラを、撹乱するように動いていた。
 どちらかと言えばいつもは平静な顔をしている事が多い彼女が、少しばかり楽しそうにしているように見えたので、まさか、兎を可愛いと思ってるんじゃないだろうか、あの意外とつぶらな瞳に見つめられて、ちょっと殺すの無理かも、とか考え出してるんじゃないだろうか、とか、思わずちょっと心配になりかけたのだけれど、ふんとか笑った彼女が、「そんな瞳でみてきたところで私には効かないよ。常日頃もっと愛らしい瞳を見ているからね。可哀想だけど、キメラは斬るよ」とか何か言ったので、全然心配いらないみたいだった。
「そう、相手はキメラだからね」
 AU−KVミカエルを装着したマルセルが、呟く。「俺は躊躇わないよ。見過ごせば森が死ぬ。守りたい命があるから、戦うんだ」
 むん、と力を溜め込むように一瞬屈んだかと思うと、次の瞬間には、ミカエルの脚部にスパークが生じ、だっと勢い良く飛び出していた。むくむくと巨大なキメラに向かい突進して行く。どんと機体をぶつけたかと思うと、相手の体を弾き飛ばすようにし、隙が出来たところで素早く双剣「パイモン」を構えた。
「確かに、見た目は兎だけど」
 克は、真っ直ぐに伸びた直刀「月詠」を抜く。「その獰猛さ、やはりキメラ」
 素早く側面へと接近すると、キメラの柔かそうな動体を狙い、月詠を振りかぶった。渾身の一撃を叩きこむ。
 同じ頃、オーラブルーを構えたせりなが、反対側の側面から、同じように流し斬りを発動し、剣を振りぬいていた。二つの剣の軌道が、微かに、交差する。
「命は絶えず廻るもの。次は幸せな命に生まれますように」
 両手を合わせたマルセルの声が言った。「おやすみなさい」



 マニュアル片手に、油圧パンチャーの修理を完了させたソウマが、凄い機嫌良さそうにどんどん地面を削っていた。
「やはり僕の知識と勘にかかれば、機材の修理なんて、簡単なんですよ」
「え、何ですか?」
「あとこの辺りもいいかもしれませんねー」
 今度はポケットとかに手を突っ込みながら、つまりは全然手を出す気ありませんみたいにぶらぶら地面を観察していた未名月が立ち止まり何事かを呟く。
「え、何ですか?」
「未名月さん‥」
 ソウマが先に掘り起こしていた場所を探っていたリズレットが、持ち上げた石を未名月に向け掲げている。「これなんか‥どうでしょう」
「えー、何ですかー」
「効率は良いですが」
 立花は、近くに居た克の傍に寄り、言う。「煩いですね、あの機材」
「うん‥惜しいね」
 頷くと立花が、少し離れた場所で兎を捌いている瑞希に目を向けた。「それにしても兎鍋、楽しみですね」
「うん‥兎鍋は初めてだから‥楽しみだな」
「俺も初めてなんですよ」
「零次さんも‥そうなんだ」
 と、やっとそこで克は、勇気を持って名前呼び返しとか、繰りだしてみた。どんな反応されるかな、とか思ってたのだけど、「はい、初めてなんですよー」とか、全然普通にスルーされた気配だった。あれ、気付いてないのかな、とか思って、もう一回、「えっと‥零次さん」と、呼んでみたら、「はい何ですか」とやっぱり普通に返事されて、何か、困った。
 どうしていいか分からなくなったので、全然聞かれてないけど、「いや‥名前‥呼んでみたんだけど。ほら、自分だけ苗字で呼ぶのも‥どうかなと思って‥なんて」と、ぼそぼそ、説明する。ああ、あの時ですよね、とか何か、こうそういうリアクが帰ってきたらやりやすいな、と思っていたのだけど、え? と聞き返され、ますますどうしていいか分からなくなった。
「あの‥うん、ごめん‥何でもない」
「え? 克さん?」
「いや‥とりあえずあの一旦、何か‥水とか、飲んで来ていいかな」
「え、え? 大丈夫ですか、どうしたんですか」



「故郷じゃ、冬といったらヴィルト料理だからね」
「ヴィルトっていうと、猟獣肉料理か」
「そうそう」
 せりなとマルセルは、瑞希が血抜きしてくれたキメラの肉を煮込む為、下ごしらえに勤しんでいた。
「前に家族で兎鍋を出す店に行ったことがあるんだ。その時姉さんは泣きだして結局食べなかったんだよなぁ」
「兎肉、美味しいのにね。白身でたんぱくで、少しクセのある、鶏肉って感じで」
「うん、鶏肉。確かに言われれば、そうかな」
 器用にナイフを扱いながら、全ての肉を捌き鍋の中に放り込む。
「せりなはやっぱり、料理番だけあって料理が得意だね」
 くるんとした瞳に見られ、「うんまあ」とせりなは恥ずかしそうにする。
「でも、下ごしらえは手伝えるけど、味付けなんかは、料理人マルセルさんに任せるよ」
「料理人かー」と、マルセルが照れくさそうに、少女のような笑みを浮かべる。それから、「あ、せりな、虫がついてるよ」と、手を伸ばして来た。
 肩の辺りに触れた手が、離れて行く。
 と。
「あ」
 ぽちょん、と鍋の水面が、揺れた。
「あ、どうしよう」
「え」
「中に、落ちちゃった」
「さあ、鍋だ、鍋ー。兎駄目なヤツにはサンドイッチがあるぜェ」
 瑞希の能天気な声が皆を集める。二人は何か無言で顔を見合わせた。