●リプレイ本文
盛り上がった石の上に立った比良坂 瑞希(
gc3826)が、宣言するように、声を張り上げた。
「キメラを狩る。鍋もおいしくいただく。採掘も完了させる」
更に続けて、「全部やらなきゃいけねぇのが能力者のつらいトコだな。準備はいいか? 俺はできてる」とか何か言ったところで、視界の隅の大きな物がのっそり、と振り返るのが、見えた。
それは、兎の着ぐるみを着用しながら、いそいそと辺りの採掘道具を片づけたりしていた立花 零次(
gc6227)だったのだけれど、微かにえ? あれ、何ですか? と不審がっているような表情で瑞希を見ていた。
でも、こんな場所で、そんな明らかに動きにくそうなもふもふの兎の着ぐるみを着ている人に、不審がられることは、なかった。
「何だよ」
瑞希が乱暴な口調で言うと、「え、いえ」と、立花が目を逸らす。
でも実のところ、鈴の音みたいな声で喋り、近づいたらふわと良い匂いがしたりする瑞希のことを、すっかり女性だ、と信じ切っていた立花は、え、女ですよね、俺って言ったけど、まさか男ではないですよね、とすっかり裏切られた気分だった。
「だいたい、これから一仕事って時に、その着ぐるみは、何なんだよ」
「はあ、これは何ていうか、知り合いの方に、兎のキメラなら、これを着ていけば、油断させられるんじゃないか、と勧められたので着て来たのですが」
兎の着ぐるみの口のところから顔とか出してるのに、そんな真剣な顔して真面目なこと言うなんて、と、マルセル・ライスター(
gb4909)はその様子を眺め感心していたのだけれど、「しかし、こんなので本当にキメラを油断させることが出来るんでしょうか」とか、彼が言うので、驚いた。
「え、何ですか」
「いや」
今気付いたんだね、でも、出来るわけがないよ、とはとても残念過ぎて、言ってあげることが出来なかった。
「油断。させられると、いいね」
「はい」
「でも野兎といえば、俺も小さい頃は良くミニチュアダックスとかを連れてね、爺ちゃんと一緒にシュヴァルツヴァルトに狩りに出かけたよ」
バイク形態のAU−KVに寄りかかったマルセルは、くるんとした瞳を細めのんびりと言う。「兎はね、後ろ足が長く前足が短いから、上りに強くて下りに弱いんだ。だから、斜面の上から下に追い立てるのが、いいかもね」
「兎は可愛いと思うけど‥」
万が一戦闘になった時の足場を確保するため、採掘機材の片づけに黙々と勤しんでいた幡多野 克(
ga0444)が、ポツンと言った。「今回の情報では‥かなり、大きいよね‥。そんなに大きかったら‥どうだろう」
そういえばここにも、大きな兎がいますね、とでもいうように克は、朽ち果てた機材の残骸なんかを両手で一生懸命機材を運んでる立花を無表情に見たけれど、実のところ、兎の着ぐるみについては全然考えてなくて、何を考えているかといえば、いつ名前呼びを繰りだそうか、とか、そういう事だった。
それで話とか振るためにねえ、零次さん、とか呼んでみたらいいんじゃないかな、とか思って、口に出そうとしたら、呼ぶ前にもう立花が顔を上げた。
「いえ、基本、散らかった部屋等はそのままに出来ないタイプなので」
まだ全然何も聞いてないのに、そんな事を言われても、と思った。
「そういえば」
フードに、やたらともふもふしたくなる兎の耳とかつけたパーカーを来た緋本 せりな(
gc5344)が、リズレット・ベイヤール(
gc4816)を振り返り、言った。「一緒に仕事をするのは久しぶりだったね、リズレットさん」
名前を呼ばれるとリズレットは、おどおど顔色を窺うようにして、ちらちらと視線を向けてくる。探査の眼を発動するためか、覚醒状態に入っている彼女の美しい銀髪には、紅い色が混じっていた。
「あ‥はい‥お久しぶり‥なのです」と彼女が、か細い声で、恥ずかしそうに、頷く。
「以前に会ったのは、確か」
「あ、あの‥せりな様‥その‥えっと‥あうぅ‥思い出さないで」
「思い出さないで?」
何のことだ、と呟き、結局考えたので、当然、思い出してしまった。「ああ、あの、事故の件ね。着替えの時のでしょ。あれはびっくりしたよね。一歩間違えれば、全部見えてるとこだった」
とか、平然とせりなが言うと、リズレットが小さな悲鳴のような声を漏らし、顔を覆う。「リゼ、恥ずかしい‥」
「まあ、ほら、事故だし。余り引きずらなくていいと思うよ」
「でも‥リゼは‥ズルズルなのです‥」
とかそんな色っぽい表情で言われたら、何だか凄く危うい言葉を口にしたようにしか、聞こえなかった。
「それにしてもこの石なんですがー」
ちゃっかり毛糸のマフラーとかで暖かそうな未名月 璃々(
gb9751)が、採掘すべき石の映った写真を揺らしながら、言う。
「花崗岩ですかねー」
「恐らく、そうでしょうね」
事前に情報を収集していたらしいソウマ(
gc0505)が、顎を摘んだ格好で、頷く。腕に何か、薄っぺらい雑誌のような物を挟んでいて、機材マニュアルとか、そんな文字が覗いていた。めちゃくちゃクールな表情で、仕事だからやりますけどみたいな事務的な雰囲気が滲む彼は、実のところ、何か珍しい物を掘り出せたら良いなと意外とわくわくしていて、現地にある機材を修理し使用する為にと、マニュアルとか持ち出している辺りでもうやる気満開だった。
「あれですね。御影石、墓石に使うような石ですよねー。墓石は黒御影ですが」
「傍にある山は、火山ですね」
発掘所周辺の地理を調べ上げていたらしいソウマが言うと、「火山地帯なら、石英も多そうですしー、そう言うのを掘ってたんですかねー」と未名月は、答える。
しかしその雑談の最中、ふと何かに気付いたように未名月が、ゆらーと顔を右側の方向へ、向けた。
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「あーやっぱり出ちゃいましたかー」
面倒臭いとか面倒臭くないとか、それすらもうどうでも良いです、みたいな口調で言ったかと思うと、未名月はそそくさと、大きな兎、立花の後方へと移動した。「もう、キメラとか呼んでないんでー、皆さーん頑張って下さいねー」
ゆらゆら、と手を振る。
ふん、と鼻を鳴らしたソウマが、「隙なんて見せませんよ」と出現したキメラを睨みつけた。篭手型の超機械ミスティックTを構える。篭手の中心に煌く、虹色のトパーズが、陽の光にきらきらと輝いた。「どんなに愛らしい姿をしてようと、僕の邪魔をするのなら容赦はしませんよ」
出現した五匹のキメラのうち、一体に向かい飛び上がると、空に向け篭手を掲げた。強力な電磁波がキメラの回りに渦巻く。
「しかしこれは確かに、キメラとは言え、攻撃するのは少々気が引けますね」
超機械「扇嵐」を、もこもこした両手で握る立花は、うっかり赤い瞳に見つめられ、棒立ちになる。「くそう、これはなんてつぶらな瞳なんだ」とか何か言って、でもこっちだって負けてはいないぞ、いやもう目を逸らしたら負けだから見つめ返すぞ、みたいに見つめ返す。とかいうそれがもう、相手の策略だとか分かってないあたりが残念ですねー、とか未名月は、人や獅子、牛や鷲のモチーフで装飾されたケルビムガンをこっそりと背後から構え、「まーつぶらな眼も、潰してしまえば終わりなんですがー」と、引き金を、引いた。
だん、と短い銃弾の後、放たれた銃弾が、兎の赤い瞳を、撃ち抜いた。
ハッと立花が我に返ったかのように、体を揺らす。み、未名月さん、とか呟きながら、そろそろ、と背後を振り返った。
「何ですかー」
「何ていうか、意外と。戦えるんですね」
「たまたま当たりましたー。良かったですねー」
「た、たまたま」
「あとはさっさと終わらせてくれるといいですね、皆さんが」
「さあて、兎狩りの時間だ!」
覚醒の影響で、茶色い髪を白に、赤い瞳を金色に変化させた瑞希が、キメラに向かい走りだしていた。
「いいか? 暴力はTPOをわきまえて振るえ。そして今はその時だ」
足場の悪さも物ともせず、ぴょんぴょん、と飛び跳ねるようにキメラへ駆け寄ると、脚甲グラスホッパーを装着した足で、キメラの横っ腹を蹴りあげる。ぐあ、とその可愛らしい顔が、鋭い牙をむき出しにした。瑞希は、さっと素早く距離を取ると、すかさず間合いをはかり、またキックを繰り出す。
その攻撃を、こちらも素早い動きで飛び跳ね裂けたキメラは、丸みを帯びた盾で頑なに身を守りながら佇むリズレットに向かい突進して行った。
「兎さんを殺すことだけは絶対にしたくないのです」
呟いたリズレットが、銀色の銃身を持つ拳銃スピエガンドを構え、地面へ向け銃弾を放った。進路を遮り、何とかしてこの戦闘の場から逃がすことは出来ないかしら、と思う。しかしその反面、それはではいけない、という気持ちもあった。キメラだといことは分かっているのだけれど、その可愛さを見ていると、自分でも、どうしていいか分からない。
「ああ‥あの柔かそうな毛‥凄くモフモフしたいのです‥。危険と分かっていても‥こんなに可愛いなんて‥うぅ」
「可愛いものに心奪われる、それも分からなくもねぇが」
リズレットの前に立ちはだかるようにして駆け付けた瑞希が、その巨大な顎をすかさず強烈なキックで蹴り上げた。「それもTPOによるんじゃねえか?」
そして振り返ると、顔を背けるリズレットの頭を撫でる。「とは言え俺も、平時なら俺ももふってたかも知んねえけどさ」そしてただ、と瞳を鋭くする。「向かってくるならやるしかねえ。俺は、行くぜ」
ぴくぴくと痙攣を繰り返しているキメラに向かい、とどめの一撃を繰りだす為、走りだした。
克の目の前ではせりなが、「ほら、人参だよ、いい子だからこっちへおいで」とか何か言いながら、兎刀「忍迅」の「ニンジン」たる部分をゆらゆらさせながら、獰猛で巨大な兎、といった体のキメラを、撹乱するように動いていた。
どちらかと言えばいつもは平静な顔をしている事が多い彼女が、少しばかり楽しそうにしているように見えたので、まさか、兎を可愛いと思ってるんじゃないだろうか、あの意外とつぶらな瞳に見つめられて、ちょっと殺すの無理かも、とか考え出してるんじゃないだろうか、とか、思わずちょっと心配になりかけたのだけれど、ふんとか笑った彼女が、「そんな瞳でみてきたところで私には効かないよ。常日頃もっと愛らしい瞳を見ているからね。可哀想だけど、キメラは斬るよ」とか何か言ったので、全然心配いらないみたいだった。
「そう、相手はキメラだからね」
AU−KVミカエルを装着したマルセルが、呟く。「俺は躊躇わないよ。見過ごせば森が死ぬ。守りたい命があるから、戦うんだ」
むん、と力を溜め込むように一瞬屈んだかと思うと、次の瞬間には、ミカエルの脚部にスパークが生じ、だっと勢い良く飛び出していた。むくむくと巨大なキメラに向かい突進して行く。どんと機体をぶつけたかと思うと、相手の体を弾き飛ばすようにし、隙が出来たところで素早く双剣「パイモン」を構えた。
「確かに、見た目は兎だけど」
克は、真っ直ぐに伸びた直刀「月詠」を抜く。「その獰猛さ、やはりキメラ」
素早く側面へと接近すると、キメラの柔かそうな動体を狙い、月詠を振りかぶった。渾身の一撃を叩きこむ。
同じ頃、オーラブルーを構えたせりなが、反対側の側面から、同じように流し斬りを発動し、剣を振りぬいていた。二つの剣の軌道が、微かに、交差する。
「命は絶えず廻るもの。次は幸せな命に生まれますように」
両手を合わせたマルセルの声が言った。「おやすみなさい」
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マニュアル片手に、油圧パンチャーの修理を完了させたソウマが、凄い機嫌良さそうにどんどん地面を削っていた。
「やはり僕の知識と勘にかかれば、機材の修理なんて、簡単なんですよ」
「え、何ですか?」
「あとこの辺りもいいかもしれませんねー」
今度はポケットとかに手を突っ込みながら、つまりは全然手を出す気ありませんみたいにぶらぶら地面を観察していた未名月が立ち止まり何事かを呟く。
「え、何ですか?」
「未名月さん‥」
ソウマが先に掘り起こしていた場所を探っていたリズレットが、持ち上げた石を未名月に向け掲げている。「これなんか‥どうでしょう」
「えー、何ですかー」
「効率は良いですが」
立花は、近くに居た克の傍に寄り、言う。「煩いですね、あの機材」
「うん‥惜しいね」
頷くと立花が、少し離れた場所で兎を捌いている瑞希に目を向けた。「それにしても兎鍋、楽しみですね」
「うん‥兎鍋は初めてだから‥楽しみだな」
「俺も初めてなんですよ」
「零次さんも‥そうなんだ」
と、やっとそこで克は、勇気を持って名前呼び返しとか、繰りだしてみた。どんな反応されるかな、とか思ってたのだけど、「はい、初めてなんですよー」とか、全然普通にスルーされた気配だった。あれ、気付いてないのかな、とか思って、もう一回、「えっと‥零次さん」と、呼んでみたら、「はい何ですか」とやっぱり普通に返事されて、何か、困った。
どうしていいか分からなくなったので、全然聞かれてないけど、「いや‥名前‥呼んでみたんだけど。ほら、自分だけ苗字で呼ぶのも‥どうかなと思って‥なんて」と、ぼそぼそ、説明する。ああ、あの時ですよね、とか何か、こうそういうリアクが帰ってきたらやりやすいな、と思っていたのだけど、え? と聞き返され、ますますどうしていいか分からなくなった。
「あの‥うん、ごめん‥何でもない」
「え? 克さん?」
「いや‥とりあえずあの一旦、何か‥水とか、飲んで来ていいかな」
「え、え? 大丈夫ですか、どうしたんですか」
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「故郷じゃ、冬といったらヴィルト料理だからね」
「ヴィルトっていうと、猟獣肉料理か」
「そうそう」
せりなとマルセルは、瑞希が血抜きしてくれたキメラの肉を煮込む為、下ごしらえに勤しんでいた。
「前に家族で兎鍋を出す店に行ったことがあるんだ。その時姉さんは泣きだして結局食べなかったんだよなぁ」
「兎肉、美味しいのにね。白身でたんぱくで、少しクセのある、鶏肉って感じで」
「うん、鶏肉。確かに言われれば、そうかな」
器用にナイフを扱いながら、全ての肉を捌き鍋の中に放り込む。
「せりなはやっぱり、料理番だけあって料理が得意だね」
くるんとした瞳に見られ、「うんまあ」とせりなは恥ずかしそうにする。
「でも、下ごしらえは手伝えるけど、味付けなんかは、料理人マルセルさんに任せるよ」
「料理人かー」と、マルセルが照れくさそうに、少女のような笑みを浮かべる。それから、「あ、せりな、虫がついてるよ」と、手を伸ばして来た。
肩の辺りに触れた手が、離れて行く。
と。
「あ」
ぽちょん、と鍋の水面が、揺れた。
「あ、どうしよう」
「え」
「中に、落ちちゃった」
「さあ、鍋だ、鍋ー。兎駄目なヤツにはサンドイッチがあるぜェ」
瑞希の能天気な声が皆を集める。二人は何か無言で顔を見合わせた。