●リプレイ本文
地面を見つめていた緋本 かざね(
gc4670)が顔を上げると、びらん、と風になびく真紅のマフラーが、見えた。それで視線を動かすと、ジェット型のヘルメットとか被って、ゴーグルとかつけた細身の男の人が立っていて、一瞬、え、誰、何処のヒーロー? と、戸惑った。
全然何も探す気ありません、みたいに、何処で拾ったか分からない木の棒とか振り回すエリノア・ライスター(
gb8926)が、それでも戦う気は満開です、山盛りです! みたいにAU−KVアスタロトをすっかり装着させ、その、ヒーローっぽい男を振り返る。
「おうプッちー、探査はしっかり頼むぜ。出てきたモグ野郎は私が片っ端からブっ飛ばすからよ」
「はいー」
そんな凄い格好のくせに、俄然のんびりとした口調で、エクリプス・アルフ(
gc2636)が頷く。そうだそうだ、これは何処かのヒーローとかではなくて、アルフ様だった、しっかりしろ、かざね、とか何か、自分に言い聞かせるけど、覚醒の影響とかで赤く光るらしい目が、っていうか光が、ゴーグルから薄っすら透けて見えてたりして、もう、全然ヒーローにしか、見えない。
「土竜てなぁ」
無線機の周波数を合わせていた荒神 桜花(
gb6569)が、どちらかと言えば呆れるような口調で言い、小首を傾げる。「ほんま何でもキメラにしよんな、アカンで、あれ。土竜退治とか、ゲームセンター以来やし」
「しかもそんなところに逃げ込むとかよ」
エレノアがまた、ざし、ざし、と、木の棒を振り回す。か弱そうな木の枝が、その手の中にあるだけで、もう武器だった。
「ったく兄貴から聞いちゃいたが、兄弟揃って迷惑なヤローだぜ」
「でも私は今日はるんるんですよー。だってほら、変なキメラとかじゃないですし」
「え、土竜やのに? 土竜やで?」
何言うてんの、この人、みたいな目で桜花は振り返ったけれど、かざねはよっぽど機嫌が良いらしく、全然めげない。
「虫とか、ネバネバしたのとか、今まで苦渋を舐めてきましたが、残念ですけど、今回はアルフ様が期待しているようなことにはなりませんよー! たまには格好いいところもみせてあげるんですから!」
「あれ、俺が何を期待してるって言いました?」
「いやこっち急に向かないで貰えますか、目が光」
とか、全然聞いてないエリノアが、「私らも双子だけど、性格も趣味も全く違うもんなぁ」とか、独り言のように言う。それからかざねの方を見た。「ミラーツインズっていってさ。肉体的性質や性格が反転して生まれることがあるんだ。まぁうち等みてーな異性一卵性の双子は、一卵性でも遺伝子の核が個々でちげェから、遺伝情報は完全に同一にゃならねーんだが。実際、眼の色違ェし。強いて外見以外の共通点を挙げるならー」
「うん、強いてあげるなら?」
「やっぱりお互いを超愛しているってところじゃね?」
とか無邪気に生き生きした声で言うと、辺りが何か、シーンとした。
「うん」
かざねは、公衆の面前で兄を愛してるとか言っちゃう友人の肩を、かざねは「うん、エリっち」と、優しく、叩いた。
●
「自らキメラの生息地に飛び込み、事前に救出要請を準備しておく」
エネルギーガンを肩に乗せ、もうキメラが顔出したら即、討伐します! みたいな気合いの、マヘル・ハシバス(
gb3207)が、銀色の美し髪を揺らしながら、言った。「救出者が自分の安全を確保してあるのは、間違いないでしょう。先にキメラを倒してしまいましょう」
「うむ」
探査の眼を発動し、無残にも掘り起こされまくった中庭の地面を、注意深く見渡す國盛(
gc4513)は、「その意見には賛同する」と頷いてから、続けた。「しかし、まずい。緊急事態だ。岡本だか大森だかまだ分かってないところに、弟まで出てきやがった」
「うん、國盛さん、大森。あと真面目に焦る絵柄が、ちょっと切ない」
別に聞いて貰えなくても全然いいけど、一応言っとくね、みたいなクールな表情で、ルーネ・ミッターナハト(
gc5629)が言う。「螺子の緩んだ人、大森。その弟も、やはり、螺子を何処かに置き忘れた方でした、まる」
とか何か言ってたら、こっちで、中庭の銅像をじーっと見てたホープ(
gc5231)が、「あはは、変な顔ー! 何あれ、何あれ」とはしゃいだ声を上げ、駆けよってきた。確か、世界的に有名な芸術家の有名な作品だったはずなのだけれど、「あんな変なの置いてあるなんて、さすが図書館だね!」とか何か、その辺りで、もうん? あれ、図書館って、ホープさんの中でどういうイメージなの、とちょっと思ったのだけれど、「図書館に地下か。秘密基地っぽい感じと見た!」とか、益々もう分からない。
「ま、キメラは徹底的に排除して、ついでに美術品なんかも護るとするか」
國盛の言葉に、マヘルが、何か凄い物言いたげな視線を、向けた。けれど結局何も言わず、無表情に地面とか見つめてるな、とか思ってたら、突然、覚醒した。
「え」
「え?」
あれ何今何で覚醒したの、キメラとか現れたの、え、何で。と、全員の視線が辺りを彷徨い、それからマヘルへ向く。
「ついでになんて」
彼女が地面を見つめたまま、ポツン、と呟く。誰の事も見てないので、独り言かしら、とか何か思ったのだけれど、その割には凄い喋ってるっていうか、考えているらしいことが全部口から出ていた。
「作られた物にはすべて、設計者・製作者の意思が乗ります。それは、過去の時代を知る一つの手がかり、つまり人類の宝。ここは私だけでも、回収に尽力しなければ」
「うんあれ、マヘルさん、大丈夫ですか」
「けれど、キメラを倒すまでは、美術品の事は我慢します。‥さっさと出てきたらどうですか、キメラ」
「やる気体制だと思ったら、そういうわけだったんだ。めちゃくちゃキメラ、待ってるんだね」
可哀想とか言い出しかねない表情でホープが呟く。
「ただ救出者のことは全く考えてないがな」
超機械シャドウオーブの埋め込まれたグローブの位置を直しながら、どうでも良さそうに言った國盛が、お、と瞳を鋭くする。「キメラじゃないか。待ってました、といったところだな」
●
ルーネから無線に連絡が入ると、一同は急いで中庭へと移動した。
辿りつくと、桜花はまず、慌てず、落ち着いて、覚醒をした。瞳の奥に、五芒星が現れる。その急激な変化に、腹の中からぐう、と吐き気が込み上げてくる。口から、ぺちょ、と血が飛び出て来た。とか結構、毎度の事なのだけれど、隣で同じく覚醒状態に入ったかざねが、えええ? みたいな目で、見つめてくる。
「あ、あの、だ、大丈夫ですか、桜花さん」
「うん、よーあるねん」
「あ、そうなんですね」
「おっしゃあ、ゲーム開始だ!」
エリノアのアスタロトの装輪が、ぎゅいいいんと回転を始める。超機械「トルネード」を取り出すと、「まずは巣穴ごと、吹き飛べぇ!」とか何か、容赦なく竜巻を発生させる。
その間を縫うようにして、アルフの細身の体が駆け出した。緑色の刀身に、長い髭のような紋様の施された片手剣ヴォジャノーイを、振り回しながら、キメラに向かい突進していく。
「モグラ叩きの時間ですねー! 私、得意なんですよー!」
その間にも何か、荷物をごそごそやってたかざねは、「あ!」と声を張り上げ、うわーとか顔を曇らせた。「ピコピコハンマー忘れちゃった。ショック」
それから戦ってる皆を見つめ、荷物を見つめ、また皆を眺めると、「ちぇっ、仕方ないから、普通に倒してやりますかー」とかもう全然テンション下がりました、やる気失くしました、みたいにだらだら走りだす。
「せいやぁぁぁぁ」
二刀小太刀「永劫回帰」を振り上げた桜花が、飛び出したキメラの頭に向かい、刃を叩きこんだ。素早く、鞘の部分に仕込まれた小太刀を抜き取ると、側面に回り込み、首の辺りを掻き切るように小太刀を滑り込ませる。「はいはい、次々、どんどん来ぃやー」
「おっしゃあ、もういっちょ、行くぜえ!」
エリノアが力を溜め込むように両手を胸元で交差させると、アスタロトの頭部にスパークが生じた。「吹き飛べもぐらー! トルネード!」新たに出現した竜巻が、前方から顔を出したキメラをを天高く飲みこんでいく。へへ、とか何か腰に手を当て、笑っていたら、「あ、エリっち危ない!」
かざねの声が聞こえ、「え?」とエリノアは振り返る。「あ」がぶ。とか何か、後ろの穴から飛び出したキメラが、エリノアの手の先を噛んだ。鋭い牙が、旨い具合に接続部分の間に食い込み、微かに、チクとした痛みが脳を突く。
途端に何だか瞼が重くなってきた。確か、唾液には麻酔成分が含まれているだとか、とか思う思考すら、どろどろとした眠気の泥に覆われて行く。「くそー!」とエリノアはその泥を振り払うかのように声を張り上げ。「眠くない、眠くない眠くない眠くないぞー! 気合いだ、気合いー! ぐー」
「エリっちー! 立ったまま、ね、寝てるー!」
「寝てねええ! ぐううう」
「エリっちー!」
とか何か言ってる自分の脚元にもキメラが飛び出て来たので、かざねは「おっと!」と、咄嗟に回転舞を発動する。
空に固定されたように浮かぶ二本一組の金色の双剣「ツインテール」を軸に、かざねはくるんと後方へ宙返りし、キメラの攻撃を避けた。「くふふっ。そんな攻撃、私には無駄ですよー!」
そこに、紅蓮衝撃を発動し、赤いオーラを纏ったアルフが、飛び込んできた。空中でくるん、と器用に回ると、インカローズを装着した足を突き出し、キメラの頭部を蹴り飛ばす。
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それとは少し離れた場所で、國盛もまた、地面から出て来たキメラを空に蹴り上げては、シャドウオーブから放たれる黒色のエネルギー弾で攻撃する、という地味なキメラを駆除を行っていた。
のだけれど、「あっちは派手なことになってるな」とか何か、呟いたかと思うと、ふうん、キックね、俺も出来るよ、みたいに、多分ちょっと張り合いたくなったのか、ふん、と飛び上がり、空中からのキック! とか、やって、着地、した。
「ま、マスター。大丈夫なのー!」
迅雷を発動し、あちこち飛び回っていたホープが、キキーと急ブレーキをかけるかのように立ち止まり、火尖槍を構えた格好で、國盛を見る。「歳なんだから、無理しちゃ駄目だよー」とか、悪気は全然感じられない、けれどだからこそ何となく悲しい台詞を吐いた。
「大丈夫だ。何というか、俺は、これでも、元、プロのムエタイ選手だ」
「でもマスターが怪我したら、美味しい珈琲が飲めなくなっちゃうよー」
「美味しい珈琲」
ばしばし容赦なくエネルギーの弾を打ち出しているマヘルが、全然こっちとか見てないのに、喋り出した。また、自分の考えている事が口から出てしまっているようだった。「美味しい珈琲は、素敵ですわね。私も豆の挽き方や、淹れ方を研究してはいますけれど、実際に淹れてみると味が中々安定しないものです」
「お、アンタも珈琲が好きなのか」
「うん、國盛さん。今の彼女とは会話は成立しない」
超圧縮レーザーを噴出した状態の、機械剣αを構えたルーネが、キメラを追いながら、呟く。振りかぶっては、頭をひっこめられ、疾風を発動して追いかけては、また頭をひっこめられ、振りかぶり、逃げられ、振りかぶり逃げられ、もしも感情が表に出るタイプとかだったら、キー! と、地団太を踏み、頭を掻きむしり、暴れまわっていただろうけれど、どちらかと言えばクールなタイプなので、ぐっとこらえた。
「ルーネ、お前、顔が真っ赤だぞ、大丈夫か」
「何が?」
とか何か、答えてる顔は、明らかに鬼のような形相だったけど、多分自覚してないんだろうな、と國盛はそっとしておいてあげることにした。
「巣穴に」
はあはあ、と小さく息を吐き出しながら、彼女が呟く。「閃光弾、タタキコミタイコノヤロー」
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救出者を無事、自分で逃げられますよね、くらいの呆気なさで図書館の外に追い出した後で、一同は、むしろこれが本来の目的だったのではないか、といわんばかりの勢いで、図書館の地下を探索していた。
と。
前方を歩いていたホープが、突然、「びっくりしたー!」と声を上げた。
見れば、懐中電灯の灯りで仄かに浮かび上がった絵画の人物に過剰反応したようだった。「びっくりしたー! 何だただの絵かびっくりしたー!」
「いや、その声の方にびっくりするから」
桜花が、凄い冷静に言う。
「へぇ‥。そこそこ立派な蔵書じゃねーの。保管されている絵画も、いいモンあんじゃねーか」
辺りを見回すエリノアが、声を上げた。隣のかざねが、「え、エリっち、絵とか分かるの?」
芸術とかそんな繊細な物を理解出来るの? あんなに大雑把なくせに? と、若干驚いたように、見る。失礼過ぎた。
「うんまあ、分かるっていうか、好きとか、嫌いとか、あるぜ。ほら、これとかよ」
「まあ、それは」
マヘルが寄って来て、黒い瞳でしげしげと眺め出した。「この祈りにも似た、この執拗な筆のタッチ。繊細な絵具の重なり。画家の魂の感じられる素晴らしい絵ですね」
「あー確かにそう言われればー。なるほどなるほど、やっぱりアレですね。こう、このラインが」とかかざねは、真面目な顔して頷いてみたけれど、実のところ全然分かってなかった。むしろ、見た感じが前衛的過ぎて、え、何この変な絵、でも高いの、何これ、高いの、と、値段ばかりが気になった。
「ま、高い絵は、素人が下手に動かさない方がいいと思うぜ。まぁタリィし、業者が来るっつーなら、任せりゃいいんじゃねーの? 報酬分は、働いたしよォー」
「え。そうなの」
とホープが、運び出そうとしていた絵をガコン、と不用意に、落とす。
「ちょ、おま、それ、高けぇぞ!」
「おぉ〜っとと、そうだったね、ゴメンゴメン、いや、忘れてたわけじゃないよ、うん、忘れてたわけないじゃな〜い」
そんな中意外と暇なアルフは、「で。結局どっちが岡本で、どっちが大森で誰が誰の弟だったんだ?」とかしつこく悩む國盛の呟きに、「螺子の緩みは身内に電波‥じゃない伝播する。うん、またいい勉強になった」とか何か答えてるルーネの頭の上から、ひゅーと落下物が落ちてくるのを、何か、見ていた。
短い悲鳴のような声を漏らし、頭は咄嗟に避けたものの、足にぶつかり悶えているルーネのことも、何か、見ていた。
そしたら何か、涙目で顔を上げた彼女が、こっちを見た。
目が合った。
「あ、別に助けなかったら面白いな、とか思ってたわけじゃありませんよ」
笑顔のアルフが、言う。「何かあらーとか思ってたら、間に合わなかっただけです」
「エクリプスさん」
「はい」
「いや、いいです」
そんな次合った時には、確実に仕返ししてやる、みたいな目をして何でもないとか言われても、怖いだけだった。
「後、5分」
棚の古道具をうっとり眺めるマヘルが呟く。「回収中は見る暇ないのですから、もう少しだけ」