●リプレイ本文
方位磁石を片手に持った未名月 璃々(
gb9751)が、地図に目を落とし、「樹海さながらだったら嫌だな、とか思ってたんですがー」とか、何か、言った。
「まあ、無難なハイキングコースといったところで良かったね」
緋本 せりな(
gc5344)が、話を浚う。「しかし、それにしたってこんな場所までいちいち行けなんて。全く、そんなに大事なものならしっかり持ってればいいのに」
そしたら何か、隣を歩く毒島 風海(
gc4644)のガスマスクの瞳が、凄いこっちを見ている気配がしたので、せりなは、「いや」とか何か言って、拗ねるように、顔を伏せた。
「面倒臭がってるわけじゃないんだよ。その、何ていうか。私は合理的ではないことは、嫌いなんだ」
「いえ、そうではなくて」
「そうではなくて? ああ、そうか。考えてみれば風海さんと依頼をこなすのは初めてだったか。小隊では一緒なのに、以外と一緒にならないものなんだね。姉さん共々仲良くしてくれてありがとう」
「あ、いえ。こちらこそ。っていうか、でも、そうじゃなくて」
とか何か言ってる風海の斜め後ろくらいから、じーっとか何か視線を感じ、ハッと振り返ると、真紅のマフラーを、今彼の為に吹いて来ました! みたいな風になびかせながら、ジェットタイプのバイク用ヘルメットを装着したエクリプス・アルフ(
gc2636)が立っていて、覚醒の影響で赤く変化した瞳がライダーゴーグルの奥から凄い無言でこっちを見ていた。
「ああ‥アルフさんもか」
忘れててごめんね、と言いたかったけれど、言った瞬間、正義の鉄槌的な物が下りそうで、怖くて言えない。
「あのー、せりなちゃん」
「何、風海さん」
「いろいろ、長いこと喋って頂いてあれなんですが、私が言いたかったのは、それ、危なくないですか、ということなんですよ」
と、せりなの手にある、自身の身長よりも長いのではないか、というような、金色の柄を持つ槍斧ガープを指さす。「さっきからせりなちゃんが動く度、凄い、迷惑なんですが」
「え?」
と、また、せりなが不用意に、動く。するとまた槍斧の、先っぽの棘のような物がついた刃が、ぶん、と位置を変える。
「だから、不用意に動かないで貰えますか」
「でもさ、思ったんだけどさ」
Letia Bar(
ga6313)が、ポツン、と言う。槍斧のくだりで何を想うことがあるんだろう、と風海は、凄い興味津々に彼女を見たのだけれど、「常に大事に持ってる物って、それが当たり前過ぎて、無くしてもすぐには気が付かないんだよね。大切じゃないとか、そういう事じゃなくてさ」とか何か、先程のせりなの発言に引っ掛かっていただけだったようなので、そっと、顔を戻した。
「何にしても‥手に馴染んだ道具は‥手放せないよね‥」
幡多野 克(
ga0444)が、ポケットから回収すべき専用ボックスの外観の写真を取り出し、眺めながら、言う。
「まあ‥命より大事っていうのは‥ちょっと大げさかもしれない‥けど‥」
と、凄いクールな無表情で指摘しておいて、最終的には何かちょっと誤魔化すように、「‥うまく見つかると‥いいな‥」とか、付け加えた。
「芸術家の忘れ物、か‥」
アルフと同じく探査の眼で辺りを警戒する、國盛(
gc4513)が瞳を鋭くしたまま、呟く。「俺も珈琲に関する物を忘れて行ったら、ショックだろうな」
「そうだよそれでマスターの珈琲が飲めなくなったら、淋しいし」
Letiaがひっそりと呟いた言葉に、「へえ、珈琲」とか何か意味深に風海が呟き、あら、何、みたいな感じで皆見て、何か良く分からないけど皆見てるからじゃあ俺も見るね、みたいに、番 朝(
ga7743)も見た。
皆に見られたLetiaは、「いや、皆だよ、皆、淋しいでしょ」とか何か、以外と可愛らしい慌てっぷりをした。それで一番近くに居た朝に、とりあえずみたいに、「ね! 朝」とか何か、話を振ったのだけれど、その辺あんま良く分からない彼女は、にぱと元気に微笑み、「レティア君と一緒にいるのは楽しいぞ」とか何か、元気いっぱいに、言った。「森の中のキメラは怖いぞ!」とも、言う。
「あ、うん。そうだね」
「でも‥キメラ‥いるなら早めに‥出てこないかな‥。後の移動が‥楽になるし‥」
克も同じく呟いたのだけれど、そしたらLetiaが、「えっ!」とか驚いた顔でこっちを振り返るので、「え」とか、ちょっと何か焦った。すっごい無表情だけど、危うく覚醒してしまいそうになってたところで、「俺の移動が、楽になるし? きみ、そういうキャラ?」とか聞き返され、「いや‥俺が、とは言ってない‥かな。後の移動がって‥言ったんだけど」ともう、何か、恥ずかしい。
「びっくりした、そうか。後か。いや何か、ごめん、うん。いろいろちょっと何か、落ち着くよ」
「そうした方が‥いいと思う」
「お取り込み中、失礼します」
なに、と見たらそこにガスマスクがあった。エネルギーガンを克に向け構えていて、あれ、撃たれる? とかちょっと思わず、覚醒し月詠の柄に手をかけてしまったのだけれど、ぼそ、と彼女が「上から来るぞ、気をつけろ」と言った瞬間、自分のエミタに、情報がバッと流れ込んできて、驚く。
「先見の目を発動しました、今回のヤマネコ型キメラの気配を察知です、伝達します」
その瞬間にも未名月が、脅威の戦闘怠け能力で何かを察知したらしく、「さて私は非戦闘要員ですからー」とか何か木陰に身を隠した。
また、Letiaの隣では朝が、まるで敵の気配を察知した野性動物のように集中した面持ちで、固まっていた。やがて、ぶわ、と覚醒状態に、入る。茶色く短い髪の毛が伸び、深い緑に変わった。瞳が、金色に変化する。
「何か、感じるんだね」
問いかけると、さっきまでの笑顔が嘘のように、すとんと表情を落とした彼女が、まるで人形のような横顔で頷く。それからハッ、と顔を上げ空を見た。
「キメラが隠れている場所が分かるなら、先制攻撃も有りかと」
こちらも覚醒し、金色に変化した瞳を細めながら小銃S−01を構える克が言う。朝と同じ場所を見やり、微かな動きを察知したかと思うと、すかさず、影撃ちを放った。
「Letia、あっちにも居るぞ!」
覚醒状態に入った國盛の声が飛ぶ。
「よし、行くよ!」
黒い銃身に複雑怪奇な銀色の装飾が施された小銃FEA−R7を構えたLetiaは、木から木へと飛んで行くキメラの黒い影を、しっかりとその、紫に変調した瞳で捉える。突進していく國盛の影から、援護射撃を放った。
●
敵の姿は五体あった。
素早い動きで見る見る内に、一同を取り囲んでいる。
國盛は、東側の傍へと駆け寄ると、飛ぶように移動するキメラの動きを見極め、紅蓮衝撃を発動した。ぐうん、と体全体を赤い炎のようなオーラが包む。
「そこか」
鞭のようなしなやかな右脚のキックを繰り出し、足の甲でキメラの胴体部分を、打つ。「元プロのムエタイ選手の動体視力を舐めて貰っては、困るな」
ぐん、と高度を落としたキメラは、不格好に地面へと着地した。「強弾撃!」そこへすかさず、Letiaの放った銃弾が、飛び込んできた。人の悲鳴にも似た、おぞましい銃声が、響く。銃弾が、キメラの脚を打ち抜いて行く。
「これで‥とどめだ」
その横っ腹へと回転しキックを放つと、内臓が破裂する感触が、肘から脳へと、伝わってくる。
「はいはい、食べても美味しくないキメラに用は無いので、さっさと黄泉の国に強制送還しますよ〜っと」
その少し南の位置では、風海がエネルギーガンを構え、せりなに向け、練成強化を放っていた。
「ヤマ・ピカ・ニャー!」
「な、何だ、その奇妙な掛け声は」
「雰囲気です」
その途端、ガープが淡い光に包まれる。始めて使う武器だというわりには、長い槍斧を器用に振り回しながら、キメラの素早い動きに合わせ、せりなが刃を突き出した。
「猫か。動物は好きだけど、やっぱりキメラはキメラだね。こう大きいと可愛いも何もあったものじゃない」
その攻撃を避け、移動するキメラに、ふんと小さく微笑むと、すかさず、流し斬りを発動し、ガープの刃を水平に回転させる。「こいつの攻撃は痛いじゃ済まないよ! 両断剣!」
ずしゃあ、と刃が、キメラの後ろ脚から腹の部分へと深く食い込み、肉や内臓をごりごりと削る感触が確かに腕へと伝わってくる。
「肉を削り取る‥か」頬に飛んだ返り血を軽く指で拭い、せりなは酷薄に微笑む。「この感覚に慣れると危ないかもしれないな」
その頃、克は、自身の銃で足を打ち抜いたキメラに、とどめを刺そうと月詠を振りぬいているところだった。紅蓮衝撃で覚醒状態を引き上げ、使い慣れた刀へ最大限の威力伝播を行う。「確実に、仕留める!」
食い込んだ刃が、キメラの首を、叩き斬る。
「それでは、こちらもとどめと行きましょう」
ヴォジャノーイを片手に、キメラと格闘していたアルフは、一旦地面に片膝を突くと、そこから、瞬即撃を発動し、空中へと勢い良くジャンプした。
くるんと勢い良く体を回転させ、右脚を突き出すと、キメラの頭へと足の裏を強く、ぶつける。余りの速度と勢いに受け身を取ることすらかなわなかったキメラの頭が、ぐちゃあ、と弾け飛んだ。
「足だけ壊してー、動けなくする程度でいいんじゃないですかー、面倒なので」
超機械「グロウ」をくるん、と振り回した未名月が、前方でまるで盾になってくれているかのように、大剣「樹」を振り回す朝に向け声をかけた。「って聞いてないですよねー、はい、練成強化」
人形のような顔をした小柄な少女が、大剣に振り回されてるようにも見える、とか自分も人形のような未名月は思ったのだけれど、空振りをしてもその反動を次へと利用し動く様は、中々堂に入ってもいて、彼女自身が大剣の一部になったかのような一種独特な動きを見せていた。
やがて彼女が、豪破斬撃を発動した。武器が一瞬、淡い赤色に輝いたと思ったのもつかの間、叩き込むようにして打ちこまれた大剣の刃が、キメラの胴を潰した。
●
「画材って‥高いらしいね‥」
乾いたパレットや絵具を見つめる克の傍で、Letiaが、部屋の中を漁っていた。
「何かに打込むには良さそうな場所なのに、出て行かないといけないなんて勿体ないね」
「絵の具1つにしても‥あると助かるかな‥」
とか何か、とりあえず鞄の中に仕舞っていたのだけれど、するとLetiaがクローゼットの扉に手をつけ、「中にキメラが居たりしてねー」とか何か軽口を叩きながら不用意に中を、開けた。
その瞬間、「おわあ!」と素っ頓狂な声を上げ、後退る。
「Letia、どうした!」
同じく部屋の中を物色していた國盛が、珍しく慌てて駆けよってきた。
「ま、マスター。白骨化した、骸骨が」
「え?」
「え」
克と國盛は、すぐさまクローゼットの中を覗き込んだ。「ほ、本当だ」
「作りものかな‥‥? 誰の‥忘れ物なの‥これ」
「っていうか、届けられないよね、これは」とか引き攣った顔で言ったLetiaが、國盛の手の中にある物を見つけて、ん? と眉を顰めた。「っていうか、マスター、何それ」
「ん? これ、いや、別に」
とかその手には、明らかに凄い美人な女性の描かれた絵があって、「何となく目に止まったから」とか何か、明らかに隠そうとしてる感じがもう、多分、女性の癇に障る行動に違いなかった。
「あ、美人だったから?」
明るく言うLetiaの顔が、明るすぎる。
「Letiaこそ、そんな写真なんて鞄に入れて、どうするんだ」
「これはほら、家族の写真とか。芸術家の人はそういうの忘れてそうだったから」
「そうか、さすがLetiaは気が効くな。大事な物は、大事だからな。な、克」
「大事な道具‥。俺は月詠‥かな‥。ずっとこれで‥戦ってきたし‥。‥武器は使われないのが‥本当は一番いいんだろうけど‥ね‥」
「お前」
國盛が感心したような目で、克を見た。「この雰囲気の中で、凄い、良い事言うんだな」
「え」
「不思議なのいっぱい」
きょとんとした顔でクローゼットの中を見る朝が、「面白いな」と続ける。
「いやこれは多分、面白がっちゃ、駄目だよ、朝」
Letiaがそっと窘めると、そうなのか? とまた朝はきょとんと小首を傾げた。そんな無邪気というか、無知というか、朗らか過ぎる感じが愛おしく、思わずそっと彼女の手を取っていた。
「くすぐったいよ‥Letia君」
何となくちょっと恥ずかしげに、朝がもじもじとする。
「さ、次行こう、次! 刷毛。探さなきゃね」
「刷毛は、シンナーに漬けて保管しますし、臭いとかあると思うんですけどねー」
一階部分を探索する未名月は、そう言って、せりなやアルフ、風海を見た。
「それはその情報を元に、探せということですか」
未名月は無言で肩を竦めると、「内部とか、腐ってたりするとー、困りますよねー」とか早速もう話を変えた。
「まぁとにかく、回収できそうなものは、持っていってあげようか。刷毛と一緒に」
「帰りもある事を考えると、荷物になるのは嫌ですねー」
「オフロード車があれば、帰り道なんてすぐなんですけどね」
それから少し顔を伏せ、「むしろ、ビンテージもののオフロードバイクとか、誰か忘れてないんですかね」とか言って、ふふふと笑う目が、何だかもうやばかった。
「そしたら盗んでやるのにって獲物を狙う顔になってるよ、アルフさん」
「おっと、危ない」
とか何か頬を撫でると、すぐにいつもの穏やかな笑顔を浮かべた。
「いや、余計、怖いから」
「ふむ。この部屋にはイーゼルが、ありますね」
また別の部屋の中を覗いていた風海が、言う。
「こういう場所に居ると、インスピレーションを刺激されます。どうですか、10分もくれれば、似顔絵、描きますよ?」
「似顔絵?」
せりなの問いにはい、とか何か頷いた風海は、さっと珍しく自らガスマスクを外し、その場にあった画材を手に取ると慣れた手つきで似顔絵を描き始めた。
「祖父と一緒に、山林の小さなアトリエで暮らしていた事があるんです」
「風海さん、ガスマスクは取っても大丈夫なのか」
せりなは心配して声をかけたのだけれど、集中しているらしい彼女に、こちらの声は届いていないようだった。
「偏屈でしたが、とても、優しい祖父でした。唯一といってもいいくらいの理解者で‥。わりと有名な絵描きだったそうですよ。もしかしたら、ここに知り合いが、居たかもしれませんね。‥はい、完成です」
数分程度でそう言うと、彼女はすぐさまガスマスクをまた被り、せりなに向け紙を差し出した。
「もう描けたのか」
「デッサンは、絵の基本ですからね。時間は、要りませんよ。イメージを抑え、基本に忠実に描く、それだけです」
温かみのある、似顔絵がせりなの手の中にあった。
「ここにあるどんな芸術よりも、私には風海さんの似顔絵の方がよっぽど価値があるね」
と。そこへ。
「皆さんー、刷毛セット、見つかりましたよー」
未名月の覇気のない声が、聞こえた。