●リプレイ本文
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渓谷の入り口付近には、今回の依頼を達成するため、六人の男女が集まっていた。
「いやこれ、言っていいかどうかわかんないすけど」
平野等(
gb4090)は、十センチ程下にあるソウマ(
gc0505)の姿をちらっと見て、それからまた、目を逸らして、でもやっぱりまた見ちゃって、それから、続けた。「どうしたんすか、ソウマさん」
「なにがですか」
赤いおかっぱのカツラと、青緑色のコンタクトレンズで変装をしたソウマが、腕組をした格好で凄い普通に答えるのだけど、いや、そんな奇抜な姿でそこ普通ってどうなんですか、面白すぎませんか、それともそういうもんなんですか、と平野はもう、何も言えない。
「仕方ないですね、赤い髪のカツラがこれしか入ってなかったんですから。でもまあ、似合わないことはないと思いますよ」
「いやそんなもう、軽くほほ笑みながら自分で言われちゃうとか思ってなかったんで、何も言えないすよ」
「皆さん、今回は宜しくお願いします」
こちらでは、ねこみみフードを被った緋本 かざね(
gc4670)が一同に向け挨拶をしていた。「宜しくお願いします」と、和泉 澪(
gc2284)が笑顔で答える。「ねこみみ、可愛いですね」
指を差され、かざねは恥じ入るように目元を赤くした。「何ていうか、キメラに黒とか黄色とか狙われるって聞いたものですから。和泉さんはそのままで大丈夫なんですか?」
彼女の美しい黒髪は、隠されることなく風になびいている。
「ええ」
穏やかな雰囲気を纏ったまま、けれど彼女はきっぱりと頷く。堂々たる佇まいに見えた。「能力者としてはキメラをおびき寄せ、退治しておくべきなんじゃないかって」
温和そうに見えるけれど、意外と芯は、しっかりとした女性なのかも知れない。「それにしても、実際に見ると、結構大きい渓谷ですね」
本当ですね、とか何か、話を回すため、みたいに、さりげなく隣を見たかざねは、毒島 風海(
gc4644)がつけているガスマスクに興味津々な目を向けた。それはもう、何処からどう見てもガスマスクで、何の間違いもなくガスマスクで、でもこんな快晴の渓谷でガスマスク? とか思い出したら目が離せない。
でもそれは実のところさりげなくでも何でもなくて、むしろがっつり食い気味で見てるということに、本人はきっと気付いていないんだろうな、とか、エクリプス・アルフ(
gc2636)はその様子を眺め思っていた。
しゅこーと風海の被るガスマスクから息のような音が漏れる。かざねの視線に気付いたのか、じっとそちらの方を見た。びっくりするくらい無表情のガスマスクと、ねこみみフードの少女が見詰め合っている光景は、何だかとっても危うい気がした。
「かざねさん、あんまり見てはいけません」
アルフは思わず、かざねの袖を引っ張る。で、でも、と顔を寄せて来た彼女は「でもあれ、気になりませんか」と続けた。
「まあ、気になるかならないかと言われたら、気にはなりますけどねー」とか、いや絶対気にしてませんよね、みたいなのんびりとした口調でアルフが答える。
「さてと」
澪が一同を見渡した。「そろそろ出発しましょうか」
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「あれですよね、わざわざ傭兵に採取を依頼するくらいすから、凄い貴重で重要な植物なんでしょうね。万病に効く新薬の原料になるとか」
地面から突き出している木の根っこを、平野は、ポケットに手を突っ込んだままの格好で、ぴょんと跳ね、越える。
渓谷の道が途中で西と東に枝分かれしていた為、平野、ソウマ、澪の三人は西側の道を、アルフ、かざね、風海の三人は東側の道を、それぞれ目的の採取物を探し、歩くことにした。
「随分と個性的な花ですからね」
覚醒状態で歩くソウマは、どちらかと言えば、そんな花には興味とかないですよ、むしろ何でここに居るのか分かんないんですよ、くらいの表情を浮かべ歩いている。かといってやる気がないのかと言えばそうでもなさそうで、時折立ち止まり鋭い視線を馳せてみたり、気だるそうに歩くのに、意外と躓くと思った石を軽く飛び越えてみたり、凄い謎だった。
一方の澪は、どちらかと言えば、観光でも楽しむかのような朗らかな表情で歩き、「この花って、水際に生えてるのでしょうかね、それとも岩場ですかね」と写真を片手に、それはもうキノコ狩りとかそういう趣だった。
「岩場でしょうね」
答えたのはソウマだ。
「あ、そうなんすか」「あ、そうなんですか」と、二人同時に声を上げる。何で知ってるんですか、というような目に、「事前にそれなりの情報は入手してますよ」としゃあしゃあと答えられ、何か「おお」とかしか、言えない。花には興味ないみたいな顔してたくせに、と思う。
そこで突然、ソウマがバッと勢い良く振り返った。え、と驚く。「ど、どうしたんすか」
「見つけた」と、呟く。まさか、問題の植物なのか、と澪と顔を見合わせ、また見ると彼はもうそこにおらず、少し離れた場所にある木々の傍らにしゃがみ込んでいた。
「いやあ、どうですか凄いですよ、この松茸」
確かに立派な、むしろ最近お目にかかったことのないような大きさの松茸が彼の手には握られていた。「僕の目から逃れることはできませんよ。家族への良いお土産ができました」と不敵ともつかない笑みを浮かべている。
きっとあれは貴重だ。凄い、貴重だ。いやでもそんなん採りに来たんじゃないんすよ、とか指摘するのはどうでも良くなるくらいには、立派だった。
「いやもうそれ採りに来たってことでいいじゃないすか、持って帰って食いましょうよ」
テンション上がり気味で脚とかばたばたさせながら言ってみたら、笑顔で澪に「駄目ですよ」と、普通に言われた。
「そうですよ、駄目ですよ」
「そもそもソウマさんが採りにとか行くからじゃないすか!」
「仕方ないですよ、見つけてしまったものは。キョウ運の招き猫と呼ばれていましてね。呼び込んでしまうんですよ」
「そんな何か、モテる男の顔みたいなんされても、凄いとか絶対言わないですよ」
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「中々風光明媚な場所ですね。こんなことならスケッチブックを持って来るべきでした。残念です」
風海はどうやら辺りを見回している、らしい。ガスマスクで曇った声は、若く、どちらかといえば可愛らしい感じのする女性の声だった。かざねはライチの実を思い浮かべる。あの見るからに硬そうな、グロテスクとも思える果皮から、プルンとした白い実が出てくるのを見た時くらいの、驚きがあった。
「かざねさん、スイッチ落ちてますけど大丈夫ですか」
気がつけばスプーンを手に持った格好のまま、風海をじっと見つめていたりする。アルフに言われて、ハッとした。「あ、ご、ごめんなさい」
「うん僕に謝ってもあんまり意味ないと思うんです」
つい先ほどまで渓谷を探索していた三人は、細い川の流れる草場で休憩を取っていた。アルフの持ってきたレッドカレーを食し、渓谷の隙間を流れて行く気持ちの良い風を楽しむ。アルフもかざねも、キメラの対策用にと被って来たヘルメットやねこみみを外し、一息吐いていた。
「風海さんは、その、何ていうかレッドカレーとか、召し上がられないんですか」
「はい、大丈夫です、マスクでどうせ食べられませんし」
「じゃああの、ま、マスクを取ったらいいんじゃあ」
と思いきって言ってみるけれど、「いえ、大丈夫です」と、ぴしゃりと言い返された。
「あ、そうですか」
ぴしゃりがあんまりにもぴしゃりだったので、もう何も言えない、とか思って俯く。頬に風海の視線を感じた。正確には、毒マスクの視線を感じた。一体何を考えているのかは全く分からないのだけれど、「あのー」と今度は風海が言うので、「はい」とかざねは答える。
「あのー、おじいちゃんは」
「え、おじいちゃん?」
どうしてここで突然おじいちゃんが出てくるんだ、とか、驚いた。
「はい。おじいちゃんは凄い物知りで、色々教わったんです。虫や鳥、草花の名前、花言葉やその由来とか」
彼女はそう言うと、目の前にある雑草としか見えない草を引き抜き、かざねの前に差し出した。「実はこれも食べられる野草で」と、その野草の名前や、調理方法、どんな味がするかなどをやたら詳しく説明し出した。
「た、食べたことあるんですか」
「はい。貴重な食料でした」
かざねは思わず言葉を失ったが、さすがアルフは大人というか鷹揚としているというか、「そんなに美味しいなら僕も食べてみたいですね」とか、何か、社交辞令にも程があるんじゃないかというような言葉を、社交辞令丸出しで言っていた。
「あと、絵や魚釣り、脱出イリュージョンや戦車を生身で倒す方法とかも。学校で教えてくれないこと、沢山教わりましたよ」
「いやあ益々興味深いですよー、脱出イリュージョンだなんて」
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一方その頃、平野、ソウマ、澪の三人は、一足早く、目的の採取物を発見していた。強運の持ち主だと自称するソウマが居るだけに、発見も早かったが、キメラとも当然のように遭遇してしまい、その対応に追われていた。
動いたのは、ソウマだった。「キミにこの美しき銀の弾幕、かわせるかな?」美しい銀色の銃を構えると、向かってくる数十匹の昆虫型キメラに向かい、弾丸を放った。それも、一発や二発ではなく、連続して弾丸を放出していく。キメラは戸惑い、進行方向を見失い、右往左往した。
「今だ」
澪と平野が同時に、しかも全く逆の方向に走りだす。
覚醒状態に入った澪は、深い藍色の瞳でキメラを見つめる。彼女の輪郭が少しばかり、ぼやけたように薄くなっていた。ソウマの弾丸を避けるようにして回り込み、キメラに突進していく。「迅雷」
彼女の体がほのかな光に包まれる。まるで、一つの地点から一つの地点へと移動したかのような素早さでキメラを捉えた。
「昆虫は鳥に捕食される立場ですよっ、鳴隼一刀流・隼々双奏!」
突進の勢いでキメラに切り込むと、体を器用に回転させて、逆の方向からまた、キメラに切り込んだ。直刀「天照」の残像が空にXの時を描く。
キメラの飛ばしてくる粘液をかわしながら、腰の入った堂々たる姿で、直刀を振り回し、縦、横、斜め、と縦横無人に切りつけて行く。
「平野さんそちらは頼みますね」
「へい承知す〜」
赤く変色した瞳をぎらぎらとさせた平野は、黒と赤とが混ざり合った混沌とした色味の、金属製の爪、ジ・オーガを構えた。鮮やかな迄に軽い身のこなしで、ぴょんぴょん、それから何故かくるんと、キメラの中心部に近づいて行き、爪を振り回す。黒い色に反応したキメラが、ジ・オーガに群がる。
「うわ、ちょ待って、ヤベえって、タンマ、タンマ!」
キメラの口から飛び出てくる粘液を寸でのところでかわして、「瞬天速!」だーっと一気に駆け出した。まるで消えたかのような平野の姿を探し回りうようよと飛ぶキメラを離れた場所から、呼び込む。「俺はここだっつーの」
ぺんぺん、とお尻を叩く振りを見せてから、また、キメラに飛び込んでいく。両手に付けた武器を振り回し、二段撃を繰りだした。
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「ですからね、戦車を生身で倒す時は」
歩き出してからも風海は、おじいちゃんから教わったらしい事についての講釈を述べていた。その額の辺りに、こつん、と何かがぶつかった。話に夢中で最初は自分が一体何にぶつかったのか、その時はまだ、理解出来ていなかった。
「危ない!」
それまで穏やかに風海の話に付き合っていたアルフが、彼女の腕を引く。瞬時に、天使の羽のオブジェがついた、白銀の盾を構えた。まるで、守護の神がそこに君臨したかのような華やかさがある。続いて、自身障壁を使用し、自らの肉体を強化する。「僕が盾となりますから、攻撃をお願いします」
「あ、キメラだったんですね、すいません助かりました」
風海が慌てて体制を立て直す。「それにしてもこのキメラ美味しそう、素揚げ、いや、佃煮。ふひひ」
「よだれが垂れてますよ」
「あどうも」
風海はじゅるり、とガスマスクから得体の知れない音を出して、口元を拭う。
「さてと、戦闘開始です、皆様、美味しそうなキメラの死骸を是非持って帰りましょう」
構えた盾の傍らで拳銃を構えたアルフが言う。
「虫は嫌いなのに」と、呟きながらも、かざねが前に躍り出た。駆け出すと同時にエアスマッシュを放つ。「私は食べないですからね!」と念を押してから、目で追うのも難しいような素早さで、キメラの間を縫って行く。
背後から、風海がビスクドール型の超機械を突きだす。練成強化を使用した。かざねの構える、直刀「蛍火」が、淡く光を放ち、攻撃力を増す。「私は虫がこの世で一番嫌いなんです!逝ってよしっ!」
嫌悪の力がそうさせるのか、飛びかかってくる昆虫型のキメラを次々と切り落として行った。右を向き、左を向き、時に回転し、世界中の虫は撲滅すべき、とでもいうような勢いがある。
銃声が鳴った。アルフの放った弾丸が、キメラの気を逸らす。
「助かりました!」
「撲滅ですよ、かざねさん」
「あったりまえですー!」
その時、かざねの攻撃も、アルフの放った弾丸の間をも縫って飛び込んでくる、一匹のキメラの姿があった。
粘液が、後方に居る二人めがけて飛んでくる。それを盾で遮ると、アルフは、キメラ本体はおろか、その進行する進路もろともをも掴むかのような勢いで盾を器用に振り回し、地面へと叩き付けた。
「風海さん。どうやらそのマスクがキメラを呼びこんでいるようですよ」
また、飛んでくる粘液を遮りながら、言う。
ハッとしたように風海が顔を挙げた。それから俯き、何かを思案しているかのような間があって、彼女はおそるおそるマスクを取った。
「あ、や。あまりこっち、みちゃ、や」
それまでの話ぶりが嘘のように、両手でフードを押さえた彼女はプルプルと震え、涙目になって今にも蹲りそうになっている。呼吸が苦しそうだった。
「あら、可愛い。でも、戦えそうにないですね」
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大森の研究室に採取した物を届ける為、一同は研究所のロビーで研究員が来るのを待っていた。
「採取して来たのに、人待たすってどういうことすかー。俺待つの嫌いなんすよー」
落ち着きなくそわそわしながら、平野が言う。
「研究室には簡単には入れて貰えないですからね。彼らは中々に秘密主義ですよ」ソウマが口を挟む。「凄くね」と言って、小さく唇を釣り上げた。
「でも、キメラや周辺環境の採取も出来てますし、何か判ると良いですね」
澪が言って、隣のかざねを見る。「はい。土とか。一緒に持って来た私達って凄く優しいですよね」
「優しいですよ。出来れば、このキメラ分けて欲しいくらいですよ」
ガスマスク姿の風海が、じーっとキメラの入ったケースを眺めている。「こんなに美味しそうなのに」
「じゃあ頼んでみればいいんじゃないですか」アルフが朗らかにほほ笑み助言した。
「あ、僕は食べませんけど」