タイトル:旅行と渓谷と貴重な花マスター:みろる

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/10/12 20:00

●オープニング本文


 今度の旅行の予定について考えていたはずが、どんどんわき道にそれて、気がつけばそれはもう予定でも何でもなくて、憧れの彼女がもしこんな事を言ってきた時はどうするかとか、限りなく妄想に近い仮定、とかになりかけていた頃、突然、「楽しそうだね」と、耳元で囁かれ、岡本は目を見開いた。
 目を見開いてからやっと、自分が目を閉じていたことに気付いたりしたのだけれど、とにかく、真横を見ると、あんまり見たくない顔代表の、大森の端整な顔とかがあって、驚いた。あんまり驚いたので、椅子から、ずり落ちそうになる。
「え、何してるんですか、大森さん、っていうか、何で居るんですか」
「何してるって、こっちの台詞でしょ。なに就業中に旅行雑誌とか開いてニヤニヤしてるの」
 未来科学研究所研究員の大森が、岡本の勤務先であるUPC本部の、総務部の岡本のデスクである個別ブースに居るこの状況も面倒臭かったが、何よりその近さが面倒臭かった。
「何でもいいですけど大森さん、ちか、近いです」
 肩で大森を押しのけるようにし、その目から遠ざけるように、雑誌のページを閉じ、脇に押しやる。
「ねー岡本君なに旅行いくんだ? 誰と」
「友達とですけど」
 バグアに侵略されてからというもの、行楽地の多くが、UPCやULTの施設や戦場に姿を変えた。更にUPC本部職員となってからは休日というのも随分減ったが、どちらも、全く無くなってしまったわけではない。行こうと思えば温泉だって、プールだって、キャンプ場だって旅館だってあるし、休日だって、取ろうと思えば、あった。
「えー、本当にぃ? 何かあれなんじゃないの、彼女とかと行くんじゃないのー」
「友達です」
「あやしー」
「いや、友達です」
 これではまるで恋人に言い訳してるみたいだ、と思い、そんな気持ちの悪いことを一瞬でも思ってしまった自分に青くなる。
「そんなこと言って本当は女がいるんでしょ、間違いないでしょ」
「確かに女性が居て、しかも目当てにしてる女性ですけど。でも、今はまだ、友達ですし」
 認めないことには、いつまでも言い続けられそうな気迫に負け、告白する。
「ふうん」
 大森は、珍しい生物の珍しい生態でも眺めるような目でこちらを見た。
「じゃあ。何処行くの。何時?」
「大森さんには関係ありませんよね」
「だって岡本君取られたら面白くないから、邪魔とかしちゃおうと思って。その女に嫌がらせとか」
「そんなけはっきり言われてるのに教える人がいたら、その人はきっと、大森さんに抱かれたいって人ですよ」
 とか何か言ったら、大森が無言でじっとこっちとか見るので、いやそんな意味深に見つめられても、と思う。
「いや、僕は違います」
「じゃあさ、じゃあさ、俺の話も聞いてくれる?」
「じゃあさ、の意味が分からないんですけどどうしたら」
 大森は、ブースの隅に来客用にと置かれた、とはいえ実際には来客なんて殆どないので雑談用とか気休め用とかなのだけれど、とにかくそのようにして置かれてある細い四本足の椅子を引っ張ってくると、座った。
「岡本君の旅行の話も聞いてあげたじゃない」
 当然のことのように言われ、驚きを通り越し、茫然とする。
「頼んでないのに」
「俺もちょっとした雑誌をさ、持って来たの。これここ見て、これ」
 指の先に花をズームアップして撮影したと思しき写真があった。長い茎の上に、零れそうに大きな花弁が乗っている。原色に黒を混ぜたようなどぎつい色をしていて、しかも、茎や花弁に突起のような棘が生えており、お世辞にも、可愛いとかきれいなどとは言い難い姿形をしていた。けれど、顔を顰めでもしたら、とうとうとこの花の素晴らしさについて語られるのではないか、という予感があり、「はー、可愛い花ですね」と、社交辞令を、述べた。
「あれ嘘、この花の良さ、君にも分かるの」
「はー、まー、そうですね」
 これ以上の棒読みは、後にも先にももうない気がした。
「この花ってさこの可愛さもさることながら、結構謎も多くて。もしここから画期的なウィルスとか成分とか発見されたら、とか思うとぞくぞくするじゃない」
「はーそうでしょうねー」
「欲しいよね。写真だけじゃなく実物見てみたいじゃない」
「ですよね、そりゃやっぱり実物、見たいですよね。採取してくるべきですよ」
「やっぱりそう思う? じゃあさ採取、お願いできないかな、能力者の人に」
「え」
「採取、お願いしてよ、能力者の人に」
 まさかそんな展開になると思ってなかった浅はかな自分を殴れるものなら殴りたかった。
「え、あれ? 自分では、行かない?」
「無理だよ、だって、キメラとか居るもん。虫みたいなやつ。花の近くに生息してて、五匹くらいで束になって飛んでくんの。危ないよ」
「そんな。その辺に咲いてる花じゃないんですか」
「人の話聞いてる? これ、すっごい珍しい花なんだって」
「いやそんなこと一言も言ってませんよ」
「場所は」
 大森は雑誌のページを繰り、広げる。
「この渓谷。地面はぬかるんでるし、細い川が通行の妨げをしてたりするから、足場も悪いだろうね。木々も生い茂ってるし、見通しも悪い。ね、そういうことで、宜しく頼むよ」
「無理です」
 岡本はパソコンに向き直る。仕事を再開すべきだ、ここですべきだ、今すべきだ、と思った。
「ねえねえ、岡本君」
「はい」
「採取頼んでね、能力者の人に」
「大森さん」
「うん、何だろう」
「すいません、忙しいんで帰って貰ってもいいですかね」
 大森が、物凄い無言でこちらを見たかと思うと、暫くしてポツンと言った。
「旅行雑誌見てたくせに?」
「すみません、それはすみません」
「だいたい、可愛いって言ったじゃない、今、その口で。可愛いって言ったよね、この花のこと」
「言いましたけど」
「だったらちょっとくらい協力してくれてもいいでしょ」
「そんなに貴重な花なら研究所を通して正式に採取の依頼したらいいじゃないですか」
「やだよ。そんなの面白くないじゃない。俺はね、岡本君に嫌がらせするのが楽しみなんだよ」
「前に聞きました」愕然として、岡本は呟く。
 同僚や他の本部職員、研究所の人間達は、皆、大森のことを、変人だけど優秀だよな、と評価するけれど、岡本は、この奇怪としか思えない人物が、優秀な研究員だなんて事実は、恐ろしすぎて直視できない。
「二回も聞きたくないです」
「だったら」
 大森が、端整な顔に笑みを浮かべる。
「宜しく頼むよ、岡本君」

●参加者一覧

平野 等(gb4090
20歳・♂・PN
ソウマ(gc0505
14歳・♂・DG
和泉 澪(gc2284
17歳・♀・PN
エクリプス・アルフ(gc2636
22歳・♂・GD
毒島 風海(gc4644
13歳・♀・ER
緋本 かざね(gc4670
15歳・♀・PN

●リプレイ本文


 渓谷の入り口付近には、今回の依頼を達成するため、六人の男女が集まっていた。
「いやこれ、言っていいかどうかわかんないすけど」
 平野等(gb4090)は、十センチ程下にあるソウマ(gc0505)の姿をちらっと見て、それからまた、目を逸らして、でもやっぱりまた見ちゃって、それから、続けた。「どうしたんすか、ソウマさん」
「なにがですか」
 赤いおかっぱのカツラと、青緑色のコンタクトレンズで変装をしたソウマが、腕組をした格好で凄い普通に答えるのだけど、いや、そんな奇抜な姿でそこ普通ってどうなんですか、面白すぎませんか、それともそういうもんなんですか、と平野はもう、何も言えない。
「仕方ないですね、赤い髪のカツラがこれしか入ってなかったんですから。でもまあ、似合わないことはないと思いますよ」
「いやそんなもう、軽くほほ笑みながら自分で言われちゃうとか思ってなかったんで、何も言えないすよ」
「皆さん、今回は宜しくお願いします」
 こちらでは、ねこみみフードを被った緋本 かざね(gc4670)が一同に向け挨拶をしていた。「宜しくお願いします」と、和泉 澪(gc2284)が笑顔で答える。「ねこみみ、可愛いですね」
 指を差され、かざねは恥じ入るように目元を赤くした。「何ていうか、キメラに黒とか黄色とか狙われるって聞いたものですから。和泉さんはそのままで大丈夫なんですか?」
 彼女の美しい黒髪は、隠されることなく風になびいている。
「ええ」
 穏やかな雰囲気を纏ったまま、けれど彼女はきっぱりと頷く。堂々たる佇まいに見えた。「能力者としてはキメラをおびき寄せ、退治しておくべきなんじゃないかって」
 温和そうに見えるけれど、意外と芯は、しっかりとした女性なのかも知れない。「それにしても、実際に見ると、結構大きい渓谷ですね」
 本当ですね、とか何か、話を回すため、みたいに、さりげなく隣を見たかざねは、毒島 風海(gc4644)がつけているガスマスクに興味津々な目を向けた。それはもう、何処からどう見てもガスマスクで、何の間違いもなくガスマスクで、でもこんな快晴の渓谷でガスマスク? とか思い出したら目が離せない。
 でもそれは実のところさりげなくでも何でもなくて、むしろがっつり食い気味で見てるということに、本人はきっと気付いていないんだろうな、とか、エクリプス・アルフ(gc2636)はその様子を眺め思っていた。
 しゅこーと風海の被るガスマスクから息のような音が漏れる。かざねの視線に気付いたのか、じっとそちらの方を見た。びっくりするくらい無表情のガスマスクと、ねこみみフードの少女が見詰め合っている光景は、何だかとっても危うい気がした。
「かざねさん、あんまり見てはいけません」
 アルフは思わず、かざねの袖を引っ張る。で、でも、と顔を寄せて来た彼女は「でもあれ、気になりませんか」と続けた。
「まあ、気になるかならないかと言われたら、気にはなりますけどねー」とか、いや絶対気にしてませんよね、みたいなのんびりとした口調でアルフが答える。
「さてと」
 澪が一同を見渡した。「そろそろ出発しましょうか」



「あれですよね、わざわざ傭兵に採取を依頼するくらいすから、凄い貴重で重要な植物なんでしょうね。万病に効く新薬の原料になるとか」
 地面から突き出している木の根っこを、平野は、ポケットに手を突っ込んだままの格好で、ぴょんと跳ね、越える。
 渓谷の道が途中で西と東に枝分かれしていた為、平野、ソウマ、澪の三人は西側の道を、アルフ、かざね、風海の三人は東側の道を、それぞれ目的の採取物を探し、歩くことにした。
「随分と個性的な花ですからね」
 覚醒状態で歩くソウマは、どちらかと言えば、そんな花には興味とかないですよ、むしろ何でここに居るのか分かんないんですよ、くらいの表情を浮かべ歩いている。かといってやる気がないのかと言えばそうでもなさそうで、時折立ち止まり鋭い視線を馳せてみたり、気だるそうに歩くのに、意外と躓くと思った石を軽く飛び越えてみたり、凄い謎だった。
 一方の澪は、どちらかと言えば、観光でも楽しむかのような朗らかな表情で歩き、「この花って、水際に生えてるのでしょうかね、それとも岩場ですかね」と写真を片手に、それはもうキノコ狩りとかそういう趣だった。
「岩場でしょうね」
 答えたのはソウマだ。
「あ、そうなんすか」「あ、そうなんですか」と、二人同時に声を上げる。何で知ってるんですか、というような目に、「事前にそれなりの情報は入手してますよ」としゃあしゃあと答えられ、何か「おお」とかしか、言えない。花には興味ないみたいな顔してたくせに、と思う。
 そこで突然、ソウマがバッと勢い良く振り返った。え、と驚く。「ど、どうしたんすか」
「見つけた」と、呟く。まさか、問題の植物なのか、と澪と顔を見合わせ、また見ると彼はもうそこにおらず、少し離れた場所にある木々の傍らにしゃがみ込んでいた。
「いやあ、どうですか凄いですよ、この松茸」
 確かに立派な、むしろ最近お目にかかったことのないような大きさの松茸が彼の手には握られていた。「僕の目から逃れることはできませんよ。家族への良いお土産ができました」と不敵ともつかない笑みを浮かべている。
 きっとあれは貴重だ。凄い、貴重だ。いやでもそんなん採りに来たんじゃないんすよ、とか指摘するのはどうでも良くなるくらいには、立派だった。
「いやもうそれ採りに来たってことでいいじゃないすか、持って帰って食いましょうよ」
 テンション上がり気味で脚とかばたばたさせながら言ってみたら、笑顔で澪に「駄目ですよ」と、普通に言われた。
「そうですよ、駄目ですよ」
「そもそもソウマさんが採りにとか行くからじゃないすか!」
「仕方ないですよ、見つけてしまったものは。キョウ運の招き猫と呼ばれていましてね。呼び込んでしまうんですよ」
「そんな何か、モテる男の顔みたいなんされても、凄いとか絶対言わないですよ」



「中々風光明媚な場所ですね。こんなことならスケッチブックを持って来るべきでした。残念です」
 風海はどうやら辺りを見回している、らしい。ガスマスクで曇った声は、若く、どちらかといえば可愛らしい感じのする女性の声だった。かざねはライチの実を思い浮かべる。あの見るからに硬そうな、グロテスクとも思える果皮から、プルンとした白い実が出てくるのを見た時くらいの、驚きがあった。
「かざねさん、スイッチ落ちてますけど大丈夫ですか」
 気がつけばスプーンを手に持った格好のまま、風海をじっと見つめていたりする。アルフに言われて、ハッとした。「あ、ご、ごめんなさい」
「うん僕に謝ってもあんまり意味ないと思うんです」
 つい先ほどまで渓谷を探索していた三人は、細い川の流れる草場で休憩を取っていた。アルフの持ってきたレッドカレーを食し、渓谷の隙間を流れて行く気持ちの良い風を楽しむ。アルフもかざねも、キメラの対策用にと被って来たヘルメットやねこみみを外し、一息吐いていた。
「風海さんは、その、何ていうかレッドカレーとか、召し上がられないんですか」
「はい、大丈夫です、マスクでどうせ食べられませんし」
「じゃああの、ま、マスクを取ったらいいんじゃあ」
 と思いきって言ってみるけれど、「いえ、大丈夫です」と、ぴしゃりと言い返された。
「あ、そうですか」
 ぴしゃりがあんまりにもぴしゃりだったので、もう何も言えない、とか思って俯く。頬に風海の視線を感じた。正確には、毒マスクの視線を感じた。一体何を考えているのかは全く分からないのだけれど、「あのー」と今度は風海が言うので、「はい」とかざねは答える。
「あのー、おじいちゃんは」
「え、おじいちゃん?」
 どうしてここで突然おじいちゃんが出てくるんだ、とか、驚いた。
「はい。おじいちゃんは凄い物知りで、色々教わったんです。虫や鳥、草花の名前、花言葉やその由来とか」
 彼女はそう言うと、目の前にある雑草としか見えない草を引き抜き、かざねの前に差し出した。「実はこれも食べられる野草で」と、その野草の名前や、調理方法、どんな味がするかなどをやたら詳しく説明し出した。
「た、食べたことあるんですか」
「はい。貴重な食料でした」
 かざねは思わず言葉を失ったが、さすがアルフは大人というか鷹揚としているというか、「そんなに美味しいなら僕も食べてみたいですね」とか、何か、社交辞令にも程があるんじゃないかというような言葉を、社交辞令丸出しで言っていた。
「あと、絵や魚釣り、脱出イリュージョンや戦車を生身で倒す方法とかも。学校で教えてくれないこと、沢山教わりましたよ」
「いやあ益々興味深いですよー、脱出イリュージョンだなんて」



 一方その頃、平野、ソウマ、澪の三人は、一足早く、目的の採取物を発見していた。強運の持ち主だと自称するソウマが居るだけに、発見も早かったが、キメラとも当然のように遭遇してしまい、その対応に追われていた。
 動いたのは、ソウマだった。「キミにこの美しき銀の弾幕、かわせるかな?」美しい銀色の銃を構えると、向かってくる数十匹の昆虫型キメラに向かい、弾丸を放った。それも、一発や二発ではなく、連続して弾丸を放出していく。キメラは戸惑い、進行方向を見失い、右往左往した。
「今だ」
 澪と平野が同時に、しかも全く逆の方向に走りだす。
 覚醒状態に入った澪は、深い藍色の瞳でキメラを見つめる。彼女の輪郭が少しばかり、ぼやけたように薄くなっていた。ソウマの弾丸を避けるようにして回り込み、キメラに突進していく。「迅雷」
 彼女の体がほのかな光に包まれる。まるで、一つの地点から一つの地点へと移動したかのような素早さでキメラを捉えた。
「昆虫は鳥に捕食される立場ですよっ、鳴隼一刀流・隼々双奏!」
 突進の勢いでキメラに切り込むと、体を器用に回転させて、逆の方向からまた、キメラに切り込んだ。直刀「天照」の残像が空にXの時を描く。
 キメラの飛ばしてくる粘液をかわしながら、腰の入った堂々たる姿で、直刀を振り回し、縦、横、斜め、と縦横無人に切りつけて行く。
「平野さんそちらは頼みますね」
「へい承知す〜」
 赤く変色した瞳をぎらぎらとさせた平野は、黒と赤とが混ざり合った混沌とした色味の、金属製の爪、ジ・オーガを構えた。鮮やかな迄に軽い身のこなしで、ぴょんぴょん、それから何故かくるんと、キメラの中心部に近づいて行き、爪を振り回す。黒い色に反応したキメラが、ジ・オーガに群がる。
「うわ、ちょ待って、ヤベえって、タンマ、タンマ!」
 キメラの口から飛び出てくる粘液を寸でのところでかわして、「瞬天速!」だーっと一気に駆け出した。まるで消えたかのような平野の姿を探し回りうようよと飛ぶキメラを離れた場所から、呼び込む。「俺はここだっつーの」
 ぺんぺん、とお尻を叩く振りを見せてから、また、キメラに飛び込んでいく。両手に付けた武器を振り回し、二段撃を繰りだした。



「ですからね、戦車を生身で倒す時は」
 歩き出してからも風海は、おじいちゃんから教わったらしい事についての講釈を述べていた。その額の辺りに、こつん、と何かがぶつかった。話に夢中で最初は自分が一体何にぶつかったのか、その時はまだ、理解出来ていなかった。
「危ない!」
 それまで穏やかに風海の話に付き合っていたアルフが、彼女の腕を引く。瞬時に、天使の羽のオブジェがついた、白銀の盾を構えた。まるで、守護の神がそこに君臨したかのような華やかさがある。続いて、自身障壁を使用し、自らの肉体を強化する。「僕が盾となりますから、攻撃をお願いします」
「あ、キメラだったんですね、すいません助かりました」
 風海が慌てて体制を立て直す。「それにしてもこのキメラ美味しそう、素揚げ、いや、佃煮。ふひひ」
「よだれが垂れてますよ」
「あどうも」
 風海はじゅるり、とガスマスクから得体の知れない音を出して、口元を拭う。
「さてと、戦闘開始です、皆様、美味しそうなキメラの死骸を是非持って帰りましょう」
 構えた盾の傍らで拳銃を構えたアルフが言う。
「虫は嫌いなのに」と、呟きながらも、かざねが前に躍り出た。駆け出すと同時にエアスマッシュを放つ。「私は食べないですからね!」と念を押してから、目で追うのも難しいような素早さで、キメラの間を縫って行く。
 背後から、風海がビスクドール型の超機械を突きだす。練成強化を使用した。かざねの構える、直刀「蛍火」が、淡く光を放ち、攻撃力を増す。「私は虫がこの世で一番嫌いなんです!逝ってよしっ!」
 嫌悪の力がそうさせるのか、飛びかかってくる昆虫型のキメラを次々と切り落として行った。右を向き、左を向き、時に回転し、世界中の虫は撲滅すべき、とでもいうような勢いがある。
 銃声が鳴った。アルフの放った弾丸が、キメラの気を逸らす。
「助かりました!」
「撲滅ですよ、かざねさん」
「あったりまえですー!」
 その時、かざねの攻撃も、アルフの放った弾丸の間をも縫って飛び込んでくる、一匹のキメラの姿があった。
 粘液が、後方に居る二人めがけて飛んでくる。それを盾で遮ると、アルフは、キメラ本体はおろか、その進行する進路もろともをも掴むかのような勢いで盾を器用に振り回し、地面へと叩き付けた。
「風海さん。どうやらそのマスクがキメラを呼びこんでいるようですよ」
 また、飛んでくる粘液を遮りながら、言う。
 ハッとしたように風海が顔を挙げた。それから俯き、何かを思案しているかのような間があって、彼女はおそるおそるマスクを取った。
「あ、や。あまりこっち、みちゃ、や」
 それまでの話ぶりが嘘のように、両手でフードを押さえた彼女はプルプルと震え、涙目になって今にも蹲りそうになっている。呼吸が苦しそうだった。
「あら、可愛い。でも、戦えそうにないですね」



 大森の研究室に採取した物を届ける為、一同は研究所のロビーで研究員が来るのを待っていた。
「採取して来たのに、人待たすってどういうことすかー。俺待つの嫌いなんすよー」
 落ち着きなくそわそわしながら、平野が言う。
「研究室には簡単には入れて貰えないですからね。彼らは中々に秘密主義ですよ」ソウマが口を挟む。「凄くね」と言って、小さく唇を釣り上げた。
「でも、キメラや周辺環境の採取も出来てますし、何か判ると良いですね」
 澪が言って、隣のかざねを見る。「はい。土とか。一緒に持って来た私達って凄く優しいですよね」
「優しいですよ。出来れば、このキメラ分けて欲しいくらいですよ」
 ガスマスク姿の風海が、じーっとキメラの入ったケースを眺めている。「こんなに美味しそうなのに」
「じゃあ頼んでみればいいんじゃないですか」アルフが朗らかにほほ笑み助言した。
「あ、僕は食べませんけど」