タイトル:オーベルジュでお食事をマスター:みろる

シナリオ形態: イベント
難易度: やや易
参加人数: 21 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/02/07 16:10

●オープニング本文






 会議を終えて戻ると、デスクの上にメモを見つけた。
 総務部の岡本から電話があったらしい。
 大沢は、パスワードを入力しパソコンを起動させると、メールをチェックした。
 案の定、岡本からメールが届いていて、彼の電話の内容はこれに関することだろう、と想像がついた。電話の受話器を手に取り、本文内に記載されている電話番号を押す。呼び出し音の後、従業員らしき男性の声が聞こえた。手短に名乗り、岡本を呼び出して貰う。暫くすると、「はい」と、岡本の声が言った。
「もしもし」
 大沢が言うと、「はい」と、どちらかと言えば、居心地の悪そうな、悪戯が見つかってこれから見咎められる子供のような、そんな声を岡本が出した。
「会議だった。今、メールを見た」
 簡潔に内容を告げる。
「ああ」
 残念です、みたいな、そんな間延びした声が帰ってきた。
「とりあえず、料理が、不味かったということだな」
 メールの内容を要約し、喋り始めたところで、岡本が、「大沢」と自分の名を呼んだ。
「なんだ」
「何でそんな、普通なんだ」
 愕然としたような岡本の声に、大沢は苦笑する。
「普通の声じゃなかったら、どんな声で言えばいいんだ」
「それはそうだけど。僕ならそんなに、平然として、話を聞けないと思う」
「それに、申し訳ないけど、それほど暇でもないんだ。岡本がこの依頼を申請するつもりなら、さっさと確認事項を確認して、申請してしまいたい」
「だよね。忙しい時に、悪いな」
「うちの部署に、忙しくない時がないからな」
「本当にくだらなくて申し訳ないんだけど、こういう時、大沢くらいしか、頼る人がいないもんだから」
「まあ、うってつけだな。申請に直接関わる部署に配属された同期というのは」
「僕は大沢が肉屋でも、大沢に頼っていた気がするけど」
「俺が肉屋だったら、岡本の頼みは、断っていたよ」
「そうだと思う」
「湖のほとりのオーベルジュか。住所を書いてくれてるから、地図は添付できるな。あとはその問題の料理だけど」
「周辺の森に、キメラが生息してるらしくて。それが確認されて以来、あんまり良い食材が運ばれて来なくなったって。従業員の人は四人いるんだけど、自分達が食べるくらいは、自家栽培とか、家畜とかで何とかかんとかやってけるらしいんだ。そもそもキメラが出るってんで、お客さんも来ないし、もうオーベルジュとして機能してる、とはいえないよね」
「聞いていいか」
「なに」
「岡本はどうしてそんな場所に、行ったんだ」
 すると暫く電話の向こう側が沈黙する。
「知らなかったんだ」
 悲しげな声が、言った。
「そうか、残念だ」
「だいたい、オーベルジュだなんて聞いてない」
「ああそうなんだ」
「ただ美味しい料理が食べられるよって、連れて行かれたのに。オーベルジュだなんて、宿泊施設があるなんて、聞いてなかったんだよ」
 とかいう岡本のしんどそうな声のくだりは、あんまり興味がなかったので、聞き流した。
「まあ、これが例え、未来科学研究所の大森さん、だっけ。あの人の、食べられない事を知っててわざわざ連れて行くとか意味不明過ぎる嫌がらせだったとしても」
「多分、そうなんだよ」
「キメラを発見したのは事実だし、それによって困っている人間も居るんだから、申請自体は問題ないよ。ただ、お金の出所が、殆どないってのが唯一、痛いと言えば痛いけど。顧客名簿とか、ないのか。あるなら、昔そこを利用してた客とかに、当たってみたら、どうだ。キメラ討伐の費用を集めてるんですけど、って」
 そう提案すると、電話の向こうがまた、一瞬静かになる。
「大沢」
 やっと声を出した岡本は、迷い込んだ穴蔵の中で仄かな灯りを見つけたような、彷徨う人が、神の啓示を受けたかのような、そんな声を出した。
「なに」
「そうだな、それは名案だ。じゃあ、僕は、顧客名簿を借りて、すぐにでも帰らないといけないな」
「いや別に、急いでないけど」
「そうかー。宿泊してる時間なんてないよな。危険が迫ってるのだし、民間人を助けないといけないし」
「いや、さっきまで全然、乗り気じゃなかったじゃん」
「大沢」
「なに」
「いろいろ、察して欲しい」
「そうなんだ」
「とにかく、僕はすぐにでも帰るよ。顧客名簿は預かって帰るから。じゃあ、また、後で」
 その直後、すぐさまプチ、と通話が終わる。
 何だか良く分からなかったけれど、自分の仕事には別段、支障はなさそうだったので、大沢は静かに、受話機を戻した。









●参加者一覧

/ ドクター・ウェスト(ga0241) / セシリア・D・篠畑(ga0475) / ロジー・ビィ(ga1031) / UNKNOWN(ga4276) / Letia Bar(ga6313) / 紅月・焔(gb1386) / マルセル・ライスター(gb4909) / エリノア・ライスター(gb8926) / ソウマ(gc0505) / エクリプス・アルフ(gc2636) / 守谷 士(gc4281) / 國盛(gc4513) / 毒島 風海(gc4644) / 緋本 かざね(gc4670) / リズレット・B・九道(gc4816) / パトリック・メルヴィル(gc4974) / 緋本 せりな(gc5344) / 秋姫・フローズン(gc5849) / 立花 零次(gc6227) / 吉田 友紀(gc6253) / 壱条 鳳華(gc6521

●リプレイ本文






 ジーザリオの運転席から降り立ったロジー・ビィ(ga1031)は、助手席から同じく降り立ったセシリア・D・篠畑(ga0475)を振り返る。
「まぁ! 素敵なオーベルジュじゃありませんこと? セシリア!」
 とか何か、テンション上がってますのあたし! みたいに言って、いつの間にか取り出していたぴこぴこハンマーでピッコピコとか、リズムを刻む。そんな、楽しさが顔面中はおろか、ぴこぴこハンマーからも現れているロジーを、セシリアは、凄い無表情に見た。
「‥なかなか悪くない所‥ですね‥」
 それから、事務的にすら思うくらいの抑揚のない口調で、そんな事を言う。けれどセシリアの無表情はいつものことであるし、その心中もきっと楽しいはずに違いない、と今日もすっかりポジティブかつポジティブに推測したロジーは、「素敵ですの〜」と、また、ぴこぴこハンマーを叩いた。「さあ、意気揚々とキメラ退治に向かいますわよ〜!」ピッコピコピッコピコ。
 とかいうのに「はい」とか何か頷きながら、辺りを見回してたら、目が合った。
 何と。
 ガスマスクを被った何かと。
 こんなのどかなオーベルジュにあって、黒色のメトロニウム合金製甲冑で全身を覆い、手には機械剣「莫邪宝剣」を構えてる上にガスマスクとか、もうそれは結構かなりの確立で不審者、の井出達だったのだけれど、セシリアは、そんな紅月・焔(gb1386)に対してもびっくりするくらいノーリアクションで、「‥今度また、2人でか、友人も誘って皆で改めて来るのも良いですね‥」とか、ロジーを見る。
 無言で顔を背けられたガスマスクは何か、暫くぼーっとその場に佇んで、それからちょっと快晴の空とか、見上げた。
「ふう。吹き抜ける爽やかな‥寒風。うん! 寒い!」
 それから何か、はー行くか、みたいにキメラが発見されたという森に向かって歩いて行ったら、もう戦闘が始まっていて、何処からどう見ても、それは戦闘服ではなくて、金持ちのギャング親分だ、みたいな優雅な服装のUNKNOWN(ga4276)が、凄い無言でエネルギーキャノンを連射してるところで、しかもその隣では銀髪を揺らしたドクター・ウェスト(ga0241)が、また別のキメラにエネルギーガンを打ちこみながら、「けっひゃっひゃっ、我が輩はドクター・ウェストだ〜」とか、奇抜すぎる笑い声を上げていて、しかも、覚醒の影響か目全体が強く輝いていて、もう何か、ちょっと、引いた。
「おや、もう始まってるみたいですよ」
 その戦場から少し離れた場所にある駐車場に車を停車した、立花 零次(gc6227)は運転席から降り立ち、音の聞こえる森の方を見やり、言った。
「本当ですね〜」
 ごそごそ、と助手席の足元の辺りから、顔を出したガスマスク、もとい、毒島 風海(gc4644)が言ったかと思うと、「ふふり、勝手に乗り込んでいたというのに快く乗せてくれるとは、さすがですね!」とか何か、助手席から窮屈そうに降りてきた緋本 かざね(gc4670)が、髪の毛とか服とか、恐らくはぎゅうぎゅう詰めの影響でぐっちゃぐちゃにさせながら、でも何か、笑っている。
 笑ってるよ、っていうか、笑ってる場合じゃないですよ、とか思ったけど、何か、可哀想だったので黙っておくことにした。
「狭かった、んでしょうね」
「狭かったですね」
「それにしても、今回は亀みたいなキメラでしたね、確か」
 風海が遠くの森を見やりながら、言う。
「私、亀、あんまり好きじゃないんですよねー」
 うぇーみたいに顔を顰めたかざねは、あ、と声を上げ、手を叩く。「そうだ。私はここで皆さんの応援をしてますよ〜。ね、風海ちゃん」
「何でもいいですよ、適当に倒して頂ければ後は私が」
 というその後が途端にぼそぼそ、と聞こえづらくなる。ガスマスクの内側で声を潜められたら、もう全然聞こえないそこの部分が、甚だしく不安だったので、「え、私が? 私が何なの、風海ちゃん」とかざねは詰め寄ったのだけれど、「あ」と何かを発見したらしい風海はとっととそっちの方に歩いて行く。
 彼女の視線の先に、野菜っぽい物がはみ出ているダンボール箱を抱えたマルセル・ライスター(gb4909)が居た。
 バイク形状になったAU−KVミカエルの荷台から、食材を下ろしているところらしい。
「あー、マルセル様だ〜。何作るんですかー」
「うん、肉じゃがでも、ってかざね、何その、ぼっさぼさの頭」
 いやあ、ダディ様の車が〜とか何かへらへら笑いながら説明してたら、少し離れたところにポツンと佇むリズレット・ベイヤール(gc4816)の姿を見つけ、かざねは手を振った。「あ、リズレット様、こっちこっち〜」
 口元に手を当てたリズレットは、とぼとぼ、と歩いてくると、ぺこ、と小さくお辞儀した。
「あれ、何か元気ない?」
 するとチラ、と思わせぶりな視線でかざねを見上げたリズレットは、またちょっと俯いて頬を赤らめる。
「最近‥何となく、気分が沈みがちです‥。‥こちらのオーベルジュの近くには‥湖畔があるのですよね‥。‥心を落ち着けるのに‥丁度いい機会になりそうです‥‥」
 とかすっかり遠い目をして、湖畔の方角を見やった。何だか良く分からないのだけれど、とりあえずそこに居た全員がつられて、湖畔の方を何かちょっと、見た。
 あれこれはどういう空気? とか全員が微妙に思い出した頃、ぶおおおん、とかバイクのエンジン音らしき音が近付いて来て、トットットと一瞬静まったかと思うと、最後にまた、ばおおおおん、と轟き、やがて、止まった。
「いやあ、風が気持ち良いですね〜」
 とか何か言って、降りて来たエクリプス・アルフ(gc2636)は、「あんまり気持ち良いのでちょっとその辺走ってから来ちゃいましたよ、ハッハッハ」とかもう腰に手を当て立つ姿が、真紅のマフラーだとか、ジェットタイプのヘルメットだとか、ライダーゴーグルだとかその装備も相まって、すっかり何処ぞの撮影所から抜け出してきたヒーローだった。
「アルフライダー」とか思わず呟いてしまい立花は慌てて、「いえ、アルフさん」と訂正する。
「またまた、アルフライダーでいいですよ、アッハッハ」
「どうしよう、笑っている」
 そこへ更に一台、バイクが入り込んでくる。どう見ても、それはバイク形態のAU−KVリンドヴルムなのだけれど、降りて来た若い女子は、「よし、キメラは何処だ!」とか何か言って蛍火を抜くと、そのまま覚醒する。左目を赤く変化させた彼女は、赤い血のような涙をぽろ、と零した。
 え、AU−KVは? っていうか、血の涙出てますけど大丈夫ですか、とか何か思ってる立花の元へと歩み寄ってくると、彼女は頭を下げ、「あたしは吉田 友紀(gc6253)です。少し、お尋ね致します。キメラは、どちらに」とか何か、今したがとすっかり雰囲気を変え、聞いてくる。
「え、えっと、あちらに、たぶん」
「ありがとう」
 そのまま、清楚な動きで駆け出して行く。
「あのー、AU−KVはー」
 その背中に向けて呟いていたら、「森の中でゆっくり食事‥悪くありませんねぇ」とか落ち着いた男性の声が聞こえた。
 振り返ると何時の間に現れたのか、白衣の裾を揺らしながら、パトリック・メルヴィル(gc4974)が立っていた。
「新たなる美しき友人もいらっしゃる事ですし、無粋な輩には早々に退場願うとしましょう」
 ねえ、と見やられ、反射的に「あはいそうですね」とか答えた。
「あれ?」
 そこでかざねが、駐車場に凄い勢いで入って来たジーザリオを見て小首を傾げる。「あれってもしかして」
 その目の前で、運転席から降りてきた緋本 せりな(gc5344)が、無線機に向かい、「よし、決着はキメラの討伐でつけようじゃないか。キメラとの場数なら私の方が上だ。勝たせてもらうよ」と、怒鳴り声を上げた。とか思ったらもう、走りだしている。間を開けず追いかけるようにして二台のバイクが近付いてきた、と思ったら、壱条 鳳華(gc6521)とエリノア・ライスター(gb8926)で、バイク形状だったAU−KVは、みるみる内に形態を変え、いつの間にか装輪走行で、「大きいのを仕留めた方が勝ちだぞ!」と、鳳華の声が言ったかと思えば、もう一方の、深緑と黒のツートンカラーのアスタロトからは、「従弟同士の決闘か、くー、おもしれー、やれやれー!」とか何か、野次馬満開のエリノアの声が聞こえた。「ヤー! いくぜ、イチジョー! 合体攻撃だっ!」
「そうとも、負けるわけにはいかない。エリノアいくぞ、がっ、なに、合体?!」
 とかそのままもう走りぬけて行く。
「騒がしいな、嵐でも来たのか」
 ゆったりと歩み寄って来た國盛(gc4513)が、煙草の煙を吐き出しながら肩を竦め、隣に立つLetia Bar(ga6313)を振り返った。
「あれ、マスターとLetiaさんではないですか」
 相変わらず食材運びを手伝っていた風海が、二人に気付き声をかける。「何時の間に来られてたんですか」
「愛車の試運転がてらバイクでな」
「お二人揃って? ふひひ」
「しかし。湖のほとりのオーベルジュ。‥羨ましい限りだ‥」とか何か國盛は、風海の呟きをすっかりスルーする。
「あ、リゼ! やっほー。リゼも楽しそうで嬉しいよ〜」
 Letiaがリズレットに向け手を振ると、か弱く微笑みながら彼女が恥ずかしそうに手を振った。「よし。さー、さっさとキメラなんか倒しちゃって、早く遊ぼう!」
 エネルギーガンを取りだしたLetiaが、覚醒し駆け出して行く。

 その頃、守谷 士(gc4281)は、エーデルワイスを翳しながら、長弓「大水青」を構える秋姫・フローズン(gc5849)を振り返り、「速攻で潰すよ!」と、終盤の決め技に向かい、頷き合っていた。
「行くよ、秋ちゃん!」
「ええ‥参りましょう‥士様!」
 子亀と思しきキメラを前に、だっと守谷が駆け出して行く。「よーし、砕けちゃえ!」
 急所突きを発動すると、甲羅から飛び出た足に一撃、と思いきやストンと中に引っ込んだ。しかし、むしろそれを待ってたんだとばかりに守谷は秋姫に向け、叫ぶ。
「あそこだ、秋ちゃん!」
「一撃‥必中!」
 ぎりぎり、と秋姫の耳元で大水青の弦が呻きを上げる。「終わり‥です‥!」
 強弾撃を発動し、青白く儚げな弓身から勢い良く弓矢を放っていく。
「疾風怒濤のシュツルムリーベェェエ!!」
 一方こちらでも、超機械トルネードを構えたエリノアが、今まさにキメラに向け竜巻をぶっ放したところだった。
「ハッ、いくら防御が厚くたって、知覚特化のコイツの前じゃぁ、意味ねぇぜ! なぁ、相棒!」
「うむ、しかし、シュツルムリーベ‥愛の嵐というのは、どういうことだ、エリノア」
「しかしあれだな。レッドが欲しいな。アスタロトレッド、募集中!」
「いや、愛の嵐、いや、誰にだ」
 更にそこから少し離れた場所では、超機械ブラックホールを構えたセシリアが、練成弱体を発動していた。
「亀‥動きは鈍そうですね」
 それから、猛攻! 猛攻ですわーーっ! と言わんばかりに、二刀小太刀「花鳥風月」を抜き出しながら大きな親亀目掛けて駆け出すロジーを見つめ、硬そうですがロジーさんの火力があれば問題ないでしょう。とばかりに、無表情な視線を逸らす。
 その間にも、天地撃を発動したロジーが、練成弱体の影響で弱ったキメラの体を空へと放り投げている。
 セシリアは、ブラックホールを構えた。引き金を引く。それとほぼ同時に、細身の腕でエネルギーガンを構えたロジーが、どう、と銃口からエネルギー弾を放った。
 二つの巨大なエネルギーが親亀の体を飲み込んでいく。
「属性が不利だろうと、より強い力で攻撃してやれば何も関係ない」
 ウェストは電波増幅を発動する。視界に見えている映像紋章の配列が、並びを変え、能力の上昇をエミタが感じ取る。より力を増したエネルギー弾が、その銃口から放たれ、キメラを打ち抜いた。
「紅蓮衝撃」
 体全体から炎のような赤いオーラを立ち昇らせたアルフが、勢い良く地面を蹴った。空高く舞い上がると、脚甲インカローズを装備した足を突き出し、キメラの甲羅を打ち抜く。べき、と甲羅が割れ、更に足に力を込めると、バチャ、と中身が破裂した。
「これで終了、だな」
 目の前のキメラを始末すると、UNKNOWNは煙草を取り出し火を付けた。ふと見ると、林の陰から、何物かがかさかさ、と動くのが見え、思わずロイヤルブラックの艶無しのウェストコートの内ポケットにある拳銃に手を伸ばしかけたのだけれど、良く見るとそれは、戦う少年の姿だ、と気付き、手をひっこめる。
 少年、ソウマ(gc0505)は、超機械ミスティックTを翳し、武器を手に戦う面々の影から強力な電磁波を発生させ、キメラを攻撃していた。
「猫と運は気まぐれなんですよ」
 目が合うと、にやり、と微笑む。
 なるほど、と答える代わりにUNKNOWNは、帽子のつばを掴み、笑みを浮かべた。
「しかしそれにしてもこれは‥いくらんでも過剰戦力ですよね」
 周囲で戦う面々を見つめ、ソウマは少しだけ、肩を竦めた。





「さあ、セシリア」
 凄い真面目な顔で、ロジーが言った。「とうとうやってまいりましたわ。今回の、メインイベント」
 ぐっと拳を握りしめ、ゆらゆらと揺らめく湖の水面を見つめる。「釣り」と小さく呟いたかと思うと、両手から両足から広げて、「釣りですのー!」と叫び声を上げる。
「楽しみですわ! 大物を釣り上げてみせましてよっ!」
 とかその隣でじーとかセシリアは無言で湖を見つめていて、むしろ、凝視していて、今にも飲みこまれそうになりながら、「‥湖が、私を呼んでいます‥‥。ロジーさん、釣りをしましょう」とか、ちょっと危ないことになってるのだけれど、本人は自覚してない。
 そして、「釣り道具を借りてこなければなりませんわね」とかもう釣りで頭がいっぱいで、ロジーも頓着してない。
 と。そこへ。
「オーベルジュとは、主に郊外や地方にある宿泊設備を備えたレストランのことですね。日本では1970年代以降、フレンチの一般化と共に、全国の観光地やリゾート地、別荘地などにもオーベルジュがオープンするようになったそうです。現在の日本におけるオーベルジュは、日本独自の旅文化とも融合し、日本料理や世界各地の料理を提供する多彩なスタイルが多いんですよ」
 とか何か、若干得意げに講釈を述べながら歩いて来た、ソウマと、実のところそれを全然聞いてないエリノアと鳳華とが、現れた。ソウマの手には釣り具があり、「そしてここで釣れる魚には」とか何か、まだまだ講釈は続きそう、みたいなところを、「まあ!」というセシリアの声が遮る。
「その釣り具は、何処で貸与して頂けるのでしょう」
 小首を傾げるロジーの隣で、じーとか無表情にセシリアがソウマの手を見ていた。むしろ無表情なだけに怖いっていうか、今にもそのままガツッとか、しばかれるんじゃないかなと思わず、「これ、使いますか」と差し出してしまうくらいには、危うかった。
「やったー、釣り竿ゲットですのー」
 艶めく銀色の長い髪を揺らしながら、ロジーが喜ぶ。ボートのりば、と書かれた札の元へとるんるんスキップしていった。
「釣るからにはぬしを」
「え」
 無表情なセシリアの口から何か言葉が漏れた気がして、ソウマは思わず振り返る。彼女の表情には微塵の変化もないけれど、「湖のぬしと呼ばれたあの魚を‥!」と小さく呟いたかと思うと、スキップするロジーの後を、やる気満開の台詞のわりには冷静な足取りで歩いて行く。
「あの魚」ソウマは顎を摘み、「まさか!」と声を上げた。
「いや、どの魚だよ」
 やり取りの一部始終を、特に興味もなく見つめていたエリノアが思わず、突っ込んだ。ただ、突っ込みはしたけれど答えにはさほど興味はなかったらしく、そのまま鳳華を振り返ると、「ま、とにかくよ。兄貴は昔から料理に関してはガチだからなぁ。期待していいと思うぜ」とか何か、さっきまでの話の続きらしき言葉を言って、「あ、ああ」とか鳳華が、そうだねそんな話してたよね、みたいに頷いたら、「んなことより、先に風呂はいっちまおうぜ、風呂。背中流してやるよ、イチジョー」とかまた、歩き出して行く。
「恥かしがるなよ、女同士じゃねぇか。ひっひっひ」

「風呂ですか。そうですか」
 湖のほとりで、朽ち果てたスワンボートの修復、とかいう意味不明の行動に勤しんでいた焔は、いやむしろ勤しんでいるように見せかけて、女性陣を見たり、ウォッチングしたり、ルックしたり、眺めたり、見物したりしていた焔は、ガスマスクの内側でひっそりと呟く。
「風呂に入る、と。なるほど、そうですか」
 それから、広い集めの材料で補修したスワンボートをそっと湖に浮かべ、意外とへっぴり腰でそっと乗り込み、ぎこぎこ、と湖の中を一人漕ぎだし、その辺りでもう完全に意味不明だったのだけれど、「ふ‥これぞ俺の発明した手動戦艦『異聞艦』だ」とか更に満足げに呟き、挙句の果てには「あ? なんか水漏れてんすけど! 気のせいか水面近ぇし!」とか一人で騒ぎ、最終的にわーとか水の中に盛大に沈んだ。とか、その辺りを何となく釣りでもしようかと通りかかったので思わず見ちゃってた立花的には、あの人が何をやりたいのか全然もう分からない。
「だじ、だじげて! オブッ」
 とか甲冑も重そうだし、本気で溺れてそうだったので、近づく。
 岸辺まで辿りついてきた彼は、ざば! とコンクリートの地面を掴むなり、言った。「い、一緒にお風呂に行かねえか」
「え」
「グヘヘ‥折角この緑豊かな観光地に居るんだ。風呂くらい入らないと損だよ、立花!」
「はー」
「あの建物の風呂で絶景を楽しもう。え〜と‥オンドゥルジュ」
「オーベルジュですよ、大丈夫ですか」




 一方、オーベルジュの内部では、厨房を借り切ったマルセルと風海が、調理に勤しんでいた。
「でも、肉じゃがと言っても、ただの肉じゃがじゃ、ないからね」
 くるんとした瞳と柔かな雰囲気が相まって、何処か中性的にも見えるマルセルが、エプロンをつけ、器用にジャガイモの皮をむいている。それらは、自らの故郷であるドイツ南部、ミュンヘンの自慢のジャガイモで、今回の為に持参したものだった。
「肉は数種類混ぜてあって、旨味も食感も、濃厚かつ重層。じゃがいもは、煮汁の旨味を吸って、表面はカリっと、中身はトロリの仕上がりになる。ダシはそれぞれの骨からとってブレンドし、調味料には醤油と赤ワインと、それぞれの血を少量加えて」
 話ながらもどんどんとジャガイモの皮をむき、手際良く次の準備に取り掛かる。
「だからこれはね。牛豚羊の三種の肉を白ワインで煮込む、フランスのアルザス地方の郷土料理『ベックオフ』を参考にした、ヴィルトの肉じゃがだよ。オーベルジュ発祥の地フランス、に、ちなんだね」
「ところでヴィルトといえば、野禽肉ですね」
 ガスマスク、もとい風海がぼそ、と呟いた。その手元には、つい今しがた、仲間の皆によって討伐されたキメラの死骸が、ある。慣れた手つきで亀キメラを捌くと、臭腺を丁寧に除去していく。
「野禽肉といえば‥今までに倒したキメラの肉、とかいう可能性も、ありますよね」
 ほわん、とした、何も知らない少年、みたいな顔を風海へと向けたマルセルは、そこでちょっと微笑んだ。天使のような笑顔、といった風情だったけれど、その瞳の奥に、微かに酷薄な色が浮かんでいる。
「内緒ね」
「キメラを倒し、かつ新鮮な食糧を調達。一石二鳥ですね」
 鍋の中には、鶏がらをベースに生姜や香草を混ぜたスープが煮えており、野菜を入れたら後は亀を入れるだけ、と、風海の作る亀鍋も完成まで間近だった。
「亀鍋かー。かざね、嫌がるだろうな」
「でも多分、アッサリとした、クセの無い鶏肉みたいな味で、お肌に良いよ」
 とか言ってる手元では、亀鍋と共に出す、姿蒸しの準備が着々と進んでおり、頭部の皮を剥いだだけ、というかなりグロテスクな眺めとなっていた。
「油断させた所でコイツを出し、かざねちゃんへサプライズという名の嫌がらせを慣行するとしましょう。プヒヒ」
「それにしても、風海はかざねを弄ぶのに、余念が無いね」
「ええ余念なんてないですよ。一直線ですよ、一心不乱ですよ、集中集中ですよ」
「うんでも、わかるな。かざねは困ってる顔が、可愛いんだよね」
 一瞬手を止め、恍惚としているようにも見える表情で空を見つめたマルセルは、それからまた、何事もなかったかのように作業を再開する。
 そこへ、エリノアの元気な声が厨房内に響いて来た。
「おーい、風海ィ、風呂行くぜ、風呂ー」
「はいはい。丁度、あらかた終わったところです、今行きますよ」




「それにしてもさ、せりなちゃんと鳳華、遅かったよねー。来た時もばたばたしてたし。あれって、何の決闘だったのー?」
 浴場を出て、オーベルジュの本館へ向け歩きながら、かざねが言った。とか、思い切りかざねをめぐっての対決だったのだけれど、その無自覚過ぎる顔が、可愛いなあ、とかせりなは、思わず無表情に見やる。
「まあちょっとね、色々あったんだ、ね、鳳華?」
「うん、そう、女の友情‥ってやつかな?」
「又従姉同士のかざねをめぐるたいけ」
「エリノア! しっ!」
「ん、私? え、えっと私が、何?」
 とか、まだまだ全然自覚なく戸惑い続けるかざねが、びっくりするくらい、可愛い。せりなは思わず、「姉さん、何か、ちょっと、抱きしめてもいいかな」とか呟いて、そしたら鳳華も同じくらいのタイミングで、「かざ姉様が可愛すぎる」とか何か、呟いた。
「え、ど、どういうこと」
「それにしても良いお風呂でしたね」
 共に歩くアルフが、隣のメルヴィルを見やった。
「ええ、本当に。綺麗な景色に良い料理。それに加えて見目美しい女性達‥良い休日とはこうやって過ごす物かと」
 肩を竦めてみせたメルヴィルが、しかし、と小さく眉を潜める。「もう少しバグアの方々には創意工夫を凝らして頂きたい物ですね」
「でも本当に良いお湯でした。かざねちゃんは相変わらず、スリムで、素敵でしたし」
「風海ちゃん! 風海ちゃんだって、そんな変わらないじゃないですかー。ね、リズレット様?」
「いえいえ、私はこの通り、順調に成長してますよ。成長期ですから。プヒヒ。それにリズレットさんもすっかり大人の体つきに」
「そ、そんな」
 リズレットが頬を赤らめ、俯く。「リゼなんてまだまだ、お姉様の体に比べたら‥」とか何か自分で危うい言葉を口にして、ハッとしたように口を噤む。「いえ‥何でもありません」
 とか何かやってたら、そこで、タカーンとか甲高い音が響き、ハッと全員は顔を向けた。
「トラップに、引っ掛かりましたね、誰か」
「と、トラップ」
「仕掛けておいたのです、覗き防止用に」
「風海ちゃん、何時の間に!」
 だっと走り出した風海を追って行くと、そこにはタライの直撃を受けたらしくバタ、と倒れ込んでいる焔の姿を、それをわりと冷静に見つめている立花の姿があった。
「え、だ、ダディさん、まさか、オンドゥルンスミッタンディスカー!」
 とか飛び蹴りをかまそうとする風海を避けて、「いえ、これは紅月さんが」とか言い訳してる立花とか何でも良くて、基本俺は飛び蹴りかましたいー、みたいに、アルフは「オンドゥルンスミッタンディスカー!」とか、同じように飛び蹴りを今しもかまそう、と思ってたら、
「やりましたわッ、セシリア! 長靴ですのーーっ」
 とかはしゃぎすぎるくらいのはしゃぎ過ぎた声が、湖畔の方から聞こえてきて、何かもうそっちに持っていかれてしまった。
「いえ、長靴は」
 ぞろぞろと近づくと、ソウマが若干顔を引き攣らせ、言っているところだった。「分かっていると思いますが、長靴は、魚ではありません」
「だって長靴ですわよ、長靴! これがはしゃがずにいられますかしら! 長靴を釣り上げるなんて」
 そこで言葉を切ったロジーは大きく息を吸い込み、「あたし凄いですのー!」と絶叫する。
「しー、声が大きいですって」
「そうでしたわ。えぇと‥釣りの時は静かに、でしたわよね」
「もう遅い気はするんですが」
「‥長靴‥ロジーさんが釣り上げる物は、一味違うのです‥‥流石です」
「凄い、長靴を釣り上げて、本気で感心している」
「でもまあ、長靴なんて、本気で中々釣れないですしね」
「釣りですか、楽しそうですー」
 かざねが歩み寄り、バケツらしき物の中を覗いた。「うわー、大量ですねー!」と声を上げる。
「しかし私が狙うのはぬしのみ」
 セシリアが無表情に呟く。「それ以外は興味ありません」
「ぬ、ぬし?」
「あ、セシリア! 浮きが! 引いてますのー! 何か掛かってらっしゃいますわね?」
「‥はい、ロジーさん。何かが、かかっています」
 相変わらず抑揚のない表情で、無感動に言ったセシリアが、それでもきゅう、と力を込め糸を巻き上げる。
 ざばああ、と巨大な赤い影が水面から顔を上げ。
「わお! セシリア、やりましたわね?! 遂にヌシが‥っっ!」
「うわー、ぬしー!」
 とか何か騒いでるかざねの服を、ツンツン、と風海が突いた。
「え、どうしたの、風海ちゃん」
「あっちに、マスターとLetiaさんが居るようなんですが」
「え」
「その‥覗きに行ってみませんか」
「え」




「マスターの珈琲は、どこで飲んでも美味しい」
 Letiaは差し出されたカップに口を付け、儚く、微笑んだ。國盛と二人、湖畔の傍に置かれたベンチに腰掛け、水面を眺める。
「簡易のポットセットで淹れただけだ。味は、保証できないな」
「そんなことないよ、美味しいよ」
「そうか、なら、良かった」
「でも、何か二人きりって、変な感じだね」
「そうか?」
 國盛は遠くを見たまま、少し、微笑む。「レティアと一緒に居る。それだけで俺は充分だがな。何も話さなくても、黙って水面を見つめてるだけでも、構わない。こんな時間も悪くない‥レティアと一緒なら、な」
「お父さんのくせに、何、言ってんだか」
「お父さん、か」
 さあ、始まりました。國盛VSLetia、ただいま、キックオフです。実況は私、風海、解説は、かざねさん、アルフさん、立花さん、リズレットさんでお送り致します。
 さて、こうして見ますと両選手とも、序盤から随分と動きが硬いようですが、どうですか、解説の立花さん。
 そうですね。やはり、このシュチュエーションでの二人きり、若干、二人とも何かしらの発展を意識してらっしゃるんじゃないですか。
 なるほど。意識、と言いますとやはりここは、あれですかね、アルフさん。
 そうでしょうね、アレでしょうね。
 でもこういう時って、好きな人の肩に頭を預けて、ああして寄りそって景色見てるだけで嬉しい、って感じもあるんですよね。何も喋らなくても。
 ええ‥リゼも‥分かります。その気持ち。
「でもほんと、最初はお父さんみたいだと思ったし、お父さんみたいって言ったのに、こうして隣にいるなんて不思議」
 Letiaは少し俯き、けれど今、すっかり恋愛しているらしい自分を自覚し、自嘲するように、笑う。
 誰かを愛そうとする時、過去がいつも邪魔をしていた。失う事を恐れ、本気で向き合うことを避け、それでも、彼だけは余りに、真っ直ぐだった。いつの間にか、そのひっそりと、けれど熱心に向けられる好意に、いつの間にか、心を許してしまっていた。
「こんな私でも、そのままでいいと言ってくれた貴方だから、支えたいと思う。似たような傷と痛みと寂しさ‥良く、分かるから」
 Letiaは國盛の手にそっと手を重ね微笑む。「私、マスターの事が、好き」
「レティア」
 國盛はその細い肩を抱き寄せ、しっかりと抱きしめた。
「俺の腕はずっとここにある。レティアが少しでも寂しさを感じないように。レティアが少しでも暖かさを覚えていられるように」
「どこにもいかないって、言ってくれた。貴方の傍に、私も、ずっといたい」
 ぎゃーーーー。
 言いましたね! 言いましたね、かざねさん。
 ええ、風海ちゃん、とうとう、言っちゃいました! 言っちゃいましたよね、アルフさん。
 ええ、ええ聞きました。聞きましたとも、ねえ、立花さん。
 これはもう、いっちゃうんじゃないですかね、ねえ、リズレットさん。
 キス‥とか。きゃ。
「おい、お前ら」
 そこで頭上から低い男性の声が聞こえ、こそこそと話しあっていた五人は、ハッと顔を上げる。
「ま、マスター」
「お前ら大人をからかって楽しいのか? いや、楽しいからそうしてるんだな?」
「目、目が怖いっす、マスター」
「よし。大人をからかうとどうなるか、教えてやろう」
「え、笑顔が怖いっす、マスター!」
「仕方のない子達だねぇ‥マスター、怒っちゃダメだよ?」
「Letiaさん笑ってる場合じゃないって! マスター、目がマジだから!!」




「しかし、キメラが出るというから来たのだがね〜」
 呆れた声で、ウェストが言った。
 視線の先では食事を囲みながら暢気過ぎる空気を発散させている仲間がいる。キメラを調理して食すというなら、おかしな症状が出ないかを観察していたのだけれど、それはもう、何か、ただの和気藹々としたパーティ図にしか、見えない。
 未成年者も居るため、アルコールなどは用意されていなかったはずだったけれど、秋姫などは雰囲気に呑まれてしまっているらしく、すっかりアルコールが入ったかのような出来上がった表情で、普段の控えめで大人しそうな風情がすっかり180度逆転し、暴走気味になっているようだった。
「あちゃー。秋ちゃん暴走しちゃったかー。しょうがない」
 隣で食事を取っていた守谷が、抱きしめるようにして暴れそうになっている秋姫を止めている。
「触れるな‥知れ物が!」
「はいはい、秋ちゃん、落ち着いて、落ち着いて」
 と思ったら、ちゅ。と。
 軽く、唇同士が重なり合う。
「離さぬか、しれ物がああ!」
「秋ちゃん、あんまりおイタが過ぎると嫌われるよ?」
 そしてまた、ちゅ。と。
「ほら、僕は嫌われてほしくないんだよ。大切な人が人に嫌われるようなこと考えるだけで胸が締め付けられるような想いがするんだ」
「お主‥我を‥好いて‥くれるのか?」
「それにさ、逆に考えてよ。君は恋人がそういう目にあうってこと考えたらどう思う?」
「主の‥言うとおり‥じゃな」
 うむ、とか何か、すっかり納得したらしい秋姫は、ふふ、と小さく唇をつりあげる。「主の‥口付け‥嬉しいと‥思うぞ」
「わかってくれた? だからさ、ね? もうやめようか」
「うむ」
「よし、えらいこだ。ご褒美に‥ちゅっ」
 ひとしきり、ちゅっちゅ、ちゅちゅ、いちゃいちゃいちゃいちゃした二人は、顔を見合わせ、微笑み合う。「いい一日だったなぁ。またこうして楽しもうか」

 そしてまた別のテーブルでは、こちらも若干おかしくなっているらしいかざねが、「かざねこぷた〜」とか何か言ってその場で回るだけ、という一発芸らしきものを披露していた。
 しかもそれを見たアルフが、何をどう考えたのか、いきなりその手を掴み地面に寝そべらせると、その足を掴み、「そんなに回りたいなら、回しますよー!」とか何か、ジャイアントスイングをし出した。
「ぎゃー! ジャイアントかざねこぷたぁ〜!? ぐるぐるきゅ〜」
 とか嬉しがってるのか痛がってるのか、何か良く分からない表情を浮かべたかざねが、「風海ちゃん、私を受け止めて〜!?」とか、風海に向け、ぶっ飛ぶ。
 のを風海は、当然の如く、華麗に回避した。
「あ、うん、ごめんね」

「全く。めちゃくちゃだな」
 その様子を見守りながら、せりなは苦笑する。
「めちゃくちゃ、だね」
 いつの間にか、隣にはマルセルが座っていた。「飲む?」と言って、紅茶の入ったカップを差し出してくれる。
「頂くよ、ありがとう」
 そっとカップを両手に挟み込み、口をつける。「ああ、美味しい」
「そう?」
「今日の料理も本当に美味しかったよ。マルセルさんは本当に料理が得意だね」
 そう言って視線を向けると、彼は少し、照れくさそうに俯きはにかんだ。
「俺ね、料理で人々を幸せにするのが夢なんだ。美味しいものを食べて、不機嫌になる人は、いないからね。せりなが、幸せな気持ちになってくれたのなら、嬉しいな」
 そう言って微笑む彼は凄く大人びて見え、せりなはまた、ほんの少し、戸惑う。
「‥ね、せりな」
「うん?」
「お兄ちゃんって、一度呼んで、みないかな?」
 危うい色気を滲ませた童顔が、潤んだ瞳で見つめてくる。ま、またか、とか何か、言おうとしたまさにその矢先、どう、とその体が横へと吹っ飛び、せりなはぎょっとする。
「またかこの、クソ兄貴ィ!!」
 何処からともなく出現したエリノアが飛び蹴りをかまし、仁王立ちしていた。
「だ、だって、誰も俺のことお兄ちゃんって呼んでくれないから!」
「馬鹿兄貴は、馬鹿兄貴でいいんだよ。馬鹿だし」
「ケチ」
「ほれせりな、兄貴の近くにいると、馬鹿がうつるぜ」
 そんな状況の中、彼らでは余り意義のある観察が出来そうにない、と判断したウェストは、自分自身が観察対象になるのはどうか、と思いついていた。
 よしここは、テーブルに残った亀鍋を食そう、と思い立ち、口に運ぼう、としたまさにその瞬間。バグアへの憎悪が強すぎたのか体が受け付けなかったようで、強烈な吐き気が込み上げてきた。
「う」と口元を押さえ、慌てて、部屋の隅に置かれた観葉植物の鉢に近づく。げえ、と唾液を吐きだした。
「だ、大丈夫ですか、ウェストさん」
「いや、すまない。コレばかりは我輩の精神的なものだ」
 心配そうな面持ちでこちらを見つめる立花を振り返り、肩を竦める。
「皆さん」
 暖炉の傍に置かれた椅子に腰掛けるソウマが、それぞれのテーブルで繰り広げられているそんなこんなを見やり、ざっくり纏めた。「楽しそうですね」
「夜は長い‥。彼らが疲れたら、そうだね。若い者もいるから、ね。異邦人が来る前の世界の話しはどうかね?」
 向かいの椅子に腰掛けたUNKNOWNが、静かに呟く。
「それはいいですね」
 ソウマは、小さく微笑んだ。