タイトル:ランドリーと火傷人形マスター:みろる

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/02/25 21:53

●オープニング本文







 鏡を見ている人、とかだったら、そこまで違和感を感じないのに、窓に映る自分の顔を眺めている人というのは、何でこんなに見ていて違和感があるのだろう、とか何か、西田はぼんやり考えていた。
 ぼんやり考えながら、その人を何となく見ていた。
 小型の洗濯機が六台と、乾燥機が六台、洗剤の自動販売機とベンチと丸椅子と灰皿と、何故か金魚を飼っている水槽、くらいしかないような、やる気なさげなコインラインドリーの入口の壁は硝子で、そのお客さんは、そこに映る自分の顔を凄い、ガン見していた。っていうか、何か、歯垢のチェックでも急にやりたくなりました! みたいに、口を開いたり閉じたりもしている。
 店内の、緑色のゴム製の床にモップ掛けを行う江崎が、前方を通過してく。その際、その男性に気付き、ふと見たけれど別に何の感慨もありません、みたいにまた、モップ掛けを再開した。
 退屈は人を発狂させる、だとか良く言うけれど、漠然と洗濯物が乾き終わるのを待っているこの時間は、間違いなく退屈な時間に違いなく、そうだとするならあの歯垢チェックみたいな意味不明な行動も発狂の一つかしら、とか何か思いながら、金魚が泳ぐ水槽に目を移した。
 店内の端っこまでモップを滑らせながら移動していった江崎は、そのまま扉の向こう側に一旦姿を消し、次に出て来た時には、モップの変わりに茶色い封筒を持っていた。西田の横まで歩いてくると、椅子を引っ張って来て、座る。
「はい、これ」
 と差し出された封筒を、何か暫くちょっと見つめてから、受け取った。
 中身を検める。
 江崎は、コインランドリーの管理人という、実態の良く分からない仕事の傍ら、仲介業のような事をやっていた。つまり、キメラの出る地域に眠るお宝や、一般人の立ち入りが困難な場所にある曰くつきの品などの回収を請け負い、ULTに勤務する西田に、能力者への仕事として斡旋させるという仕事だ。
 書類を眺めているとその中に、今回探してくる品の写真があった。
「こんなの、欲しいの」
 江崎に向け、写真を掲げる。
「欲しいんじゃないか、こんなの」
「えー」とか何か覇気なく言いながら、目の前にもう一度写真を持ってくる。「好事家とか収集家の考えることって、全然分かんない」
「好事家でも収集家でもない西田君は、分からなくて、いいんじゃない」
 写真には、顔の半分が焼け焦げたフランス人形が映っている。
「手間とお金を惜しまず、手に入れたいかなあ、これ」
「手に入れたいんじゃないか、これ」
 お金さえ入れば別にいいんじゃないか、とあんまり興味もなさそうな江崎は、「何か、思い出があるとか、曰くがあるとか、言ってたっけ」と小首を傾げる。
「曰くって、呪いとかじゃないよね」
「覚えてないなあ。だいたい、呪いなんてこの世の中にあるわけないじゃない、何言ってんの」
「ありそうもないことが、ありそうなんだって、この顔は」
 美しい顔立ちをした、中性的にも見える、人形だった。衣服や髪型を見ると女性だったけれど、うっかりすると、女装させられている美少年、にも見えなくはない。
「まあ、何にしても、要するにこれを探し出して来て、届けてくれればいいだけだから。別に処分してこい、とか言うわけじゃないから」
「大丈夫だよ、処分だったら、断ってたから」
「自分は、行かないくせに?」
「そもそも請け負った自分にも、不幸とか及んできそうだし」
「山奥の二階建の洋館の、何処かにあるはずだから。例の如く、昔は人が住んでいたけど、今はもう人は住んでない。何故なら、キメラが襲ってきたから、という例のパターンです」
「パターンですか。じゃあ、キメラが出るんだね」
 言いながら、西田は地図を眺める。「付近まではこっちの移動手段で移動して貰うとしても、少し、山道は歩いて貰わないといけないな。森には、キメラは確認されてない、か。でもまあ、警戒するに越したことはないよね」
「その辺りは任せるから。後、宜しくね」
 江崎はそう言って、ポケットから煙草を取り出す。灰皿を引っ張ってきて、火を付けた。
 西田が目を上げると丁度、吐き出す煙の影から、今度は店の硝子壁相手に、目のチェックを始めている、男性の姿が見える。









●参加者一覧

マルセル・ライスター(gb4909
15歳・♂・HD
銀華(gb5318
26歳・♀・FC
ティルコット(gc3105
12歳・♂・EP
鎌苅 冬馬(gc4368
20歳・♂・FC
國盛(gc4513
46歳・♂・GP
緋本 かざね(gc4670
15歳・♀・PN
毒島 咲空(gc6038
22歳・♀・FC
メルセス・アン(gc6380
27歳・♀・CA

●リプレイ本文






 メルセス・アン(gc6380)は、「さぁてん、血が騒いじゃうよねー?」とか何か言いながら、やる気満開です、むしろ、満載です! みたいに、廊下をずんずん進んでいくティルコット(gc3105)の後を、どちらかといえば従容とした様子で追っていく。
 陽の光は辛うじて差し込んではいるものの、洋館の内部は薄暗い。埃の匂いなのか、それとももっと別の物の匂いなのか、退廃の匂いともいうべきものが、鼻腔をついた。
「そして誰もいなくなってッぽいっ展開になりそうだよねーん」
 ティルコットが、懐中電灯の明かりを揺らしながら、笑顔を浮かべる。地下室を捜索して歩いているらしい。探査の眼を発動しながらも、「1Fの暖炉とかが隠し通路になっていたりとかも王道ではあるよねん」とか何か、一般人には良く分からない講釈を述べている。
 メルセスは暖かい苦笑を浮かべた。「まあ、トレジャーハンターの腕前、とくと見せて貰うよ」
「洋館の地下室。そこには死体があっちゃったりなかったり?」
「まるでホラー映画だな」
 メルセスは、子供の意見に頷く大人、みたいな風情で呟いた。長い黒髪が、苦笑に合わせて、微かに、揺れる。少し、無言の間が合って、「ゾンビとかな」と、返事が素っ気なかったかしら、と思い遣る人みたいに「出てこなければいいよな」とか、頑張って子供を喜ばせようとして言ってみたけど全然信じてません、みたいな表情で言った。
 ただ、ゾンビとか言われても意外と食いつかなかったティルコットは、「あ、ワイン庫」とか何か、完全にノーリアクションで話を変えた。
 変えたっていうか、もしかしたら最悪、人の話とかは聞いてないかも知れなかった。
「ああ」
 メルセスは何か思わず、立ち止まった。ちら、と中を覗き込み、そのままふらふらと中に入り込んでいく。「ふむ、よい趣味をしてるじゃないか」
 とか何か全然気づいてないティルコットは、もうどんどん勝手に進んでいく。「あ、暖炉発見」


 同じ頃、その上の階では、あれ? 買い物か何かに出かける感じですか? みたいにカジュアルな装いの手には、いっかついパイルスピア、とかいう、面倒臭がってるのばればれの装いをした銀華(gb5318)が、覇気のない瞳で、洋館の内部を見渡している所だった。
「この依頼‥ちょっとミステリアスな感じがいいわよね」
 人形のような美貌に薄っすらと笑みを浮かべる。
 背後で同じように、人形の捜索に当たっていた鎌苅 冬馬(gc4368)は、ちら、と彼女を振り返り、「はい」と若者特有の羞恥心からくる愛想の悪さと、警戒心からくる礼儀正しさを滲ませながら、簡潔に頷いた。また、すぐに作業に戻る。
 書斎と思しき部屋に、二人は、居た。
 重厚な紫檀の机があり、蜘蛛の巣の張り巡らされた書棚があり、ウォークインクローゼットへ続くと思しき扉のような物があった。ひとしきり部屋を眺めた銀華は、黒のコンタクトで矯正した銀色の瞳で、塗装の剥がれかかったクローゼットの扉を凝視すると、ゆっくりと扉を開いた。
 冬馬は、眼帯で覆っていない方の目で、ちらりとその様子を見やり、あの泰然自若とした彼女が、そのままさらーっと扉を無言で閉める様とかを無意識に想像した。
 けれど、何を思うのか彼女は、すぐさま中に入るとかいう、意外な行動力を見せた。
 あ、意外とそういう人なんですね、と思った。
「こういうところ、怪し」とか何か言っていた声が消えて、「いと思ったけど、そうでもなかったわね」とすぐ、戻って来た。
 ま、そうですよね、と言わんばかりに冬馬はまた、タンスの中の捜索を続ける。


 また同じ二階の、反対側の通路では、前方を無防備過ぎるくらい無邪気に歩く緋本 かざね(gc4670)を、人形のように整った顔で、じっと見つめるマルセル・ライスター(gb4909)の姿があった。
 くるんとした瞳から発せられる視線は、粘り気を帯びているようでもあって、可愛い顔して意外と獲物を狙う肉食獣のようでもあるのだけれど、基本的にかざセンサーに反応する物しかキャッチしない所のある彼女は、全く気付いてない。むしろ、「人がもう住んでないこういう洋館って、ちょっと気味が悪いですよね」とか、不気味な洋館の雰囲気にセンサー反応しまくり、っていうか、完全に持っていかれている感じだった。「B級ホラーは面白いですけど、基本怖いのは苦手なんですよねー」とも、口走る。
 そこでふと、マルセルはちゃんとついてきてるのか、みたいなところが今更心配になったらしく、振り返った。「あ、マルセルさん、良かった。居た」
「ねえ」
 途端に無害で可愛い天使、みたいな表情に切り替え、こめかみを押さえたマルセルは、「そういえば、今回の依頼品、何か曰くがあるらしいね。なんだろうね、焼けた痕があるってことは、火事に遭ったのかな。火に巻かれて‥。熱かっただろうね」とか、何か、思わず思い出したんだけど、みたいに、言った。
 言ったけど、彼の性質上、確実にそれは、嫌がらせに違いない、とかざセンサーは反応した。
「マルセルさん、私が怖がってるのを見て楽しもうとか、余計な計画、たててたりしませんよね? いやむしろ、立ててるんですよね」
 訝しがるように目を細めて童顔の美少年を見つめるものの、マルセルは、「でも実はさっきから、誰かがつけて来てるような気配がしててね」とかすっかり人の話なんて聞いてない。
「いやもういいですってば」
「それに今、何か声が聞こえなかった? 女の子がすすり泣くような‥」
「いやもう最悪、私です。私の声です、それもう」
 面倒臭くなって、乱暴な返事をする。
「本当にそんな声を発してたんだとしたら、かざね、とりつかれてるよ」
「とりつかれてません。真顔で言うのやめて下さい」
「うふふ。これくらいじゃ怖がらない?」
「こ、怖がりませんってー。そもそも怖がらない? って質問、おかしいじゃないですか」
「もっと怯えてくれて、いいのに」
 無邪気な子供の笑顔でそんなことを呟かれても、とかざねは思った。人形を見つける前にギブアップしそうです、どうすればいいですか。


 その真下に当たる一階の厨房と隣接する納戸のような部屋を捜索していた、毒島 咲空(gc6038)は共に行動する國盛(gc4513)と共に、人が一人くらいは余裕で沈めそうな巨大な水槽と向き合っていた。
「何だろうな、この水槽は」
 白衣のポケットに両手を突っ込んだ咲空が、患者のレントゲンに見つけた変てこりな影に、意外とうっすいリアクションをする医者、みたいな様子で、呟いた。
「こんな所にデカい水槽」
 探査の眼を発動しながら、屋敷内部のキメラの警戒に当たっていた國盛も、思わず立ち止まり、凝視してしまう。「しかも水が濁っているだと。怪しい‥怪し過ぎるぞ」
「ああ、怪しいな」
「怪しい」
 呟いたきり、二人は、暫く沈黙した。
「それにしても何が入っているんだろうな。濁って中が見えないが。ちょっと、上から覗いてみないか?」
 暫くしてポツン、と咲空が言う。
「お前がか」
 ゆっくりと咲空が、無表情な顔をこちらに向けた。
「きみがだよ」
 八割方の人間が、「怖ッ。いかつッ!」と、無意識に思わずにはいられない、鋭い双眸で、國盛もまた咲空を見やる。
「何で俺なんだ」
「何、突き落とそうとか、考えてないから」
 その瞬間、コイツはやるな、と確実に、思った。
 國盛は、ゆらーとか顔を背け、納戸の隅っこにどういうわけか置かれた甲冑を見つけ、「あの甲冑、今、動いたぞ」とか何か、びっくりするくらいいい加減な事を言って話を変えておくことにした。
「さあ、國盛、上から覗いてみようか」
 悪いけど全然誤魔化されません、みたいに咲空が言った。
 何か、二人はまた無言で見詰め合った。
「肝心の人形だが。やはり応接間が怪しい、か」
 とか何か腕を組み突然呟いた國盛は、そのままさくっと歩き出した。「人形と言うからには飾ってあるのがセオリーだからな。しかし」とそのまま部屋を出て、「火傷を負っているとなると、一階部分で焦げ痕等が残っている場所を重点的に調べてみるのも良いだろう」とか何か、廊下を歩いて行く。
「人形に詰まっているのは呪いか思い出か」
 別れ話にも全然動じない女子みたいに、何かあの人部屋出て行ったけどくらいの勢いで部屋に残っていた咲空は、小さく肩を竦めて歩き出した。「意外に、裏帳簿とか隠されてたりしてな」




 その間にも、方々では、各々が、屋敷に生息しているというキメラを発見しては、討伐を行っていた。
「たのしんじゃうよーんっと」
 とか何か陽気に言ったティルコットが、大剣レオノチスを取りだし、蜥蜴のような姿をしたキメラに向かい切りかかる。壁を這って行くキメラは、まるで背中に目があるのかとでもいうように避け、そのままぴょん、と飛びかかって来た。
「危ないっ、下がれ!」
 メルセスがすかさず、ボディガードを発動する。どちらかといえば小柄な彼の体を突き飛ばし、キメラの体を和槍「鬼火」で受け止めた。そのまま、跳ね返す。
「あはは、危ない危ない、参った参っただよねーん」
「笑いごとじゃない」

 また、敵の攻撃を回避しながらも、しっかりとその動きを観察する冬馬は、咄嗟に相手の次の行動を予測し、直刀「壱式」を振るった。その無駄のない動きは、意外と冷静に周りに物があるか、攻撃を放っても問題はないか、判断をしているようにも見え、銀華は微かに眉を上げ唇をつりあげた。
「何匹くらい、居るのかしらね」
 肩を竦め、パイルスピアの矛先に取り付けられた斧を振るいキメラに切り込んだ。円閃を発動する。一気にごつごつとした、薄気味悪い硬さを持つ皮膚を切り裂いた。
「この辺りのキメラは、もういないんじゃないんですかね」
 壱式を鞘に仕舞いこみ、冬馬が言う。
 覚醒状態を解除した銀華は、ふう、と小さくため息をついた。それから、思わず、といったように細い指先で額を押さえる。
 あ、と思わずもれてしまいました、とでもいうような呟きを漏らした冬馬は、「大丈夫、ですか」とまた、感情を押し込めたような礼儀正しい声で言った。
「ええ、ただの眩暈よ。覚醒の影響かしら。良くあるのよね」

「竜が蜥蜴に後れを取るわけには、いかない」
 AU−KVミカエルを装着したマルセルは、「ふふん。ドイツのお菓子の名を持つこの武器で、私のやる気は上昇中ですよ!」とか何か、全然どうでも良いことを言って、「シュトレン‥食べたいなぁ」とか、ちょっと抜けた子みたいに微笑みそうになっているかざねの前に体を入れ、双剣パイモンでばしばし、とキメラをたたき落とす。
「あのね。こんなこと言うとあれだけど、しっかりしてね、かざね」
「あ、馬鹿にしました?」
「うん」
 とか凄いさっくり頷かれたかざねは、「くそー! 胴から真っ二つにしてやるー! 真燕貫突!」とか何か、スキルを発動し、思いきった八つ当たりを敢行した。
 実はこっそりと、そんな彼女を見て、単純で可愛いなあ、とか、フェイスガードの下で微笑んだマルセルは、廊下の奥に見つけたキメラに向かい装輪走行で突進して行き、きゅっと、急ブレーキ。
「攻撃は、コンパクトに。‥今だッ、ドラッヘ・ヴァルカン!」

 壁を這っているキメラを発見した咲空が、エアスマッシュを発動し、衝撃派を遠慮なく壁に、ぶつけた。ばしいい、と壁ごと、キメラが吹っ飛んで行く。厨房と隣の水槽の部屋を繋いでいた壁が、抜けた。
「安心しろ、柱は避けた。この方が、早い」
「光の通りが良くなって、見やすいよ」
 紅蓮衝撃を発動した國盛が、床に落ちたキメラの顎を、再度足爪で蹴りあげた。そうして浮かせたキメラの体を、素早く移動する咲空が次々に、緑色の透き通った刃を持つ斧ダイオプサイドで真っ二つに割って行く。
「神の元へ還れ、爬虫類。進化の過程からやり直してこい」




「どう? こう、窓際でポーズとか取っちゃうと、私、深窓の令嬢って表現がぴったりな感じじゃないですか?」
 すっかり何か良く分かんないけど、危ういマルセルの空気に追いつめられたかざねは、何を思うのか突然窓際に立ち、そんな事を言った。
 ただ、話を変えようとしているにしては無理矢理過ぎた。いっぱいいっぱい感が凄く出ていた。マルセルフィルターを通して見るとそれは、怯えた小動物の必死の抵抗、みたいに、見えた。
「かざねは本当に、不安に怯えてる顔が可愛いな」
 薄っすらとした笑みを浮かべて、マルセルは、あはは、とか笑って、無理矢理感満開ではしゃいでいるかざねににじり寄って行く。「まるで、雨に濡れて途方に暮れてる哀れな仔犬のようだよね」
「あはは‥何言ってんですかー」
 とか若干顔をひきつらせたかざねが、そろそろ、と移動していく。床からみし、と嫌な音がした。ただ、マルセルは聞かなかったことにした。
 その頃、その真下にある納戸の隣の厨房では、冬馬が、最早ただのシンク下の収納、みたいになっている冷蔵庫だった場所を調べていた。まさか人形があるわけもない気もしたけれど、何か、何かにとりつかれたように開いていた。
 それで何か、羊羹の箱を見つけた。むしろあり得ないくらい、箱の表面に羊羹! と記載されていて、羊羹以外の何物でもない。「森の」と、気がつけば冬馬は、呟いていた。「森の羊羹」
 絶対言うべきではないのに、どういうわけか口から出てしまっていて、あ、何かの呪いですか、と自分で自分に戸惑った。銀華が、何を考えてるか良くわかんない目で、でもとりあえずじーと彼を振り返る。
 凄い辺りがシーンとした。
 と。そこで。ばしゃあん、と水の上に何かが落ちるような派手な音が聞こえ、傍にある一階の応接間を調べていた咲空と國盛が、「何事か!」と駆けてきた。
「何の、音なんだ」
「今、人が何か上から落ちて、来て」
 冬馬が答えていると、「かざねー!」と、遠くから声が聞こえてきたかと思ったら、マルセルが姿を現す。「あんなところで床が抜けて落ちるなんて、どういう才能してるの、かざね」
「あぶ、だ、だじげ」
 そこでほっそりとした手が水槽から現れ、水槽の端を掴んだ。ざばあ、とかざねの体が現れる。反対の手に、依頼の人形を掴んでいた。
「あら、こんなところにあったのね」
 びっくりするくらい泰然自若として事の成り行きを見守っていた銀華が、言う。「どういう理屈で、こんなところに落ちたのかしら」
「何が起きてるんだ」
 そこで唐突に姿を現したメルセスは、その場の光景を切れ長の眼で眺め、微かに眉を上げた。「人形があるじゃないか」
「あら。相棒の坊やはどうしたの」
「ワインを見ていたら、どういうわけか、ティルが居なくなったんだ」
 小さく肩を竦めて苦笑する。長い髪が揺れ、ふわりと色気のような物が漂った。「冒険の真っ最中かもしれない。誰も居なくなった、ではなくて、ティルが居なくなった」
 特に面白そうでもなく、言った。