●リプレイ本文
ふと見ると住吉(
gc6879)が、スタジアム内にある売店の棚を物色していた。
それで、ちょっと声とかかけようかしら、と佐藤は近づいたのだけれど、途端に、バサ、とか、結構凄い勢いで彼女が振り向いたので驚いた。長い青い髪が、意外と凶器に見えた。しかも、あれ私、何でこんな男に近づかれてるんです? みたいなきょとんとした表情で見つめられ、もう何も言えない気がした。
「あ、いや、何でもな」
いです、って最後まで全然聞く気ありません、みたいに彼女がまた、棚を見る。スタジアム限定の商品を、ここぞとばかりに漁っていった。
あーショッピングですよねー、そうですよね、キメラなんてついでですよね、とか何か思ったその矢先、店先を、だーーーっと勢い良く駆け抜けて行く男の姿が目に入った。
「おらおら、片っ端から消し炭だこのやろー」
今日もすっかりクールな美貌のアンドレアス・ラーセン(
ga6523)が、エネルギーガンを片手に、どうやら鼠キメラを探しているらしい。ぎりぎり細マッチョっていうか、わりと細身のアーティスト体形な彼だけれど、なるほど、やっぱり能力者だから、あんなけ勢い良く走っても平気なんだろうな、意外と持久力とかあるんだろうな、とか感心したまさにその矢先、思い切り荒い息を吐き出しながら、足を止めた彼は、柱の所に手をついて、骨ばった肩を上下させる。
「くそー、生スタジアムー。やべー‥マジ広ェ‥昨日飲み過ぎてやべぇ‥うっぷ」
あ、やっぱりそうなるよね、もやし仲間だもんね、むしろそうなって貰わないと困るよね、くらいの、何かちょっと同士を見つけた気分でにやっとしたら、その凄い邪な仲間意識がばれたのか、ハッとアンドレアスが振り返った。
慌てて笑みを引っ込めて、とりあえず見てなかったことにしよう、とか思ったけど、もう目が合っていた。
「いや、何でもないですよ」
「何がだよ」
「いや何でしょうねー」
「あのさ」
切れ長の青い瞳が、じっとこっちを見ながら、言う。
「はい」
「これさ」
「はい」
「終わったら、ピッチで遊んでいーんでしょ」
「え?」
そんな肩で息してるのに? 明らか、無理ですよね? 二日酔いなんすよね? と、佐藤は思わず、愕然とする。「あれ、何ですか?」
「いや、ピッチで遊んでいーんでしょ」
「いや遊んでいーですけど、え、何するんですか」
「いや、サッカーっしょ。ピッチで何すんだって、サッカーっしょ、そこは!」
「あー」
いや絶対無理ですって、とか、むしろ若干同情の眼差しで、アンドレアスを見る。「そうですか、残念です」
「何だよ、残念ですって」
「いや何でしょうね、おかしいな」
とか何かやってたら、後ろから立花 零次(
gc6227)が小走りで駆けよって来た。「どうですか。そちら、キメラ、居ましたか?」
超機械「扇嵐」を片手に、無難な笑み大会があるなら、この人は確実に上位だ! いやむしろ、一位かもしれない! みたいな、今日もすっかり爽やかに微笑んでいる。
「いんやー、まだー」
「さっさと駆除して、サッカーやりたいですよね」
「んとに。俺わりとサッカー好きなんだよね、生スタジアムとかマジテンション上がる」
「分かります、ですよね」
ええ、ええ、分かります分かります、みたいな、柔らかい笑みを浮かべて、ふわふわと零次が頷く。もー真面目っていうか、その場が円滑にさえ進んでいれば、俺は言うことないんですよ、ええ、みたいな、マイルドかつなめらかな感じで如才のない返事をする。
「じゃあまあ、先にお仕事を片付けますかね。途中で邪魔されてもつまらないですしね」
「だな。行くかー」
とか何か走っていった二人の背中に、佐藤は思わず、「ミスター円滑、立花零次‥」とか何か呟いた。
そしたら背後からいきなりぼそ、と、「ええ、ミスター円滑ですよ。無害スマート星人ですよ」とか何か、若干くぐもった声が、聞こえた。
それで、え、と振り向くとそこには、きらーんと目元を光らせたガスマスク!
いや、毒島 風海(
gc4644)が立っていた。
「何でもいいけど、すいません、やっぱり急に見るとわりとびっくりしますね」
とか言うのはもう全然聞いてないのか、「40cmの鼠キメラですかー」とか何か、風海が、呟く。「鳴き声はなんですかね、光宙とかですかね」
「え? ぴ」
「ああ、いえ、それを言ったらいけませんよ。それは、いけません」
「だからさー。じゃあとっととその、ピカ‥いや、鼠。倒しちゃおうよ。嫌いなんだよね、鼠」
だらだらーみたいな、何かちょっと暇だったんで遊びに来ちゃいましたーみたいな感じで、首筋とか撫でながら、その背後に姉である緋本 かざね(
gc4670)と連れ立った緋本 せりな(
gc5344)が言う。
「鼠イコール汚いとこにってイメージがありますからねー。私も嫌いですよー」
今日もすっかりツインテールのかざねは、顔を顰めながら、ぶるぶる、と首を振る。とかいうのを、どうしよう可愛くてたまらん、何だろうこの可愛さ、みたいな表情でせりなが見下ろして、かと思うと、反対側からは、何を考えてるのか分からない、でも絶対悪いこと企んでそうなガスマスク姿でじーっと風海が見つめていて、肉食動物の間に挟まれた草食動物、みたいに、かざねはちょっと、え、みたいな戸惑った表情になった。
「あれ、何だろう。私何か、変なこと言いました?」
おずおずと上目に佐藤を見る。あ、ちょっと可愛いと思った次の瞬間にはもう、「でも、せりなちゃんが鼠嫌いだったなんて、知らなかったなあ」とか思い切り、全然エアーにかざねが話を変えていく。
「別に、乙女チックな理由で嫌いなわけじゃないよ。単に住み着いた家とか荒らすってのが嫌なだけで。幸い私の家にでたことはないけどね」
「でもあれって、夜中に凄い音して走り回るんですよ! 何か、ガリガリガリ! って、私、怖くて夜とか眠れなくなるんですよねー、たまに」
「いや、姉さん、私が今、うちには出ないって言ったところだからね。一体何処で」と、そこまで言って、せりなは、あ、と風海を見る。
「んー、友達のおうちとかでー」
と、かざねが風海を振り返る。
二人に見つめられた風海は、ゆらーっと二人を見比べて、「何ですか。私の家に鼠が出るとでも言っちゃいますか。そんな‥乙女の家を捕まえて、酷過ぎやしませんか。鼠の出る家だなんて言われたら、いくら私でも、純粋な乙女心が傷つきますよ、なんて言わないですけどね! ええ、絶対!」
「屋根裏ですしねー」
「喫茶店の屋根裏だからなー」
「いえ、少なくとも私の強がりくらい聞いて貰えませんかね、そこの姉妹」
「とりあえずまー、今日は、じゃああれですよね。鼠をぶったおしてスタジアムで遊んでレストランで遊んでふらふら帰る感じですよねー」とか何かもー、実はだらだら喋ってるのにも実は飽きてきただけなんだよね、みたいな調子で、かざねが漠然と話を纏め出したところで、「う‥ね、鼠であるか」とか何か、聞き覚えのある声が聞こたので、何となくそっちの方を見て見ると、御巫 雫(
ga8942)が立っていて、いつもはどんなけ毅然としてるんですか、いや、その泰然自若要らないですよね? くらい鷹揚としている彼女が、その凛とした強さの滲む顔を、若干引き攣らせていた。隣には、ちょっと休憩中に顔出した女医です、みたいな毒島 咲空(
gc6038)が、白衣の両のポケットに手を突っ込んで立っていて、「鼠キメラね。そういえば、鼠が苦手な奴がいたような気がするね」とか何か、明らかもう顔色変わってる雫を、温度のない瞳で、ちらり、と見やる。
「こういうものはだな、要するに慣れだよ、きみ。一度触ってみたら、意外と可愛い、となるかもしれない」
「ね、鼠を触るだと‥い、いやそれは‥私は昔、鼠にアホ毛を齧られて以来、どうにも鼠が苦手でな」
「大丈夫だ。私が押さえておいてやろう。この際、嫌いなものは克服してしまった方が良い」
「そ。そうかならば‥そうだな。私は‥私は、触る!」
一世一代の決意をしたように、ぐっと拳を握りしめ気合いを入れる、雫。とかいうのに、三人で喋ってて、あんまり気付かなかったんですけど、今気付きましたーみたいに、かざねが、「いやいや、そんな気合い入れることじゃ」とか言い、「そうですよ。だいたい鼠ったってですね、でかいですしね、もしかしたらピカ」とか何か、風海が同意して言いかけた瞬間、ほんでしかもそれに、何か、え? あれ? 今の声‥みたいに咲空が、ちょっと顔を上げかけた瞬間、「徹底的に潰しますわよー!」とか何か、威勢の良い声が聞こえてきて、ちょうど通路の端っこに立っていた風海が、思いっきり、どーーーーん、とぶつかった。かと思うと、どちらかと言えば小柄な彼女は、その美しい銀髪をなびかせるロジー・ビィ(
ga1031)の疾風の如き風圧に負けて、「かざねちゃー‥」とかコロコロ通路を転がって行く。
「えええええ」
そんな馬鹿な、とか愕然とする光景を見て泡を繰った緋本姉妹は、だーっと走って行き、残った雫と咲空の二人は、ああ、ごめん全然見てなかった、くらいの落ち着きぶりで、まだ鼠を触るとか、触らないとか、すっごい下らない話なんじゃないかな、みたいなことをわりと真面目な顔で話合いながら、歩いて行った。
そしたら完全に忘れていたけれど、まだ売店の中を見ていたらしい住吉が、「あらー騒がしいですねー」とか何か確実にどうでも良さそうな口ぶりで言いながら出てきた。
「え、いや、住吉さん。まだ居たんですか」
「まー何でもいいですけど、とりあえず鼠の駆除は害獣駆除専門家にやって頂きたいものですよね〜」
「あれ、今さらっと嫌味言いました?」
「では、この荷物、預かっておいて貰えますか。私、あっち見てきますので」
「え、ちょ」
とかもう全然マイペースに、着物の裾をはためかせながら歩いて行く住吉の背中を追いかけようとしたその矢先、パシ、と腕を掴まれ、佐藤はハッと振り返る。
そしたらそこに、セシリア・D・篠畑(
ga0475)が立っていて、物凄いじーっとこっちを見ていた。
っていうか、見ているのだけれど結構マイルドに無表情で、全然何も訴えられてない感じだった。ほんでその隣には何故か、腕を惹かれて、飯田が立っていた。
何だこのツーショットっていうか、もう何か良く分からない迫力がむんむんしていた。
「ロジーさんを‥」
セシリアが、キャッシュ‐ディスペンサーから更に抑揚と愛想を抜いたような、無機質な声を発する。「追いましょう‥」
「え?」
あれ、何だこれ、いきなり? みたいな、佐藤は思わず戸惑って、彼女がまだじーっとこっちを見ているのをちょっと見つめ返して、それから飯田にもう一度、「え?」と、言った。
「何かね。俺達も能力者じゃない。それでね、あのー何か、とりあえず、四人で鼠退治をしろって感じみたいなんだけどね」
「え?」
とか何かやってたら、ぶわーー、と目の前を風が抜けて行った、と思ったら、ききーとか暫く走ったところで、急ブレーキして止まったロジーが、たたたた、とこちらに戻って来て、「セシリア〜! 遅いですわよ〜! 行きますわよー!」とかもう、完全にはしゃいだ感じで言った。
何時の間にか、手に赤と黄色のポップなピコピコハンマーを持っていて、それで何でかやたら、佐藤を叩いてくる。
「ちょ、い、痛い。痛いです、ロジーさんちょ」
「それではお二人とも‥先ずは行きましょう‥」
「そうですわ、共に参りましょう! ピコハン探索隊、いえ、ピコハン探索パーティ、いいえ、ピコハンの星‥ええ、そうですわ! 共にぴこハンの星を目指しましょうっ!」
「ロジーさん。あのこれ言っていいかどうか分かんないんですけど、すっごいテンションばっか上がり過ぎてから回ってますけど、大丈夫ですか」
「ふふふ、大丈夫ですの!」
「いや全く大丈夫なようには」
「ええそうです‥ロジーさんは大丈夫なのです」
とか頷いたセシリアが、実はもうそこでぐずぐずしてる感じが苛っとしたのか、「兎に角‥先ずは‥参りましょう」とか何か言って、ぶわ、と覚醒した。おっと、その手がありましたわね! みたいに、悪戯っぽく微笑んだロジーも、続いてぶわ、と覚醒状態に入る。
一介のULT職員でしかない佐藤やら、能力者のはしくれでしかない飯田なんかでは到底太刀打ちできないような二人の強い気配に、むしろ断ったその瞬間、絶対何か、殺られるんですよね、みたいな二人の気配に、あ、強硬連行ってやつですよね、はいはい分かります、ええ、そうですよね、とこれはもう、諦めるしかない気がした。
●
その頃、ソウマ(
gc0505)は一人、スタジアムの地下通路を歩いていた。
「この感覚‥どうやらやはり、招かざる客が居るようですね」
忌々しげに呟いて、彼はきりっとした眉を潜める。「せっかくサッカー試合のイベントに出られるはずでしたのに」
このまま、このスタジアムがキメラに襲われ続けていると、数日後に開催されるはずのサッカーの試合が開催されない。それは困る。何せ、ソウマはその開幕のセレモニーで、かの有名な世界の一流プレイヤーの面々に花束を贈呈する役目をこなすことになっていたのだ。
あれもまた実に変なめぐり合わせだったなあ、と彼は、キメラを捜索しながら、思い出す。道を歩いているところで、老人が倒れているところを発見したので、とりあえず助けてみたら、何か漠然とすっごい偉い人だった。
何せ、キョウ運の招き猫と呼ばれくらいであるから、わりとそういう奇遇なことは良くあって、そのご老人との縁もあり、今回のイベントに参加できる事になったのだけれど。
「この試合、楽しみにしている人が多くいるんです。邪魔なんかさせませんよ」
きりっと呟いた彼は、周りに人がいないのを確認して、ふっとクールないつもの仮面を微かに、剥いだ。「僕だって‥楽しみにしているんですから」
年相応の少年の表情で、拗ねたように、少し、呟く。
とかやったまさにその矢先、ふう、とか何か、いきなり地面から沸いて出て来たかのように、ゆらーと女性の姿が前方に浮かび上がった。
思わず、ぎょっとして、超機械「グロウ」を構えかける。けれど、明らかにそれはキメラではなく、茶色い髪を無造作にぎゅっと束ねた白衣姿の女性だったので、おっと何を慌てちゃってるんだか、僕、みたいなちょっと苦笑して、そっとグロウを仕舞う。
「何を、してらっしゃるんですか」
声をかけるとゆらーっと女性が、こちらを向いた。眼鏡の奥の青く透き通った瞳が、ソウマを見つめる。美人っちゃ美人っていうか、知的な顔をした大人な雰囲気の、透明感のある女性で、それなりに年頃のソウマは、おっと、とちょっと、内心でドキリとする。
「ここは危ないですよ。キメラが出ます。避難された方が」
「いえ、わたくしサイエンティストですので、それなりに、心配には及びませんよ」
「あ、そうですか。僕は、ソウマ、同じく能力者です」
「関城 翼(
gc7102)です。キメラが出るのも聞いていますよ。鼠のようなキメラなんですよね、確か。わたくしも討伐に来たんですが」
「なるほど」
これで合点がいきましたとばかりにソウマは、顎を摘んで、いつものクールな笑みを薄っすらと浮かべる。「それでここにいらっしゃったんですね」
「いえ、あれです。スタジアムの中にある売店で、探していた書籍を見つけた物ですから、読み始めちゃったんですよね」
「え」
とか思ったら、また完全に予想外の場所から飛んできた感があって、その辺りで若干、あれ、これもしかして、みたいな不味い予感がした。「え? あれ、何ですか」「それで、読んでる最中に、ついうっかり迷い込んじゃいまして」
「あ、そうなんですか。いや、え?」
「全く困ったものです。私はどうにも本の虫なんですよね、いやあ、本の虫は無視するべきですよね〜、なんちゃって」
とか全然面白くない、むしろギリギリ意味不明なギャグをのんびりと言った翼は、自分であははは、とか笑う。
おっとー不味いぞ不味いぞー、緩んでるぞー、とか思ったけれど、とりあえずアハハとか何か、一緒に笑っておくことにした。
ほんでマイルドに笑いながら、「じゃあ、僕はこれで。とりあえず、ここは危険なので、場所を変えられた方がいいですよ」とか何か言ってさりげなく消えて行こうと思ったのだけれど、もう全然聞いてない翼は、顎を摘みじーとソウマを見つめた。
「ああ、ちょうど良かったです」
「いやそれは恐らく、勘違いです」
「その本に書いてあったんですけどね。ちょうど試してみたいと思ってたんですよ」
「いえ、それはきっと勘違いだと思うんです関城さん」
「ちょっと、試してみても、良いですかね」
「いや、何を、ですか」
「間接技です。あのー、かけてみたいんですけど、いいですかね」
いいですかねって、良くないですよね、とソウマは珍しく狼狽し、だいたい何の本を読んでたら、そんな事が書いてあるんだ、と途方に暮れる。
「いや、それはちょっと」
とか何か言いながら、でも密かに、女体と絡むのは何かちょっと‥と、表情がっつりクールだけど、内心赤面なお年頃なソウマだった。
そして、ああ、これも、もしかして。覚醒するとどういうわけか、キョウ運が狂運となり、更にありえないような摩訶不思議な事象を招き寄せる、という自分の体質のせいなのか? とか何か、この意味不明な展開にちょっと、唖然とする。
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「おおう、ココが控室‥」
アンドレアスが通路の中の部屋を覗き込みながら、軽く感嘆の声を漏らした。「やべえ。控室とか、マジやべえ」
と、その間にも、ちゃっかり電波増幅を発動し、そつなく発見したキメラをエネルギーガンでぶっ飛ばして行く。
「まあ、数が多いってのは困るトコだわな。漏らしがないようにしねえと」
「確か電気の配線齧ってるんですよねぇ」
こちらもそつのない身のこなしで、黒耀石のような黒く美しい色合いの刀身を持った曲刀「黒耀」を操る零次は、ソフトなオールバックになった黒髪を揺らしながら、「あ、居た」とか何か、通路の端っこに居たキメラへと切りかかる。「やはり40センチともなると、割と大きいですね。普通のネズミならあれでしたけど、40センチならすぐに見つかりそうで良かったですよ」
「ま、そだな。しっかし、こんなトコにも電気って使われてんだよなぁ。偉大だよな、電気」
「ええホントに偉大ですよねぇ、電気」
とかもうやっぱり、そつなくマイルドかつなめらかに頷いた零次は、「あ、また居た」とか、刀を優美に振り回し、キメラを叩き斬る。何だろうこの、スマートさ。っていうか、あんまりにもスマート過ぎて、箸にも棒にも引っかからない感じで、常にこう気付いたらいます、みたいな感じなのに、確実に意外とキメラに囲まれたりしないように壁を背に戦っていたりして、その絶対数を確実かつこっそり減らしてくれちゃってるこの無難さは、逆に凄い才能なんじゃないか、と佐藤はちょっと何か、思わず、じーとか観察した。
「てなわけで」
アンドレアスが振り向きざま、キメラへ銃口を向け狙いを定める。「そんな偉大な電気の配線を齧っちゃうキメラは、お痛が過ぎるんでどーん」
「あれ何かさ、やっぱりこう、喋ってる合間に戦ってます、とか格好良いよね」
とか言ったらゆらーとか覇気なく振り返った飯田は、「あごめん、全然聞いてなかった」とか、すっかり酷かった。
「あれだよね、何で隣に立ってるのに聞いてないとかそういう事になるんだろうね、不思議だよね」
そしたら「いやあれなんかね」と、飯田が通路の反対側を指さす。「こっちも格好良いよ」
見れば、ロジーとセシリアが、大人げないくらいの凄まじい勢いで、鼠キメラへの攻撃を行っていた。もうむしろ、何か良く分かんないけど何なら今日これで終わっていいんじゃないかな、くらいの、勢いだった。
「凄いな、セシリアさん。基本後衛なのに、全然気にせずガツガツ前とか行っちゃってるもんなぁ」
超機械ブラックホールを操るセシリアは、覚醒の影響で赤く変化した瞳でキメラを見定め、漆黒の銃口から、黒色のエネルギー弾を射出させまくっている。あちらこちらで、着弾する黒い球は、全長30cmの球形に膨らみ破裂していく。
「ロジーさんも凄いでしょ。もう徹底的だよね、徹底的に潰してるよね」
普段は、何処かポップで春の風のように爽やかな愛らしさを滲ませているロジーも、戦闘の時ばかりは、冷たさすら感じさせる疾風の如き気骨な凛々しさを、全身から放出させる。銀色の美しい髪をなびかせながら、蒼い闘気に包まれた身で、二刀小太刀「花鳥風月」を颯爽と操る。はしゃいだ様子の普段の表情は、すっかり影を潜め、無口かつ無表情に、両手に持った小太刀で、直進し、回転し、次々と捌いて行く。
「女子力、凄まじいね」
「セシリアさんとか、もうちょっとたぶんあれ、ちょこちょこ逃げる鼠に、苛っとしてるしね」
「すっごい無表情だけどね」
「確実に今、あいつを殺ろうとしてるよね」
「あ、電波増強発動した」
「本気だよね。大人げないくらい本気だよね」
「ちょっと可愛いよね」
とか何か言ってたら、突然、背後にある扉が、ガツン、とか開いて思いっきり佐藤の背中を打った。
「イッ」
「おや、何だ。佐藤くんじゃないか。奇遇だな」
関係者以外立ち入り禁止、とか書かれたそのドアから出て来たのは、鞘には美しいフウチョウの尾羽の飾りをつけた、濃青色の美しい刀身の大太刀「風鳥」を構える咲空で、もう自分のドアで確実に佐藤がダメージを受けた、とかは、全然気にしてない感じで、さらっとそんな事を言う。
「いやでも奇遇っていうか、あの、ちょっと痛いんですけど」
「それはそうと、雫を探しているんだが。見かけなかったか?」
「こっちでは、見てないね」
痛がってる佐藤は完全に置いてく感じで、二人が話出す。
「そうか。いやさっきこの地下の暗闇を歩いてる時までは、一緒に居たんだが」
「途中で居なくなったんだ?」
「もしかしたら、そうか。あのゴカッとかいう凄まじい音は、もしや雫が何かに躓いてこけた音だったのか」
「いや、冷静に今分析してないで、助けに行った方がいいんじゃないの」
佐藤は思わず、指摘をしてしまう。「だいたい、躓いたって何に‥」
「コードか何かじゃないか。あそこにはいっぱい得体の知れない配線が通っていたからな」
「いや、それ、駄目なんじゃあ」
とか言ったまさにその矢先、廊下の向こうから、「ふ‥フギャァァーーー!!」とかいう大絶叫が聞こえてきて、えー、とか思った。
「おや、雫じゃないか」
「そうですね、あれは雫さんですね」
一体、何がどうしてそうなったのか、もわあとか、大量に発生した謎の煙に追い立てられて、雫が走ってくる。しかも良く見て見ると、煙に紛れて大量の鼠キメラが雫を追いかけていて、どういうことかもう全然分からなかった。
さすがにその光景には、アンドレアスや零次、セシリアやロジーも、唖然としているようだった。
「な、なんだあれ」
「ど、どういうことですの、セシリア」
「‥兎も角‥討伐を‥」
「そ、そうですね、ともかく討伐しましょう」
そんな中、咲空だけがわりと冷静に「なるほど。あのコードが、ああなってこうなって、それで鼠が‥なるほどな」とか分析していた。
「いやそれよりさっさと討伐してくれないかな。毒島さん」
追い立てられている雫は、前方の人影に気づき、何とかそれらの障害物を避けようと、セシリア、ロジーあたりまでは何とかかんとか華麗に踏ん張ったが、飯田やら咲空の所まで来た辺りで、無理がたたったのか、足をぐき、とかくじき、バランスを取ろうとして手を振り回し、佐藤の服、を掴みかけたのだけれど、佐藤が思わずごめん、とか避けたら、その後ろのドアノブに辛うじて引っ掛かり、けれどうっかり思い切り押し込んでドアを開いてそのまま顔面から激突していって、頭部を強打し、気絶した。
「さすがだな。華麗に鮮やかに戦闘不能だよ」
「でも佐藤君が避けたからだよね」
「いや完全に関係ないよ、それはね。それはもう僕は何ていうか」
とか何か、相変わらず覇気はないけどわりと真剣に言い訳してる佐藤、とかどうでも良いです、みたいに咲空は、途端にその場に溢れ返ったキメラを温度のない瞳で、見下ろす。
「40cmの鼠ね」
風鳥を一振りすると、疾風を発動し、濃青色の美しい刀身を右へ左へ、上へ、下へと、振り回していく。「電気でも放出すれば、子供に人気が出たのかもしれないが。だが残念。もうお別れの時間らしい」
突きを繰りだし、押し飛ばすように勢いよく討伐していった。
「その紛い物の命、返却期限はとっくに過ぎている。早々に神に還すのだな!」
「いやもー」
結構騒然とした戦場なのだけれど、約一名は足元に伸びてるし、何となくストレンジ過ぎる光景を見て、佐藤は思わず、言った。「何の喜劇なのこれ」
●
「あ、そういえば今日ってエイプリルフールでしたよね!」
スタジアム内をのんびりと歩いているところで、かざねが思い出したように、言った。
「そういえばそうでしたね。四月馬鹿でしたね」
「あ、じゃあ、じゃあ、エイプリルフールってことで、普段できないこととかができるようになってたりして! サッカーやったら、私、やたら上手いかも知れな」
「うんかざねちゃん。それだけは、ないでしょう」
「ぶー。風海ちゃんは意地悪ですねー。折角さっき、助けてあげたのにー!」
「まあ、それは感謝してますけどね。あのまま転がってたら私、確実に今、スタジアム内に居ないですしね」
「あれには驚いたな」
せりなが苦笑しながら、風海を見る。「意外と転がるよね、風海さんって」
「意外と転がるよね、って、多分人生で言われる回数そんなにないですよね、私凄いですね」
「じゃあ、じゃあ、私もサッカーやったら、プロ並みにできるようになって」
「いや、それはならないからね、姉さん。しつこいよ」
ぶー、とか何か、頬を膨らませたかざねが、けれど次の瞬間にはもう、そんな事はどうでも良くなったのか、明後日の方を見て、あ、とか声を上げた。
「誰か何かやってる!」
それは、今日もすっかりさりげなく、かつ、スマートに、むしろ優雅に、機器の修理とかをしているUNKNOWN(
ga4276)だったのだけれど、そもそもそ優雅に配線捌いてる人、とかいうのを見たことがなかったので、三人はちょっと「UNKNOWNさん‥何か分かんないけど、さすがだ」って、なった。
脇のテーブルにビールとホットドックを置き、ロイヤルブラックの艶無しのズボンに包まれた脚を優雅に組み換え、咥え煙草で図面らしきものを開き、見ている。あれが英字新聞だったら、もう絶対完璧だ、完璧な紳士だ! いやもう既に紳士だ! とか思ってるせりなの隣のかざねが、とことこ、と無邪気にそちらへと近づいて行く。
「機器の修理ですか」
せりなはもう、すっかりちょっと慌てた。
「ね、姉さん、邪魔をしたら」
そしたら、そんなかざねをちら、と見やったUNKNOWNが、兎皮の黒帽子の位置を軽く動かす。「非常用の発電機の確認をね」
「ほほーん。なるほど。大事ですよね。うんうん、大事です。配線とか、そういう、あれですよね」
とか何か、かざねはもう果敢過ぎた。
「まあ、電気の世界は少々得意でね。力率も改善し、ついでに設備の強化も図っておこうかとね」
様々な学会で最先端の基幹技術となる論文を数多く発表し、大学や研究所・専門機関に呼ばれ出入りしているらしい、彼らしい、理路整然とした話し方に、絶対全然付いていけてないはずのかざねが、ふむふむ、と明らかに胡散臭い顔で頷いている。そして、驚くべきことに、一番言ってはいけない相手と思しき彼に向かい、「私もそういうの得意なんですよー、お手伝いしますよー!」
とか何か、言った。
え、と風海とせりなは固まった。
UNKNOWNだけが、悠然と「なるほど」とか何か、頷いた。図面を、かざねの方へさら、と見せる。
「低圧盤を操作するんだ。バイパスを作り停電を最小限に。あとは高圧配線をチェックし、警戒しておくべきだな。高圧のケーブルがやられなければ、大事にはならん」
「ええ、ええ、分かります分かります」
「いや、絶対分かってないよね、姉さん」
「え?」
「すいません、UNKNOWNさん。かざねちゃんに悪気はないんです」
「え?」
「い、いやだからさ。ほら、姉さん、できないことはやろうとしないでいいから、そういうのは得意な人に直してもらう方がいいからね。向こうの売店‥あ、レストランがあるよ。ほら、見て。ね? レストランにでも行った方がきっと楽しいよ」
「んー」
とか何かきょとんとした顔で辺りを見回したかざねは、次の瞬間には、あーほんとだー! と無邪気な声を上げ、またるんるんとレストランに向かい走って行く。
「すいません、ちょっと残念な人なんです、でも可愛いんです、ホントです。悪気はないんです」
頭を下げるせりなに向かい、さら、と肩を竦めて見せたUNKNOWNは、「別に構わない」と、ビールのカップを口へと運ぶ。
「酒と煙草を貰えるなら、何でもいいよ」
とかいうその間にも、レストランに突進して行ったかざねは、「レストランがあるのに、コックがいない! 大変だ! 」とか何か大袈裟すぎるリアクションで頭を掻きむしっていた。「誰か! 誰か私に食事をプリーズ! あ、冷蔵庫の中のは勝手に食べていいのかな‥」
「折角のレストランなのに料理がでてこないとは寂しいね。あるもので何か作ろうか。使った食材の費用の請求は依頼主に回してもらおう。うん」
隣に並んだせりなが腕を組むと、えーとか何か可愛い姉が眉を潜める。
「作るの待ってるなんてめんどくさいなー。もう、何か生で食べられそうなやつ食べたらいいじゃん」
「いや、姉さんお腹壊すよ」
「壊さないよ」
「いや壊すって言ってんだよ、何だよ、壊さないよって」
とかいう妹の注意を聞くのも面倒臭くなったのか、突然そこでぶわ、と覚醒したかざねが、あろうことかそこで迅雷を発動した。厨房内の冷蔵庫目掛けて、一気に駆け抜けて行く。
「ちきしょ‥ッ! 本気だ! やつは本気で摘み食いを敢行する気だよ、風海さん!」
「やられましたね。ペネトレーターのあの速さには、中々追いつけません」
「うごー! 生ハムだー! 食ってやるぞー!」
遠くからそんな声が聞こえてくる。「こらー! 自由が過ぎるよー! 姉さーん!」とか何か覚醒したせりなが、それを追いかけて行く。
暫くすると、生ハムを口にくわえたかざねが、ばびゅーーーーん、と風海の前を通り過ぎて行き、暫くしてせりながその後を追って追って行った。
「能力者姉妹の鬼ごっこ‥なるほど、ありですね、ええありです」とか何か言いながら、よっこらしょ、と風海も覚醒し、後を追っていく。
●
「おおおおお! やっと生ピッチに立てたぜこのやろー!」
テンション上がりまくりのアンドレアスは、だーっとだだっ広いピッチの端から、端へと走って行き、やっぱり途中で、げほげほ、とか芝の上に膝をついてた。
「マジやばいな。テレビで見てるとそうでもなさそうだけど、広ぇわやっぱ」
「あ、ピッチの広さのせいですよね、やっぱり」
「あれ零次、今何か言った?」
「いいえ、はい、ボールです」
すっかり笑顔で、さらっと自分の発言すら円滑に処理して、ボールを芝の上に落とす。
「おー! いや前にさー。キメラチームとフットサル対戦したことあったんだよな。でもあん時はゴールキーパーだったからさー。やっぱほんもんのゴールにシュートしたいっしょ!」
「はい、いいですよ、ゴールしちゃって下さい、ええ、ええ」
「おっとマジでー。んーなら行くぜー」
てけてけーとかボールを蹴りながら、ゆるゆるとアンドレアスは走り出す。スピードを上げることに、どんどんと風が頬や髪を撫でていった。
「ひゃはーっ! 気分イイわ」
「そうはさせませんわ!」
そこへ颯爽と登場し、立ちはだかったのは、ロジーだった。「ゴールを決めたくば、私を超えていきなさい!」
「ふん」とアンドレアスが唇を歪める。「おお、やってやんぜ?」
それで、零次、へいパース! とか何か言ったのだけれど、そのボールがどういうわけか、ロジーの足元に転がり、と思ったら、次の瞬間には覚醒し、豪力発現とか発動した彼女の脚が、ボールをずばあああああん、と蹴り返した。あーれー、とボールは、反対のスタンド席の遥か彼方へ。
「まぁ。見まして? セシリアっ! ホームランですわっv」
「い、いやロジー。それ、種目ちげーから、ていうかボール返して」
とかいう一連の流れをスタンド席で見つめていた佐藤は、セシリアさん呼ばれてますよ、とか思って、飯田の隣のセシリアを覗き込んだ。と、思ったら何やら、じーっとか、飯田と佐藤を見比べて、もぞもぞと手帳的な物にメモを取ってる最中で、え。えいやそれ何メモ?! と、思わず、身を乗り出す。
そしたら丁度、メモから目を上げた彼女と目が合って、「あ、あの」とか言ったらすかさず、「‥あ、大丈夫です。私の事は気にしないで下さい。大丈夫です」とか、もうまたメモを見ている。
「いやいやいやいや大丈夫とか」
能面のような無表情のまま、顎元にちょっと手をやったセシリアは、また手帳にペンを走らせた。そして徐に、飯田をまた、見た。
「‥飯田さん」
「んー?」
「普段、目ざまし時計はどのような物を使用されていますか」
「え」
と佐藤はいきなり何を言いだすんだ、と驚きセシリアを見る。
でもそれにわりと普通にんーとか言った飯田は、「そうね、携帯電話かな」
「え、答えるの」
「なるほどそうですか‥なるほど無難です」
「え、納得するの」
「では‥佐藤さん‥」
「えあ、はい」
「いえ‥まあ、そうですね‥」
とか思いっきりついでに名前を読んでみたけど、全然質問が思い浮かびません、みたいにセシリアは暫くじーとか佐藤を見た。「ああ‥女装は楽しいでしょうか?」
「うんそんな思い切りついでにみたいに聞かれてもさ。しかも質問もあれだし」
「私も男装したら面白いのでしょうか?」
「あ、でも似合うかも、うん、ありかも。やってみたらどうかな」
とかいうのはもう全然聞いてません、みたいに「そうですか‥なるほど」と、またセシリアは手帳にペンを走らせた。
一方、そこから少し離れた場所でピッチを見下ろしていた咲空は、隣で雫が身動ぎするのに気付いて、顔を向けた。
「ん。目を醒ましたか。もう少し休んでいても、良い。何か飲むか?」
「‥ううむ、面目ない」と雫が首を振る。
それから暫く二人して無言でピッチを動く人影を見ていたのだけれど、そこでふと雫が言った。
「そういえば、咲空。名字は毒島だったな? ずっと気になっていたんだが、妹が居るんだろう? もしかしてそれは」
「そうだよ、妹が居てね。今、多分日本に居る。恥かしがり屋で、引っ込み思案でね。間違ってもアイドルに憧れるようなタイプではないのだが、私に似て、とても美人で器量の良い子だった。今頃どこで何をしているものか‥」
「その妹というのはその」
と、そこまで言ったその矢先、「あんだこれー!」とか何かいうアンドレアスの悲鳴にも似た素っ頓狂な声がピッチ上から聞こえて来た。
え、と見ると、ピッチ上に、どこからともなくもくもくと、謎のスモークが湧き出てきて、あれ火事ですか? みたいな、一時辺りが騒然となる。
「ご、ごほん‥。えー‥デビュー曲なんちゃって☆ガスマスク、聞いてください」
そこでキーンとエコーの入ったマイクの放つ音と共に、そんな乙女な声が聞こえてきた。「この体質治さないと、今後のコンサート活動に支障をきたしそうですし、折角誰も居ないピッチでの依頼。克服も兼ね、練習するのもいいかもしれません。かざねちゃん。聞いてて下さい」
「はいー! 応援してますー」
「では、音楽、お願いします」
そしてどこからともなく、曲が流れてくる。
愛情スパイスブッこんで 炒めた恋の焼き豆腐
いつも感じる貴方の吐息 フィルター越しに疼いちゃう
視線恥かし隠した心 三重ハニカム構造に 秘めた乙女の最終兵器
喰らえ愛の鶏がらスープ 駆けつけ三杯飲ましちゃう☆
待ったなんて言わせない だって私は無慈悲な女
冷たく光るレンズ越し 嘘よ嘘々なんちゃって
おちゃめな私☆ガスマスク〜♪
「な、なんだこのバカバカしい歌は」
思わずポト、と咥え煙草を落とした咲空が、顔を顰めた。「悪いが私は、女子には興味がないんだ、可愛い男子ならいいが」
「い、いや咲空、これはきっと貴様の妹の」
「はいー! 果敢に挑戦して下さいました彼女に拍手ー! はい、みなさーん拍手してくださーい」
「だいたい中身が見えないじゃないか。面白くないな。行こう、雫」
「いやだから、咲空。あの中身こそが貴様の探している妹」
とかもう全然聞いてない咲空は、どんどんもうスタンド席を上っている。でも本当は、あれこそが貴様の妹毒島風海なんだがな、と雫は後ろ髪を引かれる思いで、ピッチを見つめた。