タイトル:ランドリーと黄のグラスマスター:みろる

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/04/22 23:00

●オープニング本文






 ふと見ると、皿の端っこに、ナイロンみたいな細い骨までよけられているのが、見えた。
 西田は思わず顔を上げ、隣の席で黙々かつ意外と美しく箸を操る江崎の横顔を、何か、ガン見した。むしろ、若干軽蔑の浮かぶ視線で、何か、ガン見した。
「ん、何だろうその、凄い気持ち悪い見るような目は」
 魚を食べる手を止めず、江崎が言う。
「いや何か、食っちゃえばいいじゃんそれ」
「え、どれ」
「いやそれ、ナイロンみたいな骨までさ、よけることないじゃん」
 とか何か言ったら、やっとこっちを見た江崎は、物凄い軽蔑の混じった目で西田を見つめた。
「あ、何だろうその、凄い気持ち悪いものを見るような目は」
「それはさ、ワイルドが過ぎるよ、西田。魚の骨はさ、よけないとさ」
「うわー、ちっちゃ、めんどくさ」
「今の発言はさ、魚の骨を律義に分ける人協会からクレームがくるんじゃないかな、多分」
「そんなナイロンみたいな魚の骨まで分けることないって。何なの、その律義。何に必要なの」
「喉に魚の骨が詰まる危険から、自分の身を守るのに必要な律義」
「うわーちっちゃい。どんなけ自分を守りたいのかって、もうそのちっちゃちゃがやだ」
「いやちっちゃちゃ、って」
「ちっちゃちゃ、ちっちゃしゃ、いやもう、いいんだよ!」
「そうやって大雑把に生きてる西田は、一回魚の骨を喉に詰まらせて本気で苦しんでみればいいと思う」
「いやだってもう、魚の骨を本気で喉に詰まらせて苦しんだ経験があるって感じが既にちょっと無理だもん」
「あー想像したんだ?」
「想像したね。こうちょっとプチ不幸な感じが、やだよね」
「何でもいいけどさ」
「うん」
「あのあれ、依頼の話、していいかな」
 江崎は急にそんなことを言って、茶色い封筒を自分の傍らから取り上げると、テーブルの上に、ぼん、と乗せた。あんなに神経質に魚の小骨は取るくせに、買ってきたお惣菜の空容器や皿とかは、わりと面倒臭そうに大雑把に端っこへと寄せる。
 コインランドリーが定休日の今日は、コインランドリーの奥に設けられた江崎の自宅で、何となーく小腹を満たしながら、依頼の話を聞くことになっていた。江崎はコインランドリーの管理人という、実態の良く分からない仕事の傍ら、仲介業のような事をやっている。つまり、キメラの出る地域に眠るお宝や、一般人の立ち入りが困難な場所にある曰くつきの品などの回収を請け負い、ULTに勤務する西田に、能力者への仕事として斡旋させるという仕事だ。
 こんなご時世の中にあっても、好事家や収集家は存在するらしく、多少の出費をしても手に入れたい物がある、と江崎の元を訪れる人間は、少なくないらしい。
「え、何なの、急に」
「いや何かちょっと飯食ってたら、眠くなってきちゃったからさー。さっさと済ませちゃおうと思って」
 とか何か言った江崎の顔を、西田は何かちょっとじろじろ、見つめた。
「ああ、そんな感じで言ってきたんだ、今まで」
「んーそれは言ってないよ」
「学生時代とかさ、江崎君が冷たい、ってお前と付き合う女子から悉く聞いてた原因、これだわ」
「それでね。これね。また例の如くあの金持ちの息子からの、七色のグラスを集めましょうとかいう依頼なんだけどね」
「ああ、あの、何か良くわかんないけど、とりあえず集めたら何か起こるかも知れないよ、って依頼ね。って、そんなマイルドに話変えようとしても、無駄だよ」
「今度は黄色いグラスをとって来て欲しいんだけどね」
「さっさと済ませようとか思うだろうけど、言っちゃいけないと思うんだよね、それはね」
「今回の場所はね。古文書によると小学校跡地でね」
 全然構わず話を進める江崎は、封筒の中から航空写真を取り出し、上に載せる。「木造の校舎が二つ、残ってるね。図面で見ると、教室とか図書室とか理科室とかあった校舎みたいね」
「出た。古文書。絶対そいつ怪しい。あり得ないもん。何で小学校に、グラスがあるんさ。ねえ、どういうわけ? 何でよ」
「俺に聞かないでよ。とりあえず、古文書を解読したら、この辺りの場所だって、出たんだからさ。そこにたまたま小学校が建ってたってだけで、だね」
「銅像の下とかに埋まってたりして。ほら、あの良くあるじゃん、小学校とかにさ。薪背負った銅像」
「二宮金次郎ね。あいつ夜中に見ると、意外と怖いからね」
「立ち入り禁止区域の小学校跡地かー。まあ、キメラも、出るんだよね。やっぱり」
「まあそうね。出るね」
「ほんでそうやって責められてもさらっとかわして来たんだ、今までも」
「まあそうね。かわしてきたよね」
「そうかー」
「そうねー」
「今度は黄色いグラスかー」
「んー黄色いグラス。小学校跡地の探索して見つけてくること。宜しく頼むよ」







●参加者一覧

秘色(ga8202
28歳・♀・AA
マルセル・ライスター(gb4909
15歳・♂・HD
ヤナギ・エリューナク(gb5107
24歳・♂・PN
銀華(gb5318
26歳・♀・FC
ソウマ(gc0505
14歳・♂・DG
鈴木悠司(gc1251
20歳・♂・BM
緋本 せりな(gc5344
17歳・♀・AA
毒島 咲空(gc6038
22歳・♀・FC

●リプレイ本文






 今日も相変わらず、やたらテンション高めの鈴木悠司(gc1251)が、「廃校とか、人の居ない学校とかってドキドキするよね! 超テンション上がるよね!」とか何か、全然誰かの為になることもなければ、誰かのトラウマにも触れることのないような、無害かつ無意味な言葉を言っている背後で秘色(ga8202)は、どちらかと言えば黙々と校庭の隅に蹲り、スコップを操っていた。
「学校ねェ‥」
 もう完全に朝起きれなくて遅刻してくるダリーとか口癖の学生でしたが何か、みたいな表情を浮かべたヤナギ・エリューナク(gb5107)が、「そんなに良い思い出も無ェわ」とか何かその場にしゃがみ込みながら、校庭をるんるんとスキップする悠司を、元気眩しーみたいに、ちら、と見上げた。
「でもさー。わりとこの銅像って、日本人じゃないと意味不明だよねー」
 スキップするのにも飽きたのか、今度は校庭の端っこに置かれた銅像を触る。「でもこれはさ、まあ、薪拾いとかなんか仕事しつつ、本読んでた子の像だよ。うん」
 それでわりと真面目に、むしろ得意げに知識を披露してみたら、ぼーとか悠司を見上げていたヤナギが、「そういえば、何で秘色っていつもスリッパなんだろなー」とか何か、もう全然相手にしていない。
「あ。無視した。真面目に言ったのに無視したー!」
「だからもう何だろ。さっきから秘色は、何をしてるのかっていう話だよ」
「うわ、無視を続けてる! 非難してるのに、まだ続けてる! ヤナギさん、ひっどー!」
 とか何か、毎度の如くじゃれ合ってたら、全く騒がしいのう、とか何か言った秘色が、むく、と立ちあがり、振り返った。その右手には、どういうわけか大量のミミズが握られていて、大量のうにょうにょした赤黒いそいつを鷲掴みにしている、とか、もう何でもいいけど、やっぱりその光景はあんまり過ぎた。
「ひぃぃぃ。み、ミミズ!」
 悠司は思わず、後退る。
「今回は、漠然と鶏っぽいキメラと聞いての。鶏の餌と言えば、ミミズじゃろ。ほれほれ、出て来い、漠然キメラめ」
 そして豪快にゆーらゆら、と手を振り始めた。
「何でもいいけど、何だよ、この危ない儀式」
「どうしよう。美人なお姉さんが台無しだ」
「しかし、確かにミミズというのは、有効です」
 いち早く覚醒状態に入り、バイブレーションセンサーを発動したソウマ(gc0505)が、さりげなく辺りを警戒しながら、言う。
「え、そうなの」
「キメラの習性は頭に入っていますよ。好物や、詳しい生態などですね」
 勝ち気な笑みを浮かべ言ったソウマが、次の瞬間、つ、と両の眉を寄せる。「‥近くに居ますね。来ますよ」
「んじゃまあ。いっちょやるかねえ」
 ゆらーとか立ち上がったヤナギが、すぐさま、覚醒状態に入る。金色の瞳が、何処か妖艶な雰囲気を帯びた。がちゃん、とギュイターを構え、狙いを定める。「何でもいいけど、何で鶏ってみんなあんな、凶暴そうなツラしてんだろーな」
「油断して間近で見ると、意外と怖いしの」
 同じく覚醒状態の秘色が、銀青色に変化した瞳をすっと細める。次の瞬間には、向かってくるキメラに向け、ミミズを投げつけていた。べちゃあ、と地面に落ちたそれに、あ、餌。い、いやでも、俺今、戦闘中だから、みたいに戸惑った敵の隙を見逃さず、ショットガンを構える。の、前に、自分の手のネバ付に気付き、ふと隣に居た悠司の服の裾で、さりげなく手を拭った。
「え、い、今何か拭いたー!」
「気のせいじゃ」
 構えたショットガンから弾丸を放つ。
「僕に出会ったのが不運ですね」
 そこへ、超機械グロウを構えたソウマが、背中に羽根でも持っているかのように軽やかな動きで、飛び込んで行く。未来予知じみた直感で、キメラの動きを回避し、距離を詰めた。指揮棒を操るかの如く、手の中のグロウで空に曲線を描くと、強力な電磁波が発生し、キメラの体が吹き飛んでいく。
「針飛んでくるよー!」
 覚醒の影響で現れた耳と尻尾を揺らしながら、悠司が真音獣斬を発動した。彼の手から飛び出た布のような黒い衝撃波が、キメラの攻撃とぶつかり飲みこんでいく。その間にも、体制を立て直している悠司は、炎剣ゼフォンを構え、一気に距離を詰めた。円閃を発動し、首を叩き斬る。
「ちくちくするのは嫌じゃしの」
 回転レシーブを決めた熱血女子の如く、地面を転がりさら、と片膝をついた秘色は、直刀「鬼蛍」の刃を軸に立ちあがり、「今夜は焼き鳥で晩酌の気分じゃな」と走り込み、やはりずば、と鶏の首を叩き落とした。





 一方、裏門側から小学校内に侵入した残りの四人は、マルセル・ライスター(gb4909)の「きっと、ここでいくつもの思い出が生まれたんだよ。古くなって、取り壊されるなら仕方ないけど、戦いで壊れるなんて、悲しいだけだからね」という発言に賛同した形で、そうね、まずはキメラよね、ってことで、キメラを探していた。
 むしろ、緋本 せりな(gc5344)、毒島 咲空(gc6038)は、ちゃんと探していた。そんな中で、今日も一人だけ、すっかりやる気ない雰囲気を醸し出していた銀華(gb5318)は、傍に居たせりなに、ねえ、とか何か声をかける。
「なに?」
「ねえ、これって五つ目なの? 四つ目はいつの間に終わったのかしら」
「え?」
 突然何を言い出すんだこの人は、とせりなは戸惑う。
「しかも、どういうわけで白と菫なのかしら」
 薄っすらと微笑む彼女は、しかし、その目が確実に笑っていない。
「いや、私をそんな何か、威圧的に見られても。え、何、グラスの話?」
「だいたいが、小学生と聞いて依頼を受けたんだがね。どこにも、小学生なんていないじゃないか。どういうことかね」
 わりと面倒臭そうにそんな感情を述べた咲空は、そのまま、じーっとマルセルを見やる。「まあ、いいが」
「えあれ、何だろう。今この人、俺を見て納得した臭‥」
 マルセルが、そんな事を言いながら、ふらふらと辺りを徘徊したその瞬間、突然、キエエッとか何か、キメラのものと思しき鳴き声が、辺りに響き渡った。何処ぞから、まるで沸いて出るかのように現れた彼らは、何故か特にマルセルめがけ、凄まじい鳴き声を放った。
「な、何で俺だけ」
 びく、と体を揺らし、すかさず停車したバイク形状のAU−KVミカエルのハンドルを握るものの、へっぴり腰の体躯に、あ、こいつならヤれる! みたいな、キメラは更にどよめきつく。
「くそー! 鶏なんか嫌いだー!」
 とか何か言いながらも、シャキーンと、ミカエルの装着を完了させたマルセルが、ざしゅ、と装輪で砂を噛んだ。続けてすぐさま、竜の爪を発動する。その間にも、炎剣ガーネットを一振りしたせりなが、だっとキメラの軍勢目掛け、走り出して行く。
「鶏ね。鶏肉は好きなんだけど、今回のはどうだろうね。針とかあるっぽいし、冒険はしないほうが賢明か‥」
 鍔の中央に埋め込まれたガーネットから、炎のような眩い光が溢れだす。彼女の動きに合わせゆらめき、空気を切り裂く。
「ふうん、‥綺麗に首を刎ねれば、食べられるかもね」
 こちらも、物凄い適当にそんな事を言った銀華が、どういうわけか本人よりも俄然やる気の、三メートルはあろうかという巨大な槍斧ハルバードを片手に走り出す。迅雷を発動した。じゃあ、ちょっと捌いてみるわね、と言わんばかりに、狙ったキメラの首を刹那を併用した円閃で薙ぎ払う。
 返り血を警戒してか、しゅぱ、とすぐさま退避した彼女と入れ替わるように、大太刀「風鳥」を構えた咲空が突っ込んでくる。「ふん。家畜風情が小賢しい」
 刹那を発動すると、武器を持つ手が淡い光を帯びた。「だが私の踏み込みは、十分速いよ」
「そうそう、やはり斬るのは首だよね、人道的に。さて、そろそろ終わりにしようか。今度はもっと普通の鶏に生れてくるんだよ」
 流し斬りを発動したせりなの武器に、赤い光が舞う。「両断剣!」
 仕留めた、と思ったその矢先、しかし、そこへまた新たなキメラが飛び込んでくる。受け身を取るのが一瞬遅れた彼女へ、キメラの鶏冠から飛び出した針のような物が飛んでくる。不味い、と思ったそこへ、竜の翼を発動したマルセルが滑りこんできた。
 双剣パイモンを鮮やかに操り、キメラの攻撃をすぱぱぱーんと、叩き落とす。
「せりなには傷一つ、負わせない! ‥今度は、こっちの番だ!!」
 秘められたお兄ちゃんパワーの爆発! と言わんばかりに、スパークの走った腕で、キメラへとパイモンの刃を交互に打ち込む。
「せりな、怪我してない?」
 マルセルはどうやっても無垢にしか見えない微笑を浮かべる。
 しかしこれまでの様々な言動から、それは、彼の半面でしかないような気がしてならない、せりなだった。





 何となーく行きついた音楽室内を見回しているところで、不意に悠司が、言った。
「あとグラスのありそうな所なー。うーん‥あ、給食室とか?」
「いや。何で給食室にグラスが」
 とか何か、条件反射でその言葉に呆れようとしたヤナギは、次の瞬間には「あ、給食室。いやそうか。ありかも」と、ちょっと、納得した。のだけれど、それで若干図に乗ったらしい悠司が、「給食室自体に入る事って滅多にないしさ、ドキドキ出来ると思うんだよね。おっきい鍋とかさ、普段まず見れないから面白いしさ。ねえねえ? どう思う?」と、やたらじゃれてきて、すっかり良い思い付きを駄目にしている、とかは、可哀想なので言わないでおいてあげることにした。
「あ。何か、憐れみを込めた目で、ヤナギさんが俺を見ている」
「とにもかくにもわし的にはあれじゃ。グラスが黄色というのは、黄ばみ汚れが見え難そうで微妙なんじゃよ」
 ほふ、と頬に軽く手を当てた格好で、秘色がため息をつく。「黄ばみ汚れが見え難そうで」
「いや何で二回言うんだよ」
「大事な事だからじゃないかな」
 とか何か、そんな事はぜーんぜん気になりません! みたいに言った悠司は、「あ、ピアノだー!」と、嬉しげにグランドピアノへと近づいて行く。見えない尻尾と耳を絶対今揺らしてるでしょみたいなにこにこ顔で、椅子に腰掛け、蓋を開く。
「お、悠司、何おま、ピアノ、弾けんの」
「え? ピアノ? うん。全然弾けないよ!」
 びっくりするくらい笑顔で悠司が振り返った瞬間、何か、音楽室内がちょっとシーンとした。
「七不思議ですね」
「え? 何ソウマさん」
「黄色いグラスは、黄ばみ汚れが見え難そうだしの」
「いや、それはもう、いいよ。むしろ、全然関係ねえしね」
「そういえば、この古ぼけた絵も、あれじゃの。懐かしいの」
 ヤナギの訂正はさらーと聞き流すオカン秘色は、壁に貼られた、著名な作曲家達の黄ばんで剥がれかかった肖像画を徐に眺める。と、その手には何故か、「マジックー!」
「やる気だ。やつは、やる気だよ、ヤナギさん」
「音楽室の偉い人の絵に髭‥などは‥‥決して肉等とは書かぬぞ」
「いや肉って」
「しかし確か、学校の七不思議にこの肖像画についての七不思議がありましたね」
「何で無駄にそういう知識仕入れちゃってんですか、ソウマさん」
「へえ、どんな?」
「それはですね」
 と、若干雰囲気を込めてソウマが話出そうとしたまさにその瞬間、「おい、悠司! 今、窓の外に人影が‥って嘘ー」とか何か、ヤナギが言った。
「いや面白くないから、ヤナギさん」
「はいはい普通にビビってた奴の言うことは聞こえませーん」
「い、じ、わ、る!」
「しかしこの噂、ちょっと面白いんですよ。もしかしたらこれが、ただの噂ではないとしたら‥ふむ。グラスの在り処が分かるかもしれません」
「え?」





 その頃、マルセルと咲空は、つい今しがたまで一緒に居たはずの、せりなと銀華の姿を探していた。どちらかと言えば、保護者を見失った幼児のように慌てるマルセルを、何かぼーっと見つめた咲空は、ふと廊下の保健室、と書かれた黄ばんだプレートを見つけ扉を開くと、「お、せりな」とか何か、言った。
「え?」
「せりなを見つけたよ」
「あ、そう? 良かった」
 とか何か、油断し切った表情で、マルセルが保健室内に入って行く。続いて入った咲空は、かち、とかこっそり後手に扉の鍵を締めた。
「あれ? せりなは?」
 怯えたような、困ったような表情を浮かべ、おずおずと聞いてくるマルセルからは、どういうわけか一種独特の危うい色香のような物が漂っている。
「ああそうだ」
 とかいうマルセルに興味があるのかないのか、いまいちよくわからない表情の咲空は、ぽん、とか突然手を叩いた。「じゃあマルセル。キミはそっちの、薬品棚を調べてみてくれ」
「え、調べて見てくれ、って、せりなは?」
「いいから、とにかく調べてみればいいよ」
「あのー‥毒島先生って、人の話、聞かない所があるね」
「そうだね、あるね」
 はーそーですかー、とかそんな徒労の表情を浮かべたマルセルは、仕方ないなあ、とか何か言って、薬品棚を調べ始める。「でもちょっと、これ、高いな」
 とか何か、爪先立ちで棚を漁る彼のむっちりとした半ズボン姿の尻の辺りを、暫くじーとか熱烈に凝視する咲空の視線に、やがてハッとしたかのようにマルセルが振り返る。
「な、何見てるんですか」
「そういえばあれだね。きみ、顔が赤いね。風邪かもしれないよ。実はそこで聴診器を見つけたんだ。診察してみようか」
「いや診察‥はしないですよ。大丈夫ですか」
「なぁマルセル君。ひとつ頼みがあるんだがね」
 とかもう全然話を聞いてない咲空が、聴診器を両手に、じりじり、と彼へ歩み寄る。「一度で良いから、私の事をお姉ちゃんと、呼んでみないか」
「いや、え? い、ぶ、毒島先生、とりあえず鼻息が不穏な感じに‥」
「お姉ちゃんとだね。一度でいいから」
 いやいやいやいやいや、と後退りする彼の背後はしかし、もう壁だった。
「ぶ、毒島先生! ちょ、ちょっと待って!」




「結局金次郎像のあたりがやっぱり怪しい気がするんだよなぁ。台座になんか仕掛けがあるとか、むしろ背中の薪的な所になにかあるとかさ」
 せりなが校庭の銅像をぺしぺし、と触りながら、言った。
「ええ、懐かしいわね、この子、よく夜中に走り回ってたわよね」
「え? あれ? 走り回ってるの見たこと、あるの」
「いや、ないけど」
 とか言った瞬間、ちょっとその場に何か、得体の知れない沈黙が広がった。
 あ、そうすか、とか何か顔を背けようとしたまさにその時、一体何がどうなったのか、ごごごご、と台座が動き中から、まさしく黄色いグラスを手にしたソウマが、ひょっこりと顔を出した。
「ええ!」
「やはり。僕の睨んだ通りでしたね」
「ど、どういうことなの」
「音楽室とこの銅像は地下で繋がっていたんですよ。グラスも地下で見つけました。直感と運の勝利ですかね。たかがキョウ運と侮るなかれ、されどキョウ運と心得よ。運も実力の内ならば、僕はキョウ運使いソウマです」
 グラスを持った彼が、何かわりと誇らしげに、言った。